「11組41番、有田なおみ、14歳です!」
部屋に元気な声が響く。胸に大きな名札をつけて、少し緊張しながらハキハキと自己紹介をする少女。その品定めは、今日これで41度目だ。私、渡瀬柚希は少し飽き飽きとした心情を内に秘めながら、愛想よく笑みを浮かべた。
美城プロダクションの初めてのオーディションは、大手事務所という期待もあってか、当初想定していたよりも応募人数が多く、1次の書類審査を通過した候補生は500人以上に上った。
最終審査である2次審査は、その候補生達を11組に分け、1組1人のプロデューサーによる個別審査である。
どの子も1次審査を突破しただけあって、みな容姿は整っていてスタイルがいい。だけれども、マニュアルにでもあるかのようにみな同じ行動をするのだ。
周子と志希という2人を見ているからか、『普通のいい子』に少し物足りなさを感じていた私は、ここまでの40人、言い方は悪いが、退屈な思いをしながら面接をしていた。
この子もそうだ。歌が得意だという彼女は、実技に移って歌を歌う。楽しそうに歌うそれは確かにうまい、けれどももうそんな子は何人も見てきた。
彼女はさっきまでの歌が不満だったのか、少し眉をひそめてこちらを向いた。あとは軽く質疑をして終わるだけだ。彼女はそれから終始張り付いた笑顔をして面接を終えた。あれは終わったあと泣いちゃうだろうな、と記録帳に評価を書き入れながら考えた。
時計を見ればもう午後3時、昼休憩を挟んでかれこれ5時間も同じ体勢だ。さすがに腰にも肩にも疲れは溜まり、目は霞み始めていた。
目薬を差して気持ちを入れ直す。今度こそ一風変わった子が来てくれるだろうと信じて。
「次の方どうぞー」
「はーい♪」
軽い口調の返事をしてやや乱暴にドアを開けて入って来たのは、青い目をした金髪の少女だった。今まで見ていた女の子達とは違い、とても前衛的でファッショナブルな服装をしている。まるでフランス人形が流行の服を着ているようだ。少しびっくりしたが平然を装って澄ました顔を意識する。
「自己アピールをお願いします」
「んー……ジュテーム! シルブプレー? クレープ・ブルレー! マカローン、クレープ、ババローワー?」
「えっと……」
名前も言わず、よくわからない単語を並べる彼女。というか最後の方は洋菓子の名前を並べているだけのような。
「フランス……語?」
「……あは、バレちゃってる? こう見えてフランス語全然喋れないんだー♪」
緊張のかけらも見えない彼女は、その場で楽しそうに笑っていた。
「ってことで♪ はじめましてー! 宮本フレデリカだよー! 見ての通りコテコテのフランス人……じゃなかった! 日本人とのハーフでーっす!」
こんな常識に囚われないような子は今日初めてだ。今までのテンプレートな物言いしかしなかった子との突然のギャップで私の頭がうまく働かない。
「んーと、高校生の頃はモデルみたいなことしてたかなー。ホラ、私、金髪で青い瞳だし、スタイルもいいじゃん? 学校でも結構目立つコだったんだよねー♪」
ようやく頭の整理がついて、改めて彼女を見る。確かにモデル体型で、学校で目立っているのも納得な容姿だ。
「このオーディションはなんで受けたの?」
「んー……『ついカッとなってやった』って感じかなー♪ 」
「えっ?」
「あー、コレじゃ違うか。『ついカッとなった人にやられた』みたいなー? つまり被害者!フレデリカは被害者だったんだよー!」
「つまり……」
「つまり、カッとなった……かどうかはわかんないけど、友達に応募された的な感じだね~」
「はぁ……」
思いつきで喋る彼女に頭を悩ませながら、それでも私の内側はなんだかゾワゾワとした感覚に満たされていた。私の体が振り回されることを望んでいるのだろうか、志希と周子に毒されているなぁ、と自分でも思った。
今日の朝も色々あったしなぁ、なんて考えていると、気づけば彼女が私の真向かいまで近づいてきていた。
「ねぇねぇ、もしかしてアナタがアタシのプロデューサーさんになる人?」
「えっ、あぁ、うん、そうだけど」
「うーん、なかなか優しそうであり、厳しそうであり……甘そうでもあるけど、しょっぱそうでもある。そんな感じがする!」
「はぁ……ありがとう?」
しょっぱそうな感じってどういうことなのだろうか、深く考えてはいけない気がする。
「なんか逆オーディションみたいだね! まぁアタシにも選ぶ権利はあるよね! たぶん!」
どうやら彼女の中ではもう彼女はアイドルになっているらしい。そして彼女のプロデューサーオーディションに私は合格しているようだ。
「君は何か特技とかある?」
「んー、特技……ファッションかな? ほら、くるくるー♪」
そう言って彼女はその場でくるりと一回転して見せた。確かに今までの子よりもファッションセンスがありそうだ。
「んーと、そうじゃなくてもっと君自体の得意なことっていうか……」
「あっ! それならアタシ、自慢出来ることあるよ!」
「それは何?」
「うーんとね、笑顔!」
彼女はニコリと笑う。その笑顔は意識してよく見せようとしているものではなく、自然な表情としてのものだった。
「せっかくママに貰った自慢のルックスだしー、これを生かさない手はないかなーって。それに、アイドルは笑顔が1番大事なんでしょ?」
「そうだね」
「ならアタシは余裕で合格ー♪ 」
自信満々に胸を張る彼女は私の興味をどんどん引いていた。彼女の笑顔には周りを笑顔にする力がある。これなら他のアイドルとも十分勝負ができるだろう。
「そうそう、アタシ、よく『喋らなければ美人』って友達によく言われるんだけど、アナタから見てはどうかなー? そう思う?」
「んまぁ、そうだね」
「やったー♪ 喋らなければ美人ってことは、喋ったら超美人ってことだよね♪ 」
「……ふふっ、ポジティブだね」
「ポジティブじゃないと楽しくないでしょ?」
「それもそうだ」
2人でふふふと笑い合う。まるで友達のように話す彼女を見て、リラックスしていたようで、思わず背伸びをした。固まった肩腰がピキリと痛む。
「あいたたた」
「ん? お疲れな感じ?」
「まぁずっとやってるからね」
「ふーん、大変だねぇ。肩揉んであげよっか♪」
「そんなことしたら私クビになっちゃうかも」
「あはは、そーだね!じゃ、アタシはそろそろ退散しよっかな♪」
彼女は軽い足取りでドア前まで行くと、ふとその場で半回転。
「じゃ、そんな感じでアイドル目指して頑張るから、これからもよろしく♪ うふふ、じゃーねっ! ラビュー♪ 」
終始楽しそうに振る舞う彼女の最後の笑顔に、私は胸を打たれた。そういえば3日連続で笑顔に負けてるな、私ってチョロいなぁなんて自分でも思いながら、記録帳に大きく丸をつけた。
東京が、冬らしい冷ややかな空気に包まれた朝、あたし達はユズキに案内されて、美城プロダクションオフィスビル30階の一室にいた。
「つまんなーい!」
「まぁまぁ、そう言わずにさ」
ソファーに寝っ転がって文句を垂れるあたしを周子ちゃんがどうどうと戒める。かくいう彼女も退屈そうで、隣の部屋にいる事務員のちひろさんに突撃しては、飴玉1つで返り討ちにされるのをもう3回繰り返している。
元々落ち着きのないあたし達だ。ここがユズキの家ならば、部屋に閉じこもって彼女の匂いのする香水の資料集めをするんだけど、生憎この部屋にはほとんどその資料は何も無い。
ユズキがこの場を離れてからもう30分、そろそろ失踪しようかな、とそんなことが頭を過ぎったその時、部屋の扉がガチャリと開いた。
「はぁ、おまたせ」
「遅いよ、柚希さん」
「ちょっと迎えに行っててね、ほら」
少し息を切らしていたユズキは廊下に向かって手招き、すると艶やかな金色の髪をした、碧い目の女性が入ってきた。
「じゃじゃーん!呼ばれて飛び出てシルブプレー? おフラーンスなハーフアイドル、フレデリカだよー♪ フレちゃんって呼んでねー!」
「……にゃはは、フレちゃん!あたしはマッドなサイエンティスト兼華のJK、それとアイドルになった、志希だよー!シキちゃんって呼んでね♪ 」
「なになに、そういう感じ?じゃああたしは……んー、難しいな。ま、いっか。シューコちゃんだよ、よろしゅーこ♪」
フレちゃんの高いテンションに引っ張られて、あたし達もテンションの高い自己紹介をする。なんだかワクワクしてきて、あたしはフレちゃんに抱きついた。
「んー!フレちゃんもいい匂いするね!」
「そーお? どんな匂い?」
「なんかのお花かな?」
「どれどれ……」
周子ちゃんも鼻を近くに寄せると、あたしの中でフレちゃんのお花の匂いと周子ちゃんの甘いシナモンの匂いが混じりあって化学反応、花の蜜に誘われたハチドリのような感覚。
「はいはい、今日は時間ないの」
楽しい時間は加速度的に過ぎていて、無情にもユズキの手によってフレちゃんとの甘いひとときは終わりを告げた。
「ぶー、せっかく……」
「今日はこれからここの案内をするよ」
そう言ってユズキは手に持っていた冊子を1人1人に渡した。
「柚希さん、これは?」
「ここの案内図。今日は別館の方まで案内するけど、これからずっと使うことになるから覚えといて欲しいの」
「つまり、あたし達の拠点ってことだよね!フレちゃんなんだかワクワクしてきた♪」
『アイドル事業部用施設要項』と書かれた冊子をペラペラとめくると、別館の施設が事細かに書かれている。
「あ、あと持ってきてもらったタオルとか、後で使うから持ってきてね」
「はいはーい♪」
「って志希、それって私が使ってる……」
「シューコちゃんも持ってるよー♪」
「周子まで……」
「にゃはは、いい匂いー♪」
ユズキの家から持ち出したタオルは、ほのかに彼女の汗の匂いがして、まるで彼女に包まれた気分になれる。
「わおっ!シキちゃん達とプロデューサーってそーいうカンケイ?」
「そーだよー!フレちゃんも気をつけないと、手篭めにされちゃうかも……」
「あたしなんて上京して初日に家に連れ込まれてからあんなことやこんなこと……」
「でたらめ言わないの!」
いつも澄ました顔で落ち着いた物言いをするユズキが珍しく大きな声をあげた。かと思ったら、はっと声を漏らして顔を逸らしてしまったものだから、あたしと周子ちゃんは顔を合わせてにゃははと笑った。
フレちゃんには後でちゃんとフォローしてあげよう、と耳をピンクに染め、背を向けて足早に歩いていってしまった彼女を追いかけながら思った。
外から見ていたが、この建物は本当に大きいようで、10分してやっと目的地に繋がる3階の渡り廊下にたどり着いた。
「シキちゃん疲れたにゃー」
「シューコちゃんもー」
「フレちゃんもー!」
「ったく、そんなことじゃだめだよ」
ユズキはその歩みを止めようとしない。そのまま渡り廊下を進んでいく。両側の壁には誰もが1度は見たことはあるだろう人気俳優や、幅広いファン層を持つ大物歌手のポスターがずらりと並んでいた。
「なんか、悪趣味……」
不意にユズキが足を止めた。続いてあたし達も止まる。向かいから50代くらいの小太りの男性が歩いてきた。後ろからは、シャワーを浴びた後だろうか、髪を少し湿らせた5人の女の子がついてきている。
彼らがあたし達の目の前に来た時、ミズキは深々と頭を下げた。釣られて周子ちゃんも軽く頭を下げる。
「ふん……」
彼は軽く鼻を鳴らして足を止めることなく通り過ぎた。すんすん、嫌いな匂いだ。
「やっほー! シルブプレー?」
突然フレちゃんが彼らに声をかける。頭を下げていたユズキがピクリと反応した。嫌いな匂いが一層濃くなる。
「やっほー★ はじめましてー!」
一瞬の沈黙のあと、反応したのは女の子の列の先頭にいたピンク髪の子。見た目はギャルっぽくて、グラマラスな体型をしていた。
「美嘉、行くぞ」
「ん、はーい★」
美嘉と呼ばれた彼女は、嫌いな匂いの彼に連れられてオフィスビルに戻っていった。ユズキはようやく頭を上げて、すぐさまフレちゃんの方に振り向く。彼女からはかすかな汗の匂いがした。
「ん、あたしなんか悪いことしちゃった?」
「……いや、大丈夫だよ」
「ねぇ、柚希さん、あの人は?」
「能見プロデューサー、私の大先輩だよ。すごい人なんだから」
「……にしては、余裕がなさそうだったにゃー」
あたしがそう言うとユズキは少しあたしを睨んで、渡り廊下を歩いていった。何かあったのか、色々考えてしまう反応だが、そんなことも無かったかのように彼女は振舞った。
別館は8階建て、あたし達は最上階の8階に連れられると、少し広めの部屋に入った。入って左手には一面の鏡、右手には1本の手すり。先程の女の子達の匂いが残っていた。
「ここはレッスン場。これからお世話になるところだよ」
「おー、広いねー♪」
「まぁ私の自慢の部屋だからな」
後ろから声が聞こえて振り向くと、周子ちゃんと同じくらいの背の大人の女性が立っていた。
「私はトレーナーの青木聖だ。キミ達、塩見と宮本、それに一ノ瀬であってるな。これから長い付き合いになるが、よろしくな」
「聖さんはダンスレッスンと基礎トレーニングを担当してくれる」
「おお、聖さん、よろしゅー♪」
「今日は他の姉妹はオフだが、区別のために私にはベテラントレーナーという肩書きもある。覚えておいてくれ」
「おー、じゃあベテランさんって呼ぼうかな♪」
「はい、フレちゃん教授!」
「なんだい、シキちゃん助手よ」
「ベテトレちゃんなんてどうでしょうか!」
「ふむ、シューコちゃんはどう思う?」
「聖ちゃん!」
「お前らなぁ~!」
聖ちゃん、もといベテトレちゃんは両手で周子ちゃんの頭を抑えた。瞬間周子ちゃんの体が崩れ落ちる。
「あんまり大人を舐めるんじゃないよ」
「ハイ、ゴメンナサイ」
周子ちゃんを落とした勢いそのままにその手をあたし達に向けるものだから、あたしとフレちゃんはすぐにユズキの後ろに隠れた。ベテトレちゃんはため息をついて、それからすぐにその顔を仕事モードに戻す。
「今日は顔合わせに来てもらった訳ではない」
「あいたたた、そうなの?」
「ああ、早速だがあそこにある服に着替えてくれるかな」
彼女が指差した先にはハンガーにかけられたジャージ。赤黄青の3色があってそれぞれ胸元腰元に志希、フレデリカ、周子と名前が縫われている。
「今日はこれから基礎レッスンを行う!」
ベテトレちゃんの宣言が部屋に響いた。あたし達のアイドル人生はここから始まった。
2017/02/05 微修正