新米P渡瀬柚希   作:ユユ

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第13話 暗闇の企み

 

 

スタジオには轟轟と曲が響き、ステージでベテランの人気男性アイドルユニットが踊っている。ひな壇の方へ目をやると、3人は姿勢を正して上段に座っており、まるで彼女達が礼儀正しくおとなしい子のように見えた。

5分程前、彼女達を見送った私は、他のプロデューサー達と共に客席のその後ろにある、少し高くて見通しが良い関係者席に移動した。ここからだと、左側にステージ、右側にひな壇と両方を一目に見ることが出来る。

私達の下の段にいる観客の女性達は、黄色い声援をあげてステージ上の彼らに夢中になっていた。生憎私はああいうものに興味はないのだが、目の前で見る彼らが作り出す雰囲気は、テレビで見るのとは一味違って、さすがプロだと感心してしまうほどだ。

百数十人はいるだろうこの大きなスタジオの空気は乾いていて、喉を潤そうと水を口に含むと、私も緊張しているのか、上手く飲み込めずに小さく詰まった咳をした。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう、えほっ、ございます」

 

武内さんに差し出された茶色いハンカチを受け取って、口を抑えてまた咳き込む。喉の詰まりが取れる頃にはもう彼らの曲は終わっていて、彼らは前の方の観客とハイタッチをしながらひな壇席に戻っていく。

軽く喉を鳴らして調子を整えて、ハンカチ洗って返さなきゃな、なんてことを考えていると、程なくしてMCがトークと曲紹介を始めた。相手はこれまた大人気のロックバンド、何度もこの番組に出演しているからか、時折笑いを交えながら慣れた調子で話していく彼らは、今日は新曲の初披露だという。

昨日までCMなどで宣伝されていた時には、シンデレラガールズが今日の主役だと謳われていたけれど、彼らはそのお膳立てをしてくれる訳ではない。ハードルがどんどん上がっていって、特注のヘッドセットをつけた彼女達の顔が引き攣るのが、ここからだと良く見えた。

 

「そういえば……」

 

デビュー直前の彼女達を見て、ふと私のアイドルデビューはどんなものだったか、目をつぶって思い出してみる。

元々ネットで知り合った4人とバンドを組んだのが始まりだった。その時まだ高校生だった私は、それまで1人で色々楽器を触ってはいたけれど、人と作る音楽というのが新鮮で、練習の度に作りかけの曲を持ち寄っては、相談しながら詞を書いて、次々と曲を完成させていった。

私が色々な楽器を出来るものだから、どうせならとギターやベースを教えてもらったり――ドラムは絶望的に才能がなかったが――、逆にキーボードやヴァイオリンなんかを教えたりしていると、曲ごとに持っている楽器が違うという随一の特徴を持ったバンドになった。

そんな私達に目をつけたのが小さな事務所のプロデューサーだった。初め私は反対したけれど、他の4人の意欲もあり、彼の熱意に折れる形で私達はアイドルに転身した。そうなったからには最高のパフォーマンスをと、連日歌やダンスのレッスンに励んで2ヵ月経った頃、ようやく小さなライブハウスデビューすることが決まった。

当日緊張で何も喉を通らなかった私達を励ましてくれたのは、そのライブハウスの常連出演者だった菜々さん。彼女はその明るい性格で私達を勇気づけると、前座を進んで買い、私達がやりやすいようにきっちりとお膳立てをしてくれた。そして私達は――

 

「……さん! 渡瀬さん!」

「ふぇっ、ふぁ、はい!」

「ボーッとしている場合じゃないですよ! もうすぐ出番です!」

 

武内さんはいつものポーカーフェイスのまま、少し興奮した口調で私を叩き起こした。どうやら深く考え込んでしまっていたらしく、先程のバンドの曲はもう終わっていて、これからシンデレラガールズのトークが始まる所のようだった。

武内さんの声は思ったよりも大きくて、周りから白い目で見られているのをひしひしと感じながら、私はひな壇の最前列にいる彼女達に目を向けた。

 

「続いては初登場、シンデレラガールズです」

『よろしくお願いしまーす!』

 

三十余人の揃った声がスタジオに響く。テレビの画面にはそのままシンデレラガールズの紹介映像が流れた。1分ほどのその映像が終わって、スタジオに画面が戻ると、メンバー全員を見渡すようにMCが前のめりになった。

 

「この中で最年長は?」

「えーっと、早苗さんですかね」

「あ、あたし?」

「へぇ、おいくつ?」

「今年で28……」

『えぇー!?』

「全然見えないね」

「みんな若々しいからあたしも若く見えるのかな」

「え、じゃあ最年少は?」

「うーんと、仁奈ちゃんじゃない?」

「に、仁奈は9歳でごぜーます!」

「若っ!」

『あははは』

「早苗さん反応しすぎ!」

 

さすがはプロのMC、センターの2人だけでなく他の子にも話を振って、さりげなくカメラが全員を映すように仕向けている。彼とのトークで彼女達はだんだんと緊張を解していった。

 

「今日は、何の曲を?」

「3月3日にCDがリリースされる、私達のデビュー曲『お願い! シンデレラ』と、そのカップリング曲である『とどけ! アイドル』を歌いたいと思います」

「テレビ初公開、だよね?」

「あたし達、テレビに出るのも初めてなんですよ。だからさっきから緊張が……」

「はは、頑張ってね」

「はい……」

「では準備お願いします」

 

MCのその声で彼女達はひな壇から立ち上がり、ステージに向かって歩き出した。ついに始まる、始まってしまう。私は緊張で目を逸らしたくなる衝動を抑えながら、肘掛けを両手で握りしめて、気持ち早歩きで先頭を切る3人を凝視していた。私にはもう信じることしか出来ない。左手が汗ばむのが自分でもわかった。

彼女達は所定の位置について、最初の姿勢をとって静止した。スタジオの中が一瞬静まり返る。

 

「それではお聞きください。シンデレラガールズさんで『お願い! シンデレラ』『とどけ! アイドル』、2曲続けてどうぞ」

 

アナウンサーがそう告げて、画面がステージに切り替わる。その時だった。

 

バチンッ! キャー!

 

大きな音とともに、観客の甲高い悲鳴がスタジオに響く。直後、ステージの装飾のLEDの青い小さな光を残して、辺りが黒に覆われた。さっきまでスタジオを照らしていた照明が消えてしまったのだ。

何かの演出だろうか、そう思っている内に、聞きなれたジングルがスタジオに流れて、テレビの画面はそのままCMに入った。

 

「おい! 何があった!?」

「わかりません!」

「とにかく、復旧急げ! 配電見てこい!」

 

怒鳴るようなスタッフの声が聞こえて、いよいよスタジオの中が騒然とし始めた。暗い視界の中、能見さんが慌ててスタッフの方へ向かっていく。状況が飲み込めない私は、3人がさっきまでいた場所からまだ目が離せないでいた。

CMが明けるジングルが流れても、スタジオはまだ暗いまま。テレビの画面ではひと足早く、今週のオリコンチャートランキングの映像が流れていた。復旧がまだ見込めない中で、しびれを切らした照明さんが、スポットライトでMCのいるひな壇の方を照らした。ちょうどVTRが終わって、画面がその照らした先を映す。今になってようやく頭を整理した私がそちらに目をやった。

 

「へ?」

 

予想だにしていなかったことがそこでは起きていて、私は思わず唖然とした。

 

「えー、ただいま照明トラブルで……って、どなたですか?」

「はいはーい♪ 呼ばれて飛び出て、シルブプレー? ここからはアタシ、シンデレラガールズの宮本フレデリカがお届けするよー!」

 

さっきまでの顔とはまるで違う、飛びっきりの笑顔のフレデリカが、MCのマイクを受け取って、アナウンサーの声を遮るように大きく声を張っていた。彼女はこちらをちらりと向くと、謝るように舌を少し出す。汗ばんだ左手が、より一層温もりを増した。

 

 

 

バチンッ!

 

「ひっ!」

 

聞いたこともないような大きな音がスタジオに鳴り響き、あたしは思わず小さく声をあげる。その直後、電気が消えて、辺りが真っ暗になった。

 

「び、びっくりしたー」

「周子ちゃん、大丈夫?」

「う、うん、ヘーキヘーキ」

「あれ、フレちゃんは?」

「んー、ハスハス。あ、こっちだねー」

「わお、シキちゃん! いきなり抱きつくなんてダイタンだねー!」

 

この暗闇の中でも志希ちゃんはいつも通り鼻を鳴らしている。スタジオの中では、あたし達がもうすぐ歌うはずだった曲のかわりに、CMに入るジングルが流れていた。

 

『シ、シンデレラガールズさん、すいません。機材トラブルが発生したので、ちょっとその場に待機でお願いします』

 

耳にぴったりとフィットした特注のイヤーモニターから、慌てたようなスタッフさんの声が聞こえた。どうやら只事ではないらしい。スタジオの中は、男のスタッフの太い怒号と観客の困惑した声で騒然となっていた。

 

「にゃはは、放送事故ってやつだねー」

「運が悪いなー」

 

真っ暗で人の顔もうっすらとしか見えないけれど、あたしはこの状況に内心ホッとしていた。あたしは一方的に見られることがあまり得意ではない性分だ。だから、直前の番組ではあのカメラのレンズの奥に何万もの見知らぬ目があると思ってしまい、体が強ばって頭が真っ白になってしまった。正直、こんなに怖いことは他にない、とまで思った。だけれども、今はそのカメラを認識することさえ出来ない。それがあたしを一時的に安心させていた。

 

『どうなっているんだ!』

『わかりません、監督。どうも天井に電気が行っていないようで』

 

不意にイヤーモニターから、スタッフの話し合う声が聞こえた。スイッチを切り忘れたのだろうか。上司らしき方の声は怒気をはらんでいた。

 

『とにかく、早く復旧しろ! ロサンゼルスの中継は伸ばせんぞ!』

『ですが、原因が分からない以上、時間が押すことは確実です』

『なんとかして時間を作れないのか!』

『それだと……曲の時間を短くするくらいしかないかと』

『……シンデレラガールズを1曲切れ』

『えっ、そんなこと……』

『大丈夫だ、向こうの能見とは俺が話をつける。今はあっちの方が重要だ』

『……わかりました』

 

彼らはその会話があたし達に聞こえていることに全く気づいていないのだろう。一応今日の主役であるはずのシンデレラガールズを軽視するような発言に、あたし達は不快感を募らせた。

 

「なんか、嫌な感じ」

 

静まり返ったステージの上で、志希ちゃんが吐き捨てるようにそう言った。その気持ちはあたしも同じだ。初ステージの緊張なんてもうどうでもいいくらい、ふつふつと怒りにも似た感情が湧き上がってきた。

 

「……もう、めちゃくちゃにしよーよ」

 

無意識に口から出たのはとんでもない言葉だったが、不思議と後悔はなかった。

 

「んー、周子ちゃん、どういうこと?」

「悔しいじゃん。なんか、嘗められてるみたいで。だから、ちょっといたずらしたいな、って」

「でも、どうやって? アタシ達に出来ることなんて……」

「さっきの志希ちゃんのアイデア、使おうよ」

 

思い出すのはリハーサルの後の会話。

 

『んー、考えてるプランは3つくらいあるかにゃー』

『そんなにあるの?』

『ちょっと耳貸して。……1つ目は、司会者のマイクを奪うプラン。2つ目は、間奏で突然ジャグリングするプラン。3つ目は、あたし達が前に出るプラン。全部無断でやったらすごく怒られるやつだにゃ……』

 

あの時は、現実的じゃないと一蹴したけれど、あたし達の逆襲にはちょうどいい。

 

「……どうかな?」

 

あたし1人では絶対出来ないけれど、みんなでやれば怖くはない。だんだんと暗闇に目が慣れてきたあたしは、2人が決意をした顔になっているのを確認した。

 

「にゃはは、面白そう!」

「うん、アタシも賛成♪」

「よし! あたし達を無碍にしたことを後悔させてやろう!」

 

あたし達、チームユズキのモットーは『個性を信じて、自分らしく、そして自由に』。柚希さんの受け売りだけど、今はそれを存分に発揮する時だ。今度は3人で手を繋いで輪になって、ひとつ声を出して決意を固めた。

 

「アタシ、マイク取ってくるよ。あのMCさんなら、モデル時代にちょっと縁があるんだよね♪」

「じゃあフレちゃんはそっちお願い。その間に志希ちゃんは楽屋に戻ってボール取ってきて」

「りょーかい! にゃはは、昨日バッグに光るボール入れてきといて良かったー」

「あたしはスタッフさんに曲かけてくれないかお願いしてくる。あとは……」

「私達に手伝えることはありませんか?」

「ん?」

 

不意に背後から声が聞こえて振り向くと、そこには美嘉ちゃんと楓さんがいた。

 

「やっほー★ 周子ちゃん達だけ、抜け駆けはさせないよー★」

「楓さん、それに美嘉ちゃんも!」

「話は全部聞きました。協力させてください」

「でも、これはあたし達が勝手にやってることで……」

「覚悟は同じです。私も彼らを見返してやりたいと、そう思っています」

「ってな訳だから、周子ちゃん! アタシ達がやることはなーに?」

「……ありがとう。それなら2人はスタッフさんにペンライトを30本くらい貰ってきて。多分観客に配ったやつの予備があるはずだから」

「それを、みんなに配ればいいんだね?」

「みんなには私が話しておきます」

「うん、ありがとう」

 

楓さんと美嘉ちゃん、加わった大きな2人の戦力と共に、もう一度円陣を組む。その輪は少し大きくなり、全員が使命を持った戦士のように覚悟を決めた顔をしていた。

 

「やるからには、目立つよ」

 

小さく声を抑えて、またひとつ声をあげた。そして各々目指すべき場所に散っていく。あたし達の逆襲はここから始まった。


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