静寂の中に軽快な曲が響き、三十余人のシンデレラ達が笑顔を浮かべ一斉に動き出す。左手をくるり、右手をくるり、揃った動きはまるで舞踏会を思わせる。1曲目が終わってもその雰囲気が途切れることはなく、すぐさま2曲目が始まり、また統一されたダンスを見せた。
明日に迫った本番へ一抹の不安も残さない完璧な仕上がりに、曲が止まってもしばらく圧倒されていたように感じた。
演出さんのお墨付きを受けて、全体での最終レッスンの解散の号令が出されたのは、もう日も落ちて暗くなり始めた午後6時のことだった。
「お疲れ様、完璧だったよ」
「ありがと、柚希さん」
タオルとスポーツドリンクを3人に渡す。2時間に及ぶレッスンを終えたばかりの彼女達は少し上気した顔をしていたが、さすがは毎日のようにレッスンしているだけあって他のアイドルよりは消耗した様子はなかった。
「いやー、明日が本番だと思うとワクワクするね、フンフン♪」
「へぇ、すごいねフレデリカ。緊張とかしないの?」
「緊張もするけど、それ以上に楽しい!」
「にゃはは、あたしもー! 大勢のカメラの前で発表、なんて向こうで学会の度にやってきたからもう慣れっこだしね♪」
「志希は……なんとなく緊張しないイメージがあるね」
「うー、あたしは結構緊張してんやけどなー。今日もギリギリだったし、明日失敗したらどうしようってね」
「大丈夫、大丈夫♪ 歌、ダンス、ビジュアル……式さえ間違えなければ、思った通りの反応が出るはずだよー」
「全部完璧な志希ちゃんに言われてもなー」
「周子が普通なんだけどね。私が志希が逆に心配になってきたんだけど……」
「もう、ユズキまでー」
「シキちゃんは大丈夫♪ アタシが言うから間違いない!」
「わおっ、フレちゃんが言うなら間違いないなー! にゃはは♪」
「うー……」
本番のセットと同じくらいの広さがあるレッスン室の端で、スポーツドリンクを飲みながら談笑をしていた。周りを見渡しても、所属アイドル全体で集まる機会がまだ滅多にないからか、明日に備えて早く帰るという考えを持つ人は少なく、皆私達のようにグループを成してワイワイと雑談をしている。中にはグループを転々と渡り歩く積極的な人もいた。
「あ、美嘉ちゃーん! 楓さーん! こっちこっち♪」
不意にフレデリカが立ち上がり、遠くに向かって手招きをすると、部屋の真ん中を歩いていた2人がこちらを向いた。
「フレちゃん、やっほー★」
「お疲れ様です、フレちゃん」
ゆっくりと歩いて来た彼女達は、毛色は違うが、どちらもまるでベテランのようなオーラを漂わせていた。
「さぁさぁ、まずは自己紹介!」
「はいはい。はじめまして、じゃないか。アタシのこと覚えてる? 美嘉だよー♪」
「えぇと、初めまして、高垣楓と申します……」
高垣楓と城ヶ崎美嘉といえば、もう今の若者には知らない人はいないくらい、美城プロダクションのモデル部門の顔として全国的に名が通っていた。
そんな彼女達がアイドル部門に異動してきたのは、部門内の不和なんか理由だとまことしやかに囁かれているが、どちらにせよあの古瀬プロデューサーや能見プロデューサーが彼女達を引き抜いたというから、期待度の高さが伺える。
実際にこの『シンデレラガールズ』のダブルセンターを張り、ここでも顔として、デビュー前から雑誌にテレビと様々な取材を受けるのも彼女達だった。
「あなたがフレちゃんのプロデューサー?」
「あぁ、そうだよ。渡瀬柚希、よろしくね」
「フレちゃんから色々聞いてるよー、ケダモノなんだって?」
「そうなの……この前も泣かされてね……」
「だから、デマを流すなって!」
ちょっと強めにフレデリカを小突く。
「ふふふ、仲いいんですね」
さっきまで表情が固かった楓さんが少し微笑んだ。そちらを向くと目が合って、一瞬逸らされた後にまたこちらに微笑みかけてくれた。
「あたしは塩見周子、よろしくね」
「よろしくー★」
周子が手を差し出して美嘉と握手をする。美嘉は手を放して、そしてそのまま志希の方に手を向けた。
「あなたは……シキちゃん?」
「……そう、一ノ瀬志希だよ」
しかし志希は向けられている手に応えようとはしない。顔を少ししかめているような気もした。
「……志希?」
心配になって声をかけても彼女は反応しない。美嘉が諦めたように手を引っ込めると、急に志希は美嘉に近づいてクンクンと鼻を鳴らせた。
「えっ、なっ、なにっ!?」
「志希ちゃんそのモードになると大変だよー。って、あー、遅かったか」
美嘉は尻餅をついて、上から覆い被さるように志希が体をこすりつけた。
「ちょっ、やっ、もう!」
「シキちゃんどうしたの?」
「にゃはは、マーキングマーキング♪」
「ほどほどにしといてよ、後で怒られんの私なんだから」
「はーい♪」
そんな風にしばらくしていると、さすがに落ち着いたようで志希は美嘉の上から降りた。周子とフレデリカも隣に座る。
「フレちゃんはいつの間に美嘉ちゃん達と仲良くなったの?」
周子が尋ねるとフレデリカが答える。
「1週間前くらいにビルの中をふらふらーって歩いてたらばったり会ったの♪」
「そうそう、もともとアタシと楓さんはモデル部門の時から知り合いでね、アイドル頑張ろうって話をしてたらフレちゃんと会って」
「アタシも元モデルだよー、って話をしたら話が合ったんだよねー♪」
「にゃはは、さすがはフレちゃん、溶け込むのが早い!」
同年代の4人はやはり気が合うようだ。話は盛り上がって、それぞれの学校の話や趣味の話に話題が転々と移っていく。そんな会話を私は傍から眺めていた。
「やっぱり、若いですねぇ」
「ぶっ!?」
隣に座っている楓さんが言い出したことに、私は思わずスポーツドリンクを吹き出す。
「な、何か変なこと言いました?」
「はっ、いや、だってさ……ははは。楓さん、今おいくつ?」
「私は……今年25になります」
「だったら私と同い年じゃん? これからアイドルになろうお方がそんなこと言うなんてね」
「ふふふ、それもそうですね」
なんとなく表情も砕けてきて、こちらもこちらで同年代の安心感が感じられる。
「私、本当は人見知りなんです。こういう時何話していいかわからなくて」
「まったりでいいよ。最近は年下に振り回されたり、年上の気を使いながら過ごしてるから、こうやって落ち着けないんだよね」
「ああ、わかります。うちには私より年上の方が多いので、こうして幾分か気持ちが楽なのも久しぶりですね」
「まぁ振り回されるのも楽しいんだけどね」
お互い顔を合わせてふふふと微笑む。
「あ、これもしよかったら受け取ってください」
「これは?」
「私の連絡先です。ついでに今度お酒の飲めるアイドルを集めて女子会みたいなことをしたいと内の者が言ってまして、もしよろしければ」
「んー、お酒あんまり飲めないんだよね。あ、古瀬プロデューサーは誘わないの? あの人結構お酒飲むらしいけど」
「一応女子会なんで男の方は……それに、古瀬プロデューサーは普段は素晴らしい方なのですが、お酒が入ると能見プロデューサーへの愚痴ばかりで……」
「あー、あの2人仲悪いからね。じゃあ考えておくよ。ところで、美嘉と仲良くしてるのは大丈夫なの?」
「はい、自分達の対立はあくまでアイドル達には関係ないと割り切っているようで、美嘉ちゃんと仲良くしていても特には何も言われませんね」
「プロデューサーとしての意地の張り合いというか、腕の比べ合いというか……どっちもすごいプロデューサーなんだし、2人が組めば向かう所敵なし、なんだろうけどねぇ」
「でも、実力をお互い認め合ってるからこそあんなに意地を張れるんでしょう。私も美嘉ちゃんには負けるつもりはありません」
彼女の特徴的なオッドアイがより輝きを増して見える。
「うちの子達も楓さんに負けないように頑張って貰わないとね」
「ふふふ、負けませんよ」
「柚希さん、何の話してるん?」
「んー、周子が可愛いって話」
「絶対違うでしょ」
いつの間にやら周子達も合流して、6人での次の話題はそれぞれのプロデューサーについて。古瀬プロデューサーや能見プロデューサーは、本当にアイドル達を大事にしていて、会議で感情的という私の印象とは異なり、優しく気遣いのできる男なのだという。そういう所が多くの人気芸能人を排出できる秘訣なのだろう。
素直に感心していると、今度は私についての話が始まった。
「ユズキはねー、コロッと流されやすいっていうか、危なっかしいっていうか、んー……そんな感じ!」
「そうそう、ちょっと綺麗な人にニコってされたら何でも許しちゃう! みたいな?」
「それに自分の気持ちをあまり言わないから、何考えてるか分からないし……でもたまに言うことが結構破壊力あるんやけどね」
「破壊力って、兵器じゃないんだから」
「だけど、ユズキがいなかったらあたし達何してたんだろうね」
「アタシはオーディション落ちてたかも、そしたら……分かんないや♪」
「柚希さんがいなかったら、あたし今頃凍え死んでるかも。だから、本当に柚希さんには感謝してるよ」
「う、うん……」
美形の周子に真顔でそう言われると照れてしまう、というのも私の欠点だろうか。
「ふふ、信頼が厚いんですね」
「柚希さんがアタシのプロデューサーだったらそのくらい仲良くなれたのかな」
「……あたしの場合は、柚希さんがいないと帰る家すらないから、仲良くなる以前の問題かも」
「シューコちゃんとプロデューサーはドウセイしてるんだもんね!」
「にゃはは、ラブラブだー、ひゅーひゅー!」
「そんなんやないって、あたしはただ……」
「そうそう、周子ちゃんとユズキといえばね、この前宣材写真の時……」
「……あ、ちょっと急用思い出した。シューコちゃん帰宅……ってちょっと! フレちゃん離して!」
「逃げちゃダメだよー♪ ほら、ゆっくり聞いてって、美嘉ちゃんも楽しそうだし?」
「アタシももっとその話聞きたい★」
「はーなーしーてー!」
楓さんが苦笑いしてこちらを見ている。思いもよらぬ話の展開に私は振り回されっぱなしだが、それでもまるで同じ立場であるかのように6人仲睦まじく話すのはとても楽しいものだった。
「あの、すいません。会話の様子撮らせてもらってもよろしいですか?」
不意に後ろから男の人の声がしてそちらを見ると、大きなカメラを持ったカメラマンと、メモ帳とペンを持った記者がいた。能見プロデューサー関係の取材のようで、顔見知りなのか美嘉が軽く会釈をした。
「えっとまあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
承諾をすると、カメラマンが記者にそっと耳打ちをした。記者は一瞬周りを見渡した後、少し困った表情でこちらをじっと見つめていた。
そのまま何も話してこないので真意を掴みかねて早2分。
「…………あっ、すいません」
ようやくその意味に気づいた私は、急いで立ってその場から離れた。
「ありがとうございます。よしじゃあここから……」
記者はやれやれといった風にしてから、カメラマンに指示を出し始めた。私はいたたまれない気持ちになって、その場で頭を下げた。
私は大きな勘違いをしていた。私は彼女達とは根本的に違う。スーツを着てネクタイを締めて、言うまでもなく私はアイドルではない。だからあのカメラに映る価値なんてあるはずがない。
当たり前なはずの現実に、軽い嫉妬が混ざったこのモヤモヤとした感情は、喉に刺さった小骨のように、簡単には取れてくれそうにはなかった。
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