軍服美女の悪魔契約者   作:濁酒三十六

9 / 10
8話…気に入らないなら牙を剥け!

 深夜2時のビル街に一頭の馬らしき影があった。影は大通りをかなりの速度で駆け抜け、その後をグレーのパーカーに上着に下は“I ♥ you”とプリントされた薄ピンクのトレーナー。両腕には手甲を着け、G短パンに黒のニーハイを穿いた私服姿の小牧明奈が全く同じスピードで追いかけていた。赤いスニーカーでアスファルトを蹴り額に巻いた白いハチマキをなびかせて馬との間を狭めて行き、明奈の顔に笑みが浮かぶ。

 

「捉えた!」

 

 明奈は更に加速して接近戦に持ち込もうと考えるが、彼女の頭にアガレスの念話が響いた。

 

《気を付けろ明奈、奴め何か仕掛けて来るぞ!》

 

 アガレスの警告は当たり、馬…否、馬の姿をした次元魔は走りながら尾っぽの毛をざわつかせたかと思えば一本一本が針金の如き鋭さを発しバッと広がり伸びて明奈に襲いかかった。明奈は速度はそのままに風による不可視のドリルをイメージして自分の前方に造り出した。すると襲いかかって来た無数の針金の毛は明奈をして避けて螺旋の如く割れた。だが針金の毛は明奈を球体の様に変形して包み込むと背後に集まって束ねられ裏返るかの様に中の明奈を二度襲う。まるでミカンの赤いネットみたいになる次元魔の尾っぽを明奈は確認すると両手の日本刀で自分を包み込んでいる球体を素早く切断、同時に針金の尾の束は力を失くして地面に落ちた。

 馬の次元魔は急ブレーキをかけ反転、小牧明奈に向けて突進と同時に口一杯の太い器官を伸ばした。器官の先は真っ直ぐになって尖り、正に一騎討ちの如く双方真っ直ぐに駆け走った。

 

「“インジブル・ブレイド・ダンス”!!」

 

 明奈が掛け声を上げた刹那、高速で迫り来る彼女の姿が完全に不可視となり次元魔は突然敵の姿が消え失せたのに驚き蹄でアスファルトを削りまたも急ブレーキをかける。だが次の瞬間明奈の姿は次元魔の背後にあり、刀を握った両手は下ろされ戦闘態勢を解いていた。彼女は冷たい瞳で次元魔を見るが、日本刀を構えようとはせずに背を向けて無防備に歩き出した。すると馬の姿の次元魔はピクリと痙攣をした途端ドバッと夥しい紫色の鮮血を溢れさせ積み木の様に細切れの肉片となり崩れ落ちた。

 

「終わりましたよ、美麗先生。」

 

 そう言って向けた視線の先には襟を鋭角に立てたマントにアニメーションに出て来そうな軍服姿の美女…浮之瀬美麗がいた。

 

「凄いわね、風による光の屈折現象で不可視となり上空から強襲…二刀流の乱れ剣舞で瞬殺。正にガード不能技ね!」

「何処がガード不能なんだか、真上から攻撃したのがバレてる時点で先生にはまる分かりじゃない!

こんなのもう必殺技なんて言えないからっ。」

「なかなか殊勝ね、確かに私には一撃必殺とはいかない。…けど自身の攻撃の次動を隠すには打ってつけよ。其れにあの巣早い動きが加わるんだから相手から見たら瞬間移動と指して変わらないわ。

眼前にいたと思えば背後に…。背後から右、そして左、しかし本命は真上。

…正に公衆トイレの落書きね!」

 

 ケラケラと笑う美麗だが、明奈の顔が真っ赤っかになる程ヒートしている事に気付き笑い顔が引きつった。

 

「ごめんね明奈ちゃん、先生ちょっと調子に乗っちゃった…。」

 

 美麗は“テヘッ”と笑って舌をペロッと出す。…が、その仕草が火に油を注ぎ、明奈が両手の日本刀を蛮族の如く突き上げて怒声を上げた。

 

「三十路の女が“テヘッ”とか笑ってんじゃねえええ!!!!」

 

 明奈はガアッと歯を剥き出しに大口を開けて日本刀を振り回しながら美麗を追いかけ回し、美麗は美麗で三十路と言われた事にショックを受け「酷いわ明奈ちゃん酷いわ!」と連呼しながら彼女の攻撃をヒラヒラと躱した。次元魔を退治したまでは良いがその後がもうグタグダである。そんなグタグダ感溢れる二人のDCを二体の悪魔が呆れがちに見守っていた。

 

《DCが二人となってDD狩りがとつてもなく騒がしくなりおったわ。》

 

 姿は見せず…ヴェル・ゼブブは同胞となったアガレスに語りかける。彼もまた姿を見せないままヴェル・ゼブブに返した。

 

《確かに…。しかし私は明奈のあんな楽しげな顔は()()()()()()()()()。》

《ほう、悪魔である貴殿が感傷に浸るか。》

《可笑しい…でしょうな。小牧明奈と契約してから私は時々自分の感性が人に似てきている様に感じております。本来ならば我々は人間を奈落へと導く側である筈なのに…。》

 

 アガレスの素直な言葉にヴェル・ゼブブは自身の思いを重ねていた。そんな悪魔達の気持ちも知らず、二人の悪魔契約者はワイワイと騒ぎながら一晩…鬼ごっこを続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、小牧明奈は2年B組の教室にある自分の机に突っ伏して徹夜で浮之瀬美麗を追いかけ回してしまった事を後悔しながら睡魔と闘っていた。

 

《ゲンキンなものだ、数日前に死闘を繰り広げた相手と今日の夜明けまで仲良く追いかけっことはな。》

《アガレス煩い、私だって直ぐに終わらせるつもりでいたのよ。…なのにあの先生ってば人を逆撫でする事ばっか言うから…っ!!

…もういい、寝かせて!》

《了解した。》

 

 其処で明奈とアガレスの念による会話は終わり彼女は顔を隠して伏せる。しかしふと明奈は胸糞悪い物を見てしまった。明奈の席は左端二列の後ろから二番目窓際にあるのだがその隣二列の横一つとんだ机の上に小さなスイセンを挿した細い安物の花瓶が置いてあった。周りの生徒達はチラチラ見ながら気の毒そうな顔をして視線を反らし見なかったフリをし、窓際の一番前の席では三人の女生徒がニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながら小さな花瓶のある席と教室の出入口を見ていた。

 そして一人のおどおどしたオカッパの女生徒が入って来て申し訳なさそうにクラスメイトの横を通りながらスイセンの花瓶が置かれた席の横に立った。オカッパの女生徒は花瓶を見ると本来なら可愛らしいであろう顔を悲しさと悔しさに歪め、目尻に涙を溢れさせた。

 

「ぷっ、あははははは!!」

「ま~た泣いた、そろそろ慣れろっつうの、キモい奴!」

「や~だ、慣れたらもう泣かないからつまらないじゃん!」

 

 前の席でゲラゲラと嗤いながら泣いている女生徒を罵る三人の娘達。明奈が転入してから毎日見せられる光景である。

 

(…ホントこのクラス“屑”ばっか!)

 

 周りのクラスメイトはオカッパの子を助けようとも手を差し伸べようともしない上、反対にクスクスと嗤う者までいた。小牧明奈はこの陰険な苛めに気付いてからクラスメイトとは一切口を訊かずに拒絶していた。…だから未だ誰一人と名前は覚えていない。しかし、かと言ってあのオカッパの娘を助ける訳でもなかった。この酒蒔中学校に転入して浮之瀬美麗と出会ってからは悪魔契約者として強くなる事と彼女を倒す事で頭が一杯であった為このクラスの問題に関わる気が起きなかったのである。…だが今は美麗とは協力態勢をとる事で解決している。力を付けるのに焦る必要はない。そんな明奈が気になって堪らないのは正に毎日苛め現場を見せつけられるこの問題であった。明奈は眠たい眼を擦り、立ち上がって拳を握りながら身体を一杯に伸ばした。そして机を涙で濡らして嗚咽を出し席に座るオカッパの女生徒の傍らに立った。オカッパの娘は明奈に気付き、涙でぼやけた目で見上げた。

 

「あ…っ。」

 

 何かされると思ったのか、泣いていた少女の顔が恐怖に歪むのだが…、その手は小さな花瓶を掴み何とあの三人の苛めグループのいる席の天井に投げつけて割ってしまった。水と破片を頭から被った三人は悲鳴を上げ、リーダーである茶髪の女生徒…森友要が明奈に罵声を浴びせた。

 

「イヤアア、危なっ!!ふざけんなよ転校生殺すぞ!!」

 

 明奈と森友要が睨み合い、教室は騒然となってしまう。明奈は彼女達苛めグループに冷ややかな視線を放ちながらこう吐き捨てた。

 

「其所、花瓶の破片危ないから片付けた方がいいわよ。」

 

 其れを聞いた二人…恐らくは森友要の取り巻きが怒り浸透して際限なく明奈に罵詈雑言を浴びせ続ける。

 

「ざけんな、テメエがやったんだろうが!!」

「コッチはお前のせいでびしょ濡れなんだよ、クリーニング代出せ!!」

 

 小牧明奈は特に気にせず要をジッと睨め、要も明奈を睨む。…いや、睨んでいる訳ではなかった。視線を外せずにいるのだ。蛇に睨まれた蛙と例えるなら明奈が蛇で要は蛙である。今や蚊帳の外に追われた被害者の筈のオカッパの少女…岸輪典子は何が起きているのか理解が出来ずに苛めグループと対峙する明奈を見上げると…、彼女は何故か冷たい微笑みを浮かべ、典子はその得体の知れない嘲笑に怯えた。




ちょっとの間、明奈が主役です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。