軍服美女の悪魔契約者   作:濁酒三十六

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7話…手を差し伸べ掴み取る

 二人のDC…悪魔契約者の死闘から3日程が経っていた。結局小牧明奈は浮之瀬美麗に殺されずに助けられ…彼女の住むマンションの寝室で休まされていた。二人の闘いで町を通る高速道路が倒壊した事により町全体の交通機関が一時的に麻痺し、高速道路の大規模な復旧で町の国道や抜け道は渋滞続きとなっていた。

 3日目の夜に明奈が回復して目覚め、美麗は夕食を二人分用意して彼女をキッチンに招いた。雛鳥になってしまっていたアガレスを右手に抱えた明奈は警戒しながらもテーブルに並べられた二皿あるカレーライスの食欲を祖剃る薫りに勝てずにグ~と腹を鳴らしてしまった。美麗はクスッと笑いエプロンを取る。その下は薄手の腰まである水色のトレーナーに黒いインナーレギンスであまり気にして見ずにいたがかなりの豊満な胸に括れた腰…スラリと長い足とモデル顔負けのスタイルをしていた。

 

「座っていいわよ、小牧さん。」

 

 明奈は美麗に見とれながら席へ着き、目の前にあるカレーライスに生唾を呑み込む。それに気付いて美麗は含み笑いをし、「どうぞ召し上がれ。」と促して自分もテーブルのカレーを食べ始めた。静かでお互い無口なまま淡々と食事は進むがつい数日前に殺し合いをした者同士とは思えない緩やかな雰囲気が流れていた。お皿の脇に置かれたアガレスに明奈がスプーンでカレーライスをやり、警戒しながらも小さな嘴でカレーライスを貰う。…すると美麗が笑顔のまま唐突に意味深な言いぶりをした。

 

「随分すんなりと食べてくれるのね、毒とか盛られてるとか思わなかった?」

 

 明奈は一瞬彼女を睨むが、直ぐに表情は平静なものになり言い返した。

 

「私だって毒があるかないかくらい解ります。呪力なら兎も角…普通の毒なら効きもしないし。」

「乱暴な言葉遣いはしないのね。そっちが本来のしゃべり方かな。」

 

 美麗はニコリと笑い、明奈は恥ずかしげに視線を反らすが、今自分が一番疑問に思っている事を率直に彼女に訊いてみた。

 

「どうして…、私を殺さなかったんですか?」

 

 その問いに美麗はスプーンを置いて明奈の目を見つめ返答した。

 

「最初から出来るだけ殺したくないとは思っていたのよ。…だけど脅しは効かずとても強い。なら殺すしかない。

其処まで考えはしたけど…何故かな、貴女とは仲良く出来る気がしたのよ。何となくだけどね。だから勝負が着いて私の部屋に連れて来たの。

…あまり理由にはなってはいないわね。」

 

 微笑みながら話す美麗に明奈は好感を持つ。しかし既にこの微笑みと雰囲気に一度騙されているのでその言葉を信じる訳にはいかなかった。

 

「…そうですね、理由もなく敵を生かす訳がないです。

本当の思惑は何処にあるんですか?」

 

 簡単には信用するな的な言い回しは自分でも彼女にしていたのと何となく感で助けたなどで信じてもらえていないのは当たり前なのだが、やはり色々と説明するのは面倒なので苦笑いをしながら何とか言い訳を考える。

 

「ん~、じゃあ…私の“部下”になるってのはどうですか小牧さん?」

 

 明奈はその場のノリと言うか行き当たりばったりとも言える勧誘に言葉を失った。今までも同じ様な勧誘はあったが自分が断れば大概は死闘となり明奈が勝ち相手は逃げ出すか死ぬかのどちらかであった。…しかし今回は既に彼女は負けていて極端な話…今も明奈の命は浮之瀬美麗の掌の上にある。小牧明奈に選択の余地などはないのである。

 

「もし…イヤだって言ったら…?」

「この町を出て行ってもらうわ。

正直…、私はDD…次元魔の相手でお腹一杯。DCの揉め事までは自分に降り掛かるものも含めてごめん被りたいのよ。貴女が私の手足になってくれるなら手助けをしないまでもない。…けど私と組まず、町を出ず、此所で別のDC同士で騒ぎを起こす気なら…今度こそ本気で殺す!

…さっ、二者択一よ?」

 

 美麗は今度こそ生きるか死ぬかを明奈に問う。彼女が言う事は勝者が敗者に向けるケジメなのであろう。今まで浮之瀬美麗は大悪魔ヴェル・ゼブブと共にこの町を守ってきたと言っても過言ではない。彼女にとって小牧明奈などと云った他の悪魔契約者は謂わば異物と何ら変わりないのだ。正にこの町はヴェル・ゼブブ…そして浮之瀬美麗の管理下にある。その中で次元魔は今でこそ只狩られるだけではあるが別次元より出づる正体不明の異物であり超越者である悪魔ですら解らない存在である以上は油断出来ないのだ。…小牧明奈にはそんな彼女の心情が今やっと理解出来た気がした。

 

「アガレスと契約してから2年、ずっといろんな町を回ってその町にいる魔女や魔少女を追い出し…殺して次元魔も出来るだけ多く倒した。元々此方から売った喧嘩…殺し合いだけど次元魔を本気で相手して狩り続けてる魔女に会ったのは初めて。

今までに出会った魔女魔少女は皆次元魔なんて無視して自分の欲望に溺れてる奴等ばかりだったから…、最初は“先生”もそうかと思ってた。…私は自分が強くなる事しか頭になかった。結局は蔑んでたDC達と何ら変わらなかったんですよね…。

…私、先生の言う通りに町を出…」

 

 其処まで言いかけた明奈だが、何やら身体をくねらせ形容し難い美麗の表情を見てしまい言葉を詰まらせた。

 

「………何ですか?」

「ええと、ソレ…言っちゃうの~?言っちゃうのかな~~??」

 

 向かいに座り不思議な動きと言動を取る三十路の女を前に明奈は怪訝な表情をするしかなかった。浮之瀬美麗が何を求めているのかが解らないのである。明奈はテーブルの上でフルフルと産毛を震わせているアガレスに念話で訊ねた。

 

《…この人どうしたの、私何か変な事言った??》

《クク…ッ、人間はやはり理解し難いな。あれが契約者ではヴェル・ゼブブ殿も苦労されておる様だ。》

《何笑いながら一人納得してるのよ!》

 

 そんな念話のやり取りに気付かないのか美麗は呪文でも唱えるかの如く口にし始めていた。

 

「私仲良く出来そうって言ったし~、殺さなかったし~、カレーライスご馳走したりしたよ~。おいしかったでしょお~おいしかったよねえ~。

本当に町出ちゃう気ぃ~?ねぇ出ちゃう気なのぉお~?

美味しいカレーが食べられなくなるよおお~~。」

 

 肩をすぼめて明奈の顔を覗き込む美麗。明奈はこの人物が自分を一蹴したあの蠅の王が認める契約者と同一人物と到底思う事が出来ずにいた。

 

(学校でもそうだったけど掴み所がなさ過ぎるわこの人!)

 

 そんな事を考える明奈だが、美麗が肘をテーブルに付いて両指を組み重ねてまたあの柔らかい微笑みで口にした言葉が彼女の心を大きく動かした。

 

「きっと私達、()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 明奈はまだDCになりたての頃を思い出してかつて共に闇を駆け抜けた少女が自分に投げかけてくれた言葉が浮かんで来た。

 

“私達は二人で助け合いながら生きるんだよ。”

 

 胸が締め付けられ、目頭が熱くなって気付けば大粒の涙がテーブルに落ちていた。それを見てしまった美麗は暫く茫然としてしまうが、席を離れ下を向いて涙を落とすも声を押し殺す明奈の傍らに立ち…その大きな胸で彼女をぎゅっと抱き締めた。一瞬驚く明奈だがその温かさで感情が高まり、嗚咽をあげ始めたのであった。

 アガレスはそんな二人から視線を離すとテーブルを飛び降りて部屋から姿を消し、マンションの屋上へ転移して姿を雛鳥からオオタカへと変化…翼をはためかせ手摺に腰を据えた。

 

《多少は魔力が回復したか。どうであった、二人の様子は?》

 

 地の底より響くかの様な声をアガレスは察知するが特に慌てる事もせずに応えた。

 

《貴殿の契約者が我が“伴侶”を堕としてしまわれましたよ、ヴェル・ゼブブ殿。》

《そうか。美麗と契約をして十六年、お前達が初めての…そして最初の仲間となるか。

()()()()()()()()。》

 

 手摺にとまるオオタカの横に小さな蝿がとまると、その後ろには正体である銀翼銀毛の鳥人と巨大な蠅の怪物の幻影が群雲の夜に揺らいだ。

 

《どうやら契約者よりも貴殿の方が何やら一物お有りの様だ。》

 

 アガレスはヴェル・ゼブブを勘ぐる口調を取るが、ヴェル・ゼブブは気にせず前肢で顔を拭き、首を左右に傾げる。

 

《一物などと言う程の事は考えてはおらん。只()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。》

 

 二人の悪魔契約者が自分の元で出会い協力関係を取る事はヴェル・ゼブブにとってはとても重要な意味を持っていた。浮之瀬美麗の下に契約者達を集めて備えなければならない。次元魔と相反するDC達の動向。そして悪魔と幾星霜の刻を敵対してきた“天に住まう者達”も動き出す頃合いだとヴェル・ゼブブは踏んでいた。

 

《集うがよい、我が同胞(はらから)よ。》


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