軍服美女の悪魔契約者   作:濁酒三十六

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5話…ヴェル・ゼブブの娘

「首を落としたのに…、何で…!?」

 

 小牧明奈は蒼白な表情で嗤い続ける浮之瀬美麗の首を見続け、次第に悔しげに眉間を寄せながら歯を噛み締め、右手の日本刀を頭の上まで上げて叫んだ。

 

「わぁあらあううなああああぁっ!!!!」

 

 同時に日本刀を力一杯に振り下ろす。刃より発した真空波がアスファルトを切り裂き美麗の頭と座り込んだ胴体を真っ二つにする。だがその死骸は突然黒い影となって広がり無数の羽音をさせて明奈を包み込んだ。

 

「ウワッ、ううぷっ!?」

 

 何と明奈を包み込んだ影は“蠅の大群”であった。蠅は明奈に群がり彼女を完全に押さえ込む。しかし其れを許さぬ者がいた。蠅の大群は内側から激しい疾風により破棄散らされる。そして明奈の背後には銀翼を一杯に広げたアガレスが両手に二本の槍を握り現れていた。

 

「蠅の群れ…、まさか…っ!?」

 

 明奈は前方に何もなかった様に立ち不遜に笑みをこぼす浮之瀬美麗を睨めつけた。斬り落とした筈の首と右腕は繋がっており、左手の指四本もしっかりとあるのを確認すると自分が彼女の術中に嵌められてしまっているのだと確信した。

 

「そうか…、貴女の部屋に押し込んだつもりが実は誘い出されていたのね…。」

 

 彼女の言う通り、美麗は明奈の短気を逆手に取りわざと学校の屋上へは行かず自分の部屋で待ち受け、人形(ダミー)と戦わせて様子を見ていたのである。

 

「ごめんなさいね小牧さん。

でもね…、悪魔契約者が正々堂々と真っ向勝負を決め込む事なんて先ず有り得ないと思ってね。ルールがないのがルール、其れがDC 同士の殺し合いよ。

貴女は本当に正直な娘、正直過ぎてこの先が心配なぐらいにね。」

 

 優しく説きはするが彼女の微笑みには残忍な悪魔契約者の本質が見え隠れしていた。そして彼女の背後にはまるで蠅の群れがどんどん増えて行き羽音がどんどん大きくなっていく。明奈とアガレスは得物を構え浮之瀬美麗と対峙する。美麗は契約者と悪魔を前にして余裕な態度を崩さず両手にモーゼルC96を握り構えた。

 

「小細工にまんまと引っ掛かった訳ね…。でも対して変わらない、オバサンが死ぬ事には何も変わらないわ!」

 

 言うが早きか、明奈は風圧に乗りダッシュ。その俊足で一気に美麗の間合いに飛び込み二刀流で斬りかかり美麗は二挺のモーゼルで受け止めた。

 

「校舎の屋上の続きでもする?」

「もうオバサンの手の内は読めてるんだよ!」

 

 明奈は目に止まらぬ凄まじいまでの連続斬撃を繰り出し、美麗も同じく目にも止まらない速さでその一撃一撃を確実に受け止める。しかし学校の屋上で行われた攻防とは違い美麗は一発と魔弾を撃っていない。連撃を防ぐのに手一杯の様であった。だが明奈は更に連撃の手を速め美麗を封じ込める。

 

(何故引き金を引かないかなんて関係ない、卑怯な戦法が好きなら此方も卑怯に徹してやる!!)

 

 二人の攻防を上空より銀色の翼をはためかせて悪魔…アガレスが見下ろしており急降下、低空で高速飛行をして美麗の背後に迫った。明奈の連撃が彼女の両手を封じアガレスががら空きになった背後から二本の槍で貫くつもりなのだ。美麗は後ろを気に止められぬのか明奈を見据えたまま防御に徹する。

 

《終わりだ、()()()()()()()!!》

 

 アガレスの槍が美麗を貫かんとしたその時、突如上から()()()()()()()()()()()()()()が現れアガレスを轟音を立てて叩き伏せた。高速道路上は激しく揺れて明奈は一瞬怯み、美麗はその刹那を見逃さなかった。

 

(しまっ…た!!)

 

 明奈が彼女の顔に浮かんだ嘲笑とモーゼルC96の銃口を見たのと同時に右肩に衝撃が走り、アガレスが踏み潰された場所を中心にして亀裂が走ると高速道路は断絶、轟音と砂塵を立て撒き散らしながら崩落した。

 コンクリートやアスファルトに鉄骨が無惨に…無造作に折り重なった瓦礫の山から何とか押し潰されずに済んだ小牧明奈が這い出て来て呆然と辺りを見回した。砂塵は舞い広がり視界に入るのは瓦礫ばかり、彼女は立ち上がりアガレスの姿を探した。…だが彼の姿は見つからず、足場のない瓦礫の上を歩こうとするがバランスが取れず両膝を付いてしまい妙な感覚に陥った。

 

(なに…、足元が妙にフワフワする。それに全身の感覚が変!?)

 

 明奈は四つん這いで瓦礫の山を這うのが精一杯で今は此所から離れる事を一番に考えた。

 

「何処に行くのかしら、小牧さん?」

 

 頭の上から声がして明奈は上を向くとマントをなびかせた軍服姿の人物が宙に浮いており、ゆっくりと降りて来て爪先から着地してコツッと小さく黒いブーツの踵を鳴らした。浮之瀬美麗である。

 

「貴女の勝ちよ、サッサと殺せば…?」

 

 恐らくアガレスも倒されたか魔界へ逃げたかのどちらかであろう。そして身体が思う様に動かない以上、もうこの魔女から逃げる事も出来ない…。そう明奈は判断した。

 

「そう…、ならそうさせてもらおうかしら…。

でも、死ぬ前に貴女の精神が持つかどうか…見物だわ。」

 

 すると周囲の無限にいるかに思えてしまう蠅の大群が無数の羽音を鳴らしながら一ヶ所に集まり始め、その塊はどんどん大きくなり巨大な蠅の怪物となり姿を現した。そしてその右前足の二本の鉤爪には下半身と翼を失ったアガレスが胸を貫かれて突き刺さり引っ掛けられていた。

 明奈は目を見開いて美麗の背後にそびえ立つ蠅の怪物を見上げ、アガレスの無惨な姿を焼きつける。

 

「蠅の…王、そんな…こんな完全な形で顕現するなんて…!?」

「小牧明奈さん、私の契約した悪魔が何なのかはもう解ったわよね。

“気高き主”、“蠅の王”、七つの大罪の一つ…()()()()()()()。…人は恐怖を持ってこう呼んでる、“ヴェル・ゼブブ”と…。

本来なら彼程の大悪魔と契約出来る人間なんて喚び出しでもしない限り居やしない。だけど私は彼と波長が合うだけでなく()()()()()()()()()()()()を持ち合わせていたの。貴女がアガレスの力を多く引き出せる様にね。」

 

 明奈は四つん這いのまま小さく笑い、その声は大きくなり最後はけたたましく自分を嗤った。

 

(まるで()()()()()ね…。

上には上が居るなんて分かり切ってる事じゃない、いつの間にか私は契約者としての力に溺れていたんだ!!

このまま…、あっさりと殺されるんだ。)

 

 契約した悪魔も倒された今、彼女を救う者は誰もいない。明奈は美麗の前で頭をたれ、全てを委ねた。

 

「ねえ、小牧さん。貴女このままサパッと殺してもらえると思ったの?

…本当に甘いのね、とんだネンネチャンだわ。」

 

 美麗は正に悪魔の笑みと言うべき嘲笑を見せ、明奈は絶望をその身に刻まれる事となるのであった。

 


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