日が昇り美麗は欠伸をしながら出勤…職員室ではブラックコーヒーを淹れて眠気を覚ました。昨日は何だかんだと凡そ一時間以上を次元魔と小牧明奈と言う魔少女に費やし、シャワーで汗を流して床に着いたのは深夜の2時であった。美麗は熱く苦いブラックコーヒーを一口含み顔をしかめる。…ふと、美麗は深夜に明奈に向けて啖呵を切った言葉を思い出して自己嫌悪に陥り顔を机につっぷさせた。
(あ~、私ってば生徒に何て言葉吐いてしまったのかしら!
あんな事言われたら余計に警戒するし攻撃的になるわよね!?
…出来れば穏便に済ませたいのよ私はっ!)
悩みながら暫しそのままでいた美麗であったが、結局睡魔には勝てず寝息を立て始める。…と其所に眼鏡をかけた中肉中背の気の弱そうな男性がクークーと寝ている美麗の肩を優しく揺すられて美麗は「ハッ!?」と声を上げて飛び起きた。職員室内の他の教師達は呆れがちに笑い、彼女を起こした男性も優しげな笑顔で涎を垂らした寝ぼけ眼の美麗を見ていた。
「はああああ、身木沢先生!?」
美麗はあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして頭を抱え身体を左右に揺らす。次いでに豊満な胸も揺れたので身木沢と呼ばれた男性教師はちょっと赤くなり視線を反らす。
「浮之瀬先生、もう直ぐ教頭先生が来ますよ。」
身木沢は笑顔を絶やさず彼女の隣である自分の席へ座った。美麗は彼の顔を横目に見つめ、起こしてくれたのが嬉しく微笑みを浮かべた。
午前までの授業が終わり小牧明奈はお弁当を持って教室を出た。人気の少ない体育館の裏に行って一人で昼食を取るのが此処数日の彼女の行動であった。
《明奈、何故教室では食べんのだ?》
彼女と契約した悪魔がテレパスで明奈に聞いてきた。明奈は仏頂面になり足早で廊下を進みながら悪魔の質問に答える。
《あんなクラスのクズ共と一緒に食べるのが嫌なの。ザワザワザワザワと煩いったらありゃしない!》
不機嫌を露わにして階段の踊り場まで来ると、この学校の教師にして悪魔契約者…魔女・浮之瀬美麗と鉢合わせした。明奈は緊張感でその場に立ち尽くし、美麗も立ち止まって明奈を睨む。明奈側の悪魔はこの一触即発に対し明奈に自重を求める。
《明奈、場所が悪い。無視を決め込め!》
…だが明奈はパートナーこそ無視をして笑みを刻み敢えて禁句と言い渡された呼び方を口にした。
「こんな所で奇遇ね、“オバサン”!
お昼は食べずにダイエットでもした方がいいんじゃない?」
前回に
「小牧さん、学校では先生よ。オバサンなんて言ったらダ~メ。」
美麗は人差し指を立ててノンノンと左右に振り明奈の横を何事もなく鼻歌をしながら通り過ぎた。明奈は呆然としたまま彼女の背中を見送ってしまうが、彼女の顔は悔しさでどんどん歪み拳を壁に思い切り叩きつけた。
「あのババア、私をコケにしやがった!!
この私を、魔女を三人もぶっ殺したんだぞ私はっ!
あの女も絶対殺す、細切れに斬り刻んでやる!!」
明奈は怒声を上げてその場を立ち去るが、其所には蝿が一匹いて小牧明奈の背中を見送っていた。
《力は強そうではあるが短絡的な輩の様だ。あれでは大悪魔と契約していても美麗の敵ではないな。》
ヴェルは前足を揉み手の様に動かし、何処かへと飛び去った。
放課後、美麗は明奈に堂々と職員室まで乗り込まれて屋上に呼びつけられた。春とはいえ屋上は風が強くてまだまだ冷たく、両腕を抱き締めてちじこませ長めのタイトスカートとはいえ薄いベージュのストッキングなので思わず太股を擦り付けながらジタンダを踏んでしまった。
「寒い、寒いわよ小牧さん!先生泣きそうだわっ!」
緊張感がまるでない彼女の態度に明奈は苛立ち虚空より日本の日本刀を精製して両手に握り締め突然斬りかかって来た。美麗は即座にモーゼル二挺を精製、両手に握り右からの斬撃を左手のモーゼルで軽く受け止めた。ガリガリと金属の擦り合う音が鳴り、さすがに美麗も真剣な顔もちとなり明奈の顔を真っ直ぐに見つめる。
「本気なのね、小牧さん。」
「十時間以上前からそう言ってる!
そして今日お前を見て改めて感じた、私はお前が気に入らない!目の前から消してしまいたいってな!!」
左手の斬撃を右手のモーゼルで受け止め、小さな火花が散った。美麗はほくそ笑み、明奈に軽口を言ってみせた。
「普段の人を食った口調よりもそっちのチンピラみたいな喋り方の方が似合うわよ、小牧さん。」
美麗は敢えて明奈を挑発する。そして彼女は見事に美麗の挑発に乗り凄まじい早さの連撃を繰り出してきた。美麗はその連撃と同じ速度で受け流し刃鳴と火花が爆竹の如く響き閃く。刃鳴と火花だけではなく美麗はモーゼルC96の引き金を幾度と弾いて共にマズルフラッシュが閃いていた。しかし弾丸は明後日の方向へ飛んでおり一発も明奈には当たっていない。彼女の連続斬撃はサラに加速し美麗の顔に僅かだが苦悶が浮かび上がってきた。
「アッハハハハッ、もうへばったのオバサン!こんなのまだ序の口よ、もっとダンスを楽しもうよ!!」
明奈は予告通りに目で追えない程に連撃は速くなり美麗のスーツが裂かれ始めた。明奈が後少しで刃が届くと確信した時、彼女は美麗の妖艶な嘲笑を見てしまった。
《アキナアッ!!》
そして彼女を制止する悪魔のテレパスが頭に響き美麗を追い詰めた連撃が止まった。明奈の額に脂汗が滲み、喉が波立つ程に唾を飲み込む。明奈はそのまま凍りついた様に動けなくなり…反対に美麗は一息吐いて身体をリラックスさせた。明奈は首を動かさずに眼球を動かして周囲を見渡す。何と明奈の回りには黒い弾丸が高速回転しながら宙で静止して彼女を取り囲んでいた。
《明奈、周囲だけではないぞ。お前の額・首筋・胸と云ったあらゆる急所にも弾丸が配置されているぞ!》
連撃を受け流すと同時に撃ち出していた弾丸を全て小牧明奈を囲む様に誘導していたのだ。正に浮之瀬美麗の殺意が彼女の全身を包み込んだのである。明奈は全身から汗が吹き出、美麗に視線を戻す。彼女は不敵に微笑みながら明奈を見据えていた。彼女に斬り裂かれたスーツは何時の間にか元通りになっておりモーゼルを持ったまま腕を組み小牧明奈に話しかける。
「小牧さん、貴女私が出会って倒してきた悪魔契約者の中で多分一~二を争う強さよ。
そして悪魔との関係がすごぶる良い、本来なら悪魔にとって私達契約者は傀儡その物。使い捨ての入れ物なの。
だけど魔女や魔少女の中には悪魔の寵愛を受ける者もいる。…私や貴女みたいにね。
其れなのにその恩恵を貴女自身が台無しにしているわ。」
「何だと…、
“歳以外”、この言葉がオバサンと呼ばれるよりもグサリと美麗の心に突き刺さった。
(歳…、歳の…“差”!?)
すると明奈を囲んでいた弾丸が空かした花火の如くポンポンと破裂し、みれば突然ナヨ~と腰砕けになり左手を吐いてはヨヨヨ…と泣き始めてしまった。
「小牧さん酷いわ、歳…歳の事言われたら私何も言えない!好きで三十路になったんじゃないもん、出来るならせめて二十歳の若さを保ちたいって思ってるのよ~!」
明奈は一時的にも命のやり取りをした相手が思いも寄らぬ形で戦意を喪失してしまった為にまたも立ち尽くしてしまった。その顔には呆れに呆れた表情が張り付き脱力感に嘆いた。
「ええい面倒臭い!そのポージングのまま死ぬか!?」
「嫌よ、先生まだ死にたくないわ。…貴女もそうでしょ?」
急にお茶毛ながらの質問をされたが明奈は美麗の真剣な顔を見て日本刀を振り上げた手を止め、両手の日本刀を仕舞った。
「…やっぱ私アンタの事嫌いだわ。この勝負…仕切り直しだ。今日の深夜十一時にまた此所へ来い!
今度はその人をおちょくった態度は通じねえぞ!」
そう捨て台詞を吐くと風が吹き荒び何と明奈の傍らに巨大な銀翼の大鷹が現れた。そしてその姿は鳥人の姿に変形し、明奈を抱き寄せると彼女はその鳥人の腕に掴まり共に飛び去ってしまった。残された美麗は立ち上がってパンパンとお尻をはたいた。
《何故殺さなかった、あの小娘はあまりにも短気な上に闘い方が正直過ぎる。遊んだりしなければ苦戦する相手ではなかろう?》
先程まで襟元に隠れていた蝿の姿のヴェルが美麗に問いかけた。
「言ったでしょ、穏便に済ませたいって。」
《其れだけか?》
美麗は答えず、肩にいるヴェルを指先で押さえつける。
「十六年付き添ってまだ解らない…?」
《解らぬな…。》
惚けるヴェルに美麗は微笑みかけ、そして明奈が去った夕空を見上げた。