獣殺しの人間性 ——修羅吸魂——   作:AM/RFA-222

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第二章 新宿衛生病院
第七話 初めての『仲魔』


 

 

 無音。只ひたすら無音の中、心を落ち着かせるように、動かず微動だにしない。

 そう、この感覚は言わば"静寂" 静かなる夜に寝静まる、真夏の夜のようだ。

 

 

《……悪魔の力を宿せし禍なる魂"マガタマ"》

 

 

 そんな中、突如として声が響く。

 耳に入るような現実感は無く、頭の中に直接話し掛けてくるような感覚だった。

 声は続く。

 

 

《これで貴方は、悪魔になったのです》

 

 

 その一言で、やっと異変に気付く。

 

 なんだか先程から、肌寒かったのだ。いや、寒くは無いのだが、微風が当たっていて、擽ったいと言うのが一番近い。

 この感覚は以前に味わった事のある、全裸に近い。まさか、今自分は全裸なのだろうか?

 

 疑問を抱き、目を開けるが……そこには全裸以上の異常が待っていた。

 

 

《坊ちゃまはいつも見られております。くれぐれも退屈させることのないよう……》

 

 

 そんな声は、俺の頭の中にしか入る事しか出来ず、ちゃんと理解する事は出来なかった。

 目の前に、かなりの異端が現れていたから。

 

 

「……なんだ、これは」

 

 

 まじまじと自分の手を見定める。

 そこにあるのはいつも通りの、人間の腕。今までと唯一違うのは、そこに青黒に輝く刺青があったと言う事。

 気付けば脚や腹にも同じような物が現れている。首の根元まであるのが見えたから、この分だと顔も同じような事に成っているだろう。

 

 半体育座りをやめて、今自分が座っているベットから降りる。

 

 今の自分は極めて、異常だ。全身に刺青が入り、しかもそれが発光している。

 ちょっと確認して見れば、今の服装も異常だ。ここに来るまでに履いていたハーフパンツと、運動靴しか無い。

 

 

  このままではいけない。主に、精神的に。

 

 

 すぐさまソウルの中を確認する。

 

 

「……ああ、良かった。こっちはちゃんと残っていたか」

 

 

 魂に刻み込まれた数々の道具が、心の中で姿を見せる。

 タンポポの葉のような葉っぱや、小瓶に入った赤色の液体。その他にも『刀』や『鎧』といった数々の物品があった。

 その中でも、とある衣服を取り出す。

 

 

「臭いは落としてあるが、少し抵抗があるな……」

 

 

 俺が取り出したのは【呪い師の着衣】と呼ばれる、比較的軽量な厚めのコート服だ。

 防寒能力はそれなりにあり、ちょっとした冬場にも着ていい位のもの。

 要らない小物入れを取り外したり、洗濯機で洗って臭いは落としてあるが……流石にゼロにはならなかったようだ。

 

 ソウルの中から無言で【ファブリーズ】を取り出す。

 

 そして、自分に向かって数回、パシャパシャとトリガーを引いた。シトラスの香りが実に香ばしい。

 

 さて、臭いも落ちてきた所で、状況確認に移行しよう。

 まずは、この現状についてだな。

 周りを見渡してみると、幾つかのベッドが乱雑に置かれ、壁に付けられた小物入れのようなものが飛び出いていた。

 

 

「……ああ、ここはあの臭い部屋か」

 

 

 またの名を、霊安室と言う。酷い異臭を放っていたので、こう命名した。流石にその臭いは【ヒル溜まり】ほどではなかったが。

 

 もう一度見渡して見たが、付近に人はいないようだ。

 ああ、そうだ。人と言えばだが。

 

 

「この首の後ろに付いたやつ、何なんだろうな」

 

 

 首の後ろに違和感を感じ、その円柱状の物に触れる。硬く、非常にがっしりとしている。ちょっとの事じゃ折れそうに無いな。

 何とかならないものか、と思案していると突然、ある事を思い出した。

 

 あの老婆達が俺の中に入れた、変な蟲の事だ。

 あの悪夢のような食い破りの後、俺は気を失ってしまったが……恐らく、アレはまだ俺の中にいる筈だ。

 

 アレは何なのだろうか……と思考を回していると突然、脳内に情報が流れ込んできた。

 

 

 

『マガタマ 【マロガレ】

 

属性: ノーマル

耐性: ノーマル

 

 高位の悪魔が力を凝縮又は、死亡した時に発生する分身体。アクマ達の中での通称は『マガタマ』

 魔人と呼ばれる者が体内に取り込めば、戦闘をすればするほどその秘められた力を吸収する事が出来る。

 また、濃厚なマガツヒの塊でもあるため、即席で能力値を上昇することが出来る。

 

 このマガタマは物理攻撃・ノーマル属性に偏ったマガツヒの塊である』

 

 

 懐かしい感覚だ。【ソウルの鑑定術】……とうの昔に失っていたと思っていたが、こんな所で再起動するとはな。人生どこで何が起こるか分からないものだ。

 それにしても……やはりこの『マガタマ』とやらは、俺の体内にあるみたいだな。如何にかして取り出せないものか。

 

 ……と、思っていたら。

 

 

「……は?」

 

 

 手のひらに平行するように歪んでいる空間から、何やら丸くなった蟲がポロッと落ちてきた。

 それと同時に、俺の身体に付いていた刺青が徐々に引いていく。

 最終的には全ての刺青が消えていき、首に生えていた角も無くなってしまった。

 

 

「……どう言うことだ、これは」

 

 

 状況から見るに、この蟲のような奴を取り出せた事によって、俺の刺青や角は無くなったと見ていい。だがそれにしても、この歪んだ空間の術はなんだ? 

 まるで俺が思った通りの事が出来ているみたいでは無いか。

 

 

「……まさか」

 

 

 嫌な予感がした。

 それを否定するように、すぐに行動に移す。

 手のひらを開いて、それを見続ける。それと並行して頭の中で俺の腹の中をイメージする。

 

 すると俺の手のひらには……『歪み』が出来た。

 

 

「……」

 

 

 俺は確信してしまった。これは間違いなく、老婆の言っていた『悪魔』の力だと。

 コイツは恐らく、空間操作系統の能力(ちから)だ。俺たちの使う、自らのソウル()に刻み込む物とは違う。

 異空間を生み出し、それに随伴する『出入り口』を生み出す物だ。

 

 試しに空虚に視線をずらし、ある一点を凝視してイメージする。何も無い、大きな空間を。

 すると数秒しない内に、やはり『歪み』が出来た。試しに【三日月草】を投げ入れて、閉じるイメージをする。

 

 その後別の空虚に向かって先程イメージした物と同様の部屋を想像。コレの入り口を開くようなイメージを組み立てる。

 するとやはり『歪み』が出来る。その『歪み』に手を突っ込んでゴソゴソと漁ってみると……何か、柔らかい物が触れた。

 取り出すとそれは、先程放り投げた【三日月草】だった。

 

 

 この事から、俺の想像は裏付けられてしまった。

 つまり、異空間を生み出す事も、その空間に出入り口を創る事も、俺の自由に出来ると言う事だ。

 

 

「……確かにコイツは『贈り物』だな」

 

 

 それも、最高級の。

 空間操作なんて代物はもはや、異常という他ない。

 道具をしまうのであれば、異空間を創り出して放り投れば良いのだから。しかもその内容量は無制限と来た。

 俺が今まで使っていた【ソウルの刻載術】とは、制限の幅が違う。

 

 それに、この『マガタマ』と言うのも凄まじい。これだけの大きさながら、それから溢れ出る力は【愚か者の偶像】と同等か、それ以上だ。

 流石にこれには驚かされる。こんな物を『贈り物』として、簡単に渡してしまうのだから。

 

 

「……あの二体組についてはさておき、これからどうするかだな」

 

 

 そう、今の問題はそこではないのだ。

 恐らくだが、今の東京は崩壊してしまっている。あんな事が起こったんだ、ただでは済んでいないだろう。

 それに、裕子先生は『悪魔』があって当たり前になると言っていた。つまり、俺のような存在がわんさかいると容易に予測出来る。

 となると少しでも手札が多い方が良いが……老婆の言葉を信じるならば、俺は監視されてると見て良い。

 そんな状態であの世界の力を見せつけるのは、賢い選択とは言えない。どこの誰とも分からない奴に、異世界の技術を見せるようなものなのだから。

 

 

 となると。

 

 

「飲み込むしかないか……」

 

 

 『マガタマ』を。

 

 未だに手の中で暴れまわっている蟲を握り、口元へと持ってくる。

 少しどころじゃない嫌悪感を胸に抱き、その動き回るそれを頭上から落とす

 

 

 ——前に気が付いた。

 

 

「あ、空間操作使えたんだった」

 

 

 

 即座に蟲を胸元まで戻し、もう片方の手で『歪み』を創る。その中に手に持つソレ(マガタマ)をぶち込んで、『歪み』を即座に閉じる。

 因みに、空間の先は俺の腹の中だ。

 

 

「ぐ……っ」

 

 

 予想通り、腹の中を何かが暴れるような感覚が全身に回る。

 そりゃそうだ、空間操作を使ったとは言え、蟲を腹の中にぶち込んだんだ。暴れるに決まっている。

 

 そんな状態が数分続き、やっと痛みが引いて来た頃には俺は既に、『悪魔』になっていた。

 

 手に描かれた刺青を見つめる。

 その刺青は波打つように、絶えず発光していた。

 

 

「クソ……せっかく人間として生まれ変われたと言うのに、また人外に元通りか」

 

 

 早く首謀者を見つけ出して、殺さねば

 

 そんな考えの元、俺は臭い部屋を出て行く。その時の俺は、すこぶる調子が良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出るとそこは、以前と変わらぬ病院地下が広がっていた。

 いや、違う箇所が一箇所だけあるか。

 

 

「なにジロジロ見てんだよ、悪魔。そんなに俺の事が珍しいか?」

 

 

 謎の浮遊体がいた。

 青緑色の、半透明の幽体。その中心には人のような影が見える。なんとなく、【ファントム】のように思えた。

 それにしても、コイツは言葉が通じるようだな。幾つか話を聞いてみよう。

 

 

「ああ、珍しいな。少なくとも俺は見た事がない。お前は一体何者なんだ?」

 

「お、おう。俺もまさかこんなフレンドリーな悪魔がいるとは思わなかったぜ」

 

 

 驚き、ちょっとだけブレる浮遊体。

 とりあえず、この世界がどうなったのかを聞こう。

 

 

「あぁん? お前何にも知らないのかよ? ここはボルテクス界。悪魔達の楽園さ」

 

 

 ボルテクス界……それが受胎後の世界の名前か。それにしても、やはり『悪魔』が沢山いるんだな。

 そう言うと浮遊体は、ハハハ! と笑った。

 

 

「悪魔の癖に何言ってんだよ。良いじゃねえか、お前見たいな奴にとっては天国だろうよ」

 

 

 天国……本当にそうなのだろうか。

 俺はあの世界でずっと戦って来た。化け物相手にも、仲間相手にも。

 正直言ってそんな世界よりも受胎前の世界、日本での生活の方が天国だった。

 飯は美味いし、洗濯だって出来るし、そもそも流血沙汰になる事自体少ない。戻れるなら、あの頃の生活に戻りたいさ。

 

 

「そうだよぁ……俺もこんな姿になっちまったし、確かに受胎前の方が良かったかもなぁ」

 

 

 思い思いに同調する浮遊体。

 もしかして、彼は元人間だったのではないだろうか。

 

 

「ああ、そうだよ。氷川って野郎に拉致られさえしなけりゃ、こんな姿になる事も無かった哀れな男だよ。

 ま、死ぬか死なないかで言えば、拉致られて良かったのかもな」

 

 

 何やら彼は、拉致られた結果、この病院に運ばれたらしい。それで偶々、此処にいた『思念体』と結合し、こうなっているとのこと。

 ふむふむ、思念体とは?

 

 

「簡単に言えば、俺見たいな奴の事だな。多分大体の奴は俺みたいに思念体……まあどっちかって言うと霊だが、そいつと結合してるんじゃないかって思う」

 

 

 つまり、受胎時に不思議存在に出会って合体して、こんあ浮遊体になったと。

 なんか面白いな。

 

 

「面白くねぇよ!! というかその浮遊体って名前辞めろ。さっきも言った通り俺たちは『思念体』っていうジャンルに含まれんだよ」

 

 

 思念体……了解、心得た。

 あと聞くべき事は……ああ、そうだ。

 

 

「お前はこれからどうするんだ?」

 

 

 彼のこれからの行動である。

 思念体である彼がこの先何をやっていくのか、実に興味深い。

 思念体はちょっと揺れて、答える。

 

 

「え、俺? ……。うーん、そうだな……」

 

 

 暫く悩む動作をした後、こう断言する。

 

 

「……何もねえよ。俺たちみたいな非力な存在は、何かをする事も出来ねえんだ」

 

 

 悲しそうな声質で、彼の灯火が小さくなる。

 何もする事がない、何も出来ない、か。

 その一言で、俺は遥か昔の事を思い出した。

 

 まだポーレタリアに来たばかりだった頃、王城での探索をしていた頃だ。

 俺はあまりの敵の多さに狼狽え、自分と同等の敵、それ以上の奴が何体もいる事に、非常に堪えてしまった。

 回復アイテムも無く、装備も重く、気力も消えかかっていた時……彼と出会った。

 

 

 ——【北国の王子 オストラヴァ】

 

 

 自分と同じ、意識のある奴と会った事には、とてつもない喜びを感じたね。仲間がいるって。

 まあ彼は何もしてはくれなかったが。適当に敵を蹴散らして、王城へと進んでいた。

 自分の目的だけを見て、俺の事を放ったらかしてなんかやってたな。

 

 それじゃ、俺も彼同様の事をやるとするか。

 

 

「おい、思念体。お前は外に出る気は無いのか?」

 

「はぁ? そりゃまあ、出たいけどさ……流石に無理だろ、戦う事なんて出来やしねえんだからさ……」

 

 

 再度灯火が小さくなる思念体。

 その様子にふっ、と笑いが溢れる。

 

 

「そうか、って事は出たいんだな?」

 

「ああ、そうだよ。でもその手段がね——」

 

 

 その言葉を言い切る前に、俺は割って入る。

 

 

「じゃあさ、俺と一緒に来いよ」

 

 

 瞬間、思念体の動きが止まる。

 そしてぶるんぶるんと暴れまわり、最後に俺の目の前まで止まって、

 

 

「……はぁぁあああ!? お、おお、お前何言っちゃってんの!? 思念体を『仲魔』にする悪魔なんて聞いた事ねえよ!!」

 

「俺も初めてだ、こんな浮遊体……思念体を仲間にするのは」

 

 

 暫くして、無言が続く。

 この瞬間、俺は失敗したか……? と不安の念に駆られていたのだが。

 思念体はゴホンッ! という咳き込みと共に、若干照れたような声質で、言った。

 

 

「わ、分かったよ……有り難く『仲魔』になってやるよ。えっと……」

 

 

 思念体は此方をチラチラと見るように動いている。

 もしかして、名前か。

 

 

「俺の名前は【シン】って言うんだ。よろしくな」

 

「し、【シン】か……い、良い名前だな!」

 

 

 そこで思念体は一旦切ってから、精神を統一するかのような深呼吸をする。

 それから、再び此方に向かう。

 

「それじゃ……俺は〔思念体【ヨミ】〕 今後ともヨロシク……」

 

 

 こうして、俺は始めて『仲魔』を手にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 受胎後最初に話した人物だから、愛着があったんです。どうなるかは未定。
 

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