獣殺しの人間性 ——修羅吸魂——   作:AM/RFA-222

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第五話 消えろ、イレギュラー!!

 

 

 エレベーターを降りると、そこには薄暗く鉄臭い空間が広がっていた。

 地上の部屋のように壁は優しい色で塗られてはおらず、見渡す限りの鉄色。天井に等間隔で配置されている蛍光灯の主張がよく目につく。

 

 エレベーターを降りて少し進むと、警備員室のようなものと鉄格子が現れた。

 警備員室は明かりは付いているようだが、中には誰もいない。地上の職員同様、何処かへ行ってしまったのだろう。

 付近に散りばめられた紙が気になるが、それで遅れてしまえば千晶の説教は免れない。さっさと終わらせよう。

 

 ゲートに近づき、構造を見てみる。カードスキャナーのような物が赤色に光っている。どうやらコイツにアレを使えば良いみたいだな。

 

 

職員用IDカードを入れて下さい》

 

 

 そう言うセキュリティシステムに対し、了解とでも言うように勇に貰ったカードキーをスキャナーに読み込ませて、ロックを解除する。二重構造の方が安全には良いと思うのだが、流石にそこまでは無理があったのかもしれない。

 

 カードスキャナーの点灯ランプが緑色に変色する。どうやらコイツであっていたらしい。

 勇は院長室でコイツを拾ったと言っていたが、自分で行かなかったのはこの物々しい空間を前に怖気づいたのが一番かもな。

 あいつ、見た目に反してビビりだし。

 

 

「……しかし、ホントに凄いところだな、ここ」

 

 

 少し道を進めば、何事かと言わんばかりに散らかっていた。

 積み重ねられたダンボールはひしゃげ、崩れて落ちていたり、書類も警備室前同様散りばめられている。

 しまいにはベットにかなりの量の血跡が残されている。血跡に色のばらつきが見られる事から、色んな時期の物があると簡単に想像できる。

 血跡は手術でちょっと付いた程度なのかもしれないが……病院ならば普通、シーツを変えたり捨てたりする物ではないのか。衛生的に。

 

 変え忘れた程度ならもしかしたらあり得るかもしれんが、これだけの量のベットのものが変えてないとなると、意識から来るものだと思うざるえない。

 これではまるで、変える必要がないと言っているようなものではないか。

 

 

「……勇の言っていた、【人体実験説】は(あなが)ち、間違ってはいないのかもしれないな」

 

 

 そんな事を呟いて進むと、通路に繋がった一部屋が現れた。見た目は普通のドアだが、中はどうなっているのやら。

 軽い気持ちで部屋の中に入る。

 

 

「……マジか」

 

 

 その一言に尽きた。

 この状況を見たものは大抵、こう言うだろうなという思考の他は既に、俺の時間は止まっていた。

 

 

 目の前に、人体実験でもしたのではないかという光景が残っていたから。

 

 

 いや、感じとしては邪教の生贄お捧げ儀式的な感じもあるが。特に手術椅子の真下にある魔法陣。あの世界でもこれ程不気味なものは無かったのではないだろうか。腐れ谷は別のベクトルなので除外しているが。

 

 部屋を見渡してみると、壁には赤色のカーペットが引かれている。所々隠れていない所もあるが、それでも不気味である。部屋を真っ赤に染めるなど、何を考えているのやら。

 また、部屋の入り口に六角星印のマークが書かれた立て札があるのも理解できない。

 これではまるで、本当に何かの儀式では無いか。

 

 言い難い不気味さを感じて、その部屋を出る。手術椅子にも血がついていたし、部屋の前のロッカーなどもへしゃげていた。何かあったのは間違いないだろう。

 

 とりあえず他の部屋も捜索していくと、他の部屋もこの部屋と同じような部屋ばかりだった。

 謎の儀式部屋が数部屋。

 ベットが幾つか並んだ監視部屋。カメラもついている。

 とてつもない異臭を放つ謎の部屋。あまりの臭さに奥には進めていない。

 

 そんな部屋の中で、特に異質な部屋が一つあった。

 何か機械が作動するような音が響く、謎の一室。異臭部屋のような異質さがあるが、それ以上に、何か次元の違う奴がいるような、そんな異質さがあった。

 

 こんな部屋に先生がいるとは思えないが……仕方ない。見てみるしかないだろう。俺は千晶に説教を喰らいたくない。

 

 意を決してその扉を開ける。ドガンッ、という爆音は響かなかったが、それなりの音が周囲に発せられた。

 

 その音に気付いたのは、俺だけではない。目の前の高級感溢れる椅子に座る、スーツの男も同様だ。

 

 

「……誰かね」

 

 

 冷たく、静かな印象を与える低い男の声。

 俺の正体を聞いているように聞こえるが、それは違う。これは、目の前の相手に小さな敵意を出している時の、それによく似ている。

 

 どちらも黙り込む中、周囲を見渡す。

 アナログチックなパソコンが床に4台、液晶タイプのパソコンが一台机に置かれている。この暗い空間の中でこのパソコンの光は、目に良く入る存在だ。

 

 だが、それ以上に男の後ろにあるものの存在感が凄まじい。

 青白く見知らぬ文字が発光する、ドラム缶のような円柱缶。

 静かに佇んでいるソレは、目の前の男以上に寂しい印象を覚えた。

 

 

「今になって静寂に水を差すとは……困ったものだ」

 

 

 何が困ったのか、とは言わない。下手な事を言えば、俺は今すぐにでも潰されてしまう。そんな気がした。

 

 

「……知っているかね? 『四月は残酷な季節』そう言った詩人がいる」

 

 

 男は静かに語り出す。

 

 

「不毛な大地を前に、目覚めなければいけないからだ」

 

 

 それはまるで、自分自身が今までずっと思い続けていた事を吐き出すかのように。

 

 

「思えば、人類の世など、不毛なばかりだった」

 

 

 その言葉に俺は、静かに同意した。

 

 

「盲いた文明の無意味な膨張」

 

 

 拡大していく禁忌の術式(色の無い濃霧)

 

 

「繰り返される流血と戦争」

 

 

 不死人達のソウルの奪い合い。

 

 

「数千年経てなお、脆弱な歴史の重ね塗りだ」

 

 

 ひとはいつも、過ちを犯す。それがこの世の、あっちの世界でも、それは変わらない。

 結局人間は、愚者なのだ。

 

 

「……世界は、やり直されるべきなのだよ」

 

 

 そう呟く男の瞳には、それしか道がないと映っていた。

 俺はそれをふっ、と一笑いして、蹴り飛ばす。

 男は表情を曇らせた。

 

 

「……何がおかしい」

 

「いや、実にシンプルな考えだと思ってな。そうかそうか、やり直されるべき、か……くくく」

 

 

 そんな物があったって、人間は変わらない。

 人間の本質は愚者だ。必ず間違いを犯してしまう。それが必然であり、絶対だ。

 産まれた時から完璧な者がいないように、最初がプラスマイナスゼロなだけ。そこから色をつけて、プラスに近づける必要がある。

 その方向性がランダムだから、人間は間違いを犯すのだ。暗い闇の中で、とにかく剣を振り続けるのと、大差ない。

 

 違いは、味方に当たるか、敵に当たるか、だけだ。

 

 

「結局、方向性を決めるのはその場の人間なんだ。幾らリセットした所で、間違いを犯す事を踏まないという事は、流石に無理があるさ」

 

 

 故に、人間は愚者なのだ。

 愚かだからこそ、無知だからこそ、沢山の道を進む。可能性が広がる。

 失敗の数だけ、成功が生まれる。失敗は成功のもと、失敗が無ければ、新たな探求は出来ないのだ。

 

 それなのにリセットなど、今までの失敗の記録を、消去するのと同じ事だろう。

 その上目の前の男は、0(ゼロ)から(プラス)を生み出そうとしている。失敗なくして、成功は生まれにくいと言うのに。

 

 本当に、苦笑しかでない。

 

 

「……君は何者だね? 私の理想を無我にするという事は少なくとも私の同朋と言うわけでは無さそうだ」

 

 

 男はそこまで言って、俺の姿をジロジロ見る。

 するとああ、なるほど、と言って頷き始める。

 

 

「学生カバンを持っているという事は、高尾先生の知人という訳か」

 

 

 それだけで何故分かる、と言おうとして思い留まる。

 この男は恐らく、この空間、病院の支配者だ。閉鎖していたのはこの男で間違いないだろう。

 そんな中で疑いの目を向けていた先生、高尾先生の名が出てきたという事は、二人で何か危ない事をやろうとしていたのは俺でも分かる。

 

 そしてそれは恐らく……世界のリセットだ。

 

 

「そう言えばここは病院だったな。見舞い客、という訳か」

 

 

 ああ、その通りだ。俺はあくまで見舞い客の筈だ。

 それなのに何故お前は俺に……敵意を向けている?

 

 その疑問に答えるように、男は言う。

 

 

「蟻の穴から堤が崩れるという言葉もある。少し不憫だが、君には……」

 

 

 ——消えてもらおう!!

 

 

 それは、死刑宣告に近しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の男……テレビで良く映っていた、『氷川』という男は何かを握り出すような仕草をすると、目を瞑って集中し始める。

 すると青黒い雷のような物が現れて周囲をバチバチと焦がし、氷川の後ろには黒煙がもくもくと現れ始める。

 

 暫くすると氷川の後ろひいては、円柱缶の後ろに何かの影が現れ始める。

 牛のような顔に、大きなカラスにような黒翼。

 シルエットしか見えないような状態だが、あぐらをかいているように見える。

 そんな中で、特に光っていた物がある。

 赤い目だ。この薄暗い空間の中、血のように赤い目だけが、一際目立っていた。

 

 それを見て、俺は一つ、思った事がある。

 

 

デーモン()を召喚する力か……」

 

「ほう……君はこの(悪魔を召喚する)力を知っているのか。だとしたら、この後どうなるか、分かるね?

 なに、恐る事はない。この世界の住人みなが死ぬ時期が、君の場合、ほんの数刻早くなるだけだ」

 

 

 そう言って、後ろのデーモン()(けしか)けてきた。

 すぐさま学生カバンから【万能マチェット】と【スタンコイルガン】を取り出す。

 

 銃器の扱いは初めてだが——弩は含まない——剣の腕には自信がある。十数年のブランクがあるが、腐っても鯛、それなりには戦える筈だ。

 

 

「愚かな……運命に、逆らえはしない」

 

 

 そう嘲笑う氷川を、俺は嘲笑い返す。

 

 

 ——こっちも、獣狩り(デーモン狩り)のプロなんだよ

 

 

 例え、あの神殿が俺を縛り付けていなくとも、俺は戦える。それを見せつけてやろう。

 俺は化け物相手に向かっていった。

 

 

 

 

 が。

 

 

 

 

「やめなさい!!」

 

 

 俺の蛮勇の行為は、その切り裂くような女性の一言で、消え去ってしまった。

 声の方向を向けば、そこには俺の——というよりは勇の——追い求めていた裕子先生がいた。

 

 

「ほんの彼一人を、なぜ見逃してあげれないの? この程度の事で、計画は揺るがない筈よ」

 

「事の大小ではありませんよ。私は計画に例外を許す気はない」

 

 

 それと同時に、目の前のデーモンも消える。先ほどまで向けていた殺意を、何処に向けようかなんて、そんな事を思う事はできなかった。

 

 

 ——やはり、何か裏があったか。

 

 

 裕子先生の方へと若干の殺意を向けながら、そう思う。

 色々と怪しい点はあったが、やはりそうかと、合点がいった。

 

 彼女もこのリセット計画の一端を担っていたのだ。しかも恐らく、何か重要な役職の。

 その証拠に、

 

 

「そう、彼を見逃してくれないのね……だったら私は、もう貴方に協力はしません」

 

 

 彼女は強気に打って出ていけている。

 その言葉で、やっと氷川の顔に表情が出る。

 子供にわがままを言われた時の親のような、困ったような表情。その表情のまま、渋々といった調子で述べる。

 

 

「……困った巫女だ。まあ、教え子の面倒は教師に任せるとしましょう」

 

 

 座っている椅子の肘掛けに手を乗せ、顔を寄り掛からせながら言う。

 その表情には、若干の呆れがあった。

 

 

「さあ、今すぐ出ていって下さい。私はこの幸福な終わりの時間を一人静かに迎えたいのですよ」

 

 

 椅子をくるりと回転させて、背を向ける。

 なんとなく、悲しい父親の姿にそれが、似ていたように見えた。

 裕子先生が隣に来る。

 

 

「……シン君。屋上で待っているわ。彼処でなら、街が良く見渡せる」

 

 

 見渡してどうするのか、と問う。

 

 

「その目で確かめると良いわ。これから世界に起こる、出来事をね……」

 

 

 それだけ言って、彼女は出て行ってしまった。

 彼女を追うように、俺もその部屋を退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、彼女はもう居なかった。

 随分と早い移動だな、と思いながらゲートの所まで来ると。

 

 

 1組のデーモン()が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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