獣殺しの人間性 ——修羅吸魂——   作:AM/RFA-222

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第三話 月刊アヤカシ 女王の手に渡る。

 

 

「『姿を変えた、闇の勢力同士の争い』、とな」

 

 

 その男の言葉に、俺が思わず息を飲んでしまう。

 裏の世界。つまり、表の世界では仕入れられないような、ヤバイ情報があるって事だ。

 そして、目の前の男はそんな世界とのパイプを持っている。記者という立場から中立だとは思いたいが、敵で無い事を祈りたい。

 

 それはそうと、『姿を変えた』とは、どう言う事なのだろうか。まさか、青目騎士が赤目騎士になるような、そんな感じなのだろうか。

 ……考えても仕方ない。とりあえず続きを催促しよう。

 俺もこの事件に、なんだか興味が湧いて来たからな。

 

 

「それは一体どういう……?」

 

 

 ——ブルルッ ブルルッ

 

 

 突然、スマホのバイブ音が響き渡る。

 男の携帯かも知れないが、生憎と俺の太ももには、振動音が届いている。どうやら俺のから出たものらしい。

 

 だが、この機会を逃したら、2度と聞けないかも知れない。こんな興味を引く素材の前をして引き下がれるか。

 と、思ったが。

 

 

「ん? 鳴ってるのお前のじゃないか?」

 

 

 男の方から話を振って来た。

 俺としては無視しても良かったが……この後万円に事を進めたかった俺としては、出る他なかった。

 

 懐からスマホを取り出す。送信相手はどうやら、千晶のようだ。まったく、なんてタイミングで掛けてくるお嬢様だろうか。

 少しの不満を撒き散らしながらも、電話を繋げる。

 

 

『もしもし、シン君? わたしよ。やっと(・・・)繋がったわ。何やってるのよ、もう』

 

 

 電話の先のお嬢様は、御冠様のようだ。その早口言葉からは、多少のイラつきが感じられる。

 彼女はため息を吐いた。

 

「ユウ君ならともかく、シン君が遅れるなんて……どうしたのよ、一体。もしかしてトラブル?」

 

「いや、そう言った類のものでは無い。代々木公園の事件についてちょっと調べながらここを目指して居たら、時間が掛かってしまってな」

 

「もう、それだから時間に間に合わないのよ! それだったら私達と合流してからにすれば良かったじゃない」

 

 

 とりあえず、事件関係のせいで遅れたと言う、後付け設定で此方の被害ダメージを軽減する。

 まあ実際に街頭ビジョン行ったり、聞き込みをしたりして居たから、嘘では無いけどな。そう、嘘では。

 

 

『はぁ〜。もう、いつもの事だけど、少しは時間を守って欲しいわ』

 

「済まないな、コレでも気を付けているんだけどな」

 

 

 ま、気をつけるだけだが。実際にやろうとは、微塵も思ってない。

 そんな心情を理解してか、千晶は話題を切り替えた。

 

 

『それで? 今どこにいるの?』

 

「ああ、今は代々木公園にいるが……そっちは何処にいるんだ? 姿は見えないが」

 

 

 そこで、あちゃー、というチアキの悲痛の声が出る。

 まさかとは思うが……入れ違ったか?

 

 

『シン君の言う通りよ。私達はついさっきまで代々木公園にいたの。分かる? 私達は入れ違ったのよ』

 

 

 それ俺がさっき言った、とは言わない。

 口答えなどすれば、女王様による延々と続く説教論が繰り広げられるだろう。こんな公園前でそんな事を聞かされるのは、苦痛以外の何者でもない。

 

 

『それじゃシン君、私達は今新宿衛生病院についたから、待っているわね。今度は寄り道せずに来るのよ?』

 

「勿論だ。すれ違いによるタイムロスは身に染みて分かったからな」

 

『分かったわ。私は私で、先生と進路について話したいと思うから先にやっているわ』

 

 

 その言葉に、疑問を持った。

 俺たちはお見舞いに来た筈なのに、進路についてとは一体……?

 

 そう言うと、すかさずお女王様から反撃が来る。

 

 

『何よ、私は未来の負け組と違って、考える事は考えるの。シン君は大丈夫かも知れないけど、考えておかないと大変な事になるわよ?』

 

 

 未来の負け組とは、随分な言い方である。

 しかも、俺は大丈夫って、勇はどうなんだ。幾ら何でも、本人が近くにいるって言うのに、酷くないか? あいつ傷つきやすいんだぞ。

 

 

『ま、そんな事はどうでも良いのよ。とにかく……遅くならないうちに、早く来てね」

 

 

 そこで、電話は切れてしまった。

 

 そのタイミングを見計らってからか、ロン毛男が此方に話しかけてくる。

 

 

「なあ、お前もしかしてこの後、新宿衛生病院に行くのか?」

 

 

 だったらどうなのだろうか。もしかして彼も病院に知り合いが居るのだろうか。こう、病気を拗らせたお婆さんとか。

 しかし、そんな想像とは裏腹に、彼は記者らしい言葉を返した。

 

 

「まさか次の目的地も一緒とはな……」

 

 

 どうやら、彼も次に衛生病院へと向かうらしい。なんという奇遇だろうか。正直、運命的な何かを感じる他ない。俺は薔薇色では無いが。

 

 

「……これも何かの縁かねぇ。

 よし、お前にコイツをやるよ。まだ発売前なんだがな」

 

 

 ロン毛男はおもむろに、一枚の雑誌を手渡して来た。

 表紙には『月刊アヤカシ・妖』と書かれている。オカルト関係に詳しいわけでは無いが、コンビニなどでも見たことがない雑誌だった。

 発売前だと言っていたし、これはもしかして彼の雑誌なのだろうか。あと、発売前の物を勝手に譲って良いものかという、疑問もある。

 

 

「ああ、その通りだぜ。それは俺が取材・編集した記念すべき第一号の月刊誌だ。まあ俺が作った雑誌だし、俺がどうしようと勝手だと思うがな」

 

 

 なるほど、確かに一理ある。彼が作った雑誌なら、彼がどう扱おうと勝手だろう。

 まあ、俺がこの論を彼女(千晶)相手に喋れば、撃沈間違いなしだろうが。

 男は再びヒゲを弄りながら、雑誌を指差す。

 

 

「お前、どうせこの辺りで起こっている事、何にも知らないんだろ? だったらこれから行く場所の事の事を知っていて、損は無いだろう?」

 

 

 確かに事実を知る事は重要だが……オカルトが事実とは、これ如何に。

 

 

「まあそう言うなって。これでも俺が重い脚を引きずって集めた情報の塊だぜ? 少しぐらいは信用してほしい」

 

 

 そんな事言ったって、どうせオカルトだろ?

 ……と、切り捨てるのがこの世界の人間がやる事だ。

 残念ながら、俺からすればこう言った月刊誌の情報は馬鹿にできない。何せ、俺の存在自体がオカルトのようなものなのだから。

 

 とりあえず、これは有難く頂戴しておこう。

 

 

「おう、貰っとけ貰っとけ。ああ、衛生病院の特集も一応あるからな。ヒジリ記者の【特集・ガイア教団とミロク経典】。歩きながらにでもみてくれや」

 

 

 そうする事にさせてもらおう。

 それじゃあ早速衛生病院へ行くか、と思ったところで。

 ロン毛男、ヒジリから声がかかった。

 

 

「お前はオカルトの出る幕じゃ無いと思っているかも知れんが……ところがどっこい、あそこはそう言う場所なのさ」

 

 

 別にそんな事は思っていない、と否定しておく。俺の存在自体がオカルトなのに、それを否定するなど、自分自身を否定するようなものだと。

 ヒジリは笑いながら受け流す。

 

 

「面白いジョークだな。笑えるぜ。

 ま、この世界じゃガセネタもよくある事だからな。違ってたら笑って許せや。

 じゃ、またな。今度会った時にでも感想聞かせてくれや」

 

「ああ、勿論だ」

 

 

 その会話を最後に、俺は公園を後にした。

 まあオカルト程度で済むようだったら、俺は一安心なんだが。

 そんな事を呟きながら、早速月刊誌を読むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、シン君。ようやく来たのね」

 

 

 少しばかりの急ぎ足で病院まで来た俺の事を出迎えたのは、そんな様子の千晶だった。

 キッチリした雰囲気の病院に今の彼女の姿——青を基準とした厚めのジャージに、同じ素材のスカート姿——はよく似合う。まるで院長の娘令嬢と言われても、ビックリしないくらいだ。

 

 さて、そんな彼女は病院の長椅子に座っていた訳だ。それでは勇は一体、どこに行ったというのだ?

 

 

「勇君には今、裕子先生を探して貰っているわ」

 

 

 探して貰っている……?

 その言葉に、少しばかりの違和感を感じた。

 探すも何も、病院なのだから受付にでも聞けば……。

 俺は首を曲げて、受付の方に視線をずらすが……そこには、誰もいなかった。

 

 それと同時に、病院全体の違和感に気付く。

 

 今、この空間には俺と千晶の二人しか、人がいないようだった。

 

 

「……!? どういう事だ、これは?」

 

「やっぱりシン君も気付いたのね、この病院の可笑しさに。

 いないのよ、人が誰も。受付もからっぽ。なんだか不気味よね……あーあ、ホントいやだなぁ……」

 

 

 確かに、千晶の言う通りである。

 この空間には今、誰もいない。通院者のみならず、職員の姿も見当たらない。これは病院という組織と相手にみると、極めて異常な事だ。

 こんなんでは、病院の運営という事など、到底不可能である。

 

 ふと、ここへ来るまでの道で会った老人が言っていた事を思い出した。

 

 確か彼はこの先の病院つまり、新宿衛生病院が開いていないと言っていた。

 それなのに、高尾 裕子という担任教師は、この病院に通院している。何故だ?

 

 俺はなんとなく、自分の予想図のピースが揃って来ている事に、言い表せない不安を感じてしまう。

 

 これはいけないな、と思い早急に話題を変える。

 ひとまず、最初に思いついた勇についての話題を振る。

 

 

「確かに勇君、遅いわね……。

 この病院、そんなに広い訳じゃないと思うのだけれども」

 

 

 そこまで言って、俺の手元を凝視する。

 何やら先ほど貰った雑誌に興味があるらしい。

 

 

「なんだ、読むか?」

 

「ええ、まあ。勇君来ないし、暇だからね」

 

 

 それだけ言って雑誌を奪い取る千晶。

 お女王様の名は伊達では無いらしい。その名に恥じない横暴っぷりである。まあそんな横暴っぷりさえなければ、普通の美少女なんだがな。実に勿体無い。

 そんなお女王様の追加注文(小言)は増える。

 

 

「月刊アヤカシ……聞いた事のない雑誌ね」

 

 

 その言葉も最もである。

 何しろ、発売前の雑誌なのだから。

 とりあえず、と言う言葉と共に読み進めていく千晶。

 暫くすると、

 

 

「やだぁ、これオカルト雑誌じゃない!」

 

 

 といって妙に大げさビックリして見せる。

 タイトルに『アヤカシ()』とついているのだから、考えずともわかると思うのだが。千晶はこういう所が抜けている節があるから、困る。

 灯台下暗し。身近な事ほど、気にするべきである。

 

 

「こんな時にいやだなぁ……」

 

 

 そう言いつつも、読み進める千晶。結局、口ではああ言いながらもやる女なのだ、彼女は。

 

 

「あ、そうだシン君。勇君の事探して来てよ」

 

 

 唐突に勇捜索願いを出すお女王様。

 というか、千晶は出ないのだろうか。

 

 

「何よ、私のような幼気(いたい)な少女に、重労働をしろって言うの?」

 

 

 それならば、自分のような貧弱な男にとっても、重労働ではないか、と反論してみる。

 なんとなく、反抗してみたい気分なのだ。

 

 

「シン君は全然貧弱なんかじゃないでしょ。寧ろ屈強(・・)なくらいよ。なに、50m5.34秒って。世界記録張れるわよ」

 

 

 そう言われると、照れてしまう。

 これでも俺は、沢山の場所を走り回って来たからな。本当に、疲れるぐらい。

 

 ……ま、こんな事で褒めのかされているが。

 

 

「それじゃ、頑張ってね。シン君。私期待してるから」

 

 

 結局、俺だけが探しに行くように、誘導されていただけなのだ。追い剥ぎ(ハイエナの)野郎に騙され続けた俺にとっては、誘導されている事なんぞ、すぐに分かったがな。

 

 千晶と別れを告げ、嬉々として病院内の捜索に出る。

 一度やってみたかったのだ。……病院内で好き勝手に走り回るの。

 ここでなら、誰も俺の行いを注意するものはいない。実に、愉快な時間である。

 

 そこから、俺の病院ダッシュの怪劇が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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