獣殺しの人間性 ——修羅吸魂—— 作:AM/RFA-222
第一話 人間回帰
その者は、
歴戦の勇士相手にも、
千を超える大軍にも、
仲間であった相手にも、
退くことは無かった。ただただ、殺して、奪って、殺して殺して殺して。ありとあらゆる敵、恩人、仲間すらも殺して回った狂人。
その者は、屈強であった。
化け物相手にも、
古竜相手にも、
自らを正し、育ててくれた師相手にも、
戸惑いなく、剣を向けていた。
躊躇せず、届く声を聞き届けず、全てを無視して自分の目的のみを推し進めていった。
その者は……独りであった。
敵を殺し、
化け物を殺し、
竜を殺し、
仲間を殺す。
そんな事を繰り返した者……"
居なかったのだ。味方など、敵など……そんな物は既に、居なかった。そこにあったのは、唯の
何度も何度も繰り返され、同じ事をして、同じ結末を辿る。
その者は既に、飽きてしまった。
殺す事も、助ける事も、仲間と駄弁るのも。
それ故だったのかも知れない。彼が奪ってきた
自分達と会い、戦い、
だが全てはもう、遅い。
時は満ちてしまった。月光の光も、王の風格を持つ者も、何者も、争う事はない。
それは既に、『獣の王』と化した、その者も例外ではない。
全ては大いなる父、『カグツチ』の元へ……
——第一話 人間回帰——
人間。
ひ弱で、軟弱で、諦め症な、卑劣な生き物。
「はい、それじゃ、教科書の67ページを開いてー」
それが、俺の人間に対する見解だ。人間は脆い。この
「それじゃあ——君、67ページの項目1を読みなさい」
更に、人間は欲深い。金が欲しければどんな仕事にも手を染めるし、自分の身体だって差し出す。
生きる為の金なのに、金の為に生きている。人間は実に——愚かだ。
「ちょっと——君、聞いているの? 早く67ページの項目1を読みなさい!」
そして何より、人間は他人の事を、平気で騙す、という事だ。他人を騙して、奪い取る。実にシンプルで愚かな選択だと、そう思う。
何故そんな事をするのか、とは言わない。何しろ、それは【私】も通って来た道なのだから。
——バコォン!!
軽やかな鈍打音が部屋いっぱいに響き渡る。
何故か頭頂部がじんじんしている。目の前に映るは、鬼の形相で此方を覗き込む、丸めた教科書を持った女教師。
教師に頭を叩かれたのだった。
「——間薙、お前、私の授業を聞かずに外ばっかり見ているとは、随分なご身分だな。勿論、覚悟も出来ているんだよな?」
そんな訳ない。と言いたい所だが。
生憎俺は、授業を聞く態度はこれっぽっちも無いし、これからも聞く事は無い。今まで養われて来た記憶カードリッチによって、教科書をさらっと読めば大体は分かってしまうから。
目の前の教師の顔が暗くなる。
どうしたのか、と思っていると、
「少しぐらいは返事を、しろぉぉぉおおお!!!」
——バゴォォオン!!
さっきよりも鈍い快音が響き渡る。頭がジンジンくる事以外はあんまりだが、私にダメージはない。
俺の余裕そうな顔を見て、教師がグググ、と歯を食いしばる。その光景を見て、私は微笑をこぼしてしまう。
——人間は愚かだ。だが……それがいい。
愚かだからこそ、いろいろな手段を取れる。
卑小で、愚かだからこそ、目的の為なら一心になれる。
弱いからこそ、技術を上げて対抗しようとする。
俺は人間が嫌いだが……【私】は、人間がとても、とてもとても、大好きなんだ。
これが俺、【間薙 シン】の日常だ。
この『日本』という世界で、『人間』として生きている。この感覚は素晴らしく……嬉しいものだった。
■
「おいおい、【シン】! お前大丈夫か? アイツの授業で寝るなんて、自殺行為もいいとこだぞ?」
俺に近づいて来て、フレンドリーに喋り出す青年。ちゃらちゃらするチェーンを腰に付け、雰囲気も若者特有の軽さが感じられる。
この男の名前は、【新田 勇】。俺の数少ない友人にして、親友だ。
「ああ、別に大した事はしてない」
「マジかよっ!? あんだけ叩かれてるってのに、大した事はしてないってどういう事だよ!」
勇はそう言うが、俺自身はそうは思わない。
俺はただ、授業中に空を見ながら考え事をしていただけだ。
そう伝えると勇は呆れた顔して、
「それが大した事をしてるって言うんだよ……なんでお前は昔からこうなのかね……」
そんな事を言うが、お前もお前で相当な物だと思うぞ、勇。
お前が狂信者の如く信仰している【高尾 裕子】はあくまで教師であって、アイドルでは無い。それなのに何故お前はそんな彼女の事を神の如く扱っているのだ。
……ああ、裕子先生と言えば。
「そう言えば勇、裕子先生の見舞えの話だが……」
「ん? ああ、その事か。今週の週末に行こうって話してたよな。もしかしてなんか用事できちゃったか?」
「いや、そういうわけでは無いが……」
何となく、嫌な予感がするのだ。
彼女は偶に、学校に来ることが出来なくなる日がある。それは彼女が入院する以前からの話でもある。その度に代任の教師が来るが……。
正直言って、私は疑っている。度々席を空けていた彼女が、急に入院。何かヤバい事をして、怪我を負ったのでは無いか、と。
「なんだよ、だったらどんな話なんだよ」
勇が腰に手を当てながら言う。
本来ならば見舞いに行くのを止めようと言いたい所だが……彼の性格を考えると、そんな事は口が裂けても言えない。
仕方ない、最低限の忠告だけしておこう。
「いや、最近不審者が多いからな。裕子先生を悲しませないよう、見舞いの時には防犯グッズを持って行った方が良い、と思ってな」
「なんだよ、それ。別に俺らだったら適当にやれば不審者なんて追い払えるじゃん」
そういう勇の実家は、格闘術の道場だ。
彼の父・祖父が何を思ったか知らないが、彼らは沢山の体術を学んでいる。
柔道、空手、ジークンドー、システマ、……etc。数多く、種類多くの体術を体得していた。
勿論、それは彼らに限ったことでは無い。目の前の勇もそれを学んでおり、俺も勇を通して齧った程度には学んでいる。
だから彼は武器などいらないと言っているのだが……念の為に、持っておいて損はないだろう。
一応、忠告はした。この不安が実らない事を祈るが……俺は何か持って行く事にしよう。
家に帰ったら防犯グッズを【アマズン】で買おうと、心から決めた。
■
下校時刻、下駄箱前で。
俺は一人の女子に声を掛けられていた。
「あら、もう帰るの? シン君」
昔からの幼馴染の、【橘 千晶】だ。
良いとこのお嬢様らしく、成績も体操もピカイチ。お嬢様だからと言って、運動をサボる事はしないとの事。
そんなお嬢様が俺に何の用なのか。
「貴方に頼まれていたコレを渡しにきたんだけど?」
そう言って手に持つ大振りの茶色の封筒をひらひらと揺らす。
俺が彼女に頼んでいた物と言えば……ああ、アレか。
彼女に軽く礼を言ってそれを受け取る。
やっと出来たのか。
「ねえシン君、お父様に頼んでいたソレって、なんなの?」
私、それに興味があります、とでも言うように、此方の顔を覗いてくる千晶。運び人となったからだろう、コレの中身が気になるのは当然とも言える。
まあ幼馴染だし、教えても良いか。
「別に大したものではない。俺が千晶の父さんに頼んでおいた、オーダーメイドの防犯グッズさ」
彼女の父さんに頼んだものは二つある。
一つは万能ナイフもとい、【万能マチェット】だ。
刃渡り数十cmのマチェットの他に、ちょっとした水筒になるゴム袋、
鉄などでは重いため、ちょっと高くついたが、フルカーボンで造って貰った。因みに折りたためば学生カバンにも入るよう、設計をして貰った。
二つ目は、テイザーガンの機構を持つ、スタンガンいや、【スタンコイルガン】だ。
テイザーガンとは、電極に繋がれた針を飛ばして相手の筋肉を麻痺させるという、スタンガンの一種だ。遠距離から放てる為、スタンガンよりも安全に使用できる。
ただ、針が人体に傷を与える、発射機構が火薬(又はガス)である為、法律に違反しているという理由の元、日本での販売・使用は禁止されている。
ただ、この頃に日本は危ない。犯罪組織も増えているようだからな。変わり種を持っていて損はない。
という訳で、まだ日本には浸透してないテイザーガンを日本でも使用できるよう、発射機構を換装した物を用意した訳だ。
コイルガンの機構、コイルの磁気によって弾頭を射出する。
針の先を吸盤に、その部位にとり餅ににた粘液を塗りたくる。勿論、電気を通しやすい物体で構成させる。
こう言った抜け道を通ることにより、変わり種を用意できた訳だ。
まあコレもどれも、彼女の父さんの助力あってこそだ。パイプを図らずとも繋げれて、本当に良かったと思っている。
目の前の千晶を見つめる。
「ん、なに? 私の顔に何かついてる?」
そう言えば、彼女との出会いも、面白い物だったな。本屋の帰りに拉致現場にあって、そのまま犯人に急所をついて……色々あってこんな仲に発展した訳だ。
そんな彼女にプレゼントをしよう。
封筒の中からスタンコイルガンのボックスを取り出し、千晶に渡す。
渡された方は渡された方で、首を傾げていた。
「え、なに、どういう事? 私にくれるの?」
勿論だ、と言って軽く笑う。
何と言っても彼女はお嬢様だ。昔に比べて数は減ったが、それでも拉致しようという輩はまだ多くいる。
そんな彼女に手札を増やして欲しいと思うのは、友人として当然だろう。
「くれるって言うなら貰うけど……本当に良いの?」
もう一度肯定の意を示す。
なんだろうか、彼女からすれば友人の心配をするのは、マナー違反だとでも言うのだろうか。
だとしたら少し心外である。
そんな俺の心配を否定するように、彼女は答える。
「ふふっ、それじゃ有り難く貰っておくわね。ありがとう、シン君」
「お安い御用だ」
それを機に、俺は別れの言葉を告げて、校舎を後にする。
平和ボケしている国ではあるが、俺が"元いた場所"よりはよっぽどマシだろう。
友人もいるし、それなりの人脈もある。
これからの生活が、実に楽しみだ。