ムラっとしたら書きます。
多分、時系列はサーヴァントごとにバラバラになると思います。
永遠に振り続く雪の華と見下ろす街並み。
境界のない世界であるこの場所。坂道。
己以外誰も存在しない寂しい空間。
でも、ほんの少しだけ待てばいい。来ることは知っているのだから。
人理復元のため数々の戦いを経て七つの特異点を修復し、その過程で原初の女神すらも斃してしまった彼を。
目覚めと共に最後の決戦へと向かう一人の人間を。
わたしは――待っていた。
「寒くないの?」
「ええ、大丈夫よ」
雪避けの為に傘を被せてくれる待ち人にそう返す。
マスター。わたしを召喚してくれたあなた。
何処までも平凡で特別なことと言われたら、少し考えてしまうくらい普通なのに。
人理を、世界を救うという使命を背負ってしまった少年。
わたしの待っていた人。
「いよいよ最後の戦いなのね」
「…ん、そうだね。今思い返せば何だか、短かったような気がする」
「人によっては一日は長く、一年は短いと言うらしいのだけど、そういうこと?」
「そうだな…。自分にとって辛い一日は確かに長く感じる。けど、幸せな日々の方が早く過ぎてしまうから、結局俺の一年は幸せな日々の方が多かったってことじゃないかな」
「ふふっ、あんなにも辛い戦いを経験した人の言葉には思えないわね」
「そうかな? 確かに辛くなかった戦いは無かったけど…その過程が無いなら皆との出会いも無かったし、なら幸せな日々の方が圧倒的に多いさ」
どことも知れぬ街を見下ろして、あなたはそう断言する。
強い言葉。本心だからこそ、そう感じさせるものがある。
「――それでも明日への不安は決して拭い切れないでしょう?」
きっと今まで経験してきたどの戦いよりも辛く、苦しい戦いになる。あなたもわかっている筈よね。
あなたの使命を初めから共にしてきた少女を失うかもしれない。
それとも、失うのはあなた自身の命なのかしら。
或いは――いいえ、これはやめておきましょう。
「――ねえ、あなたの欲しいものは何?」
「人理も摂理もわたしには関係のないことだけど、世界を造り替えるくらいならできるわ」
前に聞いた時は冗談だったけど、今は本気。
失うことが、失敗することが恐いのならわたしに任せてしまえばいい。
今ある世界を塗り替えて新しい世界にすればいい。わたしにならそれができる。
あなたさえ願ってくれれば――。
「世界を造り替える程の願いなら…」
「何も」
きっぱり。迷いなんて一切の介入余地なく、あなたは首を横に振る。振って…しまう。
…ああ、やっぱり。この人もそうなのね。
知っていた。解り切っていた。
どうしてか、あなたたちはとてもよく似ていて。
決して普通ではない日々、出会い、人々。その中で何にも染まらず、
そんなあなただから、偶然出会っただけの式を放ってはおけなくて、またそれは式も同様に。そして、彼女の
故に――知っていた。
彼と同じように、わたしを喚んでくれたあなたも――わたしに何も望まないことを。
そう。と一言でこの夢は終わる。
さようなら。またその台詞で別れを告げなくてはならない。
例え、また明日会えるとしても…。
「――でも、」
あなたは優しく微笑む。
そして、差し出された掌。まるで恋人を舞踏に誘うかの如く向けられたその意味に、わたしはほんの少しだけ理解が出来なくて。
えっと、これはどういうことなのかしら?と戸惑ってしまう。
だって、こんな展開は予想もしていない。
あなたもきっと彼と同じ。
わたしを無自覚に突き放すのだろう。
――そう信じていたから。
「望みはあるんだ」
それはとても、人理を救う使命を帯びた人間の望みにしてはあまりにもちっぽけだけど。
「今はただ、君と手を繋ぎたい」
「君と同じ景色を見たい」
「肩を寄せ合って――歩きたい」
でも、どこか尊くて、儚くて。――わたしを惑わせる。
あなたの口にする言葉は心の底からの渇望だと、そう解るから。
「世界がどうとか、そんな大層な願いはないけど、これが今何よりも強い望み」
「この坂道は独りだと寂しいから」
「でも、式と一緒なら。永遠に雪の降り続くこの場所も孤独じゃくて――二人の歩く道になるから」
「もし、この我儘に応えてくれるなら…手を取って一緒に歩んではくれませんか?」
普段のあなたからは想像もつかない、盾の少女が聞いてしまったら一瞬で赤面してしまうだろう歯の浮くような台詞。
戸惑いは消えない。だから、誘われるがままに掌を重ねる、瞬間。
――ああ、そう。そうだったのね。
どうして、今まで気が付かなかったのかしら。
こんなにも。どうしようもないくらい簡単だというのに。
わたしがあなたの願いを叶えたいのではなくて。
わたしがあなたに願って欲しかった。
わたしがあなたには必要だと、そう望んで欲しかった。と――。
普通であれば生まれることも目覚めることもなかった。
生まれても意味のないわたしを
いつかは訪れる別れに悲しみの意味を残さないためにも、執着はしない主義だと決めていたのに。
「――ちゃんとエスコートしてくれるかしら?」
「ええ、任せてください」
どちらが先にというわけでもなく手を握り合って、わたしたちは歩き出す。
互いに歩幅を意識しながら、わたしはあなたの肩に頭を乗せて。
共に僅かな隙間もないくらいに寄り添って、温め合いながら。
不思議。掌だけの体温交換である筈なのに全身が温かくて、こそばゆい。
ねえ、あなたも同じ気持ちなのかしら? だとしたら、なんだか嬉しいのだけれど。
もしかしたら、既に他の誰かと経験しているのかしら?
だとしたら――少し悲しいわ。
でも、今だけはあなたを独り占めしているのだもの。あまり贅沢は言えないわよね。
この夢は夜明けと共に終わってしまい、わたし自身も一時の夢に過ぎないけれど……あなたと共に過ごした時間には確かに意味があり、残るものはあったのね。
こんなにも人間らしいことを考えてしまったり、しているなんて…やっぱりどうかしてしまったみたい。
これも全部あなたのせいよ? だからもっと、
「ねえ――」
「ん?―――――んっ!?」
こちら向いたあなたの顔を引き寄せ、瞳を閉じ――唇を重ねる。ほんの一瞬。
僅かな間ではあるが、永遠であると錯覚するような一瞬。
本当に永遠であればいいのに――そう願わずにはいられない…一瞬。
それでも、自ら終わらせる。
だって、あなたは優しいから絶対に自分から離れてはくれない。
だから、名残惜しいけれどわたしがこの
唇を離し、瞳を開ける。それが魔法の終わりを告げる鐘の代わり。
「式、今のは…」
「――何も言わないで」
もう夜明けが近いから。
その先の言葉を聞いて、わたしが答えてしまえばきっと……あなたをわたしだけの世界に閉じ込めてしまう。
それはあなたの望むことではないから。優しいあなたはそれでも受け入れてしまうのだろうけど、決して本心ではないから。
だから、今のわたしとはそろそろお別れ。
…本当に名残惜しいのだけど、言わなければならない。
繋がれていた手を別れさせ、身体の距離も少し離して――告げる。
「さようなら、マスター」
…馬鹿ね。朝、目が覚めたらまた会えるというのに。
自分で別れの言葉を口にしておいて、辛くなるなんて…。
そんなわたしに、あなたは再び首を横に振る。
そして…また――優しく微笑んで。
「いいや、違うよ、式」
「――またね。だよ」
一弾目は『両儀式』さんで始まりました。
あんまりぐだ男と『式』の作品を見たことがないということもあって何だかんだ、一番見たかったというのが執筆に至る経緯です。
…まぁないなら自分でやれってことなのでしょう。