幻想の郷の稀人兵士   作:蓬莱の翁

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大変長らくほったらかしにして申し訳ありませんでした


4話 「死なば諸共」

 自分がなぜこんな状況になっているのかわからなくなったことは経験はないだろうか?

例えば、何か大きくショックを受けた時、事故にあった時など何も考えられずにボーっとなることはないだろうか。

 レミリアは今湖の岸辺で星空を見上げている。水は吸血鬼にとって弱点の一つではあるがその多くには流水であると言う条件が付くので流れのほとんど無いこの湖にいるのは幸いだったかもしれない。そんなことより今は、なぜこんなところで星空を見上げているのかが彼女にとっては重要だった。重い頭で記憶の糸を辿り必死に何があったかを思い出す。確か一晩泊めてほしいと言ってきた男が逆鱗に触れてきたので窓から外に放り出してその首を掻き切った筈。いや確かにあの不埒者の首を掻き切った。服についた大量の血液は彼女のものではない。

 

「いったい何があった?・・・確かあの男の首を掻き切ってやった筈。何が・・・」

 

岸から起き上がり紅魔館を目指し歩く。飛んで帰る力などはもう残っていなかった。森を抜け、門に辿りつき居眠りをしていた門番に「どうかお払い箱だけは!!」と泣きつかれたのを無視して先程首を切った場所まで戻ってきた。確かにむせ返るような血の匂いが周囲に漂い、地面には大きな血溜まりができている。

殺したのは確かだった。だが

 

「なぜ死体が無い・・・あいつはいったい何なのよ!?」

 

「鬼灯雅、外の世界の元傭兵だよ」

 

プライドをかなぐり捨て叫んだレミリアの上から聞き覚えのある声がかけられる。怒りを覚えるしかしどこか人を安心させるその声にはっと上を見たレミリアを窓の縁に腰かけ見下ろす先程の男がいた。

 

「何故生きている・・・お前は、確かに私が首を切った。何故だ!!」

 

「俺の一つの術だよ。放浪者の死霊術と呼んでいるんだが。俺の体内に存在するある物質が破壊された体細胞を急速に復元していくんだよ。内臓だろうと、たとえそれが首だったとしてもな。さっきあんたを吹っ飛ばしたのは、再生時発生する衝撃波だ。」

 

レミリアは唖然として話を聞いていたが徐々にその話を理解していった。こいつには魔力の類はないが何か人ならざる力を持っている我々の知らない力を。しかし奴が顔を青くしているところを見ると短時間のうちに再生はできないようだ。ならば・・・

 

「そう、成程ね。ねぇ鬼灯雅、今日はとっても綺麗な満月だと思わない?しかも鮮血のような紅よ?」

 

あぁそうだな?とたいして気に留めていない男に向かって最大の怒りと殺意を込めて言い放つ

 

「こんなに月も紅いから 本気で殺すわよ」

 

 

 

 

この一連の出来事を影で見ていた紅魔館の門番紅美鈴はどうすべきか頭を抱えた。主人であるレミリア・スカーレットからは、有事の際は雇っているメイドや大図書館に籠っている盟友パチュリー・ノーレッジを避難させ周囲の妖精達にも避難勧告をするように言われていた。がしかし

 

「どうしよう・・・レミリア様は有事のマニュアルをくださったけど、私1人でやるのはちょっとな。それに・・・」

 

あの雅という男。おそらくあの力と戦闘技術が重なればレミリア様でも・・・はっ⁉︎と美鈴は頭を振った。主人の敗北を考えていた自分に喝を入れるように太腿を殴ると館中のメイドに今すぐ避難するように、それと湖周辺の妖精達にも逃げる手伝いをするようにと伝える為に駆け出した。主人と先程あったばかりの強者の武運を祈って

 

 

 

吸血鬼と人間との戦い。本来であれば人間は、一挙一動が岩を砕き大地を裂く力の前にただただひれ伏すしか無くそれは戦いと言うよりか一方的な暴虐。腕一つで胴を引き裂き、足で頭を潰し、その牙で血液を吸い尽くす。策を練りかの敵を知る者で無ければ戦いにすらならない。

レミリアは、不快でならなかった。今まさに拳を交えている相手に。その拳が当たらない事に。そしてこの戦いで自分が負けるかもしれないと言う事に。敵を裂く腕も、あの男の頭を砕く蹴りも依然として当たる気配がない。

 

「まったくよくまあちょこまかと、ネズミのようね?いい加減大人しくしなさい。そうすれば苦痛なく殺してあげるわ」

 

「一応向こうの世界でのコールサイン(暗号名)はラットだったんでね。無抵抗のまま殺されてたまるかって」

 

 

唐突にレミリアの肩が切り裂かれる。

腹、足、首へ次々に傷が増えて行く。瞬時に傷が癒えて行くレミリアとて流石に距離を取る。

 

「惜しいな、あともう少し遅ければバラバラに出来たんだがなぁ」

 

眼を凝らして見ると指の先が微かに月明かりを反射している。

おそらく何か細い線の様なものだろうか

 

「何かしらね。細い紐見たいなものかしら?」

 

「企業秘密だ。さぁまだまだお楽しみはこれからだ」

 

タンっと革靴を鳴らす。

レミリアは上空へ飛び上がる。さっきまでレミリアが立っていた場所、紅魔館の外壁が音を立てて崩れ落ちる。

レミリアはどうにか接近しようと試みるがその都度不穏な気配を感じ回避すると自分の横を何かの攻撃が通って行くため迂闊に接近する事が出来ない。

 

「おかしな術ね。何かを飛ばしている訳では無いし本当に吸血鬼以上に奇怪ってどういう事よ。

 

「まさか全部躱されるとは思わなかったよ。これはネタバレしよう、死神の幻惑と呼んでいる。ナノマシンが周囲の物質を少しずつ集めて人型を成す。ここは空気が多いから目に見えないモノになるが、土や砂が多いなら所謂ゴーレムのようなのに、水が多ければまぁ人型になるんだよ。」

 

「成る程本当に面白いわね。はあぁ・・・ここまで私に攻撃を加えられたのは貴方が初めてよ。だから・・・」

 

雅は、強烈な殺気を感じ左手を前に出すが

 

「雑には殺さないわ。丁寧に殺して墓でも立ててあげるわ」

 

神がかりな速度で雅の横を駆け抜ける。

一瞬遅れて雅の左腕が地面に落ちる。吹き出る鮮血は紅魔の館をより紅く染めていく。

 

「カッ⁉︎・・・何いぃ⁉︎」

 

レミリアの手に握られた煌めく大槍がこの土壇場で自らの限界を超えた事を物語っている。

 

「こんな物も出せたのね私は。さて死の時間よ?貴方の死神が見せた幻惑は、現実となって貴方へ還る。」

 

「ふふっ・・・舐めるなよ、戦場で学んできた悪あがきを見せてやるよ。死なば諸共・・・お前も冥府魔道を一緒に旅して貰うぜ」

 

「左手一本で何が出来る。終わりよ、私にここまでさせたのよ、冥府で自慢なさい。」

 

レミリアは大槍を雅目掛けて投げる。

大槍が雅の腹を貫いた瞬間

【預言者の神技】

雅は槍と共にレミリアの懐に移動し自ら槍を突き入れる。

槍は、雅の腹を貫きレミリアの心臓を貫いた。

 

「これは、科学者どもも仕組みがわからなかった本当の神技だ・・・グッ、さぁ冥府への誉れある死だぜ」

 

「ば、馬鹿な・・・私が、にんげん・・・に?」

 

2人は同時に倒れ伏す。もうどちらも息をしていない。

 

「全く、嫌な空気を感じて駆け付けたのに終わってるじゃ無いの」

 

「無理する困った主人ね、貴方が居なくなったら妹はどうするつもりだったのかしら」

 

そんな会話が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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