IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
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「なあ一夏よ」
「何だ弾。手加減はしてやらんぞ」
陽射しの強い夏休みのある日。
一夏は、友人である弾の家で遊んでいた。
手に持つのはゲーム機で、二人は常に画面を見ている。瞬きの間すらも惜しんで戦っているのだ。
――二人がプレイしているのは、『IS/VS《インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ》』。
第二回『モンド・グロッソ』に出場したISのデータを参考にして作られた格ゲーで、発売月だけで百万本セールスを記録した超名作だ。
...尤も、千冬のデータは諸事情で入っていないのだが。
数分後、そこには頭を抱える弾と、口元に笑みを浮かべた一夏がいた。
一夏は、勝ち誇ったような顔で言った。
「よし、これで三連勝だな。ダッツ奢れよ?」
「また負けかよ...あーもう奢ってやるからその顔やめろ!めっちゃ腹立つ」
弾は悔しげに言うが、一夏には全く持って届かない。
いや、弾が嫌がるのを分かった上で嫌がらせに続けているのだから、届いてはいるのだろう。
ただ、弾の言葉を反映していないだけで。
しかし、流石の一夏もこれ以上弾を不機嫌にさせるのは不味いと感じたため、話題を変えることにした。
「そういえば、鈴の奴どうしてるんだろうな...」
「アイツの事だ。どうせ元気にやってんだろ」
弾は、そっけなくも律儀に返事をした。
そんなところが、弾の良いところだと一夏は知っていた。
弾との付き合いは、なんだかんだで逆行する前の友人の中では一番長かった。
数少ない『事件』の生き残りである虚と結ばれ、幸せに暮らしていたのを覚えている。
そう考えると、無性に懐かしさが込み上げてきた。
「なに泣きそうな顔してんだよ一夏。鈴と会えないのがそんなに寂しいのか?」
そう言われて、一夏は自分の表情を自覚した。
鏡を見なくても、今にも泣き出しそうな顔をしているのがわかる。
一夏は、咄嗟に否定した。
「目にゴミが入って痛かっただけだ。別に鈴と会えないのが寂しいわけじゃない」
否定の言葉を聞いた弾は、考え込んでいる。
恐らく、誤解は解けていないんだろう。
しばらく黙っていると、弾が顔を上げて言った。
「...そうだ、数馬と蘭も呼んで一緒にゲーセンでも行こうぜ!久しぶりにパーッと騒ぎたくなった!」
それを聞いた一夏は、特に反対する理由もないので賛成することにした。
それに、最近は数馬と会えていない。この機会に会うのも悪くないと判断したのもある。
「いいな。よし、じゃあ早速数馬に電話だ!俺は蘭を呼んでくる!」
「了解だぜ!...あー、もしもし数馬か?今から一夏と一緒にゲーセン行くんだけど...」
弾のよく通る声をBGMに、和風の廊下を突き進む。
廊下の突き当たりには、蘭の部屋があった。
過去の苦い経験を思い出した一夏は、ノックをしてから言った。
「蘭、ちょっといいか?」
「い、いいい一夏さん!?は、ハイ!どうぞ!」
やはり、この時代の蘭は俺と話すだけでテンパってしまうらしい。
それは、昔も今も変わらない事だった。
蘭の許可を得たため、遠慮なく部屋に入る。
蘭の部屋は、女の子らしさこそあるものの、確かに弾の血筋が感じられる部屋だった。
「そ、それで、なんのご用でしょうか?」
「ああ、これから弾たちと出かけるんだけど、蘭と数馬も誘おうって話になってさ。どうだ?」
それは、蘭にとっては魅力的な提案だった。
弾と数馬という邪魔者はいるが、それすらも我慢できる程に魅力的だった。
何せ、一夏から誘ってくれたのだ。
2年以上の付き合いだが、今までそんな事は一度もなく、誘うのは鈴か数馬だけだった。
無論、一夏から誘われてしまっては断る理由も道理も無く、
「はい!是非同行させてください!」
返事は当然、YESだった。
一夏は、満足げな表情で言った。
「よし。じゃあまずは出かける支度だ。そんな薄着じゃ出かけるに出かけられないだろ?」
その言葉を聞いて、蘭は自身の服装を思い出した。
ショートパンツに薄手のタンクトップ。ブラはしていない上に、下着もショートパンツのウエスト部分を開けているせいで少し露出していた。
乙女として、好きな人に見られるのは非常に恥ずかしい格好である。
「え...あっ、これは、その...」
「まあ、女の子だって暑いのは同じだもんな。家の中なんだし、多少ラフなのも当然か。で、着替えるなら俺は出るけど、どうするんだ?」
そう言われてしまっては、返せる返事は一つしかなくなってしまう。
よって、蘭は一夏の予想通りの言葉を返した。
「は、はい。その...出てもらえますか?」
「ああ。覗かないから安心しろ」
そう即答されて、少し女としての自信を無くした蘭なのであった。
その後、数馬も合流して街に繰り出した四人は、年相応に街を楽しんでいた。
四人の表情は、晴れやかだった。
IS学園生徒会室。
そこには、最強の称号を持つ者がいる。
彼女の名は更識楯無。このIS学園の生徒会長だ。
「はぁ...仕事減らないかしら」
「ぼやいても仕事は減りません。さあ、後四割ですから、頑張りましょう」
虚はそう言って説得するが、楯無は一向にやる気を見せない。
それどころか、半分キレていた。
「だってあれだけの量をこなしてまだ半分近く残ってるのよ!?しかも馬鹿みたいに仕事量多いし!何?学園側は私を生徒会長の座から引きずり下ろしたいの?こんな大量の仕事があるなら今すぐ降りるわよ!?」
それを聞いて、虚は少し考える。
確かに、仕事量はとんでもなく多い。
しかし、それは引き継ぎがあるからであって、普段の仕事量がこれというわけではないはずだ。
――この学園のシステム上、生徒会長は生徒間では最強でなければならない。
つまり、いつ交代するか分からないのだ。
しかも、システムの関係上どんな仕事をどれだけ抱えていてもそれは次の会長に引き継がれる事になる。
ということはだ。
「前任の会長が仕事を溜めていたんですね...」
虚は、思わずため息をついてしまった。
幸せが逃げるとは言うが、そんな事は些細なことだ。
そして、先程の発言を聞いた楯無が言った。
「んなっ!...ふっざけんじゃないわよあの女...!」
楯無は、本気で怒りを顕にしていた。
こうなった楯無を止められる人間はそういない。
恐らく、楯無の父である更識剱か、妹の簪か、世界最強たる織斑千冬位のものだろう。
「決めたわ。今すぐ前生徒会長を連れてくる。そしてこの山のような書類を手伝わせるわ!」
虚は、その案を魅力的だと考えた。
幸い、現時点で彼女は学園から出ていない。
ならば校内のどこかにいるだろう。
そう考え、楯無は早速行動を起こした。
時間にしておおよそ15分後、ある女子生徒の首根っこを掴んで引っ張ってきた楯無は、すぐさま女子生徒を椅子に座らせ、自分の机から避けた書類を女子生徒の目の前に置く。
「
楯無の顔には、笑みが張り付いていた。
その笑みに含まれた殺気に萎縮した元生徒会長は、黙々と書類に目を通し、作業を始めた。
楯無は虚の淹れた紅茶を飲みながら、作業が終わるまで延々と元生徒会長の手元を見続けていた。
元生徒会長の仕事が終わり、楯無は一息つく。
どうしても会長の許可がいる類の書類が多かったため、楯無にもそれなりも負担はあった。
だが、処理する人間が経験者ともなればやはり処理速度が違う。
尤も、彼女はよく仕事を溜める癖があったのだが。
紅茶を飲みながら、楯無は言った。
「そういえば、世界初の男性IS操縦者の件なんだけど」
「ああ、その話ですか。情報はある程度調べましたが、如何せん織斑千冬と篠ノ之束が身内ですからね...」
虚は、ため息を吐くように言った。
その言葉を聞いて、楯無は諦めたような口調で言う。
「流石に無理よねぇ...」
「はい。正直かなり厳しいです」
楯無と虚は、対暗部用暗部に所属している。
対暗部用暗部とは、国内の脅威を人知れず排除するいわば公儀隠密。
楯無は、その頭首が襲名する名前だ。
この事実から考えると、更識楯無の実力は日本でもかなりの上位にある。
そして、直属の従者である虚のスペックも当然高い。
しかし、その実力がありながら、織斑一夏の事を調べきれない。
それはつまり、それほど千冬と束の力が強いということに他ならない。
楯無は、紅茶を飲み干して言う。
「楽しみにしてるわよ、織斑一夏くん?」
時刻は朝の五時。
IS学園教職員寮の一室に、目覚ましの音が響く。
「ん...ああ、もう朝か」
――織斑千冬の朝は早い。
起きてすぐに軽く歯を磨き、そしてジャージを着る。
部屋にストックしてあるソイジ●イを一本口に放り込み、千冬はグラウンドに出た。
「ふっ!...はっ!...むん!」
一通りの柔軟を終えた千冬は、何もない空間に向かって竹刀を振るっていた。
いわゆるシャドーボクシングの剣道版のような物だ。
中々決着がつかず、戦いは長引いている。
何せ相手は、剣の師である篠ノ之柳韻なのだから。
――千冬の訓練メニューは、並の人間にとっては出勤前に行うような物ではない。
しかし、それを可能にするのが千冬の身体能力だ。
世界最強の名は伊達ではない。
尤も、生身でという条件であれば千冬と対等に戦える相手も少数ながら存在しているし、弾の祖父である厳には頭が上がらないのだが。
「ふぅ...ここまでにしておくか」
そう言って、千冬は竹刀を納めてグラウンドを立ち去った。
その様子は、さながら剣客のようだった。
シャワーを浴びて着替えた千冬は、学食に向かった。
目的は当然、朝食である。
一部の生徒たちとも鉢合わせするが、それはそれで構わなかった。
多少うざったくはあるものの、自分が手塩にかけて育てた生徒たちの顔を見るのはやはり嬉しかったりもするのである。
それはそれとして、今は朝食である。
「ふむ。今日は
今日の日替わりは鯵の塩焼きだ。
千冬はこれが好物であり、一夏が作るものもよく食べている。
その他に、肉じゃがの食券を買って学食のおばちゃんに渡す。
「日替わり定食と肉じゃがを。ご飯は大盛りで」
「わかったよ。少し待ってな」
そう言って、おばちゃんは厨房の奥に消えていった。
厨房と飲食スペースから漂う香りを楽しみながら待つこと1分弱。おばちゃんが日替わり定食と肉じゃがを持って戻ってきた。
「お待たせ。千冬ちゃんはよく食べるから、大きめのヤツを選んどいたよ」
「助かります。腹が減っては仕事も出来ませんから」
「千冬ちゃんの腹が減らなきゃ仕事が減って困っちゃうよ。ささ、冷めないうちに食っといで」
「そうします」
軽い談笑をした後、千冬は付近のテーブルに着いた。
腹の虫が早く食べたいと呻くが、感謝の言葉は忘れない。
「いただきます」
そう言って、千冬は食事を始めた。
後に生徒たちが千冬のいるテーブルに集まってきて、軽い談笑をしながらの食事になった。
しかし、千冬は満更でもない様子であったという。
時間は少し進み、千冬は事務をしていた。
いきなり仕事がドッサリと追加されるわけでこそないものの、やはりそれなりの仕事量はある。
仕事に一段落をつけた千冬は、ゆっくりと伸びをする。
隣には、山田という教師のデスク。
整頓されたデスクだが、ガチャガチャで取れる猫の置物が様々な所に置いてあり、どこか可愛らしさを感じさせる。
一方千冬のデスクには飾り気はほぼ無く、一夏と撮った写真が一枚だけ飾ってあるのみだった。
ふと、一夏の写真を見て言った。
「...今日は、久々に帰るとするか」
そうと決めたら、早速千冬は行動する。
まずは一夏に連絡を入れた。
「...もしもし、千冬だ。...ああ。今日は久々に帰れそうでな。飯は私の分も用意しておいてくれ。...ん?ああ、よくわかっているじゃないか。流石は私の弟だ。では、また後でな」
電話を切ると、山田という教師が自身のデスクに座っていた。
何やら、千冬を見て微笑ましげ表情を浮かべている。
それを見て、千冬は若干不思議そうに聞いた。
「山田先生。何故そのような表情を?」
「いえ。織斑先生もそんな表情をするんだなぁと」
その言葉を聞いて、千冬は首を傾げた。
そのような表情を浮かべて見られる事に対する心当たりがない。
故に、素直に山田に聞くことにした。
「心当たりが無いのだが...私はどのような表情をしていたんだ?」
「え、無自覚なんですか?...うーん、何と言うか、いつものクールな笑い方じゃなくて、自然で女性らしい感じの笑い方をしてました。織斑先生は弟さんの事が好きなんですね」
それを聞いた千冬は、ほんの少しの気恥ずかしさを覚えた。
同時に、ほんの少しの苛立ちも。
それが何を意味するか。
答えは―――壮絶な照れ隠しである。
「山田先生」
「あ、はい。なんです...痛いっ!」
「私はからかわれるのが嫌いだ。肝に銘じておけ」
「は、はい...わかりました...うぅ」
千冬のバインダーアタックは、的確に山田の脳天を捉えた。
山田は千冬に抗議の視線を向けるものの、そんな事はどこ吹く風。
千冬は、コーヒーメーカーで作ったコーヒーを飲んだ。
(...やはり、一夏の淹れるコーヒーには敵わんな)
そう考えながら、千冬は次の仕事に取り掛かった。
千冬の話は本来もっと長くなる予定だったのですが、これ以上長くするとそれだけで一話書けそうだったのでガッツリ削りました。
それと、楯無の話のクオリティが低いのが...ぐぬぬ...