IF一夏と束の話【凍結】   作:吊られた男の残骸

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予定より速く書き上がったので投稿。
これの投稿に伴い、二話のタイトルを変更します。




【第三話】 一夏と束と専用機の話【下】

――雪暮。

 それは一夏のかつての愛機にして、唯一の()()()()()()()()()だ。

 条件を満たしていないため、今の一夏が乗っても全盛期の性能を発揮することはできない。

 しかし、数百年後の時点では七次移行まで行い、新技術が開発される度にアップデートもされていた。無論、束によって。

 そのため、製造から数百年経ってなお世界最強の座を保っていたのだ。

 もっとも、世界的なIS技術の最盛期はおよそ百年後であり、それ以降は衰退していくばかりだったのだが。

 

 一夏が思考の海から現実に戻ると、千冬が険しい顔をしてこちらを見ていた。

 そこで一夏は自身の失態に気づくが、時既に遅し。

 千冬は、一夏を問い詰めた。

 

「一夏。何故お前がこの機体の名を知っている?それに、お前がその目をしている時は()()()()()()()()()()()だ。何故今初めて見るはずのこの機体に懐かしむような過去がある?答えろ、一夏」

 

 千冬の疑問は正しい。

 束の言葉が正しければ、一夏がこのISを見るのは初めてのはずだ。

 故に、疑問に思うのは当然。

 むしろ疑問を抱かないのが不自然なことなのだ。

 それを理解していた一夏は千冬に向き直り、毅然とした態度で言った。

 

「今は、まだ話せない」

 

 その言葉に、千冬は表情をより険しくした。

 存在感が加速度的に増していき、俺を飲み込まんとする超越的なムードが滲み出てきた。

 ろくに身体が鍛えられていない今の一夏では、到底敵わないというのが感じ取れる。

 しかし、

 

(この程度の威圧の耐えられない奴が...未来を変えられるものかよ...ッ!)

 

 一夏の意思は折れない。

 今ここで意思を曲げれば、千冬の圧力に屈してしまう。

 そんなことでは、未来を変えるという願望がただの戯言になってしまうだろう。

 それだけは許容できないと言うように、一夏はただ威圧に耐えていた。

 

 時間にして、およそ3分間。

 永遠にも感じられるほどの睨み合いは、千冬の言葉によって終わりを告げた。

 

「そこまで隠し通したいのなら、今は話さなくても構わんぞ」

 

 その発言に、一夏は面食らった。

 あれほど強烈な威圧を放っておいて、突然話さなくてもいいと言うあたりには違和感があった。

 しかし、千冬の言葉には続きがある。

 

「ただし、いずれ話す覚悟を決めた時に聞かせろ。それでいいな?」

 

 それを聞いた一夏は、ほんの少しだけ口元を緩めていた。

 そして、心の中で呟く。

 

(やっぱり、千冬姉は千冬姉なんだな)

 

 幼少の頃を思い出す。

 色褪せて虫食いの多い記憶ではあるが、記憶の中の千冬も似たことをしていた。

 一夏が何かを隠していることに気づくと、千冬は軽くプレッシャーをかけて口を割らせていた。

 サプライズで誕生日を祝おうとしたときも、皿を割ってしまったときも、昔はそれでバレたものだ。

 だが、プレッシャーをかけても一夏が口を割らない時は決まって同じ事を言っていた。

 

 なぜ今まで忘れていたのだろうかと、一夏は黙考する。

 その原因にはすぐに思い当たった。

 恐らくではあるが、大部分は記憶の風化だろう。

 一夏は数百年もの長い年月を生きていて、その内で千冬と過ごしていたのはたったの十年。

 長すぎる人生の中で風化してしまった記憶は、何かきっかけでもなければ思い出せない。

 それはたった今、心が痛くなるほどに身にしみた。

 

「どうした一夏。考え事か?」

 

 その声を聞いて、一夏は思考の海を脱していた。

 そして、その勢いのままに言葉を紡ぐ。

 

「...今はこれだけ言っておく」

「なんだ?」

 

 一夏は、必要な情報にほんの少しの嘘を混ぜて伝えることにした。

 これは詐欺師の常套手段だが、実際なりふり構ってはいられないのだから仕方がない。

 後で事情を説明すれば、きっと千冬もわかってくれるだろう。一夏はそう信じることにした。

 

「俺はISに乗れる。適性はAで、束さんと前に会ったときにそれがわかったんだ。ですよね、束さん?」

 

 そう言って、一夏は束を巻き込む。

 普段の会話では、束に対して敬語は使わない。

 ただ、それをきっかけに千冬に怪しまれるのを避けるため、一夏は束に対して敬語で話していた。

 束は一夏の意図を汲み取り、上手く会話を繋げようとしている。とあらば、一夏もボロは出せない。

 

「そーそー、そういう事だよちーちゃん!だからこの機体のスペックを説明させてほしいなー?いっくんも聞きたいだろうしさ!」

 

 束はそれまでの話を肯定しつつ、説明したくて我慢できないといった様子でウズウズしている。

 束の発言を聞いた千冬が一夏の方を見ると、一夏もウズウズしているように見えた。

 千冬はしようのないやつだとでも言うようにため息をつき、そして続けた。

 

「...とりあえず、それはわかった。束、早く機体の説明をしろ」

 

 その発言を聞いて、束は待ってましたとばかりにその瞳を輝かせる。

 その興奮は一夏にも伝わり、一夏も若干興奮してきた。

 束の興奮は、周りに影響を与えるほどに強かった。

 

「ふっふっふ...これぞいっくん専用機こと『雪暮』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISなのだ!武装にはいっくんのアイデアを参考に色々放り込んでみたよ!ささ、いっくん乗って乗って?最適化してから武装系の解説するからさ!」

 

 しかし、その発言を千冬が聞き逃すわけがない。

 千冬は当然のように止めに入った。

 

「待て!許可無きISの展開は条約で禁止されているんだぞ!」

「いいじゃんいいじゃん、ちーちゃんはお堅いなー」

 

 しかし千冬の静止も虚しく、既に一夏はISに乗っており、束は一夏の機体の最適化を始めてしまった。

 再びため息をつく千冬に、一夏が言った。

 

「あ、千冬姉。俺がISに乗れるのは公表するから。IS委員会にでも報告しといてくれるか?」

 

 それを聞いた千冬は、即座に返事を返した。

 

「その辺は束にでもやらせておけ。私が報告するより束のハッキングの方が速い。どのみち報告はするにしても、な」

 

 千冬は肉体面のスペックばかりが強調されているが、頭が悪いわけでもない。

 むしろ一般人の中では頭が良い部類に入る。

 

「オッケー!束さんにまっかせなさーい!」

 

 千冬の言葉に、束は即座に反応する。

 流石は細胞単位でオーバースペックな天()。雪暮の最適化をしながら、きっちりこちらの話も聞いていたようだ。

 

「というわけで、はい最適化おーわり!じゃ、一次移行の時間だよ!ポチッとな!」

 

 機体の最適化はすぐさま終わり、一次移行が始まった。

 純白の光が一夏たちを包みこみ、機体形状が少しずつ変化していく。

 その光が完全に収まる頃には、機体形状は完全に変わっていた。

 変化した機体のデザインを満足げに見て、束が言った。

 

「うんうん、完璧だね!さてさて、ここからは二人に武装の解説だ!いっくん、まずは『雪片終型』を出してみて?」

「了解です。束さん」

 

 それを聞いた一夏は、即座に『雪片終型』を展開(オープン)した。

 それを見ながら、束は解説を続ける。

 

「『雪片終型』にはエネルギー吸収能力が備わってて、敵を斬れば斬るほど自分のエネルギーが回復するんだよ!副産物として、零落白夜ほどではないにせよ威力も高めに仕上がってるんだ!じゃあ一発撃つから、防いでみてね!」

 

 言い終えた束の肩に荷電粒子砲が呼び出(コール)され、束は瞬時に狙いを定める。

 

「狙い撃つぜー!」

 

 そう言って、束は荷電粒子砲を発射する。

 その狙いは正確無比。一夏の心臓に命中する軌道を描いて飛んでいく。

 しかし一夏は慌てない。

 一夏は雪片終型を瞬時に振るい、荷電粒子砲による不可避の攻撃を()()()()()

 その技量に、千冬は舌を巻く。

 最近訓練を見ていなかったとはいえ、たったそれだけの期間でここまで技量が上がるものなのか。そんな驚愕が見て取れた。

 それをあえて無視して、束は続ける。

 

「じゃあ次は『吹雪』だよ!出せる?」

「束さん、流石に舐め過ぎです」

 

 一夏は『雪片終型』を収納(クローズ)し、代わりに『吹雪』を展開(オープン)した。

 その間、約0.5秒。収納と展開の両方込みでこの速さなら、それは最早『高速切替』という高等技術の域に片足を突っ込んでいる。

 それを見て再び千冬が目を丸くしているが、そんな事はお構いなしに説明は続く。

 

「...これ、変形するんですか?」

「流石はいっくん。よくわかったね!じゃ、説明するよ?『吹雪』は荷電粒子砲と近接ブレードの両方の機能を持たせた武器で、実体シールドに強いんだ。何せエネルギーを刀身に纏わせて盾を融解させちゃうからね!これもエネルギー消費激しいけど、『雪片終型』があるから何とかなるでしょ?じゃあいっくん、それを変形してみよっか?」

 

 一夏が握る『吹雪』は片刃の直刀だが、ハンドガードや刀の峰にレールのような物がついている。

 変形するように念じると、刀身が僅かにスライドして荷電粒子砲の砲身が姿を見せた。

 軽く空に向けて撃ってみたところ、弾速が非常に速く、更に精度も高かった。

 それを見て、一夏は性能を評価する。

 

(精度と弾速はかなりのものだが、消費エネルギーから見て威力も高いわけではなさそうだ。それに単発型ということは...あくまでこれは補助用だな)

 

 ふうっ、と。

 一息ついて、一夏は吹雪の評価を終えた。

 そこに、束が通信を入れてくる。

 

「おっ、ちゃんと動作したね。一応聞くけど、その武器について何か聞きたいことは?」

「いえ、特にないです」

 

 特に聞きたいことはない。

 吹雪に関してはIS側からスペックが送られてきているし、今の説明でも理解できているので問題はなかった。

 

「じゃあ、最後の武器の解説に移ろうか!いっくん、ビットを展開して?」

「ビット...ああ、これですか」

 

 そう言って、一夏は両肩の非固定浮遊部位(アンロックユニット)に搭載されたビットを展開する。

 ビットには刃と砲口がついており、まるで()()()()()()()()()ことを前提にしているかのような形状だった。

 

「...まさかガンダムでも観ました?」

「お、察しがいいねえいっくん。これのベースはフィンファングだよ。ちょっとソードビットの要素も突っ込んでるけどね。一応説明しとくと、それは『日暮』って言うビット兵器で、相手に突き刺しながら撃つことでより大きくダメージを与えるってコンセプトの武器なのだ!あ、普段はAIが制御してくれるから近接格闘大好きマンのいっくんでも安心だよ!」

「...ひっでぇこと言いますね」

 

 そう悪態をつきながらも、一夏は軽く『日暮』を動かしていた。数百年後の時点でBT兵器を主武装にしたことはほとんど無かったため、その操作は拙い。

 試しにAIを起動させて動かしてみると、とんでもなく洗練された動きを見せた。

 織斑一夏、完全敗北である。

 

「いっくん、そろそろ降りてきていいよー!」

 

 その声を聞いた一夏は、AIに負けたことにショックを受けつつ地上に降りた。

 作業中の束が目に入る。

 そのまま周囲を見渡しても、千冬の姿は見えなかった。開けているとはいえ、一応森の中なので仕方ない。

 だが、一瞬ハイパーセンサーに引っかかった声からして、恐らく電話をしているのだろう。

 ならば、一夏にできることは待つことのみだ。

 とはいえただ待つのも暇なので、一夏は束に何をしているのかを聞くことにした。

 

「何してるんだ?」

「んー...下準備?とりあえず後でいっくんにも手伝ってもらうから、それまでは適当にくつろいでてよ」

 

 束にしては気の利いた回答に、一夏は疑問を抱いた。

 あの束がここまで気を回すだろうか?

 答えはノーだ。

 束は気を使うのは得意ではなく、むしろ空気が読めないタイプに該当する。

 だというのに、その束が気を使った。

 白騎士事件やゴーレムの件、福音事件のように、何か不味い事でも計画しているのかと不安になる。

 しかし考えていてもキリがないので、一夏は直接束に聞くことにした。

 

「...まさかまた白騎士事件を起こすつもりじゃないだろうな」

「それはないない。だってもうISの力は認められてるんだからねー。ま、やるとしても全世界のテレビ局の同時ハッキングかな?おっと、そろそろ出番だよー」

 

 ()()()()()()という言葉から、一夏は束が何をしようとしているかを悟った。

 恐らく、テレビ局をクラックしているのだろう。

 原因は一夏と千冬の発言にあるのだが、そんな事は知った事ではない。

 この数百年の間に、非合法な手段は数多く行ってきた。

 ISでの不法入国、殺人、その他諸々と数多くの犯罪にも手を染めた。

 今更それが一つ増えたとしても誤差の範囲内に過ぎないし、束に至っては倫理観が常人のそれとは異なっている。

 だから仕方ない。

 そう考えながら、一夏は肩をすくめた。

 

「ホラホラいっくん、もう始めるよ?あ、いっくんをハッキングの首謀者的な扱いにはしたくないから、適当に演技してねー」

 

 その言葉を聞いて、一夏は少しだけ間抜けな表情を作る。

 かつての自分なら、きっとこんな表情をして束を見ているのだろうと思いながら。

 そして、その瞬間は訪れた。

 

「はーい、皆さんご注目!みんなのアイドル、たっばねさんだよー?ぶいぶい!今日は重大なお知らせだ!ななななんと!男性IS操縦者が見つかったのだよ!ホラホラいっくん、なんか喋って?字幕つけてあるから」

 

 その言葉を聞いた人間の反応は、三者三様。いや、十人十色とでも言うべきか。

 ご丁寧に17ヵ国語で字幕をつけた束の発表は、予想通り、世界は大混乱に陥しいれた。

 後ろに立つ一夏は、呆けた顔で束を見て言った。

 

「...へ?俺?」

「いっくん以外に誰がいるのさ?ホラホラ、自己紹介してよー」

 

 無論、この反応は演技である。

 非合法なことを色々やってきたとはいえ、二周目開始早々に前科がつくのは避けたかった。

 故に一夏は、束の発言に驚くフリをしてみせた。

 

「うええええ!?不味いですよ束さん!何やってんですか!」

「あー...いっくんがこの調子だし、テロップでも出しておこう。ついでに私からも説明するよ?この子の名前は"織斑一夏"!ちーちゃんの弟で、IS適性はA!歳の関係でIS学園にはまだ入れられないし、今までどおりに生活してもらいつつ、基本的なことは私が教えるからそのつもりで。あ、もしいっくんに手を出したら...その国潰すよ?」

 

 威圧感を出しながら、束が言う。

 政府の役人たちは、その言葉の重みを十全に理解した。

 時を同じくして、IS学園にも激震が奔る。

 何せ、ほぼ同年代の男性IS操縦者が見つかったのだ。当然、10代女子たちは大騒ぎになるだろう。

 

「簡単に纏めるとだね、いっくんは中学校生活は今までどおりにしてもらうけど、高校はIS学園に確定。もし誰かがいっくんに手を出したら、その国を潰す。わかったかな?じゃ、これで発表はおしまい!ホラいっくん、挨拶くらいして?」

「...お、織斑一夏です。束さんがお騒がせしました」

 

 束は世界唯一の男性IS操縦者である一夏への対応を説明した後、一夏に挨拶を促した。

 それを聞いていた一夏は、動揺している演技を残しつつ、謝罪と共に挨拶をした。

 

「いっくんひどーい!そこは感謝するところでしょ?」

「俺にとっては傍迷惑なのでとっとと放送切ってくださいよ!」

 

 ()()篠ノ之束に堂々と意見している上に、それを咎められる様子もないことに政府の役人たちは驚愕していた。

 時を同じくして、女性権利団体が発狂していた。

 ISを拠り所とした女性の権利を主張する彼女たちにとって最も忌み嫌う()()I()S()()()()が現れてしまい、あろうことか神として崇めている篠ノ之束が直々に保護すると発言しているのだ。

 発狂したくなるのも当然だろう。

 

「いっくんに怒られちゃったからもう切るね!それじゃ、ばいばーい!」

 

 そう言って、束は放送を切る。

 後に残されたのは、全世界の人間の驚愕と、一部の人間の憤慨、そして10代女子の喧騒だけだった。

 

 ――これが未来の変化の序章となった事を知るのは、束と一夏だけだった。

 

 

 




日を追うごとに長くなってる...
次は何書こうかな...

2017/12/12 改訂しました

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