IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
...厳密には天皇誕生日なんだけど是非もないよネ!
では、本編をどうぞ。
【IF√】 冬に鳴り響く鈴の音色
12月23日。
クリスマスイヴの前日。いわゆるイヴ・イヴというやつだ。
そんな日に、俺は街を歩いている。
「ほら、行くわよ一夏!今日はたっぷり買い物に付き合ってもらうんだからね!」
――恋人である、鈴と一緒に。
◇
「やっぱセシリアだし、生半可な物じゃ満足してくれなさそうだよなぁ...」
「ああいうのに限って、意外と庶民的な物がウケるのよ?」
そう言いながら、俺達はセシリアの誕生日プレゼントを選んでいる。
今回のデートの目的は、諸事情で中止になったクリスマスデートの埋め合わせであり、そして二人揃って買い忘れていたセシリアの誕生日&友人たちへのクリスマスプレゼントを選ぶというものだ。
故に、俺は超巨大なショッピングモールであるレゾナンスに来ている。
困ったときはここに来ればわりと何でもあるので、非常に便利なのだ。
「庶民的、か...犬のミニチュアとか?」
「多分持ってるわよ、お高いやつ。そうねぇ...こういうのとか、どう?」
そう言って鈴が手に取ったのは、青地に金の装飾が入った扇子だった。
まさかこんな物まで売っているとは。恐るべし、レゾナンス。
「おっ、それいいな!」
「でしょ?でも、これはアタシが先に見つけたからアタシの分。一夏は別のを探しなさい」
がーんだな。出鼻をくじかれた。
とはいえ、方向性のヒントは得たのでだいぶ楽になったのは確かだ。
後は、セシリアの好みに合いそうな物を探すだけ。
俺が歩き出そうとすると、視界の端に色とりどりの扇子が見えた。
「...これは、アイツらに渡すか」
そう呟いて、俺はその扇子を二つ手に取った。
◇
「いやぁ...何とかなったなぁ...」
「ホント、レゾナンス様々ね...」
そう言いながら、俺達はとある場所に向かって歩を進めている。
俺の両手には大量の袋がぶら下がっている...ということはない。
拡張領域に手荷物をぶち込んだのだ。
こうすれば、手は痛くないし重みも感じない。はっきり言ってめちゃめちゃ楽だ。
持っててよかった、専用機。
そう心の中で呟いていると、目的地が見えてきた。
名前は五反田食堂。共通の友人である弾の家族が経営している店で、かつて俺に想いを寄せて
何故過去形なのかというと、鈴と付き合い始めた俺が振ったからだ。
今では蘭とも良き友人で、時々俺と鈴と五反田兄妹と虚さんで遊びに行ったりもする。
何故虚さんが加わるのかに関しては、もはや公然の事実なので割愛しよう。
「いらっしゃい...って、お前らかよ。相変わらずラブラブだなこの野郎共」
慣れた様子で食堂に入った俺達を出迎えたのは、赤みの強い茶髪をバンダナで留めた長身の男。五反田弾だ。
黙っていれば普通にイケメンだが、口を開くと尽く残念なのでモテない。
モテなかったのだが、今では立派な彼女持ちだ。
「飯たかりに来たわよ。奢りなさい」
「へいへい。カボチャ煮定食でいいか?」
鈴の暴君的発言を聞き流しながら、弾はテキパキと飯の用意を始める。
その手際は問題なく食堂を継げるほどだが、このまま虚さんとの関係が続けば弾は布仏家に婿入りせざるを得ないので店は継げない。残念。
「ほれ、カボチャ煮定食二つだ。他に食いたい物があるなら金払え」
そう言って、弾は仕事に戻る。
その様子はとても生き生きとしていて、幸せに生きているのだなと感じた。
感傷に浸っていると、
「早く食べないと冷めるわよ」
とっくに食事を始めていた鈴が、手を止めてそう言った。
振り向くと、鈴はとっくに食事に戻っており、小声で「甘っ」と呟きながらカボチャ煮を食べている。
それを見て平和を噛み締めながら、俺は小声で呟いた。
「いただきます」
すると、弾がすれ違いざまに肩を叩いて言う。
「おう、食え」
そのやり取りに懐かしさを感じて、俺はくすりと笑いながらカレイの煮付けを口に運んだ。
◇
五反田食堂を後にした俺達は今、学園島直結のモノレールに乗っている。
弾と蘭のクリスマスプレゼントは、飯代の代わりに叩きつけてきた。鈴がセシリアに買った扇子の色違いだ。
弾はなんだかんだで蘭と仲がいいから、きっと蘭の手元にも渡るだろう。
日が沈み、あと10分もすれば学園に到着する頃。
正面に座る鈴が、不意に手に持っていた袋を差し出してきた。
「はい、これ。プレゼントよ」
そう言った鈴は、早く開けろというようにこっちを見ている。
視線の意味を汲み取って、俺は丁寧にラッピングされている袋を開けた。
「これ、マフラーか?ありがとな」
俺がそう言うと、鈴はにかっと笑って言う。
「あんた、首元が寒そうだったからね」
俺を気遣うその言葉が、素直に嬉しかった。
早速取り出したマフラーを首元に巻いてみると、ふんわりとした感触が俺の首を包み込む。
その感触には、覚えがあった。
「これ、最近発売された高いやつだろ。貰っていいのか?」
楯無さんへのプレゼントを選ぶために訪れた防寒着売り場で見た、売れ筋の商品として飾ってあったマフラーだ。
ポップにあった情報によると、保温性の高さを追求した新素材で作られており、寒い場所で外出する際に最適らしい。
だがその分値段も高く、買おうとも思ったが予算不足で諦めたのだ。
確か0が4桁はついていたような気がする。
「いいわよ。どうせアタシ稼いでるし」
さらりとそう言った鈴は、代表候補生だけあってそれなりに稼いでいる。
セシリアのように莫大な金を持っているわけではないが、並の学生よりは遥かに金持ちだ。
俺も一応金はあるのだが、中学校の頃の貯蓄などたかが知れている。
「......何か気後れするなぁ...」
そうぼやきながら、俺は拡張領域から紙袋を取り出して差し出す。
「これって...」
「開けてみろ」
そう言うと、鈴は紙袋から箱を取り出し、丁寧にラッピングを剥がしていく。
中に入っていたのは――
「――マイティブラザーズXXガシャット?」
「すまん。渡す物間違えた」
間違えて、簪に渡す予定だったものを渡してしまった。
しまらないなと内心で呟きつつ、
「気を取り直して...っと、これだ」
「へっ?」
俺がプレゼントを渡すと、鈴は呆けた顔でそれを受け取る。
鈴が恐る恐るといった手つきでラッピングを剥がすと、中にはネックレスが入っていた。
「...これだって十分高いじゃない」
そう言いながら、鈴は真っ赤な顔でネックレスが入っていた箱を握りしめる。
そして、わずかに頬を緩めて言った。
「...ありがと。大事にするわ」
「どういたしまして」
モノレールが止まり、ドアが開く。
俺達はモノレールを出て、どちらともなく手を繋いだ。
千冬姉が見れば、きっと"バカップルめ"とからかってくるだろう。
けれど、今はそれすら気にならないほどに満たされていた。
元々2000文字の予定だったのに、気づけばちょっと長くなってた。
本編の次話を投稿し次第、番外編に移動します。
それでは、次回の更新をお楽しみに。