IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
TS一夏モノのSSに影響を受けて書いてみたところ、初っ端から原作最新巻のネタバレぶちかます展開になったので取りやめました。
いきなりはね。流石に不味いよね。
では、本編をどうぞ。
「遅い!さっさと並べ!」
「「はいっ!」」
俺たちがグラウンドに着いたとき、飛んできたのは千冬姉の怒号だった。
これでもかなり急いだのだが、遅刻は遅刻。俺たちは大声で返事をして、即座に列の一番端に並んだ。
「重役出勤とは、良いご身分ですわね?」
「実際わりと良い身分だからな」
「...否定する要素がどこにもありませんわ」
セシリアと挨拶代わりの雑談を交わしていると、直後に鋭い視線と殺気が飛んできた。
流石に出席簿アタックは喰らいたくないので即座に直立不動の姿勢に移行すると、ひとつ鼻を鳴らして千冬姉が話し始める。
「では、本日から格闘及び射撃を含む実践訓練を開始する」
「「はいっ!」」
周りの女子たちはいつもより気合が入っている。やはり実践訓練というワードが効いたらしい。
しかし、気合というものは入りすぎると事故を誘発するものだ。俺たち専用機持ちは指導する側に回るだろうから、決して気を抜くことはできない。
「今日は戦闘を実演してもらう。幸い、ちょうどいい馬鹿者がいるのでな。──織斑!」
鬼教官たる千冬姉に呼ばれたので、俺は大人しく前に出る。一周目では鈴とセシリアが山田先生と戦っていたが、今回は色々と異なっているらしい。
「今から織斑には、山田先生と模擬戦をしてもらう」
千冬姉がそう言うと、周りでどよめきが起こる。その大半は山田先生を心配しているといった内容だが、その心配は無用だろう。
普段はのんびりとしているイメージなので分かりにくいが、山田先生は相当な実力者だ。千冬姉がいなければ、国家代表の座にいた可能性もあるほどに。
雪暮を展開した俺が静かに浮遊すると、教師仕様のリヴァイブを展開した山田先生がゆっくりと近づいてくる。
その顔にはわずかばかりの緊張と、高揚の色が張り付いていた。
「始めろ」
千冬姉の冷たい号令に反比例して、俺たちの初動は激しかった。
恐るべき精度で放たれた速射を吹雪と雪片終型で弾きつつ、
一瞬の硬直。それと同時に、山田先生の静かな声。
「貰いますよ」
尋常ならざる悪寒を感じて、即座に
そのコンマ1秒後、銃弾の雨が放たれる。
「──ッ!」
視界がブレた。そう認識した時には、俺は雪片終型と吹雪を振り抜いていた。眼下には吹き飛ぶ山田先生。背後にはバラバラの方向に飛んでいった銃弾が見える。一瞬で立ち位置が変わっていることから、
それらの情報を総合して、ようやく俺は自身の行なったことをある程度推測できた。
おそらくだが、左手の吹雪を利用して銃弾を弾き飛ばし、即座に
「何、今の...」
「銃弾を逸らしたのは"
「なんで見えるのよ!?」
「動体視力が取り柄なんだ。...そろそろ山田先生が動くぞ。しっかり見ておけ」
「言われなくてもわかってる!」
ハイパーセンサーが箒と鈴の声を拾うが、今はそれに反応している場合ではない。
絶え間なく降り注ぐ弾幕を避けて吹雪の荷電粒子砲を撃ち込むが、何の工夫もない射撃は当然のように回避される。
しかしこれはあくまで牽制。本命は──
「
「なるほど...っ!」
隠匿していた日暮による多方向からの射撃。一気に複雑になった射撃線に、山田先生は反応しきれていない。
絶好の好機。そう判断して最大出力の
「かかりましたね?」
予想外の角度から腕を撃ち抜かれ、思考が一瞬硬直。それに同期して身体も一瞬停止する。
その硬直はほんの一瞬だが、弾丸が俺に至るまでには十分すぎるほどに大きな隙。
思考の硬直が解ける頃には、山田先生によって引き起こされた跳弾による檻が俺を取り囲んでいた。
「これが私の隠し弾!"
あらゆる方向から降り注ぐ弾幕がシールドエネルギーを削っていく中、俺は冷静にその隙間を見計らう。
密度は尋常ではないが、それが実弾である以上はリロードが発生する。その僅かなラグこそが脱出のポイントだ。
しかし、その作戦には一つ問題がある。
山田先生の愛銃は"フルタイム・バレット"。通常のマガジンの装填数は200発だが、今使用しているロングマガジンの装填数は400発にも及ぶ。悠長に弾切れを待っていては千冬姉に戦闘を止められてしまうだろう。となれば、多少強引な手を使う必要が生じる。
山田先生の
跳弾が十重二十重と重なり、演算が複雑化した今。突き崩すべきは──!
「ここ...だぁああああああっ!!」
「きゃあっ!」
銃弾の密集する、真正面。
吹雪を射撃形態に変形させて山田先生を撃つと、両手に持っていたフルタイム・バレットを破壊しつつ命中した。複雑な演算を行なっていた故に反応が遅れ、回避まではできなかったらしい。
山田先生は荷電粒子砲の直撃で怯んでいる。それはつまり、俺の攻撃に反応することができないということ。
ならば今こそ、決着の時。
「う...おおおおおおおおおああああぁぁぁぁ────ッ!!!!」
これが模擬戦であるということすら忘れて、烈拍の気合を込めた叫びとともに展開装甲を解放。
──"篠ノ之流奥義
◇
「で、何か申し開きはあるか。二人共」
「滅相もございません」
「申し訳ありません」
それから数分後、俺と山田先生は千冬姉による説教を受けていた。
生徒への見本と俺への懲罰という意味合いで行われた模擬戦は、ヒートアップして本気の戦闘に発展。最終的に俺は展開装甲と
特に"
「本来なら山田先生は一週間の謹慎と給与減額、織斑にも何らかのペナルティがつくのだが、警告を怠った私にも責任がある。よって、厳重注意と夜間特別訓練への参加を二人への処分とする。わかったな?」
「「はい。寛大なご処置に感謝します」」
「なら戻れ。これ以上授業時間を削りたくない」
「「失礼します」」
絞られた俺たちは、肩をすぼめてそれぞれの持ち場に戻る。着陸直後に出席簿アタックを食らった頭が痛むが、それは仕方ないとしか言いようがない。
俺が列に戻ると、鈴が小声で話しかけてきた。
「カッコよかったわよ、一夏。でもまあ、周りへの被害は考慮するべきだったわね」
「山田先生が予想よりも強くて、つい本気出しちまったんだ。
「...あたし、今"あんたが敵じゃなくてよかった"って心から思ってるわ」
鈴からも化け物扱いされてしまったが、個人的には鈴こそ人間離れしていると思っている。
俺の技量は数百年分の実戦経験に裏付けされたものだが、鈴のIS搭乗歴はたった1年。理論上は圧倒的に格上である
「さて、これより実習に移る。織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰の5名をグループリーダーにして、出席番号順でグループに別れろ。教師陣は状況に応じてヘルプに入る。いいな?」
「「「はいっ!」」」
千冬姉から指示が飛んできたため、雑談を切り上げてグループの女子たちの名前を確認していく。グループの何名かが90度のお辞儀をしながら握手を求めてくるという珍事はあったが、俺はそれを軽くスルーして実習に移ることにした。
「さて、まずは歩行訓練だな。相川さんから実習を始めてくれ。出席番号順でな」
「「はーい!」」
返事をしつつ、相川さんが前に出てISを装着する。
今回使用しているISは
一番の特徴は
「織斑くん、終わったよー」
「よし、じゃあしゃがんで降りてくれ。次の人は準備!」
「おっけー!」
「うん!」
元気な返事と同時にISの搭乗者が入れ替わり、そして再び動き始める。
一周目では遠い過去でしかなかった、慌ただしくも平和な時間。それを噛み締めながら、俺は実習を行う一般生徒たちを見守っていた。
◇
それ以降も実習はつつがなく進行し、ラウラ班とほぼ同時に終了。他の班が手こずる中、俺の班とラウラの班は時間に余裕をもって実習を終えることができた。
ラウラが班の女子にもみくちゃにされているのを眺めていると、隣にいた箒に肩を叩かれた。
若干拗ねた様子の箒は、ややトゲのある口調で俺に質問してくる。
「なあ一夏。ボーデヴィッヒとはどういう関係なんだ?いきなり...その、接吻をするなど、まるで恋人のようではないか!」
「あー...仕事仲間ってところかな。細かい事情は色々あって言えないんだが...」
「むう...」
残念ながら、今の時点では無理だ。
一周目の記憶に関してはまだ千冬姉にも話していないし、自分自身とはいえ
だから、まだ伝えることはできない。少なくとも、箒の心が固まるまでは。
「ほう。その事情とは何だ?私にも言えないか?」
いつの間にか背後に立っていた千冬姉が、俺に説明を求めてくる。
「...織斑先生には話しておくべきか。機密情報があるので、そのあたりの配慮はお願いします」
「ふむ...わかった。では放課後に寮長室へ来い。ボーデヴィッヒには私から伝えておく」
俺が条件を言うと、千冬姉は即答。そのまま実習の監督に戻ってしまった。
相変わらずの即断即決。そうさせるのは並外れた能力を持っている故の自負か。あるいは、単に迷うのが嫌いという性分か。
いずれにせよ、ここまで来たのなら話すしかない。覚悟を決める時が来たのだということだ。
「...どうしても私には教えられないのか?」
「機密情報を民間人に伝えたら物理的に首が飛ぶんだよ。いくら
そう言い切ると、箒は複雑な表情になってしまった。
ラウラとの間に秘密があるのは納得できないが、仕事上の話であれば仕方ない。そんな感情が透けて見える。形はどうあれ、理解してくれたのならそれでいい。
そこまで考えたところで、シャルの班が実習を終えて集合場所に辿り着いたのを視界に捉えた。シャルもそれに気づいたらしく、仲間を見つけたような様子で駆け寄ってくる。
「早いね一夏!ボクのところは大変だったんだよ?」
「いずれ慣れるさ。相手の方も、シャルが慣れる頃には落ち着いてると思うぜ」
「そうかな...ボクは一向に慣れる気がしないや」
弱々しい口調でそう呟いてはいるが、シャルは適応力がとても高い。この程度なら難なく慣れてくれるだろう。
もっとも、その慣れが活かされる機会は全くないと言ってもいいほどに少ないのだが。
そのままシャルと雑談していると、集合場所にはいつの間にか全ての班が集まっていた。千冬姉も若干の時間差を空けて到着し、声を張り上げて整列の指示を出す。授業前とは異なり、その並び方は班別の5列縦隊だ。
水を打ったような静寂の中、千冬姉が話し始める。
「それでは午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、昼休みが終わり次第格納庫に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」
淡々と連絡事項を伝えた千冬姉は、解散の号令をかけてそそくさと立ち去っていった。
残された生徒たちが思い思いの行動を取る中、俺は真っ先にラウラに声をかける。
「ラウラ、昼は空いてるか?」
「ああ。嫁の誘いならいつでも大歓迎だぞ」
「誤解を招くこと言うなよ。...ほら、後ろから殺気が飛んできたじゃねぇか」
「おっと。それは怖いな」
真後ろから箒の殺気が飛んできて辛い。
平然と振る舞ってはいるが、背筋にはうっすら冷や汗が滲んでいる。いつの間にあんな殺気を出せるようになったのだろうか。
「一応聞くが、二人きりか?」
「ああ。今回は
「...なるほど。了解した」
そこで一旦会話を区切り、足並みを揃えて食堂へ向かう。
そのやりとりがなんだか懐かしくて、俺たちは自然と口元を緩めていた。
独自設定のざっくり説明
・"
正式名称は"篠ノ之流奥義
・"
正式名称は"篠ノ之流奥義
・"
銃弾で銃弾を弾き、それを無限連鎖させて敵の逃げ場を塞ぎつつ攻撃する技。少しでも計算が狂えば成り立たない。
・
二段階瞬時加速を連続で行う技術。入力タイミングが極めてシビアで、現時点では一夏以外には使えない。
今回は授業回。申し訳ないけどお昼ごはんは文字数の都合によりカットです。
途中でTS一夏を書いてたのもあって、文体が結構引きずられているような気がする...
次回は千冬に一周目の記憶をぶちまける話になるかと思われます。お久しぶりのあの人も出てくるかも。
それでは、次回をお楽しみに。