IF一夏と束の話【凍結】   作:吊られた男の残骸

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 ギリ年度末!セーフ!
 当初とは色々予定が変わって、ようやく更識姉妹編最終話ですよ。
 あとは手直しとか書きつつ、原作2巻突入です。一番書きたいところがやっと書ける...!

 では、本編をどうぞ。





【第二十話】 一夏と姉妹と決闘の話

「更識家の掟。覚えてるよね」

 

 自身の覚悟を示すためか、簪は威圧を解かずにそう続ける。

 その存在感は、現役時代の千冬姉を思い起こさせるほどに高い。それだけなら"更識"でも有数と言える強靭さだろう。

 それを真っ向から受けた楯無さんは、

 

「...また、同じことを繰り返すの?」

 

 その発言と同時に存在感を高めていく。

 これは千冬姉や束さんのような強者が使う常套手段の一つ。自身の強さを見せつけることで、相手の戦意を挫くために使う一種の技術だ。

 楯無さんの殺気は刻一刻と密度を増していくが、

 

「同じにはならない。――私が勝つから」

 

 その程度で簪は屈しない。

 楯無さんの威圧を受けても微動だにせず、それどころか存在感を高めていく。

 その瞳は恐ろしいほどに澄み切っていて、楯無さんを打倒するという確固たる意志が透けて見えた。

 楯無さんもそれを感じ取ったらしく、

 

「...わかったわ。ついて来なさい」

 

 簪に背を向けながらそう告げて、道場の方へ歩き始めるのだった。

 

 

 

 

「最後に聞くけど、本当に戦う気なの?」

「聞くまでもない」

 

 道場で対峙した二人は、最後通牒とも言える言葉を交わす。

 当然簪に引く気はなく、こうなった以上楯無さんも引けないはずだ。

 緊迫感が高まる中、簪が俺を見て口を開く。

 

「一夏、審判をお願いしていい?」

「...ああ」

 

 俺は簪の頼みを承諾し、二人の中間となる位置に立つ。二人は暗部である更識家の生まれ。互いが互いを殺せてしまうが故に、それを止める役が必要となるからだ。

 そして、それは双方と互角以上の実力者でなければ務まらない。

 

「では...時間制限なしの一本勝負。武器や道具の使用は不可で、立会人は織斑一夏が行う。片方が行動不能または降参した際は、そちらの敗北とする。例外として、殺害してしまった場合は殺害した者の敗北となる...異存は?」

「「無い!」」

 

 俺がこの決闘のルールを確認すると、二人は異口同音にそう告げると同時に戦闘態勢に移る。

 両者ともに自然体。しかし一片の隙もない。

 二人の態勢が整ったのを確認し、俺は告げる。

 

「それでは...始めッ!」

 

 その瞬間、楯無さんが駆け出した。

 

 

 

 

 一夏くんの号令を聞いた瞬間、私は簪ちゃんに向かって突撃した。無論、速度は全速力。初撃で決着をつけて、無用な痛みを与えないように。

 私とあの子の距離が急速に縮まる中、あの子がほんの少し腕を持ち上げる。その動きは、お父様と戦った時に食らった技の予備動作に酷似していた。

 このままでは反撃を食らう。それは理解できたけれど、この至近距離で止められるような甘っちょろい速度ではない。

 反撃を覚悟で拳を突き出したその瞬間。簪ちゃんの身体がブレたと同時に、右腕が引っ張られた。

 

「っ...!」

 

 投げられた。

 そう知覚した瞬間、咄嗟に全身を捻って強引に腕を外し、そのまま着地する。

 気が逸りすぎて愚直に突撃してしまったけれど、簪ちゃんは私と同等の使い手。無作為な突撃は避けるべきだった。

 反応が間に合ったから無傷で済んだけれど、次は確実に頭から落とされる。

 

「...外された」

「そう簡単に、食らってられないわよ」

 

 そう呟きながら、再び簪ちゃんに接近する。今度は()()()に教えられた、距離感を掴みづらくなる歩法を活用して。

 互いの間合いに入った瞬間、あの子はぎょっとしたような顔で私を見る。顔に出るほどということは、相当動揺してるらしい。

 

「お返しよ!」

「...っ!」

 

 その隙を狙ってアッパー気味の右フックを左脇腹に食らわせると、簪ちゃんの表情が苦悶に歪む。

 あまり殴りたくはないけれど、侮っていてはこっちが危ない。だから一つ一つを確実に当てて、そして倒す。

 私は一回転して左ハイキックを側頭部に当て、間髪入れずに連撃を食らわせる。その殆どは逸らされるか防がれているけれど、確実にダメージは蓄積されているはずだ。

 なのに、

 

「......まだ、まだ...!」

 

 いくら殴っても簪ちゃんは倒れない。

 その姿勢と表情から、気力で立っているというわけではないのが見て取れる。

 それから何度か打ち合った後、拳に残る違和感に気がついた。

 腕で攻撃を防がれた時のみ、一瞬弾かれるような感覚がある。おそらく筋肉や骨の硬さではなく、何らかの技で。

 それを確かめるべく、真上から打ち下ろすような回転蹴りを放つと、

 

「...っ!」

「やっと、掴んだ...!」

 

 私の身体が()()()()()()()

 咄嗟に回転受け身を取って立ち上がったけれど、今の衝撃は今までのものより遥かに強い。

 簪ちゃんの発言から推測するに、今ようやく感覚を掴んだ技術だろう。ならば不慣れな今のうちに叩いておくべきだ。

 

「はぁあああああああっ!!」

 

 そう考えた私はこれまで以上に苛烈な連撃を浴びせたけれど、簪ちゃんはそれらを的確に受け流し、あるいは受けて衝撃を返してくる。

 ガードを抜けた攻撃のダメージは入っているようだけど、拳や足の違和感は段々と強くなっている。まるで硬いゴムを殴っているような感覚だ。

 それを念頭に入れて攻撃を続ける最中、耳が違和感を捉えた。

 攻撃を弾かれる数瞬前に、決まって踏み込むような音が聞こえている。それを確かめるべく、防がざるを得ない位置に前蹴りを放ったその瞬間。同じ音とともに、脚が弾かれる。

 それで、ようやく理解した。

 

「わかったわよ...その技の正体...!」

 

 何度も食らって、ようやくわかった。

 あれは以前一夏くんに放った技の派生系。違いはいくつかあるけれど、生み出す効果は酷似している。

 その違いは立位姿勢でも放てることと、踏み込みを利用していること。踏み込みによって衝撃を生み、その衝撃を体重とともに腕に伝えることでダメージを相殺してるらしい。

 

「...そっか」

 

 簪ちゃんは驚く様子を見せない。これの原理がバレるのは織り込み済みということだろう。

 それよりマズイのは、この技の応用範囲。

 上から体重で押し潰すのではなく、踏み込みでそれができるのなら、それは()()()()()()()()()()()のではないか。

 そこに思い至った瞬間、悪寒がした。

 

「...なら、」

 

 懐から簪ちゃんの声が聞こえたと同時に、異様に優しい手つきで掌底を添えられる。

 防御も回避もできない。食らうしかない――!

 

「私も攻めるよ」

 

 その言葉が耳に届いた直後、私の身体は大きく吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「ぐ...げほっ...」

「...浅かった」

 

 そう。まだ浅い。

 あの人は苦しそうにしているけど、放つ直前に後ろに飛ばれたこともあってダメージは抑えられてしまった。

 とはいえ、"割撃"は元の威力が大きい。仮に軽減されたとしても、それなりにダメージは通っているだろう。

 あの人が立ち上がったのを見て、私は即座に接近する。

 

「シッ!」

「...!」

 

 反撃開始。

 先制で放った掌底をあの人は僅かな体重移動で回避し、そのままハイキックを繰り出す。それを左腕で防御した私はローキックであの人を怯ませ、続く前蹴りで突き放す。

 まるで演武のような攻防。しかし一瞬でも意識を逸らせば、即座に致命の一撃がどちらかを襲う。それはこの場の誰もが理解しているだろう。

 そして何度目かの掌底を防がれたと同時に、あの人のガードが弾けるようにして開く。通常の掌底ならこうはいかないけれど、"割撃"を使えばそれもできる。

 その隙を見逃さず、私は二度目の"割撃"を放つ。

 それが胸の中央に命中した、その瞬間。

 

「待ってたわよ」

 

 その言葉とともに、私の身体が打ち上げられた。

 

「これの威力はとんでもなく高い。それこそISのマニュピレーターで殴られるよりもね。だからこそ、自分に跳ね返ってくれば脅威になる。覚えておきなさい」

 

 顎を蹴り上げられたからか、身体が思うように動かない。立ち上がろうにも、足がもつれて転んでしまう。

 優しい一夏のことだ。こんな状態の私を戦わせるようなことはしないだろう。

 そうなれば、私は負ける。負けてしまえば、私が認められることはない。

 それだけは嫌だ。

 認められなければ、私は自立できない。結局あの人に庇護されるままの人生を送ることになる。

 それだけは、許容できない――!

 

「う、ぁああああああああああ!!!!」

 

 烈迫の気合を込めた叫びとともに、私は立ち上がる。

 脚は震えるし、視界も未だにグラグラしているけれど、負けたくはない。

 この五体が朽ち果てたとしても、このまま終わることはできない。

 その強烈な意志のおかげで、立つことはできた。

 

「まだ終われない!まだ終わらせない!私はまだ認められていない...!貴方に認められるまで、終われない!!」

 

 私は何を言っているのだろう。

 半ば勝手に口が動いて、心の奥深くに押し込んだものを吐き出している。

 けれど、そのおかげでどうにか動けそうだ。

 崩れ落ちそうになる身体を必死に繋ぎ留めながら、震える右手で掌底を形作った。

 

「...そう。そうだったの」

 

 ぼやける視界の中、あの人が構えた。

 シルエットだけでもわかるその構えは、代々受け継がれてきた奥義の構え。

 当主のみが受け継ぐその技の名は――

 

「奥義"稲光"。一夏くん、あとはお願いね」

「...はい、楯無さん」

 

 そう言ったあの人は、私に向き直って言う。

 

「終わりにしましょう。お互い、限界が近いみたいだから」

「......うん」

 

 悔しいけれど、今の私にとってはありがたかった。

 無理矢理立ち上がって構えたはいいけれど、いつ倒れてもおかしくないほど意識が朦朧としているから。

 これ以上会話していては、それこそ望まない形で終わってしまう。

 だから。

 

「......いくよ」

「ええ。いつでもいいわよ」

 

 あの人の返事を合図に、私は駆け出した。

 それと全く同時に、あの人も私目掛けて走ってくる。

 

「「あぁああああああああああああああ!!!!」」

 

 私たちはまるで鏡合わせのように右腕を振りかぶり、そして――

 

「......お、姉...ちゃ...」

 

 僅かに拳一つ分、届かなかった。

 

 

 

 

 決闘が終わり、丸一日が経った。

 あの後意識を失った二人はすぐさま医務室に運ばれ、様々な検査を受けた上で入院することが決まった。

 簪は数日で退院できるらしいが、楯無さんは怪我の具合が酷く、退院まで相当時間がかかるらしい。

 その原因は、やはり"稲光"だろう。

 決闘が終わった直後の楯無さんの右腕は、内出血で肘から先が青紫に変色していた。後で楯無さんに確認したところ、右腕の肘から先の数ヵ所にヒビが入っているとのことだ。

 そして肝心の二人の関係だが、医務室で夜通し話し合ったところ、どうにか和解できたそうだ。楯無さんから届いたメールによると、二人で仲良く将棋を指して遊んでいるらしい。

 一方の俺はというと、

 

「まさか後始末をすることになるとは...」

「まあまあ。これも男の仕事ですよ」

 

 壊れた設備の修繕を手伝っていた。

 あの決闘の際、楯無さんと簪の尋常ではない踏み込みの力が原因で畳が何枚か駄目になっていた。それをきっかけに、道場の畳をまるっと張り替えることにしたらしい。

 そして俺は、前の勝負も合わせて二回道場を損壊した罰として、この場にいるというわけだ。

 この畳の張り替え、俺は多少疲れる程度だが、用務員の十蔵さんにとってはかなりの重労働らしく、十蔵さんは額から汗を滴らせている。

 

「いやあ、若い男の子は凄いですね。あれだけあった畳が、もう少ししか残っていません」

「俺とそこいらの男子を比べちゃ駄目ですよ。俺と織斑先生は、常人の数倍くらい筋肉が強いらしいんで」

「おや、そうでしたか」

 

 雑談しながら作業を進めていくと、荷台に積まれていた畳はすっかり空になっていた。

 

「ふう...終わった終わった」

「助かりました。...お礼に、お茶でもどうですか?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 そう言いながら空になった荷台を倉庫に運び、その足で学園長室に訪れた。

 重厚な扉を潜ると、十蔵さんは戸棚を漁ってお菓子を取り出す。束さんがやたら気に入っていたので覚えているのだが、それなりに値が張るものだ。

 少し遅れて俺がお茶の用意を済ませ、十蔵さんがそれを飲む。

 俺に下された評価は――

 

「美味しいですね。前回より進歩しています。あとひと工夫で、布仏虚くんにも並べるでしょう」

「よっしゃあ!」

 

 上々。

 それを聞いた俺は、礼儀も忘れてガッツポーズをしてしまった。

 

「っと、すみません。つい素が出ました」

「いえいえ、構いませんよ。孫ができたような気分です」

 

 俺は非礼を詫びるが、十蔵さんはそれを咎めない。それどころか、孫のようだと言われてしまった。

 精神年齢的には俺の方が上のはずなのだが、恐らく肉体年齢に引っ張られているのだろう。

 複雑な気分ではあるが、それを顔に出すわけにもいかない。なので、俺は早々に本題に移ることにした。

 

「そういえば、例の件がようやく通ったとか」

「ええ。既に教師全員に伝達済みです」

 

 俺と十蔵さんは、入学直後にとある密約を交わしていた。

 十蔵さんが提示してきた条件は、篠ノ之束との中継役を務めることと、生徒会の副会長になること。放課後は少しばかり拘束されるが、それ自体は一周目でもやっていたことなので問題ない。

 そして俺の提示した条件は、

 

「それにしても、()()()()()()()()()とは大きく出ましたね。一部の教師の反発もあって、少々手こずりました」

「すみません。ですが、束さんの要求を満たすのに一番手っ取り早いのはこれだったんです」

 

 レベル4権限の付与。これはつまり、学園内の最高機密を扱える人間となったことを表している。

 そして有事の際には、単独行動権によって千冬姉の指示を待たずに行動できる。これはとても大きい。

 

「いいんですよ。孫の頼みを聞くのも、老爺の務めですから」

「実の孫ではありませんがね」

 

 そう言って、俺たちは揃って笑い出す。

 一見すればただのお茶会。しかし実態は、裏の顔が見え隠れする策略の檻。

 とはいえ、私人としてなら物知りなだけの好々爺とひねた子供のようなものだが。

 

「さて、今日はお開きにしましょうか。私も仕事がありますしね」

「ええ。ではまた、機会があれば」

「はい。またいずれ」

 

 そう言って、俺は学園長室を後にした。

 

 

 

 

「やれやれ、今度は二人ですか。...おや?」

 

 そう呟きながら広げた資料には、二人の若者の写真が載っていた。

 片方は銀色の長髪に眼帯をした少女。そしてもう片方は――

 

「これはまた、一波乱ありそうですね」

 

 中性的な、金髪の()()()だった。

 

 

 

 





 前書きにも書きましたが、ようやく更識姉妹編が完結しました。
 原作1巻を終わらせるまでに1年、更識姉妹編を終わらせるのに3ヶ月...2巻はいつ終わるんだろうなぁ...(白目)

 本来の予定では、楯無さんと簪の仲直りを描写しようと思っていましたが、思いの外あの二人視点が書きづらかったので、十蔵さんと一夏の絡みになりました。
 十蔵さん、意外と動かしやすいですね。今後要所要所で出していきたいです。

 次回は本編か番外編かIF√か。一番先に仕上がったものを上げることにします。

 それでは、次回をお楽しみに。



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