IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
...人間、ノリとテンションと時間さえあれば何とかなるもんですね。
では、本編をどうぞ。
「ふぅ...やっぱ体力落ちてるな...」
クラス対抗戦から5日後の朝。
俺は、リハビリがてらグラウンドを走っていた。
「まさか退院が延びるとはなぁ...」
本来の予定なら一昨日には退院できていたのだが、楯無さんの件で肩の傷が悪化したのが原因で退院が1日延びてしまった。
普通の病院ならそうはならないと思うが、ここはIS学園で、しかも俺は世界
まあ、俺としてはそれが一番困るのだが。
「...よし、部屋に戻るか」
そろそろ時間もなくなってきたので、俺はグラウンドを後にする。
普通の学校では違うのだが、IS学園では土曜日に半日授業がある。その理由は、土曜日を休みにしてしまうと一般教科の授業時間が足りなくなるためだ。
これは山田先生と雑談しているときに聞いた話だが、高等専門学校――いわゆる高専のように一日の授業時間を増やすのではなく、授業の日数を増やして時間を稼いでいるんだとか。
そんなことを考えながら歩いていると、箒が自分の部屋から出てきたのが見えた。
「よう、箒」
「む、一夏か。体の具合はどうだ?」
声をかけてみると、箒は俺の調子を聞いてきた。
俺が言えたことではないが、仮にも神社の娘なんだから挨拶くらいした方がいいと思う。
叩かれるのは苦手なので口には出さないが。
「ぼちぼちってとこだよ。んで、箒はどうして廊下にいるんだ?」
会話のつなぎにそう質問すると、箒はすんなりと答えてくれた。
「千冬さんに用があってな。寮長室に行くところだったんだ」
それを聞いて、心当たりに思い当たる。
一周目では、俺が入寮した矢先にドアを壊して千冬姉に申請を出しに行った記憶がある。つまりそういうことだろう。
「千冬姉に?備品でも壊したのか?」
「...お前が私をどういう目で見ているかがわかった気がするよ」
どうやらハズレらしい。
「シャワーが不調でな。破損申請を出しに行くんだ」
そう言って、箒は持っていた紙を俺に見せる。
一周目では事あるごとに部屋のドアやらベッドやらが破壊されていたので、この紙はもはや見慣れていた。
「そうか。...っと、時間もないしもう行くよ。また後でな、箒」
「ああ。...そうだ。朝食を一緒に食べないか?」
立ち去ろうとすると、箒が朝食を誘ってきた。
最近は鈴の一件や俺の入院などが重なって、中々箒と食事をしていなかったので都合がいい。
何となく箒と話したい気分でもあったので、俺は誘いを快諾する。
「おう。後で迎えに来てくれ」
「わかった。では、後でな」
俺の返事を聞いた箒は、心なしかうきうきしながら寮長室の方に去っていった。
箒と別れてから少し歩くと、あっという間に自室に到着する。4部屋しか離れていないので当然だ。
ノックの音で楯無さんを起こすのも悪いと思ったので、ゆっくりとドアノブを開けると――
「...一夏くん?」
楯無さんが着替えていた。
着替え始めたばかりなのか服はまだ脱いでいないものの、ボタンを外したパジャマからは形のいい胸や下着がちらりと覗いている。
紛う事なき有罪だ。しかし話せば減刑はしてくれるだろう。
「と、とりあえず話...うおっ!」
しかし、現実は非常だった。
楯無さんは有無を言わせずに俺を部屋に引きずり込んで、流れるような動きでマウントを取る。これは明らかに"更識"の体術だ。
篠ノ之流にも似た技があって、これは俺も使えるのだが、"更識"のそれには派生がある。それも、
「人の着替えを覗く悪い子には、ちょーっとおしおきが必要かしら?」
そう言った楯無さんは、俺の額に両手を重ねて置く。まるで心臓マッサージのような手付きではあるが、これはれっきとした大技の構え。気配から見てかなり加減する気らしいが、元々は頭蓋を割って脳を潰すエグい技。食らえば俺でもただでは済まないだろう。
「ていっ」
「......ッ!」
そんなことを考えている間に、技が放たれてしまう。食らったのはこれが初めてだが、その圧倒的な効果はすぐにわかった。
なるほどこれは大技だ。かなり加減されているはずなのに頭がグラグラして立てないし、身体に力が入らない。
ボロボロの俺を見下ろすように立ち上がった楯無さんの、
「おねーさんの着替えシーンは高いわよ?」
その言葉を最後に、俺の意識はブラックアウトした。
◇
「朝から酷い目にあった...」
「自業自得だろう」
「自業自得ね」
俺のぼやきに鋭いツッコミを浴びせたのは、箒と楯無さん本人だ。
あの後、シャワー中に箒が迎えに来てしまったので楯無さんに応対を頼んだところ、何故か意気投合。そのまま3人で朝食を摂る事になった。
その時に朝の件はすべて説明済みらしく、箒までもが俺の心を抉ってくる。
「ま、加減してくれただけマシか...」
「本来は全体重をかけて撃つんだけど、そんなことしたら流石に死んじゃうからね。加減は大事よ?」
そもそも撃たないでほしいのだが、これは覗いた俺が悪いので黙っておくことにした。
あの技の原型はエグいが、楯無さんが俺に使ったのは非殺技として威力を落としたもの。以前俺が使った篠ノ之流の奥義である旋風と似たようなものだ。
あれはあれで、力の入れ方を少し変えれば心臓を破壊できる殺し技。体捌きで転がす投げ技ではなく、力ずくで投げる技だ。その性質は柔道とプロレス並に違い、本来篠ノ之流で扱うような技とは大きく異なる。
何故あの技が存在するのかはわからないが、大方柳韻さんのような篠ノ之流を会得した
「一夏、聞いているのか?」
箒の声が聞こえたので思考を中断すると、いつの間にか朝食がだいぶ減っていた。一周目からの習慣で、考え事をしながらも食事はしっかり摂っていたらしい。
「悪い、聞いてなかった。...で、なんだっけ?」
俺がそう訊ねると、箒は呆れながらも質問に答えてくれた。
「まったく...お前が退院したので、快気祝いのパーティを開くと相川さんが言っていた。1組だけでなく、希望者は誰でも参加できる形にするらしい」
それを聞いて、俺はパーティの光景を想像した。
希望者全員が参加する快気祝いパーティ。男性操縦者のネームバリューとあの時の大立ち回りを考えると、会場が埋まってしまう可能性もある。
とはいえ、そこは広い
クラス代表就任パーティは食堂で行われていたので、今回もきっと借りられるはず。いざとなれば、楯無さんの権限を使えばいい。
そのあたりの憂いを断てたところで、俺は箒に再び質問する。
「そっか。いつやるんだ?」
「明日だ。時間は決まり次第連絡する」
俺の質問に、箒は端的に答えてくれた。
言い方は悪いが、箒はこういう時にとても役に立つタイプだ。基本的に知っていること以外は話さないし、確定していない情報には注釈をつけてくれる。そして連絡漏れがない。
こういう几帳面で実直なところが、れっきとした箒の長所だろう。
などと考えながら箒を見ていると、
「あ、おねーさんも混ざっていい?」
「ええ。後で時間を連絡するので、連絡先を教えてください」
「おっけー。あ、呼ぶときは名前でいいわよ。もしくはたっちゃんも可」
「では楯無さんと」
楯無さんと二人で、和やかに会話していた。
箒の顔は相当緩んでいる。初対面の相手にはめったに見せない表情だ。よほど楯無さんと気があったのだろうと思っていると、勝手に顔がほころんだ。
これは楯無さんの性質。誰かれ構わず友人や仲間に変えてしまう、人たらしの才能がそうさせるのだろう。
「ん?どうしたの一夏くん。おねーさんに見とれちゃった?」
「なっ、それは本当か一夏!不埒だぞ!」
視線に気づかれた。
楯無さんに見とれていたというより、箒を見守っていたというのがニュアンス的には近いのだが、まあ見ていたという面では同じだろう。
今ここで説明しても言い訳と取られかねないので、申し訳なさそうな表情を作って乗り切ることにした。
「んっふっふー、もっと見てもいいのよ?おねーさん、見られても平気だから」
「な、ななな...いいい一夏!私のことも見ろ!」
...どうやら悪手だったらしい。
それとなく周りの気配を探ると、こちらに注目しているようなムードが漂っている。
明らかに不味いパターン。色々とウワサされかねない状況に追い込まれているのは確実だ。
救世主よ、どうか来てくれ――!
「いつまで食べている!あと10分で始業だぞ!」
そう願った瞬間、凛としたハスキーボイスが食堂の入り口から聞こえた。
誰もがすくみ上がるようなその声は、聞き違えようもない姉の声。
どうやら救世主は千冬姉だったらしい。
「っと、そろそろ飯片付けないと遅れるな」
千冬姉の台詞を利用して、俺は自然に会話を終わらせる。二人も千冬姉の折檻を受けたくはないようで、ここは素直に従ってくれた。作戦は成功したとみていいだろう。
千冬姉に感謝の念を送ろうとして、
「先程の件、後で詳しく聞かせてもらうぞ」
真横にいた箒の声で中断させられた。
楯無さんはくすくすと笑っており、仲裁する気はさらさらなさそうだ。
...どうやら、天は俺を見放したらしい。
◇
時間は流れて、放課後。
俺は楯無さんに招待され、生徒会室にお邪魔することになった。
道中で何度か襲撃されたが、楯無さんは子バエを払うようにぽいぽいと投げ飛ばして無力化していく。相変わらずそら恐ろしい実力だ。
「まったく、二人で歩いてるときくらい大人しくしてほしいわね」
「俺も楯無さんも、学園では人気者ですからね」
楯無さんのぼやきを適当な軽口で受け流しつつ、周りを警戒しながら歩いていると、
「「...っ!」」
不意に強烈な殺気を感じた。
その質はあまりに鋭く、まるで千冬姉や束さんと対峙しているときに感じる刃のようなそれに近い。
「一夏くん」
「はい」
楯無さんの合図で、俺たちは背中を合わせる。
どの方向から来ても即応できるような陣形。しかし、うまく連携を取れないと互いの行動を阻害する陣形でもある。
なので俺は確認のために、
『左は任せます』
『了解』
プライベート・チャネルでそう伝えた。
両側面の対処を確認しないまま相手に襲われた場合、同時に側面の脅威に対処しようとして互いの動作が干渉する場合がある。よく連携が取れたチームなら確認せずとも合わせられるが、即席のチームだとそうはいかない。
背中合わせの状態で警戒を続けていると、
「――ッ!!」
「楯無さん!」
正面から飛んできた拳が、楯無さんの頬を掠める。
この陣形の欠点がモロに出た。
楯無さん単独なら、おそらく完全に躱すこともできただろう。しかし、この陣形はその場に留まる防御向けの陣形。慣れれば即座に陣形を解けるのだが、初の連携ということもあって反応が一瞬遅れた。
しかし連携不足を抜きにしても、今の一撃の鋭さは尋常ではない。
あれだけの攻撃を放てる人物は、学園内では教師を含めても数人程度。その殆どは楯無さんを襲う理由がなく、
更に、俺と楯無さんが警戒していても接近に気づけなかったほどの潜伏技術。
となれば、可能性があるのはただ一人。
「...簪ちゃん」
楯無さんの呟きと同時に、俺は敵の正体を理解する。
ぞっとするような雰囲気を纏って現れたのは、やはり簪だった。
若干癖のある髪は一つにまとめられており、普段かけている眼鏡型のディスプレイは無く、垂れ気味な目は鋭く吊り上がっていた。
拳を引いた簪は、楯無さんを見据えて告げる。
「更識簪は、第17代更識家当主"更識楯無"に決闘を申し込みます」
――"
全部読んだ方はお分かりかと思いますが、おそらく次話で更識姉妹編は完結します。
文字数が多くなりすぎて分割する可能性も一応ありますが、誤差程度なので大した問題にはならないでしょう。
次回はバトル回。楯無さんVS簪のキャットファイトと言うには激しすぎる戦いをお送りいたします。
それでは、次回をお楽しみに。