IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
2月の時点で一度完成したんです。ただ、簪の設定がブレにブレてたので半分くらい消して書き直したんです(言い訳)。
...では、本編をどうぞ。
日が沈み、空が暗闇に染まる頃。
俺と楯無さんは、背中合わせでベッドに腰掛けていた。
というのも、"泣き顔を見られたのが恥ずかしくて、とても顔を見られない"と楯無さんが言ったからだ。
一周目で色々あったので今更な気がしないでもないのだが、楯無さんはそんな事を知る由もない。
だから、大人しく従うことにしたのだ。
でも心配なものは心配なので、楯無さんに声をかけてみる。
「――楯無さん」
「...何?一夏くん」
背中越しに声をかけると、楯無さんは返事を返してくれた。
精神状態はかなり安定してきたように見える。
今なら、楯無さんと簪の間に起きたことを聞くこともできるだろう。
「簪と、何があったんですか?」
そう言った瞬間、楯無さんの身体が強張った。
背中が触れ合うような距離にいることもあって、感情が手に取るようにわかる。
本人がいないのにこれだけ過敏に反応することからして、二人の溝は深いのだと確信した。
「......一夏くんには、話しておこうかな」
楯無さんはそう呟く。
身体を硬直させて怯えながら、それでも真実を伝えるために言葉を紡ぐ。
今の楯無さんは、一周目では決して見られなかった表情を浮かべているのだろう。
周回による相違なのか、世界そのものの相違なのかはわからないが、楯無さんと簪の関係が一周目と異なっていることは間違いない。
そして、それがどんなものであれ、俺が二人の関係の修復に協力を惜しまないことも、また間違いないのだ。
俺が人知れず決意を固めていると、楯無さんが話し始めた。
「私は...ううん。私と簪ちゃんはね、人殺しの一族なの」
驚きはない。
更識のことは一周目で既に聞いていたし、諸事情で更識家に関わったことも何度かある。
一周目にラウラが寿命で死んでからは、虚さんの依頼で次期当主の訓練相手を務めていたのだ。今更そんなことで驚いていても仕方がない。
「対暗部用暗部...裏社会で暗躍する組織に対する抑止力とでも言おうかしら。わかりやすく言えば、殺しが許可された警察みたいなもので、私はそこの当主。言ってしまえばボスね」
楯無さんの話に含まれる"更識"の情報には、俺の知識との齟齬は感じられない。
このあたりは一周目でも二周目でも変わらないのだろう。
「何で家の話をしたかっていうと、これが簪ちゃんと私の関係に関わってくるからなの」
そう言うと、楯無さんは立ち上がって俺の正面に回ってくる。
そして簪が置いていった椅子に座ると、俺の目を見据えて告げた。
「簪ちゃんを"更識"から除籍したこと。それが、簪ちゃんが私を嫌っている理由よ」
◇
「............ふぅ」
ぼふっ、と音を立てて、私は自室のベッドに倒れ込んだ。
ルームメイトの本音は今はいない。大方、クラスメイトの女の子の部屋にでも行っているのだろう。
けれど、そんなことはどうでもいい。
「.........なんで、あの人が...」
今の私にとって重要なのは、あの人のこと。
何故あの人が、あんなタイミングで病室に来たのか。
何故一夏と親しいのか。
何故私に話しかけてきたのか。
一夏と親しい理由は想像がつく。一夏とあの人がルームメイトというのは一夏から聞いているし、あの人は心の距離を縮めるのが上手いから。
――だから、一夏と恋人同士になっていてもきっとおかしくはない。
「......っ!」
そう考えた途端、胸が軋んだ。
それはあくまでも錯覚。しかしリアルな痛みが私を襲う。
痛い。苦しい。泣き出したい。逃げだしたい。
でも、それは決して許されない。
逃げることだけは、許してはいけない。
それをしてしまえば、私は無能であると認めてしまうのと同じだ。
だから、あの人からは逃げられない。
「私は、無能じゃない...っ!」
あの人に認められること。
そのためだけに努力したのだ。
"更識"のバックアップ無しで代表候補生になったし、自分なりに身体も鍛えた。
"更識"に伝わっている技も殆どは習得したし、独自の技だって生み出したんだ。
だから、そろそろ。
「あの人に認めさせるんだ。――私の力を」
◇
「簪ちゃんは天才だった。私も周りの大人からは天才と言われてきたけど、あの子には私とは違うベクトルの才能があったの」
楯無さんの話を聞いた俺は、内心で静かに驚愕していた。
「『あの子はまだ原石だが、仕事を始めて経験を積めば化けるだろう』って皆が言ってた。簪ちゃん自身も"更識"に関わることを望んでいて、私の意思が介在する余地はなかった」
楯無さんの言葉に、俺はすんなりと納得した。
先程簪が放った威圧は、俺でもぞっとするほどに強い圧力と冷気を伴っていた。実力の証明としては申し分ないだろう。
しかし、そんな簪を"更識"から除籍できた理由がイマイチわからない。
楯無さんの発言からして、楯無さんは簪を"更識"にする流れには干渉できなかったはず。
いくら当主の権力が強い家とはいえ、簪の除籍を通すのは相当無茶だったことは想像に難くない。
事の詳細を聞こうとして顔を上げると、
「けれど、一つだけ抜け穴があったの」
楯無さんは、俺を見据えてそう言った。
「意見を通す方法は二つあって、そのうちの一つは幹部と当主による多数決。私は簪ちゃんを"更識"の殺し屋にするのは反対だったけど、その意見はこれで封殺されたわ」
それは当然だ。
才能ある者をわざわざ除籍するなんて選択肢は、あの家の人間ならまず選ばない。
これは実体験からくる感想だが、"更識"の人間は基本的に合理主義者が多い。その点においては、のほほんさんや楯無さんが例外なのだ。
一周目で"更識"に所属していた時代を思い返していると、
「だから私は、もう一つの方法を使ったの」
楯無さんの口元が、にやりと吊り上がる。
「"更識"のルールとして、意見が割れた時はそれぞれの主張をする派閥の中から代表を出して戦わせるっていうルールがあるの。私はそのルールに則って、反対派の幹部たちに代表戦を申し込んだわ」
そのルールは、一周目で"更識"に所属していた時に聞いた覚えがある。俺の仕事は次期当主の育成だけで、数年程度しか所属していなかったが、その期間中にも何度か似たようなことがあったはずだ。
そこまで聞けば、もう何となくわかる。
つまり楯無さんは――
「私は反対派の代表だったお父様を打倒して、簪ちゃんを"更識"から除籍した。優しいあの子が、手を汚さなくて済むように」
楯無さんは簪が"更識"の実務を始める年齢、つまり15歳になる前に簪を除籍した。そこも恐らくポイントの一つだろう。
実務を経験していないということは、"更識"の機密を知らないはず。機密を知られていると排除せざるを得ないが、機密が知られていなければ生かしたまま除籍させられる。
推測だが、楯無さんはそこまで計算してこのタイミングで除籍したのだろう。やはり
「でもね」
その直後、楯無さんの表情が曇った。
「それを知らされた簪ちゃんは、15歳になったその日に私に決闘を申し込んできた。あの子が勝てば除籍を撤回すること。っていう条件でね」
それは予想できていた。
楯無さんと同じ形式を取れば、発言権のない簪でも意見を通せる可能性が残る。
もっとも、相手が"楯無"とあっては無謀にも思える賭けではあるが。
「あの子を守るために、あの子を傷つける。それはとても辛くて、逃げ出したくなるほど苦しかったわ」
その気持ちは、なんとなく理解できる。
きっと当時の楯無さんは、俺が鈴を振った時と似たような感情を味わったのだろう。
罪悪感だけではない。もっと色々な感情がどろどろと混ざり合い、鋼鉄の決意すらも揺るがすような濁流となって押し寄せるあの感覚だ。
それを思い出して吐き気を催したが、それを何とかこらえて楯無さんを見る。
「そしてあの子を倒した後、戦意を挫くためにこう言ったの」
今にも血反吐を吐いて死にそうな顔で、楯無さんは言葉を吐き出していく。
一つ一つの言葉を吐き出す度に、楯無さんは限りのない苦しみを味わっていることだろう。
そして楯無さんは、二人にとって呪いとなった言葉を口にする。
「"無能なままで、いなさいな"ってね」
その表情はあまりに悲痛で、ひどく悲しげで、あまりに辛そうで、とても見ていられない。
けれどそれを訊ねたのは俺だ。話したくないことを話させてしまったのは俺だ。
ならば最後まで聞くのが礼儀であり道理。途中で耳を塞ぐなどあってはならないし、無論聞き流すのはもっての外。
俺は目を逸らしたくなるのを堪えながら、真剣な眼差しで楯無さんを見つめる。
それが、ただ一つの誠意であると信じて。
「...そんな真面目な顔しても、これ以上話せることは無いわよ?」
楯無さんはおどけてみせるが、その表情はやや堅い。無理をしているのが丸わかりだ。
それを何とかできるのは、きっと俺だけ。
姉妹の両方と交流があり、なおかつ"更識"の人間ではない俺しかいない。
なら俺のやるべきことは、
「簪と仲直りしたいですか?」
「――え?」
楯無さんに手を貸すことだ。
「そうしたいのなら、俺は協力を惜しみません」
俺がそう言うと、楯無さんは目を見開いた。
読み取れる感情は驚愕。いつも心の内を隠している楯無さんの、本心からの驚きだ。
「...いいの?」
ぽつり、と。
楯無さんの口から言葉が漏れる。
まるで俺が拒絶するとでも思っていたかのような口調だが、そんなことは断じてありえない。
心を傷つける刃を振るい、その代償によって傷ついた者同士であり、そして互いに
それに、
「正直、あの威圧を二度と受けたくないんです。俺、ああいう冷たい雰囲気が苦手で...」
これは本当だ。
どうも俺は、感情を爆発させる女性より淡々と怒る女性に苦手意識がある。原因はまず間違いなくシャルだろう。あの黒い微笑みはマジで心臓に悪い。
「......ふふっ」
内心と弱点を明かした甲斐あって、楯無さんはくすりと笑ってくれたが、すぐに目を閉じた。恐らくだが、俺の協力を受けるかどうか悩んでいるのだろう。
これはあくまで楯無さんの問題で、それに俺が首を突っ込んでいるに過ぎない。当然、断る権利だって存在する。
故に、俺はただ黙って待つ。
それからたっぷり一分ほど考え込んだ楯無さんは、ついに目を開いて俺を見た。
そしてゆっくりと、返事を口にする。
「...じゃあ、お願いしていいかしら」
その口調に迷いは見えず、気配にも揺らぎはない。先程の長考で捨て去ったか、あるいは心の奥底に仕舞い込んだか。その答えはきっと教えてくれないだろう。
それに、楯無さんへの答えはとうに決めている故に、大した問題にはならないだろう。
俺は楯無さんに手を差し出し、口元に微笑みを浮かべながら告げる。
「俺で良ければ、いくらでも」
それを聞いた楯無さんは、俺の手を取って微笑みかけてきた。
その姿の可愛らしさにほんの少しだけ動揺するが、何とか内心に押し込めて楯無さんを見ると、
「...ありがとう、一夏くん」
優しい声でそう言って、窓の外をちらりと見た。
楯無さんに続いて俺も同じ方向を向くと、既に月が登っているのが見えた。
「今日はもう遅いし、私は帰るわね。じゃ、また明日」
言いながら荷物を整えていた楯無さんは、立ち上がって医務室のドアに向かって歩き出す。
医務室を出た楯無さんは振り返り、ひらひらと手を振りながらドアを閉めた。
それを見送った俺は、ベッドに横たわりながら状況を確認する。
楯無さんと簪の関係の原因、二機のゴーレム、様々なIS操縦者の強化など、無視できない状況が続いていた。
これだけの相違点があるのだから、もしかすると"悪魔"の襲撃も早まるかもしれない。
「束さんに連絡しておかなきゃな」
そう呟いて、俺は目を閉じる。
今日は色々なことが起こりすぎた。夕食も食べていないが、それが運ばれてくるまでは眠ってもいいだろう。
そして眠りにつく瞬間、俺は一つ思い出した。
――楯無さん、結局携帯忘れていったな。
こんだけ間が空いてるのに、作中では1日も経っていないという事実()。
更識編が予想以上に長引いていますが、書くべきことも多分あと2話くらいで終わる予定です。
終わったら細かく今までの話を改訂しつつ、私待望のラウラ編の執筆を始めていきます。展開は半分くらい考えてあるので...!
...仕込みからいったい何ヶ月経ったんでしょう。長すぎですよ、私。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
では、次の更新をお楽しみに。