IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
更新間隔を空けないよう頑張ると言った矢先のこれです。実に申し訳ない。
あえて言い訳をさせていただくなら、ゴッドイーターオンラインとのらきゃっとにハマってました。
GEOは糞ゲーと言われてますが、私は面白いと思いますよ?個人的な意見ですけど
では、本編をどうぞ
ゴーレムによる襲撃から一日。
俺は、お見舞いに来る客の応対に忙殺されていた。
箒や鈴、セシリアは勿論のこと、ろくに話した覚えのないクラスメイトや楯無さん、果ては山田先生や葉村先生までお見舞いに来てくれたのだ。
来てくれるのはありがたいが、一人になる時間も欲しいというのが正直なところである。
そんなこんなで、空が茜色に染まり始める頃。
医務室のドアが開き、俺のいるベッドの方に誰かが近寄ってくる。
その人物は、俺のベッドと医務室を仕切るカーテンの前で足を止めた。
「開けていいぞ、簪」
足音と気配で正体が読めたのでカーテン越しに声をかけてみると、カーテンに映るシルエットがびくりと跳ねた。
どうやら俺が反応するとは思っていなかったようで、シルエットはわたわたとしている。
その様子を見てくつくつと笑っていると、控えめな手つきでカーテンが開かれる。
簪は俺を見ると、驚きの抜け切らない顔で問いかけてきた。
「......どうして、分かったの?」
その問いに、どう答えるべきかと一瞬迷うが、今は別に嘘をつく必要があるわけでもない。
なので、俺は正直に答えることにした。
「足音と気配で分かる。簪は両方抑えてたみたいだけど、俺とか千冬姉ならすぐ気づくぞ」
そう答えると、簪は目を丸くした。
戦いの中で身につけた超感覚による気配感知は、たとえ束さんが本気で隠れても完璧に見破れる。
特殊な訓練を受けているとはいえ、いち女子高生である簪の接近を察知するくらいはわけない。
「......流石、だね」
「そうか?ありがとな」
簪が褒めてくれたので、笑顔を向ける。
すると、簪の顔が急速に赤くなっていった。
簪は色素が薄く、顔の紅潮がとても目立つ。そのせいか、見ている俺も気恥ずかしくなってくるのだ。
この雰囲気に耐えられなくなった俺は、どうにかして簪を落ち着かせるために周りにあるものを観察する。
暫く続けていると視界の端に紙袋が見えたので、俺はそれの中身を訊ねることにした。
「その紙袋、何が入ってるんだ?」
「......ふぇっ!?」
急に声をかけられた簪は、やたらと驚いている。何か考え事でもしていたのだろうか。
「......ま、漫画とか、ゲーム」
「お、そりゃありがたい。娯楽が無くて退屈だったんだよ」
適当なことを考えていると、驚きから立ち直った簪が紙袋の中身を説明してくれた。
そのチョイスは素直に嬉しい。
何せ食べ物ばかりで困っていたのだ。沢山あっても困らない娯楽の類は、俺にとって宝の山だった。
果物の詰め合わせ、いかにも高いであろう紅茶、そして購買で買ってきたであろう大量のお菓子。これだけでも既にとんでもない量なのだが、山田先生と葉村先生が持ってきたお高いクッキーが加わったことで、今やお見舞いの品が塔を築いている。
例外といえば、楯無さんが持ってきてくれた携帯の充電器と、部屋に置いてあった貴重品くらいのものだろう。
早速紙袋に入っていた漫画を一冊手に取って、簪に内容を聞いてみる。
「これ、面白そうだな。どんな漫画なんだ?」
「.........青春もの」
簪はそう言って、紙袋から取り出した別の漫画を読み始めた。
若干答えるまでの間が長かったのが気になるが、簪が言うからにはそうなんだろう。
「早速だけど、読んでもいいか?」
そう訊ねると、簪はこくりと頷いてくれた。
その動作を見届けて、漫画の表紙を捲ると、カラーで描かれたウェットスーツの女性が目に入った。どうやらダイビングが関係してくるらしい。
導入部を読みながら、周りから聞こえる音に耳を傾ける。
外から聞こえる鳥の声に、はらり。はらりと紙が捲れる音。それに俺と簪の呼吸音が合わさって、心地の良い空間を演出していた。
親元を離れ、一人伊豆の大学に進学した青年が、親戚の家に居候することになる。
長旅の末に親戚が経営するダイビングショップに辿り着き、新たな生活に胸を躍らせながら中に入ると――
「んぶふぅっ!!」
――待っていたのは、全裸の男たちだった。
「...これ、本当に青春ものなのか?」
思わず読んでいた漫画を閉じて、この漫画の持ち主である簪にそう訊ねた。
簪は一見動じていないように見えるが、口角が若干上がっている。恐らくこの反応を予期していて、あえて言っていなかったのだろう。
想像と現実のギャップに困惑する俺に、簪は顔を隠しながら言った。
「......最後まで読んだら、分かる」
簪はそう言って、再び本を読み始めた。
簪の言葉を信じて読み進めると、コメディ要素がわんさか出てくる。
半裸で講義を受ける主人公、火のつくウーロン茶、裸エプロン(筋骨隆々)等、挙げればキリが無いほどだ。
数々のコメディ的描写を乗り越えて、ついに最後のページまで読み切ると、
「どうだった?」
ずずいと近づいてきた簪が、食い気味に訊ねてきた。
互いの顔の距離はおよそ30cm。楯無さんとはまた違った系統の可愛らしい顔に、正直若干緊張する。
一方の簪は、特段緊張する様子はない。
それもそのはず。明らかに興奮しているのだ。
今の簪の様子を表すなら、ふんすふんすという擬音が一番近いだろう。目の輝きが当社比3割増だ。
簪の子供のように純粋な目から逃れるため、俺は平静を装って感想を告げた。
「面白かったぜ。最初はジャンル詐欺かと思ったけど、こういうのもいいな」
「だよね...!」
しまった。余計近くなった。
今の発言を聞いた途端、簪の顔が俺の目の前わずか10cmにまで急接近した。
これほどの接近は一周目でも無いに等しかったので、緊張はかなり高まっている。
およそ数百年もの間、女どころか人にすら関わっていなかったことも影響して、ラウラと共同生活していた時期よりも耐性が低下していたりするのだ。
一刻も早く離れたいと思いながら、俺は勇気を出して簪に声をかける。
「か、簪」
「何...?」
いつもよりもレスポンスが早いのは、簪が興奮していることを表す何よりの証拠。
目は爛々と輝いていて、鼻息が荒いのもそれを裏付けている。
「...か、顔が近い...」
「......え?」
俺がそう告げた瞬間、簪はフリーズした。
まるで氷像のようにカチンコチンで、身体がまるで言うことを聞いていないように見える。
硬直が解けたのは、その数秒後。
「ひゃあっ!」
簪は悲鳴を上げながら、物凄い勢いで俺から離れた。
その速度は楯無さんの拳並に速い。更識生まれは伊達ではないということだろう。
「あ、あう、あうあうあうあう......」
簪は顔を真っ赤にして、もはや何語かすらも分からない謎言語を繰り返している。
顔の距離は離してくれたが、今度は別の意味で気まずい空間が出来上がってしまった。
この状況をどうにかせねばと必死で考えていると、ドアが開く音がした。
新たな来客がこの状況を打破してくれることを信じて、俺はドアの方を見る。
「一夏くん、そっちに私の携帯紛れてな...い...?」
「......
空気が一気に冷えた。
体感的には、以前束さんと一緒に旅行に行った南極よりも更に寒く感じる。
もはや関係の修復は不可能ではないだろうかとすら思えるほどに、簪の発する雰囲気は冷たかった。
「えっと、あの...か、簪ちゃん」
「......何?」
楯無さんの呼びかけに、簪は反応を見せた。
とはいえ、その声色は冷たい。一周目で簪とタッグを組もうと交渉していたときのそれと同じか、それ以上に。
俺が見てもわかるほど拒絶されているのだが、楯無さんは諦めずに告げる。
「は、話したいことがあるんだけど...いい?」
気圧されつつではあるが、何とか言い切った。
"妹との喧嘩が原因で、妹のことになるとヘタれる"とは虚さんと雑談していたときに聞いていたし、この絶対零度の威圧をモロに受けている状態だ。気圧されるのも無理はないだろう。
巻き込まれているだけの俺でも感じられるほどに冷たい雰囲気なのだから、当然と言ってもいい。
この状況になって何となく感じたが、一周目の簪とは拒絶の雰囲気が違うように見える。
一周目の簪は、どう足掻いても楯無さんに敵わないという劣等感から来る弱い拒絶というイメージだった。
しかし今の簪からは、敵意を根底とした強い拒絶を抱いているように感じる。
この二人の過去に何があったか、その詳しいことは分からない。
しかし簪が纏う雰囲気は、確実に楯無さんが語っていない何かがあるのだろうと思わせた。
「......貴方と話すことは、何も無い」
やはり簪の態度は頑なだ。
その冷たさは永久凍土のようで、やはり何か相容れないものがあるようだと直感する。
しかし、その相容れないものとは何か。それがどうにもわからない。
二人の仲の悪さの原因を考えていると、
「私は"更識"じゃない。"当主様"とは、きっと永遠に分かり合えない」
そう言って簪は立ち上がり、出口に向かって歩き出した。
進路上には楯無さんが立っているが、簪は視線すら向けずに楯無さんの横を通り過ぎる。
当の楯無さんは完全に硬直していて、声を出すどころか視線すら動かさない。
簪が医務室から立ち去り、開け放たれていたドアが閉まる。
その直後。
楯無さんの身体が、まるで糸が切れた人形の如く崩れ落ちた。
「.........あはは。こんなに嫌われてるとは、ちょっと予想外だったわね」
楯無さんの口から、声が漏れる。
その声色は弱々しく、少し触れただけでも砕けてしまいそうなほどに儚げだった。
無理をして笑っているのが、とても痛々しく見える。
何とか元気づけたくても、何を言えばいいのかがわからない。
以前は腹を割って話せばいいと言ったが、実情を見た今ではそうも言えなくなった。
腹を割る以前に、話すら聞いてもらえないのだ。これではとても、本音で語り合うことなど不可能だろう。
そう思った矢先、
「............あ、れ?」
一筋の涙が、楯無さんの目から零れ落ちた。
「......やだなぁ。涙、出てきちゃった」
楯無さんは指で涙を拭うが、溢れる涙は刻一刻と勢いを増す。もはや拭う程度では隠せない。
それでも、楯無さんは笑顔を浮かべていた。
涙の止まらない目を細め、悲しみに歪みそうな口角を上げて、無理に笑顔を作っている。
その表情からは、硝子のような印象を受けた。
「.........楯無さん」
「なぁに、一夏くん...?」
あまりの痛々しさに堪らず声をかけると、楯無さんは反応して俺の方に目を向ける。
涙で潤んだ瞳を見た瞬間、考えるより先に身体が動いた。
"何かを言わなければ"と、必死にそう考えていたのが嘘のように。
「............え?」
楯無さんを優しく抱きしめると、弱々しい声が耳元で漏れた。
吐息が若干こそばゆかったが、その感覚を頭の隅に追いやって言葉を絞り出す。
「無理に笑わなくていいんです」
背中に回した腕に少しだけ力を込めると、楯無さんは身じろぎを止めた。
完治していない右肩には、未だに焼けつくような痛みが残っている。楯無さんの顔を肩に乗せていることもあって、痛みは刻一刻と増していくのだ。
しかし、痛みというものは総じて、身体よりも心の方が辛いもの。楯無さんの感じている苦痛に比べれば、火傷の痛みなどなんてことはない。
「"更識"の人間は、ここにはいません。だから、泣いちゃってもいいんです」
俺はそう言いながら、楯無さんの背中をとんとんと叩く。
親が子供を寝かしつけるように。あるいは、若い男女が恋人を慈しむように。
暫くすると、楯無さんが俺の身体を抱きしめてきたので、俺も更に腕に力をこめる。
そうなってしまえば、すぐだった。
「...う、ああ、あああああああ.......っ」
楯無さんは、まるで子供のように声を上げて泣き始めてしまった。
けれど、それでいい。
裏社会に生きる暗部の当主とはいえ、中身はまだ16歳の女子高生なのだ。泣きたくなったときくらい、誰かに甘えたっていいだろう。
――俺はただ無言で、楯無さんの背中を叩き続けていた。
泣いたって、怒ったって、いいじゃないか。
人間だもの。
というわけで、今回は更識姉妹に焦点が当たりました。
簪ちゃんとのラブコメと、姉妹の確執。そして楯無さんの弱さが浮き彫りになる回です。
本作の楯無さんは基本万能な上に人たらしなのでなんでも出来るように思われますが、妹のことになると心が豆腐並みに脆くなってしまいます。
この二人、どうやったら仲良くなれるんだろう...
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
では、次の更新をお楽しみに。