IF一夏と束の話【凍結】   作:吊られた男の残骸

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明けましておめでとうございます(大遅刻)。
今年は出来るだけ更新間隔を空けないよう頑張ります。

では、本編をどうぞ。




【第十六話】 一夏と無人機と考察の話

 ゴーレム。

 かつて俺の成長を促すために束さんが開発した無人機にして、大苦戦を強いられた因縁の相手。

 それが今、ここにいる。

 俺のシールドエネルギーは二桁で、鈴のシールドエネルギーも恐らくほぼ枯渇状態だ。

 あまりにも状況が悪い。

 そう判断した俺は、秘匿回線で束さんに通信を入れようとして――止める。

 

「一夏っ!避けてぇぇぇぇっ!」

 

 鈴の叫び声で、迫るビームに気づいたからだ。

 近くにいた鈴を抱え、直感と反射神経に従って左に避けると、ビームは雪暮の装甲を掠めてアリーナのシールドに直撃した。

 雪暮のシールドエネルギーが尽き、身体が途端に重くなる。恐らくパワーアシストを低下させ、その分の余剰エネルギーをISの維持に回したのだろう。

 

『織斑くん!凰さん!今すぐアリーナから脱出してください!すぐに先生たちが制圧します!』

 

 山田先生から通信が聞こえてくる。

 その声は今までにないほど張り詰めていて、このような状況には慣れていないのだろうと思わせた。

 

『俺が時間を稼ぎます。その間に鈴を退避させてください!』

『許可できません!生徒さんにもしものことがあったら――』

 

 通信を切断しつつ、雪片で遮断シールドを削ってシールドエネルギーを回復する。

 エネルギー残量は数値にして47。零落白夜は使えないが、ゴーレムの性能が一周目と同じなら単独でも倒せるだろう。

 俺はそう判断して、まずは鈴を逃がそうとゲートに向かう。

 すると、

 

「一夏、アンタは逃げなさい」

 

 抱えられたままの鈴が、真剣な表情でそう言った。

 甲龍の装甲はボロボロで、見るからに半壊状態といった様相を呈している。とても戦えるようには見えないし、戦闘中に弾き飛ばしたはずの双天牙月も周囲には見当たらない。

 その情報からある事実にたどり着いた俺は、鈴にそれを指摘する。

 

具現維持限界(リミット・ダウン)起こしてるだろ。逃げるのはお前の方だ」

「...」

 

 それを聞いた鈴は、暫しの間沈黙する。

 恐らく俺を逃がすために強がっていたのだろうが、そんなことはお見通しだ。

 鈴のシールド残量はおおよそ把握しているし、自分で飛ぼうとしないことから、スラスターもイカれていると考えるのが自然。

 しかし、鈴はそんな状態でも俺を逃がそうとしてくれた。

 それに感謝しつつ、鈴を地面に降ろす。

 

「安心しろ。鉄屑如きに負けはしないさ」

 

 そう宣言して、俺はゴーレムに向かって飛翔した。

 

 

 

 

「織斑くん!聞いていますか!?織斑くん!!」

 

 管制室に、真耶の声が響く。

 本来プライベート・チャネルで声を出す必要はないのだが、よほど焦っているらしい。

 その気持ちはよくわかるが、ひとまず落ち着いて状況を確認するべきだ。

 我々教師が焦りを表に出しては、生徒たちの不安を煽ってしまうのだから。

 

「真耶、落ち着け。今ここで騒いでもどうにもならんし、ここにいる者の集中を乱すことになる」

 

 真耶を落ち着かせるため、私はコーヒーを差し出した。

 しかし真耶はそれを受け取らずに立ち上がり、今にも私に掴みかからんとばかりに言い放った。

 

「こうしている間にも、織斑くんと凰さんが危険な目に遭っているんですよ!?とても落ち着いてなんかいられません!」

 

 あまりの剣幕に、私は少しばかり驚く。

 真耶がこれほど語気を荒げたことは、私の知る限りでは一度として無かったからだ。

 しかし私は驚きを胸のうちにしまい込んで、真耶を諭すように語りかける。

 

「だからこそ落ち着くんだ。苛立ちや不安を叩きつけても、事態は好転しない。今我々がやるべきことは、凰を逃がすことだろう?」

 

 私の言葉を聞いて落ち着いたのか、真耶は椅子に座りながら弱々しく言う。

 

「それはわかっています。...でも、織斑くんはどうするんですか?」

「心配するな」

 

 その問いに、私はモニターを見ながら答える。

 モニターの画面には、ゴーレムの片腕を切断する一夏の姿が映っていた。

 

「あいつは弱くないし、あの機体(雪暮)もある。あの程度の輩に負けることなどあるまいよ」

 

 

 

 

 戦闘開始から、およそ3分。

 俺はゴーレムの攻撃を捌きつつ、動きのパターンを解析していた。

 一周目でも見たが、そのパターンは単純。離れれば高出力のビームによる砲撃を行い、近づけば回転しながらビームを撃つことで距離を放す。

 単純にして強力な攻撃に、技後に生じる隙をカバーできる化物染みた機動力。当時の俺たちが苦戦したのも頷ける。

 だが、今の俺にとっては脅威にならない。

 

「ここだな」

 

 瞬時加速を利用してゴーレムに接近しつつ、俺は右手に握る雪片を振りかぶる。

 対するゴーレムは俺に腕を向けてビームを連射するが、雪片が数度ほど閃くと同時にそれは消失する。雪片に搭載されているエネルギー吸収能力が、ゴーレムのビームを俺のエネルギーに転換した証だ。

 亜音速で突進した俺とゴーレムが交錯すると同時に、雪片を握る右手に確かな手応え。

 ゴーレムの左腕を切断したと認識するのに、時間はかからなかった。

 

「まずは一本。...っと、危ねぇ」

 

 俺を殴り飛ばさんと振るわれた右腕を避けざま、戦闘中に回収した吹雪で肩関節を切断する。

 ついに両腕を失ったゴーレムは、最後の抵抗と言わんばかりに特攻してくるが、その動作はあまりにも隙だらけ。

 それを受けてやるほど、俺は甘くない。

 

「そら、最後だ」

 

 俺は慌てずに日暮を放ちつつ、零落白夜を発動。動きの止まったゴーレムに致命の突きを放つ。

 その突きは独特な手応えとともにシールドバリアを貫通し、見事にゴーレムのコアを捉えた。

 コアを破壊されたゴーレムは活動を停止し、俺の腕に全重量がかかる。

 いくら俺でもゴーレム一機の重量を刀の先端で支えるのは無理があるので、雪片を量子変換してゴーレムを落下させた。

 

『織斑です。敵ISを破壊しました』

 

 落下するゴーレムを見ながら管制室に通信を入れると、千冬姉が返事を返してきた。

 

『――よくやった。すぐに帰投して、メディカルチェックを受けてこい。報告はその後で聞く』

『了解。ついでにISの残骸も運んでおくよ』

 

 千冬姉の口調は淡々としているが、その声色には安堵が滲んでいる。

 ついプライベートと同じ口調で返事をしてしまったのだが、全く咎めなかったのがその証拠だ。

 すっかり気を抜いていた俺は、ゴーレムの残骸を回収しながらピットに向かう。

 その最中、ハイパーセンサーが反応する。 

 

 ――警告!500m上空に熱源!ピットがロックされています!

 

 その表示を見た俺は、ゴーレムの残骸を投げ捨てながら展開装甲を全て展開。瞬時加速を発動して射線上に躍り出る。

 その直後、光の奔流が俺を呑み込んだ。

 

「がああああああああああっ!!!!」

 

 雪片のエネルギー吸収で防ごうと試みたが、あまりの高出力に吸収しきれず、余波が肌を焼く。

 焼かれた肌に奔る激痛を気合いで堪えながら、俺は砲撃を放ったISに瞬時加速で特攻を仕掛けた。

 真っ白に染まる視界の中、何かを切り裂いた手応えを感じる。

 それと同時に、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

「......ぅ、あ...」

 

 ふと。

 近くに気配を感じて、目を覚ました。

 見覚えのある景色が視界に飛び込んでくるが、それと同時に痛みが奔る。

 全身を覆うような痛みの正体は、間違いなく先の戦闘での火傷だろう。

 

(......(一周目)より、重傷だな)

 

 内心でそう呟きつつ、気配を感じた方向に視線を向ける。

 すると、予想外の人物がそこにいた。

 

「――千冬姉?」

「ああ。おはよう、一夏」

 

 そう言った千冬姉は、ベッドの脇にある丸椅子に腰掛けている。

 千冬姉の表情には、安堵の色が浮かんでいた。どうやら、それなりに心配をかけていたらしい。

 俺がそれに気付いたことを察したのか、千冬姉は赤くなりながら咳払いをする。

 そして、表情を引き締めながら告げた。

 

「お前の容態についてだが、身体の所々に火傷がある。運び込まれた時点ではもっと重傷だったのだが、ISの生体再生機能が働いたらしい。この調子なら、数日あれば治るはずだ」

 

 千冬姉は淡々とした口調でそう言うが、それはとっくのとうに理解している。

 生体再生の再生速度も、その範囲も、全て一周目で学習し、そして実際に体感しているからだ。

 それとは別に、気がかりな事はいくつもある。

 例えば鈴や観客、ピットに詰めていた教師陣や試合を控えていた生徒の安否もそうだし、他のアリーナで襲撃が行われたかも気になる。無論、最後に現れた増援のことも。

 俺はそれらを訊ねようとして、中断する。

 何故なら――

 

「気になっているだろうから言っておくが、あの乱入者によって被害を受けたのはお前だけだ」

 

 千冬姉が説明を始めていたからだ。

 俺は半開きになっていた口を閉じて、真剣な表情で千冬姉の説明を聞いた。

 

「凰と観客は避難を済ませていたし、最後の砲撃もお前が盾になったお陰で被害はゼロ。増援の機体は、お前の最後の攻撃で活動を停止した」

 

 そこまで聞いて、俺は安堵の息を漏らす。

 俺の身体は酷い有様とはいえ、とりあえず学園の皆を守ることができたのは喜ばしいことだ。

 

「...俺の行動は間違ってなかったんだな」

「間違いではないが、無茶をしすぎだ。見ているこっちの肝が冷えたぞ」

 

 千冬姉には怒られてしまったが、あの時の俺の行動を考えればそれも仕方ないことだろう。

 後で補充したとはいえ、シールドエネルギーがほぼ無い状態で乱入者に突っ込んでいったり、アリーナのシールドバリアを貫通する超高出力の砲撃を真正面から受け止めたりと、かなり無茶をしていたのだから言い返せない。

 痛いところを突かれた俺が唸っていると、

 

「...だが、お前の行動のお陰で人命が守られたのは事実だ。――よくやった」

 

 優しい声色で、千冬姉はそう告げたのだった。

 

 

 

 

 千冬姉が去っていった後、俺は目を閉じて考察に耽っていた。

 というのも、先の戦闘で負った火傷が予想外に酷く、ISのダメージがわりと大きかった事もあって生体再生が追いついていないためだ。

 手持ち無沙汰で娯楽もないのなら、一周目と二周目の違いについての考察をしようと思い立ったのである。

 

 クラス対抗戦が終わったこの時期までに起きた出来事の大筋は、一周目も二周目も変わっていない。

 とはいえ、無視できない事項も多々ある。

 ゴーレムが複数出現したこと、ISのデザインや武装の変化、一周目以上に強い専用機持ちなど、思いつくだけで三つ。無視できる程度の小さい変化も合わせれば、相違点は計り知れない数になるに違いない。

 

 時間を跳躍してから約1年9ヵ月。それまでに確認できた元の世界との変化と時間跳躍との関係性を照らし合わせてみると、理屈に合わない物が幾つかある。

 当たり前の事だが、時間跳躍者が時代に干渉できるのは跳躍後の時代からの未来だけであり、跳躍後の時代より過去には干渉できない。

 

 そこから考えられる可能性は二つ。

 一つは、何者かがこの時代より過去に干渉した可能性。

 そして、もう一つは――

 

「――歴史そのものが異なっている可能性、か」

 

 歴史の相違。

 単純に時間を遡るだけでは絶対に起き得ない事象だが、ある仮説に基づけば簡単に説明がつく。

 その仮説とは、至ってシンプルなもの。

 束さんが理論を発見し、そして製作したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのではないか。という仮説だ。

 もしこの仮説が当たっていたとすれば。

 それは、俺の知識の信憑性が失われるということに繋がってくる。

 そうなってしまえば、今後は未来を当てにしての行動が出来なくなるのだ。

 悪魔が想定以上に早く襲撃してくる可能性もあるし、シャルが男装せずに入学してくる可能性もある。

 それらの思いつく可能性を全て想定して、一つ一つに対策を練らなければいけない。

 考察を終えた俺は、

 

「...寝るか」

 

 そう呟いて、眠りに落ちた。

 

 ――何かを忘れているような、漠然とした不安感に包まれながら。

 

 

 

 

 




...(無言のゲス顔)



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