IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
戦闘描写多めでお送りします。
では、本編をどうぞ。
鈴を振ってから数日が経ち、ついにクラス対抗戦が始まろうとしている。
結局、あれからも箒とは話せていない。
鈴と箒の仲は深まったようだったが、俺と箒の間にはむしろ距離ができていた。
しかし、そんなことを気にしていても仕方がない。
今はクラス対抗戦の直前で、一回戦の対戦相手である鈴の実力も今のところは未知数だ。色恋沙汰に思考を割ける余裕はない。
「...まずは、鈴に勝つことだな」
そう呟いて、俺はピットに向かって歩き出した。
◇
「――スラスター出力...良し。パワーアシスト増幅値...良し。機体反応速度...良し。とりあえず、機体に問題はないな」
試合を目前に控えた俺は、割り当てられたピットで雪暮の最終調整をしていた。
"整備不良で負けました"なんて言い訳は許されないし、そもそも言い訳は俺の好みではない。
俺が雪暮の調整を終えると、
「織斑、パス」
呼びかけと同時に、ピットの入り口の方からスポドリが飛んできた。
スポドリが飛んできた方向を見ると、そこには整備科のアーキマン先生がいる。
先生曰く、
『織斑の整備が速すぎて、アタシが邪魔になりそうな気がする』
とのことだったので、俺が整備をしている間に飲み物を買いに行ってもらった。
代金を渡そうと思ったが、奢ってやると言ってくれたので素直に受け取っておく。
あまり強引に代金を渡しても、むしろ印象を悪くするだけだからだ。
「ありがとうございます」
「いいっていいって。どうせアタシの技術じゃ織斑に敵わないしさ」
俺がお礼を言うと、アーキマン先生は手をひらひらと振りながらそう言った。
先生はいわゆる姉御肌というやつで、部活の部員から大いに慕われているらしい。
というのは、虚さんからの情報だ。
因みに、前にセシリアと戦った時に付いてくれた先生は3年生の会場で整備をしているらしい。
『試合開始時間まで、残り5分です。対戦する選手は、アリーナに入場してください』
取り留めのない思考をしながら柔軟をしていると、無機質なアナウンスがピット内に響いた。
それを聞いた俺は、周辺に置いてあった整備道具とスポドリを手早くまとめて壁の方に追いやり、すぐさま雪暮に乗り込む。
すると、アーキマン先生が声をかけてきた。
「...あー、織斑」
ゲートの目の前に移動していた俺は、振り返ってアーキマン先生の方を見る。
すると、先生は人に好かれそうなからりとした笑みを浮かべながら言った。
「頑張れよ。アタシは応援してるぜ」
その応援にサムズアップで応えて、俺はピットからアリーナへと躍り出た。
規定の位置につくと同時に、激しい歓声が俺の鼓膜を叩く。
それは鈴も同じのようで、少しばかり鬱陶しそうに眉を寄せていた。
「客席は超満員ね...客寄せパンダってやつ?」
「その名前はお前に譲るぜ。名前からしてパンダだろお前」
鈴のついた悪態に、俺は
口をついてというわけではないが、明らかにヤバい発言をしたとも思ったが――
「いいじゃない。貰うわ、
しかし、鈴は動じていない。
一周目の鈴なら絶対にキレるのだが、今ここにいる鈴はそんな様子を微塵も見せないのだ。
これが俺の行動の結果なのか、それとも元々の性質なのかは判断がつかない。
だが、どちらにせよ喜ばしいことだろう。
幼少の頃に刻まれたトラウマが、一つ無くなっているのだから。
「な~にニヤけてんのよ。試合始まるわよ」
そう言うと、鈴は双天牙月を展開する。
そのデザインはいつか見た刀刃仕様のもので、鈴の戦闘スタイルが変わっているという疑惑が生まれた。
無論、その構えは二刀流のそれだ。
「...猿真似じゃなさそうね」
「古流剣術だよ。箒の親父に教わったんだ」
俺の言葉を聞いた鈴は、口角を限界まで上げた獰猛な笑みを浮かべる。
いつものからりとした笑みではなく、迸る闘志に身を任せているかのような表情だった。
「行くぞ、鈴」
「来なさい。一夏」
アリーナ全体にブザーの音が響き渡ると同時に、俺は
「...ッ!」
かなりギリギリだったらしく、鈴は苦悶の声を漏らしていたが、俺は攻撃の手を緩めない。
左右の手に持った雪片と吹雪を台風の如く振り回し、鈴の隙を探すように縦横無尽に斬りつける。
だが、鈴も然る者。
流れるような動きで刀刃仕様の双天牙月を操り、俺の斬撃を
その尋常ならざる技術と反応速度に、俺は少なからず驚愕する。
「マジかよお前...!」
「こっちの台詞...よっ!」
驚愕から僅かに生まれた綻びに反応した鈴は、双天牙月を神速で振り抜くと同時に、両腕の小型衝撃砲を速射する。
狙いは両腕に持つ雪片と吹雪。鈴の目論見通り、腕が弾かれると同時に雪片と吹雪が弾き落とされる。
だが、その行動は予測済み。
「行けよビット!」
「嘘っ!?」
ゼロ距離で肩の日暮を展開し、鈴の四肢に突き刺す。この距離で、まして攻撃体制に入っているなら回避は不可能だ。
ビットの直撃に動揺した鈴が双天牙月を取り落とすが、だからといって加減はしない。
俺は鈴の隙をついて
「かひゅ...っ!」
鈴の肺から息が漏れたと同時に、マウントを取って拳を握りしめる。
常人であればこの時点で戦意を喪失し、一も二もなく即座に降参するだろう。
しかし、
「舐めんじゃ、ないわよ...!!」
鈴の闘争心は微塵も衰えていなかった。
小型の衝撃砲が俺の腹に立て続けに撃ち込まれ、身体を浮かされる。
離脱しようにも、左腕をがっちりと掴まれていて逃げられない。
――
「アンタの持ってた漫画に、確かこんなシーンがあったわよね。
両肩の衝撃砲が展開し、俺に狙いをつける。
どうにかして離脱しようにも、鈴は両手で俺の身体をがっちりと固定している。今の雪暮ではとても離脱できないほどに。
そんな俺に、不可視の
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」
「ぐ...あああああっ!」
左右の肩の衝撃砲が連続して放たれ、俺の身体を歪ませる。
それはまるでマシンガンの如く、全身をくまなく打ち付けるように放たれていた。
この状態から逃げるにはどうすればいいか?
そんな問いが脳を巡る間にも、シールドエネルギーは激しいスピードで減少している。
シールドエネルギーの残量が半分を切ったのを見て、俺は無理矢理スラスターを吹かした。
上手く行くかどうかは分からないが、他に手は残っていない。
「オ...ォォォォォォォオオォッ!」
烈拍の叫びと同時に、俺は二段階瞬時加速でアリーナのシールドに突進。掴まれていない膝を鈴の腹に置き、そのままシールドの壁面を滑るように加速した。
「ガッ...ァァァァァァアアッッ!!」
「ぐっ...ぅぅぅぅぅぅううっっ!!」
ガリガリガリガリガリィィィィィィッ!!!!という不快な音と共に、鈴のシールドエネルギーが削れていく。それと同時に、未だに撃ち続けられている衝撃砲によって俺のシールドエネルギーも削れていく。
鈴のエネルギーも残量は多くないだろうが、このままでは俺のエネルギーが尽きるまでに間に合わない。
そう考えた直後、鈴が俺から左手を放して俺の脚を腕の衝撃砲で撃ち、脚と腹の間に隙間をつくる。
その直後、轟音と共に俺が弾き飛ばされた。
衝撃砲による攻撃かとも思ったが、そうではないと言うように記憶が蘇る。
衝撃砲で俺の脚を弾いた直後、鈴は自分の左腕を限界まで右側に伸ばして拳をアリーナのシールドに密着させ、その状態のまま衝撃砲をアリーナに向かって放っていた。
鈴の拳は反作用によって加速し、裏拳が馬鹿げた速度で俺の腹を捉える。
その瞬間、鈴の拳からダメ押しと言わんばかりの衝撃砲が放たれ、俺は激しく吹き飛ばされた。
その光景を全て思い出した俺は、鈴の恐ろしい技術に改めて驚愕する。
それが1年という短い期間で代表候補生に登りつめるほどの努力の賜物なのか、はたまた生まれ持った戦闘センスの恩恵なのかはわからない。
ただ、油断は全くできないと改めて感じた。
「...えげつない戦法ね。まるで漫画の悪役みたいだったわよ?」
「...お前が言うなよ、ジョジョもどき」
俺達が互いの戦法に対して悪態をつくと、どうにも堪え切れなくなって俺達は吹き出す。
ちらりと客席に視線を向けると、困惑している様子が伝わってきた。
「あー、駄目だ駄目だ。こんな方法で決着すんのは何か違うな」
「そうね、何か性に合わないわこれ」
俺達は笑いながらそう言って、弾き飛ばされた各々の獲物を手に取って構える。
客席からは困惑が薄れ、少しずつ静かになっていく。
そんな雰囲気の中、俺は訊ねた。
「鈴、シールドエネルギーは?」
セシリアあたりならまず間違いなく答えてくれないだろうが、鈴は素直な性格だ。
恐らく正直に答えてくれるだろうと思ってた訊いてみたが、どうやら読みは的中したらしい。
「73ね。アンタは?」
「57だ。似たり寄ったりだな」
俺の返答を聞いて、鈴は試合開始前にも見せた獰猛な笑みを浮かべる。
いや、今この場においては、"は"ではなく"も"と言った方が正しい。
理由はとうに分かりきっている。
俺もきっと、同じような
「じゃあ、そろそろ――」
「決着をつけるわよ!」
俺達は互いの持つ最高の武器を構え、自身に今できる全ての技術を使って突進する。
そして、
「やるな...!」
「アンタこそ...!」
先程までの荒々しい喧嘩ではなく、互いの持てる技術を尽くした流麗な斬り合いに、観客達は先程までとは毛色の違う歓声を上げる。
俺の振るう剣は篠ノ之流をベースとした複合流派。かつて更識家にいた頃に習った技術や、戦いの中で編み出した独自の技も含まれている。
対して、鈴の剣は恐らく完全な我流。時折持ち前の戦闘センスによってとんでもない攻撃が放たれるが、全体的にはまだ荒削りだ。
純粋な乗り手の技術が要求される今のような状況では、どれだけ戦闘センスがあっても純粋な技量差を覆すのは難しい。
力自体はむしろ俺の方が強かったらしいが、楯無さんは一つ一つの技術が俺を遥かに上回っていた。
故に、簡単に手玉に取られたのだ。
今の俺と鈴の間には、
現に、鈴の攻撃は一つとして当たらないが、俺の攻撃は時折鈴に当たっていた。
「いいわね!これよ、これこそ戦いよ!」
「ああ、俺も同意見だ!」
少しずつ削られるシールドエネルギーを見た鈴は、その方がむしろ燃えると言わんばかりに剣速を上げる。
それに呼応するように俺も剣速を上げて対応するが、ついに避けきれない攻撃が俺の肩を掠めてシールドを削る。
エネルギー残量、わずか48。
ここまでくれば、クリーンヒット一発でエネルギーが空になりかねない。
だが、
「上等!」
俺は守りを薄くし、あえて攻めに偏重する。
もはや博打。勝とうが負けようが関係はなく、楽しめればそれでいいとさえ思いながら雪片を振るう。
「ォォオオオオオオオオオ――ッ!!」
「ぁぁあああああああああ――ッ!!」
烈拍の気合を乗せた咆哮と同時に、俺達は合わせ鏡のような姿勢で剣を振り下ろす。
ちょうど俺達の中間で二振りの剣が衝突して火花を散らし、コンマ数秒ほど拮抗した。
そして――
――キィンッ
二振りの剣の片方が、折れた。
折れたのは、
「嘘...っ」
目を見開く鈴の首筋に雪片を添え、俺は静かな声で宣言する。
「決着だ、鈴」
「うん。アタシの負けね」
試合が終わる。
鳴り響くブザーと共に、いざ勝者宣言をしようと放送席の生徒が息を吸い込む音が微かに聞こえた。
そして、彼女は高らかに勝者の名前を叫ぶ。
「勝者、織m――きゃあああああ!」
しかし、
その代わりと言わんばかりに、荷電粒子砲がアリーナの中心に撃ち込まれたからだ。
轟音と共に、アリーナ中から女子の叫び声が響き渡る。
その声色は、恐怖に染まっていた。
なんてことだ、と。
一夏は心からそう思った。
「ゴーレム...!」
――遮断シールドを撃ち抜いて、鉄の巨人が舞い降りる。
ゴーレム戦は次の話に持ち越し。
時期が時期なので、クリスマスから正月にかけて短い番外編を何本か投稿するかもしれません。
それでは、次回の更新をお楽しみに。