IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
更新再開から8日(時間的にはほぼ9日)ほど経ちましたが、今のところはなんとかモチベを保てている模様。
やはり目標を立てるのはいいことですね。
では、本編をどうぞ。
時は流れ、クラス対抗戦が5日後に迫る頃。
あれから、箒たちとは話していない。
箒は明らかに俺を避けている節があるし、鈴とは予定が噛み合わなくて会えてもいない。
しかし、それでも時は流れていく。
◇
「これが、完全版の打鉄弐式か...」
俺は今、簪と二人で第六アリーナに来ていた。
その理由は打鉄弐式の飛行テストであり、そして打鉄弐式のお披露目も兼ねている。
俺と簪は敵同士なのだが、そこは気にしないことにした。
それを言ってしまえば、マルチロックオンシステムのデータを提供した段階で俺は裏切り者ということになってしまうからだ。
「機体の調子はどうだ?」
「...悪くない。...これなら、戦える」
「オーケー。じゃあ早速飛ぶか」
そう言いながら、俺と簪は自分の機体を偏向重力カタパルトに両足をセットする。
空中投影ディスプレイに浮かぶ『Ready』の文字が『Go』に変わった瞬間、俺達は第六アリーナの空へと飛びだした。
俺が機体の速度を徐々に上げていくと、負けじと簪も速度を上げて追従する。
タワーの先端部に辿り着く頃には、キャノンボール・ファストのレース中のような超高速にまで到達していた。
「よっしゃあ!俺の勝ち!」
「......むぅ...負けた...」
結果は、俺の勝ち。
そもそもの機体性能に開きがある上に、打鉄弐式はまだテスト段階なのだから当然と言えば当然だ。
けど、そんなことは関係ないと言わんばかりに俺は声を張り上げる。
勝負事に勝つというのは、いくつになっても、どれだけ強くなっても嬉しいものなんだ。
正面にいる簪がむすっとしているが、それはまあ仕方ない。
勝負というものは、基本的には片方が勝利するものなのだから。
「それにしても、打鉄弐式は凄いな」
「......お世辞は...いらない...」
俺に負けたからか若干拗ねている簪に、俺は今の飛行テストを見た感想を伝える。
「高速飛行でも安定して飛べてた。ほぼ未調整でこれってことは、次期主力量産機の座も狙えるんじゃないか?」
「......扱いやすかったのは、否定しない。...けど、それを言うなら一夏の機体の方が凄い」
俺の言葉を聞いた簪は機嫌を少し直して、俺の機体を褒めてきた。
この機体はとてつもなく操縦が難しくて、一周目では慣れるまで2ヵ月はかかったほどのじゃじゃ馬だ。
それを考えれば、打鉄弐式の方がよほど素晴らしい機体だろう。
一般的に必要とされるのは、扱いづらいワンオフ機ではなく扱いやすい量産機なのだから。
「操縦性と安定性が高いってのは俺の機体には無い長所だぜ。なんせこの機体、とにかく遊びがないからさ」
「......なるほど。...つまり、私の機体がグレイズで、一夏の機体はバルバトスってこと...?」
簪の発言を聞いて、俺は苦笑する。
というのも、簪がISを某ロボットアニメに例えたから
簪の例えが、雪暮の本質を見事に突いていたからである。
そう。本来の雪暮は、生体同期型ISと同調することで真価を発揮するISだ。
単体の性能も高いが、それだけでは第四世代ISの領域を出ない程度でしかない。
つまり、
「ま、そんなところだ。じゃあそろそろ降下するぞ」
「...了解」
俺は内心を隠しながら適当に対応し、話を強引に切り上げて降下する。
先ほどとは違って、今度はゆっくりと。
一周目のように事故が起きる可能性は捨てきれないので、簪とは常につかず離れず程度の距離感を保っているが、会話はない。
無言の間が続くのが辛かった俺は、簪に話題を振ることにした。
「とりあえず、機体に問題はなさそうだな。武装テストは大丈夫なのか?」
「......相手はこっちで用意してる。だから、大丈夫...」
俺が武装面のテストをしていないことを指摘すると、簪は相手を用意していると返してきた。
簪にとって、俺はあくまでも敵だ。今の段階で手の内を知られるのは得策でないと判断したのだろう。
「そうか。じゃあ、俺は先に戻るよ」
「......うん。...またね」
「おう。またな」
軽く挨拶を交わしながら、俺は簪から離れてピットに戻る。
そこで雪暮を待機形態に戻して更衣室に行き、制服に着替えて外に出た。
すると、そこには人影があった。
その人影は、よく知った声で俺を呼ぶ。
「待ってたわよ、一夏」
そこにいたのは、言わずと知れたセカンド幼馴染。
――
◇
「それで、話って何だ?」
鈴と会った後、俺は屋上に来ていた。
景色はとてもいいのだが、潮風を嫌う女子もわりといるので意外と人は少ない。
ここでなら、秘密の話もしやすいだろう。
「アンタはさ...」
鈴はそこで、不自然に言葉を切る。
そして、少しだけ耳を赤くしながら言った。
「――約束、覚えてる?」
忘れるはずがない。
"料理が上手くなったら、毎日酢豚を作る"という約束は、もはや俺にとってはトラウマとも言える後悔の一つだ。
あの時ちゃんとした返事を返しておけば、あるいは鈴を救えたかもしれない。
ISになんか乗らず、大人になってから日本に戻ってきて、中華料理屋を始めて、それなりに幸せな人生を送ることが出来ていたかもしれない。
そんな可能性を、あの約束の時に潰してしまっていたのだろうと。
俺はこの数百年間、ずっと後悔し続けていた。
「アンタ、顔色悪いわよ。...大丈夫?」
そう言われて、俺は我に返る。
"何を狼狽えている。今こそ告白への返事を返すべき時だ"と心が叫ぶ。
そうだ。実にその通りだ。
それしかない。この場に鈴がいる以上、それ以外に選択肢はないのだ。
このチャンスを逃す訳にはいかない。
逃してしまえば、また失うのだから。
「...いや、大丈夫だ。元気ってわけでもないけど、平気だよ」
「本当に大丈夫なの?無理してない?」
どうやら鈴は、突然様子がおかしくなった俺のことを心配しているらしい。
無理もないだろう。
隣にいる親友の顔から急に血の気が引いたら、そりゃあ誰だって心配する。
まして、鈴は俺に好意を寄せているんだ。
相当心配そうな表情で俺を見つめているのも、いつもとは違って大人しいのも、ある意味当然なのかもしれない。
だけど俺は、その感情に応えてやれない。
そう決めてしまったのは俺だ。
他の誰でもない、自分なんだ。
「大丈夫だって。...それで、約束の話だったよな」
「えっ!?...う、うん...」
内心では動揺していることを隠しながら、俺は話を約束の件に戻す。
胸がズキンと痛んだが、それをあえて無視して話を進めた。
「一字一句完璧にって自信はないけど、覚えてるぜ。"料理が上手くなったら、毎日酢豚を食べてほしい"ってやつだろ?」
俺がそう言うと、鈴は呆けた顔になる。
しかしそれは一瞬で、すぐにニヤけ始めたのがわかった。
必死に自分の感情を隠そうとしているのがまるわかりで、こんな可愛い一面もあったんだなと再認識する。
「...アンタの事だから、忘れてるかと思ってたわ」
鈴はぶっきらぼうな口調でそう言うが、本人の表情が嬉しいと物語っていた。
それとは対照的に、俺の胸の痛みは刻一刻と増していく。
きっと、鈴を振ることに罪悪感を感じているのだろう。
「忘れるわけねぇだろ。...だから、さ」
しかし、そんなことに構ってはいられない。
構っていては、何もできないから。
このままズルズルと引きずって、なあなあになって、同じ悲劇を繰り返すから。
「その約束の返事をさせてくれ。今、ここで」
だから俺は決断した。
今日この時をもって、甘い夢を終わらせると。
「...うん。じゃあ、改めて言うわよ」
すっかり真っ赤になった顔で俺を見据えた鈴は、一度大きく深呼吸した。
その動作で緊張を抑え込んでいるのだろう。
そして、溜めに溜めたであろうありったけの想いを乗せて、鈴は告げる。
――かつて交わした、約束の言葉を。
「一夏。毎日あたしの酢豚を食べてくれる?」
ぐらり、と。
その言葉を聞いただけで、俺の決意は揺らいでしまった。
"本当に振ってしまうのか"と、本能が揺さぶりをかけてくる。
それほどまでに、今の鈴は魅力的だった。
けれど。
それでも――
「ごめん。それはできない」
俺は意志を曲げなかった。
その返事を聞いた鈴の表情は、ひどく悲しそうに見えた。
俺の表情も、きっと鈴からは今にも死にそうな顔に見えているだろう。
胸の痛みは今も激しさを増し続けていて、掻き毟ってしまいたくなるほど苦しい。
しかし、これでも鈴の心の痛みには及ばないだろう。
それがわかったから、俺はこの胸の苦しさを気合でねじ伏せ、まっすぐに鈴を見据えた。
きっと、それこそが男の礼儀なのだ。
女を振ったのならば、決して迷っている姿を見せてはいけない。
堂々としていなければ、振った相手に失礼だから。
どれだけの時間、無言でいたのかはわからない。
空はすっかりオレンジに染まり、日はだんだん沈んでいく。
そして、俺が何かを言おうとしたその時。
鈴はくるりと後ろを向いた。
「薄々わかってた。一夏はきっとこう言うだろうなって」
鈴は俺に背を向けたまま、優しく声をかけてくる。
また胸が痛み始めて、俺の表情は更に歪む。
しかし、鈴は突如振り返って言い放った。
「でも、アンタがフリーでいる限り、あたしは絶対諦めないわ」
それはきっと、鈴の覚悟。
たとえ報われなくとも、決して愛することをやめないという鋼鉄の意志だ。
鈴は勢いのままに俺の顔に指を突きつけ、そして笑顔でこう言った。
「覚悟しておきなさいよ。いつか絶対に振り向かせてやるんだから!」
――その顔は、今までで一番可愛らしかった。
◇
「...行った、わよね」
既に日が半分ほど沈んで、空が暗くなり始める頃。
あたしは、未だに屋上にいた。
「あーあ。結局フラれるのかぁ...」
そう呟いて、あたしは屋上の柵にもたれかかる。
思えば、一夏に惚れたのは小学生5年生の頃だった。
そこから今まで、5年ほど経っている。
5年もの間、あたしが一人の男を想い続けることになるとは、きっと一夏に会う前は予想していなかっただろう。
夕日に視線をやると、昔のことを思い出す。
一夏が虐めから助けてくれた時も、一夏と例の約束をしたのも、同じような夕方だった。
そして、初恋が終わったのも。
どうやらあたしの思い出は、全て夕日の中に詰まっているみたいだ。
涙は出ない。
悲しくないわけじゃないし、悔しくないわけでもない。
けれど、不思議と泣く気は起きなかった。
確かに悲しいし、悔しいけれど、それと同時にホッとしたんだ。
このままズルズルと引きずって、なあなあになって、そのまま終わるのは何より嫌だったから。
それに、一夏の表情は死ぬほど辛そうだった。
一夏は誤魔化すみたいに真剣な顔をしていたけど、あたしにはわかる。
死ぬほど辛いのを我慢して、吐きそうになるのを意地で抑え込んで、逃げずにはっきりと終わらせてくれた。
感謝こそすれ、恨むことなんかできない。
そんな複雑な心境のまま、刻一刻と暗くなっていく空を眺めていると、
「ここにいたのか、凰」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
それは凛としたハスキーボイスで、美しくも覇気のある美声。
あたしが思わず振り向くと、声の主は姿を見せる。
「まったく、お前のせいで鍵がかけられないじゃないか。私のプライベートに影響が出たらどうしてくれるんだ?」
声の主はあたしを見据えて、冗談めかした口調でそう言った。
そう。彼女の名前は、
「――千冬さん?」
――織斑千冬。
あたしの想い人である一夏のお姉さんで、世界最強のIS乗り。
容姿端麗にして文武両道。一夏曰く"家事ができないのだけが欠点"らしいが、彼女の凛とした佇まいはあたしにとっても一種の憧れだった。
「本来は織斑先生と呼べと言うところだが、まあ今は許してやろう」
その発言で、あたしは失言に気づく。
どうやら気づかないうちに昔の呼び方で呼んでしまっていたらしい。
あたしが謝罪すると、千冬さんはひらひらと手を振る。今は一応プライベートの扱いらしい。
とはいえ、流石に告白した相手の姉に失恋したという話もできないので、あたしは黙りこくるしかなかった。
その様子を見た千冬さんは、
「一夏のことか?」
――いきなり爆弾を投下した。
「な、なんで...」
考えていることを言い当てられてしまったことに動揺して、意図せずそれを自白してしまう。
すると、千冬さんは口元に笑みを浮かべながら言った。
「十代女子の考えていることくらい、嫌でもわかるさ。...大方、告白の意味が伝わっていなかったとか、そんなところだろう?まったくあの馬鹿は...」
「あっ、いえ、その...」
千冬さんの言葉をつい否定してしまった瞬間、千冬さんの表情が変わった。
まるで「話せ」と言うような顔で、千冬さんは私を見据えている。
その真面目な表情に負けて、ぽつりと。
気づけばあたしは、さっきの出来事を口にしていた。
「...フラれたんです。一夏に」
千冬さんの表情が僅かに変化した。
それを見て、口は再び動く。
その動きは重いけれど、今は話さなきゃいけない気がしたから。
「実は中学生のときに告白してて、その返事を今貰ったんです。...アイツ、アタシより辛そうな顔でごめんって言ってました」
あたしが話している間、千冬さんはずっと沈黙を保っていた。
あの人はあの人なりに、真剣にあたしの話を聞いてくれているのだ。
そう思うと、自然と口が回っていく。
「でも、少しほっとしたんです。あのままズルズル引きずって、なあなあになって、なし崩し的に終わるのは嫌だったから。...キレイに終わらせてくれて、嬉しかった」
そこまで言うと、千冬さんは表情を変えた。
千冬さんは、まるで遠い過去を見るように、とても穏やかな表情で夕日を眺める。
そして、過去を懐かしむような口調で言った。
「...成長したんだな。一夏も、お前も」
「...え?」
千冬さんの言葉に、あたしは目を丸くする。
思わず声を出してしまったけれど、千冬さんはこちらを向かない。
あくまでも独り言のように、ぽつりぽつりと語り続ける。
「一夏は恋愛感情を理解できるようになったし、お前は感情に折り合いをつけることができるようになった。これも男子三日会わざれば、というやつか...」
その声色には、どこか後悔の念のようなものが感じられた。
それは中学生の時、弾や数馬と一緒に一夏の家に行ったある日。たまたま一夏が席を外していて、千冬さんとあたし達の四人で話した時と同じ声色だった。
『私はろくに一夏を構ってやれなかった』
『生きていくために金が必要だったのも確かだが、きっとあいつには隣にいてやることが大切だったはずだ』
『今の私には職があるから、これからも側にいる事はできないだろう』
『だから、お前たちが側にいてやってくれ』
『お前たちのような友人がいれば、きっとあいつも――いや、これは言うまい』
『だから...一夏の事を、頼んでいいか?』
その言葉は、今もあたしの心の中に残っている。
確かあの時は、弾が真っ先に返事をしていたような記憶がある。
それに引きずられて、皆で啖呵を切ったんだったか。
そんなことを思い出していると、千冬さんはいつの間にかあたしの目の前に立っていた。
「...なあ、凰」
「は、はい」
つっかえながらも返事を返すと、千冬さんは微笑を浮かべる。
そして、ぽん。と、
あたしの頭に手を置いた。
「――今くらいは、大人に甘えろ」
ぎこちない手つきで頭を撫でながら、千冬さんは続ける。
「安心しろ。ここには私しかいない。泣いても誰も咎めんさ」
その言葉を聞いて、ついに涙腺が崩壊した。
一度溢れた涙は止まらずに、あたしの頬を伝って床に落ちていく。
泣き顔を見られるのがなんだか恥ずかしくて、思わず千冬さんに縋り付いてしまった。
「...よし、よし。頑張ったな」
千冬さんはそんなあたしを優しく抱き留めて、背中を撫でてくれている。
その手つきはやっぱり不器用で、おっかなびっくりという表現がぴったりだったけれど。
その不器用さが、とても心地よかった。
鈴ルート、消滅。
この作品を書き始めた当初は、鈴の告白シーン自体を予定していませんでした。
本来の鈴は告白できないうちに別の誰かのルートに入って、そのまま親友ポジに落ち着く予定でした。
ですが、簪の陥落シーンを書いたあたりで鈴の告白も書こうぜと思い立った結果がこの話です。
次の更新は、クラス対抗戦もしくはこの話の裏。鈴と別れた後の一夏の話になると思います。
先に書き上がった方を投稿いたしますので、どうかご了承を。
それでは、次回の更新をお楽しみに。