IF一夏と束の話【凍結】   作:吊られた男の残骸

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今回から一夏視点をメインに書いていますので、ご注意ください。

では、本編をどうぞ。





【第十三話】 一夏と対価と恋の話

 あの後やってきた養護教諭のカレン先生に許可を得て、俺は楯無さんと二人で寮に戻った。

 楯無さんは帰ってくるなりシャワーを浴びていて、浴室からは鼻歌が聞こえてくる。

 それはとても綺麗な音色だ。

 けれど、俺はそれに意識を向けていなかった。

 というのも、部屋に戻ってきてから俺は考え事をしていたからだ。

 その原因は昼休みの出来事。より正確に言うなら、鈴と箒の告白モドキについて悩んでいる。

 

 まず前提として、二人の告白に対して答えを出すことは簡単だ。

 一周目の頃に俺が持っていた、青臭い理想は風化して跡形もなくなっているのだから。

 

 当時の俺は、今思えば業が深かった。覚悟も実力もないのに、ただ理想を語っていた。

 だから俺は、誰かの恋愛感情に気づいても、告白されても、それに気づかないフリをしてやり過ごした。

 

 それは立派な罪だ。

 出来もしないことをやろうとして、間違ったやり方で実行して、そして間違った結果を得る。

 それがどれだけ残酷なことなのか、今の俺には理解できる。

 本気の想いに正面から向き合うこともせず、ただ現状を維持するだけ。

 それは決して幸せとは言えない。むしろ心を刃物で薄くスライスされているような苦痛だろう。

 だというのに、

 

(皆が平等に傷ついたけれど、それ以上不幸なことはない。だからきっと、これが一番皆が幸せになれる選択肢なんだ)

 

 なんて、本気で思っていた。

 本当に、本当に愚かで度し難い。

 思い出すだけで腸が煮えくり返るような怒りに襲われて、激しい自己嫌悪が俺の心をナイフのように突き刺していく。

 当時の俺に会えるのならば、その考えを改めるまで殴ってやりたいくらいに腹が立って、どうしようもないほどに殺意が湧く。

 それは到底抑えきれるものでもなく、無意識のうちに俺は拳を握って――

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 気がつくと、思わず机を殴りつけていた。

 響く打撃音と痛む拳を見て、俺は自分の行動を認識した。冷静さが戻ってくるのがわかる。

 

(...今、完全に脱線してたな)

 

 そう考えて、再び思考の海に突入する。

 それは二人の告白に対する返答を考えるためであって、決してかつての未熟な己を思い出すためではない。

 

 改めて、自分の感情を分析する。

 まず考えたのは、鈴に対しての感情だ。

 俺は鈴の事を親友だと思っている。気安い関係で、腹を割って話せるような良き友人で、気の置けない関係というやつだ。

 ただ、少なくとも恋愛感情を感じた事はない。

 俺にそんな感情があったのなら、あの約束をした時点で付き合っているはずなのだから。

 

 続いて、箒に対しての感情を分析した。

 箒に関しては、ただの友人だ。幼馴染ではあるし、その家族にも恩がある。

 けど、それだけだ。

 恋愛感情なんてものは欠片も抱いてないし、事あるごとに木刀が出てくるのは厄介だというのが正直なところだ。

 俺に明確な非がある時は甘んじて受けるが、照れ隠しに木刀や竹刀で殴るのは本気で勘弁してほしい。

 

 自己分析の結果を改めて確認した俺は、二人の告白に対する答えを出していた。

 後はそれを伝えるだけでこの思考の連鎖は終わり、この問題は全て解決するはずだ。

 

 俺は早速二人にメールを送ろうと、近くで充電している携帯を手に取る。

 それと同時に、着信音が鳴り響いた。

 俺はすぐに電話を取って、丁寧に応対する。

 

「はい。織斑一夏です」

『ど〜も〜、私だよ〜。わかる〜?』

 

 間延びした話し方から、電話をかけてきた相手がわかる。

 彼女の名前は布仏本音。通称はのほほんさん。

 これは一周目で俺が付けたあだ名なんだが、こちら(二周目)でも呼んでみたところ気に入ったらしく、それからしばらく経った今ではクラスの殆どの人からそう呼ばれている。

 袖が盛大に余っていたり、お菓子をあげると子供みたいに喜んだりする、超絶癒し系女子である。

 

「ああ、のほほんさんか。何か用事があるのか?」

『ん〜とね、かんちゃんが話したいって〜』

 

 どうやら、用があるのはのほほんさんではなく簪らしい。恐らく、マルチロックオンシステムの件だろう。

 

「わかった。簪さんに変わってくれ」

『りょ〜かい〜。じゃあ、一回切るね〜』

 

 俺が電話を変わってほしいと言うと、のほほんさんは間延びした声で返事をした。

 その数秒後、のほほんさんは電話を切った。

 ...ん?

 

「...なんでわざわざ切ったんだ?」

 

 謎だ。謎すぎる。

 のほほんさんの行動は、時々俺の理解の範疇を超えてくる。それがまた可愛らしいんだが、今回は普通にわけがわからない。

 

(間違えたわけでもないだろうしなぁ...)

 

 のほほんさんの行動の意味を推測していると、今度は別の番号から電話がかかってきた。

 知らない番号だったので、俺は再び丁寧に応対する。

 

「はい。織斑一夏です」

『...もしもし。更識簪です』

 

 どうやら、電話をかけてきたのは簪らしい。

 そこから推測すると、簪に電話をかけさせるためにのほほんさんは通話を切ったという結論に辿り着いた。

 ...回りくどいな。

 

『打鉄弐式に関して相談があるから、1043号室に来てほしい。できれば...早めに』

「了解。すぐ行く」

 

 俺が簡潔に返事を返すと、簪は通話を切った。

 若干用件が予想と違っていたが、まあそこは良いだろう。それより、夕食まであまり時間がないので急ぐ必要がある。

 1043号室は微妙に遠いので、急がないと十分に話ができないかもしれないという懸念もある。

 なので、俺は駆け足気味で自室を後にした。

 

 

 

 

「...ここだよな。1043号室って」

 

 それから1分後。

 俺は1043号室の目の前にいた。

 自室から小走りで来たためか、少し心拍数が上がっているような気がする。

 若干緊張しつつ、俺は目の前の扉をノックした。

 

「...入って。あまり時間がない」

 

 返事をくれたのは簪だ。

 夕食まで30分程度しかないからか、少々焦っているのが声色と発言でわかる。

 簪の言葉に甘えて、俺は早々に入ることにした。

 

「お邪魔します...っと」

「やっほ〜、おりむー」

 

 ドアを開けるとのほほんさんから挨拶されたので、俺は軽く返事をしておく。

 そして、今回の呼出人である簪の方へ向かった。

 簪はのほほんさんから少し離れて、デスクでパソコンを弄っている。画面に映っているのは設計図だろう。

 

「まずは...お礼。マルチロックオンシステムを提供してくれてありがとう。...あなたのおかげで、想定よりずっと早く機体が完成しそう」

「気にしなくていいぜ。で、相談したいことって何だ?」

 

 何でもないような口調で、俺は言った。

 マルチロックオンシステムに関しては、元々偶然を装って押し付ける予定だったからだ。

 そして、さり気なく話を本題に進める。 

 するろ、簪は若干間を開けて言った。

 

「...対価の話」

 

 ああ、そんなことも話していたな。と俺は先日の会話を思い返す。

 マルチロックオンシステムを提供する時、確かに簪は対価は払うと言っていた。

 だが、俺は対価を求めていない。

 その理由は二つ。

 その一つは、元々偶然を装って押し付ける予定だったこと。

 そしてもう一つは、

 

「別にいらないぞ?俺が開発したってわけでもないしな」

 

 今の俺の台詞に尽きる。

 更識簪は、言わずもがな更識家の人間だ。

 家柄と代表候補生をやってる関係で金持ちだし、対価とやらにはとんでもないものが出てくるだろう。

 俺が開発したというわけでもなく、ただ束さんの技術を横流ししただけなのに対価をもらうのは、俺としては流石に心苦しい。

 だから、俺は対価はいらないと主張しているのだ。

 しかし、そうは問屋が...いや、簪が許さないらしい。

 

「...あれは世界最高峰の技術。たとえ貴方が開発したものではないとしても、それを提供してくれた貴方には対価を払わなければ気が済まない」

 

 はっきりと、簪は俺の発言を却下した。

 簪はわりと頑固なタイプで、一周目でもそれで苦労したような覚えがある。簪とタッグを組むまでは相当苦労したものだ。

 なので、妥協案を出すことにした。

 

「じゃあ、今度飯を奢ってくれよ。それだけで十分だからさ」

 

 それがお互いに納得できるあたりだろう。

 簪は自分の意思を曲げず、俺はそこまで心が痛まない。完璧な作戦だ。

 簪はそれでも渋っている様子だが、それ以上は俺も受け入れられないと強く主張すると、どうにか折れてくれた。

 

「さて、と。晩飯も近いし、俺はそろそろ部屋に戻るよ。じゃあな、簪さん」

 

 そう言って俺は席を立ち、部屋のドアへ向かう。

 のほほんさんが思いっきり寝てしまっているので、足音を殺して、声も潜めていた。

 

「わかった。...じゃあ、また」

 

 簪もそのあたりはわかっていたようで、俺と同じように声を潜めていた。

 俺はそれに返事を返してドアに向かうが――

 

「...あ、あの...」

 

 ――その言葉を聞いて、足を止めた。

 俺は振り返って、簪の顔を見る。

 すると、簪が耳を真っ赤にして言った。

 

「これからは...さんはつけなくていい...」

 

 消え入りそうな声ではあったが、確かに聴き取れた。

 簪の顔は真っ赤で、必死に俺に言葉を届けようとしているのがわかる。

 俺は、黙って簪の言葉を聴く。

 それが一番、正しい気がしたから。

 

「...か、簪って...呼んで...」

 

 それは、簪にとっての親愛の証。

 俺と簪の間に芽生えた友情の象徴だ。

 ならばそれに応えようと、俺は口を動かす。

 

「わかったぜ。...じゃあ改めて――」

 

 そこまで言うと俺は一旦言葉を切り、そして簪の目を見る。

 すると自然に口角が上がり、表情が笑顔になっていった。

 その表情のまま、俺は告げる。

 

「――またな、簪」

 

 再開の約束を。

 

 

 

 

 ふと、我に返る。

 視線の先には部屋のドアがあり、振り返ってみると爆睡している本音がいる。

 そして最後に時計を見ると、織斑くんが部屋に戻ってから既に15分程経過していた。

 

(もしかして...織斑くんのことを見送ってからずっと...ここでぼーっとしてた?)

 

 理解が追いつかない。

 気づいたら15分経っていたというだけなら、打鉄弐式を弄っている時にもよくそうなるし、アニメを観ている時はしょっちゅう時間を忘れてしまう。

 けど、今回はそうじゃない。

 部屋のドアの前。それは、15分前に織斑くんがいた場所と全く同じだ。

 

 ふと、織斑くんが去り際に見せた笑顔が脳裏に浮かぶと、私の心臓はどくんと跳ねた。

 去り際の台詞を思い出すと、顔が燃えるように熱くなった。

 必死に落ち着こうとしても、身体は言うことを聞かない。心臓は痛いほどに強く拍動し、顔の熱は増していくばかり。汗をかいているのもわかる。

 

 そこで、私は思い出す。

 以前観たラブコメのワンシーンで、ヒロインが今の私と同じような状態になっていたことを。

 動悸、顔の火照り、そして原因が異性との会話。

 すべての要素が噛み合い、自分の状態への疑問に対する解答が導き出される。

 これは、もしかして――

 

「――恋?」

 

 そう呟くと、私の顔はさらに熱くなって、心拍数も上がったように感じた。

 まともな思考はとっくに保てなくなっている。

 顔が熱い。

 心臓が痛い。

 汗が止まらない。

 ――織斑くんの笑顔が、頭から離れない。

 

「.........()()...っ!」

 

 絞り出すように名前を呼ぶと、心の中の一夏が笑ったような気がして。

 ぎゅうっ、と。

 心臓が締め付けられた。

 死ぬほど苦しくて、辛いけれど。

 それに堪えながら、私は自らの想いを口にする。

 

「.........好き...っ!」

 

 ――更識簪(わたし)は、織斑一夏に恋をした。

 

 

 

 

 




更識簪、一切陥落ッ!
...簪ちゃんかっっっっっっわいくないですか!?この話書くために改めて7巻読んだら死ぬほど悶えたんですけど!!!!???

...失礼。取り乱しました。
非常にお見苦しいところを見せてしまい、誠に申し訳ありません。
この章が終わるまでは長く間を空けないように頑張りますので、よろしくお願いいたします。



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