IF一夏と束の話【凍結】   作:吊られた男の残骸

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 この作品を読んでくださっている皆様に、お詫び申し上げます。
 9ヵ月間待たせてしまい、誠に申し訳ありません。
 理由については後書きやら活動報告やらで触れていますので、そちらをご参照ください。

 また、今回から場面転換などの表記が若干変わっています。後ほど過去に投稿したものも編集する予定ですので、この機会に読み返してくださると嬉しいです。
 では、本編をどうぞ。





【第十二話】 一夏と幼馴染と自爆の話

「久しぶりね、一夏。一年と少しぶりかしら」

「ああ。久しぶりだな、鈴」

 

 一年前となんら変わらないその姿を見て、一夏は思わず笑みを浮かべる。

 その直後、後ろに黒い影が現れた。

 

「おい」

「何よ!人がせっかく...痛っ!」

 

 ズバンッ!と、鈴の頭から轟音が響く。

 黒い影の正体は、忘れもしない世界最強の女(織斑千冬)。高々代表候補生では敵うべくもない。

 

「ち、千冬さ...」

「織斑先生だ。そら、さっさと自分のクラスに戻れ」

「は、はい...一夏、また後で来るわ!それじゃ!」

 

 その気迫に、鈴は思わず従っていた。

 ゆっくり、ゆっくりと後ずさりし、教室から足が出たタイミングで90度回転し、猛ダッシュ。直角に曲がって2組の教室へ入っていく。そんな状況でも、しっかり捨て台詞は残していった。

 その様子を見て、千冬は呟く。

 

「...まったく、あの馬鹿は変わらんな」

「確かに。猪突猛進で相手を考えずに食って掛かる辺りとか特に...げふっ!」

 

 千冬の呟きに同意した直後、一夏の頭が跳ね飛ばされた。

 あらぬ方向に曲がった頭から響く強烈な音が、生徒たちを震え上がらせる。

 当の一夏は、頭の痛みに悶えていた。

 

「身内とはいえど、学園内では敬語を使え」

「...一夏、お前もいい加減学習しろ」

 

 千冬からの指導(出席簿)と箒からの厳しいツッコミが心身共にクリティカルヒットした一夏は、よろけながらも席につく。

 それを確認した千冬が、SHRの開始を告げた。

 

「ではこれより、SHRを始める。織斑、号令を」

「...はい。起立、気を付け、礼!」

 

 完璧に一致した動きで、生徒たちは一連の動作をこなした。

 それを見て、千冬は少し満足げに言う。

 

「よし。では、連絡事項を伝える。クラス対抗戦に出る生徒は――」

 

 だがその話の内容は、一部の恋する乙女には届いていなかった。

 

(まさか、鈴が一夏の幼馴染だったとは...そもそも、いつ知り合った?私は鈴という名前を聞いたことがないが...)

 

 等と考えていると、

 

「篠ノ之、話を聞け」

「ぐうっ!」

 

 一夏にも炸裂した出席簿が、轟音を立てて箒の頭を叩く。

 人間が出していい音とは言えないような音が響き、生徒たちを再び震え上がらせた。

 そんな一幕もありつつ、時は流れていく...

 

 

 

 

「それで、結局お前と鈴はどういう関係なのだ?」

 

 昼休みが始まり、多くの生徒が学食へ向かう。

 家事全般が得意な一夏や、決して料理が出来ないわけではない箒も例外ではない。

 そんな中、箒はこの機を逃すまいと鈴との関係を一夏に尋ねた。

 

「あー...一応、幼馴染ってとこかな?箒と入れ違いで転校してきたから、知らないのも無理はないけど」

 

 その質問に対して、一夏が曖昧な返事をする。

 しかし箒はその答えが気に召さない様子で、より深い事について質問してきた。

 

「まさか...その、つ、付き合っていたのか?」

「いや。どっちかというと男友達みたいな感覚で接してたから、そういう事はしてないぞ」

 

 詰め寄られた一夏は、しかし慌てずに否定の返事を返す。

 それを聞いた箒は、露骨に安堵した様子を見せた。

 

「そ、そうか。それならいいんだ。うむ」

「何か挙動不審だぞ?...お、着いたな」

「む?ああ、そうだな」

 

 そんな会話をしていると、二人は学食に到着した。

 そのままの流れで券売機の待機列に並ぶと、見知った顔が目の前に立っていた。

 

「待ってたわよ、一夏。せっかく一番乗りで来たのに、いい席取られちゃったじゃない」

 

 声の主は、凰鈴音。

 そうなった時期こそ全く違うものの、箒と一夏の良き友人である。

 彼女はにかっと快活な笑みを浮かべると、箒に顔を向けて訊ねる。

 

「あ、箒も来てたんだ。一緒にお昼食べてもいい?」

「...構わん。私も少し聞きたいことがあったのでな」

 

 どうやら鈴に聞きたいことがあるらしい箒は、鈴の申し出を受けた。

 しかしそこに、一夏の意思は介在していない。

 

「俺の意思は無視なのか...?」

「アンタならどうせ許可するでしょ?ホラ、早く選びなさいよ。箒はもう注文してるわよ」

 

 その言葉を聞いて箒を見ると、既に和食セットを注文していた。

 その様子を見て焦った一夏は大慌てで券売機のボタンを押し、そして気づいた。

 

「買う物間違えた...」

「女の子を待たせるからそうなるのよ。じゃ、席取って待ってるからね」

 

 そう言って、鈴は立ち去ってしまう。

 それを見送った一夏は、人知れず小声で呟いた。

 

「...ぐうの音も出ないな」

 

 そう呟いた瞬間、一夏の腹がぐうと鳴った。

 

 

 

 

 昼休みも残り半分となった頃。

 

「鈴。一つ聞きたいんだが、いいか?」

 

 箒が、鈴に話しかけていた。

 雰囲気からして、先程言っていた聞きたいことというものだろう。

 箒の目は、真剣さを帯びていた。

 

「ん、いいわよ。何が聞きたいの?」

 

 そう言って小首を傾げた鈴は、話を聞く姿勢を見せている。

 質問の内容が気になるといった様子だ。

 

「単刀直入に聞くが、一夏のことをどう思っている?」

「「ゴフッ!」」

 

 いくらなんでも直球すぎる。

 あまりにもあんまりな質問に、思わず二人は吹き出してしまった。

 

「お、おい。そういうのってせめて本人がいないところで聞くものじゃないか...?」

 

 そうだ。

 普通はそういうのは本人...この場合は一夏がいないところで聞くべき質問なのだ。

 だが箒はそれを考慮しない。躊躇なく、シンプルに答えを求めていた。

 

「そうねぇ...この際だから言うけど、アタシは一夏のこと好きよ。もちろん、恋愛的な意味で」

「「んなっ!?」」

 

 だが今度は、箒と一夏が驚く番だった。

 それはそうだ。本人の目の前で、堂々と恋愛的な意味で好きだと言うのだから驚きもする。

 箒が驚いている理由は別にあるのだが、それは語るべきことでもないだろう。

 

「りっ、りりりり鈴!?ほっ、本気かお前!?」

「あったりまえよ。じゃなきゃこんなこと言わないし、そもそもこんな時期に転入しないわよ」

 

 一夏も箒も動揺しているので気づいていないが、鈴の耳は真っ赤になっている。平静を装っているが、内心恥ずかしいのが丸わかりだ。

 

「え、えっと、その...返事は...」

「今度でいいわよ今度で。いきなり言われて動揺してるだろうし、答えが纏まったら言いに来なさい」

「あ、ああ...」

 

 数百年もの年月を生きて、かつてと同じ相手に好意を持たれている。それなのに、一夏の反応はどうしようもない程に初だった。

 悪戯には慣れたし、からかいにも慣れた。

 けれど、等身大の恋愛感情に関しては数百年もの年月を生きても慣れなかった。

 だがしかし、そんな一夏よりも激しく動揺している人物がいた。

 そう、篠ノ之箒だ。

 箒は動揺のあまり、つい口走ってしまった。

 

「わ、私も好きだ!」

「はぁ!?」

「へぇ...」

 

 一夏は更に動揺して、鈴は好戦的な笑みを浮かべている。

 その二人を見た箒は、自分が何を口走ったかを自覚した。

 だが、失言に気づいてももう遅い。

 一夏は既に、処理落ちしてひっくり返ってしまっているのだから。

 

「さて、本人の反応は...って、大丈夫!?」

「一夏!返事をしろ、一夏!!」

 

 後に、その場にいたとある女子生徒はこう語った。

 

「一夏さんがひっくり返ってからは大変でした」

 

「近くにいた生徒が先生を呼びに行って、戻ってくるまで箒さんと転校生...鈴さんでしたわね。彼女が牽制しあっている状況で、とても手が出せませんでしたの」

 

「話を聞いた織斑先生が沈静化させていなければ、おそらくもっと大変なことになっていたでしょうね」

 

「えっ?...保健室に運んだのは誰か、ですか?織斑先生と一緒に来た、山田先生と葉村先生ですわよ。貴女は何故そんな事を気にしますの?」

 

 フラグを立てたはずの二人は、折角のフラグを自分で折ってしまっていた。無念である。

 

 

 

 

「知らない天井だ」

 

 それは嘘だ。この場所を一夏はよく知っている。

 ここは保健室。窓が見えることから、一番奥に配置されているベッドということがわかる。

 一夏が外を見ると、日が沈みかけていた。

 随分と長い間眠っていたらしい。

 

「起きたみたいね。身体の調子はどう?」

 

 一夏が考えを巡らせていると、右側から声をかけられた。

 その声には聞き覚えがある。

 ルームメイトにして生徒会長。そしてロシアの国家代表も務める才女。

 彼女の名前は、更識楯無だ。

 

「大丈夫です。それより、生徒会の方は大丈夫なんですか?」

 

 実はそれが一番気になっている。

 楯無は生徒会の仕事をサボっては虚に追い回されているというイメージが強すぎて、一夏は思わず聞いてしまった。

 しかし、返答は意外なものだった。

 

「一夏くんをつきっきりで看病できる程度にはね。仕事は私の判断が必要なやつは片付けたし」

 

 マジか、と。一夏は心の中で驚愕する。

 楯無が仕事をきっちり済ませているということが、一夏にとっては驚きに値する事象なのだ。

 繰り返すが、一周目の楯無は仕事をサボっては虚に追い回されていた。

 

(...こんなところまで影響されるのかよ)

 

 と思いながらも、一夏は口には出さない。

 口に出してしまえばしつこく追及されるし、洗いざらい吐かされる。

 それだけは許容できない。

 それをしてしまうと、恐らく無視できないレベルの歴史改変が起こる。

 その結果、一夏と束の計画に影響が出ることだけは避けたいのだ。

 そんな一夏の内心の動揺を無視して、楯無はにんまり顔で言った。

 

「それにしても、やるわね一夏くん」

「はい?」

 

 一夏は平静を装って返事をする。

 この顔をしている楯無はろくなことを言わない。それは経験からわかっている。

 今回のネタは、恐らく食堂の件だろう。

 

「モテモテじゃない。あ~あ、私もそんな人生送ってみたいなぁ...」

「思ってるほど良いものでもありませんよ」

 

 予想が的中した一夏は、そう言いながら皮肉そうに苦笑している。

 そう。モテてもあまり得はない。

 過去に戻ってからの半年間で、それは痛いほどにわかった。

 だがそれを知らない楯無は、やはりにんまりと笑いながら聞いてきた。

 

「ほうほう...その心は?」

「好意を持ってくれることに悪い気はしませんが、告白してきた時に振るのが辛いんですよ。それに、恋愛感情に気づいたら接し方に気を使わないと大変なことになりかねないんです。あとクリスマスシーズンと卒業式の告白ラッシュがヤバい」

 

 まさに地獄。

 クリスマスシーズンと卒業式。重複する人を除いても30人以上に告白される一夏にとって、それはもはや一種のトラウマである。

 特に、振った相手が病んだときは地獄だった。

 病んだ相手を気絶させて物陰に隠し、束に精神と記憶を操作させて家に返す。それでも諦めずに告白してくるあたりが余計に怖いのだ。

 一夏は人知れず、自分がモテることを恨んでいるのである。主に一部のヤンデレのせいで。

 

「...モテるって大変ね。今、すごく面倒くさそうって思ったわ」

「...わかってくれればいいんですよ」

 

 うげぇ、というような表情の楯無と、憔悴しきったような表情の一夏。

 二人は同時に、ため息をついた。

 

「「はぁ...」」

 

 この瞬間、二人の心は完璧に一致していた。

 口に出さずともそれがわかる。

 そう。

 

((モテるって、いいことないなぁ...))

 

 それこそが、二人の偽らざる心境だった。

 

 

 

 




 言い訳といっては何ですが、半年ほど執筆意欲が完全に削がれてました。
 そして時が流れるうちにアーキタイプブレイカーが発表され、android版がリリースされたことで執筆意欲が復活。
 アキブレをプレイする傍ら、以前ほどのペースではありませんが、そこそこ書けています。
 今後もこのように更新に間隔が空くと思いますが、どうかご容赦をお願い致します。


 

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