IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
挿入投稿するとややこしくなりそうなので、普通に最新話として投稿しておきます。
クラス代表決定戦が終わり、暫く経ったある日。
放課後の教室で、一夏は箒に声をかける。
「箒、ちょっといいか?」
「む、一夏か。何の用だ?」
箒は、一夏の予想通りに反応した。
それを見て、一夏は言った。
「色々あって携帯の充電器壊しちまってな。今はルームメイトのを貸してもらってるんだけど、流石にないと不便でさ。で、この機会に色々揃えておきたいから、買い出しに付き合ってもらっていいか?」
それを聞いて、箒は暫し考える。
買い出しに付き合う事。それは確かに魅力的だ。
しかし、今日は部活がある。
部活が終わってから行くにしても遅くなりすぎるし、かといって部活をサボるのはいただけない。
故に、平日の放課後では難しいだろう。
そう判断した箒が断ろうとしたところに、一夏が情報を補足する。
「あ、別に今日ってワケじゃないぞ?箒の都合がつく日でいいんだ」
時間の問題は、一夏の補足によって排除された。
となれば、断る理由は微塵もない。
箒は、平静を装って返事を返した。
「そ、そうか。ならば断る理由もない。付き合ってやろう」
それを聞いて、一夏は微笑ましい気分になる。
一周目でもこの頃は非常にツンツンしていたが、それが恋愛感情の裏返しとなれば、可愛げもあるものだ。
「...何をニヤけている」
そう言われて、一夏は口元が緩んでいることに気づく。
慌てて取り繕おうとするも、既に手遅れだった。
――スパァン!
と、竹刀を打ち鳴らす音が聞こえた。
しかし、一夏はそれを素手で受け止めていた。
「...危ねぇな。今のが一般人相手だったら大変なことになるぞ」
「む、失礼な。防げそうな相手以外にはこうはしない」
それを聞いて、一夏は目を丸くする。
理由は、箒が竹刀で人を叩くことに一応の基準が存在していたことを初めて知ったためだ。
そして、一夏は尋ねる。
「...ちなみに竹刀が防げない相手には?」
「軽めの手刀だな。ほら、こんな感じだ」
直後、ぺしっという軽い音が鳴る。
箒の手刀が、一夏の頭に当たった音だ。
それを受けて、一夏は少し感動した。
「箒...」
「な、何だ?何故そんな母親のような目をしている?」
一夏は、娘の成長を喜ぶ親のような口調で言う。
「お前、手加減できるようになったんだな...」
――スパァンッッ!
一夏の頭に、竹刀が猛烈な勢いで振り下ろされた。
所変わって、ここはIS学園第二整備室。
そこには、未完成のISと作業着を着た女性達がいた。
作業着の左腕には、倉持技研と書かれている。
女性達は、口を揃えて言った。
「「マルチロックオンシステム、どうすっかなぁ...」」
そう。そこが難関なのだ。
ISの本体と武装はそれなりに出来上がっている。
しかし、肝心のマルチロックオンシステムが完成していないのだ。
未完成の機体の主である更識簪は、不安げな表情で技術者たちを見つめる。
「...私の機体は、どうなるんですか?」
「「...」」
簪の問いかけに、技術者たちは黙り込む。
簪は、思わず涙目になっていた。
そこに、同席していた女子生徒が言った。
「そういえば、織斑君の専用機にはマルチロックオンシステムが搭載されてるって聞いたような...」
「...っ!」
それを聞いた瞬間、簪は駆け出した。
デマでも構わない。1%でも可能性があるなら、それに賭けてみたかった。
生い立ちの関係上、並の男子より体力はある。しかし、整備室から教室まではそれなりに遠く、1年1組の教室に着く頃には、息も絶え絶えになっていた。
「はぁ...はぁ...すみません、織斑君はいますか?」
そう言うと、教室のある一点に視線が集中する。
その視線の先には、頭を抑えて唸る一夏と、竹刀を持った女子生徒がいた。
声に反応してか、一夏が振り向く。
「いてて...どうした簪。俺に用事か?」
そう言った直後、一夏は失言に気づく。
今この時点で、簪とは
当然名前を知る由もなく、ましてや名前を呼び合うほどの仲でもない。
それを不審に思ったのか、簪が問う。
「...何で私の名前を?」
それを聞いて、一夏は簪の名前と容貌を知っていても不自然でない理由を考える。
そして、楯無の存在に思い当たった。
楯無はルームメイトであり、簪の姉でもある。
更に言えば、楯無は簪を溺愛しているのだ。
よって、不自然ではないと判断して一夏は言った。
「今は楯無さんが俺の護衛をやってるからな。その関係で名前は聞いてたし、写真も見た。名前で呼んだのは、まあ癖みたいなもんだと思ってくれ」
そう言うと、簪は胡散臭げな視線を向ける。
そして、視線を逸らさずに言った。
「その話は後でいい。...貴方のISにマルチロックオンシステムが搭載されているというのは、本当?」
その言葉に、一夏は返答する。
「ISと言うよりは
一夏の言葉を聞いて、簪は一度深呼吸する。
そして、堂々と言った。
「マルチロックオンシステムのデータを、提供してほしい」
一夏は、分かりきった事をあえて聞く。
「理由は?」
「...システムの開発が難航しているから。勿論、タダでとは言わない。それに見合う対価は用意する」
そう言われて、一夏は呆気に取られる。
そして、少し吹き出した。
簪は、むっとして言う。
「...何がおかしいの?」
その声を聞いて、慌てて一夏は取り繕う。
「ああ、いや。ちょっとイメージと違ってな。システムの件は了解だ。今日は暇だからすぐにでも組み込めるけど、どうする?」
そう言われて、簪は迷わず頷く。
そして、一夏に声をかけた。
「...じゃあ、着いてきて。第二整備室に機体がある」
「了解だ。箒、また明日」
「あ、ああ。また明日」
返事をして、一夏は簪の方へ歩いていく。
簪は即座に踵を返し、歩き始めた。
二人の間に会話は無い。
切り出すタイミングが無いのだ。
互いに聞きたいことはあるのだが、それを聞けるような空気ではない。
歩いているうちに、第二整備室に到着する。
そこには、倉持技研の技術者たちがいた。
その中には、一周目で会った事のある"篝火ヒカルノ"もいる。
それを見た一夏は、ほんの少し表情を険しくしたものの、すぐに表情を戻して口を開いた。
「これが、簪さんの専用機か」
「そう。名前は『打鉄弐式』。打鉄より機動力を高めた代わりに、防御力は打鉄よりも低くなってる」
そう言われて打鉄弐式を見ると、ブルーティアーズと同様、やはり形状が変わっている。
一周目の打鉄弐式とは違い、全体的にスマートな形状になっているのだ。
一目でわかる特徴は、通常のスカートアーマーから換装された独立ウイングスカートだろう。
それが放射状に広がっており、ミサイルハッチも搭載されている。
更に、背部に大型のウイングスラスターがあり、ここにもミサイルハッチが搭載されている。
それ以外にも細かい変化はあるが、最たるものはその二つだった。
黙り込む一夏を見て、簪は言った。
「...何か言いたいことでも...あるの?」
「いや、なんていうか...ヒロイックって言うのか?そんな感じの雰囲気があると思ってさ」
それを聞いた簪は、ほんの少し表情を変える。
一夏が言ったヒロイックという言葉は、簪にそれだけの衝撃を与えたのだ。
その余韻に浸る簪と、それを若干不思議そうではあるものの、まるで父親のような穏やかな目で見つめる一夏を見て、篝火はツッコミを入れる。
「いやいや、私達の存在を忘れられると困るんだけど」
その言葉を聞いて、簪は肩を跳ねさせた。
この様子から察するに、倉持技研の技術者たちの事は本気で目に入っていなかったのかもしれない。
簪は、振り向いて頭を下げる。
「すみません。周りが見えていませんでした」
「ん、まあいいよ。で、そっちの男の子が織斑一夏君だね?」
篝火の問いに、一夏は答える。
その表情は、いつもより堅かった。
「はい。俺が織斑一夏です」
その答えに満足したように、篝火は言う。
「ふむふむ。ここに来てくれたということは、簪ちゃんのお願いを聞いてくれるってことでいいのかな?」
――篝火ヒカルノ。
彼女は、かつてIS学園を襲撃し、専用機持ちを含む生徒と教師を虐殺した"悪魔"の機体を開発した技術者の一人である。
故に、一夏は彼女を信用していない。
しかし、ことIS技術に関わることに対しては真摯であるという彼女の性格は、かつての接触で学んでいた。
よって一夏は、篝火を一時的に信用することにした。
「...ええ。そのつもりです」
「ホントかい?いやー、助かったよ。
「言われてみれば、暮桜も打鉄も近接型ですよね」
一夏は篝火を警戒しつつ、踏み込みすぎない程度に談笑する。
そこに、簪が割り込んできた。
「...あの、いつまで続けるの?」
「あ、すまん簪さん。ちょっと話し込んでた」
「ありゃりゃ、結構時間経ってら。んじゃ、とっとと始めちゃいますか」
一夏による簪への謝罪をよそに、篝火は遠くに転がっていた工具箱を足で引き寄せていた。
本人の発言通り、作業を始めるつもりらしい。
「うし、じゃあシステムのデータを送るから、そっちの武装に合わせて調整してくれ」
「...了解。ありがとう、織斑君」
簪の返事を聞いた一夏は、すぐさま空中投影型キーボードを展開。簪にマルチロックオンシステムのデータを転送した。
データの転送が終わるや否や、簪は猛烈な速度でタイピングを始めていた。
篝火も伊達や酔狂で倉持技研の社長を名乗っているわけではないらしく、ハード面の調整を一人で行っていた。
束には及ばないとはいえ、その速度は世界でも相当なものである。
その二人を見て、一夏は自身の手元に視線を落とす。
手元にあるのはメモ帳とペン。
一夏はペンをノックし、メモ帳に何かを書き始める。
その作業を終えると、一夏は出口へ歩き出した。
「先輩。簪さんにこの紙を渡しておいてください」
「えっ?...あ、うん。了解よ」
出口付近にいた整備科の先輩にそう言って、そのまま立ち去る。
作業が終わるまでその場にいても良かったが、簪の邪魔はしたくないし、何より長居がきっかけで雪暮のデータを取られるわけにはいかなかったのだ。
後々簪に説明するために立ち去った理由を纏めながら、一夏は寮にある自分の部屋の扉を開ける。
何やら騒がしい部屋の中を見ると、
「あ、一夏くんお帰りー」
「織斑君、お帰りなさい。お邪魔しています」
楯無と虚が、並んでお菓子を食べていた。
「それで、簪ちゃんとはどんな感じ?」
楯無は、一夏が部屋に入るや否やそう聞いてきた。
その問いに答えるため、一夏は放課後に起こったことを話した。
「成り行きで簪さんの専用機の開発を少し手伝うことになりました。詳細は言いませんが、今のところは調整段階です」
「...えっ?簪ちゃんが協力を頼んだの?」
「はい。何で俺のところにわざわざ来たのかは分かりませんけど、少なくとも簪さんの方から来たのは確かです」
一夏の発言を聞いて、楯無は驚いていた。
近くで聞いていた虚に至っては、若干涙すら浮かべている。
そんなに妹分の成長が嬉しいのだろうかもと思ったが、一夏自身も、クロエの料理が上達したのを知った時は自分の事のように嬉しかったということも覚えている。
兄や姉というものは、案外そんなものなのかもしれない。
「簪ちゃん、成長したのね...」
「ええ。一時期はすっかり塞ぎ込んでしまっていた簪様が、まさか人を頼るようになるとは...」
――二人の気持ちは、なんとなく分かる。
いくつになっても、昔から見てきた人物が成長するということは嬉しいものだということを実感する。
虚と弾の子供の時もそうだった。
一夏おじちゃんと言いながら懐いてきた小さな子供が、時を重ねるにつれて成長し、最終的には弾の血が出たのか、一夏よりも長身の男性になったのだ。
顔つきは虚に似た優しげな顔で、一度彼の高校に行った時はそれなりにモテていたような記憶がある。
それを見て、一夏は彼に複数人の中から一人を選ぶことの大切さを教えたことも思い出した。
本当に、本当に懐かしく、そして遠い記憶だ。
「どうしたの?織斑君。私の顔に何か?」
一夏が一周目の思い出に浸っていると、虚がそれを不審に思ったのか声をかけてきた。
その問いかけに対して、一夏は当たり障りのない程度に答える。
「いえ、何となく悪友に似てるなと思いまして」
その返答に、虚は納得したような表情を見せる。
どうやら、誤魔化しは上手く行ったようだ。
しかし虚はその返答に興味を持ったらしく、少し食い気味に質問してきた。
「悪友...ですか。どんな人なんですか?」
「あ、おねーさんもその話聞きたいかも」
そこに楯無も食いついてきて、一夏は少しだけ苦笑する。
普段どれだけしっかりしている人でも、やはり10代の女子高生である。
世界で唯一の男性IS操縦者である一夏が悪友とまで評する友人に興味が湧くのは、ある意味当然のことなのだろう。
それに、一周目では虚と結婚までしたのだ。
これも運命か。と心の中で呟いて、一夏は弾の話を始めた。
――その話がきっかけで、箒との買い物に楯無と虚が着いてくる事になり、更に五反田兄妹も合流してゲーセンに直行することになるのは、もう少し先の話である。
鈴編はサクっと終わらせて、とっとと2巻書き始めたい...
シャルとラウラは好きだから他のキャラよりいっぱい書きたい...
でも林間学校も早く書きたい...
教えてくれ。俺は一体どうすればいい!