IF一夏と束の話【凍結】   作:吊られた男の残骸

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箒が出てこない件について。
何かこう、楯無は頭の中でぬるぬる動くけど箒は全く動いてくれないのじゃ...




第七話 一夏と楯無と部屋割の話

「...どうすればいいんだ...ッ!」

 

一夏は、苦悩していた。

ここは1025室の目の前。一夏の部屋であり、歴史が変わっていなければ箒の部屋でもある。

準備期間は十分にあったが、如何せん一夏も箒も重要人物だ。

同じ所に固まっていれば守りやすいという理由で同室にされた可能性もある。

千冬は忙しいと言って職員室に行ってしまったし、山田先生はフリーズして全く話にならなかった。

頼みの綱の葉村先生も、一年生の部屋割に関与してはいないと言っていた。

つまり、叩かれるかこのまま待つか。

この二つ以外の道はない。

 

「...覚悟を決めるか」

 

一夏は、叩かれる道を選んだ。

武器でくれば叩き落とすが、素手でやられる分には甘んじて受ける心積もりである。

無論、ノックは忘れない。仮に箒の部屋でなかったとしても、礼を欠かすのはいただけない。

 

「同室になる織斑一夏です。入ってもいいですか?」

 

返事はない。

誰もいないのかとも考えたが、シャワーを浴びている可能性もある。

一夏は、慎重に鍵を開けた。

 

「入りますよー?」

 

無論、警告は忘れない。

一夏は一周目で学習したのだ。

警戒を忘れれば、即座に女子の鉄拳が飛んでくると。

だが、中には誰もいなかった。

シャワーを浴びている様子もない。

一夏は、人知れず安堵した。

 

「...懐かしいな」

 

一夏はそう呟いた。

心に余裕が生まれたのだろう。

何せ、念願の一人部屋だ。

以前の一夏は、様々な人とルームメイトになっていた。

箒に始まり、シャル、楯無と短期間でルームメイトが入れ替わっている。

一人部屋だった期間は非常に短く、二年生時点で約一ヵ月半程度でしかない。

ならば、それは当然のことだ。

 

――しかし、

 

「あ、君が織斑一夏君ね?私はルームメイトの更識楯無。よろしくね?」

 

現実はそう甘くはなかった。

玄関を開けて入ってきた楯無は、悪戯が成功したような顔で言った。

一夏は、その言葉に落胆した。

 

「一人部屋が...欲しかった...」

「あら、私と同室は嫌なの?おねーさん泣いちゃう...よよよ...」

 

一夏の口から、本音が漏れた。

それを聞いた楯無は、わざとらしい泣き真似を始める。

しかし、それには()()()()()

そう簡単に引っかかりはしない。

 

「...わざとなのは流石に分かりますよ」

「あら、バレちゃった?」

「そりゃバレるでしょう。わざとらしいですもん」

 

一夏は、少しだけ懐かしさを感じながら言った。

その言葉を聞いて、楯無は舌を出す。

俗に言う、てへぺろというやつだろう。

一夏が苦笑したのを見ながら、楯無は告げる。

 

「漫才は置いといて、ここから本題に入るわよ」

「二年生の更識先輩がこの部屋にいる理由ですか?なんとなく察しはついてますよ」

 

そう言うと、楯無は僅かに目を見開く。

しかし、すぐにいつもの態度に戻って言った。

 

「さっすが織斑先生の弟。話が早いわね。では、答えをどうぞ」

「俺の護衛と監視ですよね?その理由は、俺が世界初の男性IS操縦者で、なおかつ束さんと繋がりがあるから。そして更識先輩がその役割を担っているのは、生徒の中でも実力が最も高いと判断されたから。ってことでどうですか?」

 

楯無は、驚愕していた。

その理由は、一夏の洞察力だ。

更識家の情報によると、一夏は中学三年生になるまでは一般人だったはずだ。

その一般人が、ここまでの洞察力を持つ事ができるのか。

仮にできたとして、それはどうやって身につけたのか。

それに、隙が非常に少ない。

全く無いというわけではないが、相当の腕がある事がわかる。

実力は恐らく、楯無と互角だ。

楯無は、一夏に対してほんの少し興味を持った。

 

「...ねえ、織斑一夏君」

「一夏で良いです。長いでしょう?」

「じゃあそれで。あ、私のことも名前で良いわよ?もしくはたっちゃんでも可」

 

話の腰を折られた。

楯無がそう気付いたのは、自分の呼び方を指定した時だった。

楯無は、改めて言った。

 

「話を戻すわよ。...一夏君、私と勝負してくれない?」

「勝負...ですか?」

「ええ。一夏君、すっごく強そうだもの」

 

そう言われて、一夏は少し考える。

一周目では学園祭準備期間中に起きた出来事だ。

明らかに時期が早く、完全に歴史が変わっている。

断ろうとも考えた。しかし、楯無の性格上折れるまで誘ってくるだろう。

よって、一夏は受ける事にした。

 

「...受けますが、条件があります」

「条件?えっちなことは駄目よ?」

「違いますよ。...条件は生身で戦うことです。不調なISで代表候補生と戦う事になるのは避けたいので」

 

実のところ、ISを使わないのにはもう一つ理由がある。

それは、ISでは体術が阻害されるからだ。

楯無の『ミステリアス・レイディ』と一夏の『雪暮』は腕部を延長せず、自身の腕に装甲を纏う事で体術を極力阻害しないように作られているが、脚は別だ。

純粋な実力で戦うなら、やはり生身がいい。

しかし、楯無は更にふざける。

 

「あ、さてはドサクサに紛れておっぱいを揉む気だな?やらしいなぁ」

「そのままねじ切られたければそれでも構いませんが?」

「あら怖い。これ以上ふざけてたら本当にやられそうだから止めとこうかしら」

 

一夏の発言を聞いて、流石の楯無も不味いと感じたのだろう。楯無は、ふざけるのをやめた。

そして、真面目モードで答える。

 

「その条件を飲むわ。そうね、流石に今からじゃちょっと遅いから、明日の放課後でどう?」

「じゃあそれで。今日は部屋でのルールを決めましょうか」

「それがいいわね。流石に同年代の男の子と一緒の部屋で暮らすのは初めての経験だし」

「厳密には俺の方が年下ですけどね」

 

そう言って、一夏は再び苦笑した。

そして、楯無と過ごした日々を思い出す。

すぐに思い出せたのは、二つの光景。

いたずらっぽく笑う在りし日の姿と、妹の簪と共に槍で串刺しにされ、冷たくなった姿だった。

一夏は、奥歯を噛みしめる。

その様子を、楯無は見ていた。

 

「どうしたの?一夏君。すっごく怖い顔してるよ?」

「!...ああ、いえ。何でもないです」

「そう?...何かあったら言ってね。おねーさんは一夏君よりも年上で、生徒会長なんだから」

 

その優しさに、何となく束を重ねる。

普段は破天荒だが、時々姉としての優しさを覗かせるその姿は、とても束に似ていた。

 

「はい。そうします」

 

そう言った一夏の口角は、僅かに上がっていた。

それを見て、楯無は少し安心する。

しかし、それと同時に油断ならないとも感じた。

一夏の表情が強張った時、一瞬だけ殺気が滲んでいた。

楯無は日常的に裏社会に身を置いているため、大した影響はない。

しかし、一般の生徒にとっては千冬の出席簿よりも恐ろしいだろう。

そして、殺気が出せるということは、それだけ強く殺意を抱けるということになる。

故に、楯無は警戒レベルを上げた。

しかし、それを顔に出さずに話す。

 

「よろしい。...さて、部屋のルールを決めようか。決めるべきことは?」

「生活習慣に関係するルールですかね。具体的にはシャワーとか着替えです」

 

それを聞いて、楯無は納得する。

確かに着替え中に鉢合わせはしたくないし、シャワー中なんか以ての外だ。

よって、それには同意した。

 

「確かにそれは重要だね。一夏君、何か案はある?」

「そうですね...プレートか何かを脱衣所の扉にかけて、中に人がいる事が分かるようにするのはどうですか?」

「ふむ。難しい事もないし、それでいいか。他には?」

 

そう言われて、一夏は考える。

しかし、先程決めたルール以外にすぐに決める必要があるルールは無かった。

 

「そうですね...現状は他に問題点はありませんし、問題が出てきたら考えましょう」

「了解よ。じゃあ、学食に行きましょうか。お腹空いちゃったわ」

 

言われて初めて、一夏は空腹を自覚する。

そして、学食の味を思い出そうと試みるが、記憶に埋もれていて思い出すことは出来なかった。

 

「学食か...少し楽しみです」

「美味しいわよ?今日から日曜日までは新入生歓迎週間だから特にね」

 

それを聞いて、一夏は違和感を感じる。

新入生歓迎週間なんてものは、一周目の時は無かったはずだ。

少なくとも、一夏は知らない。

 

「新入生歓迎週間...ですか?」

「ああ、前の生徒会長と葉村先生が発案したイベントで、期間中は特殊なメニューが出るのよ。例えばお赤飯とかね」

 

それを聞いて、一夏は驚いた。

生徒会長権限はこんな所まで発揮されるのか。そんな驚きが脳内を駆け巡る。

それを見て、楯無は得意げな顔になった。

 

「驚いた?この学園の生徒会長にはね、生徒会長権限っていうものがあるの。規則の範囲内ならある程度色々出来るから、こういうイベントなんかも作れちゃうってわけ」

「はぁ...それは凄いですね...」

 

一夏は、思わず反応が薄くなってしまった。

それを楯無は好意的に受け取ったのか、上機嫌な顔になる。

そして、楯無は一夏の手を握り、引っ張った。

 

「うおっ!」

「早く行かないと、今日の目玉が売り切れちゃうわよ。売れ残りは流石に嫌でしょ?」

 

楯無はそう言って、部屋のドアを開ける。

そして、一夏を引っ張り出してから鍵を閉め、一夏の手を引きながらダッシュした。

先導する楯無を見ながら、一夏は思う。

 

(楯無さんは、やっぱり楯無さんなんだな...)

 

一夏がそう考えていると、楯無が振り向く。

 

「どうしたの?おねーさんの顔に何かついてる?」

 

そう聞かれた一夏は、咄嗟に言い訳を考える。

そして、思いついた言い訳を言葉にした。

 

「いえ。女子なのに並の男子より足が速いなと思いまして」

「まあ、これでもロシアの国家代表だもん。ほら、急ぐわよ!」

 

そう言うと、楯無はより一層速くなった。

一夏も、それに対応して速く走る。

二人は、奇妙な連帯感を感じていた。

その直後、

 

「織斑、更識。廊下は走るな」

 

亜音速で飛んできた出席簿が楯無の後頭部に直撃し、跳ね返って一夏の額に突き刺さる。

二人の連帯感は、ある一人の教師によってより高い物となった。

 

「織斑、初めての土地ではしゃぎたいのはわかるが、周りに迷惑をかけるな。更識、生徒会長が規則を破ってどうする」

 

ごもっともな意見に、二人は同時に同じ言葉を返す。

 

「「すみませんでした。以後気をつけます」」

「分かればいい。そら、とっとと行け」

 

その言葉を聞いて、二人は早歩きで去っていった。

まるで、競歩の選手のようだった。

 

「やれやれ。困った奴等だ」

 

それを見て、千冬は苦笑する。

そして、寮長室の方に向かって歩いていった。

 

その後、頭を擦りながら学食に着いた二人は、同じテーブルで限定メニューを食べた。

二人の絆が、少し深まった気がした。

 

 

 

 




次は楯無との稽古を、次の次でセシリア戦を書こうかと思ってます。
色々あって執筆速度が低下していますが、応援よろしくお願いします。

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