IF一夏と束の話【凍結】 作:吊られた男の残骸
今回は番外編となっております。
お察しの通り一夏の過去の話で、冒頭に原作キャラ死亡描写があります。細かい表現はしていませんが、苦手な方はご注意を。
では、本編をどうぞ。
【番外編】 それは一つの
強烈な悪寒を感じて、目を開けた。
身に纏っていたホワイト・テイルは、ハイパーセンサーを残してほぼ全壊。左腕と両足は異様な方向に折れ曲がり、腹からは少なからず出血している。左目は既に潰れていて、とても戦える状態ではなかった。
首を動かすのも辛い状態で周りを見渡すと、周囲には見るも無惨なアリーナの残骸と、色とりどりの金属片があった。
その中にある一際大きい銀灰色の装甲に胸騒ぎを覚えて、無事な右目で左を見る。すると、赤茶色の長い髪を伸ばした女性の頭がそこにあった。
見間違えるわけがない。あれは――
「――蘭?」
蘭の首だ。
「目ェ覚めたかよ、織斑イチカ」
「お、まえは...」
「名乗れるような御大層な名前は無いんでね。そっちで勝手に名付けてくれや」
第三形態に至った白式でも、各国のエリートである専用機持ちでも、屈指の実力を持つ教師陣でも、世界最強と呼ばれた千冬姉でも敵わない、悪魔のような実力者。
いいや。
あれは、紛う事なき"悪魔"だ。
「いいか織斑イチカ。俺はお前を殺さねぇ。ここにいない以上、ドイツの女も殺さねぇ。...どうせ、生かしておいたところで障害にもならねぇからな」
"悪魔"はそう言いながら、スラスターを吹かして飛翔する。
かろうじて機能を停止していないハイパーセンサーでその姿を追いながら、俺は声の限り叫んだ。
「畜生がああああああああああああああ!!!!」
――かくして俺の世界は終わった。
仲の良かったクラスメイトも、頼りにしていた戦友たちも、最強だった実の姉も、物言わぬ骸と成り果てた。
皆を守る。そんな大層な理想を掲げておいて、俺は誰一人守れなかったのだ。
現実は、俺の幸せを無情に奪っていった。
◇
そんな後悔を抱えたまま、半年の時が流れた。
戦力の大部分を失ったIS学園は、各国から国家代表や元ヴァルキリーを招集することで戦力を補填。更にEOS等を配備した部隊を導入し、防備の増強を図っていた。
その一方、
季節と共に世界が変わりゆく中、俺は人知れず敵対勢力と交戦していた。裏の人間として動いているが故に、俺の機体には偽装用パッケージが装着されている。
全身には偽装用の増加装甲が施され、顔にはバイザー型のハイパー・センサーを装着し、声は高精度なボイスチェンジャーによって女性のそれに変化している。自身の正体に結びつかないよう、機体色も血のような赫に変更した。
その念入りな偽装のおかげか、俺自身が暗躍していることを知る者は存在しない。仮に知られたとしても、クロエが速やかに
故に、俺は未だ破壊活動を続けていられた。
「――クロエ、後処理を頼む」
「既にゴーレムⅣを向かわせています。一夏様はパッケージの換装を受けてください」
「了解した」
この艦の構造はかなり難解で、この艦で生活しているクロエですら気を抜けば迷うらしい。方向感覚があまり良くない俺にとっては、まさしく迷路というべきものである。
しかし、発着艦ゲートからラボまでの道順はとっくに頭に叩き込んである。変な道を通りさえしなければ、迷う事はない。
そのまま数分ほど歩くと、特に迷うことなくラボに辿り着いた。持っていたカードキーで扉を開けると、
「お帰り、いっくん」
「...ただいま。束さん」
いつものように、束さんが待っていた。軽い挨拶を交わしつつ、俺は首に装着したIS――雪暮を外して彼女に渡す。
そして空いていたソファーに座った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。
「眠いの?今日は泊まっていく?」
「...はい。朝になったら起こしてください」
最後の体力を振り絞ってそう言うと、こみ上げてきた眠気が俺の意識を奪っていった。
◇
「...お疲れ様、いっくん」
眠ってしまったいっくんの頭を撫でて、私は雪暮を整備するためにマシンアームを展開する。まるで恋人同士のような会話だったけれど、私たちの関係に色気なんてものは存在しない。
幼馴染の弟と、年頃の女。字面だけなら確かにそういう関係に見えなくもないが、実際のところは全く違っている。
私たちは復讐者だ。世界の悪意によって大切な人を殺され、そして世界を憎んだ哀れな存在だ。
故に私たちは協力関係にある。かつては半ば敵対していたけれど、皮肉にも、大事な人を喪ったことで手を取り合うことができたのだ。
その結果出来上がったのが、白式に代わる第二の翼である雪暮だ。
登場者本人をISと融合させることで、飛躍的な戦闘力の増加を図った狂気の産物。リィン=カーネイションのデュアルコアシステムと生体同期型ISを融合させ、
しかし、それは相手も同じだった。
かつて私が戯れに設計した機体の中に、雪暮の原型というべき機体があった。亡国機業はその設計データを盗み出し、再設計を行ってとあるISを組み上げた。
それこそがかつてIS学園を襲撃した"悪魔"の機体。そして、その操縦者となった男。
もちろん、いっくんと完璧に融合している"心鉄"には及ばない。けれど、それでも当時は無双の機体だった。同じデュアルコアであるリィン=カーネイションや、
だから私は雪暮を設計した。もう二度と、誰かを喪わなくてもいいように。
そしていつか、あの男を殺すために。
「この恨みは、いつか返すよ」
その呟きは、登り始めた朝日の輝きに溶けて消えていった。
◇
翌日の朝。
束さんの用意した小型潜水艇によってIS学園に戻った俺は、寮の廊下を歩いていた。
今や俺の部屋は一人部屋であり、とある事情で預かっていた猫も俺の元を去っている。故に、長期間部屋を空けても問題ない。
とはいえ、朝の時点で食堂にいなければ生徒たちに怪しまれてしまう。それを避けるため、俺はこっそりと自室に向かっていた。
幸い誰にも見咎められる事なく自室に着いた俺は、隣人を起こさないよう静かにドアを開ける。するとそこには、思わぬ先客がいた。
「待っていたぞ、一夏」
「...ラウラか」
その正体はラウラ。"悪魔"の襲撃を偶然にも免れた唯一の専用機持ちであり、生徒会長代理を務めている実力者だ。
書類上の生徒会長は俺ということになっているが、裏の仕事の関係で実務はラウラに任せきりである。
そのラウラが俺の部屋に乗り込んできたということは、何か重要な案件があるということだろう。
そう思っていたのだが、ラウラは口を開かない。言いたいことがあるのはわかるが、それを口に出せないといった様子だ。
「飲み物を持ってくる。コーヒーでいいか」
「...ああ。構わない」
ならば口を開くきっかけを作ってやろうと、俺は飲み物を用意するために席を立つ。
無言の部屋に、豆を挽く音が響く。以前山田先生に教わってから、コーヒー豆を挽くのはちょっとした趣味になっていた。
「...そういうところだけは、変わらないな」
「よく言われるさ。...ほら、出来たぞ」
そう言ってコーヒーの入ったマグカップを渡すと、ラウラは一口飲んで息を吐く。
その様子は、千冬姉に瓜二つだった。
「...なあ、一夏」
「何だ」
マグカップを置いて、ラウラが問う。
「お前は、いつまで戦い続けるつもりなんだ?」
「...俺が死ぬか、俺を狙う勢力がいなくなるか。どちらかにならない限り、きっと永遠に続くだろうな」
「...そうか」
ラウラの問いに、俺はそう答える。
それ以外の選択肢はとうに棄てた。俺に残っている未来は、もはやこれしかない。
「私は...いや。死んでいった皆も、きっとそれは望んでいないだろう」
「望まれなくても俺は戦う。戦わなければ、失うだけだから」
ぽつり。とラウラが言葉を漏らしたが、俺はその言葉を一蹴する。
俺の戦う理由は、言ってしまえばただの贖罪だ。こんなことは誰も望まないだろうけど、俺はこうでもしないと自分を赦せない。
所詮は下らない自己満足だが、その根底にあるのは、護りたかったものを護れなかった事への後悔と、手が届く限りの人を護りたいという願いだ。故に俺は、誰に何を言われようと止まる気はない。
「違う!私が言っているのはそういうことではない!...優しかったお前が、変わっていくのが耐えられないんだ...っ!」
「...っ」
そこまで言われて、ようやく理解できた。
摩耗していく俺の姿を見て、ラウラは激しく心を痛めていたのだろう。俺だって、想い人が憔悴していく様を見れば心が痛む。
不意に、悪魔の囁きが脳裏をよぎった。
ここで何もかもを捨て去れば、少なくともラウラを悲しませることはなくなるし、俺自身もこれ以上手を汚さなくてよくなる。
そうなれば、どれだけ幸せだろうか。
「――ッ!」
そこまで考えた瞬間、俺は気合いでその考えを押し殺した。
確かに、ここで戦うことを止めれば平和に生きられるかもしれない。
けれど、そんなことはできない。
俺はあの地獄で生き残ったのだ。死んでいく仲間たちを差し置いて、ただ一人生き残ってしまったのだ。仇を討たなければ気が済まない。
それに、俺の理想は未だ風化していない。それどころか、むしろ輝きを増したような気さえする。
だから、俺は――
「...悪いな、ラウラ」
そっと、ラウラを抱き寄せた。
「辛い思いをさせてるのはわかった。けどさ、もう止まれないんだ。"悪魔"との因縁に決着をつけなきゃ、きっと俺自身が耐えられない。それに――」
自分の想いを語りながら、俺は優しくラウラを包み込む。幸いにも、ラウラはされるがまま腕の中に収まってくれた。
「――どこまでいっても、俺は馬鹿だから。せめて手の届く範囲くらいは護りたいんだよ」
不格好な微笑みを浮かべながら頭を撫でてやると、ラウラは俺の胸に縋りついてくる。
そして涙でぐしゃぐしゃになった顔を俺に向けて、押し殺した涙声で心情を吐き出した。
「...馬鹿者っ!...そんなことを言われては、止められないだろう...っ」
泣きじゃくるラウラを、俺はただ撫で続ける。その手付きはどこまでも優しく、まるで子をあやす父親のように。
よほど溜め込んでいたのだろう。その涙は留まることを知らず、俺のシャツを濡らしていた。
(...護らないとな。ラウラのことも)
――未だ泣き止まないラウラを撫でながら、俺は一つの決意を固めていた。
過去編でお茶を濁すスタイル。
本編も多少進んでいるので、少しばかり早めに投稿できそうです。
では、次回をお楽しみに。