IF一夏と束の話【凍結】   作:吊られた男の残骸

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一月空けてしまい、申し訳ありません。
今回は番外編となっております。
お察しの通り一夏の過去の話で、冒頭に原作キャラ死亡描写があります。細かい表現はしていませんが、苦手な方はご注意を。

では、本編をどうぞ。




番外編
【番外編】 それは一つのエピローグ(プロローグ)


 強烈な悪寒を感じて、目を開けた。

 身に纏っていたホワイト・テイルは、ハイパーセンサーを残してほぼ全壊。左腕と両足は異様な方向に折れ曲がり、腹からは少なからず出血している。左目は既に潰れていて、とても戦える状態ではなかった。

 首を動かすのも辛い状態で周りを見渡すと、周囲には見るも無惨なアリーナの残骸と、色とりどりの金属片があった。()()I()S()に立ち向かった皆のIS。その装甲だ。

 その中にある一際大きい銀灰色の装甲に胸騒ぎを覚えて、無事な右目で左を見る。すると、赤茶色の長い髪を伸ばした女性の頭がそこにあった。

 見間違えるわけがない。あれは――

 

「――蘭?」

 

 蘭の首だ。

 

「目ェ覚めたかよ、織斑イチカ」

 

「お、まえは...」

「名乗れるような御大層な名前は無いんでね。そっちで勝手に名付けてくれや」

 

 全身装甲(フルスキン)のISを纏った()は、地面に這い蹲る俺を見下ろしながらそう告げた。

 第三形態に至った白式でも、各国のエリートである専用機持ちでも、屈指の実力を持つ教師陣でも、世界最強と呼ばれた千冬姉でも敵わない、悪魔のような実力者。

 いいや。

 あれは、紛う事なき"悪魔"だ。

 

「いいか織斑イチカ。俺はお前を殺さねぇ。ここにいない以上、ドイツの女も殺さねぇ。...どうせ、生かしておいたところで障害にもならねぇからな」

 

 "悪魔"はそう言いながら、スラスターを吹かして飛翔する。

 かろうじて機能を停止していないハイパーセンサーでその姿を追いながら、俺は声の限り叫んだ。

 

「畜生がああああああああああああああ!!!!」

 

 ――かくして俺の世界は終わった。

 仲の良かったクラスメイトも、頼りにしていた戦友たちも、最強だった実の姉も、物言わぬ骸と成り果てた。

 皆を守る。そんな大層な理想を掲げておいて、俺は誰一人守れなかったのだ。

 現実は、俺の幸せを無情に奪っていった。

 

 

 

 

 そんな後悔を抱えたまま、半年の時が流れた。

 戦力の大部分を失ったIS学園は、各国から国家代表や元ヴァルキリーを招集することで戦力を補填。更にEOS等を配備した部隊を導入し、防備の増強を図っていた。

 その一方、織斑千冬(ブリュンヒルデ)の死が原因で、俺を狙う勢力の動きは活発化した。束さんの協力の元、IS学園にその手が及ぶ前に自ら潰して回っているが、潰しても潰してもまたどこかで現れる。やはり、天然の男性IS操縦者はあらゆる勢力が欲しがるのだ。

 

 季節と共に世界が変わりゆく中、俺は人知れず敵対勢力と交戦していた。裏の人間として動いているが故に、俺の機体には偽装用パッケージが装着されている。

 全身には偽装用の増加装甲が施され、顔にはバイザー型のハイパー・センサーを装着し、声は高精度なボイスチェンジャーによって女性のそれに変化している。自身の正体に結びつかないよう、機体色も血のような赫に変更した。

 その念入りな偽装のおかげか、俺自身が暗躍していることを知る者は存在しない。仮に知られたとしても、クロエが速やかに口封じ(暗殺)しているので、情報が漏れた事はない。

 故に、俺は未だ破壊活動を続けていられた。

 

「――クロエ、後処理を頼む」

「既にゴーレムⅣを向かわせています。一夏様はパッケージの換装を受けてください」

「了解した」

 

 ()()に帰投した俺は、クロエと事務的な会話を交わしてから束さんのラボへ向かう。

 この艦の構造はかなり難解で、この艦で生活しているクロエですら気を抜けば迷うらしい。方向感覚があまり良くない俺にとっては、まさしく迷路というべきものである。

 しかし、発着艦ゲートからラボまでの道順はとっくに頭に叩き込んである。変な道を通りさえしなければ、迷う事はない。

 そのまま数分ほど歩くと、特に迷うことなくラボに辿り着いた。持っていたカードキーで扉を開けると、

 

「お帰り、いっくん」

「...ただいま。束さん」

 

 いつものように、束さんが待っていた。軽い挨拶を交わしつつ、俺は首に装着したIS――雪暮を外して彼女に渡す。

 そして空いていたソファーに座った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

「眠いの?今日は泊まっていく?」

「...はい。朝になったら起こしてください」

 

 最後の体力を振り絞ってそう言うと、こみ上げてきた眠気が俺の意識を奪っていった。

 

 

 

 

「...お疲れ様、いっくん」

 

 眠ってしまったいっくんの頭を撫でて、私は雪暮を整備するためにマシンアームを展開する。まるで恋人同士のような会話だったけれど、私たちの関係に色気なんてものは存在しない。

 幼馴染の弟と、年頃の女。字面だけなら確かにそういう関係に見えなくもないが、実際のところは全く違っている。

 私たちは復讐者だ。世界の悪意によって大切な人を殺され、そして世界を憎んだ哀れな存在だ。

 故に私たちは協力関係にある。かつては半ば敵対していたけれど、皮肉にも、大事な人を喪ったことで手を取り合うことができたのだ。

 

 その結果出来上がったのが、白式に代わる第二の翼である雪暮だ。

 登場者本人をISと融合させることで、飛躍的な戦闘力の増加を図った狂気の産物。リィン=カーネイションのデュアルコアシステムと生体同期型ISを融合させ、()()()()()()()()をも計算に入れて製造した()()()()。その性能は現代のISを遥かに凌駕し、理論上は各国の国家代表をまとめて相手取ってもなお完封できるほどのスペックを持っている。

 

 しかし、それは相手も同じだった。

 かつて私が戯れに設計した機体の中に、雪暮の原型というべき機体があった。亡国機業はその設計データを盗み出し、再設計を行ってとあるISを組み上げた。

 それこそがかつてIS学園を襲撃した"悪魔"の機体。そして、その操縦者となった男。

 ()()()()()()()()()()を持っていた"悪魔"は、ISとの生体融合を経て比類なき戦闘能力を獲得し、ついにはちーちゃんさえも殺してみせた。

 

 もちろん、いっくんと完璧に融合している"心鉄"には及ばない。けれど、それでも当時は無双の機体だった。同じデュアルコアであるリィン=カーネイションや、白式の第三形態(ホワイト・テイル)、そしてちーちゃんの駆る暮桜すらも撃破していることからも、あの機体の強力さが伺える。

 だから私は雪暮を設計した。もう二度と、誰かを喪わなくてもいいように。

 そしていつか、あの男を殺すために。

 

「この恨みは、いつか返すよ」

 

 その呟きは、登り始めた朝日の輝きに溶けて消えていった。

 

 

 

 

 翌日の朝。

 束さんの用意した小型潜水艇によってIS学園に戻った俺は、寮の廊下を歩いていた。

 今や俺の部屋は一人部屋であり、とある事情で預かっていた猫も俺の元を去っている。故に、長期間部屋を空けても問題ない。

 とはいえ、朝の時点で食堂にいなければ生徒たちに怪しまれてしまう。それを避けるため、俺はこっそりと自室に向かっていた。

 幸い誰にも見咎められる事なく自室に着いた俺は、隣人を起こさないよう静かにドアを開ける。するとそこには、思わぬ先客がいた。

 

「待っていたぞ、一夏」

「...ラウラか」

 

 その正体はラウラ。"悪魔"の襲撃を偶然にも免れた唯一の専用機持ちであり、生徒会長代理を務めている実力者だ。

 書類上の生徒会長は俺ということになっているが、裏の仕事の関係で実務はラウラに任せきりである。

 そのラウラが俺の部屋に乗り込んできたということは、何か重要な案件があるということだろう。

 そう思っていたのだが、ラウラは口を開かない。言いたいことがあるのはわかるが、それを口に出せないといった様子だ。

 

「飲み物を持ってくる。コーヒーでいいか」

「...ああ。構わない」

 

 ならば口を開くきっかけを作ってやろうと、俺は飲み物を用意するために席を立つ。

 無言の部屋に、豆を挽く音が響く。以前山田先生に教わってから、コーヒー豆を挽くのはちょっとした趣味になっていた。

 

「...そういうところだけは、変わらないな」

「よく言われるさ。...ほら、出来たぞ」

 

 そう言ってコーヒーの入ったマグカップを渡すと、ラウラは一口飲んで息を吐く。

 その様子は、千冬姉に瓜二つだった。

 

「...なあ、一夏」

「何だ」

 

 マグカップを置いて、ラウラが問う。

 

「お前は、いつまで戦い続けるつもりなんだ?」

「...俺が死ぬか、俺を狙う勢力がいなくなるか。どちらかにならない限り、きっと永遠に続くだろうな」

「...そうか」

 

 ラウラの問いに、俺はそう答える。

 それ以外の選択肢はとうに棄てた。俺に残っている未来は、もはやこれしかない。

 

「私は...いや。死んでいった皆も、きっとそれは望んでいないだろう」

「望まれなくても俺は戦う。戦わなければ、失うだけだから」

 

 ぽつり。とラウラが言葉を漏らしたが、俺はその言葉を一蹴する。

 俺の戦う理由は、言ってしまえばただの贖罪だ。こんなことは誰も望まないだろうけど、俺はこうでもしないと自分を赦せない。

 所詮は下らない自己満足だが、その根底にあるのは、護りたかったものを護れなかった事への後悔と、手が届く限りの人を護りたいという願いだ。故に俺は、誰に何を言われようと止まる気はない。

 

「違う!私が言っているのはそういうことではない!...優しかったお前が、変わっていくのが耐えられないんだ...っ!」

「...っ」

 

 そこまで言われて、ようやく理解できた。

 摩耗していく俺の姿を見て、ラウラは激しく心を痛めていたのだろう。俺だって、想い人が憔悴していく様を見れば心が痛む。

 不意に、悪魔の囁きが脳裏をよぎった。

 ここで何もかもを捨て去れば、少なくともラウラを悲しませることはなくなるし、俺自身もこれ以上手を汚さなくてよくなる。

 そうなれば、どれだけ幸せだろうか。

 

「――ッ!」

 

 そこまで考えた瞬間、俺は気合いでその考えを押し殺した。

 確かに、ここで戦うことを止めれば平和に生きられるかもしれない。

 けれど、そんなことはできない。

 俺はあの地獄で生き残ったのだ。死んでいく仲間たちを差し置いて、ただ一人生き残ってしまったのだ。仇を討たなければ気が済まない。

 それに、俺の理想は未だ風化していない。それどころか、むしろ輝きを増したような気さえする。

 だから、俺は――

 

「...悪いな、ラウラ」

 

 そっと、ラウラを抱き寄せた。

 

「辛い思いをさせてるのはわかった。けどさ、もう止まれないんだ。"悪魔"との因縁に決着をつけなきゃ、きっと俺自身が耐えられない。それに――」

 

 自分の想いを語りながら、俺は優しくラウラを包み込む。幸いにも、ラウラはされるがまま腕の中に収まってくれた。

 

「――どこまでいっても、俺は馬鹿だから。せめて手の届く範囲くらいは護りたいんだよ」

 

 不格好な微笑みを浮かべながら頭を撫でてやると、ラウラは俺の胸に縋りついてくる。

 そして涙でぐしゃぐしゃになった顔を俺に向けて、押し殺した涙声で心情を吐き出した。

 

「...馬鹿者っ!...そんなことを言われては、止められないだろう...っ」

 

 泣きじゃくるラウラを、俺はただ撫で続ける。その手付きはどこまでも優しく、まるで子をあやす父親のように。

 よほど溜め込んでいたのだろう。その涙は留まることを知らず、俺のシャツを濡らしていた。

 

(...護らないとな。ラウラのことも)

 

 ――未だ泣き止まないラウラを撫でながら、俺は一つの決意を固めていた。

 

 

 

 




過去編でお茶を濁すスタイル。
本編も多少進んでいるので、少しばかり早めに投稿できそうです。

では、次回をお楽しみに。



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