夜の人里に悲鳴が上がった。
それは決して大きな声ではなかったが、奴隷を除く三人が気づくのには充分だった。
稗田邸に行ってしまった奴隷を引き戻すのを考えたが、時間の無駄だと判断して悲鳴の元に急行した。
そんな事に気づいていなかった奴隷は、稗田邸の当主の稗田阿求に意見を伺っていた。
「空間を割る、封印されていた妖怪…ですか。難しいですね」
阿求はパラパラと幻想郷縁起をめくるも、特に情報は得られなかった。
「空間を割るのは紫さんぐらいしか見たことない。でも、椛が言うには、紫さんはあんな乱雑に割らないって言ってましたけど」
二人はうんうん唸りながら考えたが、その時間は無駄だった。
阿求は過去の書物を見ると言い、立ち上がった。
その瞬間、軽い地響きが二人を襲った。
嫌な予感がした。
「外の様子を見てきます」
奴隷は月傘を持ち、慌ただしく外へ出た。
周囲を見渡すと、ちらと火が見えた。
「あれは妹紅の…」
そう思った時には、奴隷は駆け出していた。
「虚人『ウー』!」
妹紅の弾幕は命中したが、それでも妹紅は攻撃を受けた。
「くそっ、何なんだあいつは!」
三人の前には、圧倒的な妖力を放つ妖怪が君臨していた。
無鬼夜行は一度吠え、再び妹紅に襲いかかった。
妹紅の体はまだ再生しきっておらず、動けないでいた。
無鬼夜行の攻撃を椛が盾で受け流す。
妖夢は刀を構える。
「断迷剣『迷津慈航斬』」
妖夢の斬撃をくらい、無鬼夜行は怯んだ。
その隙に椛もスペルを詠唱する。
「牙符『咀嚼玩…』」
近づいた椛だが、無鬼夜行は乱雑に腕を振るった。
慌てて盾で受け流すも、とうとう亀裂が入ってしまった。
気づいた時には、無鬼夜行は腕を振り上げていた。
妹紅と妖夢がカバーしようとするが、無鬼夜行の方が早い。
「銃符『ルナティックスナイパー』!」
遠くから放たれた月の光の弾丸は無鬼夜行を貫いた。
無鬼夜行は激しく苦しんだ。
月の光の弾丸は、穢れが多ければ多いほど威力を増す。
普通の妖怪より数倍穢れている無鬼夜行にとっては、奴隷の一弾は非常に痛かった。
無鬼夜行は両手を突き出し、空気を掴むような仕草をした。
力を込めて動かすと、それに合わせて
これには四人も驚いた。
無鬼夜行は割れた空間の先に行ってしまい、姿を完全に消してしまった。
深追いは危険だと判断した。
「あいつが犯人か…。一体何なんだありゃ?」
「あんな妖怪は見たことない。憎悪の感情に支配されてるようだ」
妹紅は肩をすくめてみせた。
椛と妖夢も同じ仕草をした。
「稗田邸に行こう。稗田様の収穫がある事を願うばかりだが」
「決まりだな」
残党狩りは戦闘場所を後にし、稗田邸に向かった。
八雲紫は頭を抱えていた。
妖夢からの報告を聞いて以降この調子だ。
「まさか…あれが?」
紫の手元には一枚の巻物が開かれている。
何百年前も昔の巻物だ。
紫は再び目を通した。
阿求は一つの本を開いた。
どの代かは不明だったが、そこにはある異変のことが書かれていた。
その名も『無鬼夜行異変』。
「恐らく、その妖怪は無鬼夜行。過去に封印されたはずの妖怪よ」
奴隷は質問してみた。
「…無鬼夜行とは?」
「そうですね。無鬼夜行とは…」
阿求が口を開いた。
歴史の授業の始まりだ。