一言で言えば牢屋に見える空間に、比那名居天子と永江衣玖は捕まっていた。
薄暗く、檻の外からのみ光が漏れている。
「総領娘様…」
「いいのよ衣玖。紫と思って油断した私が悪いんだから」
天子達の前にスキマが出現した時、天子は紫かと思っていた。
その油断をつかれ、こうもあっさりと捕まってしまった。
「ああもう、やっぱりスキマは嫌いだわ」
前回も、紫に怒られてスキマに敗北した。
再び正邪が来るまで…天子は目を閉じた。
目の前のスキマから、紫ではない誰かが現れた。
小さな角が生えていることから、奴隷は鬼かと思った。
「やっと見つけたよ八雲藍。おや?それに、探してた人も見つかるなんて」
「…藍さん?」
藍の顔に力が入っている。
目の前の鬼を睨みつけていた。
紫に関係する人なら、藍がこうも敵対視しないはずだ。
奴隷は目の前の鬼に警戒する。
「貴女は誰ですか?見たところ鬼に見えますが」
そう質問してみたが、目の前の相手ではなく藍が即座に否定した。
「違う、こいつは天邪鬼だ。鬼人正邪という名前だ」
「天邪鬼…でも、何故スキマの程度の能力を使っている?紫さんの知り合いか?」
「そうだねぇ。逃走中に何回も顔を合わせたことはあるな。嫌というほどな。だが!」
正邪は一度言葉を切り、強調するように言った。
「もう、八雲紫に興味はない」
「ふざけるな!紫様の程度の能力は返してもらう!」
「…勝負を挑んだ結果、負けたのはどっちだ?」
「お前は卑怯な手しか使わない。紫様の時だって、弱っているところを狙った」
「そうだ。先の大異変で、月の賢者に打ち負かされてボロボロの状態と聞いてね。そのチャンスを逃すわけがないだろう?」
「下衆が…!」
力みすぎて、応急処置した箇所から血が溢れ出してきた。
「藍さん落ち着いて!」
今にも飛びかかる勢いの藍を、両手で抑える。
両手で抑えられてしまう。
「(かなり弱ってる…このままじゃ藍さんが…)」
奴隷は藍に耳打ちをする。
「逃げてください藍さん。ええ、反対する気持ちは分かります。でも、この状況では…言っては悪いのですが、足でまといになりかねません。お願いです藍さん」
「…っ」
藍は小さく頷く。
さすが、頭の回転が早いだけはある。
瞬時に状況を把握してくれたのは幸いだ。
「今です藍さん!」
奴隷は月傘を正邪に向けて発砲する。
正邪が怯んだ隙に、藍は逃げ出した。
「ちっ!」
正邪が何かをする前に、奴隷は正邪に飛びかかった。
しかし、奴隷は正邪に跳ね除けられた。
「逃げたか…まぁいい。お前にも用はあったんだ」
「ごほっ…俺に用だと?」
「そうだ。お前は紅魔館の…奴隷という立場にいる。息苦しくないのか?主からこき使われて、休む暇すら与えられやしない。なぁ奴隷、私と一緒にこの幻想郷をひっくり返さないか?私は弱者が幻想郷を支配する世を作りたいんだ」
奴隷は正邪の言葉を聞き、それでも月傘を握る力は弱めなかった。
奴隷は立ち上がりながら言う。
「弱者が支配する?考えてみろ。仮に革命が成功しても、その革命からは必ず一人の強者が生まれる。強者がいなければ、弱者同士は覇権争いの醜い戦いを起こすだろう。悪いが、お前の言ってる革命は理想にすぎないんだよ!」
奴隷は月傘を構える。
正邪はしばらく沈黙していたが、やがて笑いだした。
「く、くく。何を言い出すかと思えば…お前は私の誘いを蹴った。なら私の敵だ!」
正邪は一枚のスペルカードを取り出す。
「逆符『天地有用』」
正邪の周りから、明るい紫色の弾幕が発生する。
「(弾幕?…フランドールのより密度が低い!)」
避けようかと思った瞬間、世界が反転した。
突然の出来事に反応できなかった奴隷は、正邪の弾幕を被弾する。
もう一度世界が反転し、奴隷は地面に叩きつけられた。
被弾した箇所から出血している。
「(何故…弾幕は、被弾しても
フランドールとの遊びで被弾しまくっていた奴隷だが、一回も出血はしたことなかった。
せいぜい服がボロボロになり、被弾した箇所がじんわりと痛む程度だ。
当たりどころが悪ければ死ぬということは聞いていたが…。
「!?」
奴隷が行動する暇もなく、スキマから飛び出た標識が腹に直撃した。
それが数回繰り返され、奴隷は倒れてしまった。
「期待はずれだな。ここで殺してもいいが…そうだ!」
正邪は悪い顔をし、人一人が入る大きさのスキマを作った。
「よせ、よせ、やめろ!」
奴隷はスキマに蹴落とされた。
辛うじて、スキマの入口にしがみつく。
「異世界流し。一度やって見たかった!さあ奴隷、もう一度チャンスをやろう。私の仲間にならないか?」
正邪は手を差し出した。
しかし、奴隷は振り払った。
「もう一度言うぞ。理想にすぎねぇんだよ!」
そう言った瞬間、奴隷はスキマの奥へと吹き飛ばされた。
「幻想郷では、常識に囚われてはならないんだよ」
その言葉を最後に耳にして、幻想郷から奴隷は消えた。