最近、人里で血まみれの狐が出現しているという噂が流れている。
奴隷は興味を持たなかったが、人里へ訪れる時は必ず耳にする。
今日は、紅茶の葉を補充するために人里へ買い出しに来ていた。
「(また『血まみれの狐』の話か)」
一度広まればそう簡単になくなるものでは無い。
奴隷は店で紅茶の葉を買い、余ったお金で甘味処に寄る。
団子とお茶を頼み、一息つく。
「ん〜、甘くて美味しいな」
通りすがる人達を見ながら一つ一つ食べていく。
ゆっくりと、時間を使って完食し、紅茶の葉を持って紅魔館の方へと足を向けた。
月の羽衣を纏い、魔法の重りを調整しつつ空を飛ぶ。
相変わらず不安定だが、車のような密閉感が無い分、いくらかマシだ。
外の世界と違って、周りの目を気にする必要も無い。
皆、(何故か)空を飛べるだから。
空を飛ぶ時は下を見ない。
余計な恐怖心を抱かないためだ…が、今日はふとして下を見ていた。
だからこそ、奴隷は地面に付着していた血痕に気づいた。
「…血まみれ狐ね。興味は無かったが、あれを見たら、嫌でも好奇心が湧いちゃうだろ」
魔法の重りを回して降下する。
血痕は奥まで続いていた。
月傘を構えながら奥へと進む。
「あれは…?」
目線の先に何かが見える。
一目で、初めて見たものではないと分かった。
いや、むしろハッキリと記憶に残っている。
「八雲…藍さん!?その怪我は一体!?」
慌てて駆け寄り、傷の具合を見る。
あらゆるところから出血していて、文字通り『血まみれの狐』だ。
「救急車を…!」
自分の言葉にハッとする。
ここは幻想郷。
外の世界より遅れている場所なのだ。
「くそっ、なら永遠亭に!」
藍を背負おうとするも、傷口に触れてしまうために断念した。
何より、永遠亭の場所すら分からない。
困った奴隷は自らの上着を脱ぎ、それを月傘の刃の部分で切り裂き、それで藍の傷口を塞いだ。
最低限の応急処置を施して、一息つく。
藍が目覚めたのは夕暮れの時だった。
「う…ん?」
「藍さん!大丈夫ですか?」
「ここは…?それに、お前は紅魔館の…」
「心配しましたよ。まさか血まみれで倒れてたなんて、思いもしませんでしたから」
「血まみれ?そうだ、私は…!」
藍が立ち上がろうとしたので、慌てて抑える。
「応急処置を施しましたが、まだ重体のはずです」
「だが私はやる事がある」
「そんな体じゃ、ろくに動けませんよ。いいから大人しくして下さい!後で紅魔館に行きましょう。永遠亭への道のりは分かりませんから…」
藍は心配する奴隷を見て、立ち上がるのを諦めた。
「…世話を掛けてすまないな」
「それより、あんな血まみれで一体何があったんですか?傷口を見る限り、ただ転んだ…ということは無さそうですけど」
藍は沈黙した。
口を固く閉じて、一向に話そうとしない。
「…とりあえず、紅魔館に行きましょう。歩けますか?」
「なんとか歩ける」
立ち上がろうとする藍を支え、歩もうとする。
その時、奴隷と藍の目と鼻の先の空間が切れた。