宴会の後日、紅魔館に一通の手紙が届いた。
「奴隷、貴方宛てよ」
「俺に?」
掃除中に、咲夜から手紙を手渡される。
宛先は一切書いてなく、ただ小さな膨らみがあるだけだ。
「拝見するか」
手紙の内容はこうだ。
今日の夜に地図にマークした場所に来い、とのことらしい。
幻想郷の地形を完全に把握してない中、地図があるのは有難い!
しかし、送り主は誰なのだろう。
「ねーねー奴隷。その手紙はなんなの?」
「フランドール!実は送り主が分からなくて…一応俺宛らしいけど」
「その小さな膨らみは?」
「おっと、完全に忘れてた」
フランドールに指摘されて思い出した。
この謎の小さな膨らみ、爆弾ではなかろうか。
生唾を飲んで開くと、そこにあったのは小さなストラップだった。
串団子に木槌。
奴隷は確信した笑みを浮かべた。
「ははーん、分かったぞ」
「これで分かったの?」
「ああ。フランドール、今日は遊べそうにない。急用だ」
「そこには夜からでしょ?なら、その時間まで遊べるよね」
「そ、掃除がまだ…」
「私からあいつに言っておくからさ」
「拒否権は…無さそうだな」
「じゃあ、今日は弾幕ごっこね♪」
「…弾幕ごっこか!」
弾幕は美しい。
フランドールと行う遊びの中でも特に好きな部類だ。
難点は、弾幕に当たれば痛い。
必然的に避ける必要があるために、じっくりと弾幕を見ていられない。
本当にそこだけが残念と思うのだが、避けるスリルを味わうのには満点、特にグレイズ狙いの時ほど最高のスリルを味わえる。
「(それでも、痛くなければなぁ…)」
そう思いながら、奴隷はフランドールと夜まで遊んだ。
被弾数は二桁を軽く超えた。
「痛ってぇ…。容赦なくやるなフランドールめ」
苦笑しながら、地図にマークされている場所まで飛んでいく。
肩に月の羽衣を羽織り、パチュリーに貰った魔法の重りを羽衣に括りつけて何とか飛んでいる状態だ。
生憎この月の羽衣は異常に軽く、小さな風にすら影響されるため、左右にフラフラと揺れながら飛んでいる状態になる。
しばらく飛んでいると、前方に竹林が見えてきた。
地図には、どこかに目印があるらしいが…。
「あれか?」
一本の松明が地面に突き刺さっていた。
松明の炎は煌々と辺りを照らしている。
その松明を頼りに竹林へと入る。
中は思ったほど暗くはない。
奴隷がマークしてある場所に着くのには、さほど時間はかからなかった。
「明かりが見える…あれで間違いないようだな」
一軒の屋台がちょっとした広場にあった。
先客はすでに来ているようだ。
「清蘭!鈴瑚!」
その声に、二人の先客は反応した。
「奴隷ー!こっちこっち」
鈴瑚の手招きに誘われて屋台の椅子に座る。
「いらっしゃいませ。お飲み物何にします?」
「んー、そうだな…ジュースを頼むよ女将さん」
「はーい」
女将の方を見たら、何と羽が生えている。
まさかの、妖怪が経営している屋台だったのだ。
「あれ、日本酒をきらしちゃった…。清蘭ちゃん、ちょっと待っててね」
そう言って、女将はどこかへ飛んでいった。
その隙に、清蘭に話しかける。
「なぁ、あの女将さん妖怪だろ?危険とかないよな?」
「大丈夫大丈夫。ここには様々な人達が寄ってくるからね。むしろ安全なほうだよ」
「へぇ。清蘭がそう言うなら大丈夫かな」
ジュースをちびちび飲んでいると、女将が戻ってきた。
「お待たせして悪いねぇ」
清蘭の御猪口に日本酒を注ぐ。
清蘭はそれを飲み干した。
奴隷はメニューを見て、一番先頭の物を頼む。
「女将さん。八目鰻重を一つ」
「私は八目ひつまぶし」
「私は八目団子丼」
「はーい」
料理がくるまで、奴隷は会話を始める。
「紫さんと俺が帰った後…月はどうなった?」
「そりゃあ、驚きものの連続だったよ。大賢者様どころか、上層部の一部までもが関わっていたなんて」
「全員捕まったの?」
「サグメ様と月夜見様の手によってね」
「そりゃあ良かった。かえって混乱しないか心配しててね」
「××様の緊急の手紙のおかげだよ。あれのおかげでスムーズに事が済んだんだ」
「すまん鈴瑚。最初のところをもう一回言ってくれないか?聞き取れなかった」
「××様だよ」
鈴瑚の口から、どう聞き取ればいいのか分からない言葉がとんできた。
反応に困っていると、察した清蘭が鈴瑚に耳打ちをした。
「あー…なるほどね。悪いね奴隷。八意様だよ」
「八意…あの先生?」
「どの先生のことを指してるかは分からないけど、恐らくそれだよ」
「へぇ…。あの先生が月に通じていたのか」
「お待ちどうさま。八目鰻重に、八目ひつまぶしに、八目団子丼です」
「おっ、きたきた」
箸を取って、山椒をかける。
口に入れると、山椒のピリッとした辛さとタレの匂いが鼻を突き抜けた。
「…美味い」
「ありがとうございます」
「えっ、あー…」
思わず口に出していたようだ。
奴隷はジュースを飲んで落ち着き、再び口に入れる。
食べている間は無言だった。
皆、目の前の料理に夢中だった。
「「「ごちそうさま」」」
食べ終わり、口直しにジュースを飲む。
清蘭と鈴瑚は酒を呑む。
「八目鰻ってこんなにも美味いんだな。いやぁ、満腹満腹」
清蘭と鈴瑚も満腹のようだ。
「そういや奴隷」
「?」
「私の銃剣の事なんだけど」
「ああ、やっぱり返した方がいいよね」
「いやいや、そうじゃなくて。あの銃剣は今、多々良小傘って言う鍛冶妖怪に預けているんだ」
「鍛冶妖怪?何故?」
「あの見た目じゃあ、月に見つかった時に面倒でしょ?だから、その鍛冶妖怪にバレないように形を変えてもらうように頼んどいておいたのさ。他に便利な機能もプラスしてついてくるかもしれないよ。近いうちに小傘に会いに行ってね」
「ああ、分かった」
清蘭に場所を教えてもらう。
何故か墓場という、不吉な場所だが仕方が無い。
鈴瑚から幻想郷の、あの話し合いの後のことについて質問された。
「帰ってきたら、もう宴会の準備をしていたよ。紫さんが藍さんにすでに伝言を託していたらしいんだ」
「へぇ!そっちは楽しそうでいいねぇ」
「宴会は凄かったよ。ボロボロになった妖怪達が、体を引きずってまで参加していたからな。ていうか、皆酒豪すぎんよ」
「あっははは。それが幻想郷の魅力の一つだからねぇ。私達も、初めて幻想郷に調査に行った時には驚いたよ。あれほどの小さな体で大量のお酒を呑んだりね。全く、肝臓を見てみたいものだったよ。でも、皆楽しそうだった」
「私達月でも、宴会はやるんだけど…頻度は低いし、月の都全員が参加ってわけじゃないからね。そういう意味では、幻想郷が羨ましいよ」
「上は上同士で、下は下同士でって感じだからね。幻想郷は特にそういうのがないからいいね」
「ふーん…。あいつらもやってんのかな」
奴隷の脳裏に、月の都に侵入する時に同盟を組んだあの三人組を思い出す。
確か、純狐にクラウンピース、それにへカーティア・ラピスラズリだったか。
「(…ん?へカーティアとクラウンピースって
試しに聞いてみる。
「なぁ清蘭、鈴瑚。大賢者はあの後何か言っていたか?」
「大賢者様?んー…そういえば、地獄に進出するのは月の平和のためとか言っていたね」
「まぁ、地獄に行くことが私達の地獄なんだけどね」
「なるほどね」
奴隷は納得する。
大賢者はへカーティア達を倒すために地獄に近づこうとした。
しかし、それには幻想郷を通らなければならない。
しかも、月から地獄まではかなりの距離がある。
「(通り道である幻想郷を浄化して、拠点にしようと考えていたのか。はっ、これじゃ本当に幻想郷はただ巻き込まれただけだな)」
それに、奴隷はへカーティア達の強さを目の当たりにして無理だと思った。
それをホームグラウンドで、とは余計に勝機を失うだろう。
平和の前に全滅エンドだ。
「さあさあ、今日はまだまだ呑んでくよ。女将さんも付き合ってね」
「閉店時間まではまだまだよ」
「しゃあない。その流れに乗ってやるよ」
結局、奴隷と清蘭と鈴瑚と女将は日が昇るまで話していた。
その後は皆寝てしまい、後に発見したとある人妖が起こしに来るまで深い眠りに落ちていた、とのことらしい。
発見した人妖はいう。
あんな場所で寝ていたら風邪をひくぞ、と。
女将さんはミスティア・ローレライです。
八目鰻重は、現実でいううな重です。
八目ひつまぶしは、現実でいうひつまぶしです。
八目団子丼は、餅米と一緒に八目鰻を杵でついたものを、ーつ一つにタレをつけ、丁寧に焼き、ご飯の上にのせて出来上がる料理です。
この料理ができたきっかけは、鈴瑚の我儘からです。