奴隷と八雲紫が博麗神社に戻った時。
すでに博麗神社は賑わっていた。
料理に酒が並べられている。
「えぇ…準備早すぎやしませんかね紫さん?」
「先に藍に伝えて貰ったのよ」
いつ紫が藍に伝言を託した時間があったのかが不明だが、香り立つ料理に涎を垂らしながら宴会場へ向かった。
しかし、それはレミリアに止められた。
「奴隷、まだ残りの皿があるわよ?」
「それはどういう風に捉えれば?」
奴隷はにこやかに質問する。
「つまり、働け」
「拒否権は」
「奴隷にそんな権利はないわ」
「あぁ、そうかい…」
奴隷は、残っている料理の皿を持ち、空いてるテーブルにすばやく運んだ。
鬼、魔女、吸血鬼、それに人間など多種多様に混ざりあった博麗神社で宴会が行われた。
傷ついた体を引きずってまで参加している者達もいた。
奴隷は空腹を満たそうと、宴会の料理を食べ始める。
「ちょっといいかしら」
「?」
肉に手を伸ばしたところで、紫に声をかけられた。
「悪いけど、あまり食べすぎないでちょうだい」
「は、はあ」
そう言うと、紫はスキマの中に入っていってしまった。
事情は知らないが、奴隷は肉を小さめに切ってから食べた。
当然空腹を満たせるわけがなく、目の前に料理が並べられているのに食べられないーー生殺し状態がしばらく続いた。
賽銭箱の上に萃香が大きな一升瓶を一気飲みしていた。
それに応じるかのように周りの者も酒を飲み始める。
「…なんて飲みっぷりだ。あの小さな体型によく入るなぁ」
袖を引かれた。
「紫さん?」
「来なさい奴隷」
奴隷は紫のスキマに入っていった。
宴会場から離れるのは少し抵抗があったが。
「これは…」
奴隷は八雲邸へと案内された。
すでに料理が並べられている。
「ああ、あの時の約束ですか」
「まさにそうよ」
奴隷は料理の前に座るが、明らかに量が多い。
これが幻想郷式の出し方なのだろうかと思っていると、後ろの襖が開いた。
その瞬間、背筋に寒気がした。
「あら〜、大変美味しそうな料理ねぇ」
「今回はお客様もいるので、食べすぎないで下さいよ」
振り向くと、かなり前に紅魔館で出会った幽霊がそこにいた。
隣には二刀を背負った少女、確か妖夢だっただろうか。
二人に、紫と藍が各々の席に座った。
「まず、貴方に伝えたいことがあるわ」
「何でしょうか?」
紫は頭の帽子を取り、それを胸に当てる。
藍は目を閉じていて、幽々子はにこやかな笑顔で、妖夢は正座していた。
「幻想郷の賢者として、敬意を表するわ」
「俺に?そんな、俺も証拠を見つけられたのは偶然ですし…」
「それでも貴方は月の都に侵入したじゃない。紫の手助けがあって、やっと侵入できる私達に比べて、ただの人間が月の都に侵入したというのは、他にも見ないわよ〜」
「素直に感謝されておきな」
「は、はあ」
奴隷は頭を下げる。
ここまで感謝されたのは、意外と初めてかもしれない。
「とりあえず、いただきましょうか。幽々子が涎を垂らしてるし」
「幽々子様…」
一同、手を合わせてから料理に手をつける。
しばらく食べていると、妖夢が酒瓶を持ってきた。
「ああ、俺はいりませんよ」
「呑まないのですか?」
「ええ。そちらで呑んで構わないですよ」
妖夢は他の面々に酒を注いだ。
酒が入ってきたようで、口調も砕けてきた。
いつの間にか、紫と幽々子がペラペラと話し合っていた。
奴隷は水をコップに入れて、縁側に行った。
「会話の内容が分からんな。冥界だの言ってたけど…ん?」
縁側で寝ている人を発見した。
頭に猫耳、尻尾を生やしていることから妖怪と分かる。
「(八雲紫の側近に藍、そして橙がいるって話を聴いたことあるがーー橙はこの子かな?)」
起こさないように、少し距離をとって座る。
水を飲み干して脱力するも、どうも橙の存在が気になる。
すうすうと寝息を立てていて、その寝顔は愛くるしい。
そっと手を伸ばし、耳に触れる。
外の世界で、猫に触った感触とほぼ同じだった。
そのままほっぺたを突っつく。
「むにむに…」
口まで指がいったところで、その指を噛まれた。
「痛っ…くない」
甘噛みのようで、ガジガジと奴隷の指を噛む。
「…超えちゃいけないラインを超えそうだ」
奴隷は指を抜き取り、コップを持って縁側から離れる。
襖の前に立つ。
奥からは未だに談笑の声が聞こえる。
奴隷は襖を開けて、談笑の場に戻っていった。