脱出準備が整って二日が経過した。
昨日の外での仕事の時に梯子を隠しておいた。
あとは夜になるのを待つだけ。
何故夜なのか。
それはメイド妖精の就寝時間だからだ。
確かに、夜だとレミリアやフランドールが起きてしまう。
しかし、脱出ルートは必ずメイド妖精の視界に入ってしまう。
奴隷は量より質を選んだ。
「(これで失敗したら…いや、そんなことは考えなくていいか。成功することだけを考えるんだ)」
ネガティブな思考を取り払い、フランドールが起きるころを見計らってベッドに入る。
わざと寝息を立てて、いかにも寝てますという風に見せる。
うっかり寝てしまわないように気をつけながら、フランドールが部屋から出るのを確認する。
「(行ったか…)」
すぐさま魔導書の『Escape from the cage』をベッドの下から取り出し、『freedom』と書かれている魔法陣に魔理沙に貰ったキノコを置く。
魔法陣が光り、その直後に檻の扉が自動ドアのように開く。
「(もう…あとには引き返せないな)」
すっかりしなびれたキノコと魔導書をベッドの毛布の中に入れて膨らみを作り、人が寝ている風に偽装する。
「こんなもんだろ。幸いこの檻の中にフランドールは入ってこないから、朝まで騙せるだろ」
最後に、枕の下から一本のナイフを取り出す。
これは昨日外に落ちていた物で、おそらくメイド長のナイフだろう。
「護身用に持っていくか。…早くしないとフランドールが戻ってきちまう」
部屋の扉を開けて、周囲の様子を確認する。
目論見通り、メイド妖精は寝ているようだ。
廊下には誰もいない。
奴隷は部屋を抜け出し、廊下を静かに走る。
最大の難所、ヴワル魔法図書館を抜けた。
本を落として注意を引く作戦が上手くいったようだ。
あとは外に繋がる扉まで走るだけ。
メイド妖精の姿もない。
「(よし…いいぞ)」
目論見通りすぎて逆に怖いのだが、自分にとって有利ならそれでいい。
角を曲がり、あとはまっすぐ進むだけだった。
その時。
「奴隷?そこで何をしているの?」
背後から咲夜の声が聞こえ、心臓が飛び出そうになった。
「(見っみみみみつかっ、見つかった!?)」
全くの想定外のことに、思わず固まる。
咲夜はレミリアにつきっきりだと思っていたので、完全に想定外だった。
このまま固まってては状況が悪くなる一方なので、奴隷は即興で理由を考えた。
「え、えーと、フランドールがここの三部屋のなかのどれか一部屋に隠れててね。これで間違えたら罰ゲームっていうやつで…」
「…妹様なら部屋に戻ったわよ?」
「えっ、そ、そう?おっかしいなぁ〜、フランドールのやつ逃げたのかな?」
奴隷は一つの部屋に入る。
「(もう…覚悟を決めるしかない)」
手にはナイフが握られている。
「待ちなさい奴隷」
咲夜も続けて入ってくる。
その瞬間を狙って、ナイフで咲夜の首筋を切ろうとした。
しかし、響いたのは金属音。
「くっ…」
奴隷の一撃は咲夜のナイフによって防がれていた。
「…これはどういうつもりかしら?」
咲夜の声色が、いつも聞く声色とは違う。
初めて会った時の、殺人メイドの時の声色だ。
「…不意討ちは予想してたってことか。なら!」
奴隷はナイフを握っている右手とは反対の左手で咲夜の髪を掴み、強引に部屋の中に引きずり込む。
咲夜が倒れているうちに部屋の扉を閉め、鍵をかける。
「これで二人きりだなメイド長」
ナイフを咲夜に向けて構える。
「いい度胸ね。自ら密室を作るなんて、密室殺人がお好みかしら」
咲夜も、ナイフを奴隷に向けて構える。
「かかってきなさい。私を殺さなければ、紅魔館から出られないわよ」
紅魔館という広い館の一室で、脱出を掛けた勝負が始まろうとしている。
勝てば脱出、負ければ死。
この勝負に引き分けなどない。
一度目は紅魔館に来てすぐ。
二度目は解体作業に耐えかねて。
三度目は外の世界に帰るために。