Re:ゼロから始める一方通行   作:天条

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悪党と悪党、そしてヒーローは

腸狩りエルザ。

 

彼女がゆっくりと視線をエミリアから一方通行へ向けると、その不気味な笑みがはっきりと一方通行の目に映った。

舌で静かに唇を湿らせ、扱い慣れたそのククリナイフを構え直し再び戦闘態勢へと移行する。

 

 

「あら、まさかあなたもこの件に絡んでいたなんてね、今日はついてるわ、こんなに楽しい相手ばかりなんだもの」

 

「ブタが。丸焼きの下拵えはできてンだろォな」

 

対する一方通行も悪魔のような恐ろしい形相で敵を見据える。

そんな切迫した空気の中、耐えきれなくなったフェルトが口を開いた。

 

「おい、兄ちゃん...どうするつもりだ?さすがに相手が悪りぃ。死んじまうぞ」

 

先ほどの戦闘を見たかぎり、自分では歯が立たないと悟ったのか、フェルトが表情を曇らせる。

 

「オマエは少しすっこンでろ」

 

 そんな少女を軽く黙らせ、一方通行は呆然としているエミリアを庇うよう前に立つ。さらに持っている杖を投げ捨て、目の前の敵と視線を交わす。

 

「知ってるか?  俺の前に立ったクソ野郎は普通ならミンチになるンだぜ」

 

「あら、怖い。 でも楽しみね。  丸腰であなたがどう戦うのか、見ものだわ」

 

 数秒間、にらみ合いが続く。

それだけで場の空気はますます重みを増していく。

エミリア、フェルト、ロム爺もそれを感じ取ったのだろう。ゴクリと唾を飲み込みながら、一方通行とエルザの2人を見つめている。

 

そして、

 

 

ピリピリとした場の空気を最初に破ったのは括りナイフが風を切る音だった。

 

 エルザが一方通行に向かって突進する。

 

「ーーしっ」

 

 使い慣れているであろうそのナイフが蛇のようにうねりながら一方通行の腹回りへ。

吸い込まれるように入っていく。

通常の人間なら反応することはおろか、何が起きたかを考える暇も与えられない超スピード。気づけば、内臓はこぼれ落ち、硬い地面の感触を味わうことになるのが普通だ。

 

そう、普通なら、だ。

 

 

 ーー瞬間、 バオッ‼︎ という強大な爆音と共に一方通行の周りに強烈な風が巻き起こった。

 その異常な変化を瞬時に感じ取ったのか、エルザはとてつもない速さで一方通行から数メートルの距離をとる。

 

「ーーッ!?」

 

唐突に起きた不可解な現象に眉をひそめ、こちらの様子を伺うエルザだが、

 

「ハッ、ビビってンのか糞野郎」

 

一方通行が脚力のベクトルを操作する。踏み切った床が割れる音と同時にエルザとの距離を一瞬で詰めると、流石の彼女も驚愕に目を開き、更に距離をとろうと試みるが、

 

「おっせェンだよ!!」

 

 一方通行の拳がエルザの顔面にのめり込んだ。

 鈍い音が響き、エルザは盗品蔵の壁を突き破る勢いで後方へ吹き飛ばされる。

 

 その光景に口を開けぽかんとしているフェルトと、驚愕に目を見開くエミリア。

 

「兄ちゃん、すげー強いじゃねーか」

 

「どうなってるの? 魔法? 」

 

全員がエルザの吹っ飛んだ方向を見据えて、呆気にとられていた。誰もがその一瞬のでき事に思考が追いつかなかったが、しばらくするとみな安堵したようにホッと息を吐いた。

 

そんな中、一方通行だけは電極のバッテリーを気にしていた。

砂塵でエルザの生死がハッキリ確認できないからだ。この程度で死ぬようならエミリアやパックでもなんとかなったはずだ。

残りのバッテリーを確認し、覚悟を決める。

エミリアやフェルトたちは学園都市の超能力開発を知らないため、一方通行の能力を魔法だと解釈しているようだが、超能力は魔法とは違う。複雑な演算処理が必要なのに加え、一方通行の能力にはタイムリミットがあるのだ。大気中に漂う魔力をある程度無限に行使できる魔法とは、力を作り出す過程が全く異なる。

 

こんなところでバッテリーは無駄にできない。

 

砂煙が晴れると、当然のように瓦礫の中から殺人鬼が姿を見せる。

エミリアやフェルト、ロム爺までもギョッと目を見開いたが、すぐに現実を受けとめたようだ。

 

腸狩りはそれだけ強い。

 

エルザは血に濡れた頬を拳で拭い、中腰になってナイフを構えていた。

 

「いいわ、あなた、最高よ。  こんな極上の獲物は久しぶり」

 

 その不敵な笑みにはまだまだ余裕が見てとれた。

 だがそれは一方通行も同じことだ。

 

「あァそうかい。  ならさっさと来い。  すぐにバラバラにしてやるからよォ」

 

 両者どちらもまだやる気だ。

 

 ふと足元を見れば衝撃で地面に散らばった木の板やグラスの破片。一方通行は悪魔のように笑うと、それらをエルザに向かって一つずつ蹴り飛ばし始めた。

 

「ハハハハハ!!  ホラホラホラァ!!」

 

正確に演算処理された木の破片やガラス破片は的確にエルザを捉える。

 

 壁から壁へ、壁から天井へ、エルザは蜘蛛のように立体に飛び回りながら華麗に攻撃をかわす。足場にした箇所はどこも古くなっているのか軋むような音がして、盗品蔵は倒壊寸前まできているようだった。

 

だが両者共々、相手を殺すことにしか考えが回らず、周りのことなど気にしていない。エルザが弾き飛ばした木の板も一方通行が蹴りとばしたガラス破片も嵐のように舞う。

 

そうしてエルザは隙をみて一方通行の腹部を狙いに行く。

 

「しッ...‼︎」

 

 しかし、どれだけ一方通行にナイフを突き立てようと、反射で全て跳ね返されてしまう。

その度に、金属をぶつけ合わせたような甲高い音が響き渡り、エミリアたちは耳を塞ぐ。

一方通行は一方通行でエルザの動きを完全に捉えることができないため、攻撃が当たらない。

 

(チッ……)

 

普通ならお互い徐々に苛立ちが溜まってくるのだろうが、エルザは冷静に一方通行の能力を分析していた。

 

「やっかいな魔法。 どういう仕掛けかわからないけれど、あなたの周りにある薄い膜が私の攻撃を弾いているような感触。  これでは埒が明かないわね」

 

「そういうオマエは単純すぎンだよ。  そんなおもちゃでこの俺に勝てると本気で思ってンのか?」

 

 一方通行は笑っていた。

 異世界《こっち》に来てからずっと張り詰めた表情をしていた彼だが、戦いとなれば話は別だ。エルザのナイフをオモチャとまで評し、挑発する。

 

 そうしつつ次から次へと足元の小物を弾き飛ばす。エルザはそれを紙一重で避けるか、ナイフで弾くかして防ぎきる。

 

 一つ一つが音速を超える速さで飛んでいっているのにもかかわらず、エルザは驚異の身体能力と持ち前の直感で全てに対応している。

 

「あァ楽しい!   やべェよ!!  最高にトンじまったよ、糞野郎ォ!!」

 

「あなた、狂っているのね。でもステキ。 もっと楽しませてちょうだいね」

 

呟きの直後、身体を横に回転させながらナイフを射出する。反射に弾かれたそれを空中でキャッチしまた斬りかかる。

目や足元、電極を集中的に狙っている。

どうやら反射の膜がない場所を探しているらしい。

 

「そっかァ、そっかァ。俺の能力の隙を探してンのか。愉快にケツ降りやがって。 隙なンかねェってのによ。とっとと諦めろ三下ァ! 」

 

ナイフがボロボロになるまで斬りつけ、ようやくエルザも悟ったのか天井に張り付いて動きを止めた。

 

「どうやらそのようね。 なら、作戦を変えることにするわ」

 

「あ?」

 

「攻撃が当たらなのであれば仕方がないでしょう?」

 

その瞬間、エルザは今までとは一線をなす行動に出た。

ボロボロになった木製テーブルを持ち上げると、盗品蔵を支えているカウンター席近くの柱に叩きつけたのだ。

 すると天井が崩れ、巨大な木の板や鉄釘が降り注ぐ。

 

 

(馬鹿が。俺を生き埋めにしようとでも思ってンのか)

 

しかし、その予想は外れた。

一方通行とちょうど近くにいたフェルトとロム爺も巻き添いを喰らう形となる。

 

「それが狙いか。  つまんねェことしやがる。 三下のやり口だな」

 

 フェルトやロム爺に危害が加わらないよう、落下物を弾く。

 

だが、

 

「兄ちゃん後ろだっ!!!!」

 

フェルトが目を丸くして叫ぶ。

理由は一方通行の背後。

崩れる屋根の骨組みを避けながら疾風の如く風を切るエルザの姿が数メートル先に。

 

「その子達を庇うなんて優しいのね。  でも、こっちはもう間に合わないんじゃないかしら」

 

エルザがそう言ったときにはもう既におそい。彼女は一方通行から目を外し壁を伝って移動していた。

 

「あ?」

 

 

 その目の先にはーー

 

 

「え?」

 

 小さく声が上がると同時に括りナイフはエミリアの腹部辺りを掻っ攫った。

 

「.......ッ⁉︎」

 

花が咲くように鮮血が白いドレスに飛び散った。

大量の血が地面を赤く濡らし、エミリアは崩れるようにがくりと横に倒れた。

 

一瞬、時が止まったかと一方通行は錯覚した。エルザの狙いは最初からエミリアに絞られていたことに今気づいたからだ。カウンター付近の天井を崩したのは注意をそらすためのフェイク。それを予想することは一方通行なら決して難しいことではなかったはず。慣れない異世界での戦いが油断を生んだのか、悪党同士の戦いにはしゃぎすぎただけなのか。

それとも一方通行と同じよう、こっち(異世界)に来ている可能性のある小さな少女の事を無意識のうちに頭の隅で考え、他に思考が回らなかったせいか。

 

どんな理由を並べても一方通行の目の前でカタギの命が奪われることだけはあってはならないというのに。

 

「ふっざけンじゃねェ」

 

叫び声。

 

その瞬間ーーエルザとエミリアを分かつように床がめくれ上がった。

その衝撃から逃れるよう、アクロバティックな動きで後方へ飛ぶエルザ。

 

「あら、良い顔。 怒ってしまったの?」

 

ふざけた口調で挑発するエルザだが、着地の瞬間、一方通行に腕を掴まれる。

 

「...ッ⁉︎」

 

「とりあえず、死体決定だクソ野朗!!」

 

その瞬間ーーエルザの片腕が赤黒い血を撒き散らしながら宙に吹き飛んだ。原因は一方通行がその腕を握りつぶしたから。普通なら明らかに助からない量の血がドバドバと流れ出す。だがエルザは冷静さを欠くことなく、距離を取り、無理やり腕の肉を絞り上げ、止血する。

 

「今のは流石にやられたわ」

 

そうは言うものの、エルザの表情は相変わらず余裕が感じられる。

手に持っていたナイフも同様に吹き飛び、状況は完全に一方通行が有利となったはずなのだが、

 

(...ッ⁉︎ )

 

突然、首元のチョーカーの光が点滅しだした。

 

(なッ⁉︎ クソッたれ。 状況分かってんのか!)

 

バッテリーが切れかけている。

 

エルザは足を止め、不思議そうにその様子を見ていたが、片腕を失ってもその戦意はまるで揺らいでいない。それどころがまだ笑っていられるほどだ。

 

「ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって!!」

 

一方通行の目が血走る。

目の前には救いようのないクソ悪党。

横には何の罪もない無垢な少女が血まみれで倒れている。

 

一方通行の能力はベクトル操作。

攻撃を目的とした使用がほとんどだが、実際それ以外にも応用はある。人の体の中を流れる血液や電気信号の向きを読み取ることで健康状態を調べることもできるし、さらに深く切り込んで行けば、ある程度の治療や応急手当も可能ではある。

 

「俺にできンのか...」

 

バッテリーの残量が残りわずかということもあり、治療に集中すれば全身の反射が切れるおそれがある。その間、一方通行はただの人と変わらない。エルザはおそらくその違いに直感で気付いてしまうだろう。そうなれば一方通行に勝ち目はなくなる。もちろん、エミリアの命を諦めてバッテリーの全てを戦闘の演算に回せば勝機はまだあるが。

一方通行は迷わなかった。

カタギの命は狙わない。巻き込まない。

一方通行は自分の中で悪党なりのルールを課していたからだ。

 

「とっとと戻って来やがれ」

 

エミリアの真っ赤に染まった腹部に手を当て能力を行使する。

 

(ハハッ。  何やってんだ俺は)

 

隙だらけの敵を腸狩りは逃さない。

エルザは転がった右手と一緒に、飛ばされたナイフを左手で拾うと、ゆっくりと一方通行へ近づく。

 

「治癒魔法かしら? でもその子を治療している間はさっきの妙な力は使えないのでしょう?」

 

ナイフは止まらない。

それは丁寧に一方通行の脇腹を切り裂く。

今までの戦闘でナイフの切れ味が落ちているのか、エルザ利き手でない腕をうまく使えないのか、幸運なことに一方通行が即死することはなかった。

それでもナイフはしっかりその役目を果たし、一方通行は血を流す。

 

「があァァァァァァァァァ」

 

今まで感じたことのない激痛。

異物が身体に入り込んでくる違和感。

口の中は鉄の味で溢れる。

 

それでも能力は止めない。

力を使い続ける。

 

「兄ちゃん‼︎ しっかりしろ!」

 

「出て行ってはならん! ワシらが出ても無駄死にするだけじゃ‼︎」

 

「止めんな! ロム爺! 離せっ!!」

 

飛び出しそうになるフェルトをロム爺が必死に抑える。

 

「良い声......あの老人と少女の腸を引きずりだしたら、もっと良い声で叫んでくれるのかしら」

 

エルザはうっとりとした表情で、斬れ味の落ちたナイフを投げ捨てると、腰から2本目のナイフを取り出した。腸を割くことに関してはやはり、こだわりがあるらしい。

 

「シケた真似すンじゃ...ねェよ!  あいつらは関係ねェだろォがッ!!地獄に行くのは俺とオマエみてェなクズだけで十分だ!!」

 

咳き込むようにして血反吐を吐きながら言う一方通行。

 

そしてどういうわけか、一方通行が握りつぶしたエルザの腕が繋がって治癒し始めている。

「あぁこれね。 驚いた? 私、人より少し治癒力が高いのよ」

 

少し……? エルザのそれはそんな生易しいものではなかった。これは治癒というより、再生だ。千切れた腕がこんな簡単にくっつくなどありえない。さすがにまだ元どおりとはいかないが、ナイフを扱うには十分なほど一方通行が握りつぶした箇所が再生している。

 

「でも意外だったわ。その子を見捨てれば勝負は分からなかったのに。 本当に残念。 」

 

2本目のナイフを治癒した右手に持ち変える。

 

 

 

 

 

 

終わるーーー

 

 

 

 

 

 

 

ヒーローがいれば。

 

 

こんな中途半端な学園都市一位と違った、きちんと人を助けられるヒーローがいれば。

あの日、妹達全員救ったような本物のヒーローがいれば。

 

走馬灯のように記憶が蘇る。

 

 

「誰か、誰かいねェのかよ...」

 

 

意識が飛びかけたーーその時だった。

 

「――そこまでだ」

 

 屋根を貫き、盗品蔵の中央に燃え上がる炎が降臨する。

 焔はすさまじい鬼気でもって室内を席巻し、エルザの蛮行すらもその動きを止めた。

 

(なン.......だ?)

 

一方通行の知らない、もう1人のヒーローが今ここに力を示す。

ただひたすらに純粋な、『正義感』を空色の瞳に映した青年が、かすかに微笑み、

 

「舞台の幕を引くとしようか――!」

 

 

これから起こるであろう剣聖と腸狩りの凄まじい戦いを前に一方通行の電極のバッテリーは底をつき、意識はそこで途切れた。

 


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