骨川スネ夫。父親が会社社長で幼少期から裕福な生活を送っていた彼は、武とはまた違う方向性の悪ガキだった。
僕に暴力的な虐めをしていたのが武だとしたら、スネ夫は精神的なネチネチとした嫌がらせを僕によくしてきた。
――まぁ今思えば、きっとそれがスネ夫特有の『味』なのだろう。
金持ちなのを鼻に掛けて自慢話を言い散らしていたスネ夫のことを小学生の頃の僕は不快に思っていたが……相手の理解を深めようと短絡的な思考を捨てた今の僕なら、彼の鼻に付くような態度も寛容に受け止めることができる。
それにスネ夫だって救いようがない悪というわけではない。
普段は自己中心的な彼であるが、いざというときは自分を捨て石にしてでも友人を助けようとする友達想いの良いやつなのだ。
スネ夫のことを言い表すとしたら……そうだな、『小悪党にもなりきれない善人』と言ったところか。
彼を知る者なら否定するだろうが、僕は知っている。
彼の善性を、彼の人の良さを。
嫌味ったらしくも、何度も困る僕を助けてくれたから――僕はスネ夫という人間の良さを、知ることができた。
……スネ夫は否定するだろうが、彼は武と同様、僕のかけがえのない友人だったのだ。
恐らくスネ夫も僕を友人だと思っていてくれたはずだ。
だってそうだろう――未だにスネ夫は僕との仲を腐れ縁だと吐き捨てるが、その腐れ縁を切ろうとしなかったのは、少なからず僕のことを友達だと思っているからだろう?
『違う、切りたくても切れなかったんだ』――多分彼は、そんな感じの返答をするのだろう。
そして僕も――『あぁ僕と同じだ。鎖のように固い縁で嫌になるよ』と、スネ夫っぽい嫌味でそう返すはずだ。
僕は一度たりともスネ夫の前で『お前は僕の友人だ』とか、そんな背中がむず痒くなるようなことを言ったことはない。
そしてスネ夫も、僕を友人だとは言い表さない。
――それでも僕らは、互いに友人だと思っているのだろう。
鎖のように固い縁は、簡単には切れない。
★
土曜の休日、電話でスネ夫に『良い物を見せてやるから空き地に来い』と呼び出された。
良い物を見せてくれると言うのだから、期待して空き地に行こう。疑うことを知らなかったこの頃の僕は心躍らせて空き地に向かった。
「――へへーん。見ろよのび太、これおフランス製の最高級エアガンだぜ。いいだろぉ? スネ吉兄さんのお土産なんだ!」
「おー、すごいなー!」
銀色に煌めくエアガン。
その綺麗な輝きに、この頃の僕の目は奪われた。
……そういえばスネ夫はよく僕に自慢をしていたけど、僕一人を呼んで自慢するときの物は、全て僕の興味を引くような代物だったと思う。
僕は昔から射撃が得意だった。
そして射撃といえばエアガンだ――祭りのクジで獲得できるような安物のエアガンで、よく自作の的を射ていた。
だから僕は、少なからずエアガンに興味を持っていたのだ。安物しか見たことないので、この頃の僕にはスネ夫が持つ本物感溢れるエアガンは魅力的に映った。
一発でいいから僕も使ってみたいと、スネ夫に頼み込もうと思っていた。
「ねぇスネ夫――」
「おっとのび太。お前には使わせないからな!」
「えっ、そんな……」
「のび太みたいな貧乏には一生縁の無い代物なんだぞ! 見れるだけでもこの僕に感謝してほしいものだけどね」
「…………」
そうだった、スネ夫はこういう意地悪な奴だったと、このときの僕はスネ夫を睨みつけた。
「そんなに睨んでも貸さないよ〜だっ! おいのび太、そこに空き缶があるから適当な場所に並べてくれよ! 僕ちゃんのおフランスの最高級エアガンで、撃ち抜くところを見せてやるからさ〜」
「……自分でやんなよ。僕は帰る」
「そんなこと言うなよのび太。並べてくれたら、一発分だけ使わせてやる気になるかもしれないからさ」
「――っ! ほ、ほんと!?」
「ほんとほんと」
「わーいっ! やったー!」
僕はスネ夫の言葉を信じて土管の側に置いてあった空き缶を、空き地の至るところに設置した。
……この頃の僕は、本当に救いようがない阿呆だったのだ。
スネ夫が僕にエアガンを貸すわけない。以前にも何度かは僕に物を自慢してきたが、それを使わせてくれたことは一度たりても無かった。
スネ夫は口が上手く、僕は騙されやすい性格をしていた。
当然、スネ夫と交わしたこの約束が守られるはずなくて――
「よし、全部並べたな」
「じゃあ貸してよスネ夫!」
「はっ? 何言ってんの? のび太なんかに貸すわけないだろ!!」
スネ夫は馬鹿にするように舌を出した。
「や、約束したじゃないかー!」
「確かに『貸してやる気になるかもしれない』とは言ったな。でも残念ながら、そんな気にはならなかったんだよ」
「そ、そんなぁ……あんまりだよぉ」
「へへっ、まぁちゃんと僕ちゃんが撃つところは見せてやるからさ。それだけでも光栄だろ?」
気分が沈んだ僕に見せつけるように、スネ夫は的に向けて銃を構えた。
……このとき僕は、スネ夫を放置して家に帰り不貞寝をしようと考えていた。
嫌な思いを解消するなら寝るのが一番だ。寝て、荒れた精神状態を元に戻す。
小学生の頃の僕は放課後、家に帰ったら高確率で昼寝をするのだがその理由がそれだったりする。勉強も運動できないという理由で毎日のようにからかわれていたので、所謂ストレスというものが溜まっていたのだ。そのストレスを解消する手段こそが昼寝である。
今日は休日だがスネ夫のせいでこのときの僕には大きな疲労感があった。
どうせこのままここに居てもスネ夫にエアガンの自慢をされるだけだろうし――とっとと家に帰って寝てしまおう。
このときの僕は深い溜息を吐いた後、踵を返して家に帰ろうとした――
「――尻尾を巻いて逃げるのはまだ早かろう」
突如として響き渡る彼の黄金の声――
――振り向くと土管の上に、仁王立ちをしているギルえもんの姿があった。
……そういえばギルえもんは、妙に高い場所が好きだった。
ギルえもんと過ごした一週間の日々を思い出してみたが、ギルえもんが地面の上に立ったことは一度も無かった。家の中では流石に床の上に足裏を付けていたが、ギルえもんが外で黄金の靴を土で汚す場面を僕は見たことない。
僕と一緒に外出するときも、ギルえもんは塀の上に歩いていたな……今でも外に出るとき、たまに僕は頭上の位置辺りにギルえもんの姿があるような気がして、つい上を向いて歩いてしまう。
このときギルえもんが土管の上に立っていたのは、空き地にある唯一の置物だったからだろう。多分土管がなかったら、彼は車道側にある遠くの塀に立っていたはずだ。
「開口せよ、我が『多重次元ポケット』!!」
ギルえもんの背後に十個の剣が現れる。
そしてギルえもんはその剣を、空き缶の方向に掃射した――十本の剣は、見事に空き缶を射抜いた。
「あー! ぼ、僕ちゃんが撃ち抜くはずだったのに〜!」
「フハハハハッ!! お前のモノは我のモノ!!」
「くっそ〜。ギルえもんめぇ……っ」
スネ夫を歯を食いしばりながらギルえもんを睨む。
ギルえもんもまた睨み返した。
「……おい道化モドキ。我はお前に、我に対し気安く語りかけることを許しはしていない。しかもあろうことか、その下賤の身で我に睨みを利かすだと? この戯けが」
「えっ、ご、ごめんなさい……」
ギルえもんの威圧(ギルえもん曰く猫の威嚇程度らしい)に恐れ慄いてスネ夫は平伏した。
「ほぉ、謝罪は一級品ではないか」
「も、もちろんですよ〜。貴方さまに敬意を示せる至極の喜び、私、感動しています!」
「フハハハッ!! 言うではないか雑種! よい、特別に先程の不敬は許してやる」
「ははー……ふっ、チョロ」
「何か言ったか雑種」
「い、いやー、ギルえもんさまはカッコイイなーっと」
「クックック。当然のことを言うでない雑種」
この後もスネ夫はギルえもんを褒めちぎった。
……今思えば、ギルえもんの扱いが一番上手かったのはスネ夫だった。
ギルえもんは褒められるとすぐに調子に乗るのだ。
多重次元ポケットの中に貯蔵される最強の秘密宝具『
『空気砲』を使わすという点に限れば、スネ夫ほど適切なマスターはいないと思う。少なくとも僕はそう思っている。
「おい雑種。先程、我がマスターを蔑ろにするような発言が聞こえたのだが……」
「いえいえ、決してそのようなことは申していません!!
のび太くん。約束どおり、僕ちゃんのエアガンを貸してあげるよ!」
スネ夫はニコニコと狐のような笑みで僕にエアガンを手渡した。
……確かこのとき僕は、スネ夫の一転した態度に心底からの不快感を覚えたのだ。
恐らくギルえもんと出会う以前の僕なら笑顔で受け取っていただろう。でもギルえもんと出会ってからの僕は……僅かにだが、変わっていた。
スネ夫はあくまでギルえもんに目を付けられるのが怖くて僕にエアガンを渡したのだ。そう、ギルえもんのお陰で、だ。
この頃の僕はきっと、それがとてつもなく嫌だったのだろう。
ギルえもんの手は借りたくない。こんな偉大な方に、助けをこいたくない――助けを求めてしまえば、僕は今以上に弱くなる。
のび太という人間は、常人より大きく劣った存在である。
その自覚は以前からもあったのだ。でも彼の黄金に出会ってから、その自覚は前以上に強くなっていた。
だからこのときの僕は――
「いや、やっぱいいや。大人になったらこれ以上の物を使うし」
――我慢することを選んだ。
使ってみたいという欲の否定はできない。だから、いつか自分で買って、そのときに欲の発散をしてやる。僕がギルえもんのように大きくなったら――その時に、スネ夫のエアガン以上の品質の物を購入しようではないか。
そう心に決めたこの頃の僕はスネ夫にエアガンを返そうとした。このとき僕の心情を吐露すると、やはり一発だけ撃ってみたかった。
でもそれをするときは今ではないのだと、このときの僕は我慢した。大人になってお金をいっぱい稼ぎ、これ以上の物を購入してやるのだ。
そう心に言い聞かせ、僕は惜しい気持ちを同伴させながらも、この頃の僕はちゃんとスネ夫にエアガンを手渡したのだ。
「……別にいいんだぜ、のび太。明日返してくれればいいし」
「僕も別にいい。正直撃ってみたいけど、社会人になって給料貰ったときに買うからさ」
「……ふんっ。馬鹿なのび太のことだし、絶対に就職できないと思うけどね」
「いやまぁそうかもだけど……それは、これから勉強を頑張ってなんとかするよ」
「……そうかい。ま、僕は無理だと思うけどね」
スネ夫はそう言い捨て、エアガンをくるくると回しながら空き地を去っていった。
道路まで行ったとき――
「……お前、変わったよな」
ボソボソとした小さな声でスネ夫は呟いた。
「えっ。何か言った?」
「別に、何も言ってないよ」
スネ夫は振り向かずに、この頃の僕の視界から消えた――空き地には、僕とギルえもんだけが残っている。
「……あいも変わらず、不器用な男であったな。最初から素直に我がマスターにあのチャチな玩具を貸していればよかったものを……」
「まぁスネ夫は嫌がらせが大好きだからね。ギルえもんが来なかったら、きっと貸そうとしてくれなかったよ」
「そういうことを言ったのではないのだが……あの道化モドキもそうだが、のび太も大概察しが悪い」
「どういうこと?」
「いや、ただの戯言だ。忘却せよ」
そう命じた後、ギルえもんは突如として多重次元ポケットを開き、そこから水鉄砲のようなものを出した。
そしてそれをこの頃の僕に投げ渡した。
「のび太よ、我の戯れに付き合え。
――射的という奴だ。確かのび太は射撃が得意だったな。その腕前、我に見せてみることを許す」
そして僕が設置した空き缶を押し潰すように、幾つかの金の的が出現した。
多分本物の金。純金である。
「……狙うのを躊躇っちゃう的だね。空き缶じゃ駄目?」
「却下だ。この我にゴミを射抜けとでも云うつもりか貴様は」
さっき射抜いてなかったっけ、とこの時の僕は思ったが、それは突っ込んだら負けという奴だろう。
「貴様もその水鉄砲を使うがいい――なに案ずるなのび太よ。その『
クックック。なぁに安心しろのび太。我も手加減せずに、『
「うん。やっぱもう帰ろうか」
ギルえもんは気紛れで世界を滅ぼそうとする。いやまぁ、多分冗談だとはこの頃も今も思っているが……冗談だったのだろうか?
ちなみにこの後の話。玩具レベルの秘密宝具の銃を使いポイント制でギルえもんと競い合ったのだが、意外にも僕が圧勝した。
勝負が終わったと同時にギルえもんは「寝る」と一言告げて、半日くらい霊体化していたのだが……その話については、ギルえもんのためにも詳しくは語らない。
――次の日の朝。
「おいのび太! おフランス製のあやとりの糸を買ってきたんだ! 見せてやるから空き地に来いよ!」
スネ夫は性懲りもなく僕にまた物を自慢しようとしていた。
……最近になってやっと気づいたのだが、もしやスネ夫は元々僕に貸すつもりで、僕一人を空き地に呼んでいたのではないだろうか?
スネ夫が僕だけを呼び出すときに自慢する物は、全て僕が好みそうな物だった。
とはいえあくまで僕の根拠のない予想なので、真偽はスネ夫のみが知るところだろう――今度スネ夫と会話するときにでもそれを聞いてみようか?
ま、でもきっとアイツのことだし否定するだろうが――スネ夫は自分の本音をそう簡単には語らないのだ。
だけど僕には……何となくだがスネ夫の気持ちが分かる。
なぜなら、スネ夫と僕は腐れ縁だから――鎖のような固い絆で結ばれば幼馴染だから、きっと僕の予想は当たっているはずだ。
今でもよく嫌味を言うし、それに聞きたくない自慢話を語るけど、そんな欠点も含めて彼は骨川スネ夫なのだ。
だから僕は――
「うんっ! 僕にも使わせて!」
何度も何度も、スネ夫の欠点に付き合ってやろう。
僕らは、友達だ。
沢山の感想や評価やお気に入り、本当にありがとうございました!!
それもこれも、読者の皆様とギルえもんのお陰です。正直ギルえもんのカリスマA+で目標を達成できた感がありますので……本当にギルちゃんは、愛されていますね。
あとしずか編にのび太編、そして最終回で、本編は完結させるつもりです。
色々とやりたいことはありますので番外編は幾つか書くと思いますが、まずは本編を完結させれるよう頑張ります。
次回もぜひ読んで頂けると幸いです。