ギルえもん   作:伽花かをる

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二話 武

 剛田武。子供の頃はジャイアンという愛称で呼んでいた彼は、ここら一帯の小学生なら誰もが恐れる俗に言うガキ大将だった。

 今では丸くなり、昔の面影はあまり無い。武自身、近くの子供からお菓子やゲームを巻き上げるという蛮行をしていたことは苦い過去だと思っているようだ。

 

 だが、残念ながら――この頃の武は、悪びれる事なく蛮行を繰り返す乱暴者だ。

  

 

「おいのび太。その漫画、俺に貸せよ」

 

 

 本屋で『パーマン』の最新刊を購入し、「早く帰ってギルえもんと一緒に読みたい」とウキウキ気分で家に帰る道中で、僕は武ことジャイアンに遭遇してしまった。

 この時の僕は、心底から自分の不運を呪った。

 

 

「えっ、い、嫌だよジャイアン……」

「ナンだとのび太! お前、俺の言う事が聞けないってのかよ!」

「いや、そういう訳じゃないけど……」

「ならそれは、俺のもんで良いんだな」

 

 

 ジャイアンは僕の漫画を力尽くで奪った。

 

 

「あっ、返してよぉ!」

「今度返してやるよ」

 

 

 と言っているジャイアンであるが、彼に奪われた本(以前にも十冊以上持って行かれた)は、中学に上がるときにやっと返して貰えたのだ。

 確か彼が更生したのは中学校に入学した頃だった。その頃辺りに謝罪と共に返してくれた。

 

 ……ちなみに悪童だった武が更生した理由は、小学校の卒業式のときに事故で父を亡くしてしまったのだ。

 彼はその日を境に一転し、あの世の父が「あれが俺の息子だ」と胸を張れるような漢になると決意したのだ。そして、実際に変わり立派な正義漢になった。風紀委員になったほどだ。

 

 まぁ、今の彼はご覧の有様なのだが……

 

 

「ジャイアン絶対に返さないでしょ! ギルえもんも楽しみにしているんだ! お願いだから返してよぉ!」

「……ったく、うるさいなぁ! えいっ!」 

 

 

 ジャイアンは拳を固く握りそれを僕に撃ってきた。

 小学生とは思えない体格から放たれる本気の一撃。それを頭にくらった僕は目を回して倒れた。

 

 

「うぅ……痛い、痛いよぉ」

「いいかのび太! お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノだ!」

 

 

 これは、武がよく言ってた言葉である。

 この頃の僕がギルえもんのことを武と似てると言い表したのは、そのセリフから連想できる傍若無人ゆえだ。

 

 武は奪った漫画を読みながら、道端に倒れている僕の横を通り過ぎていった。

 

 がっはっは、という下品な笑い声が聞こえる。

 

 

「……くそぉ。何で僕ばっか……」

 

 

 悔しくて、僕は涙を流しそうになった。

 だが涙腺をギュと引き締め、涙するのを堪える。

 ……ギルえもんに約束したのだ。

 簡単に、涙は流さないと。

 

 僕は頭部の痛みを我慢して、服に付いた砂埃を払い、俯きながらトボトボと家に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのび太。いつも以上に不細工な顔をして。それに服が汚れているぞ。転んだのか? この間抜けが」

「………」

 

 

 本当ならば、「ギルえも〜ん」と彼に泣きつきたかった。

 だが……何故か僕は、ギルえもんにだけは弱味を見せたくなかったのだ。

 多分僕は、彼に嫌われたらどうしようと思っていたのだろう。

 

 

「……別に、何でもない」

「そうか。ならば敢えて聞くまい。

 そんなことよりのび太。我のパーマンはどうした!」

「…………落とした」

 

 

 僕は、つい目を逸らしてしまった。

 自覚は無かった。奪われただなんて言ったら失望されるかもしれないから嘘を吐いた。だけど僕は、嘘を吐くのが下手だった。

 

 それに子供の嘘を見抜けないギルえもんではなかったし、恐らく目を逸らそうが逸らさまいがきっとバレていた。

 ギルえもんは、じぃとこちらを視る。

 

 

「ふむ……さてはあの野犬の仕業か。噛んで良い手の判別も付かぬとは、やはり所詮は犬畜生ということか……」

「………」

「そうだんまりするのではないのび太よ。また新たに小遣いをくれてやる。明日にでもまた買いに行けばいいさ。実のところ我もそこまで続きが気になるわけではないし、現界中に読めればそれでいいだろう」

「……ギルえもんさ、妙にジャイアンに優しくない?」

 

 

 彼は妙に武に肩入れしていた。

 今ならその理由はよく理解している。だが当時の僕から見たジャイアンは、ただの乱暴なイジメっ子だったのだ。

 同族嫌悪の逆か? とも思ったが、ギルえもんの話を聞く限りそうではない。

 そう、ギルえもん風に言うなら武は―― 

 

 

「可能性が秘められているのだ。あやつは調教さえすれば、一流の猟犬に育つ素質がある。お前という凡庸の英雄と共に立ち並ぶ親友となる未来が我には視えるぞ。クックック」

「……僕の親友? ジャイアンが?」

 

  

 あり得ない未来だと僕は思った。

 もし彼に親友ができるなら、それはもう一人のイジメっ子のスネ夫こそが相応しい。いつも一緒になって僕を虐めていたし、きっと良いパートナーになれる。と、嫌味たらしいことを僕は思っていた。

 

 

「クックック。その目を見ればわかるぞのび太。あのキザ男のほうが適切だと思っているのだろう?」

「そうだけど……」

「あれは駄目だ。あのキザ男に野犬の世話は務まらぬ。悪友の枠には当てはまるだろうがな。

 もしあの野犬――ジャイアンとキザ男が組んだとしても、キザ男はジャイアンの味を最大限に引き出せないだろう。

 だがのび太、お前は違う。 

 お前なら、あの野犬の能力を最大限に引き出すことが可能だ。我が断言しよう」

「……ギルえもん、何言っているのかよく分からないよ」

「じきに分かる時が来る。今はこれまで通り、素直にいじめられとけ」

「そんなぁ……」

 

 

 酷い言い草であるが、確かにギルえもんの言う通りだった。

 

 ――剛田武。  

 昔は大嫌いだったアイツだが、今では僕の最も仲が良い友――親友だ。

 

 今思えば、小学生のときの武だって、救いようがないほどの悪だったわけではない。

 

 僕が消しゴムを無くしたとき、貸してくれたのはいつも武だった。

 

 僕がマラソンで周回遅れするとき、背中を押してくれたのはいつも武だった。

 

 武は常に僕の敵だった――でも敵だと思っていたのは僕だけで、武は僕を、友人だと思ってくれていたのかもしれない。

 

 ……まぁ、今更それを武に聞くつもりはないが。

 

 

「だがのび太よ。我のマスターがやられっぱなしというのも気に食わない。どれ、我が至上の宝具のうちの低ランクの物を幾つか使い、あの野犬が泣き喚くほどのイタズラをしてやろうではないかっ! どうだ? いい案だとは思わぬかのび太よ」

「……いや、別にいいよギルえもん」

「それ、何故?」 

「いつか僕が、アイツの頭に岩のようなタンコブを作るからね」

 

 

 ギルえもんはよく僕のために宝具を使おうとしてくれた。

 

 だが僕は、常にそれを断った。

 

 なぜなら――

 

 

「――精一杯努力して、アイツを負かすほど強くなってやる。だからいま仕返しする必要はない」

 

 

 ギルえもんに、認められたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 





 多分、スネ夫編にしずか編。それとあと幾つかの話を終えて最終回になると思います。

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