「いやー………最近はよくこちらに来ますねー………」
「悪いかしら?」
「いえいえいえいえ滅相もないッ! 歓迎体勢はいつでも整っておりますので!」
迷いの竹林を歩くピンク色の小さなシルエットと、金色の大きなシルエット。
「(うう……何だって私がこんな役目を………)」
涙目になっている小さいシルエットは、醜い容姿にも関わらず『人間を幸運にする程度の能力』を持つ故、人間から人気が高い地上のウサギ『因幡てゐ』。普段なら仕事をサボって悪戯に精を出している彼女であったが、今日はそうもいかなかった。
彼女が逆らえない存在、永遠亭の医師である『八意永琳』から直々に託された仕事。「断るのは自由だけど、あとで新薬の
「きょ、今日は一体、どのようなご用件で?」
相手の顔色を窺うように、てゐは彼女に尋ねる。
永琳からの仕事は単純なもので、客人が永遠亭に来たがっているから迎えに行って来い、と言うもの。本当ならばこの仕事は、もう一人のウサギに任させるものであった。しかしその彼女は今、永琳の実験に付き合っている真っ最中である。
「答えるまでもない事を聞かないでちょうだい」
「ひいッ!?すみませんすみません!」
「この穢れた地上に降りてくる理由なんて、一つしかないでしょう」
金色のシルエットは両手を赤く染めた頬に当て、語る。
「ああ……早く会いたいわ……私の可愛いうどんちゃん」
身体をくねらせてそう語る彼女。その正体は復讐に燃える月の神霊『純狐』。といっても、最近は復讐にではなく、永遠亭に住むもう一人のウサギ『鈴仙・優曇華院・イナバ』に萌えていた。
「(………こればっかりは鈴仙に同情するよ)」
瞳孔を開きながら顔を赤くする純狐に、てゐは恐怖を覚えた。
勘違いしてはいけないのは、純狐の鈴仙に対する感情がLoveではなくLikeであるということ。ブサイクのお手本の様な顔立ちをしているものの、純狐は既婚者である。彼女は亡き自分の息子を、鈴仙に投影しているのだった。
それだけならいいのだが、問題はその感情が重いこと。最近では週一で地上に降り、鈴仙に拷問に近いスキンシップを図りに永遠亭を訪問している。そのストレスのせいか、鈴仙の耳は干からびたようにしわしわになっていた。
「私のうどんちゃんに悪いハエは近づいていないかしら?」
「だ、大丈夫ですよー! あの顔ですから全然モテませんし、寧ろ嫌われてるっていいますか」
「私 の う ど ん ち ゃ ん が 嫌 わ れ て い る・・・?」
「(あああああ!めんどくさい!)」
やっぱり断ればよかった。こんなことならモルモットになってた方がマシだったかもしれない。マジ何なんなのさこの人。何で常時瞳孔が開いてるのさ。
今にもこの仕事を投げ出したい気持ちでいっぱいのてゐであったが、本当にそんな事をしたらどうなるか、わからないほど彼女は馬鹿ではない。喉から出かかった真の気持ちをグッとこらえ、彼女の機嫌を鎮めるために笑顔でフォローを入れる。
「鈴仙は嫌われていることを気にしてる様子はないウサ! それにこの前『私には純狐さんがいるから……』って呟いてたのを聞いたウサ」
「………もう、うどんちゃんったら。今日もたくさん可愛がってあげないとね……うふふ……」
「(鈴仙ゴメン。マジゴメン)」
心の中で、てゐは土下座と合掌をする。嘘をついてでも純狐の機嫌を取らないと、危ないのはてゐ自身なのだ。
もし鈴仙が明日まで生きていたら、人参でも奢ってやろうと考えるてゐであった。
「……………あら」
「? どうかされましたか?」
「今、何か声が聞こえた気がしたのだけれど」
「きっと鈴仙が純狐様への愛を叫んでる声ウサ」
「まぁうどんちゃん……!そんなに私の事を………!!」
「(…………まぁ、叫んでるのに違いはないだろうけど)」
*―――――――――――――――――*
「これ以上はやめてください師匠! 私このあと純狐さんの相手をしなくしゃいけないんですよ!? 体力が持ちません! 本当に死んでしまいますから!」
「優曇華。この前教えたばかりでしょ? 医学の発展に犠牲は付き物なのよ」
「うえぇ!? 殺す気満々!? じゃあ師匠自身が被験者になればいいじゃないですか! 犠牲なく医学を発展できますよ!」
「嫌よ。苦しいじゃない」
「理不尽――――――――――ッ!」
*―――――――――――――――――*
*あなのなかにいる*
どういうことかって?詰んだってことさ。
竹林に入る前、オレはいきなりトゲが生えてくる系のトラップがあると予想していたが、答えはいきなり足場がなくなる系トラップだった。どちらにせよ岩男さんだったらティウンティウンでしたね、あーあ、やっちまったぜ。
オレは青いハリネズミにも勝るスピードでフラグを回収していた。途方もなく彷徨っていたらいきなり足場が崩れ、そのまま真っ逆さま。身体を思い切り打ち付けたハズだが、うまく受け身が取れたおかげか、そんなに痛くなかった。
しかし、何故竹林に落とし穴があるのか。悪戯にしては深すぎる。壁もほぼ垂直だし、自力で登ることもできやしない。
迷子になったのはオレの自業自得だから受け入れるけど、この状況は受け入れ難い。地上までの距離はかなりある。助けを叫んでも、この穴にかなり近づいた相手じゃないと、こちらの声は届かないだろう。
「誰かァアアアアアア! 助けてぇえええええ!!」
だが、叫ばないと助けが来ないのも事実。
森で助けを求めていた時の声量の10倍もの声量で叫ぶ。冗談抜きで命が懸かった状況なのだ。今以上に危機感を感じたことはない。喉を絞り上げて、声を枯らすまで、何度も助けを叫んだ。
が、現実は非情である。
「……ッ…………~ッ…」
何時間叫び続けただろう。空が暗くなっているところを見るに6時間ぐらい叫んでいたのだろうか。
結果として、助けは来なかった。先に来たのは喉の限界だった。カラオケに行ってもこんなに叫ばねぇよってぐらいの音量で叫び続けたからな。喉も体力も既に限界に達していた。
穴の中で寝転がり、空を眺める。
あー……このまま誰も来なかったらどうなるんだろオレ。餓死かな? 水さえあれば食べなくても1週間ぐらい生きてられたぜって友達から聞いたことあるけど、水なしだとどれぐらい持つのだろうか。
というか、この状況で地震とか来たら生き埋めになるんじゃないかオレ。そしたらホントに死ぬな。餓死と生き埋めどっちが苦しいんだろ。
……ダメだオレ。ネガティブになってはだめだ。そんなこと考えても穴から抜けられるわけじゃない。今は身体、主に喉を休ませよう。ひと眠りすれば今よりはマシになっているはずだ。
…………あー、ちくちょう。
不安でなかなか寝付けねぇや。
「おい! おい!!しっかりしろ! 大丈夫かお前!?」