「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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一章最終戦。シリアスモード


1-9-1 身長265cmッ! 体重355kgッ! 12歳ッ! 鉄みたいな筋密度骨密度ッ!

 大切な人間を奪われ、悲しみと憎しみを得る事柄には二つの種類が存在する。

 『喪失』そのものに強い感情を抱く場合。

 そして、『喪失後』に強い感情を得る場合だ。

 

 前者は言うなれば、「大切な人を殺した者を許さない」気持ち。

 大切な人の死に悲しみ、殺した人間を憎む、ごく普通の感情だ。

 後者はこの前者とはまた違う。

 言うなればそれは、「大切な人の死で生まれた環境の変動」から生まれる気持ちである。

 

 大切な人の死で孤独になり、その寂しさから生まれる悲しみ。

 家族を失い、静かになった家の中で、自然と湧き上がる憎しみ。

 里の仲間外れにされて辛い時、その辛さの原因を殺人者に求めてしまう憤り。

 大切な人の喪失そのものではなく、大切な人が失われた後に発生した環境の変化から生まれる、悲しみと憎しみ。

 むきむきにある感情はこちらであった。

 

 少年はもう、親の顔も親の声も覚えていない。

 以前はもう少し覚えていたような気もするが、幼い頃の朧気な記憶は、年月の経過によって櫛の歯が欠けるように消えていってしまった。

 覚えているのは、親が握ってくれた手の暖かさと、抱きしめてくれた時に感じた暖かさのみ。

 "親がくれた愛の暖かさ"以外、彼は親のことを何も覚えていなかった。

 

 親が魔王軍に殺された後、彼はずっと一人で家に暮らしていた。

 覚えていた手の暖かさが、抱きしめられた時の暖かさが、少年に新しい家族と家庭を受け入れさせなかった。

 死んだ家族を捨て、新しい家族を得ることを許さなかった。

 親も居ない伽藍堂の家への執着を、捨てさせなかった。

 めぐみんの家で擬似的に家族の温かみを感じることでさえ、彼にとっては精一杯の妥協だった。

 

 大半の人間は、『お前のせいだ』と言える対象を探したがるものだ。

 諸悪の根源のせいにしたがるものだ。

 むきむきの内には今の環境――孤独、無才、異物、蔑視――に対する人間らしい負の感情が渦巻いており、『魔王軍』『親の仇』という、「そいつのせい」にしやすい分かりやすい的があった。

 事実、親が生きていれば家族という近しい味方が存在し、親に肯定されることで多少は強い心を得て、苦しみも悲しみも今よりは少なかっただろうと思われるので、魔王軍のせいであるというのも粗方間違ってはいないのだが。

 

 人生を気楽に生きたいのなら、怨みなど持たないのが一番だ。

 適当に生きている人間の方が、生真面目な復讐者よりよっぽど幸福に生きている。

 むきむきは死んでしまった家族のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまうか、さっさと想い出にしてしまうかして、新しい家族とのんびり幸せにでもなっていればよかったのだ。

 

 ただ、そうなれなかったから、そうすることができなかったから、『紅魔族の仲間外れ』は余計な悲しみや憎しみを背負うことになってしまった。

 今日まで、友達がそれを忘れさせてくれていた。

 楽しい日々が、受け入れてくれる少数の紅魔族が、負の感情のことを忘れさせてくれていた。

 

 今、少年は分岐点の前に立っている。

 

 おそらくは、ホーストが目論んだ通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーストの襲撃後、紅魔の里には『筋肉は爆発だ』というワードが大流行していた。

 

「あれ本当なんかね」

「むきむきの筋肉が爆発して上級悪魔を吹っ飛ばしたってやつか」

「マジらしいですよ」

「あの爆発はやつの筋肉の爆発であったか」

「むきむきダイナマイト……何故か脳裏に不思議なワードが……」

「だが待って欲しい。その上級悪魔がリア充だった可能性は?」

 

 めぐみんの爆裂魔法習得は周囲にバレたらややこしいことになるため、爆裂魔法使用時にはカバーストーリーが必要になる。今回用意されたカバーストーリーは、"むきむきの筋肉が大爆発を起こした"というものであった。

 雑。

 雑である。

 ガバガバにもほどがあるカバーストーリーだった。

 ゆんゆんは絶対に上手く行かない、と猛反対していたが、このカバーストーリーは彼女の予想に反し里の大半に受け入れられることとなる。

 

「筋肉は爆発するものだったのか……」

 

 普段から筋肉で炎・雷・風・光と多様な魔法もどきを使っているのがむきむきだ。

 「今度は爆発か」程度の反応に終わるのは、ある意味必然であった。

 ……とはいえ、普通の感性があれば、嘘であることくらいは気付きそうなものだが。

 

「紅魔族って控え目に言ってバカなんじゃないの?」

 

「おおっと、強気な台詞ですねゆんゆん。

 里一番の変わり者なゆんゆんには、一般的な感性が分からないのでしょうか。

 もっと常識を学びましょう。いつまで世間知らずでいるつもりですか?」

 

「バカにバカって言われてる気分なんだけど!」

 

 三人の年齢が12歳で揃った時期のある日のこと。

 DTレッドの戦いから時間も経ち、三人の技量・知識・レベルも十分な域に達した今、彼らが里を出ない理由は無いと思われた。

 なのだが、またしてもトラブルが発生したようだ。

 

「できれば、めぐみんがボロを出す前に里を出たいところだよね」

 

「おい、私がボロを出す前提で話すのはやめてもらおうか」

 

「でもしょうがないじゃない。今、里の外は危険なんだから」

 

 里の外からの情報によると、今、魔王軍の賞金首がこちらに向かっているらしい。

 そのため、むきむき達はここで余計な足止めを食ってしまっていた、

 

 この里であれば、魔王軍の幹部であってもぶっ殺すことはできる。

 だが、むきむき達三人であればそうもいかない。

 能力はあっても経験等が足らないため、賞金首になるような名の知れた魔王軍と鉢合わせてしまえば、総合力で負けてしまう可能性があるのだ。

 そのため、里から迂闊に出ることができなくなっていた。

 

 むきむき達視点――RPG的に言えば――、最後のダンジョンに大量に居る中ボスの一体が、最初の町の周辺をうろうろしているようなものだろうか。

 

「どんな強敵であろうと、私の爆裂魔法で一発ですよ。さっさと旅立ちましょう」

 

「でもめぐみん、この前上級悪魔を一発で倒せなかったじゃない」

 

「はぁ!? あの時は私の調子が悪かっただけですしー!

 私の爆裂魔法は最強です! 次は見事一発で仕留めてみせますよ!」

 

「やだもうこの負けず嫌い……」

 

「ま、まあ、僕ら全員のレベル合わせても30行かないし……

 レベル上げれば魔法やパンチの威力も上がるから、まずはレベル上げだね」

 

 紅魔の里から見れば、南西にアルカンレティア、南南西に観光の街ドリス、西北西に遠く離れた場所に魔王城、南南西のはるか彼方にはこの国の王都が存在している。

 大きな街道は王都→ドリス→アルカンレティア→紅魔の里の順路に一本有るが、今里に接近している賞金首は、ドリスから紅魔の里まで道のない地域を一直線に進んで来ている、とのこと。

 

「そういえば、面白い話を耳にしました。

 その賞金首を、最近頭角を表し始めた勇者が追っているそうですよ」

 

「勇者?」

 

 勇者、という言葉に、むきむきがちょっと反応する。

 

「魔剣の勇者と呼ばれている人らしいです」

 

「え、なにそれかっこいい」

 

「かっこいいですよねえ。紅魔族センスにビンビン来ます」

 

「私そういうのほんっっっとうに分からないよ……」

 

 勇者。

 ()()()()()()と定義される、選ばれし強者の称号。

 この世界には何度も魔王が現れており、そのたびにどこからともなく強大な力を持った勇者が現れ、魔王を倒すという伝説があった。

 勇者は、知識人が把握している範囲では皆黒髪黒眼。

 この世界には存在しない命名法則による名前を持ち、それぞれが世界法則の外側にある強大な力を持っていたという。

 

「まあ面倒臭いのは勇者に丸投げしてもいいかもしれません」

 

「最初くらいは安全に行きたいもんね。僕らの旅は」

 

「旅の無事は人には分からず神頼み、とも言うらしいけどね。

 ああ、想像するだけで私なんだか不安と期待で胸いっぱい……」

 

 戦う力を持たないこの世界の人々の大半は、安全な街の外に出る前には必ず、旅の無事を願って幸運の女神エリスに祈りを捧げるという。

 この世界において、旅にはいつでも大なり小なり命の危険が伴うからだ。

 

「神、か」

 

 そんな人々が祈りを捧げる神も、この世界では多くはない。

 

「邪神ウォルバク。

 女神レジーナ。

 ホーストはあの時、この二つの神様の名前を言っていた。でも……」

 

「私達が調べても、レジーナの名前は見つかりませんでした。

 邪神ウォルバクの方は少しであっても見つかったというのに」

 

「名前さえ忘れ去られていた、傀儡と復讐の女神……」

 

 普通、神が封印されるなんてことはめったにない。

 ならば、封印されたことには理由があるはずだ。

 レジーナの封印はむきむきの両親の最後の戦いで、既に消し飛んでいる。

 むきむきは封印から開放された邪神ウォルバクを紅魔の里が倒してしまうことを期待していたが、結局邪神は姿を見せず、どこぞへと姿を消してしまった。

 この二つの神は、何故封印されたのかさえよく分かってはいない。

 

「そもそもの話、女神は二柱だけっていうのが常識よ」

 

「女神エリスと、女神アクア。幸運の女神と水の女神だね」

 

 神が居ない世界なら、自然崇拝や超常現象の恐れから、無限に神と信仰を生み出していくのが人というものだ。

 だが、この世界は違う。

 この世界で架空の神を信仰する宗教が増えるということはない。

 この世界には、現実に神が存在するからだ。

 

 ゆえに加護を与えてくれる実在の神だけが信仰され、そうでない神は"架空のものでしかない"と信仰さえされない。

 そう考えれば、女神に対する封印というものはえげつないのかもしれない。

 加護を下界に与えられなくなった神は、長命の悪魔ならともかく、短命の人間からはあっという間に忘れられ、信仰という力の源を刈り取られてしまうということなのだから。

 

 炎の神も、土の神も、風の神も、創造神も信仰されてはいないのだ。だって、この世界には()()()のだから。

 神々という群体は存在するが、この世界に恩恵をもたらす女神はエリスとアクアのみ。

 宗教も、エリス教とアクシズ教のみ。

 それが、この世界独特の宗教体系を構築していた。

 

「アクアとエリス。紅魔の里の聖遺物が示した二柱だけの女神……」

 

「むきむきが言ってるのは、あれのこと?

 古代文字で『アクエリアス』と書かれたあの、謎の容れ物」

 

「うん。製法不明、材質不明。

 スキルをもってしても再現できなかったという謎の容れ物……」

 

「ご先祖様が、大昔に遺したあれのことですね。

 未だに誰が作ったのか、何のために作ったのかも分からないという」

 

 大昔、「アクエリアスのペットボトルっすよ」と言い、紅魔族に謎の容れ物をお礼に渡し、去って行った異世界からの旅人が居た。

 そんな聖遺物の由来が忘れ去られた数百年後の現代。

 この容れ物は……

 

「この容れ物はアクエリアスというらしいぞ」

「数百年前に保存加工された紅魔族の聖遺物だぞ」

「アクア……エリス……アクエリアス……そういうことか!」

「やはり大昔から神はこの二柱だけと認識されていたんだな!」

「この容れ物の名前こそがその証拠!」

「アクア様とエリス様って合体機能付いてるのかもしれん」

「やっぱりアクエリアスがNo.1!」

 

 ……といった感じに、この世界の歴史研究者達の間で、特定の学説を補強する有力な証拠となってしまっていた。

 アクエリアスがこの世界の覇権宗教だった理由付けにされてしまったのである。

 

 アクエリアス、異世界にてポカリスエットに大勝利。

 レ(モン)ジーナにもおそらく大勝利。

 やはり飲み物業界において、アクエリアスこそが真の王者だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王軍の賞金首は道なき道を真っ直ぐに里に向かって駆けて来て、勇者は街道を通ってこちらに向かっている。

 一番近いアルカレンティアからでも、紅魔の里へは徒歩で二日かかってしまう。

 勇者が来るのはかなり後になるだろう。

 その日は、その賞金首が里付近を通過すると予想されていた日の前日だった。

 

 めぐみんは走るむきむきの肩に乗り、里の外へ妹・こめっこを探しに飛び出していた。

 

「あの子は本当にもう! 少しは落ち着きってものがないんですか!」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「危なっかしい上に、すぐ感情のままに何も考えず行動して……」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「行っちゃいけない場所にも平気で行こうとして」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「むきむき、喧嘩売ってるんですか?」

 

 こめっこは、ホーストと特に仲が良かった。

 互いに対し親しみが有り、そこには確かな仲間意識があった。

 最後に殺し合うことができたむきむきと比べれば、ずっとまっとうな絆を育んでいたと言えるだろう。

 

 あの日、邪神の封印の解放が成ってから、ホーストは里には来なくなった。

 当然、こめっこがホーストに会うこともなくなる。

 それからの日々が、子供心に何かを溜め込ませてしまったのかもしれない。

 

 よりにもよってこのタイミングで、こめっこは"ホースト探しの冒険"と題して里の外に出て行ってしまったのだ。

 

「こめっこー!」

 

「こめっこちゃーん!」

 

 賞金首がこの辺りを通り過ぎる日は明日であるため、こめっこも外にこっそり出られた。

 が、今日来ない保証などどこにもない。

 里に言伝を残し、二人は一も二もなく里の外に飛び出していた。

 

「どこで道草食ってるんですか、あの子は……!」

 

「この前みたいに毒のある野草食べてお腹壊してないといいんだけど」

 

「そういう意味で言ったんじゃありません!

 いや、確かにあの子はお腹が減ると道の草食べるんですけど!」

 

「うち来れば普通の御飯くらい出すんだけどなあ」

 

 探して、探して、探して。

 一時間ほど走り回って、二人はようやくこめっこを見つけた。

 

「見つけましたよこめっこ! さあお帰りの時間です!」

 

「や! ホーストのてがかりを見つけるまでは帰らないよ!」

 

「聞き分けがない子ですね! この強情っぷり、誰に似たんだか……」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「こめっこ! あなたは悪魔にたぶらかされてるだけです!」

 

「姉ちゃんだってダメな男にたぶらかされそうな顔してるくせにー!」

 

「どんな顔ですか!? くっ、手強い……!

 この一度気に入ったものにとことんこだわるところ、誰に似たんだか……」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「むきむき! 茶々入れないでください!」

 

 めぐみんも大概大物だが、こめっこも大概大物だ。

 どちらもノリにノッてる時は激しく無敵感がある。

 

「こうなったら力づくで連れていきましょう。

 数日は家から出られないようにしておいたほうがよさそうですね……」

 

「ひぼーりょくふふくじゅーをうったえます」

 

「どこでそんな言葉を覚えてるんですかあなたは」

 

「姉ちゃんが強行手段に出るなら、わたしは最終手段に出ます」

 

「ほほう? あなたみたいなちみっ子に何ができると言うんですか?」

 

(めぐみんも十分ちみっ子なんだけどね)

 

「姉ちゃんの秘密を言いふらします」

 

「我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、何恥じることなき魔法使い……

 どんなことを暴露されようが、この明鏡止水の心に、さざなみ一つ立たぬと知るがいい!」

 

「姉ちゃんの一昨日の朝ごはん!」

 

「ちょっ、こめっこ待っ」

 

「姉ちゃんはお腹が減りすぎて、ミミズを掘り出して生きたまま食べてました!」

 

「え………………あ、うん。めぐみんは悪くないよ。悪いのは貧乏だよ」

 

「やめてください! 私だって心抉られる時はあるんですよ!」

 

 もっと食材を持って行く頻度を上げよう。

 むきむきは、心の底からそう思っていた。

 

「こめっこちゃん、帰ろう。……ホーストは、その……」

 

「姉ちゃんの兄ちゃんと、ホースト。

 二人の喧嘩は、わたしじゃないと仲直りさせられないと思う」

 

「……」

 

 仲直りする日など、来るのだろうか。

 直る仲など、あっただろうか。

 むきむきはそんな日が来ないと思っているし、こめっこは来ると思っていた。

 

「こめっこちゃんは大物になりそうだね」

 

「我が名はこめっこ! 将来の大物にして、紅魔族随一の魔性の妹!」

 

「私の妹ですからね。そりゃもう、私ほどではないでしょうが大物になるでしょう」

 

「おかーさんがうちの家系は代々ひんにゅ」

 

「こめっこ。それは嘘です。真っ赤な嘘です。

 ですから頭の中でこう唱えるのです。『そんな事実は存在しない』と」

 

「そんざいしないー!」

 

 話している内にいつの間にか、こめっこは楽しそうに笑ってめぐみんと手を繋いでいて、すっかり帰る姿勢になっていた。

 めぐみんも、そんな妹を慈愛の目で見守っている。

 

 こめっこがホーストという友人と、もう一度会いたいと思った気持ち。それも本気のものだっただろう。

 だが、こめっこにとって一番大切な人は、誰よりも大好きなこのお姉ちゃんなのだ。

 親よりも大好きなお姉ちゃんが迎えに来た時点で、多少は駄々を捏ねることはあっても、最終的に姉と一緒に帰ることだけは、決まりきっていた。

 

「さ、むきむき。さっさと帰りましょう」

 

「……風」

 

「え?」

 

 何かが来る。

 その時、そう感じていたのは、この場ではむきむきだけだった。

 

 空気が変わる。

 むきむきが何かを感じ、雰囲気を変じさせたことで、その場に漂う雰囲気が一気に剣呑なものへと変わり果てていた。

 むきむきが手を繋いでいる姉妹を庇い、油断なく周囲に視線を走らせる。

 

 緊張で、めぐみんが唾を飲み込んだ、その瞬間。

 むきむきの視界の死角、姉妹の背後の闇から、黒鎧の怪物が姿を表した。

 

「―――」

 

 息を一つ吐く余裕さえもない刹那。

 黒鎧の騎士が振るった西洋剣を、むきむきの親指と人差し指がつまみ止めた。

 だが、この西洋剣は囮。

 黒騎士は右手で剣を振りながら、同時に左手で短剣を投げていた。

 剣を防がせ、むきむきの目を投剣で潰そうとする巧みな連撃。

 少年はそれを、顔を動かし歯で噛んで受け止める。

 噛み砕かれた短剣を見て、黒騎士はようやく口を開いた。

 

「いい感覚をしている。視覚に頼らない鍛練の証だ」

 

「ゆんゆんって子との特訓の成果だよ」

 

 ぺっ、と噛み砕いたナイフの破片を吐き出す。

 吐き出した破片が地に落ちるまでの一秒で、黒騎士は跳んで距離を取り、めぐみんは襲撃者の正体を見抜いていた。

 その黒騎士には、"頭がなかった"から。

 

「デュラハン……魔王軍!?」

 

「いかにも。我が名はイスカリア。

 魔王軍幹部、ベルディアの弟。

 かのものの敵を打ち払う露払いである」

 

 黒騎士のそばに、黒い馬がどこからともなくやって来る。

 デュラハンのイスカリアを名乗ったその男の頭は、馬の頭の上にあり、馬の体と一体化していた。

 少年は、そのデュラハンを凄まじい形相で睨んでいる。

 

 話に聞いただけ。

 当時の戦いに参加していた大人達に聞いただけ。

 だが、伝聞であっても、彼はちゃんと知っていた。

 家族の仇が、『魔王軍のデュラハン』であるということを。 

 

「……むきむき?」

 

「……」

 

 めぐみんが、どこか不安そうにむきむきの名を呼ぶ。

 ただそれだけで、黒い感情に呑み込まれそうになっていた彼の心が、いくらか落ち着いていた。

 

「……一つ、聞かせて欲しい。

 九年くらい前。この里で、僕の両親を殺したのは、あなたか?」

 

 予想外な少年の言葉に、イスカリアはきょとんとし、一瞬後に呵々大笑した。

 

「ふははははっ! そうかそうか!

 君は、兄者から聞いていたあの紅魔族二人の子か!」

 

「―――」

 

「レッドが言っていた通りだ。

 紅魔族も世代交代の時期なのだな。

 君の感覚は正しい。だが当たらずとも遠からずだ。

 尋常な果し合いで君の両親に死の宣告を打ち込んだのは、我が兄である」

 

「兄……ベルディア」

 

 ようやく知ることができた仇の名前を、少年は口の中で繰り返す。

 

 12年と少しの人生。忘れられない寂しさがあった。消えない悲しみがあった。消したくても消せない憎しみがあった。友達が居て初めて耐えられた辛さがあった。

 それをぶつけられる相手が、ぶつけていい相手が、ぶつけるべき相手が、目の前に居る。

 親の仇の、その弟。

 

 仇の家族ですら好意的には見れなくなるという人間的思考。

 魔王軍であったホーストに対する感情と見比べれば、今のむきむきがどれだけ俗で理不尽な感情を抱いているか分かるというものだ。

 その感情は正当ではなく、また異常でもない。

 どこまでも、普通の子供が持つものでしかなかった。

 

「親の敵討ちの類、大変結構。

 私はそういう義の戦いを良しとする。

 ただし、手加減は期待しないことだ」

 

「そんなもの、いるもんか!」

 

 黒い感情に突き動かされるまま、むきむきは拳を振り上げ突っ込んだ。

 

 この世界は恐ろしく、魔王軍もまた恐ろしいという意識を、どこかに置き忘れたままに。

 

「『デス』」

 

 イスカリアが少年を指差したのと、めぐみんが全力で走った勢いのまま少年に体当たりしたのは、ほぼ同時だった。

 指差したイスカリアが、魔法の名を呟く。

 発射と命中がほぼ同時に行われる死の魔法が放たれ、めぐみんの不意打ち体当たりで姿勢を崩したむきむきには当たらず、その後ろを飛んでいた蝶に当たる。

 

 呪いを受けた蝶が『即死』して、少年の背筋に冷たいものが走った。

 

「迂闊に突っ込まないで下さい! 死んでましたよ!?」

 

「い、今のは……!」

 

「あれは前衛職の騎士が死んで成ったデュラハンじゃありません!

 後衛職の騎士が死んで成ったデュラハンです! 『ダークプリースト』ですよ!」

 

 アンデッドは、人が()()()()()ものが多い。

 そして、高位のアンデッドであれば、生前のジョブの能力がそのまま反映されることも多い。

 生前、凄まじく強い魔法使いだった女性がリッチーになったとする。

 そのリッチーは、生前の強力な魔術をそのまま使えるだろう。

 生前、凄まじく強い騎士だった男性がデュラハンになったとする。

 そのデュラハンは、昇華された極めて高い剣の技量を持っているだろう。

 デュラハンとは(ジョブ)ではなく、種族(カテゴリ)なのだ。

 

 このデュラハン、イスカリアもその例に漏れない。

 鎧と剣で一見近接特化の騎士にも見えるがその実、手に持つ剣は魔法発動補助媒体でしかなく、本領はダークプリーストとしての魔法。

 すなわち、『即死スキル』であった。

 

(と、いうか。

 いかにも正々堂々とした騎士ですよ、みたいな話し方をして……

 普通、戦いが始まったと同時に即死の魔法なんて撃って来ますか……!?)

 

 前置きもなく、前触れもなく、容赦もなく、飛んで来た即死の魔法。

 当たれば死んでいた。

 魔法抵抗力が低いむきむきであれば、死は避けられなかっただろう。

 いかにも「これから戦いますよ」といった雰囲気を作っておいて、勝つためにそれが最善であれば容赦なく実行する性格が垣間見える、初見殺しの一撃必殺。

 このデュラハン、相当に人相手に戦い慣れているようだ。

 

「魔法なら、対魔法の魔道具か魔法抵抗で防げばいいだけです! むきむ―――」

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

 それが違うスキルだとしても、二度も不覚を取りはしない。

 むきむきはめぐみんを抱え、イスカリアの指が示した直線の上から飛び退いた。

 またしても発射と命中がほぼ同時に行われる死の攻撃が放たれ、彼らの背後に居た小鳥が死の運命を付与される。

 

「魔法じゃなくて種族固有スキル……死の宣告か!」

 

 『デス』は死の魔法。その場で死ぬ。

 高い魔法抵抗力があれば、防げる可能性はある即死の魔法。

 『死の宣告』は死の呪い。指定した日に必ず死ぬ。

 デスを防げる魔法抵抗力があったとしても、こちらのスキルは防げない。

 状態異常耐性を極限まで上げた聖騎士(クルセイダー)でも、まず間違いなく抵抗失敗するであろう、凶悪な成功率を持つ即死スキルであった。

 

 イスカリアの指先が、むきむき達ではなくこめっこを指差す。

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

「―――!」

 

 その一瞬のみ、むきむきの動きは音速を超えた。

 「君は」の部分でこめっこの前まで移動し、「二週間」の部分で発生した衝撃波をかき消し、「後に」の部分でこめっこを抱え、「死ぬだろう」と言われた瞬間に横に跳ぶ。

 そうして、彼はなんとか死の呪いを回避した。

 

 指差し、一言口にするだけで死の運命を確定させる。

 それのなんと恐ろしいことか。

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

 しかも、連射できるときた。

 

「ぐっ……!」

 

 むきむきはこめっこを抱えたまま更に跳ぶ。

 だが、移動速度と移動距離があまりにも足りていない。

 一瞬だけとはいえ凄まじい速度を出してしまったことで、その速度に慣れていなかった体が悲鳴を上げているようだ。

 

 回避で姿勢を崩したむきむきに、次の一撃が回避できない状態に陥ったむきむきに、無情な最後の一手が向けられる。

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

(もうダメか……!?)

 

 せめてこの子だけでも、という一心で、むきむきはこめっこを抱きしめ庇う。

 けれども死の恐怖は抑えきれず、抱きしめる手先は震えていた。

 そんな彼だったから。

 彼の手の中に、守るべき妹が居たから。

 

 絶対に自分だけは死にたくないと思っているくせに、めぐみんは一歩を踏み出してしまった。

 

「っ」

 

「めぐみん!?」

 

 むきむきを庇っためぐみんに、死の宣告が命中する。

 黒い呪いが少女の命にへばりつき、めぐみんはその場に膝をついてしまった。

 

「おや、そちらに当たったか。……まあいい。

 死の宣告の効果は知っているな? 二週間後に、そこの少女は死ぬ。

 我ら兄弟の死の技は、生者のみならず死者さえも二度目の死に至らしめる」

 

「お前っ!」

 

「呪いを解きたいのであれば、私を倒してみるかね?

 それを望むのであれば、私から君へ決闘を申し込もう」

 

 違和感。

 即死の呪いを使った、"死んでもいい"という思考から生まれる攻撃。

 かと思えば、攻撃の手を緩めての決闘の申し込み。

 行動に一本筋が通っているようで、その一本筋がどこに伸びているのかまるで分からない。

 

「あなたは、何を考えている」

 

「私は『君を試せ』と命じられただけだ。殺してもいい、と条件付きでね。

 君が私に殺されるようならそれも良し。

 それだけの男だったというだけだ。

 私が君に殺されるようならそれも良し。

 私の死は貴重な情報となり仲間に伝わるだろう。

 どちらも死なず、ほどよく情報を集められたならそれも良し。

 私はそれを持ち帰り、仲間達に伝えるだけだ。難しい理由ではないだろう?」

 

 人間一人生きようが死のうがどうでもいい、という思考。

 死の呪いがむきむきに当たろうが、めぐみんに当たろうが、それを理由にむきむきが本気を出すのであればよし、という思考。

 その結果相手を殺してしまおうが、自分が死んでしまおうが、それもよしという思考。

 

 手の平の上で毒蟲を突いて遊ぶようなその思考回路は、生きた屍(アンデッド)の上位種・デュラハンという種族に相応のものだった。

 

「時間と場所を指定しよう。

 時は月が天頂に至った時。

 場所はここだ。

 助っ人は呼ばないように。

 尋常な決闘でなくなった時点で、私は逃げの一手を打たせてもらう」

 

 イスカリアはめぐみんを庇っているむきむきに、これみよがしにテレポートの巻物(スクロール)を見せつけ、鎧の胸の部分を鎧の硬い指先でなぞる。

 

「魔王様の加護を受けたこの鎧は、敵の魔法に特に高い耐性を持つ。

 上級魔法を操る紅魔族が足止めに動いても、逃げる私を止めることは叶わない」

 

「……」

 

「ただし、君が私に尋常な一対一の戦いを挑むのであれば……

 私はその心意気に応え、一切の罠を仕掛けず、正々堂々と応えると誓おう」

 

 むきむきはめぐみんを庇うのをやめ、恐ろしい眼でイスカリアを睨みつけ踏み込み、ノータイムで攻撃を叩き込んだ。

 足が壊れてもいい、というレベルの踏み込み。

 腕が壊れてもいい、というレベルの手刀。

 自壊前提の攻撃を、イスカリアは直感的に回避し、運良く回避に成功。鎧の装飾に付いていたトゲトゲの幾つかを、手刀に切り飛ばされる。

 

「む」

 

「そんな決闘なんてしなくても、ここであなたを殺せば、めぐみんは助かるよね」

 

「あいにく、私はアンデッド。君と昼間に死ぬまでやり合う気はない」

 

 今は昼間だ。日光に弱いアンデッドのイスカリアの能力も、いくらか低下している。

 激怒しながらもどこか冷静な思考を持っていたむきむきは、今がチャンスであることを見抜き、ここでこの騎士を殺そうとしていた。

 だが、イスカリアが何か魔法を発動すると、イスカリアの姿が徐々に消え始める。

 

(! 霞になって、消えていく……)

 

「デュラハンは処刑された騎士が、怨みと未練で不死者となった者。

 騎士が処刑されるような出来事だ。

 ならば当然、一族郎党諸共に斬首されるが当然である。

 私と兄者もそうだった。

 一族郎党まとめて斬首され、その怨みで我ら兄弟はデュラハンとなり、人に怨みを持った」

 

 デュラハンの兄弟。同じ時、同じ場所で斬首された二人の騎士。

 

「私は兄者と比べれば劣等も劣等。

 強い怨みでアンデッドと化した騎士がデュラハンである。

 兄者ほどの怨みを持てなかった私は、兄者には到底及ばない。

 百の平行世界があれば、私はその内九十九でアンデッドにさえなれなかっただろう」

 

 リッチーはアンデッドの王ではあるが、人を恨んでいなくてもなれる。

 対しデュラハンは、大前提として人に対する大きな怨念を持っている。

 

「それでも、小童に負けるとは思わん。挑むなら、死を覚悟して挑んで来るがいい」

 

 DTレッド以上に、ホースト以上に、躊躇いなく人を殺せる者の声色を響かせながら、イスカリアは消えて行った。

 

「うっ……」

 

 そして、めぐみんもばたりと倒れる。

 

「めぐみん? ……めぐみん!」

 

「姉ちゃん!」

 

 友と妹に抱き起こされためぐみんの顔は紅潮し、額には大粒の汗が浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩くことはおろか喋ることさえ辛そうなめぐみんを抱え、こめっこも抱え、むきむきは超特急で里に帰った。

 大人に事情を伝え、里に警戒態勢を取らせると共に、里の医者役をしている紅魔族の下に大至急でめぐみんを運ぶ。

 今のめぐみんは、まるで悪質な熱病にかかっているかのようだ。

 医者とむきむきの二人に見守られる中、赤い顔でめぐみんは苦しそうにうなされている。

 

 あの時の呪いが原因であることは、まず間違いなかった。

 

「先生! めぐみんに何があったんですか!?」

 

「『指差しの呪い』に類するスキルを、同時にいくつか発動させたのかもしれない」

 

 例えばアーチャーの場合、遠くを見る千里眼スキルと遠くを撃つ狙撃スキルはセットで運用される。

 ウィザードの場合、発動した魔法スキルと高速詠唱のスキルは常に同時に発動されている。

 スキルの併用は基本中の基本だ。

 基本だが、そのためにいくらでも悪用の余地がある。

 

「スキルの複数発動……じゃあ、この病みたいなのは……」

 

「あくまで予想だが、確実に殺すためかもしれない。

 死の宣告を成功させても、対象はピンピンしたままだ。

 対象が宣告の解除のために動き回るかもしれない。

 戦闘中だったら、そのまま対象が術者を倒してしまうかもしれない。

 宣告が効果を発動するまで、対象の動きを止める、ということだ」

 

「……」

 

「とにかく、この熱病の呪いは死の宣告よりは脆い。

 魔道具で解呪、できなければ最低でも緩和させてみよう」

 

「よろしくお願いします!」

 

 この世界には、タンスの近くを歩くとタンスに足の小指をぶつけるようになる呪いなど、しょうもない呪いが多い。

 逆に言えばそれは、この世界に存在する呪いの総数が非常に多いということだ。

 こうした、対象の体力を削る病に似た呪いも存在する。

 

 熱に浮かされるめぐみんの額に、濡れたタオルを乗せる。

 その時、むきむきの手の小指が彼女の額に触れる。

 触れた額は、体温が高いむきむきでも熱く感じるほどに、熱かった。

 

「……っ」

 

 その熱さが、罪悪感を駆り立てる。

 庇われた。守られた。救われた。

 初めて出会った、あの日と同じように。

 なのに、嬉しくもなんともない。

 

(強くなった気になっても、何も変わってないじゃないか)

 

 守りたい女の子が居て、その女の子に守られて。

 

 心の中が、情けない気持ちでいっぱいになって。

 

「めぐみん!」

「こめっこから聞いた医務室はここで合って……めぐみん! むきむき!」

 

 部屋に駆け込んできためぐみんの両親を、顔を上げたむきむきが見る。

 こめっこから話を聞いて来たひょいざぶろーも、ゆいゆいも、その顔には親として娘を心配する感情が浮かべられていて。

 めぐみんを見た瞬間、二人の目には、憤りや悲しみ等が混ざり合った感情が見て取れた。

 むきむきは二人に事情を説明する。

 悲痛な表情と声色で、俯きながら二人に話す。

 二人と目を合わせるのが怖くて、申し訳なくて、少年は顔も上げられない。

 

 お前のせいで娘がこんなになってしまったんだと、罵倒されることさえ覚悟していた。

 なのに。

 

「……あなたは無事だったのね。よかった」

「ああ、本当によかった」

 

「―――」

 

 二人は、むきむきの無事を、心底喜んでくれていた。

 彼が無事だと知って、そこに心底安堵した表情を見せてくれていた。

 

 二人にとっては、何気ない言葉だったかもしれない。

 けれどむきむきにとっては、その言葉こそが嬉しくて、苦しかった。

 家族のように心配してくれたことが嬉しくて、この二人の本当の家族を守れなかったことが苦しくて。とても嬉しいのに、とても苦しい。

 

(今ここで、自分の頭を殴り潰して死んでしまいたい。

 でも、死ぬわけにはいかない。

 めぐみんのために、こめっこちゃんのために、この人達のために)

 

 彼には、自分に笑顔をくれた大切な人達のために、倒さなければならない敵がいる。

 

「……むきむ、き……」

 

「! めぐみん、どうかした!?」

 

 そして、あのデュラハンをぶっ倒したいと思っているのは、むきむきだけではなかった。

 めぐみんは苦しそうにしながらも体を起こし、駆け寄って来たむきむきの手を汗ばんだ手で引っ掴み、熱で赤くなった顔で息を切らして助言を渡す。

 

「いい、ですか? 奴は……ダークプリーストのデュラハンです。

 ……その、ため……剣技は、大したことが、ないはずです。

 焦ら、ず、死の魔法と……呪いに気を付け……接近、できれば、封殺できま……す」

 

「……めぐみん」

 

「あなたは、強いと。私は……信じてます」

 

 そして、またばたりと倒れる。

 体の内側から弾けてしまいそうな熱と苦痛があるだろうに。

 そんな苦痛を抱えてなお、彼女は友のために強がってみせた。

 強がって、頑張って、なんとか最後の助言をくれた。

 普段は友人をからかったり玩具にしたりすることも多いのに、こういう窮地では自分を顧みず他人を想ったりもする。

 

 その優しさに、少年の心が奮い立つ。

 

「ありがとう。行ってくるね」

 

 むきむきは最後にめぐみんの首筋と顔の汗を拭き、冷水に漬けて絞った濡れタオルを彼女の額に置いていく。

 立ち上がったむきむきを見て父母が頷き、彼もまた頷き返した。

 むきむきは部屋を出て、そこでこめっこの手を引くゆんゆんと鉢合わせする。

 

「あ、むきむき!

 お父さんとお母さんが、アルカンレティアに連絡取ってくれたんだって!

 手の空いてるアークプリーストの人が、明日にも来てくれるかもしれないんだって!」

 

「……そっか。もしかしたら、それで何とかなる可能性もあるかもね」

 

「……? 嬉しくないの? これで全部解決でしょ?」

 

 アークプリーストは、上級職の回復職だ。

 神の力を借りるそのジョブは、毒も傷も呪いも諸共に消し去るという。

 されど、その力も万能ではない。

 

「確かに、普通の呪いは解除できる。

 アークプリーストもその専門家だ。

 でも……それでめぐみんが助かるかは、分からない」

 

「なんで!?」

 

「父さんと母さんは、国で一番レベルが高いアークプリーストでも、解呪できなかったから」

 

「―――」

 

「僕も、伝聞で聞いただけなんだけどね。

 ベルディアの死の宣告は、どうにもならなかったんだ」

 

 その昔、ウィズという名の人類指折りの強さをもつアークウィザードが居た。

 彼女が所属していたパーティは、魔王軍にとっても脅威であった。

 そのパーティは、ある日魔王軍幹部のベルディアと対決。

 全滅こそしなかったものの、全員が死の宣告を受けてしまう。

 国で最もレベルが高いアークプリーストでさえ、その死の宣告は解呪できなかったという。

 

 八年前。

 紅魔族に、二人の優秀な魔法使いが居た。

 二人は山側から里に侵入してきた幹部ベルディアと対決。

 女神の封印を吹き飛ばすほどの激闘を繰り広げ、なんとか手傷を与えてベルディアを撃退したものの、死の宣告を受ける。

 そして、一人息子を残してそのまま死去したという話だ。

 

 かけられた呪いを解呪できるかどうかは、解呪しようとする者の力量と、呪いをかけた者の力量で決まる。

 そのため、事実上解呪不可能な者が存在する。ベルディアの呪いがそれだ。

 敵は、そのベルディアの身内を自称している。

 年中忙しい高レベルアークプリーストを一人や二人連れて来たところで、解呪できるかは分からない。

 

「……じゃあ、大本を倒すしかないじゃない!」

 

「そうだね。助けたいのなら……倒すしかない」

 

 死の宣告はいわゆる『指差しの呪い』だ。

 呪いであれば、解く方法は三種類ある。

 呪いを魔法や道具で解呪するか。

 術者と交渉し、呪いを解いてもらうか。

 呪いが完全に発動する前に、術者を殺すことだ。

 何度か殴ってから交渉するにしろ、呪いの発動前に殺すにしろ、とにもかくにもあのデュラハンを倒す必要がある。

 

「幸い、あいつは一対一の決闘を望んでる。

 あいつも僕がこう考えてることは織り込み済みだと思うけど……

 誘いに乗って、なんとか僕一人でなんとかしてみるよ」

 

「……こういうこと言うの、里の皆みたいな感じで嫌だけど。

 里の皆で囲んで、魔法で一気に倒しちゃった方が安全じゃない?」

 

「あいつ、魔法対策もきっちりしてた。

 それにテレポートのスクロールも持ってた。

 多分、囲んでも倒す前に逃げられるだけだよ。そうなったら本当に終わりだ」

 

「……っ」

 

「皆が動くべき時があるとしたら。それは僕が負けた後だ」

 

 タイマンで勝てればそれでよし。

 彼が負けたなら、魔法が効きにくい上にテレポートで逃げる敵に、一縷の望みをかけて皆で攻撃を仕掛けなければならない。

 とはいえ、それもか細い望みだ。

 むきむきが負ければ、その時点で事実上、めぐみんとむきむきの死が確定する。

 

 勝つ以外に道はない。

 

「……」

 

 ゆんゆんは複雑そうな顔をしている。

 ここで彼の背を押すことは彼の命を軽んじること。

 ここで彼を引き止めることはめぐみんの命を軽んじること。

 だから、他人思いなのに対人関係で踏み込むことを恐れがちなゆんゆんは、何も言えない。

 

 口を開いたのは、そんなゆんゆんではなく、その隣のこめっこだった。

 

「……姉ちゃん、わたしのせいで死んじゃうの?」

 

 こめっこがホーストを探しに行かなければ、めぐみんは今の状態に陥らなかったかもしれない。

 賢いこめっこはその可能性にも気付いていたようだ。

 その目の端には、小さな涙の粒が浮かんでいる。

 

 少年はその手を取り、膝を折って、自分の半分の身長もないこめっこと視線を合わせた。

 

「君のせいじゃないよ。

 お姉ちゃんが死ななくちゃならないくらい悪いことなんて、君はしてない」

 

 危ない場所に行った子供も悪いかもしれない。

 だが、誰のせいであるかと言えば、悪いやつのせい以外の何物でもないと、少年は思う。

 彼にこめっこを責める気などあるものか、

 あるのは自責の念と、イスカリアへの敵意のみ。

 

「だから、絶対に死なせない」

 

 殺されていい理由なんて無い。ゆえに、死なせない。

 

「でも、お姉ちゃんが起きたらちゃんとごめんなさいは言おうね。

 めぐみんは、こめっこちゃんのことを本当に心配してたんだから」

 

「……うん」

 

「めぐみんが辛い時に側に居られない僕の代わりに、お姉ちゃんの側に居てあげて」

 

「しょうち!」

 

 この世界は、ふざけた世界だ。

 とんでもなく笑えるようなことから、とんでもなく笑えないようなことまで、何でもかんでもごっちゃになって飛び出してくる。

 まるでコイントスのようだ。

 指で弾かれた空中のコインのように、愉快な表面と残酷な裏面が見え隠れしている。

 そのくせ、最後にどちらの面が見えるかは、コインが落ちてみるまで分からない。

 

「ゆんゆん。めぐみんをお願い」

 

「お願いされても、私にできることなんてあんまりないよ?」

 

「僕が安心できる。だから、お願い」

 

 表か裏か。どちらが出るかも分からない戦いに、彼は赴く。

 

 その背中に、ゆんゆんが不安そうに問いかけた。

 

「戦いたいって気持ちがあるのは……

 お父さんとお母さんのことがあるから?

 それとも、めぐみんを助けたいから?」

 

 その問いに答えようと、むきむきは思考を巡らせ自分の心と向き合うが、いくら考えても明確な答えは出てこない。

 

「……わかんないよ」

 

 ベルディアと魔王軍に対する、負の気持ちの方が強いのか。

 めぐみんを助けたいという気持ちの方が強いのか。

 自分のことなのに、それが分からないでいる。

 混ざり合う負の感情と正の感情をより分け、どちらが大きいかを見比べようとするには、彼は幼な過ぎた。未熟すぎた。

 

「とりあえず、殴ってから考えることにする」

 

 それでも、戦わなければならない。

 

 復讐のために戦うか、助けるために戦うか、まだ決断できていなかったとしても、少年は戦わなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イスカリアに勝つには、心が乱れていてはいけない。

 心落ち着けなければ、初戦の二の舞いになるだけだ。

 だが心を落ち着かせれば落ち着かせるほどに、あのデュラハンと戦わなければならないという現実が、少年の身を竦ませる。

 

 敵が強いから、というだけではない。

 敵が、『死』そのものであるからだ。

 

(気を付けないと、気を付けないと。

 指差されて魔法を撃たれたらすぐに死ぬ。

 指差されて呪いをかけられたら苦しみながら二週間後に死ぬ。

 もしも、もしも、判断か回避が一瞬遅れたら、ただそれだけで―――)

 

 剣よりも、魔法よりも、毒よりも厄介な、死を直接ぶつける恐るべき技。

 指差されるだけで死が約束されるなど、なんと恐ろしいことか。

 包丁も刺さらないその筋肉も、剥き出しの死までは防げない。

 

 死が怖くない者など居ない。

 人は、生き返れるという保証を与えられたとしても、死を恐れるものだ。

 恐怖で心が折れかけて、けれどもそれに気付いた少年は自ら活を入れる。

 

(! ダメだダメだ、弱気になっちゃダメだ!

 死がなんだ。死が怖いくらいなんだ。

 それも怖いけど、めぐみんが死んでしまうのはもっと怖いじゃないか……!)

 

 逃げられない理由があることと、恐怖を乗り越えねじ伏せることは、全くの別問題である。

 むしろ今の、逃げられないけどビビっているという状態こそが最悪だ。

 

(敵は仇の弟なんだ。

 そんな奴に負ける訳にはいかない。

 魔王軍にだけは……ベルディアとその仲間にだけは、絶対に……!)

 

 落ち着かせた心を奮い立たせるために、無理矢理に復讐心を思い出させる。

 黒い気持ちで、弱い心を補おうとする。

 それでも全然足りなくて、決闘の時間よりも早く決闘の場所に着いてしまったむきむきは、とうとう神様に祈ることまで始めていた。

 

(……エリス様、都合のいい時だけ祈ってごめんなさい。

 でも、少しでいいから幸運を下さい。

 罰当たり者に罰を与えるのは、この戦いが終わってからにして下さい)

 

 祈る先は幸運の女神エリス。

 むきむきは女神アクアに悪質な宗教団体のネタ女神という印象を持っていたので、祈る先の選択に迷いはなかった。

 

(えーと、上手く行ったら一生エリス教徒に優しくすると誓います。

 エリス様に一生感謝すると誓います。

 何かしろって言われたら、何でもします。どうか幸運パワーをください)

 

 神に祈ってはみたものの、勇気も幸運も手に入れられた気がしない。

 むしろ変に他者を頼った分、心が弱くなった気すらした。

 そんな馬鹿な男の子を、無口な幽霊がなじる。

 

『情けない』

 

「うっ」

 

『神頼みに幸運頼みか。ひ弱な女子(おなご)でも今時そんなことはしまい』

 

 結局、むきむきはめぐみんを想って拳を握ることはできたものの、それ以降は死の恐怖でじわじわとへたっていくだけだった。

 本人は勇気を出そうと頑張っているのだが、それがどうにも上手く行っていない。

 

『貴様の手を見るがいい。貴様のその手の、どこが勇者の手だ』

 

 握った拳すら、小刻みに震えている。

 死が恐ろしい。けれど逃げるわけにはいかない。

 弱い心は体を震わせ、されども誰かを大切に想う心だけが、彼をこの場に留まらせている。

 

『貴様は臆病者よ。男の価値は決断で決まる。

 自分一人であれば何も決断できない貴様には、何の価値もない』

 

「……そう、だよね」

 

 少年の『価値』を否定する言葉に、少年は俯く。

 なんの反論もせずその言葉を受け止めてしまったのは、彼に実力相応の自信がないからだ。

 

「こんな僕には、何の価値も……」

 

『何を勘違いしている』

 

「え?」

 

 謙虚ゆえに自分を低く見るのではなく、愚かゆえに自分を低く見ている少年に、幽霊は必要な言葉を投げかけた。 

 

『自分一人であれば何も決断できない貴様には、何の価値もない。

 だが、貴様は一人ではなかろう。

 貴様は他者のために決断しようとしている。その震える手を、貴様は他者のために握ったのだ』

 

 臆病かもしれない。

 愚かかもしれない。

 それでも、友のために震える足でここまで来た一人の子供を、彼は評価した。

 

(それがし)は亡霊であるがゆえ、貴様に力を貸すことはできぬ。

 だが、愚かな貴様が見ていない貴様を教えることはできる』

 

 勇気とは、恐れを知らぬ者が持たぬ物。

 恐れを知る者の強さの内より湧き上がる物。

 

『思い出せ。貴様はあの少女に、強いと言われたのだぞ』

 

―――あなたは、強いと。私は……信じてます

 

『忘れるな。お前のその拳は、誰のために握られたのだ』

 

―――だから、絶対に死なせない

 

「……うん」

 

 友のために握った拳が、今一度強く握り直される。

 

「ほう。私より早く来ているとは、関心だよ、少年」

 

 月が天頂に昇る頃。

 デュラハンは、拳を握った少年の前に現れた。

 

「よくぞ来た。約束通り一人で来た君に、賞賛と死を」

 

「賞賛も死も要らないよ。欲しいのは友達の無事だけだ」

 

 闇夜の黒を、不死者の人魂のような薄い青光が侵食する。

 その光景が、どうにもおぞましい。

 闇夜の黒を、歩き出した紅魔族の赤く輝く眼が切り裂く。

 その光景が、とても勇壮に見える。

 

「君が私を倒せたならば、君はようやく兄者と対等であろう。

 兄者は君の家族を殺した。

 君も兄者の家族である私を殺したことになる。

 我は既に死んだ者ではあるものの……兄者と君は互いが互いにとっての仇となる」

 

「殺される気はあるの?」

 

「無い。だが、こう言っておけば君はより強く戦えるはずだ」

 

 ホーストの時のように、十数日も準備期間があった戦いとは違う。

 仲間はおらず、友と打ち合わせしておく時間もなく、スクロールなどを準備する余裕もなく、少年はほぼ身一つでここに居る。

 震える拳を、拳を握る理由で、強く握って、弱い心を握り潰して。

 少年は、一歩前に踏み出した。

 

「我が名はむきむき! 紅魔族随一の筋肉を持つ者にして、未来に友と魔王を倒す者!」

 

「デュラハンのイスカリア。参る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇夜に人影が溶け、黒髪が混じり、赤く輝く眼だけが浮き上がる。

 イスカリアの鎧は黒く、夜の闇のせいで普通の人間にはどこを指差しているのかも分からない。

 対し、アンデッドであるイスカリアの眼に夜の闇はあってないようなもの。

 それどころか、夜になったことで昼間より全ての能力がパワーアップを果たしている。

 

 夜の世界は、完全にデュラハンの土俵の上だった。

 

「『デス』」

 

 異常に高い視力を持つ赤い眼と、月の光だけを頼りに、むきむきは死の魔法を回避する。

 魔法抵抗力が低いむきむきに。成功率が高いが死ぬまでに間が空く死の呪いを使う必要はない。

 それゆえの、死の魔法であった。

 

『次の立て直しを常に意識しろ。

 "何が何でもこの一発をかわす"とは考えるな。

 その思考は、やがて破綻する。

 "ギリギリの回避でいいから全てをかわす"という意識を持て』

 

 幽霊の助言を、少年は無言で噛みしめる。

 距離を詰めさせてくれないデュラハンに、少年はその辺で拾った小石を投げつけた。

 

「らぁっ!」

 

 ジャイロ効果と筋肉効果で凄まじい速度と威力を乗せられた小石は、時速1000kmの弾丸となってイスカリアの肩に命中する。

 

「痛っ」

 

 投石はイスカリアの肩を凹ませたが、イスカリアはなんと、そこに即死の魔法をかけた。

 

「『デス』」

 

 すると、みるみる内に肩の傷が無かったことになっていく。

 

「!? 治った!?」

 

 『アンデッドは神の理に反しているため、神の力が全て逆に働く』。

 それは、この世界の冒険者なら大半が知っている常識だ。

 回復魔法は人の傷を癒やし、アンデッドの体を崩壊させる。

 即死魔法は人を即死させ、アンデッドの即死級の傷を癒やす。

 イスカリアのデスはザキであり、同時にベホマでもあるということだ。

 

「もう一回!」

 

 むきむきはまた小石を拾って投げるが、イスカリアはそれを手にした剣で切り払う。

 

「投げ方が単調だな。修練不足だ」

 

 いくら投げた石が速く飛ぼうと、投げ方が単調では意味がない。

 四隅に投げ分ける160km/hの投げる球は打てなくても、同じ軌道で160km/hを投げてくるバッティングマシーンなら打てるのと、同じ理屈だ。

 これでは、100回投げても5回当てられるかさえ怪しい。

 

(距離が詰められないのに、これが通じないんじゃ……どうする!?)

 

 むきむきが接近できていない理由には二つある。死の魔法と、馬だ。

 

 デュラハンとは、馬に乗った首無し騎士のアンデッド。

 当然、イスカリアは騎乗した馬を走らせ距離を離そうとし、むきむきはそれに追いついて殴り殺そうとする。

 だが、この馬が笑えないくらいに速かった。

 

 この世界において、人を乗せた普通の馬の速度は約60km/h。

 アンデッドの馬ならば、当然普通の馬より速く何時間でも駆け続けられる。

 むきむきが全速力で、真っ直ぐ距離を詰めようとしても。

 

「『デス』」

 

「くっ!」

 

 死の魔法が飛んで来て、蛇行しつつ走りながら後を追わざるを得ない。

 全力で後を追おうとすれば、指差しをかわせない。

 指差しをかわすことに集中しすぎれば、今度は追いつけない。

 

 "馬に乗っている"というアドバンテージを最大限に活かしてくるデュラハンは、とてつもなくやりづらく、面倒臭い手合いであった。

 

「無茶苦茶な筋力。

 無茶苦茶な筋力から放たれる異質な攻撃。

 物理攻撃にも魔法攻撃にも耐えるタフネス。

 デタラメな近接戦闘能力。……だが、それだけだな、少年」

 

 手刀を振って風の刃を飛ばしても、馬が軽やかに跳躍して当たらない。

 

 回復と、遠距離攻撃と、高機動。

 そして、むきむきの得意な距離で絶対に戦わせない、老獪な戦いの流れの構築能力。

 ただでさえ強いくせに、敵の得意な距離を徹底して潰して即死魔法を連打してくるこの敵は、怖気がするほど恐ろしかった。

 

(拳さえ当たれば、倒せるはずなのに)

 

 むきむきは石を投げて届く範囲にしか攻撃を届かせることが出来ず。

 指で差せばいいイスカリアは、目に見える範囲全てが攻撃範囲。

 むきむきの攻撃は、当たってもすぐに回復され。

 イスカリアの攻撃は、一つでも当たれば死に至る。

 

(……拳を当てられる距離まで、近付けない!)

 

 にっちもさっちも行かない。

 息をしているのかも分からないアンデッドの馬を追う内に、とうとうむきむきの息が切れ始めたが、少年はそこで運良く希望を拾う。

 

(……折れた、剣!)

 

 それは、この世界ではよく転がっているのを見る、モンスターに食い殺された冒険者の遺品だった。

 折れた剣なら、小石より多くの力を込められる。

 刃が付いている分、金属である分、小石よりも大きなダメージを期待できる。

 軽すぎる小石より、飛距離が期待できる。

 

 むきむきは拾ってすぐに一も二もなく、剣をイスカリアに投擲した。

 

「『リフレクト』」

 

 そして知る。淡い希望は、砕かれるためにあるのだと。

 上級職のプリーストが持つ反射の魔法が、彼の投げた剣を跳ね返し、彼の左肩を切り裂いていった。

 

「ぐっ……!?」

 

「君のような『反則』は、時折この世界に現れる」

 

 単調な戦いをすれば、イスカリアは即座に彼に殴り殺されていただろう。

 だが、そうはなっていない。

 イスカリアは"上手い戦い"を徹底し、巧みにむきむきの強さを封じ込めていた。

 

「魔王の歴史とは。

 魔王軍の歴史とは。

 紐解けば、そんな『反則』と戦い倒し倒される歴史に他ならない。

 覚えておきたまえ。反則級の存在なんてものは、山ほど居るのがこの世界だ」

 

 もしも、この世界がゲームなら、これは序盤のボスがほぼ成功する即死の魔法やスキルを連発してくるようなもの。

 幾多のプレイヤーという『特別』のほとんどがそこで死んでしまうようなもの。

 そんなゲームはクソゲーだ。

 敵が反則過ぎる。ゲームのバランスが崩壊している。

 その人生(ゲーム)が一度しかないものであるからこそ、なおさらにクソゲー度合いは増していく。

 

「私が思うに……

 反則な力だけの存在よりも、小細工や姑息さで戦う人間の方がまだ厄介だ。

 幸運に恵まれたような、女神に愛されたような存在の方が、ずっと厄介だ」

 

 頭がいいわけでもない単調な力自慢の者では、イスカリアは相性が悪い。

 せめて、小細工や発想力で勝負する味方か、クズだのカスだの言われるような卑怯な手も躊躇わない味方がむきむきの隣に居れば、何か違ったかもしれない。

 けれど、そんな味方はどこにも居ない。

 

「強い力を持っただけの人間なら、いくらでも御しようはある」

 

 この世界は、終わりかけの世界だ。

 

 魔王軍に残酷に殺された魂が転生を拒み、世界の未来は絶えかけている。

 魔王軍の蹂躙は、世界で唯一魔王軍と戦える国を滅ぼしかけている。

 女神は別世界の人間に反則級の力を持たせこの世界に勇者として送り出しているが、戦局は一向に好転していない。

 勇者の力を取り込み最強の存在として培養した王族達が前線に出ても、時間経過と共に勝利は遠ざかり敗北が近付いて来る。

 

 熟練の冒険者が魔物に殺され、反則級の能力を持った転生者が魔王軍に殺され、魔王軍は最後の砦である王都に手をかけている。

 反則級の力があれば魔王軍を倒せる? そんなわけがない。

 この世界の魔王軍は、世界の法則を超越した化物のような人間の群れと戦い、それを押し切って人類に王手をかけている強者の集団なのだ。

 

「それともう一つ。私の兄は、私より強いぞ。

 弱点の神聖魔法さえ通じない。

 私よりもはるかに死の宣告に熟達している。

 君相手でも切り結べるほどに、剣の腕も凄まじい。

 ……私程度を倒せないようでは、親の仇など一生取れないと思うがね」

 

 その魔王軍において、指折りの強さを誇る幹部の血族たるこのデュラハンが、弱いわけがない。

 

 敵は、あまりにも強大だった。

 

 

 




 ベルディア(デュラハン)ってぶっちゃけアクア様抜きだとそうそう勝てないですよね。
 アクセル到着前から上級悪魔を吹き飛ばせるめぐみんの爆裂魔法。その爆裂魔法に低レベル帯で耐えるダクネス。アダマンマイマイの描写からしてカズマさんが矢を撃っても素肌に刺さらないダクネス。そんなダクネス(鎧付き)を真正面から削り倒せるベルディアの攻撃力。
 ウィズ過去編からして国一番のアークプリーストでも解除できない死の宣告。馬があるため死の宣告当て逃げも可。WEB版だと「その辺の奴ら皆まとめて二週間後に死ね」とかやってる模様。
 素のステータスも高く、極めて高い剣の技量があり、人類最強の幸運持ちなカズマさんが全魔力を込めてようやく一回だけスティールが成功するという恐ろしさ。
 ちなみにWEB版での作者さんの感想返信から考えると、スティールの成功判定は発動者の幸運と使用した魔力で対象者の幸運を上回るという数値参照が行われるっぽいので、レベル差が原因でしょうがベルディアは幸運値でもカズマさんを上回っている可能性。
 アンデッドなのにアクア様の浄化に耐える高性能耐性も有り。
 剣技関係無い遠距離型で相性がいいとはいえ、勝ったアクア様とウィズがデタラメすぎる……

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