「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

7 / 63
 外見がか弱く小柄な美少女だとちょっとしたことでも同情してもらえる。外見が極めて強靭なタフガイだと中身が子供でもそんなに甘く見てもらえることはない。世は無常である


1-7-1 むきむき十歳。魔王軍と戦うの巻

 この世界ほど友情・努力・勝利があてにならない世界もない。

 かといって、努力が無駄になることもない。

 人は裏切るが、筋肉は裏切らない。

 というわけで、むきむきは肉体鍛練を習慣として定着させ、日々繰り返していた。

 

「1001、1002、1003、1004、1005、1006……」

 

 指一本で逆立ちし、腕立て伏せの要領で上下に動く。

 その上下運動の速さたるや、エロ漫画世界の過剰に動くアナルバイブのようだ。

 アナルバイブのようなムーブでトレーニングを続けるむきむきだが、この形式の鍛練では必要な筋肉は付かない。

 物を殴る筋肉は、物を殴る動作でのみ身に付くものだ。

 これは単に、必要な筋肉をほぐすストレッチである。

 

『次、走り込み』

 

「押忍!」

 

 何が効率のいいトレーニングなのか。

 何が効率のいいトレーニングではないのか。

 それを教えてくれる者を得られたのは、むきむきにとって望外の幸運であったと言えるだろう。

 

『もっと速く。最初は刻むように、後半は蹴り込むように、全体的に足で"漕ぐ"イメージで』

 

「押忍!」

 

 ベン・ジョンソンのように、あるいは便所に走る若人のように、少年は走り込む。

 幽霊は無口であったが、事あるごとに指導してくれる人物であった。

 

 紅魔族に格闘技や近接戦闘職の人間は居ない。ほぼ全員がもやしだ。

 近接戦闘における(むきむきを除いた)紅魔族など、雨の日の大佐。クロスベル警察。右代宮戦人。アンドリュー・フォーク。ドルベ。そんなものだ。

 

 だがこの幽霊、どうやら近接格闘技術に覚えがあるらしい。

 地球のトレーニングにも詳しいようだ。

 むきむきの自己流鍛練にも時々口を出してくれるため、この魔法使いしか居ない里で、少年は奇跡的に武術の師を得ることができたのである。

 

『殴る時に親指を拳の内側に握り込むな』

 

「押忍!」

 

 ないものねだりはもうやめだ。

 魔法は使えない。自分が『里の普通』を手に入れることはない。

 そう自分に言い聞かせ、今あるものを鍛え続ける。

 彼が自分を鍛えているのは、近い将来里の外に出て行く時に備えているからだ。

 それに幽霊が協力してくれているために、幽霊と少年は一見打ち解けたかのようにも見えるが、実はそうでもない。

 

「そういえば、幽霊さんは生前何をしてらした方なんですか?」

 

 呼びかけるが、返答は返ってこない。

 

(……無視は悲しいです)

 

 会話が成立しない。この幽霊、普段は極めて無口だった。

 無駄口を叩かないというか、必要なことしか口にしないのだ。

 話し方や一人称もかなり古風で、浮世離れした印象も受ける。

 

「……今日の修行も終わりましたし、帰りましょうか」

 

 返答なし。むきむきは泣きたい気分である。

 

「ちょっとそこの、独り言で話してる痛々しいキン肉マン、ちょっといいかな」

 

「!?」

 

 そこで、泣きっ面に蜂が来た。

 横合いから声がかけられたということは、今の幽霊への言葉――他人から見れば丸っきり独り言――を聞かれていたということだ。

 いつからそこに居たのか、そこには赤い衣服に赤い仮面の男が立っていた。

 上から下まで真っ赤っ赤。

 顔は見えないが、声から察するに背が高い男性だろうか。

 むきむきに備わっている標準的な感性が「クソダサ」と言い、紅魔族的な感性が「かっこいい」と言い、間を取って「ちょっと変な人」という印象が心に残る。

 

 その男は服装が真っ赤っ赤だったが、今は聞かれていた羞恥心で顔を逸らしているむきむきの顔の方が、ずっと真っ赤であった。

 

「ど、どうも……」

 

「大麻でもキメてるのかな?

 見たところ紅魔族のようだけど、紅魔族はいつから大麻族になったんだい?」

 

「なってません!」

 

「まあそれはどうでもいいか。私は紅魔の里に行きたいんだが……」

 

「はいはいはい! 案内します! はい!」

 

 紅魔の里には観光名所もある。時々、旅行者や冒険者も訪れる。

 赤い服の人がその手の者であると判断し、むきむきは話を切り上げ、先のことを誤魔化すように、その人を里にまで案内していった。

 

 

 

 

 

 紅魔の里は今日も平和だった。

 地球的に言えばおやつ時の昼三時を回った頃、むきむきは赤い人を連れて里に到着し、そこで何やら勝負をしているめぐみんとゆんゆんに発見された。

 

「あ、おかえりなさい、むきむき。

 今日は売り込みでうちの親が居ませんから、私とむきむきとこめっこで食べ放題ですよ!」

 

「あれ、今日出張の日だっけ? しまった、忘れてた……」

 

「おかえりむきむき。あのね、お父さんが頼みたいことがあるんだって」

 

「族長さんが? また力仕事かな」

 

 紅魔族の慣例に沿えば、この二人もあと一年でアークウィザードとなり、魔法を覚えるための授業と修行が始まる。

 この楽しい時間も、あと二年は続かないだろう。

 旅立ちの時は、少しづつ近付いている。

 

「あ、そうだ! 聞いてよむきむき!

 めぐみんてば、もう酷いのよ!

 お昼の度に私と勝負して、私からお弁当を巻き上げようと企んでるの!」

 

「え、そうなの?」

 

「巻き上げるとは失敬な。

 私は尋常な勝負にて弁当を対価として頂いているだけです。

 負けず嫌いっ子に付き合ってあげてる慈悲深い私は、大天使と呼ばれてもいいくらいですよ」

 

「って、言ってるけど」

 

「……族長の娘の私としては、負けっぱなしじゃダメだから、その……」

 

「じゃあめぐみん大天使?」

「この慈悲深さにひれ伏してもいいんですよ」

 

「でもこれだけは言わせて!

 めぐみんは天使じゃなくて、天使のラッパで来るイナゴよ!」

 

「イナゴ!?」

 

 食用旺盛、遠慮なし。イナゴとは言い得て妙だった。

 

「というか、言ってくれればめぐみんの昼のお弁当くらい用意してあげるのに」

 

「むきむきからは晩御飯の食材を貰っています。

 なのでゆんゆんからはお昼御飯を貰わなければ、不公平ではないですか。

 私は二人を公平に、平等に扱っているんですよ。分かりますか、ゆんゆん?」

 

「え? そう言われてみると……いや、おかしい!

 堂々と言うから一瞬納得しかけちゃったけど、全部おかしい!」

 

 里の入り口で三人がいつものやり取りをしていると、里の奥から「いい加減働け!」「嫌だ!」というやり取りで家を叩き出されたニートが、子供に食事と寝床をたかりにやって来た。

 

「我が名はぶっころりー。家を叩き出され、むきむきに晩御飯を恵んで貰おうとしていた者……

 むきむき、その人は? むきむきが連れて来たのを見るに、里の外からの旅行者さんかな」

 

「あ、はい、この人は……」

 

 ぶっころりーに話を振られ、むきむきが赤い人を案内しようとし――

 

 

 

「ああ、私か? 私は魔王軍幹部・セレスディナ様の一の部下だよ」

 

 

 

 ――その言葉に。むきむきは二人の少女を抱えて瞬時に跳躍し、ぶっころりーは喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

「敵襲っー!」

 

 ぶっころりーの声に応じて、里の者が鐘を鳴らす。

 家屋、工房、農地、その他諸々の場所から紅魔族が続々と集まり、数十人の紅魔族が十秒足らずで集結していた。

 バカみたいな日常を過ごしているくせに、いざ戦いとなれば馬鹿みたいに有能になる。

 それが、紅魔族であった。

 

「……里の子供にわざわざ案内させるなんて、今日は随分回りくどいじゃないか、魔王軍。

 一人で来るのも珍しい。

 魔王軍幹部でも、一人でこの里を襲撃するなんていう無謀は犯さないんだけど」

 

「確かに私は一人だな。だが、一匹じゃあない」

 

 赤い男が指を鳴らすと、突然モンスター達が現れる。

 送り出し(テレポート)に対する引き寄せ(アポート)、召喚魔法だろうか。

 突如現れたモンスターに、紅魔族は油断なく魔法の照準を合わせる。

 

「! なんだ、このモンスター……!?」

 

 だが、そのモンスター達はなんとも奇妙なモンスターだった。

 体のどこかが歪んでいる。体のどこかが変色している。

 ベースになったモンスターがなんなのかは分かるが、あまりにも原型を留めていないため、別種のモンスターと言われたら信じてしまいそうなほどに変わり果てていた。

 明らかに、人為的に何かを弄られたモンスター達だ。

 

「戦いになっても構わないが、私は戦いに来たわけじゃない」

 

「何?」

 

「見に来たんだ。占いで示された、よく分からない何かの正体を」

 

 赤い男はそう言って、赤い仮面を外した。

 

 人とちゃんと話す時は仮面を外すという真摯なスタイルに、一部の紅魔族は少しばかり好感を覚えるが、それもすぐに嫌悪に変わった。

 

「うっ……」

 

 

 

 何故ならば。仮面の下の顔が、あまりにもブサイクだったからだ。

 

 

 

「お前……そんな顔で、よく生きていられるな……」

 

「よく言われる。オークやアンデッドにもな」

 

 その言葉に、紅魔族の男の内何人か涙をこぼした。

 傷があるわけでもない。

 変なペイントがしてあるわけでもない。

 眉毛を剃りすぎたわけでもなく、髭を変に伸ばしているわけでもない。

 その男は、ただ単純にブサイクだった。

 顔面が作画崩壊していた。

 

 そんな中、めぐみんがぼそっと呟く。

 

「『顔面デストロイヤー』……」

 

 その顔はまさしくブサイクの中のブサイク。

 この天と地の間で並ぶ者が存在しないほどのブサイク。

 妲己になぞらえて、傾国のブサイクとでも言うべき作りの顔。

 おそらくはこの世で最もブサイクである、ブサイクのアルテミット・ワン。

 一言でまとめるのであれば、顔面デストロイヤーとしか言えない存在だった。

 

「が、顔面デストロイヤー……!」

「そうだ、顔面デストロイヤーだ……」

「この顔を言葉にするのなら、顔面デストロイヤー以外にありえない……!」

 

 あまりにも酷い紅魔族の物言いに、彼はこう言った。

 

「よく言われる」

 

 その言葉が、その場の全員の涙を誘った。

 

「紅魔の里に妙なものを見たと、魔王軍(うち)の占い師が言うものでね」

 

 デストロイした顔面で、赤い男は自分がここに来た目的を告げる。

 

「明確に危険な光が見えたならいい。

 手が空いている幹部を向かわせればいい話だ。

 けれども、これだけ小さい話だとそうもいかない。

 幹部直属の人間が行って様子を見てくる程度の案件になるのさ」

 

 男の目は黒かった。その黒色が徐々に解けて無数の色となり、男の目が虹色に変わる。

 その目に見られた紅魔族は、誰もが不快感を覚えた。

 自分の中の奥深くまで見られているという実感。

 自分の内側をまさぐられている不快感。

 自分も知らない自分を知られているという嫌悪感。

 虹色の目は、何もかもを見通すような色合いをしていた。

 

 その目が、むきむきに向けられ、そこで止まる。

 

「私の勘だが、お前のことだったのかな? 筋肉の少年」

 

「―――」

 

 どうやらこの赤い男の目的は、紅魔族に生まれた変異種であるむきむきのようだった。

 

 紅魔族はおおらかだ。日々適当に、享楽的に、刹那的に生きている。

 そんな紅魔族でも、『異物』として見られている人物が、魔王軍を里に引き入れる原因となり、里まで魔王軍を案内してきたとなれば……複雑な感情を込めて、むきむきを見る者も居る。

 

「……ごめんなさい」

 

 大半の紅魔族がそれを気にしていなかったとしても、数人からの視線が感じられてしまえば、自責の念に囚われたむきむきの口からは謝罪の言葉が漏れる。

 今にも泣きそうで、むきむきをよく知るものであれば、涙をこらえているのがひと目で分かる。

 そんな少年を見て、二人の大人が前に出た。

 

 前に出たのは、そけっととぶっころりーの二人。

 ぶっころりーはむきむきの斜め前に出て、彼を魔王軍から守るように立つ。

 そけっとはむきむきの斜め後ろに立ち、彼を里の者の視線から守るように動く。

 

「我が名はぶっころりー。紅魔族随一の靴屋のせがれにして、この子の敵を倒す者」

「我が名はそけっと。紅魔族随一の占い師にして、この子を敵から守る者」

 

「ぶっころりーさん、そけっとさん……」

 

「大丈夫。お姉さんに任せなさい」

「たまにいいとこ見せないと、俺みたいなのは尊敬してもらえないしね」

 

 軽口を叩く二人の紅魔族に、赤い男も戦意を滾らせて名乗る。

 覇気に溢れるその顔は、吐き気がするほどブサイクだった。

 

「お前達の流儀に則って私も名乗ろう。

 我が名はDTレッド。かつての名前はもう捨てた。

 魔王軍幹部セレスディナ様直属部隊、DT戦隊のリーダーだ」

 

 レッドは全てを見通すかのような虹の目で、紅魔族の一人一人を見回し、叫ぶ。

 

「お前達一人一人の情報は全て集めてきた。

 魔法耐性を極めて高くしたモンスターも揃えてきた。

 さて、お手並み拝見と行こう! 噂の紅魔族の強さとやらを!」

 

 レッドは臆することもなく、人類最高峰の魔法使い集団にモンスターをけしかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔族の対応は速い。

 詠唱は神速で、魔法の発動は一瞬。

 一言一言をしっかりと発音しているはずなのに、何を言っているのかまるで聞き取れない速度での詠唱から、一瞬で魔法が放たれた。

 

「パラライズ!」

「アンクルスネア!」

「フリーズ・バインド!」

 

 だが、麻痺の魔法はモンスターの魔法抵抗力に弾かれ、魔力の縄による足取りはレジストで消滅し、氷の捕縛魔法はモンスターを拘束できずに溶解する。

 常人とは比べ物にならない魔法威力を誇る紅魔族の魔法さえ弾くとは、常識外れと言っていいレベルの魔法抵抗力だ。

 が、大人達はそこから敵の魔法抵抗度合を測り、別のアプローチを図る。

 

「トルネード!」

「アース・シェイカー!」

「ボトムレス・スワンプ!」

 

 竜巻による足止めはレジストされ何の効果も得られなかったが、シェイクされた地面はモンスターを巻き込んで土に埋め、地面を沼に変える魔法がモンスターの侵攻を止める。

 

「モンスターに直接魔法はかけるな!

 地面を沼にしたりして、間接的に動きを止めろ!

 四人一組で行動、攻撃魔法は三人一組で一箇所を狙っていけ!」

 

 ゆんゆんの父である族長が、叫び仲間に指示を出す。

 紅魔族の大人達は平然と里の施設を遮蔽物として利用し、迫り来るモンスター達にゲリラ戦を仕掛け始めた。

 

「「「 『ライト・オブ・セイバー』! 」」」

 

 上級魔法でも屈指の威力を誇る、光の刃の魔法が放たれる。

 放ったのは三人同時。狙うは一箇所。

 三つの斬撃が『*』の形に交差して、極めて高い魔法抵抗力を持つモンスターの硬い甲殻に命中し、その甲殻にヒビを入れていた。

 

「おお、めっちゃ硬いなこいつ」

「魔法抵抗力なら幹部級か、部位によってはそれ以上だな」

「こいつは倒すのが相当手間かも……」

 

 でたらめな大火力に耐えるこのモンスターの規格外ぶりに驚けばいいのか、そのモンスターでさえ時間をかければ倒せそうな紅魔族に驚けばいいのか。

 常識がどっかに飛んで行ってしまいそうな光景だった。

 

 モンスターは光の刃を飛ばしてきた三人に襲いかかるが、攻撃に参加していなかった四人目が三人を掴み、転移魔法を発動させる。

 

「『テレポート』!」

 

 転移終了と同時に、三人は今度は光の刃ではなく、それぞれが得意とする雷の魔法を、ヒビの入った部分を狙って発射した。

 

「『ライトニング』!」

「『カースド・ライトニング』!」

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 ヒビの間から僅かに電撃が入り、モンスターが僅かに苦しみの声を漏らしていた。

 

 紅魔族の戦闘スタイルは、言うなれば戦艦+空母+戦闘機だ。

 足を止めて大火力で殲滅する。

 仕留めきれなければ、テレポートで飛び回り火力を叩き込み続ける。

 攻撃魔法だけでなく、動きを止める麻痺や泥沼の魔法も織り交ぜる。

 高い魔法抵抗力をもぶち抜く彼らの魔法は、まるでミサイルである。

 

 対し、レッドが連れてきたモンスター軍は、言うなれば分厚い鉄板を何重にも貼り付けた戦車の軍団だった。

 とにかく魔法に強く、とにかく頑強。

 虎、熊、猪、大蛇と、モンスターの見かけからしてもう強い。

 魔法を受けつつ距離を詰め、紅魔族に攻撃魔法とテレポートをガンガン使わせ、最終的に魔力を使い切らせて圧殺するという目的で編成された部隊のようだ。

 

 その狙い通り、紅魔族は思ったようにダメージを与えられず、いつものように敵の数を減らすことができていない様子。

 めぐみんやゆんゆんと一緒に後方に下げられ、戦えない子供達と一緒に戦いを見守っていたむきむきは、それを見て表情を曇らせていた。

 

(……皆、いつもより苦戦してる)

 

 この世界に生息している魔法抵抗力が高い種族よりも、遥かに高い魔法抵抗力が見て取れる。

 レッドが連れて来たモンスター達は、魔法抵抗力だけ見れば大精霊クラスのものがあった。

 

(勝てる……かどうか、微妙な気が……)

 

 むきむきは、"もしかしたら皆が負けてしまうかもしれない"と思った。

 実際、この状況ではどちらが勝つとは判別し難い。

 ただでさえ流れが読みづらい戦場な上、むきむきは集団戦闘の経験などないからだ。

 この少年の判断が正しいという保証も、間違っているという保証もない。

 

 ただ、むきむきの脳裏には、嫌な未来予想図が生まれ始めていた。

 自分を狙ってやって来た魔王軍が、自分の案内で里に辿り着き、最終的に紅魔の里を滅ぼしてしまうという、未来予想図だ。

 

(僕がやらないと。あいつをここまで連れて来たのは、僕なんだから)

 

 彼の心には、自責の念があった。

 魔王軍はこの里の場所を知っている。彼が案内しなくても、DTレッドはこの里に来訪していただろう。

 そも、攻めて来る魔王軍が悪いだけで、善意から道案内をした子供が悪いわけもない。

 

 だが、少年の心には自責の念があり、その気持ちに突き動かされるように、DTレッドというリーダー格に戦いを挑もうとしていた。

 頭を潰せば、戦いは終わる。

 魔法対策に特化した者なら、自分の物理攻撃で倒せるはず、という甘い考えもあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに、少年は気付きもしない。

 

『行くな』

 

「!? ゆ、幽霊さん、突然喋るのびっくりするんで勘弁してください」

 

『大人に任せておけ』

 

「そういうわけにもいきません……行ってきます!」

 

 戦場の中心から離れていくレッドを見て、幽霊の忠告も聞かず、少年は自責の念に駆られるまま走り出す。

 その動きだけを見れば自然な動きで主戦場を離れていく――戦場全体を見れば、不自然な動きで離れていく――レッドを、少年は追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔の里から見て西に位置する、小さな山や大きな山と隣接する草原。

 そこに、DTレッドは移動していた。

 大きな山は連峰の端に連なり、小さな山は椀をひっくり返したような形状になっている。

 その向こうに到達される前に、むきむきは彼に追いついた。

 

「待て! 追いついたぞ、魔王軍!」

 

「……まったく。子供を操るのは本当に簡単だ。

 思慮が足りない。経験が足りない。悪辣さが足りない。笑えてくるな」

 

「……?」

 

 あまりにも予想通りすぎる動きでここに来たむきむきを見て、DTレッドは苦笑する。

 

「ウォルバク様が子供を利用したがらない理由も。

 セレスディナ様が子供を躊躇わず利用する理由も、よく分かる」

 

 そうして、レッドはまたどこからともなくモンスターを呼び寄せた。

 体長20mを超える二足歩行のドラゴン。

 体長3mの蟷螂(カマキリ)

 鋼鉄の体躯を持つ大猪。

 赤と黒色で出来た人より大きな雀蜂(スズメバチ)

 挽き肉(ミンチ)を人型に練り上げたような、奇妙な肉塊。

 そのどれもが、先程紅魔族を苦戦させていたあのおかしなモンスターに似通った雰囲気と、似通った改造痕を持っていた。

 

「あ……」

 

「私が思うに、この世界で女神エリスが信仰されているのには理由がある。

 いや、エリスとアクア以外の女神への信仰が残らなかった理由と言うべきかな?

 この世界の命は酷く軽い。

 この世界の住人は、いくら備えても幸運が無ければ死んでしまうことを知っている。

 運がなければ、選ばれし勇者も、最高の魔法使いも、あっさり殺されることを知っている」

 

 罠だ。そう気付いた時には、もう遅く。

 

「私が見たところ、お前の幸運は、笑えないくらいに低いようだな」

 

 少年のステータスとスキルを虹色の目で覗きながら、デストロイした顔面で、男は笑った。

 

 モンスター達が、一斉に襲いかかる。

 先頭を走るは、もっとも突撃力があるであろう大猪。

 金属質になった体で、猪はむきむきに突っ込んで行った。

 

「らぁっ!」

 

 むきむきが、その鼻っ面を蹴り飛ばす。

 イノシシは吹っ飛び、途中にあった大岩にぶつかり、それを粉砕してなお吹っ飛び続ける。

 やがて地面に落ち、転がり……されど、ダメージはなく。

 イノシシは平然と立ち上がり、またむきむきに向かって駆けてきた。

 

「!?」

 

 少年に驚く間も与えずに、カマキリが彼に襲い掛かってくる。

 振り下ろされるは、左腕の鎌。

 むきむきはそれを左腕で受け、鋭い金属音のような音が鳴り響いた。

 

 少年が左腕を左に押しやり、カマキリの左腕の鎌ごと敵の体を動かせば、カマキリの左側面が無防備に晒される。

 むきむきはそこに、全力の右拳を叩きつけた。

 が、カマキリの左脇腹を、彼の右拳が破壊することはできない。

 

(硬い……!)

 

 物理防御力が高すぎる。

 そう判断したむきむきは、こめかみを狙って針を突き出してきたスズメバチの攻撃をしゃがんで回避し、後ろに跳んで距離を取った。

 

「魔法抵抗力をゼロにして、物理防御力に回す。

 肉体の強度を上昇させ、物理防御力で魔法に耐える。

 そうすれば、物理攻撃にも魔法攻撃にも耐えられるモンスターが出来る……

 そういうのを最近思いついてな。この五体はその理論で生まれた第一シリーズってやつさ」

 

 肉の魔獣が接近してきて、少年は迎撃に蹴りを叩き込むが、まるで効果が無い。

 ドラゴンの吐く炎を、腕を振って発生させた風でかき消したタイミングで、むきむきはレッドの背後に忍び寄る一撃熊の姿を見た。

 

「お、一撃熊か。私の方は幸運に恵まれているようだ」

 

 チャンスになるか、と少年が思えたのも一瞬だけ。

 レッドは一撃熊の胸に触れ、その体に何か波動らしきものを流し込む。

 一撃熊は絶叫し、その姿を変え、ほんの一瞬で他のモンスターと同じ、改造されたような姿のモンスターと化していた。

 

 レッドに忠実に従う、むきむきの命を狙うモンスターとして新生していた。

 

「―――!」

 

「そら、もう一匹追加だ」

 

 ()()()()

 DTレッドという明らかな役職名だけを名乗ったこの男は、やることなすことおかしかった。

 明らかに、"この世界に存在する法則の外側の力"を行使している。

 

「あなたは、何者なんだ?」

 

「ん?」

 

「モンスターを捕縛して、強制的に従わせて、強化改造するなんて聞いたことがない」

 

「それはそうだろう。普通はこんな力なんてありえない。

 女神エリスがいつ回収しに来るか、俺としても戦々恐々ものさ」

 

「……? なんで、そこで女神エリスの名前が?」

 

「女神本人に聞いてみたらどうだ?」

 

 レッドは知っている。むきむきは知らない。

 この世界でモンスターに殺された者が、女神エリスに会えるということを。

 

「お前を女神に会わせる方法なら、私でもよく知っている」

 

 そうしてレッドは、六体の強化体モンスター達をむきむきに再度けしかけた。

 

『随分と粘るな』

 

 幽霊が、苦戦するむきむきに語りかける。

 むきむきは筋肉で生み出した炎を連続してぶつけるも、物理防御力が異常に上昇しているモンスター達には通用しない。

 

『罪悪感で戦う者は、すぐ諦める。

 もういいやと、すぐに死を受け入れる。

 自責の念でここに来たくせに、随分と粘るものだ』

 

 幽霊の言葉が虚しく響く。

 少年は苦悶の声しか出せていない。

 モンスター達によるリンチを、むきむきは必死に凌ぐ。

 普段ほんわかとした雰囲気をしていて、時折物悲しい雰囲気を見せるむきむきらしくもない、必死に生きようと足掻く狂乱に近い戦い振りだった。

 

『理由があるのか? 生きたい理由が。奴を倒したい理由が』

 

 鉄のイノシシに跳ね飛ばされ、空中で巨大ドラゴンの尾に叩き落とされ、むきむきは地面に叩きつけられる。

 骨に、ヒビが入った音がした。

 

 少年はフラフラと立ち上がり、ようやく幽霊の問いかけに答える時間と余裕を手に入れる。

 

「里の外に出て、めぐみんと一緒に色んなものを見たい。

 里の皆に、いつかでいいから、ちゃんと仲間だと認めてもらいたい。

 だから、死にたくないし、この里を、僕の故郷を、守りたいんだ」

 

 今ここで敵を倒せれば、皆を助けられるかもしれない。大切なあの子を守れるかもしれない。

 ここで負ければ、皆も負けてしまうかもしれない。大切なあの子も死んでしまうかもしれない。

 ここで死にたくない。未来にしたいことがあるから。だから、生きていきたい。

 "しにたくない。したい。だから、いきたい"。

 そう思えるのは、彼に大切なものをくれた、大切な友達が居てくれたから。

 

 あの日、里を一人で歩いていた彼に、希望の言葉をくれた子が居た。

 何かを諦めた彼に、外の世界を冒険するという未来の希望をくれた子が居た。

 その子は里の皆に仲間として認められたいと願う少年に、「無理だ」とは一度も言わなかった。

 ただ、その在り方を尊重してくれていた。

 

「やりたいことがある。認めてもらいたい人達が居る。だから………負けたく、ないんだ!」

 

 迫る魔獣達。

 以前の彼と同一人物とは思えない勇敢さを見せ、踏み出すむきむき。

 それを見て、幽霊は深く溜め息を吐いた。

 

(それがし)の声に合わせろ』

 

「え? ……! はいっ!」

 

 蜂と熊の攻撃が迫る。

 

『恐れるな、前に出て、地面に向けて飛び込み転がれ』

 

 少年は地面スレスレに飛び込み、転がるようにして回避行動。

 突き出された針と、振るわれたクマの豪腕を回避する。

 次に来たのは、蜂と熊の後に続いていた肉塊とカマキリ。

 

『右を殴れ。左を投げろ。そして、戻って来た右も投げろ』

 

 右に見える肉塊の方が、二歩分早く接近している。

 ゆえに、肉塊を殴り飛ばして距離を離し、カマキリとタイマンの状況を作って投げ飛ばし、最接近してきた肉塊も再度投げ飛ばす。

 そうやって、幽霊の指示でむきむきは一対六の状況を絶対に作らないよう動き、一対一を超高速でローテーションするという脅威の戦闘を展開し始めた。

 

 殴り、投げ、蹴り、吹き飛ばし、跳んで、防いで、殴り、弾く。

 むきむきの攻撃は極めて頑丈なモンスターの外皮に防がれ、ほとんどダメージを通せていない。

 これはただの悪足掻きだ。

 諦めの悪い子供の食らいつき。

 執念と呼ぶには粘度が足らず、妄執と呼ぶには醜さが足りない。

 大人にしがみついて我儘を言う子供の癇癪のような、未熟な感情の爆発でしかない。

 

『友でもいい。家族でもいい。女でもいい。

 守りたいと想った者の姿を思い浮かべろ。

 思い浮かべて、声に従え。想いながら某に合わせて手足を振るえ』

 

 だが、幽霊の助言のたびに、確実に、明確に―――彼は強くなっていった。

 

『お前は、それで強くなる手合いだ』

 

「どぉりゃあっ!」

 

 20m超えのドラゴンの尾を掴んだ少年が力任せにドラゴンを投げ飛ばし、ここでようやくレッドが小さな驚きを見せる。

 モンスター達が一方的に圧倒しているにもかかわらず、少年はまだ負けていなかった。

 勝ち目はない。勝機もない。幽霊は勝利に至る道筋が無いがために、それを一切少年に示すことはない。だが、彼はひたすらに"負けないための方法"を少年に提示し続けた。

 

 無口で無親切ではあるが、この幽霊こそが、この少年の唯一の師であった。

 

『貴様一人では到底勝てん。だが、時間稼ぎになろう。

 ならば無為にはなるまい。それが人生というものだ』

 

 諦めないのなら、繋がるものもある。

 

 

 

 

 

 二人は走る。ただ走る。

 里を出て、木々の合間を抜け、モンスターに見つからないように身を屈め、必死に走る。

 手にはカード。家から勝手に持ち出して来たものだ。

 息を切らせて、小さな体でただ走る。

 

 そうして、二人の少女は、その平原に辿り着いた。

 

「!」

 

 その驚愕は、誰のものであっただろうか。

 

「めぐみん、ゆんゆん!?」

 

 むきむきが驚き、声を上げる。

 血まみれ、傷だらけのむきむきを見て、二人の目が一瞬にして鋭くなった。

 感情が高まると目が赤い輝きを増す紅魔族の特性が、二人の目を同じくらい真っ赤に染める。

 

「よく頑張りましたね、むきむき!」

「待ってて、今助けるから!」

 

 二人は手にしたカードを、胸の前に構えた。

 

「! 冒険者カード!?」

 

 紅魔族は学校でカードを作る。

 小さな子供でも、冒険者カードは作れる。

 紅魔族は、一人を除きその全てが12歳時にアークウィザードとなる。

 めぐみんとゆんゆんは、むきむきのレベリングに付き合い多くの経験値を得ている。

 

 全て、今日までの日常の光景の中にあった事実だ。

 

「「 『アークウィザード』! 」」

 

 二人が叫び、冒険者カードの職業欄に『アークウィザード』の文字が刻まれる。

 

 二人はそのまま、カード下部のスキル習得欄に指を沿え――

 

「爆裂魔法!」

「上級魔法!」

 

 ――指先の光で切り裂くように、記された魔法の名を擦り上げた。

 

「「 習得っ!! 」」

 

 この世界の魔法習得は、システマチックである。

 使えない者は一生使えず、覚える時は一瞬だ。

 ゆえに、DTレッドが事前調査で戦力として数えていなかった二人が、一瞬にして脅威になるということが起こり得た。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 ゆんゆんが小さな杖を振り、モンスター達の頭上から大きな雷が拡散しながら落ちる。

 雷は肉塊や20mドラゴンを魔法効果で痺れさせたが、決定打には至らない。

 カマキリ、蜂、熊、猪にいたっては、僅かに怯ませただけで弾かれてしまっていた。

 強固な体表と物理防御力が、雷の破壊効果を弾いてしまっている。

 

「ゆんゆん! こいつら硬いだけで、魔法抵抗力は無い!」

 

「わ、分かったわ! よーし! 『エナジー・イグニッション』!!」

 

 狙うは大雀蜂。

 ゆんゆんが放ったのは、『相手を体内発火させる』というえげつない上級魔法であった。

 魔法抵抗力がなければ防げない、確殺の一撃。

 それが、蜂の魔獣を一瞬にして焼死体へと変えていた。

 

「総員、あのアークウィザードからやれ」

 

 DTレッドはそれを見て、即座に第一目標をゆんゆんに変更、モンスターに指示を出し直した。

 レッドは後ろに下がっているため、少女二人がどんなスキルを取ったのか見ることも聞くこともできなかったのだろう。

 今このタイミングで、魔法攻撃ができる紅魔族が参戦するのは、レッドにとってあまりよろしくない展開だった。

 

 モンスターがゆんゆんに群がろうとし、その攻勢をむきむきが体を張って止めようとする。

 

「そうはさせない!」

 

 肉塊を左足で蹴り、猪の突進を右膝で止め、カマキリの刃を右手で掴み取り、左腕で熊を殴った直後、ドラゴンの炎を全身で遮る。

 炎は熱かったが、根性で耐えた。

 

「『フリーズガスト』!」

 

 モンスターの妨害は失敗し、ゆんゆんはまたしても魔法を放つ。

 放たれたのは冷気の魔法。冷気はドラゴンの炎を消してむきむきを救い、巨大なドラゴンの両足を凍結させ、その動きを封じることに成功していた。

 

 一方向から全員で攻めても、むきむきが間に入れば攻めきれない。

 DTレッドは素早く的確な判断を下し、ゆんゆんを包囲するように魔獣達を動かす。

 杖を持ったゆんゆんと、拳を握ったむきむきは、背中合わせに構えた。

 

「……私が、こういうのにちょっと憧れてたって言ったら、笑う?」

 

「笑わないよ。だって、僕もそうだから」

 

「―――ありがとっ!」

 

 四方から、熊、肉塊、カマキリ、猪が迫る。

 むきむきはゆんゆんを横抱きに抱え、高く跳躍した。

 モンスター達は同士討ちを防ぐためぶつかる前に急制動をかけ、一瞬動きが止まってしまい、そこにゆんゆんの雷が飛ぶ。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 最初に撃ったような複数体を巻き込む雷撃ではない。

 収束し、圧縮し、一筋の雷光と化したその魔法は、先の攻防で電撃が有効であるという事を露呈させてしまった肉塊に命中。

 肉塊は体内を黒焦げにされ、息絶えていた。

 

 魔法の使い方が、明らかに上達している。

 ゆんゆんもまた、紅魔族だ。

 扱えば扱うほどに、使えば使うほどに、魔法の扱いは上手くなっていく。

 

「……参ったな。物理特化と見て、メタを張ったまでは良かったが……

 私の魔王軍の肩書きも泣いてるかもな、この醜態じゃ。

 この早さでの援軍も予想外。子供の魔法習得も予想外。

 しかも、予想以上にあの少年、その場のノリで発揮する強さが変わる手合いのようだ」

 

 ゆんゆんを後方に置き、むきむきはここで敵の足止めをするため、なんと『地面』を投げた。

 地面がめくられ、地面ごとモンスター達が投げ飛ばされる。

 動けないドラゴンまでもが、土の濁流に飲み込まれていた。

 

「絶望の深淵に揺蕩う冥王の玉鉾。現世の導を照らすは赤誠の涓滴……『アースシェイカー』!」

 

「技撃った後に詠唱言ってどうするの、むきむき……」

 

「ごめん、ちょっと詠唱が間に合わなかったから」

 

 地球の合気道という武術には、天地投げという技がある。

 これはつまり、合気道の使い手には天や地を投げ飛ばせる人間が居たということの証明に他ならない。人間は、その気になれば天も地も投げられるのだ。

 地球世界の日本に天と地を投げられる人間が居るのなら、ファンタジー世界の人間にそれができない道理はない。

 

 むきむきはまだ未熟なため、天は投げられないが、地を投げることはできた。

 彼にはまだ、成長の余地がある。

 

(筋肉が魔力の影響を受けている。

 ……いや、魔力と筋肉が親和している?

 精神の状態が、そのまま肉体の性能に直結している)

 

 DTレッドの虹色の眼が、上級魔法の他にも魔法を習得していたゆんゆんを時折見ながら、彼女を守るむきむきを凝視する。

 

(本名むきむき。種族紅魔族。

 身長245cm。体重320kg。年齢10歳。……10歳? スキル無し。

 本名ゆんゆん。種族紅魔族。年齢11歳。取得魔法は―――)

 

 二人のステータス、スキル、魔法の一覧が、見透かされていく。

 

(魔力は人の意志に従い動くもの。

 そうか、成程。

 あの筋肉は意志に感応し、魔法のようにその性能を変化させているのか)

 

 紅魔族の目は、気持ちが高ぶると赤く輝く。

 本来ならばそれは、その者の内の激情を計る基準にしかならないもの。

 だがむきむきに限っては、赤眼の輝きの強さこそが、"今どれだけの力が発揮されているのか"のバロメーターとなっていた。

 

(あの筋肉が既に、『感情に応じてスペックを増す』魔法のようなもの)

 

 赤い眼が強く輝けば輝くほどに、彼は強くなっていく。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ゆんゆんの魔法が熊を凍らせ、凍結で非常に脆くなったそれをむきむきが回し蹴りで蹴り砕く。

 ドラゴンが振ってきた尾と、カマキリが振ってきた鎌をかわして、むきむきはゆんゆんに突撃していく猪の後を追った。

 100mの距離が、一瞬にして詰まる。

 少年は恐ろしい速度で接近し、背後から抱きしめるようにしてその突進を停止させた。

 

 日本の薩摩示現流には、『雲耀』という概念がある。

 『示現流聞書喫緊録』(1781年著)には「時刻分秒絲忽毫釐」と書かれており、一日を十二時、一時を八刻二十八分、一刻を百三十五息、一息を一呼吸とする。

 それを更に短く切り分け、一呼吸八秒、一秒十絲、一絲十忽、一忽十毫、一毫十釐とする。

 その釐の十倍の速さが『雲耀』。

 秒数にして0.0001秒の世界。これを、薩摩の剣士は稲妻に例えた。

 この雲耀の間に動くことが奥義である、と薩摩示現流では伝えられている。

 

 つまりこの教えは、当時の薩摩の剣士達が皆、雷の速度で戦っていたことを意味している。

 地球世界の日本人が稲妻の速さで動けるのであれば、ファンタジー世界の住人であるむきむきがその速さで動けない道理があろうか? いや、ない。

 されど、少年はまだ未熟者だ。

 雲耀の域にはまだ達していない。彼にはまだ、成長の余地がある。

 

「ふんっ!」

 

 抱きしめるようにして止めた猪を、むきむきが頭上に放り投げる。

 

「『エナジー・イグニッション』!」

 

 そこに、ゆんゆんの魔法が炸裂した。

 が、どうやらこの猪、内側も頑丈だったらしい。

 ゆんゆんの魔法を受け、地面に激突してもなお、猪は死んで居なかった。

 

「天の風琴が奏で流れ落ちる、その旋律、凄惨にして蒼古なる雷―――『ライトニング』!」

 

 だが、ここまで弱っていれば十分だ。

 むきむきは猪の口の中に拳を突っ込み、筋電位からの放電で猪の体内に電撃をぶち込む。

 それでようやく、猪は絶命してくれた。

 

 ゆんゆんが親指を立て、むきむきも親指を立てて返す。

 

(……本当に凄いな、上級魔法。

 今日まで戦ったこともなかったはずのゆんゆんが。

 あれ一つで、魔王軍のモンスターを完全に圧倒してる……)

 

 レベルもおそらくは一桁だろうに。恐るべきはゆんゆんの才能と種族特性、それと噛み合う上級魔法といったところか。

 むきむきが多少合わせるだけで、面白いように敵が落ちていく。

 少年と少女の戦闘スタイルは、笑えるほどに噛み合っていた。

 

 残りモンスターも二体。

 巨大なドラゴンは地面を揺らしながらゆったりと接近を初め、3mのカマキリは一気にゆんゆんとの距離を詰めてくる。

 

「わ、わわっ」

 

 ゆんゆんはカマキリに怯え、数歩後退。

 そこで、ゆんゆんの背が、むきむきの腹にぶつかった。

 

「大丈夫。ゆんゆんなら出来るって、僕はよく知ってる。

 とっても頼れる、僕の生まれて初めての友達なんだから」

 

 ゆんゆんの体の後退と、心の後退が止まる。

 少女の眼が、赤色を増した。

 

「キシャアッ!」

 

 カマキリが初めて威嚇の叫び声を出し、ゆんゆんに鎌を振り下ろす。

 少女は少年に背中をくっつけたまま、友を信じて何もせず、友は信頼に応え鎌を受け止める。

 少年が鎌を受け止め、少女はたおやかな指で手刀を作り、それをカマキリへと叩きつけた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 叩きつけられた手刀から、万物を切り裂く光の刃が放たれる。

 本人の技量次第で森羅万象全てを切り裂ける魔法。

 されど、未熟者が使おうとも竜の鱗を切り裂く魔法。

 強固なカマキリの外皮が切り裂かれ、その下の肉が露出する。

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう―――」

 

 ゆんゆんがむきむきの膝を踏み台にして跳び、肩を踏み台にして跳び、少女が少年の背後に移動した。

 詠唱する少年の手刀が、ゆんゆんの消えた後の空間を通過する。

 

「―――『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 触れた大気をプラズマ化させるほどの手刀が、ゆんゆんの魔法が当たった場所に寸分違わず突き刺さり、その命を刈り取った。

 

 残るモンスターは、あと一体。

 

「死した我が手足達よ。

 今一度蘇れ。竜の肉、竜の力と混じり合え。

 灰は灰に、塵は塵に、屍肉は血肉に、死は生に」

 

 されど、ここで観察に徹していたDTレッドが行動を起こした。

 耳慣れない――死体をアンデッドに、人をリッチーに変える魔法の詠唱に似た――詠唱を口にして、レッドは死んでいった魔獣の死体を集結させる。

 屍肉がドラゴンに纏わりつき、その全身に融合を始めた。

 

「な、なんなのあの魔王軍!

 モンスターを操って!

 死んだモンスターを融合させて!

 そんなことができるスキルなんて、聞いたことないわよ!?」

 

「だから僕もよく分からなくて困ってる!」

 

 いかな化学反応が起こったのか、ドラゴンはその体を前後左右上下に二倍化。

 体積体重を八倍化させ、40m超えの巨大なドラゴンへと姿を変えた。

 

「で、でかい……!?」

 

「む、むきむきも巨大化しないと! まだ成長期だし!」

 

「落ち着いてゆんゆん! 僕は成長期だけどこんなにおっきくはならないよ!」

 

 これではむきむきの筋肉を使った攻撃も、ゆんゆんの上級魔法も通じまい。

 大きいということは、ただそれだけで圧倒的な強さであった。

 

「合成魔獣。お前達が倒したモンスターの融合体だ。

 全ステータス、及びスキルが合計されている。その上――」

 

「待ってましたよ。一番の大物が出て来る、このタイミングを」

 

「――ん?」

 

 意気揚々と超弩級巨大ドラゴンの説明をしようとするレッド。

 が。

 その説明を、嬉々とした少女の声が横から遮った。

 

 最高にかっこよく決められるタイミングを狙い、そのタイミングまでこっそりと隠れていためぐみんが、大きな岩の上でかっこよくポーズを決めていた。

 

「私の魔法第一号が最高に輝く……この瞬間をっ!

 黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう!

 覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理! 無形の歪みとなりて現出せよ!」

 

 それは、例えるならば"超強い武闘家と超強い魔法使いを鋼鉄の要塞で蹂躙しようとしたら敵が核兵器を撃ってきました"といった感じの、インフレーション極まりない大蹂躙。

 

「我が名はめぐみん! 刮目せよ、これが我が爆焔―――『エクスプロージョン』ッ!」

 

 発射した少女の足元にクレーターが出来、発射の際の衝撃だけで地面がめくれ、草木は地から引き抜かれ、周囲に暴風が吹き荒れる。

 発射と同時、射線上の大気は灼けた。

 着弾と同時、発射された魔法は竜を巻き込み『爆裂』する。

 空間が砕ける。砕けた空間が燃え尽きる。

 大気が焼失する。残った空気も爆発により爆心地から追い出され、真空状態になった爆心地に向けて、数秒かけて周囲から一気に空気が戻る。

 その過程で、大木すら引き抜かれるような暴風が発生する。

 地面があまりの高熱に溶岩のごとく融解し、冷えた部分は透明なガラス質に固まっている。

 あまりにも大きな熱が規格外の上昇気流を発生させ、空の雲さえもかき混ぜる。

 大怪獣と言っていい大きさの竜が、一瞬にして消え失せる。

 

 その一瞬の過程において、爆心地の中では常に、目も眩むような爆焔が燃え盛っていた。

 

 "美しい"と表現すべき破壊の焔。

 まるで、世界の一部を切り取って、代わりに神話の一幕を貼り付けたかのような光景。

 あまりにも現実離れした、鮮烈で、猛烈で、激烈な風景がそこにある。

 いや、違う。

 鮮烈でも猛烈でも激烈でもない。

 これこそが、『爆裂』だ。

 

「これが、私の爆裂魔法……最っっっ高の気分ですねっ!」

 

 一番の大物を一撃で仕留め、最高の笑顔を浮かべて、めぐみんはその場にぶっ倒れた。

 

「……」

 

 せめて合成魔獣の説明くらいさせてくれよ、という言葉を、レッドはぐっと飲み込んだ。

 

「流石めぐみん! 一番美味しいところを持って行った!」

 

「……ここは『ハイエナみたいなことしやがって』と怒るとこじゃない?」

 

「めぐみんがかっこいいからよくない?」

 

「……」

 

 ダメだこの人、と思いつつも。自分もかっこいいと思ってしまったために、むきむきの言葉を否定できないゆんゆんであった。

 手勢を全て潰されたレッドは、ブサイク過ぎるというだけで討伐対象になってしまいそうなデストロイした顔で、溜め息を吐く。

 

「次世代の紅魔族か。全く、侵略に時間をかけすぎるとすぐこうなる……」

 

 紅魔族の新しい才能と世代交代。

 魔王軍からすれば、これほど嬉しくないニュースもない。

 吐かれた溜め息は、当然のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力を使い果たしてぶっ倒れためぐみんが、ゆんゆんの手を借り木に寄りかかる。

 あれほどの魔法、本来ならば人に撃てるものではない。神でさえ二発は撃てないだろう。

 めぐみんの規格外な魔力量が使用を可能としたのだろうが、それでも消耗は激しく、立っていることさえ難しそうな消耗具合だ。

 

 めぐみんをゆんゆんに任せ、むきむきは近寄って来たDTレッドと相対する。

 

「今の爆焔。ブルー辺りは好みそうだな……さて」

 

 この赤い男がモンスターより弱ければいいのだが、そんな淡い期待ができようはずもない。

 むきむきはリンチのダメージがじわじわと効いてきていて、体力も消耗している。めぐみんはもう動けない。ゆんゆんも上級魔法の撃ち過ぎで、残り魔力が心もとない状態だった。

 

「見事、と褒めてやりたいところだが。

 残念ながら、見逃してやれる理由がなくなってしまったな」

 

 すっ、とレッドが踏み込んで来る。

 突き出された手刀はむきむきの技とは比べ物にならないくらいにへなちょこで、どう見ても近接格闘タイプの職業が放ったものではない。

 むきむきは、その手刀を余裕で掴み取ろうとした。

 

『そいつの手に触れるな!』

 

(え?)

 

 だが、ここで、二人の少女が来てからはむきむきに自由に戦わせてくれていた、言い換えるならば彼の自主性に任せてくれていた幽霊が、第六感から警告の叫びを上げる。

 だが、その警告は一瞬遅かった。

 むきむきが手刀を掴み取り、レッドのスキルが発動する。

 

「『不死王の手』」

 

「う……あっ!?」

 

 ビリッ、とむきむきの全身に電気が走ったような痺れが満ちる。

 状態異常・麻痺が少年の体に付与されたのだ。

 続いて二発目の手刀が少年の体に当たり、少年の()()()()()()()()()

 レベル一つ分筋力値を始めとするステータスも減少し、レッドは三発目の手刀を放とうとするが、そこでゆんゆんが雷を発射した。

 

 レッドは回避のために後ろに跳んで距離を取り、動けなくなったむきむきを、現在唯一動けるゆんゆんが体を張って庇いに動く。

 

「私のレベルドレインが成功するとは。本当に魔法抵抗力は低いんだな」

 

「手で触れてドレイン……まさか、リッチー!?」

 

「いいや、私はリッチーではない。

 このスキルは魔王軍幹部のリッチーのものだがな」

 

 アンデッドの王、リッチーは様々な理由から恐れられる、この世界の最強種の一角だ。

 その恐れられる理由の一つに、『手で触れられたら終わる』というものがある。

 対象の魔力と体力を吸い取るスキル、『ドレインタッチ』。

 手や武器での攻撃の際、毒、麻痺、昏睡、魔法封じ、レベルダウン等の状態異常を引き起こす『不死王の手』。

 この二つのスキルだけで、リッチーは最上級クラスのモンスターでさえ一方的に蹂躙することが可能である、というのが専門家による戦力分析だ。

 

 一度触れられ、むきむきは麻痺し無力化させられた。二度目にはレベルを下げられた。

 敵に回すのであれば、これほど恐ろしいスキルもない。

 

「今のお前なら私でも殺せる。

 すぐに私にもお前は殺せなくなる。

 なら、ここで仕留めておくべきか。

 勇者や勇者の仲間はレベル1の時に首を刈っておくに限る」

 

 めぐみんやゆんゆんには目もくれず、レッドはむきむきだけを見ている。

 その虹色の目は何かを見通していて、少女二人には殺されないという確信に満ちていた。

 分かりづらかっただけだった。

 後ろに控えていたために、この男の実力が目に見えていなかった。それだけだった。

 だが、こうして対峙してみればよく分かる。

 

 めぐみんはあの合成魔獣ではなく、この男にこそ、爆裂魔法を撃つべきだったのだ。

 

 この男の方が、あの魔獣よりもずっと強かったのだから。

 

「う、うごご……しびび……ゆ、ゆんゆん、下がって……!」

 

「! むきむき!?」

 

「おお、立ったか。そんなに甘いスキルでもないんだがな、不死王の手は」

 

 むきむきは根性で立つ。

 が、生まれたばかりの子鹿のように足は震え、上半身はふらつき、目には涙が浮かんでいた。

 

「全身が、ずっと正座した後の……足の……百倍くらい……あばばぃ……!」

 

「な、泣いてる……! むきむきが泣いてるっ……!」

 

「だからそんなに甘いスキルじゃないと言ったろうに」

 

 ゆんゆんはむきむきを庇い、この戦闘中も必死に呼吸でかき集めていた大気中の魔力、体内に残っていた魔力を絞り出し、眼前にある余裕ぶった最上級のブサイク顔に最後の魔法を叩き込む。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

「『マジックキャンセラ』」

 

 だが、その魔法も途中でキャンセルされてしまった。

 

「魔法を消す魔法!?」

 

「あのなあ……言ったろう? 魔王軍幹部の一の部下と。それでどうにかなると思ったのか?」

 

 レッドが手の平の背でゆんゆんを殴り飛ばし、脇にどかす。

 その際に発動した状態異常は『魔法封じ』。これで、最後の戦力も潰されてしまった。

 むきむきは麻痺で倒れ、けれどもまた立ち上がろうとする。

 魔力切れで立てないはずだっためぐみんも、大きな杖を松葉杖代わりにして、杖に縋り付くようにして歩き、仲間の下に合流する。

 

「ぐ、ぐぐぐ……むきむき……

 女の子がこんなに頑張ってるのに、立てないとか、恥ずかしくないんですか……!」

 

「っ、かっこ悪いとこを見せたくないのに見せちゃってるのが、現在進行系で恥ずかしい……!」

 

「……根性だけは認めよう。生存は認めないがな。お前達二人は、少々危険だ」

 

 爆裂魔法。

 異常筋肉。

 それが、魔王軍に二人の生存を認めさせない。

 少年少女共に頑張ってはいるが、その頑張りが状況を逆転させることはない。

 

 DTレッドが懐からナイフを取り出し、憎まれ口を叩きながらも友人を庇おうとするめぐみんの首筋に向けて、振り上げて――

 

「『ライトニング』!」

 

 ――その避雷針(ナイフ)に雷が命中し、ナイフを男の手の中から弾いた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……かっこつけるのがしんどい……

 ……ああ、めんどくさいからやめ……る、わけにもいかないか……!」

 

「ぶ……ぶっころりーさん!?」

 

 根性でまた立ち上がったむきむきが振り返れば、そこにはかっこいいぶっころりー……は、おらず。ここまで走ってくるだけで全ての体力を使い果たしたらしい、息も絶え絶えで情けない姿のニートが立っていた。

 顔は真っ青。服は汗でべっちょり。足は震え、息が切れすぎて呼吸もおぼつかない様子。

 登場はかっこよかったのに、姿と状態が馬鹿みたいにかっこ悪かった。

 

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 ナイフを手の中から弾かれたレッドは、斜め後方に跳躍。

 自分に向かって飛んで来た風の刃を、余裕をもって回避した。

 

「まだあなたは、年上に甘えていてもいい歳頃だと思うわ」

 

「そけっとさん!」

 

「里のモンスターも、そろそろ全部片付きそうよ! 安心して!」

 

 こっちはちゃんとかっこいい。

 ニートの男と、修行が趣味の女だと、どうやら後者の方が体力あるようだ。

 だが、中級魔法を使っているところから見るに、二人共魔力は万全ではないらしい。

 里のモンスターを頑張って減らし、その足でここに来てくれたからだろう。

 その辺りを察したのか、レッドは敵援軍を確認してもまだ方針を変えていない。

 

「紅魔族の成人が二人、か」

 

「いや、四人だ」

 

 その方針を変えられるだけの援軍が、また二人この場にやってくる。

 

「うちの娘の友達だ。ワシと妻には、その子を守る義務がある」

「ええ。我が家に用意したその子の席を、永遠の空席にはしたくないわ。寂しいもの」

 

「……四人か」

 

「お父さんに、お母さん!?」

 

 めぐみんの父ひょいざぶろー、めぐみんの母ゆいゆい、参戦。

 魔力の消耗も無い、万全の状態の紅魔族が二人。その戦力のほどは推して知るべし。

 売り込みから帰って来た二人の背中には、大量の魔道具が背負われていた。

 

「ひょいざぶろーさん! 売れましたか魔道具!」

 

「売れなかった! すまない、また晩御飯に来てくれ!」

 

「はい!」

 

「……この二人はぁ……!」

 

 商売では負けても魔王軍には負けない。それが男、ひょいざぶろー。

 何故ゆいゆいはこんな男と結婚したのか? 駄目な所がある男が好きだからである。

 子供(めぐみん)にこの性質が受け継がれていたならば、とても酷いことになるだろう。

 

 ぶっころりーは死にそうなくらいに息が切れていたが、他三人の大人も息が切れている。

 どうやらここまで全力で走って来てくれたようだ。

 その理由は、おそらく二つ。

 一つは、「このタイミングで子供の危機に駆けつけることができれば最高にかっこいいんじゃね?」という紅魔族の典型的な思考回路。

 そしてもう一つが、「あの図体だけデカい子供を助けてやろう」という、彼ら彼女らの義の心。

 子供の未来を断とうとする悪が居るように、子供の未来を守ろうとするお人好しな大人も居る。

 それが条理というものだ。

 

 時々残念なところを見せるお姉さんも。普段はニートやってる情けない青年も。才能がないくせに魔道具職人をやっている父親も。ダメな男が好きな母親も。

 今は、命をかけて子供(むきむき)を守ろうとし、その背中に子供(むきむき)の尊敬の視線を受けている。

 

 普段子供にたかったりするくせに、こういう時にはちゃんとかっこよく決めてくるのが、紅魔族のずるいところだ。

 

「……潮時だな。今日のところは、私の負けか」

 

 流石に人類最高クラスの資質持ちであるアークウィザード四人が相手では分が悪い。

 むきむきも時間経過で復帰するだろう。

 これ以上の戦闘は危険なだけでほぼ無意味であると判断し、余分に粘ることなく、レッドはテレポートの魔法が込められた巻物(スクロール)を広げた。

 

「そうだ、最後に一つ」

 

 レッドは軽い口調で、正気を疑われるようなことを言い出す。

 

「少年。女神に会ったことはあるか?」

 

 その問いは、少年に投げかけられたものでありながら、返答の内容に一切の期待も興味もない、ただの確認作業のような問いかけだった。

 

「……会ったことなんてないよ。

 さっきから何度か口に出しているけれど、まるで女神と知り合いみたいに言うんだね」

 

「知らないならいい。

 先程の会話の反応から、お前が何も知らないことは分かっている。

 知らなかったら知らなかったで、別にどうでもいいことだ。……また会おう」

 

 そう言い、男はテレポートで姿を消した。

 最後の最後に、ゲームのキャラの強さを表現するような言い回しをするならば、ぶっ壊れ(顔)とも産廃(顔)とも言える顔に笑みを浮かべ、その場の全員に吐き気を催していった。

 

「……あー、もうだめ」

 

 ばたっ、と倒れるむきむき・めぐみん・ゆんゆん。

 

「子供達が倒れてしまったな」

 

「あなたはめぐみんをお願いします。長の娘さんは私が。むきむきはぶっころりー、お願いね」

 

「えっ」

 

「頑張って、ぶっころりー!」

 

「そけっとまで!? 手伝ってくれよぉ!」

 

 身長245cmッ! 体重320kgッ!

 

「まさか氷でソリを作って人を引っ張って運ぶ日が来ようとは……」

 

「すみません、ぶっころりーさん、そけっとさん、ご迷惑をおかけします……」

 

「いいよいいよ」

「いいのいいの」

 

 めぐみんは父の背中に、ゆんゆんはゆいゆい――名前がややこしい――の背中に背負われ、むきむきはぶっころりーとそけっとが引く氷のソリで運ばれていく。

 里の方のモンスターも、どうやら殲滅されたようだ。

 

 帰り道、ぼそっとぶっころりーが呟く。

 

「……しかし、あれだな。○○戦隊ってネーミング……かっこいいな……」

 

 翌日から、『紅魔族戦隊レッドアイズ』のメンバー募集が里で始まり、「電気戦隊メガアカインジャー」「特命戦隊コーマスターズ」「孤独手裏剣戦隊ユンユンジャー」等の名前候補達は秘密裏に闇に葬られた。

 

 

 




 DTレッドはDT戦隊では比較的凡庸な設定と性格な人です。グリーンとピンクの設定が一番酷く、性格はピンクが一番酷いですかね。全部設定が明らかになって初めて妥当に評価される人ですが

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。