「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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ラストです
マヴラブのような内ゲバです


エピローグ

 エリスとウォルバクは天界に帰ることを選んだ。

 アクアは地上に残ることを選んだ。

 むきむきは世界への祝福を願った。

 カズマは―――『アクアの頭がよくなりますように』、と願った。

 

 

 

 

 

 魔王軍との戦いから一ヶ月が経った。

 魔王と魔王城を失った魔王軍は敗走し、人類の生存圏から脱出。一部は魔界へと逃げ込み、一部は地上で人間の住まないモンスターの生息地へと逃げ込んだ。

 魔王軍の主要な者で生き残ったのは魔王の娘とセレスディナだけであったが、魔王の血と工作員が残った以上、またいつか魔王軍は再起するだろう。

 『魔王を倒した勇者』が生きている内は、流石に攻めては来ないだろうが。

 

 とはいえ、世界はそれなりに平和になった。

 国家間の問題はあり、野生のモンスターは相変わらず人を喰い、賞金首が人間を殺したりもしているが、以前ほどに人は死んでいない。ちょっとだけ、世界は人に優しくなった。

 人類はこれから数を増やし、その文明を発展させていくことだろう。

 

 今、とりあえず世界が抱えている大きな問題は総合的に纏めれば一つ。

 それは、カズマが叶えた願いが原因だった。

 

「そんじゃカズマ、願いを言いなさい。そうしたらその願いが自動で叶うから」

 

「アクアの頭がよくなりますように」

 

「ちょっと! それどうい……アアアアーッ! イッタイ、アタマガァー!?」

 

 カズマの願いにより、アクアの知能レベルが引き上げられる。

 アクアの学習能力はメーカー修理に出され、リコールによってアクアの学習能力は修理されて戻って来る……はずだった。

 が、現実はそう上手くは行かず。

 

「なっ……!?」

 

「わ、私がもう一人!?」

 

「ふぅ……分裂できたみたいですね」

 

 ぺかーっ、とアクアが光ったと思えば、次の瞬間にはアクアが二人に増えていた。

 

「な、なんでこんなことに!?」

 

「女神アクアの中に賢い部分が生まれました。それが私。

 そして賢い部分はこう思ったのです。

 『こんなアホな本体の中には居たくない』と。ゆえに分裂しました」

 

「なぁんですってぇ!? 表に出なさい! ぶっ飛ばしてやるわ!」

 

 そこからはもうてんやわんやである。

 分裂したアクアの力は互角。でも賢い方のアクアが頭がいい分ちょっとだけ強かった。

 

「お、覚えてなさいよー!」

 

 頭が悪い方のアクアはアルカンレティアに逃げ込み、アクシズ教徒達に事情を全て話して味方に付け、自分の偽者を倒そうと企んだ。

 が、これが逆効果だった。

 アクシズ教団はイスラム教シーア派スンナ派の如く、アクアに知性と包容力を求めるアクシズ教バブみ派と、アクアに子供っぽさやアホっぽさを求めるアクシズ教過保護派に分裂してしまう。

 両派はそれぞれがアクアを掲げて衝突、ことはアクシズ教団内の内戦に発展してしまった。

 

「アクア様は女神っぽいムーブして欲しいんだよ!

 頭が良くて何もかも許してくれるアクア様とか最高だろ!

 俺達はアクア様に変態性を受け入れ許してもらいたいからアクシズ教やってんだ!」

 

「いいやアクア様はやることなすこと空回りだからいいんだ!

 あの一人では放っておけない感じが超愛おしいんだよ!

 僕らは愛と信仰をアクア様に向け捧げるためにアクシズ教徒やってるんだ!」

 

 対立は激化し、やがて武力衝突に発展する。

 

「なんでよー!」

 

 そう、これが世界が今抱えている大問題―――スーパーアクシズ教大戦の勃発であった。

 

 

 

 

 

 同時期、むきむき達にもこれに比肩する大事件が発生していた。

 カズマは当時『魔王を倒したのと同じくらい偉大な決着』とこれを評した。

 

「ごめん」

 

 むきむきに頭を下げられた少女が居た。

 

「あなたが好きです」

 

 むきむきに告白された少女が居た。

 

 結局、決断まで魔王を倒した後にも一ヶ月という時間を要してしまった。

 そのくらいに大事なことだったのだろう。二人の少女は、一ヶ月彼を悩ませてしまうほどに格差が存在しないレベルで、同じくらい彼に大切に想われていたらしい。

 両者に対する少年の好感度はとっくにカンストしている。

 信頼もカンスト。愛情も友情もカンスト。二人のためなら死ねるレベルだ。

 

 それでも選ぶと、彼は言った。

 言った通りに、彼は選んだ。

 二股も行けないことはなかっただろうが、それでも彼は自分に全力の好意を向けてくれる女の子に対し、二分割した自分の愛で応えるという不誠実を許せなかった。

 だから苦しくても、一人を選ぶ。

 

 二人は泣いた。涙を流した。

 

 ゆんゆんは選ばれなかったから。

 めぐみんは自分が選ばれたから。

 だから、泣いた。

 

「いいの、大丈夫、むきむきは気にしないで」

 

 ゆんゆんはむきむきの罪悪感を軽くするため、気を遣った。

 流れる涙は悲しみのため。

 

「へー、はー、ふーん、そんなに私のことが好きなんですか!

 まあ実際は私の方がもっと好きなんですけどね! 本当ですよ!」

 

 めぐみんは照れ隠しに、恋愛の主導権を取るようなことを言った。

 涙はすぐ止まり、涙を流したことを誤魔化すべく、涙はすぐに拭われていた。

 

 決断は一瞬だ。

 一つ決めれば、すぐに決着してしまうこともある。

 勝者と敗者が決定し、ゆんゆんは今日もライバルとの勝負に負けた。

 かつてないほどに、負けたことがショックだった勝負だった。

 

「う……うえぇ……」

 

 ゆんゆんもフラれて数日は、実家の枕に顔を埋めてずっと泣いていたくらいだ。

 むきむきともめぐみんとも顔を合わせづらかったため、実家に帰ってはや数日。

 本気の恋の悲しみは終わらない。

 本気の恋は諦めきれないものであり、本気で悲しいものであり、フラれてもなお本気のまま胸の奥に刻まれるものである。

 

 そんなゆんゆんの下に、頭が悪い方のアクアが現れた。

 

「いい、ゆんゆん。そんなに苦しいのなら我慢する必要はないわ。

 迷っている時に出した決断はね、どの道どっちを選んだとしてもきっと後悔するわ。

 なら、苦しい方ではなく楽な方に行きなさい。あなたが望む方向に」

 

「で、ですけど、アクア様……」

 

「汝、我慢することなかれ。したいようにしなさい。

 それが犯罪でないのなら、それはしてもいいことだということなのよ」

 

「え、あ、いや、その……」

 

「何故諦める必要があるの?

 あなただってめぐみんの甘さは知ってるはず。

 今の時代、めぐみんでは生き残れないわ!

 何故ならあの子は、なあなあで惚れた男に別の女がくっつくのを見逃してしまう子だから!」

 

「……!?!?!?!?」

 

「ゆんゆん、あなたほどの女が何を迷うことがあるの?

 奪い取りなさい! 今は女神が微笑む時代なのよ!」

 

 アクアは味方を作るべく、その場のノリでとても余計なことを言った。

 

「奪い取る……諦めきれないのなら、いっそ……!」

 

 これがスーパーアクシズ教大戦と同時に始まった大問題―――略奪愛大戦争だった。

 

 

 

 

 

 ゆんゆんは紅魔族を説得。

 少女はアクアにそそのかされ、頭が悪い方のアクアに付く戦力を集める。

 

「面白そうだな、やるか!」

 

 面白そうという理由だけで、紅魔族はあっさりゆんゆんの味方に付いてくれた。

 本音は"他人の修羅場は見てて楽しいなあ"くらいの気持ちだろうか。

 一方その頃頭が良い方のアクアは事情を説明し、本気モードめぐみんとめぐみんの友人であるアイリスを味方に付けていた。

 

「面白そうですね、やりましょう!」

 

 面白そうという理由だけで、色恋沙汰が大好きな年頃のアイリスは味方に付いてくれた。

 これで、彼らは二つの勢力に分かれたことになる。

 頭が良い方のアクア率いる、アクシズ教バブみ派・ベルゼルグ王族・めぐみん勢力。

 頭が悪い方のアクア率いる、アクシズ教過保護派・紅魔族・ゆんゆん勢力。

 後にこの戦いは歴史家により、「戦後最大の内戦とか、そういう感じになんかかっこよくこれを呼びたかった」と記述されている。

 

「聖戦よ! 聖戦が始まるのよ!」

 

 審判として冒険者ギルドの人間が手配され、観戦席の予約チケットは即日完売。予約チケットを先に買い占めたバニルが転売で儲ける姿まで見られたという。

 だがバニルがそうして稼いだ金でまたウィズがゴミを買ってしまうように、誰の目にも映っていない舞台裏……この戦争の裏でも、暗躍している者達が居た。

 

「ではダクネス殿、基本的に互いにアクシズ教団を前に出す感じで行きましょう」

 

 紅魔族の長、ゆんゆんの父がダクネスにそう言う。

 

「そうですね。これで相互に最前列に出たアクシズ教徒だけが損害を被る形となる」

 

 王国を代表してここにいるダクネスが、紅魔族の長にそう言う。

 

 彼らは互いにアクシズ教徒だけを一番前に出し、ぶつけ合うという相談をしていた。

 何故そんなことをしているのか?

 決まっている。

 彼らは両方共、アクシズ教団というものがダメージを受け、大人しくなることを望んでいたからだ。

 

「できればしばらく大人しくしていて欲しいですからな」

 

「ええ、まったくです」

 

「アクシズ教以外に大きな被害が出そうになったら降参ということで」

 

「ではそういう感じで」

 

 要するに、魔王軍が居なくなった今、魔王軍の次に厄介で迷惑なアクシズ教徒もどうにかしないと……という悪巧みであった。しょうもない。

 魔王軍が居る間は存在を許されていたが、魔王軍が居なくなった途端見逃されなくなったあたりに、アクシズ教徒の普段の行いが垣間見える。

 

「おのれむきむきめ、娘が諦めてないからといって娘はやらんぞ……!」

 

「族長どの、族長どの、本音が漏れてます」

 

 娘を持っていくなど許せん、だが娘をフって別の女を選ぶなど許せん、だから邪魔しちゃるぞというゆんゆんパパの複雑な感情。控え目に言ってクソ面倒臭い。

 ダクネスは深く溜め息を吐き、数日後の開戦に不安しか感じられなかった。

 

 

 

 

 

 数日後に、戦争は始まった。

 馬鹿しかいない戦争、馬鹿しかいない両軍。

 カズマは観戦席で「アホくさ」とでも言いたげな顔で、その戦争を眺めていた。

 紅魔族が殺す気で魔法を撃っているのに前線のアクシズ教徒は死なず、ベルゼルグ王国軍からガチな攻撃が飛んでいるのにアクシズ教徒は全く死なず、謎スコアボードの数字が動いていく。

 アクシズ教徒の体とハートは何で出来ているのだろうか。

 カズマは小腹が空いて、近くに居た売り子を呼び止めた。

 

「すんませーん、キャラメルポップコーンとコーラ一つ」

 

「はいただいま!」

 

「……何やってんだバニル」

 

「ウィズ魔法店臨時出張所である。今が書き入れ時なのでな」

 

「大悪魔が売り子やってるのは正直どうなんだそれ」

 

 女神の馬鹿戦争の合間で金を稼ぐという、女神を小馬鹿にする所業が実にバニルだ。

 

「それより、貴様の親友はどうした?

 我輩はこの惨状を奴に見せて悪感情を食したいと思っていたのだが」

 

「むきむきのことか? その力で見通せばいいだろ」

 

「いや、見通せん。奴の力が阿呆店主並みになってきたのもあるが、これは一体……?」

 

「……あ。そういやエリス様と地上に出て来た地獄の七大悪魔倒しに行くって言ってたな」

 

「なんだつまらん。つまり今この土地には居ないということか」

 

「むきむきが居なくなってすぐにこんな騒動が起こるとか、もう笑えてくるけどな」

 

 カズマが見下ろした先では、めぐみんとゆんゆんが言い争っている。

 

「ふはははははは! 素直に諦めたらどうですかねゆんゆん!」

 

「諦めない心が奇跡を起こすってアクア様が言ってたから! 私は諦めない!」

 

「うーんこのアクシズ教感染初期特有の症状……」

 

「第一、私がすぐ諦める女だったら! めぐみんのライバルにも、友達にも、なれてなかった!」

 

「……ま、それはそうですね。そこは間違いなく、ゆんゆんの長所ですよ」

 

 こうなることが分かっていたから、切っ掛け一つでこういうぐだぐだになることが目に見えていたから、カズマは『魔王を倒すより難しい』と言ったのだ。

 ぐだぐだしている。

 もう本当にぐだぐだしている。

 むきむきはキッチリ答えを出したというのに、何故こんなにぐだぐだしているのか。

 

 大体アクアが悪い。

 

「というか今思い出したけど!

 私とむきむきがくっついても、めぐみん寝取る気満々だったわよね!」

 

「知りませんねえ、私は過去にこだわらない女なので!」

 

「時々地味に粘着質なくせに!」

 

「なにおぅ!」

 

 ゆんゆんのおっぱいをめぐみんがビンタしたりする不毛な喧嘩が続き、カズマの脳裏にレッドがかつて言っていた言葉が蘇る。

 

―――人間が魔王軍に勝っても、その後は人間の国同士の戦争だろう?

―――なら、魔王軍が勝ってもいいだろう。こっちは勝った後に内紛などしないぞ

 

 嘆けばいいのやら、呆れればいいのやら。

 

「……流石にレッドも、こんなバカみたいな内戦は予想してなかっただろうな……」

 

 戦場のどこかで、アイリスが部下を連れて駆けている。

 

「ほら行きますよ、クレア! レイン!」

 

「クレア様、なんで私達こんなところに居るんでしょうね」

「言うな!」

 

 戦場で店名の書かれた旗を振って、この状況で自分の店の宣伝をしている紅魔族の姿も見える。

 

「うちの靴屋をお願いしまーす!」

「我が煉獄の魔道具店もお願いしまーす!」

「紅魔の里に観光を!」

 

 観客席のカズマの周りも、にわかに騒がしくなってきた。

 

「ん? 以前見た顔が居るな」

 

「この辺りに座りましょうか、王子」

 

 レヴィ王子や、バルターの姿が見えた。

 

「テイラー、カズマが居たぞ」

 

「んじゃこの辺でいいか」

 

「うわぁ、アクシズ教徒って自分に回復魔法かけてるからすんげえしぶといな……」

 

「不死でもなんでもないはずなんだけどね」

 

 ダスト、テイラー、キース、リーンの姿が見えた。

 

「サトウカズマ、隣いいかな?」

 

「いいわけないだろ、よそ行けしっしっ」

 

「……まあ、そう言われるだろうと思ったよ」

 

「ちょっと! キョウヤに失礼でしょ!」

「そんな言い方しなくても!」

 

「いいんだ、クレメア、フィオ。僕らはこれでいいんだよ」

 

 話しかけてきたミツルギを突っぱねたりもした。

 

「すみませんそこのお姉さん、ギルドの人ですよね? 私達が全員座れる席を……」

 

「はい、団体様ですね。ご案内します」

 

 人間に化けたサキュバス達と、それを案内するルナが目の前を横切っていった。

 

「まったく。めぐみんの恋路のために戦うのも。

 ゆんゆんの恋路のために戦うのも。私がしたくないことだというのに」

 

「あるえは複雑だね!」

 

「複雑ではないよ、こめっこちゃん。もう終わった話だから」

 

「だから一抜けしたんだねー」

 

 カズマの背後を、あるえとこめっこがカズマに気付くこともなく通り過ぎて行った。

 

「セレスディナさん! セレスディナさんじゃないですか! 傷はもう大丈夫なんですか!?」

 

「ウィズてめえ! わざとあたしの名前連呼してんじゃないだろうな!」

 

 どこか遠くで、途切れ途切れにウィズと誰かの声もする。

 

「ゼル帝とちょむすけは、どっちに勝って欲しいんだ?」

 

 ほどなくして膝の上にやって来た猫とひよこに、カズマは問いかけてみる。

 ちょむすけは爪でめぐみんを示し、ゼル帝は嘴でゆんゆんを示した。

 彼らの推しカプは真逆のようだ。

 カズマが猫やひよこと戯れている間に、頭の良いアクアと頭の悪いアクアが戦場の中心でがっぷり四つに組み合い、んぎぎぎと押し合い圧し合っている。

 

「カズマさんはアホだから私に構ってくれてるんですよ、頭の悪い私!

 ですがそのままじゃいつまでもペット扱いです!

 私は頭の良い私をベースに再構成しないと、気になってるカズマさんと恋仲にもなれません!」

 

「はぁ!? 気になってませんしー! 女神は人間なんか気になりませんしー!」

 

「賢い私も女神アクアの一部なのですよ! そんな嘘が通じると思いますか!」

 

「う、そ、じゃ、な、い、しっー!」

 

「カズマさんが私の天界に帰る権利のため、頑張ってくれてたこと!

 バカでもアホでも薄々は分かっていたでしょう! 気付いているはずです!」

 

「そ、ん、な、じ、じ、つ、な、い、しっー!」

 

 ムキになって否定するアホな方のアクア。冷静に自己分析するアホじゃない方のアクア。ちょむすけとゼル帝と戯れているカズマはアクアの方を見もせず、空をぼんやり見つめていた。

 

「……むきむきとかがそろそろ来て、オチつけてくんねえかな」

 

 そして。カズマがそう言った途端、その空から、むきむきが落ちて来た。

 

「……呼べば来たよ! マジかお前!?」

 

 空から落ちて来たむきむきの手には、エリスの神器(ハリセン)が握られていた。

 

「特典補正ブレイカー!」

 

「なにゅわー!?」

 

 神器(ハリセン)で頭が良い方のアクアの頭をぶっ叩くと、アクアの頭と反発していた知性がすぽんとアクアの中から抜けていく。

 

「合体!」

 

「あぶっ!?」

「なぶっ!?」

 

 続き二人の頭を掴み、強引にゴツンと打ち付ければ、次の瞬間には二人のアクアは元のアクアへと戻っていた。

 

「アクア様は元のアクア様に戻りました! はいここで終わり! 戦争終わり! 終了です!」

 

 戦争調停(物理)。

 むきむきが大声を上げると"ああ祭りが終わってしまった"的雰囲気が広がり、各々が武器を収め帰宅準備を始めていく。

 

「チャンス! ゼスタ様覚悟!」

「むっ! やはり私の地位と権力を狙う曲者がこれを仕組んでしましたか!」

「最高司祭の座は貰ったァ!」

「ああ、理想のアクア様が……」

「トリスタン様! 気を確かに!」

「くっ、知性と包容力あるアクア様がぁ……でもやっぱ今のアクア様も好きだ!」

「こんな世界滅ぼしてやる!」

 

 一部は帰る気配を見せていないが、それはそれこれはこれ。

 カズマは観客席を飛び降りて、むきむきに歩み寄り話しかけた。

 

「おかえりむきむき。早かったな」

 

「ただいま、カズマくん。

 大丈夫、七大悪魔の一体はちゃんとエリス様と倒してきたから。

 ここに来たのはエリス様にこの戦いを止めて欲しいって頼まれて、魔法で送られたんだ」

 

「お前最近どこに出しても恥ずかしくないエリス教徒になってね?」

 

「……気のせいでしょ」

 

 顔を逸らすあたり、自覚はあるらしい。名誉エリス教徒認定くらいは受けてそうだ。

 カズマは嫌そうな顔で、杖を捨て素手での勝負に移行しためぐみんとゆんゆんの二人を指差す。

 

「で、お前。あれどうすんだよ」

 

「今日の勝負は、ゆんゆんの恋を終わらせること。大事な勝負だ、ちゃんと勝たないとね」

 

 むきむきはきっぱりと言い切った。

 何をすべきか、何を言うべきか、迷いのない男の顔である。

 カズマは泥臭く諦めていないゆんゆんを見て、どこかお綺麗な恋愛観を元に動いているむきむきを見て、"ダメかもしれん"と思案する。

 

「……なんとなくだけど、お前負ける気がするわ」

 

「えっ」

 

「とりあえず頑張れ、俺腹減ったから昼飯食ってくるから。困ったら呼べ」

 

 恋愛には様々な勝ち負けがあるが大体の場合、より強く愛している方が勝利する。

 カズマは童貞だが、この手の勘は良かった。

 むきむきに背を向け、カズマはどこぞへと歩き出す。

 

(恋する乙女が最強なら、"そっちの土俵"じゃむきむきは最弱なんだよなぁ)

 

 そけっとやひょいざぶろーとすれ違い、カズマは軽く頭を下げて、むきむきの居場所を教えて歩き出す。バカ騒ぎの後始末をしているダクネスを、そのついでに拾っていった。

 

(殺し合いって土俵なら、魔王だって倒した奴なのに。不思議なもんだ)

 

 魔法飛び交う中ダクネスを盾に、アクシズ教徒を中心にまだバカ騒ぎを続ける者達の合間を抜け、倒れて目を回しているアクアを回収し、頬をペチペチ叩いて起こす。

 

(誰が折れるか、誰が妥協するか、誰が諦めないかで、結末も全然違いそうだ)

 

 むきむきの望み通りになるか、めぐみんの望み通りになるか、ゆんゆんの望み通りになるか。

 はてさて、それは神のみぞ知る……いや、神も知らない未来だ。

 この世界は往々にして、自分勝手な奴ほど強い。

 恋は自分勝手な想いでも許される。

 彼ら三人が互いのことを思い遣り、友情を下地にして恋路を進むなら、その着地点はどこにあるものか。

 

 けれど、いくら過程がぐだぐだしようとも、一つだけ変わらないことがある。

 彼が決めた、『一番好きな女の子は誰か』という決断だ。

 そもそもアクアが引っ掻き回さなければ、もう終わっていた話なのである。

 優柔不断の果てにはよくよく悲劇が待っているものだが、一番好きな人が誰か揺らがないのであれば、その結末はきっと悪いものにはならないはずだ。

 

 最後には必ず、三人全員が納得できる結末が待っている。

 

「アクア、ダクネス、馬鹿が馬鹿やってる間に飯食いに行こうぜー」

 

「お前……まあいいか。今日の昼食代は私が持とう」

 

「うーん、うーん、私なんだかさっきまでとても賢かった気が……いや今でも賢いけどね?」

 

「寝言は寝てる時だけ言えよ、アクア」

 

「何その言い草!?」

 

 今日も今日とてこの世界は、不思議で、おかしくて、ふざけていて。

 

 残酷を笑って乗り越えるタフな人々の笑顔が、そこかしこに溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君が好きだと、少年は言った。

 

 私も好きですよ、と少女は言った。

 

 負けてもまた挑むのが私だと、少女は奮起した。

 

 『三人でいつまでも一緒にいれたら良いな』と、三人は揃って同じ気持ちを持っていた。

 

 

 




 これにて終わり。皆さん、四ヶ月と百万字分、お付き合い頂きありがとうございました。

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