「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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ラストです


5-1-4 女神の愛を祝福と呼ぶ

 傷だらけのイエローとミツルギ、及びその仲間が激突する。

 一閃、二閃、三閃。

 クレメアとフィオの援護を受けたミツルギの魔剣が翻る。

 イエローの周囲のモンスターが両断され、無数のスキルと模造の筋肉で武装したイエローにも斬撃が届いていた。

 筋肉の鎧に阻まれるも、その斬撃は致命に届かないだけで決着の一撃。

 

「くあっ……!」

 

「これで決まりだ!」

 

 左肩辺りからヘソ下まで切り裂かれたイエローだが、それでも倒れない。

 ミツルギの加減によって傷は適度な塩梅に収められており、動けば死ぬ、動かなければアンデッドであるイエローは死なないという適度な傷の深さであった。

 アンデッドと言えど、魔剣に深く傷付けられた状態で激しく動けば死ぬ。

 それが分からないはずがないのに、イエローは戦いを継続した。

 

「ま……まだ、まだ……!」

 

「! 待つんだ、その傷で動いたら死ぬぞ! 大人しくしてれば、命までは……」

 

「ゲースゲスゲスゲス、上等! 既に一回死んでる身、何も恐れることはなし!」

 

 奇妙な声での高笑い。

 地球に居た頃笑いを取るため始めた笑い方、身に染み付いて離れなくなってしまった笑い方、最後にはネットでも現実でも「気持ち悪い」「おかしい」と笑いものにされた笑い方。

 以前はどこか卑屈さが滲んでいたその笑いには、今はどこか誇らしさを感じられる。

 

「恐れるのは敗北、喪失、中傷のみ。それこそを恐れながら一度は死んだもんでゲス」

 

 グズグズと崩れていく不死者の体を引きずって、イエローはミツルギに近付いて行く。

 

「だから理解できないんでゲスよねえ。

 魔王様が、自分は本来倒されるべきものだとか言って、それを受け入れているのが」

 

 語りながら近付いて来るイエローに、ミツルギの仲間の二人の少女が迎撃しようとするが、ミツルギは二人の動きを手で制する。

 自分の手で決着をつけるというミツルギの意思表示を、イエローは鼻で笑う。

 男にしか分からない馬鹿な意地の張り合いが、ここにはあった。

 

「勝たせる。あの人を。拙らが、命をかけて。……悪役を、勝者にする!」

 

 イエローは召喚魔法を使用し、カズマが使っている爆弾と同種の爆弾――かなり大きい――を引き寄せ、それにティンダーで着火した。

 

「!」

 

 カズマがハンスの猛毒(強さ)を学習し、それを武器として利用したのと同じように。

 イエローのスキルポイント稼ぎをカズマが真似したのと同じように。

 彼もまた、カズマを真似たのである。

 ただ真似ただけなためカズマほど出来のいい爆弾にはなっていなかったが、サイズが大きいためにミツルギをも殺しかねない威力があるだろう。

 

 イエローはこれで、ミツルギを道連れに自爆するつもりなのだ。

 

「世の中は!

 卑怯なやつ、悪辣なやつ、他人を騙せるやつが勝つようできてるんでゲス!

 世に数多ある悪が勝つ物語のように! セレスディナ様と、魔王様を勝者にッ……!」

 

「それは、事実かもしれない……でも……!」

 

 爆弾を抱えるイエロー。

 剣を振り上げ駆けるミツルギ。

 導火線の火が爆弾に届くのが先か?

 剣が届くのが先か?

 どちらが先か、先に届いた方の目論見が果たされる。そんな一瞬の短距離レースに―――勝利したのは、イエローだった。

 

 ミツルギの剣が導火線を切るより先に、爆弾が起爆する。

 イエローが爆発に巻き込まれ、ミツルギにも爆炎が迫る。

 

「―――でも! それが! 全てじゃない!」

 

 その爆炎を、ミツルギは『切った』。

 魔法の如き妙技ではない。ただ爆炎を切り裂き、自分が受ける傷を致命傷から重傷にまで軽減するだけの一閃。

 されど迷いのない一閃は、ミツルギの命を救い、爆炎を両断し、アンデッド化したイエローの命を断つ一撃を届ける。

 

「か、ふっ」

 

「……サトウカズマだって、卑怯なだけじゃない。それが全てじゃ、なかった」

 

 そうして、ミツルギは人を斬った嫌な感触を味わいながら、カズマの前では絶対に言わないようなことを言った。

 おそらく、ミツルギの生涯最初で最後の、佐藤和真に対する純粋な賞賛だった。

 

「キョウヤ!」

 

 爆弾に巻き込まれたキョウヤに、仲間の少女達が声をかける。

 ミツルギの手から魔剣が落ちて、イエローの体が崩れ落ち、血を吐くようにミツルギは叫ぶ。

 

「卑怯な人の方が強くても!

 正しい人が間違った人に負けても!

 優しい人が魔王軍に殺され続けても!

 僕が全力を尽くしても、サトウカズマに敵わなくても!

 ……最後の最後には、『いい人』が勝つんだと、僕は信じてる!」

 

 ここでミツルギが勝っても、イエローが勝っても、この戦場の勝敗には小さな影響しかないだろう。それでいいと二人は割り切っていた。

 それでも突き通したい信念があった。

 悪役に勝者であって欲しいという想いと、いい人に勝って欲しいという想いがあった。

 そして、後者が勝ったのだ。

 想いが正しい方が勝ったのではなく、強い方が勝った。

 ただ、それだけの話。

 

「……そんな子供みたいな理屈、信じてるのは、ガキか、バカみたいな善人だけ―――」

 

「なら、それでいい。僕はサトウカズマのように、斜には構えられないから」

 

「―――」

 

 イエローの体が崩壊し、霧散した。

 誰もが自分の生き方を持っている。曲げられない生き方を持っている。

 ミツルギはアクアに好かれたいと思ってもカズマのようになることはできず、イエローも自分の生き方を曲げることはできなかった。

 生き方を曲げられないならぶつかり合うしかない。

 人と魔王軍のように、戦いを避ける道は無い。

 明確に、勝者と敗者が決まるまでは。

 

「キョウヤ! 大丈夫!?」

 

 仲間二人が駆け寄ってくる足音を聞きながら、ミツルギは残っている全魔力と全体力を込め、魔剣グラムをスキルで投げ飛ばした。

 グラムは飛んで、遥か彼方の魔王と女神達の戦場へ向かう。

 傷だらけで、最後の力をも使い果たしたミツルギは、その場に倒れ込んだ。

 

「勝利を信じてます、師父」

 

 むきむきが魔王を倒せば心底喜べるが、カズマが魔王を倒してしまうともにょっとする。だからカズマではなくむきむきだけを応援する。

 ミツルギ・カズマ・むきむきの関係は、結局最後まで安定してこんな風なままだった。

 

 

 

 

 

 アクアは魔王を一度弱体化させた。

 その力をもう一度重ねがけすることはできないが、別の女神なら重ねがけすることができる。

 

「『光よ!』」

 

 エリスによる弱体化が魔王にかかり、アクアとエリスの支援魔法が仲間達に二重にかかる。

 別々の神々の力は重複して対象にかかる。この世界の常識だ。

 

「くっ……!」

 

 魔王が脱力感に声を漏らし、その巨体を揺らがせる。

 

 むきむきが拳を打ち合わせた。

 めぐみんが杖を前に向ける。

 ゆんゆんが詠唱を開始する。

 ダクネスが右手に大剣を持ち、左手で鎧の割れた部分を引きちぎった。

 カズマは地面にあれこれしてちまちまと罠を作っている。

 

「どうか、世界を救ってください! 勇者の皆様方!」

 

 エリスのその声を皮切りに、人間達は動き出した。

 先陣を切るのは、いつもの人類最高火力。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんの無詠唱爆裂魔法を、魔王は防御結界を自分に張りつつ素早く回避する。

 だが回避した先に回り込んだむきむきに蹴り飛ばされ、妨害された回避は成功せず、爆裂魔法が直撃する。

 爆裂魔法は魔王の防御魔法を飴細工のように砕いて、その右腕と右足を吹き飛ばしていた。

 

「ぐあっ!」

 

 だが、吹き飛ばされた腕と足は瞬時に再生する。

 魔王の防御を無いに等しく貫通し、このサイズの腕と足を吹き飛ばすめぐみんも、それを瞬時に再生する魔王も、尋常ではない。

 

「『ライト・オブ――」

 

 次いでゆんゆんがしっかりと詠唱した魔法を放とうとする。

 魔王は大量の魔法を解き放ちゆんゆんをその前に消し飛ばそうとするが、間に割って入ったダクネスが魔王の魔法の全てを防いだ。

 詠唱は、完了される。

 

「――セイバー』ッ!!」

 

「『リフレクト』!」

 

 ゆんゆんの馬鹿魔力の一撃を、魔王は咄嗟に反射魔法で返す。

 彼女の魔法の威力に危うく力任せに突破されかけたが、きっちりと魔法は反射して、彼女の魔法の威力を逆に利用する。

 反射された光刃を、割って入ったカズマの反射魔法が受け止めた。

 

「『リフレクト』! う、うおっ!?」

 

 だがゆんゆんや魔王と比べれば、カズマの魔法は数段格が落ちる。

 カズマは反射しきれず、反射魔法は粉砕され、光刃は空の彼方へと飛んでいった。

 反射しきれないと判断したカズマが瞬時に反射魔法を傾け、本来なら反射するための魔法を軌道を逸らす魔法として応用したのだろう。

 

 一進一退。

 攻めているのは人間側であるはずなのに、二人の女神が魔王を弱体化させているはずなのに、押し切れない。

 親友(レッド)が命を削って魔王に与え続けている力は、それほどまでに強大だった。

 

「女神……何故そこまで、人間に手を貸す! 命を賭してまで、人間を助ける!」

 

 魔王は女神に向かって叫び、同時に全身に生えた口から火を吐いた。

 縦横に数百mという広大な範囲に火が広がり、これをダクネスという肉の盾と、ゆんゆんが張った魔法の盾が遮断し仲間を守る。

 

「貴様らは天上から見下ろしているだけで良かったはずだ!

 プリースト達に力を貸している!

 転生者という救世主まで送っている!

 神器という強大な力まで与えている!

 むしろ過保護なほどであろう!

 神はもっと無責任で、もっと放任でいいはずだ! ワシの元居た世界ではそうだった!」

 

 火の吐息が終わった後は、またしても全身の口が詠唱する魔法の乱射。

 むきむきが殴って魔法を減らし、減らした魔法をダクネスが受け止め、仲間達を守る。

 

「あなたが納得できる理由などありませんよ、魔王」

 

「なんだと?」

 

「私達は神として世界に顕れたその時からそういうものだった。ただ、それだけです」

 

 エリスの声は静謐に、されど強烈に、魔王の言葉にぶつかっていく。

 

「私も、先輩も。女神は人が大好きなのです。

 そして人も等価の愛を返してくれる。それ以上の理由など必要ありません」

 

 女神は人が好きだから。人は女神が好きだから。

 人は信仰と好意を、女神は加護と好意を手渡してきた。

 ずっと昔から、そうやってきた。

 それ以上の理由など、何一つとして必要ない。

 

「女神様にそう言われたら、人間(ぼくら)だって適当にはやってられない!」

 

「くっ!」

 

 エリスとアクアの支援魔法を受けたむきむきが、魔法の雨を突き抜けて魔王を殴る。

 魔王は体をぐらつかせただけで、カウンターパンチでむきむきは逆に吹っ飛ばされたが、少年の拳と言葉は魔王を殴る。

 

「お前だって! ウォルバク様とそういう関係だったんじゃないのか!」

 

「―――」

 

 その心を、殴るのだ。

 

「いつか、この世界に、女神(わたし)が必要でなくなる、その日まで」

「いつか、女神様達に助けて貰わなくても人間(ぼくたち)だけで世界を守れる、その日まで」

 

 互いの期待に応え続けるのだと、エリスとむきむきは言う。

 

「その日私は『よく頑張りました』『頑張って』と言い、その存在意義を終えるのです」

「その日僕らは『今までありがとう』『もう大丈夫です』と言って、安心させてあげるんだ」

 

 魔王はそこに、在りし日の自分を見た。

 言葉に殴られ、想いをぶつけられ、心が揺らいで―――部下の献身を思い出し、心に生まれた動揺の全てを握り潰す。

 この程度で心の弱さを表に出すようなら、魔王なんてやっていられない。

 

「どう? これが私の育てた後輩と名誉アクシズ教徒よ! いい子達でしょう!」

 

「何故そこで女神アクアがえばる」

 

 何故か自分の手柄のように胸を張るアクアは、まあよしとして。

 そこでなんと、魔王のために援軍に駆けつける者が現れてしまった。

 

「魔王様! ご無事ですか!」

 

「げっ」

 

「イエローが自分の身も顧みず紅魔族を何人か麻痺させてくれたのです! 今助けます!」

 

 預言者だ。

 よりにもよって魔王軍最強の男がここで援軍に駆けつけてしまった。

 

 預言者は全身ズタボロで、無尽の魔力・無限の再生・無双の防御を併せ持つ預言者をどうやったらここまで追い詰められるのか、紅魔族の恐ろしさがひと目で分かる惨状であった。

 どうやらイエローがミツルギにやられる前に死ぬ気でチャンスを作り、その間に残りの紅魔族を全員足止めする魔法をぶちかましてきたらしい。

 

 これで、女神の参戦で人類有利になった天秤は揺れる。

 少なくとも、人類優勢とは言い難い。

 カズマは誰よりも早く状況を把握し、誰よりも早く最適解を出し、指示を出した。

 

「めぐみん、ゆんゆんはあいつの対処!

 ダクネスはここで皆を守りながら待機!

 俺とむきむきで魔王を抑える!

 エリス様とダメな方の女神は両方の援護だ!」

 

「了解!」

 

「待ちなさいよカズマ! 今のダメな方の女神認定を撤回してから行きなさい!」

 

「知るか!」

 

 前方の魔王、後方の預言者。

 どちらも脅威でどちらも難敵。

 どの魔法を撃つか一瞬だけ逡巡したゆんゆんは、どこからともなく飛んで来た――ミツルギが投げた――グラムを見た。

 

(あれは……いや、考えてる暇なんてない!)

 

 魔剣の強度は、ゆんゆんも知っている。

 

「『インフェルノ』!」

 

 ゆえに放たれた炎の上級魔法は火柱となり、魔剣を強く押し出した。

 上級魔法の後押しで加速された魔剣は、魔王が防御に使った魔法の全てを容易に突破し、10tという重さをもって魔王の首元に深々と刺さる。

 

「ぐああああああああああっ!?」

 

「ナイス、ゆんゆん!」

 

 むきむきがゆんゆんの咄嗟の機転を褒め、親指を立てる。

 ゆんゆんも嬉しそうな顔をうっすら赤く染め、親指を立て返した。

 グラムが神器であるからか、魔王へのダメージは目に見えて大きい。千載一遇の好機であった。

 

「行こう!」

 

 むきむきが腹から大声を出した。

 めぐみんとゆんゆんが預言者へ、カズマとむきむきが魔王へと対峙する。

 男女二名づつに分かれて対処に動いた彼らを見て、魔王は"舐められている"と感じた。

 

「ぐっ……この程度の負傷で、ワシがたかが二人にやられると思うてか!」

 

 むきむきのパーティ全員を追い詰めるほどの魔法攻撃の雨が、むきむきとカズマを狙って集約される。

 空も風景も塗り潰し、視界の九割が魔法に染まっていった。

 むきむきはカズマを肩に乗せ、走り出す。

 カズマは彼の肩の上に立ち、魔法詠唱を行った。

 

「今日一日だけって約束で、ダクネスから同意取った切り札だ! 『サモン』!」

 

 魔法の雨にどう対応するか?

 簡単だ。

 ダクネスを召喚して、盾にすればいい。

 

「んほおおおおおおおっ! くっ、この快感!」

 

「むぅ!?」

 

 そこからの進撃は、魔王も目を疑うようなものだった。

 マナタイトで魔力を補給しつつ女を召喚する男と、男の手で空中に召喚されて魔法を防ぐ盾にされては、その度地面にベチっと落ちていく金髪の美女。

 女の扱いが雑にもほどがあったが、女の方は何故か嬉しそうですらあった。

 

「この雑な扱い……たまらん……たまらんぞカズマ!」

 

「レベル上げしたからってこれで死なないお前は正直どうかと思うけどな!」

 

 しかも死なない。

 ダクネスがとことん死なないのだ。

 防御とレベルをとことん引き上げた最終決戦仕様ダクネスは、もはや大陸間弾道ミサイルで殺せるかも怪しい生物となっていた。

 

「貴様! 仲間をそう扱うのはどうなんだ!」

 

「うるせえ死ななきゃ安いもんだ!」

 

 魔王に仲間の扱いを非難される勇者が居る。酷い話だ。

 むきむきはすっかり慣れた様子で、ダクネスに申し訳なさそうな視線を向けて、カズマを遥か頭上に投げ上げる。

 魔王の身長が20mと少しで、カズマが投げ上げられた高さは地上から約40m。

 カズマを投げ上げると同時に、むきむきは地上から跳び上がり魔王の下顎を狙う。

 上からカズマ、下からむきむきという、擬似挟み撃ちだ。

 

「猪口才な!」

 

 魔王はハエを叩き落とすように、むきむきを拳で地面に叩き落とす。

 

「くあっ!? ぐっ、まだまだ!」

 

「ええい、鬱陶しい!」

 

 少しの間くらいは気絶させられたかと思った魔王であったが、叩き落とした直後にむきむきがまた跳び上がってきたため、思わず舌打ちしてしまった。

 女神二人による弱体化で魔王はより弱く、むきむきは女神二人の支援魔法でより強くなっているのだ。これではいけない。拳でも魔法でも決定打にならない。

 

 魔王は武器を探した。

 要求条件は『切れ味があって壊れないもの』。

 そして、一瞬でそれを発見し……自分の首に刺さっていたグラムを、むきむきに向けて振るう。

 

「―――ッ!?」

 

「むきむきっ!」

 

 スパッ、と小気味のいい音を立てて、むきむきの左肘から先と、右肩から先が切り飛ばされる。

 神器は流石に魔王には強烈に反応したのか、持つだけで魔王の手を焼いている。

 だが再生する魔王の体にそれでは焼け石に水だ。

 

「終わりだ」

 

 魔王はグラムを強く握り、トドメの一閃を振るわんとする。

 そのグラムを――

 

「『スティール』ッッッ!!!」

 

 ――カズマのスティールが、見事に奪還していた。

 

「何!?」

 

「覚えとけ! これが日本人・佐藤和真の真のメインウェポンだ!」

 

 カズマは魔王の頭上に投げ上げられていた。そこでスティールを使えばどうなるか?

 冒険者には『重い物を持っている相手にスティールは使うな』という不文律がある。何故か?

 その答えに従って―――カズマは盗ったグラムの重さに引っ張られ、魔王の右肩に衝突した。

 魔剣が、魔王の右肩に深々と刺さる。

 

「ハンスの毒直流しを喰らえ!」

 

「くっ、このッ……!」

 

 魔剣が刺さった傷口にハンスの毒を瓶で流し込むという畜生戦術を披露するカズマ。

 ツンデレゆえに口には出さないが、よくも俺の仲間の腕を、と言わんばかりだ。

 魔王の肩に刺さった魔剣にしがみつき、カズマはむきむきがどうなったか確認しようとして……そこで、魔王の眼前にまで飛び上がるむきむきを見た。

 グラムに斬られた両腕はそのままで、両腕の切断面からは血が吹き出している。

 

 魔王もまずは回復してから来ると思っていたのだろう。

 完全に面食らった様子で、眼前にて足を引くむきむきの姿を見ていた。

 一瞬の隙、付け入る隙がそこにある。

 

「繋いだ手を失っても!

 繋いだ心は(ここ)にあり!

 繋がった想い出は(ここ)にあり!

 繋がりの象徴は……(ここ)にある!」

 

 ぶっころりーがくれた靴。絆の靴。そこにウォルバクの力を込めて――何故か他の女神の力も感じて――魔法発動媒体であるその靴を、魔王の顔面に叩きつける。

 

「腕を切っても(これ)まで断ち切れるものか! ゴッド―――レクイエムッ!!」

 

 繋いだ手を切り裂かれても。

 繋いだ絆はなくならない。

 前に進む足は残る。

 

 女神の力を宿した渾身の一撃は、魔王第二形態が残していた戦闘力の全てを欠片も残さず、消し飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔族は一国の戦力を平然と上回る化け物集団だ。

 やろうと思えば策謀込みでベルゼルグとて落とすことができる。

 彼らが総勢で攻めたことで、無尽蔵の魔力を好き放題使える反則中の反則である預言者も、随分と追い詰められてしまっていた。

 

 魔力も肉体も削られ、身体と精神は活力を失い、精神の一片から肉体の細胞の一つ一つに至るまで疲労とダメージが蓄積している。

 過剰な火力と過剰な再生が拮抗し、それでも火力の方が上回り続けた結果だ。

 体の魔法式ごと魔法で壊される、魔法で破壊された部分を治している最中に更に破壊される、破壊されている最中に破壊される、そういう繰り返し。

 預言者の体の再生速度は見る影もないほどに遅くなり、魔力を継ぎ足してもフルにそれを扱うことはできず、歩くだけで体に激痛が走るという始末。

 

 それでも彼はイエローの援護を受け、ここまでやって来た。

 全ては魔王を守り、魔王を勝たせるために。

 

「どけ! そこをどくのだ! 我らは魔王様に、勝利の栄光を届けなければならない!」

 

 魔王を守ると約束した部下が居た。

 男は最強の魔法使いと呼ばれていた。

 魔王を一緒に倒そうと友と約束した子供達が居た。

 彼女らは最強の魔法使いの一族で、最強の魔法を持っていた。

 

「あなたにも意地があるように、こちらにも意地があります!」

 

「私達にも、ここで負けたら顔向けできない仲間がいるの!」

 

 二対一。だが、誰も卑怯とは言うまい。

 

「『インフェルノ』! 『カースド・ライトニング』! 『トルネード』!」

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 迫り来る上級魔法の無詠唱連打を爆裂魔法が全て吹き飛ばし、ゆんゆんのライト・オブ・セイバーが預言者へと命中、その体に張られた防御結界を両断する。

 体にも浅い切り傷が走り、それが切っ掛けで紅魔族が与えたダメージが、預言者の体内で一気に噴出してしまった。

 その動きが、明確に一瞬止まる。

 

「く、ぐっ……!」

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

 マナタイトで魔力を常時補給している彼女らの魔法は止まらない。

 預言者は腕を振って光刃を弾くが、爆裂魔法の方はモロに食らってしまった。

 自動で再展開される防御と回復の魔法が命を繋ぎ、傷を再生させていくが、吹き飛ばされた預言者にはもう大きな苦悶の声を上げる余力もない。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッッッ!!!」

 

「『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 

 ゆえに、これはトドメの一撃。

 預言者は身を捩って、片腕を光刃に切り飛ばされる。

 だが、爆裂魔法の命中の前に、最後の魔法の行使を間に合わせた。

 

「―――『テレポート』ッ!」

 

 それは離脱の魔法。

 魔王城敷地内を帰還地点に登録していたこのテレポートは、彼を魔王の下へと届けた。

 めぐみんとゆんゆんのどちらも倒せないままに、テレポートで魔王の下へと逃げ帰る。……預言者が最も避けたかった結末だ。

 分断している時に、せめて女神を行動不能にしなければ、先は無かったというのに。

 

(これで、詰みか。女神が居れば、奴らもすぐに回復してしまう……)

 

 テレポートした預言者が見たのは、むきむきの必殺技で仕留められ、倒れる魔王の巨体。

 むきむき達は切断されたむきむきの腕を探し、拾い、それを繋げようと動いていたため、魔王達のことを警戒しながらも後回しにしている。

 妥当な判断であり、間違った判断でもあった。

 

「魔王、様……」

 

 預言者はここで力尽き、倒れた。

 もはや指一本動かす力も残っていない。

 無限の魔力は彼の中に流れ込み続けてはいるものの、それの一切を使えない状態だ。

 倒れたままの預言者を、いつの間にかその横にいたレッドが助け起こす。

 レッドの顔色も既に死体と見間違えかねないほどに悪く、今にも死にそうなほどだった。

 

「……立て、るか?」

 

「すまない……それは、無理な、ようだ」

 

「しょうがねえ、なっ……」

 

 助け起こした預言者に肩を貸し、レッドは牛歩の進みで倒された魔王の下へと歩いていく。

 

「占い師……一つ、聞く」

 

「なんだ。貴様は人間だ、別にここで逃げても責めんが……」

 

「魔王のために死ぬ覚悟、あるか?」

 

「ある」

 

 即答であった。

 レッドは深く頷き、つまらないことを聞いた自分を恥じる。

 

「私とお前の意志を消し、純粋なモンスター要素として魔王に還元する」

 

「!」

 

「可能なはずだ。私は人間だが今はモンスターのカテゴリー。

 魔王が今この巨体なのも、あれほどに強いのも、肉体に組み込んだモンスターが居るからだ。

 魔王は配下のモンスターを強化する能力を持つ。

 その力は今は魔王の肉体にも作用しているのだ。

 私とお前を魔王に還元し、魔王の肉体であると同時に配下でもある肉を活性化させられれば」

 

「魔王様は……復活する」

 

「そういうことだ」

 

 まだ終わっていない。

 まだ繋がる先がある。

 まだ二人は諦めていない。

 

「お前はそれでいいのか、レッド」

 

「いい。元々私には寿命がある。

 ピンクが死者の特典消失を実証した以上、これ以外の方法はない。

 私は人としての寿命が尽きる前に、この方法で特典の力を魔王にやるつもりだった」

 

「……そうか。なら、いい。やってくれ」

 

 二人は死にかけの体でよろよろと、魔王の顔の近くにまで辿り着く。

 

「レッド。貴様は、馬鹿だな」

 

「お前もそうだろうに」

 

「……かも、しれないな」

 

「だけど、それでいいんだろうさ。

 魔王を勝利させ、人類を滅ぼすなんて夢を見るのは……馬鹿だけだ」

 

 二人の男がそんなことを話しているものだから、魔王も首だけを動かしてそれを止めに行く。

 

「やめるのだ。ワシはこのまま死んでもいい。魔王とはそういうものだ」

 

「ゲームは簡単に投げるものじゃない。地球でもそうだったろう、魔王」

 

「……レッド」

 

「私達の命に遠慮することはない」

 

 魔王の制止を、レッドは聞かない。

 悪行を成した友を止めようとする友情があるように、悪行を成す友を助けもっと悪行を行なえとそそのかす友情もある。

 悪の友情は、悪を肯定し、悪を後押しするものだ。

 

「覚えてるか、魔王。

 昔出席番号一番の給食費がなくなった時の話だ。

 私はやっていなかったが、嫌われ者だった私は真っ先に疑われた」

 

「……ああ、そんなこともあったか」

 

「その時、お前だけは私を疑わなかった。私はお前に借りがある」

 

 悪の友情は、"お前と一緒に地獄に落ちてやるよ"と言えて初めて成立するものだ。

 

「難しく考えるな。私はお前に借りを返すだけだ」

 

 善の友情にも、悪の友情にも、小難しい理屈は必要ない。

 

「……何年前の話をしているのだ、お前は。ワシですら、完全に忘れていたことを……」

 

 そうしてモンスターを支配する力と、魔王軍最強の力は、魔王の内へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 一度目は爆裂魔法に倒された。

 二度目はゴッドレクイエムに倒された。

 三度目は無いと、魔王は立ち上がる。

 皆は立ち上がった魔王にまず驚き、その全身がトゲだらけになり、全身の体色がより黒くなり、その背中に堕天使のような翼が生えていたことに更に驚いた。

 

「いでよ」

 

 またしても魔王の全身に口が生える。

 だがそこで詠唱されるのは、先程まで使用されていた魔法よりも一段上の、上級魔法。

 預言者の魔法技能と無尽蔵の魔力を得た今、魔王は上級魔法を雨粒と同数撃っても魔力切れを起こさない化け物と化していた。

 

「降り注げ」

 

 魔王が魔法を空に放ち、空から魔法が降り注ぐ。

 むきむき達の下だけではない。

 魔王城の周辺全て、アクシズ教、紅魔族、果ては離れた場所で戦っているベルゼルグ王国軍の末端までもを巻き込むほどの広範囲絨毯爆撃。

 天を裂き地を焼く、神話の世界の一撃だった。

 

「魔王の―――第三形態!?」

 

 長引けば不利。めぐみんの判断は早く、即座に爆裂魔法をぶち込んでいた。

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

 爆裂魔法は胸部に命中、その心臓を粉砕する……はずだった。

 だが爆裂魔法は魔王の体表に展開された防御結界に僅かに威力を軽減され、魔王の胸に空いた大穴はすぐさま再生で塞がってしまう。

 預言者だ。

 預言者を取り込み、魔力が無尽蔵となったことで、防御と再生の能力が強化されたのだ。

 

 ここに来て彼らはようやく、魔王がここまでの戦闘で使っていた防御と再生の魔法が、預言者の使っていたそれであり……魔力の無限供給があって初めてフルスペックで使えるものであると、理解した。

 

「なんて耐久力……」

 

「……参りましたね。今使ってるのが最後のマナタイトです。ゆんゆんは?」

 

「こっちはもうとっくになくなってるわよ!」

 

 リソースは尽きるもの。

 大火力の連打のせいで、紅魔族の少女二人はあっという間にPTの最高級マナタイトをゼロにしてしまっている。

 永遠に戦えると思われた預言者が消耗を強いられたように、人間の側もまた、戦いが続くことで消耗と疲労を積み重ねてしまっていた。

 

「貴様の誇りはなんだ、女神の使徒の紅魔族」

 

 魔王は問いかける。

 少年は仲間達を、女神達を横目に見てから、その問いに答えた。

 

「今、お前の目に見えてるものだ」

 

 彼が一番に誇るものは、今ここにある。

 

「全部全部―――僕が、胸を張って誇るものだ!」

 

 そして、魔王が一番に誇るものは。

 

「お前の誇りが『それ』ならば、部下こそがワシの誇りだ」

 

 既に失われ、事実上の死を選び、魔王に何かを残していった。

 

「誇りを抱え戦うがいい。あるいは、誇らしい気持ちで果てることができるかもしれんぞ!」

 

 両者は互いに誇るものを胸抱き、誇り故に譲ること無く、衝突する。

 

 衝突し、強き方……すなわち、魔王が全てを蹂躙していく。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 魔王をかつて導いた女神ウォルバクは、アクセルの街で管を巻いていた。

 怠惰が発動したからではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()だ。

 誰の味方をするか。

 何の味方になるか。

 どんな未来を選ぶのか。

 どんな結果だけは嫌なのか。

 何をしたくなくて、何をしたいのか。

 

 一度決めてしまえば後は楽なのに、それを決められない。

 

 古今東西、頻繁に語られている命題が一つある。

 悪に堕ちた友が居た時、敵として友を止めるのが正しいのか? 悪に堕ちた友の味方になってやるのが正しいのか? というものだ。

 ウォルバクに迫られている決断も、それに近い。

 彼女は今、『何か』を選ばなければならないのだ。

 

「……」

 

 ウォルバクが茶を啜ると、テーブルの上で彼女をじっと見つめている、ちょむすけとゼル帝が目に入る。

 

「ねえ知ってる? サトウカズマ君が、むきむきに教えたことを」

 

 猫とひよこは見つめたまま。

 

「日本では宗教は入り混じっているのが当然だって。

 複数の神様を崇めるのが普通だって。

 その方が日本人には向いているって……まったく、まだ未練でもあるのかしら」

 

 猫とひよこは見つめたまま。

 

「でもそうね、そういう視点で見ると、あの子はそういう感覚を持っているのかもしれないわ」

 

 猫とひよこは見つめたまま。

 

「むきむきの宗教感覚は、この世界より日本のそれに近いのかもしれないわね」

 

 猫とひよこは見つめたまま。

 

「……分かってるわよ、そんなに見つめなくても。ちゃんと私は分かってるわ」

 

 観念した様子のウォルバクを見て、猫とひよこは頷いた。

 

「本当はね。もう何を選ぶかは決めてたのよ。

 ただ、それを選ぶのを後回しにしてただけで……

 一つだけ残した選択肢に、選択の指を運ぶことを躊躇っていただけで」

 

 ウォルバクの服の袖を、猫とひよこが甘噛し、引っ張る。

 早く行こう、早く行こうと急かすかのように。

 

「そうね。私も……他人任せにするだけじゃダメよね」

 

 ウォルバクはローブを纏い、立ち上がる。

 

「一緒に行きましょうか?」

 

 猫とひよこを、肩に乗せて。

 

 

 

 

 

 魔王城近辺は、地獄と化していた。

 ベルゼルグ王国軍は距離があったためまだそこまで被害は出ていない。

 だが、魔王第三形態と紅魔族・アクシズ教徒がデタラメな戦闘を繰り広げており、魔王城の周辺を完全に火の海と変えていた。

 その上で、魔王は人類を一方的に圧倒していた。

 

「アクア様の御前だ! もっと激しくビートを刻め!」

 

「ゼスタ様! 指示がよく分かりません!」

 

 魔王か、預言者か。

 どちらか片方なら押し切れる可能性もあるのに、その両方が融合している。

 融合させているレッドまで融合している。

 これではどうにも打つ手がない。

 

「族長! このラスボス厨二力めっちゃ高い!」

「オサレだ……!」

「戦いはかっこいい方が勝つ! 古事記にもそう書いてある! これはマズいぞ!」

 

 むきむき達は最後の希望。

 アクシズ教徒と紅魔族の援護を受けて近付こうとするが、気を抜けば次の瞬間には魔王の魔法で蒸発しかねない状況が続いていた。

 魔王が周囲全てに攻撃をばら撒いているために、近付くことさえ困難と来ている。

 

「エリス様、僕らの陰に隠れてください」

 

「……魔王が、こんなに近くに居るのに……!」

 

 そんな、地獄のような光景の中に。希望のない戦場の中に。

 

「良かった、魔王城をテレポートの転移先に登録したままにしておいて」

 

 三人目の『女神』が、舞い降りた。

 

「! ウォルバク様!」

 

「ごきげんよう、とでも言うべきかしら? むきむき。……エリスが居るのは、そういうことね」

 

 ウォルバクは一瞬でこの状況を大体理解したようだ。

 魔王はウォルバクを見て、すぐに攻撃の手を止める。

 女神の降臨が流れを変え希望を繋げるのは、絵物語ではよくあることだ。

 魔王だけでなく、皆が手を止め彼女の姿を見つめていた。

 まるで、"ここから何かが変わる予感"を感じたかのように。

 

 魔王は穏やかに、ウォルバクに語りかけた。

 

「決めたのか、ウォルバク」

 

「ええ」

 

「それでいい。お前はそれでいいのだ、ウォルバク」

 

 どこか、納得したように。どこか、安心したように。どこか、寂しそうに。

 

「魔王軍を裏切り、正しい道に戻る。ワシの元居た世界でも、それは王道の物語だった」

 

 そう言う魔王に、ウォルバクは悲しい顔で首を振った。

 

「誰かを裏切った時点で正しい道ではないと、私は思うわ。

 でも今は……正しい道ではなく、信じる道を行きたいと思ってる」

 

 彼女に正しさを掲げる気はない。間違っているかもしれない、と思ってすらいる。

 それでも、こうするべきだと信じている。

 正しさを保証される者が居るならば、それは生存競争で生きるために敵を打ち倒そうとしている人類と魔王軍だけであるべきだと、女神である彼女は考えていた。

 

「今日、ここで、長きに渡る因縁に決着を」

 

 三人目の女神の力が、三度目の魔王への影響力を行使する。

 

「『光よ!』」

 

 三度目の弱体化。

 三度目の正直とは言うが、もはやこれ以上女神の力による弱体化は望めまい。

 この三度目が、ラストチャンスだ。

 

「くっ……! ここまで、女神が肩入れした戦いも、なかろうな……!」

 

「アクシズ教徒、突撃ー!」

「族長! 魔王倒したいと一部の紅魔族が先走りました!」

「ほっとけ! ……いや、むしろ加勢しろ! 全員でだ!」

 

 アクシズ教徒と紅魔族が魔王に群がるが、三度の弱体化を経ても魔王は変わらず強大で、彼らは一方的に蹴散らされている。

 だが、その結果として貴重な時間が稼がれていた。

 ウォルバクはその時間を使ってむきむきに呼びかける。

 

「最後の仕込みをするわよ、むきむき」

 

「? ウォルバク様?」

 

「あなたのこのペンダント。

 ここには女神の髪の毛、紅魔族の髪の毛、冒険者の髪の毛……

 沢山の想いと、髪の毛が詰まっているわ。

 あなたは里を出てからずっと、このペンダントを付けたまま、祈りをどこかへ捧げていた」

 

 むきむきがいつも首からかけている、里を出る時にこめっこから貰ったペンダント。ウォルバクがそれを手に取ると、ペンダントの金具がカチャリと小さな音を立てる。

 彼女が触れた途端、ペンダントは淡い光を放ち始めた。

 

「ごめんなさい。だから以前から少しだけ、いじらせて貰っていたの」

 

「これ、は……!」

 

「プリーストが祈りを捧げたネックレスを魔法触媒にするのと同じ理屈よ。

 これは今、神聖な力を使う媒体としては最高の状態にある。

 私達女神がこれに力を込めれば……あの状態の魔王でも、命に届くわ」

 

 今日この日、この瞬間にラストアタックを仕掛けるためのウォルバクの仕込み。

 『最強の武器』ではなく、『より多くの力を受け止められる器』と成ったペンダント。

 

「このペンダントは、あなたが今日まで出会って来た人達の想いと髪が内包されている」

 

 ウォルバクに選ばれるだけの要素が、このペンダントにはあった。

 多くの人が想いを込め、多くの想いをむきむきがこれに通してきた。

 里を出てから今日までの日々の全てが、このペンダントには込められている。

 

「あなたが今日まで越えてきた冒険の全てが、あなたの力になるのよ」

 

「―――」

 

 里を出る時に髪を入れてくれた人が居た。旅の途中でリーンが髪を入れてくれたこともあった。アクセルで女神が髪を入れてくれたこともあった。今の仲間は皆既に想いを込めてくれている。

 『全て』をここに集約し、結実させる時が来たのだ。

 淡く輝くペンダントを握るむきむきの肩を、カズマが軽く叩く。

 

「知ってるか、むきむき。俺の故郷ではな、いい勝負になると皆こう言うんだ」

 

「?」

 

「『幸運の女神が微笑んだ方が勝ちます』ってな」

 

「!」

 

 むきむきが首を横に向けると、そこで幸運の女神が彼に向かって微笑んでいた。

 

「いい加減何時間戦闘してんだって話だ!

 もう皆疲れが出始めてる! というか俺が疲れてる!

 次がラストチャンスだと思って決めろ! できるよな、むきむき!」

 

「うん!」

 

 次で決める。

 その意志を、この場の全員が共有していく。

 むきむきは歩き出し、めぐみんと右掌を打ち合わせた。ゆんゆんと左掌を打ち合わせた。

 めぐみんと掌を打ち合わせた音はとても大きく、ゆんゆんと打ち合わせた掌は強烈で手が少しだけ痛かった。

 

 頷くめぐみん。

 頷くゆんゆん。

 むきむきもまた、深く頷く。

 彼は女神の前に進んで、ペンダントにその力を注いで貰い始めた。

 

「大丈夫、私を信じなさい! 私を信じればだいたい上手く行くからね!」

 

 自分を信じろ、より私を信じなさい! と言うのが実にアクアらしい。

 水の女神の力がペンダントに込められる。

 

「大丈夫。今日まであなたが積み重ねたものが、あなたを支えてくれるわ」

 

 怠惰の女神のくせに努力を賞賛するようなことを言うウォルバク。

 ゼル帝を脇に置いて、ちょむすけと一緒に怠惰と暴虐の力を注ぎ込む。

 

「幸運はもたらされるものであり、掴み取るものでもあります。どうか、それを忘れないで」

 

 最後に、幸運の女神の力が注ぎ込まれる。

 これで準備は整った。

 

「むきむき、私の大剣を持っていけ。

 私も盾代わりにしか使っていないが、盾くらいにはなるはずだ」

 

「ありがとうございます、ダクネスさん」

 

 ダクネスの大剣を受け取り、それを左手に持ち、ペンダントを右手に握る。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』! 準備できたわよ、むきむき!」

 

「うん、行って来るよ、ゆんゆん」

 

 ゆんゆんは残存魔力で巨大な氷塊を作り、むきむきはそれを魔王に向けて投げ飛ばした。

 彼は後追いで跳び、氷塊の上に飛び乗っていく。

 

「さあオーラスですよ、かっこよく決めて下さい―――『エクスプロージョン』ッ!」

 

 そしてめぐみんが、その氷塊へと爆裂魔法をぶっ放した。

 熱や破壊力を抑え、爆発力を伸ばすよう調整された爆裂魔法が氷塊を粉砕しながら押し出し、支援魔法で頑丈になったむきむきを魔王に向けて吹き飛ばす。

 爆風によって凄まじい速度を得たむきむきは、魔王へ一気に接近していく。

 魔王は何かスキルを使おうとしたが――

 

「『スキル・バインド』!」

 

 ――カズマの新スキルにより、そのスキルを無効化される。

 そして魔王とむきむきは、互いに一撃ずつ入れ合える距離まで接近した。

 

「来い!

 貴様が最初に戦った魔王軍はレッドであった!

 貴様が最後に戦う魔王軍はワシであろう!

 今は亡きレッドの代理として、そして今ここにある我として、ワシは貴様を打ち倒す!」

 

「魔王ッ―――!!」

 

 先手を取ったのは魔王。

 全身に生えた無数の口から、無数の雷系上級魔法を発射する。

 

「『カースド・ライトニング』ッ!!」

 

 魔王が得意とする雷の魔法が、空間を飽和させる勢いで密集していく。

 密集した雷は、むきむきを飲み込まんとする雷撃の洪水となった。

 

「―――!」

 

 むきむきはそれに、ダクネスから預かった大剣を投げつける。

 大剣は金属。避雷針の代わりにもなるものだ。それが高速回転しながら投げつけられたことで、雷撃の洪水に大きな穴が開く。

 むきむきはそこに飛び込み、自分が体術として行使できる最強の技と、モンクとして行使できる攻撃スキルを、ペンダントを握り込んだ右腕で発動させる。

 

 

 

「エクスプロージョン―――ゴッドブローッッッ!!!」

 

 

 

 突き出された右拳が、魔王の左頬を抉る。

 少年のゴッドブローに連鎖して、ペンダントの中の女神の力が炸裂した。

 清浄な光が、拳の内側から広がっていく。

 

「私の死は無駄でもなく、無為でもなく、無価値でもなく、無意味でもない。

 私は命を燃やして生きた。その果てに燃え尽きるように終われるのなら、それでいい」

 

 光に飲まれながら、魔王はそんなことを言う。

 女神の力で消滅しながら、遺言のように彼は言う。

 

「勝利を望まれここまで来たが。魔王とは……倒されるものなのだ」

 

 部下のために勝ちたいという気持ちがあり、魔王ならば倒されるべきだという気持ちがあり、悔い無く終われれるのならそれ以上は望まないという気持ちがあり。

 

 そうして、この世界における魔王(ラスボス)は、勇者達(しゅじんこう)に討ち取られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、むきむきさん。世界を救ったあなたに、ここに感謝の気持ちを現したいと思います」

 

「先輩やウォルバクさんを差し置いて私がこの役をしていいのかとも思いますが……こほん」

 

「まずは、ありがとうございます。あなた達のお陰で、魔王は倒され、世界は救われました」

 

「あなたには願いを一つ叶える権利があります」

 

「え? 聞いてない? そうですね、あなたは特例ですから」

 

「転生者が魔王を倒した場合のご褒美、というものに無理矢理ねじ込んだんです」

 

「ちょっぴり反則ですけど、あなたにはこのくらいの見返りがあってもいいと思うのです」

 

「勿論カズマさんも今頃願いを叶えていることでしょう。そちらは先輩の担当ですが」

 

「さあ、どうぞ。私にできることであれば、あなたの望みを何でも叶えて差し上げます」

 

「……え?」

 

「願いは……それでいいんですか?」

 

「あ、いえ、できないということではなくて」

 

「……ふふっ、あなたらしいですね。でも、とても素敵なお願いです」

 

「よかった」

 

「今、私は、心の底から『女神でいてよかった』と思っています」

 

「ありがとう、むきむきさん。私に、そう思わせてくれて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は、女神様に願いました。

 

「僕の大好きな、僕が好きになれた、この素晴らしい世界に―――祝福を」

 

 彼が願ったその日から、この世界はちょっとだけ、優しい世界になったそうです。

 

 

 




次回、エピローグ

スピンオフのプリーストの祈りを受け続けたネックレスは神聖魔法の至高の触媒になる、っていう設定をようやく表に出せました

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