「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

57 / 63
 WEB版だと吸収した全員を引き剥がされ素の状態でオークの集落に放り込まれた後、身一つでオークの集落のリーダーとなったらしいシルビアさん。タフという褒め言葉でさえ過小評価な気がしますね


4-4-3

 むきむきを正面から向かわせ、潜伏で連れためぐみんの爆裂魔法を別方向から奇襲でぶつける、というのがカズマの考えた第一手だった。

 爆裂魔法は強力すぎる。姿を隠す魔法や潜伏スキルでも、魔法発動時に発生する膨大な魔力を感知されてしまう可能性があった。

 そのため、カズマが選んだ作戦は極めてシンプル。

 

「『バインド』!」

 

 めぐみんを連れて潜伏スキル発動、シルビアの背後から無詠唱爆裂魔法を発動させる。

 無詠唱爆裂魔法の発動に要する僅かな時間を、持って来たワイヤーを使ったバインドスキルで捕縛して稼ぐ。

 潜伏・バインド・爆裂と手早く繋げる必殺コンボであった。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

「『テレポート』!」

 

「!?」

 

 それを、シルビアは紅魔族から奪った即席テレポートで回避する。

 シルビアは離れた場所まで一瞬で移動し、爆裂魔法はシルビアに当たることはなく、その向こうの巨大ダンジョンへと着弾していた。

 

「テレポート……!」

 

紅魔族(あなたたち)がアタシ達を散々苦しめてきた里近くで跳ぶテレポート!

 そいつを使って、あんたの爆裂魔法を避けてやったのよ! どう、皮肉でしょう!?」

 

 シルビアは紅魔族によほどテレポートでからかわれてきたのか、紅魔族の力を使ってめぐみんをだまくらかすという皮肉混じりの戦法で対応してきた。

 バインドで捕まっていようが、テレポートでの逃亡は可能というわけだ。

 爆裂魔法の着弾を予測していたのか、こめっこを連れて事前にさっさと逃げていたバニル。

 魔力を使い果たして倒れるめぐみん。

 めぐみんを抱えるアクアに、舌打ちするカズマ。

 

「む、無念……!」

 

 めぐみんは魔力を使い果たして力なくドテッと倒れたが、シルビアはめぐみんの流れ弾爆裂が命中したダンジョンの上半分を見て戦慄する。

 里とその周辺を飲み込むほどの巨大ダンジョン。

 その上半分が、跡形もなく消滅していた。中の水に至ってはほぼ残っていない。

 中の水ごとダンジョンという風景を抉り消す、制御された極大火力。

 

「……どっちが化け物なんだか分かりゃしないわね」

 

 大量の吸収によって大幅に強化されたシルビアのスペックと、魔法を無効化する魔術師殺しを併せても、当たれば消し飛ばされかねないのが爆裂魔法だ。

 シルビアから見て北西側にむきむき・ダクネス・ゆんゆんが居て、南東側にカズマ・アクア・めぐみんが居る。当然、シルビアはカズマ達の方を狙う。

 

「カズマカズマカズマ! やっぱこっちに来ちゃたわよ!」

 

「分かってる! 当たれ狙撃ィ!」

 

 器用度と幸運で『精度』ではなく『命中率』が上がる狙撃スキルは、条理を外れた命中過程を経ることもあるカズマのメインウェポンの一つだ。

 だがシルビアはそれをさっと避けてしまう。

 他人から奪った幸運によるものか、他人から奪ったスキルによるものか。どちらにせよ、他人から奪ったものでそれをかわしたことに変わりはない。

 

(これを、投げ返す!)

 

 されど外れた矢を、シルビアの背後でむきむきが跳びキャッチした。

 むきむきはノータイム・ノーモーションで矢をシルビアの背に投げ、殺人ダーツと化したカズマの矢がシルビアの背に刺さる。

 

「あいたぁ!?」

 

「よし! これでどうかなカズマくん!」

「ナイスフォローだむきむき!」

 

「くっ、こんなもの……!」

 

 むきむきの筋力をもってしても、スキル補正がない軽い矢ではシルビアの背中に爪先ほどの傷を残すのがやっとであった。

 だが、カズマの目的を達成するだけならそれで十分だ。カズマは悪どく笑う。

 

「刺さったな?」

 

 傷口がじわりと熱を持ち、全身に小さな気怠さが生まれ、それが徐々に拡大していく。

 自分を襲うその症状に、シルビアは覚えがあった。

 

「……!? まさか、毒……!」

 

「最近は幹部相手だと爆弾が大して効かないからな。

 爆殺のカズマから毒殺のカズマにジョブチェンジすることにした」

 

「この毒、まさかハンスの……アタシの仲間の亡骸を随分使ってくれるじゃない!」

 

 シルビアはカズマを衝動的に潰しに行こうとして、回り込んで来たむきむきに阻まれ、前衛を無視してカズマをすぐに潰すことは難しいと理解した。

 

 カズマもそう多く毒を持ち歩いているわけではない。

 だが、矢の先に塗れる程度の量は常備している。

 ハンスの毒は微量でも命を削り、シルビアといえど治療を受けなければほどなく時間経過で死に至るだろう。

 

 ここからは時間との勝負だ。

 毒に侵されたシルビアは、時間経過で加速度的に体力を奪われていく。

 幸運の女神はむきむき達の味方で、時間もむきむき達の味方をするとなれば、シルビアも余裕を捨て去り本気で彼らを狩りに行くはずだ。

 だが、この毒でシルビアが死ねば、シルビアが取り込んだ全員が道連れに死んでしまう。

 

「正気かしら? あなた達の仲間も、アタシと一緒に毒に侵されているのよ」

 

「死ぬ前に助けるよ。死んでも助ける。僕らには、頼れる水の女神様がついてるんだから」

 

 むきむきがアクアを信頼した台詞を吐いたことで、むきむきの背後のアクアのテンションが上った音がする。具体的にはわちゃわちゃ騒ぎ出した。

 "お前調子乗ると失敗するんだから落ち着け"とカズマがアクアの後頭部を叩き、この大舞台でアクアが大やらかしするという事態を未然に回避する。

 むきむきは振り返らなかったが、自分の台詞で興奮したアクアがめぐみんをうっかり落とした音まで聞こえてきたので、自分の発言をちょっとだけ後悔していた。

 

「助ける? アタシ自身でさえ分離できないこいつらを、どう助けるつもりなのかしら!」

 

 シルビアはむきむきに跳びかかった。

 今まで吸収で強化してきたステータスにホーストを上乗せしたことで、戦闘技術はともかく身体能力においてシルビアはむきむきに比肩している。

 ゆえに速い。

 ゆえに強い。

 それでいて、しっかりと触れるだけでシルビアはむきむきを取り込める。

 

 伸ばされたシルビアの手に『吸収』のスキルが発動されているであろうことを予測し、むきむきはその手を思いっきり殴り抜いた。

 

「―――『ブレイクスペル』!」

 

 油断していたシルビアの手が殴り飛ばされ、手首の骨が嫌な音を立てる。

 

「―――っ!」

 

 シルビアは激痛が走った手を反射的に引き、痛みはあるが動かす分には何もないことを確認。拳を握って臨戦態勢を整えた。

 

 先程までダンジョン最上部でカズマと話していた時に、むきむきが習得したプリーストの魔法型スキルである、『スペルブレイク』系の魔法。

 辛うじてプリーストの魔法が使えるだけのむきむきでは、この魔法を取得するのに余計なポイントもかかり、習得したところで効果も燃費も最悪だろう。

 それでようやく習得できた、アクアの魔法の下位互換・ブレイクスペル。

 発動時効果の分だけ敵スキルの効果を打ち消すというものだが、これが吸収というスキルに対し実に効果的に働いていた。

 

「よく、やるわねえ!」

 

「『ブレイクスペル』!」

 

「タイミングもシビアでしょうに!」

 

 シルビアが吸収のスキルを発動し、それがむきむきの体を取り込もうとした瞬間、スペルブレイクが発動した拳が吸収のスキルを妨害する。

 これによって、むきむきはシルビアに触れる権利を得た。

 それだけではない。次撃、彼らは更に大きな賭けに出る。

 

「アクア、今だ!」

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

「『ブレイクスペル』!」

 

 一瞬。

 刹那の一瞬。

 むきむき、カズマ、アクアの呼吸が完全に重なった一瞬だった。

 

 怠惰と暴虐の女神ウォルバクのスキル消滅の光、水の女神アクアのスキル消滅の光、その二つが少年の拳の上で混ざり合う。

 混ざった光は神聖な色合いとなり、拳と共に放たれた。

 吸収のスキルが発動した瞬間の、シルビアの呼吸と呼吸の間の隙間。そこに少年は拳を放り、シルビアの吸収スキルを無効化しながら、シルビアのスキルの向こう側へと手を伸ばす。

 

「―――!?」

 

 それは、敵が瓶の中に新しいものを吸収(いれ)ようと蓋を開けた瞬間に、開いた蓋の隙間に手を突っ込んで、瓶の中身を引っ張り出すような過程(プロセス)

 神様にお願いして貸してもらった力の光が、シルビアの内部から『人』を引きずり出した。

 引きずり出した『あるえ』を、むきむきはお姫様のように横抱きに受け止める。

 

「……これは」

 

「お待たせあるえ。大丈夫?」

 

「ああ、悪くない気分だ」

 

「なっ……!」

 

 あるえを降ろして、むきむきは前に出る。

 最初に助け出されたのが彼女とは、何の因果か。

 彼の手には、いかな理屈かシルビアに吸収された人を救い出すことが可能な光が宿されていた。

 

「吸収された人を引っ張り出す理論だけなら、僕はぶっころりーさんに見せて貰ってた」

 

 ダンジョンに飲み込まれる前、むきむきが知識として吸収したものがあった。

 

「考える時間もあった。

 学校で成績一位二位を取るような頭の良い女の子も二人居た。

 何でも見通す情報源もあった。僕らはあのダンジョンの中で、ずっと準備してたんだ」

 

 シルビアの吸収は、紅魔族がシルビアを使って人体実験を繰り返せば、吸収された人達を助けられる可能性も十分にある、スキルによる融合だ。

 だが、それでも簡単に吸収解除など出来るものではない。

 

 積み重ねだ。

 これは紅魔族の積み重ねのリレーなのだ。

 テレポートの合体事故を治療する分離技術の研究は、以前から里にもあった。

 それを応用して、少年達が里に来る前から、シルビアに吸収された仲間を取り戻そうと頭を捻っていた紅魔族が居た。ぶっころりーもそうだ。

 それをむきむきが引き継ぎ、むきむきからめぐみんとゆんゆんに引き継がれた。

 最終的に神の力によって成されたそれは仲間を助ける技として、少年の拳に形を結ぶ。

 

 シルビアの中から仲間を助け出す力は、皆のリレーが無ければ生まれもしなかっただろう。

 

紅魔族(ぼくら)を舐めるな!」

 

 紅魔族の理論、ウォルバクとアクアの力、その両方を最適なタイミングで打ち込んで初めて効果があるという、この綱渡り。

 

(こんな綱渡りのような方法でアタシの中から略奪を……いや)

 

 シルビアはむきむきの内側に、傀儡と復讐の力をその身で体現するセレスディナ、女神アクアの性質をその身で体現するアクシズ教徒に似た、神の性質を反映する信徒の性質を見た。

 

(これはもしや、略奪ではなく『暴虐』? アタシに対する暴虐?)

 

 無理矢理相手から何かを奪うのであれば、成程それは暴虐だ。

 

(暴虐に後押しされた―――『結束』)

 

 むきむき一人のブレイクスペルでは、吸収を妨害するので精一杯。

 アクアのセイクリッド・ブレイクスペルが合わさって初めて人を助け出せる。

 元々効果が継続する魔法でもないのだから、むきむきとアクアの魔法効果発動タイミングは、ほぼ同時でなければならない。

 

 むきむきが魔法を使い、カズマが魔法使用のタイミングを先読みしてアクアに指示を出し、アクアがいいタイミングで魔法を使う……そんな無茶苦茶な連携で、彼らはそれを可能としていた。

 

 むきむきがシルビアの吸収を打ち消すタイミングを見切り間違えれば。

 カズマがむきむきの思考の把握を失敗すれば。

 アクアがカズマの指示に全幅の信頼を置きその指示に従わなければ。

 このコンビネーションは、破綻する。

 その難易度は三つの意志で一つの体を滑らかに動かすに等しいものだ。

 

 気が合う三人は、さらりとそんな奇跡の連携を成功させていく。

 

「よし、よし、上手く行ってる!」

 

 あるえの次は、ゆんゆんの両親。

 眠るように気を失っている二人を、むきむきがシルビアの体内から引きずり出していた。

 少年は親友の両親、自分をゆんゆんという初めての友達と引き合わせてくれた恩人を、優しく丁寧に地に寝かせる。

 

 むきむきとシルビアは跳び回る。

 片や少年を吸収しようとする者。

 片や同族を助け出そうとする者。

 互いが互いに隙を作ろうと、素早く動き回って敵を翻弄しようとしているのだ。

 

 シルビアが吸収を発動させ、右手を伸ばす。

 

「『ブレイクスペル』!」

「アクア!」

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 むきむき・カズマ・アクアの息の合いっぷりは見事の一言であり、ダブルスペルブレイクが形成される。

 だが、シルビアの伸ばした右手は囮。『吸収』さえも囮だった。

 吸収の発動はむきむきに見切られていると理解するやいなや、シルビアは右手で吸収を発動させ囮とし、左の拳でむきむきの顔面を殴ったのである。

 

「ぐっ!?」

 

「吸収の無効化に集中してるあなたなんて、ただのでくのぼうよ!」

 

 ホースト以上の威力の拳打が、むきむきの脳を揺らす。

 吸収攻撃を囮にしての通常攻撃。吸収という事実上の即死攻撃だけは絶対に防がなけれならない彼らからすれば、されたくない攻撃だった。

 シルビアが一筋縄でいかないことを痛感した彼らだが、泣きっ面を蜂が刺すように、不利な条件は積み重なっていく。

 

(ま、魔力消費がキツい……!)

 

 むきむきの魔力が尽きてきたのだ。

 吸収をスキルで無効化しなければむきむきはあっという間に吸収されてしまう。かといって仲間を助けるためにはシルビアを攻め立てるしかない。

 すると攻防のたびにゴリゴリと魔力が削れてしまう、というわけだ。

 むきむきは魔法を覚えたせいで、PT内で二番目に魔力が尽きやすい者になりつつある。

 

 そしてとうとう後一回魔法を撃てばむきむきは動けなくなってしまう、というところまで来てしまった。

 それを察したカズマが、むきむきにマナタイトを放り投げる。

 

「むきむき受け取れ!」

 

 少年との鎬の削り合いの最中、シルビアは無詠唱で中級魔法を放つ。

 

「させないわ! 『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 風の刃の曲射であった。

 むきむきに叩き落されないよう、横方向に大きく弧を描いて放たれた風の刃は、カズマが投げたマナタイトへと迫る。

 が。

 間に割って入ったダクネスの体にぶつかり、霧散した。

 

「ふん……私を満足させる痛みには到底足りないな! それでも魔王軍幹部か! 恥を知れ!」

 

「何言ってるのこの女」

 

 動き回っているシルビア達にダクネスは追いつけず、魔法使い達もシルビア相手に有効な魔法は撃てない。

 だが、できることが全く無いわけではないのだ。

 "盾になる"という役割をダクネスが果たした結果、むきむきはキャッチしたマナタイトから魔力を補給することに成功し、今一度仲間を救うチャンスが訪れる。

 

「『ブレイク――」

「アクア!」

「『セイクリッド・ブレイク――」

 

「「 ――スペル』ッ!! 」」

 

 混ざった光がむきむきの両手に宿り、瞬時に拳の連打がシルビアを打ち据え、その内部から二人の人間を引っ張り出した。

 右手はひょいざぶろーを、左手はゆいゆいを。

 両手でめぐみんの両親を助け、むきむきは優しく地面に降ろす。

 

「家族みたいに扱ってくれたこと、とっても嬉しく思ってました。

 子供の頃からずっと感じてた『ありがとう』を、ようやくちょっとだけ形にできた気がします」

 

 むきむきとシルビアはまた跳び回っての攻防を始めた。

 気を失っているめぐみんの両親はダクネスが運び、カズマはアクアに魔法発動のタイミングを指示しながら、指示片手間に弓を引いた。

 

「狙撃!」

 

 再び放たれる毒の矢。

 振り上げられる少年の拳。

 魔法を合わせるタイミングを図る水の女神。

 三者三様の行動を、シルビアは口内で溜めていた炎を吐き出すことで切り返した。

 

 炎のブレスが矢を燃やし尽くし、むきむきの全身を焼け爛れさせ、アクアの視界からむきむきとシルビアを覆い隠す。

 むきむきは全身に火傷を負って後退し、苦悶混じりの回復魔法を自分に当てた。

 

「く……『ヒール』!」

 

「アタシの吸収ストックが尽きるのが先か、そっちが力尽きるのが先か」

 

 吸収さえ何とかできれば倒せると、そう思っていた。

 吸収された人達を助ける方法さえあれば問題はないと、そう思っていた。

 それはただの"スタート地点につく方法"であって、シルビアを倒し切るにはそこから頑張らなければならないというのに。

 

「どっちが早いかしらね?」

 

「! 『ブレイクスペル』!」

 

 吸収を無効化するも、シルビアの巨大な蛇尾による薙ぎ払いが、むきむきを叩き飛ばした。

 

「くぐぅっ……!」

 

「自分の外側の他人に力を求めるあなたじゃ!

 自分の内側の他人に力を求めるアタシには勝てないと教えてあげましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは続く。

 日の沈み始めに開始された戦いも、もはや夕日が微かにしか見えない戦いとなっていた。

 

 カズマは『誰も吸収されるなよ』と全員に念を押していた。

 例えばめぐみんが吸収されれば、シルビアの判断次第ではそこで詰んでしまう。

 今回の戦いはむきむき・アクア・カズマの三位一体と、むきむきだけがシルビアに接敵する状況を作ることで、奇跡的に拮抗する状況を作ったのだ。

 

 吸収が前衛を殺し、魔術師殺しが後衛を殺す。この構成が厄介すぎる。

 

 カズマが魔力を与えて動けるようになっためぐみんは、ゆんゆんダクネスと一緒にむきむきがシルビアから引き抜いた人達の回収に動くことしかできない。

 カズマもアクアもむきむきのサポートに集中しないといけないため、他のことをしていられる余裕がほとんどない。

 むきむきとシルビアの距離が空いた時、その僅かな時間だけが、カズマが多様なスキルを活かすことが出来る時間だった。

 

(クリエイターのスキル、っと)

 

 爆弾、毒矢、どちらも有効でないこの状況で、カズマは地に手を当て鉄球を生成する。

 彼の視線の先ではむきむきがまたフェイントにやられ、吸収を囮にシルビアの尾の強烈な一撃を食らってしまっていた。

 

「あぐっ!」

 

 シルビアは一撃食らわせ、スペルブレイクを使う間も与えず吸収を仕掛ける。

 

「ゆんゆん、頼む!」

 

「はい! 『サモン』!」

 

 カズマはゆんゆんを使ってむきむきを呼び寄せ、緊急回避を行わせた。

 

「アクア回復! むきむきこれ投げろ!」

 

「『ハイネスヒール』!」

 

「りょーかいっ!」

 

 間髪入れずむきむきを回復させ、むきむきに自分が作った鉄球を投げさせる。

 

「むきむきの筋力で投げる鉄球豪速球! デストロイヤーの足さえぶっ壊したこれならっ!」

 

 投げつけられた鉄球を、シルビアは―――頭突きで粉砕した。

 

「アタシはね、喋りでそれっぽくなく見えるけど、地味に頭固いらしいのよ。

 部下からよく

 『シルビア様頭固いから勘違いして思い込み持っちゃうこと多いですよね』

 とか言われるわ。思い込みは多いけど頭固いとまでは行かないと思うのだけれど」

 

「頭が固いの意味が違う……!」

 

 身体スペックのどこにも死角がない。

 むきむきは眉を顰めて独り言ちる。

 

「……せめてホーストはひっぺがさないと、話にならないか」

 

 むきむきはまた前に出て、猛禽のように笑むシルビアがそれを迎え撃つ。

 ハンスの毒のせいで顔色は悪くなっているのに、一向に動きが悪くなる気配はない。

 時間が味方してくれているはずなのに、シルビアは多少の毒の影響などものともしないほどに、精神が肉体を凌駕していた。

 

 

 

 

 

 闇の中、呼ぶ声がした。

 声の聞こえる方向に、光の見える方向に、ぶっころりーは手を伸ばす。

 

「靴、嬉しかったです。本当の本当に嬉しかったです。

 お兄ちゃんが居たなら、ぶっころりーさんみたいな人が良かったなって、ずっと―――」

 

 弟のように思っていた少年の想いに、青年は引き寄せられていく。

 

 闇の中、呼ぶ声がした。

 声の聞こえる方向に、光の見える方向に、そけっとは手を伸ばす。

 

「日記、嬉しかったです。里を出てからずっと書いてます。

 優しくて面倒見のいいそけっとさんのこと、実はずっとお姉ちゃんみたいに―――」

 

 姉が弟にそうするように優しく接していた少年の想いに、彼女は引き寄せられていく。

 

 目覚めた時、ぶっころりーは地面の上に直に転がされていて、その横には同様に気を失った様子のそけっとが居た。

 周囲には忙しく動き回るむきむきの仲間達と、気絶しているか呆けているかのどちらかである紅魔族の面々も見える。

 

「そけっと、そけっと、大丈夫か?」

 

「……え、ええ。ここは? 私、助かったの?」

 

「光を見たと思うんだ。俺も、君も」

 

「! なら、私達を助けてくれたのは……」

 

 むきむきとシルビアの激闘は、里の残骸とダンジョンの残骸を破壊し、吹き飛ばし、偏らせ、紅魔の里があった場所に瓦礫のジャングルを作り上げていく。

 カズマがばら撒いた毒水も戦いの過程で既に浄化されてしまった。

 そこにあるのは、人の視界を制限する瓦礫の森。

 キメラと少年は、その合間を高速で駆け互いの隙を狙い合う。

 

 時にホーストの羽で飛翔し、魔術師殺しの巨大な蛇尾で猛然と攻め立てるシルビアの様相は悪魔のそれであり、徒手空拳で悪魔に挑む少年の勇壮さはおとぎ話の勇者のそれだった。

 少年は傷つき、吹き飛ばされ、なおも立ち向かい、光纏う手で紅魔族をシルビアの内から救い出す。その光景を、紅魔族達は遠巻きに見ていた。

 

「光……」

「そうだ、光だ」

「あの光は」

 

 シルビアから解放された紅魔族達は、深い眠りから目覚めたばかりの低血圧の人間のように、イマイチしゃっきりとしていない。毒の影響もありそうだ。

 だが、誰もが少年の手に宿る光を見つめていた。

 彼らは皆闇の中で光を見て、手を伸ばして、シルビアの中から引っ張り出された。

 シルビアの内側で光に向かって手を伸ばした記憶が、彼ら全員の中にある。

 

 戦う少年の背中を見て、寂しそうに申し訳なさそうに、ぶっころりーは呟いた。

 

「……おかえりパーティとかして、帰りを迎えてやりたかったんだけどなあ」

 

 少年の帰省は暖かく迎えてやろうと考えていたのに、現実は戦いで迎えることになってしまった上、少年に助けられた形だ。

 ニートにだって恥はある。

 その恥を(すす)ごうにも、シルビアは未だ魔法無効のままであり、ぶっころりーの体は融合解除の影響で不調なままだ。

 

「『ブレイクスペル』!」

 

 シルビアが吸収を発動しつつつ全身での体当たりを仕掛ければ、むきむきは吸収を無効化しつつ鉄山靠で真っ向からそれを受け止める。

 プリーストのものとはいえ、魔法を使い里と皆を守ろうとするむきむきの姿に、何かを感じ入る紅魔族は多かった。

 

「魔法だ」

「むきむきが、魔法を使ってる」

「俺達を助けてくれたのか……」

 

 元より、紅魔族の皆はむきむきを嫌って疎外していたわけではない。

 嫌う理由が無いのに嫌うわけがないのだ。

 むきむきは異端であり異物だった。魔法が使えて当然の種族に生まれた魔法が使えない異常個体だった。おかしい存在であるがために、周囲に不定形の不安と恐怖を与えるものだった。

 それは白人の集落に突然生まれた黒人のようなもの。

 人体に侵入し抗体に攻撃される異物のようなもの。

 家族という庇護者が居なければ、環境の悪化に歯止めはかからない。

 ごく普通の精神性を持っていただけでゆんゆんがおかしい子扱いされていたことを考えれば、むきむきへの扱いは至極当然であったと言えた。

 

 それが今、変わろうとしている。

 周囲からむきむきへの"普通の応対"が、"普通ではない応対"に変わろうとしていた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 息を切らして、むきむきはシルビアの中の人達を救い続ける。

 もういくつマナタイトを使い切ったかも分からない。

 紅魔族はもう全員救い出したのに、今度はシルビアが取り込んだ美しい人間やエルフ等が出て来たせいで、後何人助ければいいのかも分からない。

 少なくともシルビアの外見になっているヴァンパイア、及びホーストを救い出せていないことだけは確実だ。

 

「今日まで健気に自分を磨いてたんでしょうね、意味もなく!

 そんな費やした労力と得られる物が相応じゃない努力に価値なんてあるのかしら!?」

 

 シルビアが小馬鹿にした叫びを叩きつける。

 同時に、吸収をフェイントに入れ尾の一撃を叩きつけた。

 シルビアはむきむきの理解者である。彼女が共感した過去のむきむきが、過去にその境遇から努力と自分を鍛えることに走った時の心の動きも、彼女はよく理解していた。

 

「他人に憧れたことがないなんて言わせないわよ?

 アタシ達はそういうものだもの。

 でもね、その背中を追いかけて努力するより、その憧れた人を吸収する方がよっぽど楽」

 

 シルビアが一撃入れて、むきむきが一発殴る。

 キメラの一撃は少年の命を削り、少年の一撃はシルビアの中から人を救い出す。

 そんな攻防の繰り返し。

 『ないものねだり』で始まって、周囲の者達に尊敬や憧れを抱いてきた二人は、跳び回りながら互いに打撃で殴り合う。

 

「他人に憧れ進化するのは同じでも、あなたはアタシよりずっと非効率だわ!」

 

 またしても吸収のフェイントと、そこから来るパンチが繰り出される。

 だがむきむきは静かで無駄の無い動きでその両方をかわして、ウォルバクとアクアの力を込めた拳で、シルビアの顔面を殴り抜いた。

 また一人、エルフが排出される。

 

「それじゃ僕らは何も変わらない。

 憧れの人と同じ力を得ただけだ。

 憧れに近づくことも、その隣を歩くことも、できない」

 

「―――」

 

 誰かに憧れ、自分を高めたなら、その後を追うことが出来る。隣を歩くことも出来る。運と努力次第で追い越すこともできるだろう。

 だが憧れた者を取り込む怪物に、そんな未来が訪れることは無い。

 

「意味がない努力はあっても、価値のない努力は無いと僕は思う。

 でも……努力しないことで、無価値になってしまうものはあると思うよ」

 

「……!」

 

 自分自身を変えるため、自分の世界を広げたむきむき。

 自分が変えられなくて、自分の上に他人を貼り付けるシルビア。

 『強くなる』、ただそれだけを目的とするならば、どちらも間違ってはいない。

 されどもシルビアは、共感してしまうほどに自分を重ねていたむきむきの言葉を、適当に聞き流すことができなかった。

 

「今の自分が嫌で。

 欲しい力は手に入らなくて。

 なりたい自分にはなれなくて。

 皆と同じになることができなくて

 そんな風に思う子供の頃があったとしても……」

 

 『奪う者』にならなかったむきむきは、それが見当違いの代償行為だと分かっていても、シルビアには『ありえた自分』に見える。

 

「……自分を好きになるには、変わっていかなくちゃいけなかった。進む先が、手探りでも」

 

 冒険と出会いが、少年を成長させた。

 

「だから僕はもう、自分が嫌いじゃない。

 普通の魔法が使えない自分に絶望してない。

 紅魔族の皆に同族とみなされなくてもそれでいい。

 それはとても辛くて悲しいことだけど……里の外に出て、僕の世界は広がったんだ」

 

 悲しい過去は悲しい過去だ。

 それはもう過去のこと。

 過去を断ち切る強さは、少年にはあってシルビアにはないものだった。

 

「他人を自分の物にしなくても、僕には色んな人から貰ったものが沢山あった」

 

 奪う者シルビア。

 貰う者むきむき。

 奪った物は返さないのが当然で、善意を貰えば善意を返すのが当然だ。

 二人はそうやって生きてきた。

 

「他人から奪った物より、他人から貰った物の方がずっと嬉しいと思うよ、シルビア」

 

「……知ってるわよ、そんなことは」

 

 会話の中でも二人の攻防は絶え間なく続き、むきむきはシルビアの中からようやくヴァンパイアを引き抜くことに成功し、シルビアはようやく気付かれないよう『それ』を拾うことに成功していた。

 

「ただね、アタシはそんなもの貰えるだなんて、生まれてこの方期待したことさえないわ!」

 

 吸収込みのフェイント。

 フェイントを見切り吸収された仲間を助けようとするむきむき。

 シルビアはその読み合いで僅かに上を行き、吸収を無効化したむきむきのガードの腕に、拾った毒矢の矢先を力任せにぶっ刺した。

 

「っ、カズマくんの毒矢……!」

 

「アタシより深く刺したから、アタシより多く毒が入ったでしょう?」

 

 むきむきの疲弊が始まった肉体に、ハンスの猛毒が流れ込む。

 シルビアの方が毒を食らったのは早かったが、毒の量はむきむきの方が多かった。

 慌ててアクアが杖を構える。

 

「待ってなさいむきむき! 今毒を解除するわ! 『セイクリッド――」

 

「『マジックキャンセラ』! シルビア様の邪魔をするな!」

 

 だがそれを、シルビアの指示で隠れていた部下達が邪魔をした。

 

「ぎゃー! ぐぎゃーっ! カズマ敵! 敵よ背後から!」

 

「お前女が上げちゃいけない悲鳴出してるぞ!?

 大丈夫だ、なんかうろちょろしてるってのは敵感知で分かってた!

 ダクネス! ゆんゆん! 悪いが頼む! もう二人しか動けそうなの居ねえ!」

 

「分かった、任せろ」

「は、はい!」

 

 シルビアから排出された者達は実はちょっとハンスの毒の影響もあったりしたため、実質病み上がり。戦闘に参加させるには不安がある。

 カズマアクアは動かせない。めぐみんは爆裂魔法を撃った後。

 となるとダクネスとゆんゆんで対応させるしかない。

 シルビアの部下への対応にカズマが追われている内に、シルビアはむきむきに急接近し、吸収攻撃と打撃攻撃に拾った毒矢での刺突も織り交ぜていた。

 

(あいつ面倒臭いというか、しぶといというか、泥臭いな……)

 

 シルビアは、能力を攻略すれば倒せるという敵ではない。

 むしろ能力を攻略して追い詰めてからが長い。

 死が近くなればなるほどに、シルビアはなりふり構わない見苦しい強さを発揮していた。

 

 追い詰められてからが長い、醜く食い下がる人種というものは存在する。

 これは『諦めが悪い』といった長所とは別で、『潔い』という長所の対極だ。

 醜く食らいつく。

 醜く粘り出す。

 むきむきに毒矢での傷が付き、アクアが解毒の魔法を放っても、むきむきの体内にまたすぐハンスの毒が刺し入れられてしまう。

 

 一時でもむきむきを倒せれば、むきむきを吸収してアクアとカズマを仕留められる。

 体内に回ったハンスの毒がいい加減危険域に入って来たシルビアは、焦りからかむきむきに対しこれまでにない猛攻を仕掛けてきた。

 

「あなたが貰ったものも全部、あなたごとアタシが吸収してあげるわ!」

 

「僕が貰ってるこの『信頼』、絶対に渡さない!」

 

 何度目かも分からない衝突。

 むきむきの双纏手がシルビアの腹部に命中し、複合スペルブレイクが発動する。

 右手が気絶したホーストを、左手が魔術師殺しを、それぞれ引き抜いていた。

 

(! よし、大当たりだ!)

 

 これでシルビアの強さの根幹は引き抜いた、これで―――と、少年が思った瞬間。

 

「させないってんのよ!」

 

 シルビアが反射的に魔術師殺しに飛びついてきて、それを再吸収してしまう。

 なりふり構わない、獣じみた動きによる再吸収であった。

 先程まで下半身に融合し蛇のようになっていた魔術師殺しは、強引な吸収で下半身ではなく右腕と同化してしまっている。

 むきむきにできたことといえば、吸収に巻き込まれないよう、すぐさま魔術師殺しを手放したことくらいであった。

 

「まだここじゃ終わらないわ。まだここじゃ終われない」

 

(粘り強い……!)

 

「アタシはまだ満足してないのよ。

 満足するほど取り込んでない。美しくなっていない。強くなっていない。

 十分に魔王様に貢献もしていなければ、目の前のあなたを取り込んでもいないのだからぁ!」

 

 排出されたホーストは長時間体内に居たためか、毒の影響で気絶していながらも調子が悪そうで戦力には数え難い。

 魔術師殺しを再吸収したシルビアは瓦礫の陰へと走り、むきむきがそれを追っていった。

 

「……?」

 

 周囲には瓦礫。

 里の建物とダンジョンの残骸がゴロゴロと転がっているのが見える。

 なのに、シルビアの姿は見えない。むきむきはハッとした。

 

「せ……潜伏スキル!?」

 

「アタシは盗賊職よ。ポイントがあれば……戦いの中だって習得できるわ」

 

 瓦礫で出来たジャングルは、シルビアが姿を隠すにはうってつけだ。

 シルビアが突然飛び出し、むきむきを吸収せんと飛びかかってきて、少年は危ういところでそれを跳躍回避する。

 

「っ!」

 

 冷や汗が垂れる。

 ホーストを失い、正攻法で戦えなくなるやいなやすぐこれだ。

 元々が泥に塗れた弱者であるシルビアは、とにかく終わりそうになってからが長かった。

 有効打を与えてからが長い。

 毒を食らわせてからが長い。

 しぶといのだ、要するに。

 

 おそらく取り込んだ者達を引き剥がされた時に、毒も一緒に排出していたのだろう。

 排出量が微量でも、シルビアは排出した分だけ延命される。

 死にそうになれば巨大で醜いムカデとの融合さえ躊躇わないであろうその見苦しい足掻きは、もはや固有の強さの域に達していた。

 そこに潜伏からの吸収という手段を取ってくるのであれば、もう手がつけられない。

 

 このしぶとさをこれ以上発揮させないためには―――特大の、一撃必殺が要される。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 見通す悪魔は、めぐみんにマナタイトを売りつけるこの商機も見逃さなかった。

 

「一個二千万エリスである」

 

「商魂たくましいですねこんな時まで!」

 

「惚れた男のためであろう。それとも貴様の惚れた男は、二千万以下の価値しか無いのか?」

 

「……っ! 後で金払いますから、一つください!」

 

「毎度あり!」

 

 惚れた男を引き合いに出されては、財布の紐が堅いめぐみんと言えど出さざるをえない。

 二千万エリスをぽんと出す娘に、めぐみんの両親はいたく感動したようだ。

 

「めぐみん、こんなにリッチ……じゃなかった、立派になって……」

 

「仕送りから薄々察していたが、お金持ちになれたんだな……!」

 

「お母さん、お父さん、金に目が眩んでますよ」

 

 最高品質マナタイトが、めぐみんに爆裂魔法を一発撃つだけの魔力を与えてくれる。

 

「カズマ、アクア、むきむきを守るのを続けてあげてください。こっちで一発かまします」

 

「任せた!」

「頼んだわよ、めぐみん!」

 

 忙しいカズマとアクアに一声だけかけて、めぐみんはやっと体調が戻って来た様子の紅魔族達の前に立つ。

 

「もしも、むきむきを見直したという人が居るのなら。

 むきむきに対する態度を改めるという人が居るのなら。

 彼の窮地だからというだけで、むきむきを助けようとする人が居るのなら。来て下さい」

 

 めぐみんが背を向け、歩き出す。

 迷わずその後に続く者が居た。少し考えてからその後に続く者が居た。迷ったがその後に続く者が居た。最終的に、紅魔族の全員がめぐみんの後に続く形となる。

 やがて、シルビアの部下を追っていたゆんゆんとダクネスも戻って来た。

 シルビアの部下は士気と能力が極めて高かったらしく、ゆんゆんとダクネスのコンビでもどうやら仕留められなかった様子。ゆんゆんはめぐみんの隣でしょんぼりしていた。

 

「倒せなかった、逃げられちゃった……」

 

「ゆんゆん、戻ってきて早々すみませんが、魔力は残ってますか?」

 

「? 空間転移魔法なら一回分、攻撃魔法なら数回分かな」

 

「結構。最高のタイミングで、むきむきを呼び戻して下さい」

 

 紅魔族全員を従えるように、めぐみんが杖を構える。ローブをひるがえす。格好つける。

 

「我が魔法の名が最強である所以を、奴に思い知らせてやります!」

 

 そして紅魔族の皆も、杖か掌を前へと向けた。

 

「皆もここに、紅魔族の魔法が最強である所以を、奴に思い知らせてやりましょう!」

 

 最強を名乗るのならば、ここに証を打ち立てるべし。

 

「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう!

 覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理! 無形の歪みとなりて現出せよ!」

 

 全員が自分の持つ最強の魔法の詠唱を始める。

 めぐみんの詠唱は特に長く、特によく通る声をしていて、遠く離れたシルビアにさえ、漏れ出す魔力だけで命の危機を実感させた。

 

「あんなの、受けるわけには……!」

 

 逃げようとするシルビア。

 

「逃がさない!」

 

 その逃亡を妨害するむきむき。

 

「『サモン』!」

 

 やがて全員の魔法発動準備が終わり、ゆんゆんが魔法発動直前に、むきむきを引き寄せる。

 

「―――『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 かくして、三人の連携で爆裂魔法はシルビアに着弾。

 シルビアは爆裂魔法をガードに動かした魔術師殺しで受け止める。

 そして一拍遅れて、紅魔族全員による一斉魔法攻撃の奔流が、シルビアを飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆裂魔法含む、紅魔族ほぼ全員による魔法一斉掃射。

 『むきむきを助けるため』という名目で集めたのに、全員が参加してくれたという凄まじい一斉攻撃。それは魔術師殺しさえも凌駕する異常な一撃と化していた。

 

 爆裂魔法が魔術師殺しにヒビを入れ、その向こうまでダメージを通した。

 続く紅魔族の皆の魔法が、ヒビの入った魔術師殺しを粉砕した。

 結果、シルビアは取り込んだ悪魔達の命と肉体のパーツのほとんどを使い切ってしまい、息も絶え絶えに泥中にて横たわる。

 

「くっ……うっ……」

 

 体の重要器官を失っても、シルビアは死なない。

 厳密に言えば死にはするのだが、取り込んだ者の肉体を切り替えることで再生し、少しばかりの延命をすることができるのだ。

 今まさに、シルビアはそういう状態になっている。

 悪魔以外の吸収ストックはむきむきに全て奪われ、命は尽きかけ、魔術師殺しと融合した右腕はもげたまま再生する様子さえ見せない。

 

 女性の吸収ストックがなくなったため、容姿も鬼族の男に戻ってしまっている。

 ステータスも下級悪魔以下、スキルも吸収系以外はほぼ全損失。

 シルビア本人が"情けなく、惨めで、みすぼらしい、見るに堪えない"と自己評価するシルビア本来の姿と強さが、そこにあった。

 

「シルビア様!」

 

「……! ここ、で……見つけられるなんてね……」

 

 今にも死にそうなシルビアを、そこでダクネスとゆんゆんから必死に逃げて来た部下達が見つける。

 ゆんゆん達から逃げ切れるだけの能力を持った部下達だ。

 おそらくシルビアを探すためのスキルも持っていたのだろう。

 

「シルビア様、今回復魔法を」

 

「要らないわ。あなた達のスキルレベルじゃ、手遅れよ」

 

「……!」

 

「それより、早く逃げなさい。魔王様には、申し訳ありませんと伝えて……」

 

「……いえ、まだ終わっていません。まだ手はあります」

 

「どう、いう、ことかしら……?」

 

 一人の部下が、他の八人の部下を見る。全員が頷く。

 シルビア配下の彼らの心は、一つであった。

 

「我々を吸収してください。今ここに揃った全員を吸収すれば、ギリギリで助かるはずです」

 

「……!?」

 

「そうすれば後一度だけチャンスが生まれるはずです。

 このままここから逃げようとしても逃げ切れない。

 シルビア様、どうか因縁のあの少年を打ち倒し、吸収することで生き延びる力を得て下さい」

 

 彼らはここで、シルビアのために死ぬことを決めたのだ。

 

「何をバカなことを。そんなことをすれば、あなた達が……」

 

「シルビア様は何度も、紅魔族の魔法から我々を守って下さいました。

 我々の命は吸収するまでもなく、とっくの昔にシルビア様のものですよ」

 

「―――!」

 

「どうかこの命をお使い下さい。

 我らはただ、我らを守ってくれたシルビア様の心に、応えたいだけなのです」

 

 シルビアの胸に、激しく大きな感情が渦巻く。

 そうしてシルビアは、生まれて初めて、『奪わず』に誰かをその身に取り込んだ。

 

 

 

 

 

 一方その頃、紅魔族達はほぼ全ての魔力を使い切っていた。

 紅魔族達は各々の最強魔法に全魔力を注ぎ込んで放っており、ゆんゆんでさえ最後の召喚魔法で魔力を使い切ってしまっていたのだ。

 

「ふぅー、私の魔力も全部使い切っちゃった……」

 

 ゆんゆんの傍らに召喚されたむきむきが、くてっと倒れるゆんゆんを受け止める。

 めぐみんもくてっと倒れてきたので、そちらも受け止める。

 二人揃って魔力切れなど珍しい。むきむきは取り落とさないよう、二人を優しく抱きとめた。

 

「お疲れ様、二人共」

 

 ぎゅっと、二人が少年の服を掴む力が増す。

 そこから何か会話が始まりそうな気配があったが、その空気は断ち切られてしまった。

 

「いいご身分ねえ、むきむき君?」

 

「……!」

 

「まだ終わりじゃないわ。少なくとも、アタシにとってはね」

 

 シルビアが、また現れた。

 カズマに至っては「てめえ奈落かよ」と呟き辟易した表情を浮かべている。

 取り込んだ部下の関係か、シルビアの外見に女性らしさは微塵も見られない。

 どこまでも男らしく、それでいて所々に獣系モンスターの名残が見て取れた。

 体だけを見れば過去最弱の形態のシルビアであり、心だけを見れば過去最強の形態のシルビアであった。

 

 シルビアの接近を見て、めぐみんはむきむきの胸板に拳を当てる。

 

「信じてます」

 

 そう一言だけ言って、めぐみんは寄りかかるのをやめ、自主的に男らしく地面に倒れた。

 シルビアの接近を見て、ゆんゆんはむきむきの胸板に拳を当てる。

 

「頼りにしてる」

 

 そう一言だけ言って、ゆんゆんは寄りかかるのをやめ、自主的に男らしく地面に倒れた。

 

「うん」

 

 二人の言葉に応え、むきむきはシルビアと対峙する。

 背中に多くの視線を感じた。

 自分に向けられる視線の中に、確かな信頼がいくつもあるという確信があった。

 

(信じてくれる人が居ると、その人の想いに応えたいって自然に思う)

 

 受け取った想いを拳に握る。

 

(あの二人の心に、応えたい)

 

 背中に背負ったものの重さが、どこか心地良く感じられた。

 

 

 

 

 

 シルビアは相対するむきむきを見る。

 その後方で、むきむきを遠巻きに見守っている紅魔族達を見る。

 『彼は成したのだ』とシルビアは理解し、擦り切れた嫉妬と羨望の残滓を顔に浮かべた。

 

「入れて欲しかった仲間の輪に、入れてもらえるようになったみたいね」

 

「……シルビア、お前も僕と同じだったのか?」

 

「そうよ」

 

 むきむきもまた、この戦いを通して、少しばかりシルビアという個人を理解していた。

 

「そうよ、悪い? アタシだってそうよ。

 アタシも、昔見たあの輪の中に入りたかっただけよ」

 

 少年は紅魔族の輪の中に。シルビアは鬼族の輪の中に。

 入りたいと願い、入れなかった幼少期があった。

 シルビアは変われず、むきむきは変わり、叶えられた願いがあった。

 

「でもね、アタシはあなたみたいにはなれないわ」

 

 むきむきとシルビアは、同じにはなれない。真似もできない。

 

「あなたは手を繋ぐことで、アタシは人を吸収することで、ようやく他者と『一緒』になれる」

 

 心を一つにして戦うか。

 体を一つにして戦うか。

 二人は対極である。

 

「これ以外の道なんて、どこにもなかったわ。さあ、決着をつけましょう」

 

「シルビア……」

 

「アタシもあなたも、もう()()()()()()()()()()()のだから!」

 

「……ああ!」

 

 同族を取り返し、仲間の想いを受けて、己が身一つで走るむきむき。

 取り込んでいた同族は全て消え、信頼できる部下と融合し、混ざった体で走るシルビア。

 

「―――」

 

 仲間を誰も死なせないむきむきの在り方。

 自ら進んで犠牲となってくれた部下の命を使い潰しながら、勝利へと向かうシルビアの在り方。

 二つは正反対であるように見えて、『仲間の命を最大限に尊重する』という意味で同類である。

 『仲間のためにも勝とうとする』という意味で同一である。

 負けられないという想いの強さだけなら、二人は同格である。

 

「―――っ!」

「―――ッ!」

 

 吸収が発動したシルビアの手が、少年に伸び。

 

「『ブレイクスペル』!」

 

 少年の右手が、その手をスキルごと弾き。

 

「ゴッドブローッ!」

 

 ほぼ同時に放たれた左のアッパーが、シルビアの顎をかち上げた。

 

(アタシの星)

 

 アッパーを食らった顔は自然と夜空の方を向き、星を見上げる。

 星に手を伸ばしたのに届かなかった、そんな気持ちがあった。

 魔王、むきむき、魔王軍の仲間、子供の頃に仲間に入れて欲しかった鬼族の友達グループの姿が、シルビアの頭の中をぐるぐると回る。

 

 シルビアには欲しかったものがあった。届かないものがあった。手に入らないものがあった。

 けれど、欲しいと思ったものとは違っても、それを得られて嬉しいと思ったものがあった。

 最後に部下と交わした言葉が、シルビアの心を満足させていた。

 心が満足してしまったから、シルビアの見苦しく足掻く強さは消え失せてしまっていた。

 幹部シルビアは、ここで終わる。

 

「さあ、見上げた輝き、憧れた煌めき、届かぬ光よ。

 どうか決着を。アタシの終わりを、このアタシに分不相応なほど、美しく」

 

「うん」

 

「が……羨ましいし妬ましいから、お前苦しんで死にやがれ、って願っておくぜ」

 

 最後の最後に、取り繕った女性口調を捨て去って、シルビアは男口調での本音を語る。

 少年は無言で埋葬の華を捧げるように、最後のスキルを叩き込む。

 

 

 

「―――ゴッドレクイエム」

 

 

 

 鎮魂歌(レクイエム)を覚えていて本当に良かったと、少年は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔の里の滅びは、むきむきとその仲間達によって回避された。

 一時は紅魔族のほとんどがシルビアに吸収されていたため、そこから助け出してくれた彼らは紅魔族の恩人である。中二的に言えば、里の英雄だ。

 

「むきむき」

 

「はい」

 

 ゆんゆんの父が皆の先頭に立ち、族長として少年に片手を差し出す。

 握手を求める所作だった。

 

 それは初めからずっとむきむきを受け入れてくれた彼が、改めて里の代表としてむきむきを受け入れることで、里の皆がむきむきを受け入れたということを示す、象徴的な行動だった。

 この手を取れば、むきむきは里に受け入れられる。

 ならば、迷うはずもない。

 

「里を救ってくれて、ありがとう」

 

「感謝される理由がないです。ここは、僕の故郷なんですから」

 

「ああ、そうだったな……すまなかった」

 

「謝られる理由がないです。ここは、僕の愛する故郷なんですから」

 

 その手を取って、むきむきは里に受け入れられた。

 

「ところで」

 

 と、そこで終わっていれば綺麗だったのだが。

 族長の眼球がぎょろりと動き、ゆんゆんむきむきめぐみんの間で視線が行ったり来たりする。

 

「君、私の娘とはどういう関係かね?」

 

「……ただの友達です」

 

「ころしゅ」

 

「何故!?」

 

「お前達の今の関係と状況を察せないとでも思ったかこの二股童貞ビッチが!」

 

「ちょっとお父さん! むきむきに酷いこと言わないで!」

 

 またまた騒動が引き起こされて、紅魔族達が大騒ぎして。

 その輪の中に自然に混ぜてもらえている今を、少年は心底嬉しく思う。

 そんな少年の満面の笑みを、仲間達は微笑みながら見守っていた。

 

 

 




 結界担当幹部残り三人(内一人ウィズ)。DT戦隊生存者残り一人、アンデッド一人
 四章終了。次回から最終章、最終エピソード開始、そしてエンディングです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。