「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 シルビアの魔法抵抗力を知った上で、紅魔族が撃った魔法からシルビアを守るため、命を投げ捨てて盾になろうとする部下が居るくらいには、シルビアは部下に好かれてる人です


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 めぐみんもゆんゆんも、この薄暗いダンジョンと孤独に年相応の恐怖を感じつつも、ダンジョンの中を一人徘徊していた。

 怖い。と、心が言う。

 でも動かなければ始まらない。と、頭が言う。

 むきむきは穏やかでおどおどしがちな性格のため、この二人の方が男らしく見える時もあるが、闇に対して恐怖を抱かないタイプの心の強さを見るならば、むきむきの方がずっと強い。

 

 ゆんゆんは壁に右手をついて、めぐみんは壁に左手をついて薄闇の中を進んで行き、ある曲がり角でぶつかるようにして互いの姿を認識した。

 

「あ」

「あ」

 

「めぐみん! 無事だったのね!」

「ゆんゆん! 無事だったんですね!」

 

 二人は友人だ。

 だから互いに"もしかしてやられているんじゃないか"と心配していた。

 二人は戦友だ。

 だから互いに"自分より先にはやられていないはず"と信頼していた。

 二人は恋敵だ。

 だからこの機会に自分の方がリードできるチャンスが来れば、と思わなくもなかった。

 二人は同じ人を好きになった。

 だから、こんなところで二人の内片方が"居なくなる"ことなど許せない。

 正々堂々ぶつかって、ちゃんと勝って終わらせたいと思っている。

 

「あの音、ゆんゆんも聞きましたよね?」

 

「……蛇の這いずる音みたいなの?」

 

「ええ。あれが聞こえたらむきむきを呼びましょう。それまでは控えるということで」

 

「うん」

 

 むきむきはゆんゆんが居ればいつでも喚べる。

 むきむきが既に誰かと合流しているなら、召喚魔法を使わず合流するのが望ましい。

 二人は理性的に考え、頼りになる幼馴染を呼び寄せない選択をした。

 未だ心細くはあるが、隣に居るライバルのお陰で、薄闇の中を進んでいく勇気が持てる。

 "ライバルに情けない姿を見せてたまるか"という意識は、誰の中にも大なり小なりあるものだ。

 

「この暗さ、なんとなくむきむきと初めて会った時のことを思い出しますね」

 

「そうなの?」

 

「可愛くて動かないから人形だと思った、とか言われましたよ」

 

「……」

 

「あれは本当に人形みたいだと思ってたんでしょうねー、まったく」

 

 昔、めぐみんにとってその記憶は憧れの気持ちを生むものだった。

 今は、『可愛い』という評価を内包する、懐かしくも嬉しい想い出である。

 

「私はめぐみんがデュラハンにやられた時の夜を思い出すかな」

 

「ほほう」

 

「むきむきはめぐみんのためにもう必死になって戦って。

 でもめぐみんは助けられたけど悔しい結果に終わって。

 今まで隠してた自分の弱さを全部吐き出しちゃうくらい、大泣きしてた。

 ……あの夜に泣きつかれるまで、私はむきむきがあんなに悩んでるって知らなかったんだ」

 

「……」

 

「感づいてはいたんだけど、あんなに悩みが深いとは思わなかった」

 

 あの時からゆんゆんは明確に力を求め始めた。戦いの中でむきむきを守ろうとする意識を強く持つようになっていた。

 あれはむきむきが自分の弱さを全て見せてくれた、ゆんゆんの大切な想い出だ。

 

「めぐみん、私が知らないむきむきのことをもっと知ってるんだよね?」

 

「そう言うゆんゆんも、私が見たことのない彼のことを知ってたりするんでしょう?」

 

「……」

「……」

 

「私に自慢する?」

「私に自慢しますか?」

 

 自慢されることは嫌で、けれど彼のことはもっと知りたい。

 『彼のこと』で自分が知らなくて他人が知っていることがあるのが、なんだか悔しい。

 もっと彼のことを知り、彼を理解したい。

 そういう気持ちから、二人は互いの想い出を聞き出したり、自慢したりといったことを始めた。

 

 『自分と彼だけの想い出』を相手に自慢する。

 相手が悔しそうにする様子を見て、ちょっとばかり優越感に浸る。

 逆に想い出自慢をされて悔しい気持ちにもなる。

 そして『自分と彼だけが知っていること』が『三人が知っていること』に変わっていく。

 自分だけの特別が薄まっていく。

 対抗心から、自慢話という形で想い出を次から次へと語っていく二人。

 秘密にしておけばいいものを、控えめに言ってバカの所業であった。

 

 話をしながらも油断なく道を進み、二人分の視界で死角は生まない。

 会話が途切れればその瞬間に隣の人間が消えたという証明にもなるので、そういう点でも安全性の確保に一役買っていた。

 

「夜中と言えば山の中で野宿した時の一撃熊鍋とか美味しかったですよね」

 

「あー、私達三人だけだった時の……

 そういえばもう三人だけで旅をすることもなくなって、ちょっと寂しいかも」

 

「人が増えてるのに寂しさを感じるというのも変な話ですが、同感です」

 

「あの頃はあの頃で楽しかったもんね」

 

 二人には昔からの付き合いがある。

 昔から付き合いがあるということは、恋愛エピソードの自慢が、そのまま三人で過ごした想い出の想起に繋がるということだ。

 

「あの時の一撃熊鍋はめぐみんが調理したんだっけ」

 

「あの時の面子の中では私が一番料理上手かったからそうなったんですよね」

 

「……わ、私も料理の腕は磨いてるから……」

 

「私ゆんゆんの知らないところで『いいお嫁さんになる』ってむきむきに言われてましたよ。

 ゆんゆんの目の前でも『めぐみんの嫁力はゆんゆんに生涯無敗』って言われてましたけどね」

 

「! くぅっ……!」

 

「いぇーい、今どんな気持ちですかー?」

 

「今が緊急事態じゃなければ右ストレート放ってたわ、絶対に」

 

「このピースサインは勝利のVサインです」

 

「今が緊急事態じゃなければ上級魔法放ってたわ、絶対に……!」

 

 ゆんゆんから弁当を巻き上げるときでなくても、恋愛絡みの問題が無かったとしても、めぐみんは時々意味もなくゆんゆんを煽っていく。

 昔から二人はずっとこんなんなのだ。

 恋敵になろうとも、ドロっとした修羅場ではなく、紅魔族らしい修羅場になる。

 憎みはしないが殴りはする、そういうノリだ。

 

「カズマには盗聴スキルがあります。

 鼓膜保護のため常時使ってはいませんが、こうして大声でない程度に会話しておけば……」

 

「うん、そろそろだと思う」

 

 めぐみんやゆんゆんが、他の人がやられた直後に走って逃げ切れたという時点で、シルビアにはこの状況で脅威になるレベルの探知スキルは無いという推測が立てられる。

 それはこの二人の共通認識だ。

 会話の声程度では、余程近付かれでもしない限りシルビアに見つかることはない。

 が、カズマは遠くからでもこの二人の会話を拾うことができる。

 

「お、二人発見」

 

「ほら来てくれました」

 

 凡夫であればこの状況、敵に見つからないよう黙り込んで静かにする。

 が、ある程度頭が良ければ大きすぎない声を出し続けることを選ぶ。

 何故なら、その方が早くカズマ達と合流できるからだ。

 

 

 

 

 

 めぐみんゆんゆんに、カズマアクアダクネスが合流。

 合流直後に何やら憤慨しているこめっこも拾い、これで六人。

 カズマはすぐにむきむきを召喚することを提案した。

 むきむきに同行者が居た場合そちらが孤立する、と二人は主張したが、カズマは二人のその主張を否定する。

 

「もう俺達とシルビア以外に動いてる奴は居ねえよ」

 

 その言葉の意味が分からない二人ではない。

 むきむきの召喚が行われ、ようやくいつもの六人チームが結成された。

 こめっこを守りつつ、まずはどう動くべきか?

 チームリーダーのカズマへ皆の視線が集まる。

 

「じゃあ全員手を繋いでくれ。壁から離れないように、潜伏発動しながら移動するぞ」

 

 こめっことめぐみんが手を繋ぎ、めぐみんとむきむき、むきむきとゆんゆんが手を繋ぐ。

 ゆんゆんとアクア、アクアとカズマ、カズマとダクネスが手を繋ぐ。

 カズマは"むきむきに変なことしないだろうな左右のあいつら……"とか考えているせいで、自分と手を繋いだ時のダクネスの顔が赤かったことに気付いてもいない。

 そのくせ、アクアとカズマが手を繋ぐ時は、熟練夫婦のようなスムーズさがあった。

 

「何度も言うけど、壁から離れるなよ」

 

 カズマが潜伏を発動し、壁沿いをゆっくり動いていけば、時々足を止めるだけでシルビアの感知網にはまるで引っかからない。

 一行はカズマの指示で、上の階へと繋がる道を手探りで探し、ゆっくり時間をかけて進む。

 

「あっさりいくね。もっと苦戦するか、一回は見つかると思ったんだけど」

 

 拍子抜けするくらいにシルビアに見つからない。不思議そうにしているむきむきに、カズマは身も蓋もない答えを返した。

 

「そりゃ簡単な話だ。紅魔族に潜伏スキル持ちなんて居ないだろ」

 

「あ、確かに」

 

 『対策』というものは対策を立てた対象以外には無力であることがままあり、一人一職業という獲得スキルにかかる縛りが、『臨機応変』に制限をかける。

 紅魔族という強敵集団を仕留めるための対策では、カズマ達は嵌め殺せない。

 ダンジョン作成という小細工に走ったシルビアだが、小細工勝負であれば小賢しいカズマに軍配が上がるのだ。

 

「よし、ここが一番上の階だな」

 

 えげつない能力が相手なら、えげつない手で対抗すべきである。

 

 

 

 

 

 カズマがまずしたことは、内部に人間を閉じ込める構造――出口も窓もほぼ無い構造――になっているこのダンジョンの階下に、大量の水を流し込むことだった。

 

「よし出せそれ出せ頑張れアクア!

 今のお前は水道の蛇口より人に頼りにされる存在になってるぞ!」

 

「ふふっ、そんなに褒めても……ん? ちょっと待って、それ褒めてるの?」

 

 蛇口より頼りになる女、アクア。蛇口より被害が少ない女とは言ってない。

 

「迷ったら水攻めに走るカズマくん、嫌いじゃないよ」

 

「これでシルビアは外に出るか、上に上がってくるしかないわけだ」

 

 人が出て行く穴がほぼないために、水が出て行く穴もないのがこのダンジョンだ。

 水は一方的に溜まっていき、シルビアが行き来するための通常通路と隠し通路の経路にも流れ込むため、階下にある全ての空間は水で満ちるだろう。

 何もしなければシルビアは溺れ死ぬ。

 魔法無効化だろうが、吸収能力があろうが、問答無用で溺れ死ぬ。

 

 常識的な思考であるならば、シルビアが取る妥当な手段は、外に逃げるか、カズマ達が居る高さまで上がって来るかのどちらかだろうか。

 

「上に上がってきたら俺の敵感知で分かる。

 そうしたらゆんゆんの魔法で壁の一部を壊して射線空けて爆裂魔法撃てばいい。

 魔力爆発そのものはダンジョンの壁がある程度緩衝材になるから問題無い……と思う。

 ただの瓦礫が沢山飛んで来るだけならむきむきが全部弾けるよな? 信用してるぞ」

 

「獣を罠の場所まで追い込んで仕留める狩人みたいなこと考えてるね、カズマくん」

 

「シルビアが外に出たら俺達もゆっくり外に出ればいい。

 外で戦うならとりあえず敵に地の利はつかないだろ。外で遠慮なく爆裂魔法を当てりゃいい」

 

「やっぱり理想的な有効打は爆裂魔法?」

 

「触れるのがアウトなら、魔法無効さえ無視しそうな『最強』に賭けるのが一番だろ」

 

 ダンジョン内戦闘では基本的に爆裂魔法は使えない。

 このダンジョンは紅魔族対策特化、つまりめぐみんのような爆裂魔法特化個体紅魔族の存在も想定して作られた密閉空間。存在そのものが爆裂魔法対策なのだ。

 爆裂魔法を使うなら、ターゲットにはできれば外に出ていて欲しいところ。

 周囲の視線が、自然とめぐみんに集まっていく。

 

「はい、お任せください」

 

 めぐみんが自信満々に胸を張る。

 精神的な問題はなさそうだと判断したカズマは、アクアが水没させた一つ下の階層の水に、懐から取り出した金属製の瓶の中身を全部投入した。

 

「カズマくんがボトボト水に流し込んでるそれ、何?」

 

「ゆんゆんが凍らせたハンスの死体買い取ってスキルで加工した毒薬」

 

「……ま、マジですか」

 

「マジマジ。スプーン一杯でプール一杯くらいなら猛毒にできる毒薬だ。

 魔王軍には魔王軍、幹部の力には幹部の力。

 どうせ俺達はアクアが居る限り毒死なんてしないんだ、派手に使ってやろうぜ」

 

「ハンス……カズマくんの前で死ぬなんていう失態を犯したばかりに……」

 

 これでシルビアが水棲生物を吸収していたという万が一の可能性もカバーできる。

 ダンジョン内の水抜きをしようとして一階に大穴を開ければ大惨事になることだろう。

 ハンスを使ってシルビア対策を行うあたり、文字通りの『毒をもって毒を制す』といった外道戦術であると言える。

 

「アクアー、浄化効果の無い普通の水出してくれたんだよな?」

 

「大丈夫大丈夫、普通の水よ」

 

 アクアは手から出して適度に継ぎ足していた水を、水鉄砲のようにカズマの顔にぶっかける。

 この非常時に、特に意味もなく。

 

「はっ倒すぞお前!」

 

「やーねー、緊張を解きほぐすためのちょっとしたお茶目……」

 

「お前が部屋に隠してる酒、屋敷に帰ったら残ってると思うなよ」

 

「え、え? 待って待って待って! ごめんなさいカズマさん! 待って考え直してー!」

 

 カズマは有言実行の男である。相手がヒロインであっても割と容赦がない。

 実際にカズマは緊張していて、今のアクアの行動でカズマの緊張がなくなったということに、カズマとアクアとむきむきだけが気付いていた。

 

「敵感知と盗聴のスキルは常時発動しておくから、ここで少し休憩にしようぜ。

 さすがにシルビアを倒すには腰を据えて考えないとダメくせえし」

 

「流石ねクソニート。休むタイミングを見逃さない目があるんだわ」

 

「お前も蛇口みたいにひねれば口閉じる部分があればいいのにな……」

 

「ちょっとどういう意味よ!」

 

 こんなアクアだからこそ、カズマに一番近い位置に居られるのかもしれない。

 

「カズマくん、カズマくん、今このスキルの中ならどれ取るべきだと思う?」

 

「このポイントだと……全部は取れないか。

 つかやっぱ魔法系はポイントを多く消費しちまうんだな。なら……」

 

 とりあえずは敵を警戒しつつ冒険者カードとにらめっこだ。

 特にポイントを温存していたむきむきは、カズマの言う通りに習得スキルを決めてくれる――むきむきの将来に影響する獲得技能をカズマの言う通りに決めてくれる――のもあって、カズマの悪知恵で出来ることの範囲を広げてくれる。

 カズマとむきむきが話している後ろで、こめっこはシルビアに怒っているのか"ぷんすかぷん"といった表情で、床にチョークで何かを描いていく。姉はそれを、首を傾げて眺めていた。

 

「こめっこ、何してるんですか?」

 

「まほーじんだよ、姉ちゃん」

 

「ん? どうしたの?」

 

 めぐみんの疑問の声が気になったのか、むきむきが振り返る。

 

「いでよ! わがつかいま、バニル!」

 

 そして振り返ると同時に、こめっこがバニルを召喚していた。

 

「!?」「!?」「!?」

 

「主よ、そう頻繁に我輩を呼ぶなと言っただろう」

 

「バニルさん!?」

 

 姉妹揃って、常識の破壊者極まりない。

 

「えっ……え!? こめっこちゃん、なんでバニルさんを召喚できるの!?」

 

悪魔(ホースト)悪魔(ホースト)のことをよく知らないと召喚できないからだよ、兄ちゃん」

 

「あーだからホーストの前に見通す悪魔を先に従えたんだ頭良いー……ってなにそれ!?」

 

「バニルはわがつかいまですが、どれいではありません。

 戦ってもくれません。でも私を守ってくれるつよーい悪魔なのです」

 

 ランダム召喚でバニルを召喚し、バニルを使ってホースト召喚の事前準備を整えるという、最新型ゲームエンジンを使って旧型ゲームソフトをDLするような召喚の経緯があったようだ。

 最強の悪魔を素材に結構強い悪魔を呼ぶような本末転倒感。

 その実本末転倒でもなんでもなく、ホーストが呼べるならなんでもいいやというこの思考。

 『魔性』の妹の称号は伊達ではない。

 

「よりにもよってこのタイミングで我輩が召喚されるとは……!

 あの貧乏店主が店の売上全てでガラクタを買おうとしていたタイミングでっ……!」

 

「……ドンマイです、バニルさん」

 

 ウィズの『絶対商売が失敗する』という因果律がこの結果を招いたのだろうか。

 幸運なこめっこの無事が保証されたのも、バニルがいつものようにウィズの散財を妨害するに失敗するのも、とてもお約束感がする。

 ウィズには自分の商売が必ず失敗するよう、世界の命運を捻じ曲げ辻褄を合わせる能力があるのかもしれない……と、カズマが思ってしまうほどに酷い流れであった。

 

「あの、ウィズさんのお店に行く頻度上げますので……」

 

「……」

 

 むきむきが励ますと、バニルは何かを諦め何かを割り切った様子で、その場にあぐらをかいて座り込む。

 そして膝の上にこめっこを座らせる。

 今この瞬間こめっこは、世界で一番安全な場所に座らされ、バニルが明言しないだけで世界一強力な生存保証をされていた。

 

「我輩はこの未熟な主と、つまらん命令は聞くがそれ以外は無視していい契約を交わした。

 よって戦えと命じられても従わん。この子は守るが、我輩を戦力としては期待しないことだ」

 

「ちょ、うちの妹を……」

 

「代わりと言っては何だが、定期的に当店を利用してくれる礼だ。質問があれば答えてやるぞ?」

 

「お、いいのか? じゃあシルビアのスキル構成教えてくれよ」

 

 めぐみんの抗議を無視して、カズマはバニルに話を聞き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ダンジョン外部では日が沈みかけていた。

 警邏と残党探しで外部を見回っていた名も無きシルビアの部下達も、ダンジョンの外へと出たシルビアと合流。

 シルビアの部下達は一度、むきむき達に考える時間をやらないためにダンジョンの水抜きを提案したが、カズマの狙い通り毒を帯びた水が排出されたため、シルビアの部下の約半数がリタイアするという大惨事となっていた。

 

「なんで魔王軍の俺達より畜生な人間が居るんだ」

「もしや俺達の畜生度が足りないのでは……?」

「!」

 

 毒を食らった人間は後方に下げ、倒れた仲間を運搬・手当てする人員を割くと、シルビアの部下は数人しか残らなかった。

 だが、シルビアに焦った様子は見られない。

 元よりこの紅魔の里襲撃作戦は、シルビアの能力だけを頼みとしている。

 部下が減っても、戦闘行動に支障はきたさない。

 

「シルビア様、後始末が終わりました」

 

「ご苦労様。敵は最上階の壁を壊して出て来ると考えられるわ。

 向こうも十分考える時間を得られたでしょう。そろそろ来るわよ」

 

「了解しました」

 

 シルビアはこの水と毒でのダンジョン下階層制圧を、ダンジョンの外を戦場とするための作戦であると同時に、人間側が考える時間を得るための時間稼ぎだと推測する。

 だが結局、毒にやられた部下達の命を助けるために相当な時間を使ってしまった。

 沈んでいく陽を背中に受けて、シルビアは使ってしまった時間の価値を噛み締める。

 

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「いいわよ、何が聞きたいの? スリーサイズ?」

 

「それは結構です。あの筋肉お化けの紅魔族に何故こだわるのですか?」

 

「こだわってなんかいないわよ」

 

「いいえ、こだわっています。

 誤魔化せてるつもりでも行動が時々変になってますよ、シルビア様」

 

「……」

 

 シルビアは合理で動いているのか、執着で動いているのか、行動を俯瞰して見るといまいちハッキリとしない印象を受ける。

 付き合いの長い部下なら、そこにいっそう大きな違和感を覚えているに違いない。

 部下の追求に、シルビアは溜め息を吐く。

 

「昔、あのむきむきって紅魔族の両親と何度か戦ったことがあったわ。

 そして一度だけ、運悪く完膚なきまでに負けそうになったのよ。

 最終的に逃げ切ることはできた。

 でもその時、醜いモンスターの死体を見て、アタシは思ってはいけないことを思ってしまった」

 

 "この醜い肉体を取り込んででも、生きたい"。

 

「『死ぬくらいなら美しさも捨ててしまった方がいい』って、思ってしまったのよ」

 

「……」

 

「生まれ持った品性の無さだけは、何を吸収しても変えられないってことなんでしょうね」

 

 シルビアは女性らしい美しさに並々ならぬ執着を持っている。

 男のくせに女を取り込み、完全に身に付きもしないのに女の顔や体付きを手に入れ、薄着のドレスでそれを周囲に見せつけていることからもそれは頷ける。

 シルビアは基本的に綺麗な女性しか取り込まないと決めていた。

 けれど、死ぬほど追い詰められればその執着さえ捨ててしまう。

 

 自分の美学を貫く強さがない。

 自分のこだわりと心中できる強さがない。

 だから、自分を曲げてしまう。

 そんな弱い自分を、"美しくない生き方をしている"と、シルビアは自虐していた。

 

「因縁を把握しました。

 我々は部下としてその意志を貫いて欲しいと考えます。

 どうか我々を使い潰すことも厭わず、その因縁に決着をつけてください」

 

 そして、部下の言葉と忠義に苦笑する。

 部下が伝えてきたその言葉を、掛け値なしに美しいものであると、シルビアは思った。

 

「いいからあなた達は作戦通りどこかに隠れてなさい。

 あなた達は弱いのよ。

 アタシはあなた達から何かを奪う気にもなれないし、部下を誰かに奪わせる気もないわ」

 

「……! ご武運を! 必ずや勝利と、その果てに人類の絶滅を成し遂げましょう!」

 

 部下が里周辺の木々の合間に隠れる。

 その内ダンジョンからむきむき達はやってくるだろう。

 十分後か、一時間後か。

 シルビアはそれをじっくりと待つことにした。

 

「さあ、どう来るかしら」

 

 取り込んだ紅魔族達の肉体資質が、シルビアの魔力を恐るべき速さで回復させていくが、魔力容量自体がとてつもなく大きいので全回復はまだ遠い。

 ホーストを取り込んで変質した肉体は頑強で、下半身は魔法無効化能力を与えてくれる魔術師殺しの銀の蛇体。

 シルビアは己の頬をなぞり、変わり果てた――美しさを失った――肉体に目を細める。

 

「……」

 

 シルビアは男が性的に好きだ。

 恋愛対象、性欲対象が男なのだ。

 それでいて素の自分の話し方は男性的で、取り繕って喋る時のみ女性口調になる。

 女性を取り込んで外見を女性的にしているが、下には男性器が付いたままで、放っておけば髭も伸びてしまうなど、完全に女性化したわけではない。

 

 シルビアは歪なのだ。男として見ても、女として見ても。

 

 ただの同性愛者なら、自分の肉体を異性に改造しようとまでは思わない。

 同性愛者の皆が性転換手術を望むわけではないのと同じだ。

 捻くれていない同性愛なら、まずは自分の体を変えることなく、今の自分のままで愛し合える相手を探すことだろう。

 

 なら自分の体を異性のものへと変える欲求とはどういうものか。

 多いものだと、二つの例が挙げられる。

 一つは、自分の性自認と肉体の性別が一致しないパターン。

 もう一つは、男性と男性の恋愛という事柄が受け入れられず、自分の性別を変えてまで女性と男性という構図にしようとするパターンだ。

 この二つは、別の言い方で一つにまとめることができる。

 

 すなわち、『なりたい自分』と『異性になった自分』が同一である、ということだ。

 

 サッカー選手になりたいと思う人のように、女性になりたいと思う男性、と例を挙げれば分かりやすいだろうか。

 シルビアは先に書いたように、素の自分が男性的で、取り繕うと女性的になる。

 つまり心の性別と体の性別が一致していない、というわけではない。

 かといって、恋愛のために自分の体の性別を変えようとしているわけでもない。

 これはどういうことなのか?

 

 シルビアは性同一性障害ではなく、同性愛者である。

 彼の精神の基盤は男のそれであり、彼は男のまま男を性的な対象として見ている。

 男を見て勃起する性スタイルなのだ。

 なのに自分が美しい女性であることにこだわる。

 女性的な話し方、女性的な服装、女性的な外見であることにこだわっている。

 

 そこには、シルビアの生い立ちに関わる歪みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪魔にも様々な種類がある。

 バニルのような人や神々と変わらない姿をした大悪魔。

 ホーストのような戦闘に特化した獣に近い姿を持つ悪魔。

 アクセルのサキュバスのような、有名な固有種族名を持つ下級悪魔。

 そして、下級悪魔にもなれない鬼族。

 

 シルビアはこの鬼族の生まれであった。

 

 吸収した者達を全て引き剥がせば、おそらくそこには何も持たない鬼族のシルビアが残ることだろう。グロウキメラとは、多くを取り込んだ後のシルビアの固有種族名。

 素のシルビアは、戦う力も持たない弱き鬼族の末端でしかないのだ。

 

 バニル曰く、悪魔には独自の美学と生き様があるという。

 弱者は虐げられ、強者がそれを支配する。

 力こそが正義で、力を持たない者は悪。

 欲望のままに振る舞うことこそが美徳であり、弱者は縮こまって自らを律するべきである。

 そんな生き様が当たり前である悪魔の世界に、シルビアは弱者として生まれた。

 

「おい、見ろよ」

「弱虫のシルビアだぜ」

「雑魚のシルビアだ」

 

 シルビアも生まれた時から歪んでいたわけではない。

 ただ、歪む資質は持っていた。

 彼は弱かったのだ。

 弱さは醜さ。

 弱さは侮蔑されるべきもの。

 彼は周囲からバカにされ続け、弱いというだけでさして醜くもない容姿を醜いとされ、弱いというだけで足蹴にされてきた。

 

 ただの人間と比べれば、ずっと強かった。

 純粋に外見だけを見るならば、さして醜くもない容姿だった。

 だが、悪魔の世界において弱さは罪に近いものだ。

 人間の世界でさえ、特に容姿が悪くないいじめられっ子がいじめのせいで「自分はブサイクなんだ」と思い込んでしまうことは多い。

 

 下級悪魔にさえ見下される鬼族が、鬼族の中でも特に弱いシルビアを見下す日々は続く。

 誰かに虐げられた者は、自分より下の者を見つけて虐げる。

 どこの世界でも、どんな場所でも同じだった。

 同族に蹴り転がされ、泥の中に仰向けに転がされながらも、星を見上げて彼は奮起する。

 空を見上げて星を目にすれば、もうちょっとだけ頑張れる気がした。

 

「……頑張ろう。弱すぎて底辺だからって、負けるものか……!」

 

 シルビアは負けなかった。彼にはとびきりのガッツがあったのだ。

 日々頑張り、時に恋をし、時に好いた女性に告白し、恋の熱を必死に伝える。

 

「バッカじゃないの?」

 

 だがその恋が実ったことは一度も無かった。

 

「アンタみたいに弱くて醜い鬼の出来損ないが、何思い上がっちゃってるのよ」

 

 見下されている者が、見下している者を射止めることは難しい。

 

「身の程を知りなさいよ、まったく」

 

 鬱屈していく。

 歪曲していく。

 圧壊していく。

 シルビアは環境のせいか、特異な精神性を育てていった。

 

 その心に溜め込まれたものが発散されたのは、シルビアが自分の中に眠っていた、『キメラと呼ばれるモンスターになることができる吸収能力』に目覚めてからだった。

 

「……あはっ」

 

 この頃から、今のシルビアを形作る精神性の雛形があったと見ていいだろう。

 

「やっ、やめて!」

「あんたなんなのそれ!? あ、あ、体が、吸われ―――」

「いやあああああああっ!」

 

 シルビアはまず、自分が惚れた女性を全て吸収した。

 次に、自分が美しいと思った女性を全て吸収した。

 その過程で、今までにあった自分に新しい自分を上塗りしていく。

 

 吸収するたび、男としての自分が薄れていく。

 自分自身で侮蔑していた、シルビアという名の『男』が薄れることに快感を覚える。

 吸収するたび、女としての自分が増えていく。

 嫌っていた『女』達から、全てを吸収し略奪することに悦楽を覚える。

 

 自分を振った女への不信は男への性愛に転じる。

 そして自分が強く、美しく、女らしくなっていくたびに、シルビアは大嫌いだった自分を愛せるようになっていった。

 自分本来の姿を嫌い、元来の自分とは正反対の美しい女の姿を求め、異性の美しい姿へと変貌した己でなければ愛せない。

 これを、歪みと言わずなんと言うのか。

 

「より強く、より美しく、アタシはより完璧に」

 

 シルビアは盗賊系の職業だ。

 他人から『強さと美しさを盗む者』。

 ゆえに、盗賊。

 

「アタシより美しい者を、できればそれでいて強い者を、アタシの内側に」

 

 悪魔の倫理観と歪んだ環境が生んだ、強さと美しさの同一視。

 シルビアは強さと美しさの見分けがつかなくなって、自分のものと他人のものの見分けがつかなくなって、男と女の境界さえ自分の中で曖昧になっていく。

 醜いのは嫌だ、美しくなりたい。

 生きたい、そのためなら美しさも捨てられる。

 生きるために強くなるとしても、醜くなるのは嫌。

 この三つがシルビアの中で大きくなったり小さくなったりして、状況に合わせたシルビアの行動原理を決定する。

 

 平時は美しさを求め、窮地には強さを求めるのだ。

 

「……ああ、そうね」

 

 だが、シルビアもいつかは自分自身の本質に気付く。

 

「アタシは美しく、それでいて美しくないんだわ」

 

 他者の吸収で変化する。

 他人を取り込めば取り込むほどに自分が自分でなくなっていく。

 自分が自分であることを捨てるたび、自分が美しく強くなっていく。

 それは同時に、『本当の自分は永遠に強くも美しくもなれない』ということも意味していた。

 

 シルビアのそれは成長ではない。

 吸収による変化であり進化なのだ。

 吸収した者を核である自分の周りに貼り付けているだけなのだ。

 何人他者を取り込もうが、シルビア自身は何も成長していない。

 仮に吸収した者達が全て消え去れば、後には鬼族で弱者のシルビアだけが残るだけだろう。

 

「……他人の心の美しさは、吸収できないのね」

 

 シルビアを構成するのは他人から奪ったものばかり。

 だから自分の矜持や美学でさえあっさり捨てることができてしまう。

 美しい女性以外も取り込もうと考えてしまう。

 そのくせ核の自分は残っているため、根本の自分は変われず、捨てたい弱さを捨てることもできないまま、他人から奪ったものを継ぎ足していくことしかできない。

 

 素の口調は男のまま。

 男性器も消えずに残ったままで、完全には女性になりきれない。

 精神性の基盤も男性のままで、男として男を好きな性癖も変わらない。

 吸収した者達を外面に貼り付けて、外見だけを誤魔化しても、彼自身は変わりきれない。

 

 女のようになった自分は愛せても、素の自分は愛せないままで変わらない。

 

「あなたが魔王?」

 

 シルビアの生涯に訪れた初めての転換点が吸収能力の覚醒であるならば、二つ目の転換点は魔王にスカウトされた時だった。

 

「アタシがシルビアよ。魔王軍にスカウトって本気かしら?

 自分自身で言っちゃうのもどうかと思うけど、アタシはまともでも真面目でもないわよ」

 

 シルビアの自虐気味の軽口を、魔王は言葉で切って捨てる。

 

「その能力と力量があればいい。

 性別がどうだろうが変態だろうが知ったことではない。

 要は信頼できるかどうかだ。強い仲間ならば、信頼できる仲間ならば、それ以上は求めん」

 

 歪みと逃避と略奪の生涯を送ってきたシルビアの言葉と比べれば、シルビアの方がかわいそうになってしまうくらいに、魔王の言葉には重みが乗っていた。

 重厚な人生を送ってきた男の言葉だった。

 安くない人生、軽くも薄っぺくもない人生、積み重ねた人生が吐き出す言葉だった。

 シルビアは彼の言葉を聞き流せない。

 

「お前が必要だ。お前のその力を貸してくれ」

 

 シルビアの心は、その一言で射止められていた。

 

 

 

(―――アタシが必要だと求められたのは、価値を認められたのは、生まれて初めてだった)

 

 

 

 老いてカリスマが目減りしてきた今の魔王は、幹部の者達に言うことを聞かせることができなくなりつつある。

 それでも裏切る幹部は居ない。

 元冒険者のウィズでさえ魔王を裏切り殺そうと思ったことはない。

 力を持つ配下達に担ぎ上げられるに足るものが、魔王の心には備わっていた。

 

「魔王様」

 

「なんだ?」

 

「あなたと合体したい」

 

「は?」

 

 男が尊敬する男に惚れる気持ち。

 女が恋慕する男に惚れる気持ち。

 同性愛者が同性に惚れる気持ち。

 その全てが、シルビアの中にはあった。

 魔王軍に入ることに躊躇いはなく、シルビアは次の日から魔王軍の幹部となる。

 

 シルビアには、魔王が光り輝いて見えた。見上げるようにその姿を見つめていた。

 泥の中で空を見上げ、そこに光り輝く星を見つけるような気持ちがあった。

 

 

 

 

 

 やがてむきむきの両親に追い詰められ、自分の恥部を見せつけられ、復讐する前にベルディアがむきむきの両親を殺してしまい、気持ちの行き場を失って。

 二人の間にむきむきという子が居たことを知り、一度は吸収した。

 だが、吸収の際に――むきむきの体の成り立ちが成り立ちだったからか――不思議なことが起こった。

 むきむきの心の一部が、シルビアに感応してしまったのだ。

 

「これは……」

 

 そこに、シルビアは不思議な共感を持った。

 むきむきは"『何故こんな風に生まれたのか』と自分を呪ったことがある者"だけしか持たない心の形を持っていて、それがまずシルビアの興味を引いたのだ。

 少年の中にあったコンプレックスが幹部シルビアを動かした。

 だが、部下を使って調べてみると、シルビアはむきむきに次第に不満を持ってしまう。

 

「何よこいつ。十分強くて力もあるくせに、コンプレックスなんか持ってたの?」

 

 むきむきが、最初から力の強い人間だったからだ。

 最初は弱かったシルビアからすれば、その肉体は純粋に憧れるものでしかなく、その肉体を持っている者がコンプレックスを持つということがまるで理解できなかった。

 

(あなたみたいな肉体が欲しかったわよ、アタシはね)

 

 シルビアは深呼吸して、心を落ち着けて、周りを見る。

 するとシルビアの視界の端を、一体の下級悪魔が通り過ぎていった。

 

(……ん?)

 

 下級悪魔はシルビアに見つからないようコソコソしていて、シルビアを見るだけで怯えていて、シルビアを心底恐れているのが見て取れた。

 鬼族だった頃のシルビアが強者として恐れていた下級悪魔が、今は逆に自分を恐れている姿を見て、シルビアの頭の中で認識と認識がカチリとはまる。

 

「ああ」

 

 シルビアはむきむきに対し、"そんなに強いのに何が不満なんだ"とむきむきを理解できないがゆえの不快感を抱いた。

 だが、シルビアが自分の中にあるコンプレックスを――自分の上に他者を貼り付けているだけ――先程の下級悪魔に語れば、下級悪魔も同じ感想を抱くことだろう。

 "そんなに強いのに何が不満なんだ"、と。

 

(アタシがあの少年に

 『そんなに強いのに、何故自分の生まれを恥じる必要があるの?』

 とかなんとか言ったら、アタシ自身が憤死してしまっていたかもしれないわね)

 

 力だけを見れば、シルビアもむきむきも類稀な強者で天才だ。

 強さだけを見れば、コンプレックスなんて持たなくてもいい存在に見える。

 けれど、シルビアもむきむきも、本当に欲しかった強さが手に入らず苦しんだ過去があった。

 

 シルビアは自分一人で持つ強さを求めた。

 同族に認められたかったからだ。

 むきむきは皆と同じ魔法の強さを求めた。

 同族に認められたかったからだ。

 二人共求めても手に入ることはなく、仲間の輪の中に入ることができなかった。

 二人揃って無いものねだり。

 けれども欲しいと思わずには居られない、そんな幼少期があった。

 

 

 

 

 

 そんなむきむきとシルビアが、紅魔の里であった跡地の一角で、今対決しようとしていた。

 

 

 

 

 

 ダンジョンの最上階部分が蹴り壊され、ダクネスとゆんゆんを抱えたむきむきが降りてくる。

 戦いに参加しないバニルとこめっこが居ないのは当然だが、カズマ・アクア・めぐみんも見当たらない。どこかに潜んでいることは明白だった。

 カズマが何やら小細工を弄している戦場の中心で、むきむきとシルビアは向かい合う。

 

「いらっしゃい。アタシが取り込んだお仲間を見捨てる覚悟はできたかしら?」

 

「そんなもの、ないよ。僕は助けるために頑張るだけだ」

 

「素敵ねえ」

 

 シルビアは運命に感謝した。

 遠きあの日、自分が子供の頃に求めた強さが目の前に居る。

 焦がれるように憧れた、最強の個が目の前に居る。

 自分と同じ気持ちを持ち、自分の気持ちを分かってくれる共感者として、最大の敵対者として、目の前に立ってくれている。

 

 これは幸運によるものではない。幸運の女神は、悪魔であるシルビアの宿敵だ。

 なればこそ、この巡り合わせは運命以外にありえない。

 シルビアという鬼族が夢見た『誰よりも力強い肉体』が、今シルビアというキメラの前に居る。

 

 シルビアには、むきむきが光り輝いて見えた。見上げるようにその姿を見つめていた。

 泥の中で空を見上げ、そこに光り輝く星を見つけるような気持ちがあった。

 彼を取り込むということは、憧れで見上げたその星を掴むことができるということ。

 

 グロウキメラのシルビアは今、星を掴むチャンスを前にしている。

 

 シルビアはむきむきの故郷も、故郷の同族も、仲間も、かつてはむきむき自身さえ奪った。

 今、シルビアは盗賊職らしく、少年に残された最後のものまで全て奪おうとしている。

 奪うことがシルビアの全て。

 他者を己が物とすることこそが、シルビアの生涯。

 下級悪魔より下等な鬼族だったシルビアは、今日も下級悪魔の皮で作ったドレスを身に纏い、『自分』より上等な全ての敵に食らいついていく。

 

「さあ遊びましょう!

 アタシは万物吸収の力を持つ幹部が一人! グロウキメラのシルビアよ!」

 

 魔王という星のため、目の前の星を喰らおうとする悪魔に、少年は赤く眼を輝かせ構える。

 

「我が名はむきむき! 紅魔族随一の筋肉を持つ者!」

 

 もうこれ以上は奪わせないと、彼は強く心に決めていた。

 

 

 




 シルビアが盗賊職であることには意味がある、シルビアが魔王に合体したいと言っていたことには意味がある、という独自考察

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