「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

52 / 63
完結まであと投稿回数が十回以上になるってことはないと思います
多分
総文字数百万字を少し超えるくらいで、当初の予定の範疇で短めの連載に終わりそうですね


4-2-3

 ウォルバクがバニルから購入したマナタイトを懐から取り出し、むきむきもバニルから購入したマナタイトをめぐみんに手渡した。

 

「これ、上手く使って!」

 

「! これは……」

 

 双方共に手の中には最高品質のマナタイト。

 数は十。爆裂魔法を銃弾に例えるならば、めぐみんとウォルバクという銃の中には、今十一発の弾丸が装填されていた。

 その一発目が、放たれる。

 

「「 『エクスプロージョン』! 」」

 

 めぐみんは威力を上げることを重視した詠唱で、ウォルバクへ真っ直ぐに魔法を放った。

 ウォルバクは制御力を上げることを重視した詠唱で、めぐみんの爆裂を殴り上げるように魔法を放った。

 二つの魔法が極大規模の破壊と爆風を発生させる。

 その衝突が死亡者を生まなかったのは、ひとえに二人の魔法使いの魔法制御力の高さと、爆発を空へと吹き飛ばそうとするウォルバクの配慮の賜物だったのだろう。

 

 めぐみんとウォルバクの体が浮き、転ぶような姿勢で地面に落ちる。

 ゆんゆんとアーネスは高い知力からこの展開を先読みし、爆風を防げる場所に身を伏せており、爆裂魔法を撃った二人より早く立ち上がって魔法合戦を開始せんとする。

 そして、むきむきとホーストは。

 爆裂直後の爆風、すなわち高熱の暴風の中に突っ込み、それを突き抜けていた。

 

 少年の拳、悪魔の拳が激突する。

 

「ホースト!」

 

「来いや坊主! 俺に勝てたら坊主と呼ぶのをやめてやるよ!」

 

 高熱が両者の表皮を焼くが、二人はそれを気にもしない。

 爆裂魔法の魔力爆発そのものに巻き込まれさえしなければ、なんとか耐えられるというのは普通の思考だ。

 だがそこから"一秒でも早く接近するため"だけにこの選択を取るのには、間違いなく勇気と覚悟が必要だった。

 

 二人の腕と足が絶え間なく動き、少年と悪魔の全身を打ち据えていく。

 両方共に隙あらば敵の後衛を仕留める意識を持ちつつ、一部の隙もなく味方の後衛を守ろうと立ち回っている。

 ホーストにはウォルバクの、むきむきにはアクアの支援魔法の加護があった。

 

「『インフェルノ』!」

 

 目の前の敵に集中するむきむきへ、その時アーネスから炎の魔法が飛んでくる。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 それを、ゆんゆんの氷の魔法が叩き落とした。

 

 これは一対一が三回行われる戦いではない。あくまで三対三の戦いだ。

 視界を広げれば、カズマ達の戦いも遠巻きにこの戦いへ影響をもたらしている。

 そのため、どこかの誰かの行動が近くの敵と味方へダイレクトに影響する。

 今また、めぐみんとウォルバクの爆裂魔法が衝突した。

 

「『エクスプロージョン』!」

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

 "この距離で爆裂魔法を撃てば双方共に死にかねない"。

 "だが前衛が戻れる距離ではある"。

 "ならばホーストが、むきむきが、戻って来て守ってくれるはず"。

 そんな思考から、めぐみんとウォルバクは爆裂魔法を撃っていた。

 

 ミサイルとミサイルを近い距離でぶつけ合うような大爆発。

 むきむきとホーストは期待通りに魔法発動の直前に走り出し、魔法発動直後に飛び、それぞれウォルバクとめぐみんを爆裂魔法の衝撃から守っていた。

 そして爆裂魔法使いを後方に置き、再度戦場の中心に飛び込んで行って、肉体派の戦士同士で殴り合う。

 自分の得意分野の攻撃(こぶし)を最大威力でぶつけ合う二人は、控えめに言って馬鹿そのものであった。

 

「今日は満月の夜だ」

 

「ああ」

 

「俺達悪魔が最強になる時間だ!」

 

「ああ、分かってる!」

 

 空に浮かぶ満月。

 むきむきはホーストのラッシュを横っ飛びにかわし、懐から取り出したバニル仮面(量産品)を装着して優位に立とうとするが、ホーストに見切られ叩き落されてしまった。

 彼らの戦闘に耐えうる強度を持たない量産品は、その一撃でさっさと粉砕されてしまう。

 

「っ、ゴッドブロー!」

 

 予想外の事態であったが、少年はそれをも逆に利用した。

 左手に持っていた仮面を砕かれるのとほぼ同時に、右拳によるゴッドブローをホーストの左胸に叩き込んだのだ。

 

「ガっ!?」

 

 ゴッドブローは神の理に反する者、すなわち悪魔には特攻である。

 むきむきは心臓に力を叩き込むつもりで打ったが、仮初の肉体を持つ悪魔に対しこの拳を打ち込むのであれば、どこに打ち込んだところで同じだ。

 ホーストはふらついて、たたらを踏む。

 勝機と見たむきむきは、そこですかさずベルディア戦で編み出した必殺を打ち込んだ。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 されどホーストもさるものだ。

 たたらを踏みつつもむきむきの突き出した左拳をかわし、彼の肩口を押して拳の軌道を逸らし、その拳を地面に衝突させる。

 地面が爆裂して、少年の左腕の骨が反動で砕ける音がした。

 

「大振りなんだよ、当たるかんなもん」

 

「ぐあっ……!」

 

 大技、それもリスク付きの大技ともなれば、隙が大きくなるのは当然のことだ。

 少年に生まれた大きな隙に付け込んで、ホーストは大きな手で少年の開いた口を塞ぐように、むんずと掴む。

 

「『インフェルノ』!」

 

 そして、口の中に詠唱なしの上級魔法を全力で叩き込んだ。

 燃え盛る炎が口から体内に侵入し、少年の体内を無茶苦茶に暴れ回って焼き尽くす。

 体内の肉が焼け、高熱で溶け、炭化し灰化していく苦痛が少年を襲った。

 

「―――ッ!?」

 

 意識が吹っ飛びそうな激痛。意識が吹っ飛べばそのまま死にかねないダメージ。

 むきむきは炎を食い千切るようにして歯を食いしばり、ほんの数秒の延命を勝ち取る。

 その数秒で、離れた場所から最上級の回復魔法が飛んで来てくれていた。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』! うわきゃー!?」

 

「おい馬鹿アクア余所見してる場合か!」

 

「だって! だって!」

 

 自分達の方の戦いを蔑ろにしてまで、むきむきの傷を治してくれた優しさ。

 いつものように考えが足りないアクアの行動がピンチを招き、それをカズマがフォローしているようだが、むきむきはそんなアクアの行動に感謝の気持ちしか抱かない。

 完全には治らなかったものの、九割ほど傷が癒やされた体に手を当て、少年は『職業変更で使えるようになった魔法』を発動した。

 

「―――『ヒール』!」

 

 アクアの回復魔法と比べれば微々たる回復。

 それでも確かな回復が、少年の体の傷を癒やしていく。

 体内の損傷も左腕の損傷も、綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「……!」

 

「『宗派が違うプリーストの力は重複する』……前に、話には聞いてたんだ」

 

「おいおい……悪魔の敵らしくなってきたじゃねえか!」

 

 むきむきはアクアの力を借りて魔法を行使しているわけではない。

 彼が力を借りている神はアクアとは別のものだ。

 ゆえにその魔法はアクアの魔法と同時に効果を及ぼすことが可能であり、同種の魔法であれば効果量は単純に加算した結果となる。

 

 モンクとなった今、彼はさほど高度な魔法を使うことはできない。

 蘇生も今は出来ないだろう。

 支援魔法の習得も難しい。

 簡単な回復魔法がせいぜいだ。

 されどその魔法は、アクアの使う魔法効果の底上げを可能とするものであった。

 

「僕に魔法を使う才能は無かった。

 理論で使う普通の魔法と、信仰で使うプリーストの魔法は違うものだけど……

 それでもレベルとステータスが上がらなければ、きっと使えなかったと思う」

 

 才能の無さ。

 ステータスを初めとする適性の無さ。

 そして冒険者カードのバグ。

 彼が魔法を使えなかった原因は、主にこの三つだ。

 プリーストの魔法が使える今に至っても、ウィザードの魔法は使えないことだろう。

 

「プリーストの魔法は神様の存在を感じて、それを信じた人が使う魔法。

 神様と繋がる魔法とも、神様の力を借りる魔法とも言われる。

 ……きっと、人間一人じゃ使えない魔法。神様と手を取り合う人のための魔法なんだ」

 

 クリスは悪魔に凄まじい勢いで挑みかかっている。

 アクアは泣いて逃げ回って、カズマとダクネスが悪魔から彼女を守っていた。

 ウォルバクはめぐみんとの爆裂魔法合戦の途中。

 ちょむすけは心優しいゆんゆんに拾われ、アーネスとの戦いの中、小脇に抱えられている。

 

 どこを見ても神が居る。

 ごちゃごちゃとした戦場だった。

 絵の具をまぜこぜにした絵のような戦場だった。

 混沌とした戦場の中心で、少年は魔法の光を拳に握る。

 

 人から信じられた神様が、信仰のお返しにちょっとばかり分けてあげた力の光。

 

「信じて、繋がって、借りて……そうして初めて、僕は魔法が使えるんだ!」

 

 少年の人生には、故郷の皆が使う魔法を使えないという悲しみがあって。

 

「今なら言える!」

 

 少年の人生には、だからこそ理解できたものがあった。

 

「普通の魔法が使えなかったから、こんなにも大切なことを知ることができた……

 ……僕は、出来損ないの紅魔族で、良かった! 今はこの生まれに感謝してる!」

 

「―――あのガキンチョが! デカくなったじゃねえか!」

 

 今なら。少年は、自分の人生の全てを肯定できる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐみんが詠唱をしようとすると、ウォルバクは魔力を絞った魔法を撃ってきた。

 

「『ライトニング』」

 

 詠唱を邪魔するだけの魔法だ。

 だがめぐみんは詠唱を中断して必死に避けなければならない。

 時には詠唱を中断した上でむきむきかゆんゆんに助けてもらわなければならない。

 そうしてめぐみんの詠唱の邪魔をした後、ウォルバクは早口で詠唱を終えて爆裂魔法を撃ってくるのだ。

 

「『エクスプロージョン』!」

「っ、『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんは詠唱無しの爆裂魔法で対抗せざるを得ない。

 爆裂魔法と爆裂魔法の衝突地点はウォルバクからは遠く、めぐみんには近く、めぐみんの体を消し飛ばすには十分な位置だった。

 必死の形相で飛び込んで来たむきむきが、めぐみんを抱えて一瞬でその爆発圏内から脱出していく。

 

「めぐみん、詠唱!」

 

「空蝉に忍び寄る叛逆の摩天楼! 我が前に訪れた静寂なる神雷!

 時は来た! 今、眠りから目覚め、我が狂気を以て現界せよ! 穿て!」

 

 間一髪の回避、だがここで戦いが一区切りになるわけもない。

 少年はめぐみんに詠唱を行わせ、続く爆裂魔法合戦ではめぐみんに先手を取らせることに成功した。

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

「『エクスプロージョン』!」

 

 一日一爆裂の成果により、詠唱速度はめぐみんが上。

 爆裂魔法のスキルレベル――消費魔力と魔法威力――もめぐみんが上。

 爆裂魔法の制御技能もめぐみんが上。

 

 ただ、立ち回りと生涯の経験値だけは、ウォルバクの方が上だった。

 規格外射程が売りの爆裂魔法による連続インファイト。

 今度の爆裂魔法の衝突地点はウォルバクに近かったが、ウォルバクは詠唱無しの即席テレポートで爆発の範囲から逃げおおせていた。

 

(凄い―――あの日私が魅せられた、あの時の爆裂魔法がそのままそこにある)

 

 爆裂魔法という分野では、めぐみんはとっくの昔にウォルバクを追い越している。

 人間の努力は、既に神を超えている。

 それでもウォルバクの爆裂魔法は、めぐみんの目には絢爛に映っていた。

 その爆焔は、あの日憧れた美しさを今もそこに湛えていた。

 

「おいおい、俺様はよそを気にしながら戦えるほど安い相手か!?」

 

「っ、ホースト! ごめんめぐみん、また離れる!」

 

 むきむきが一旦後回しにしていたホーストが戻って来てしまい、むきむきはまためぐみんから離れてホーストの相手をせざるを得なくなる。

 めぐみんは一人ウォルバクに立ち向かい、コロナタイトの杖先を向けて彼女を問い質した。

 

「どうしても、ちょむすけを害さなければならないのですか!?」

 

 ウォルバクは、今はゆんゆんに抱えられているちょむすけの方を一度だけちらっと見て、語る必要もない事情を語り出す。

 それを語らせたのはウォルバクの中で痛む良心か、あるいは罪悪感か。

 

「ずっとね、そっちの方の私の半身の方が力を増してるのよ」

 

「……?」

 

「そっちが私の半身であると同時に、私もそっちの半身なの。

 ウォルバクは怠惰と暴虐を司る神格。私が怠惰で、そっちが暴虐。

 力のバランスが崩れちゃうとね、片方がもう片方に吸収されちゃうのよ」

 

「! そんな……」

 

「これは元女神の私にとっては死活問題なの。

 それに……どの道分かたれた半身である以上、片方が消えるのは必然なのよ」

 

 ちょむすけが残ればウォルバクが消える。

 ウォルバクが残ればちょむすけが消える。

 今朝のめぐみんであったなら、その選択を突きつけられた時点で戦えなくなっていただろう。

 どちらかなんて選べずに、杖を下ろしていただろう。

 

「『エクスプロージョン』」

 

 けれど、今は違う。

 今のめぐみんには、それを知った上で撃てるだけの覚悟がある。

 

「―――『エクスプロージョン』!」

 

 ウォルバクが撃った爆裂魔法が爆裂する前に、爆裂前のめぐみんの爆裂魔法が衝突し、めぐみんの魔法制御により混ざった爆裂魔法は地面に向かう。

 そして混ざった状態で地面にめり込み、その衝撃で爆裂。二つ分の爆裂魔法が、地面に巨大なクレーターを作り上げていった。

 爆裂魔法の効果範囲自体は狭まったが、そのせいで大量の土や石が魔力を帯びて吹き飛ばされ、凶器となって周囲へと飛んで行ってしまう。

 

「ウォルバク様!」

 

 アーネスは大きな翼で飛び、ウォルバクを抱えて飛翔。それを回避する。

 

「『テレポート』! 『テレポート』!」

 

 ゆんゆんも連続テレポートでめぐみんを助け、同様に殺人土石流を回避した。

 

 この距離を空けない爆裂合戦。仲間が居なければウォルバクもめぐみんも、とっくの昔にくたばっていることだろう。

 ()()()()()()()()()()()()こんな無茶をしようと考えられるのだ。

 既に使った爆裂魔法が五発。

 どんなに追い詰められようが一発で逆転できるのが爆裂魔法。

 ならば、この爆裂魔法合戦を制した陣営こそが、この戦いに勝利する陣営となる。

 

「元女神と言いましたね! なら、何故魔王などに与するのですか!?」

 

「同情と、贖罪と……まあ、色々よ」

 

「ウォルバク様!」

 

 めぐみんとウォルバクの会話を遮るように、ホーストが叫んだ。

 ウォルバクはその呼びかけで何かを察したのか、"ホーストとむきむきに向けて"爆裂魔法を準備する。

 驚いためぐみんも同じ場所に杖先を向けて爆裂魔法を準備するが、今日見た『爆裂魔法に焼かれて倒れたむきむき』の姿が頭の中にチラついて、一瞬だけ迷ってしまう。

 

「撃って、めぐみん!」

 

 その迷いを、むきむきの叫びが断ち切った。

 

 バカみたいな威力の魔法を撃とうとする女達の背中を、男達が押す。

 

「『エクス――」

「『エクス――」

 

「――プロージョン』ッ!」

「――プロージョン』ッ!」

 

 めぐみんはホーストを倒すため、ウォルバクはむきむきを倒すため、爆裂魔法を解き放つ。

 ホーストは飛び、むきむきは跳ぶが、当然間に合うわけがない。

 爆焔が二人を飲み込んで――

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

「『サモン』!」

 

 ――アーネスは、ホーストを氷で包んで守り。ゆんゆんはむきむきを召喚して守った。

 

 ホーストを包んだ氷は一瞬で蒸発するが、氷の厚みの分だけホーストを守る。

 ゆんゆんはむきむきを無傷で守ったが、ぼちぼち魔力切れが見えてきた。

 いい加減、誰も彼もが体力と魔力に底が見え始めている。

 

 そんな中でも、最高品質のマナタイトを持って来ためぐみんとウォルバクだけは、魔力が尽きる気配が無かった。

 めぐみんに至っては、気力が尽きる気配も無かった。

 

「他はともかく、爆裂魔法のことに関しては私は誰にも負けたくないのです!

 たとえ、教えてくれたあなたが相手だったとしても! だって、私のこの魔法は――」

 

 爆裂魔法で一番を目指す一番の理由が、今の彼女の中にはある。

 

「――あの人が、信じてくれた最強だから!」

 

 何一つとして自覚しないまま、めぐみんはむきむきを『あの人』と呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七発目のエクスプロージョンが衝突した。

 衝撃でゆんゆんがすっ転んで尻餅をつく。

 

「わひゃぁっ!?」

 

 今のめぐみんとウォルバクは、互いに十一本のミサイルを持ってチャンバラをしているようなものだ。

 ミサイルとミサイルがぶつかれば当然爆発する。

 高レベル相応の耐久力はあっても、めぐみんもウォルバクも比較的打たれ弱い後衛職であるために、爆発に巻き込まれれば当然死ぬ。

 そこで二人の仲間が手助けして、二人は魔法抵抗で爆裂魔法の余波をなんとか相殺して生き残っていく。そしてまた、ミサイルで互いに殴り合うのだ。

 

 むきむきとホーストは体を使って爆発の合間を跳び回り、ゆんゆんとアーネスは頭を使って戦場の隙間を立ち回る。

 アーネスはまた、詠唱も無く早撃ちで中級魔法を撃ってきた。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 それに、ゆんゆんは後出しで魔法を間に合わせる。

 

「『ライトニング』!」

 

 紅魔の里で魔法を修めた。

 中級魔法を実戦的に使うあれこれはリーンから学んだ。

 大魔法使いキールを師と仰ぎ魔法のイロハを叩き込まれた。

 ゆんゆんは今この戦場で最も完成された魔法使いである。

 空を飛べるというアドバンテージを持つアーネスが、まともにやりあえば劣勢にしかなれないほどに。

 

「やるねえあんた。疲れた、こんな危ない戦場でもう戦いたくない、とかは思わないのかい?」

 

「思わないわ」

 

 爆裂魔法で焼けた地面の香りが、少女の鼻孔をくすぐる。

 むきむきとホーストが殴り合う音が、少女の耳の中に飛び込んで来る。

 少女の腕の中で、ちょむすけが応援しているかのように鳴く。

 ちょむすけを優しく地面に下ろし、少女は杖を両手で握った。

 

 ゆんゆんもまた、普段の彼女とは打って変わって心を熱くさせていたらしい。

 

「私はめぐみんのライバルで!

 むきむきの一番の親友で!

 ちょむすけをずっと可愛がってた一人なのよ!」

 

「あんた今友情の部分だけ話を盛ったね。情けないと思わないのかい?」

 

「う、うるさいっ!」

 

「友達の話だけは誇張して話すんだねあんた……」

 

 一番の親友かどうか怪しいというのは、本人も思っていることだ。

 

「聞こえるだろう、この声」

 

 アーネスはカズマ達と戦う悪魔軍団を指差した。

 悪魔の数は随分と減っていて、カズマもアクアもダクネスもクリスも傷が目立つが、人間の側にはまだただの一人の脱落者も出てはいない。

 それでも、悪魔達は活気とやる気に満ちていた。

 

「うぉらぁ、さっさと片付けてウォルバク様んとこ行くぞ!」

「爆裂魔法の巻き込みなんざ怖くねえ!」

「こいつら面倒臭えぞ! 小狡い奴にアーププリーストにクルセイダーだ!」

「全員で一斉にかかれぇッ!」

 

 残機持ちの悪魔達は死を恐れない。

 

「悪いけど、今日ここに集まった悪魔は全員」

 

 恐れているのは、残機を持たないウォルバクが死ぬことだけだ。

 

「ウォルバク様が生きてられるのなら、一回や二回くらいは喜んで死ぬ悪魔ばかりでねえ!

 あたしもそいつらを率いてる一人である以上、あっさりやられてやれないんだよっ!」

 

「……!」

 

 人にも、悪魔にも、負けられない理由がある。

 

 八発目のエクスプロージョンの爆発音が、戦場に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 この戦場においては、人も悪魔も負けられない理由を持っている。

 だがその理由とは全く別の所に、負けられない理由を持っている者も居た。

 むきむきとホースト。

 少年と悪魔は『負けたくない』という一心で戦っていた。

 

 負けられない理由がたくさんあった。

 負けられない理由を全て削ぎ落としても残る『負けたくない』があった。

 『負けたくないから負けたくない』という、シンプルな意地が根底にあった。

 

「うぉらァ!」

 

 少年が悪魔の両肩を掴む。

 悪魔が少年の両肩を掴む。

 これ以上近付かせない、これ以上離れさせない、という合意の上での距離の固定。

 そこで二人は、互いの頭を潰すべく、全力の頭突きを始めた。

 

「はぁあぁっ!!」

 

 高速道路を走るトラックが、次々と壁に全速力でぶつかっていくような連続衝撃。

 絶え間なく頭と頭が打ち付けられる。

 二人の間に鉄球でも投げ込めば、すぐさま頭と頭に挟まれて押し潰されてしまいそうだ。

 

「人間の世界にもたまには出てみるもんだよなぁ! 楽しくてしかたねえぞ!」

 

 両者が思いっきり頭を引いて、ぶつけ合う。

 最後の頭突きの衝撃はあまりにも大きかったのか、両者の体は後方へと吹っ飛んでいった。

 むきむきは着地し、ホーストは翼を翻して空中にて旋回する。

 

「『インフェルノ』!」

 

 むきむきに迫る業火の塊。少年はそれに、光の拳で対応した。

 

「ゴッドブロー!」

 

 光の拳が炎を砕き、そのまま炎の背後から突っ込んで来たホーストの右肩にかする。

 退魔の光は悪魔の体を弾けさせ、かする以上のダメージを刻み込んでいた。

 

「っ!」

 

 ゴッドブローの攻撃力が高い。

 プリーストの浄化や破魔にもある程度耐性があるホーストにも、多少は効いているようだ。

 そこにホーストは違和感を感じた。

 

「破壊力が高えな……これよ、本当にただのゴッドブローか?」

 

「? そうだと思うけど」

 

 打撃の攻撃判定とは違う、聖属性の攻撃判定とは違う、もう一つの攻撃判定がある。

 何か不可思議な破壊がある。

 そうホーストが気付いた時、むきむきの背後にはいつの間にかに、ゆんゆんが地面に下ろしたちょむすけが居た。

 ここまで駆けてきたちょむすけが、むきむきの背後で叱咤の鳴き声を上げる。

 

(……そうか)

 

 それが、ホーストに全てを理解させた。

 

(エリスかアクアだと思っていた。

 だが違う。こいつに神の力を分けてるのは―――()()()()()だ)

 

 ちょむすけはこれでもメスだ。カテゴリー的には邪神であり、女神でもある。

 エリスに見守られ、アクアと共闘し、ウォルバクの力を借りる。

 今のむきむきには、これでもかと女神の何かが盛られていた。

 悪魔(ホースト)の敵としてはこれ以上無いと言っていいほどに。

 

(なんてこともない日常での共存が。

 特に大きな出来事もなく一緒に居たことが。

 信頼ではなく親しみで繋がる人間とペットの関係が。

 そのまま"邪神ウォルバク"がこいつに力を貸す理由になった)

 

 アクシズ教なら水のプリースト。

 エリス教なら幸運のプリースト。

 レジーナ教なら復讐と傀儡のプリースト。

 しからば今の少年は、世界で唯一人の『暴虐のモンク』である。字面が怖い。

 

「……おいおい、笑えるな。

 ウォルバク様のための戦いだってのに……

 一番面倒臭い敵が……ウォルバクプリーストの格闘家、だなんてよ」

 

「……ああ、やっぱり分かる? 僕が今、誰から力を借りてるかっていうの」

 

「ああ。それに加えて、もう一つ分かった」

 

 この戦いは、人と悪魔の戦いであり、爆裂魔法の師弟対決であると同時に、『ウォルバクとウォルバクの決戦』でもあったということだ。

 

「獣の方のウォルバク様は、お前らに勝って欲しいって意志を、ちゃんと示してたんだな」

 

「ああ」

 

 ふっ、と二人の姿が掻き消える。

 

「ゴッドブローっ!」

 

 双方共に瞬間移動を見紛う速度で踏み込んで、少年は拳を突き出し、ホーストは魔力を込めた腕でそのパンチを受け流した。

 空振ったゴッドブローが、魔力を消費する。

 

(うっ、目眩が……魔力が足りない?)

 

 それで、むきむきの魔力は底をついてしまった。

 めぐみんが魔力を使い切った時のように、限界を超えて魔力を消費してしまったことで、体が思うように動かなくなってしまったのだ。

 

(しまった……魔力の残量管理とかしたことなかったから……)

 

 魔法を使ったことがないむきむきだからこそ、やらかしてしまった初歩的なミス。

 レベルが上って、職業が変わって、それでもむきむきの魔力はそれなりに低い。

 そこにホーストが付け込んで、無防備にふらついた少年の腹を蹴り上げた。

 

「ぐあっ!」

 

 少年の体がダメージを受け、浮き上がる。

 ホーストは浮いた体にトドメの一撃を叩き込み、むきむきの不調が治る前に死に至らしめようとするが―――そこで、九発目のエクスプロージョンが、爆発した。

 

「―――!」

 

 ホーストは踏ん張り爆風に耐え、少年の体は爆風で流されホーストから離れて転がっていく。

 転がされた体が地面のくぼみに引っかかって止まり、ふらふらと立ち上がるむきむきに、少し離れた地点からゆんゆんが未使用の安物マナタイトを投げつけた。

 

「むきむき!」

 

 むきむきはそれをキャッチして、魔力を回復。

 なんとか戦闘続行が可能な程度にまで魔力を回復させる。

 

「ありがとう! 『ヒール』!」

 

 それで早速回復魔法を腹に当て、ホーストの蹴りで深くまでダメージを浸透させられた腹のダメージを癒やしていく。

 しかし、大きな痛みが小さい痛みになる程度の回復しかしていなかった。

 腹に発生した内出血も完治していない。

 こんなところでもアクアの凄さを実感するむきむきであったが、今はそんなことを考えていられる状況ではなかった。

 

 むきむきのスキルはどれもこれもスキルレベルが低い。

 スキルレベルが低いということは、魔力消費量も効果も低いということだ。

 そのため、まだ何回かスキルは撃てるものの、残り魔力量とスキル効果の両方が心許ない。

 自分の魔力量を管理しながら戦わないといけないという面倒臭さを、むきむきは今日始めて身に沁みて理解した。

 カズマ、めぐみん、ゆんゆんへのリスペクトが深まる。

 魔法を使わないダクネス、魔力無限のアクアに対しては特に深まらない。

 

(せめて最低でもゴッドブローは使わないと、ホーストは倒せない……!)

 

 爆裂魔法にさえ耐えたのがホーストだ。

 一番手軽な討伐方はめぐみんを当てること。

 だがそうしてしまえばウォルバクの爆裂魔法が飛んで来てしまう。

 次に手軽な方法はゆんゆんを当てること。

 だがそうすればアーネスがめぐみんに手を出し、ウォルバクの爆裂魔法が飛んで来るのは確実。

 

 ホーストとアーネスが残機持ちであるがために、ウォルバク視点この戦いで死なせても何も問題ないということが、むきむき視点で最大の問題となっていた。

 

「覚えてるか、むきむき。

 お前が俺と最初に戦った時言ってたことをよ。

 紅魔族は悪魔を倒すものだー、とか。

 仲間外れにされてても自分はその一員として動くんだー、とか言ってたよな!」

 

 殴る。

 

「ああ、覚えてるよ!」

 

「つくづく生きるのが下手糞な奴だな! 今もそれを続けてんだからよ!」

 

 殴る。

 

「じゃあ、ホーストは覚えてる?

 その戦いの時に、僕に言ったことを!

 仲間外れな奴ほど、そのコミュニティに献身的になりたがるってやつ!」

 

 殴る。

 

「ああ? んなこと言ったっけか?」

 

「言ったよ! あの言葉は痛烈で……僕は、あの言葉で少しだけ自分を省みたんだ!」

 

 殴る。

 

「んなこといちいち覚えてねえっての!」

 

「僕が言ったことは覚えてたくせに!」

 

 殴る。

 

「ああ、クソ、いってえな!」

 

 ひたすらに殴り合う。

 

「俺様がなあ! あの時お前を魔王軍に誘ったのは!

 実は結構本気だったんだぜ! お前と一緒に戦うのも楽しそうだと思ったんだよ!」

 

 拳で殴り、殴るように言葉をぶつけ合う。

 

「……ありがとう、でも、僕はそっちに行けない。

 行けない理由はもう言ったよ。僕の答えは、あの時と同じだ」

 

「だろうなぁ。惜しいことをしたぜ」

 

 仲間がこっちに居るから行けないと、昔のむきむきは言った。

 今のむきむきもそう言うだろう。

 ホーストに、友情を感じていたとしても。その選択を迷うことはない。

 

「行くぜオラァ!」

 

「来い!」

 

 少年の拳が悪魔の顔面に、悪魔の拳が少年の顔面に突き刺さり、双方吹っ飛ぶ。

 吹っ飛ぶ最中、ホーストはウォルバクの前を、むきむきはめぐみんの前を通り過ぎる。

 ホーストはウォルバクと目が合い、"守らなければ"と思った。

 むきむきはめぐみんと目が合い、アイコンタクトでめぐみんと意思の疎通を行った。

 

 それゆえに、この直後の少年と悪魔の行動は正反対のものになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーストはウォルバクの前に出る。

 爆裂魔法の詠唱を行うウォルバクをカバーできる位置に移動する。

 むきむきはめぐみんの斜め前に出る。

 だがそれは、めぐみんを守るためではなく、めぐみんの攻撃を補佐するためだった。

 

「我に許されし一撃は同胞の愛にも似た盲目を奏で……

 ……塑性を脆性へと葬り去る、強き鼓動を享受する!」

 

 めぐみんは杖を地面に突き刺し、素手でむきむきの背中を狙う。

 

「哀れな者よ、紅き黒炎と同調し、血潮となりて償いたまえ! 穿て!」

 

 めぐみんの詠唱はウォルバクより早いため、ウォルバクより早く終わる。

 杖を手放したことで威力を減らした爆裂魔法を、詠唱の形で更に調整し、威力を下げて爆風の勢いを強めた形で解き放つ。

 仲間である、むきむきの背中に向けて。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 爆裂魔法がむきむきの背中を破壊しながら、むきむきの体を射出した。

 彼は爆発と同時に爆心地とは反対方向、すなわちアーネスの居る方向へと跳んでいたため、それがまたダメージを軽減させる。

 

「―――!?」

 

「『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』ッ!」

 

 そして、マナタイトで回復した魔力を一撃分だけ残して、残り全てを回復魔法に投入。

 背中に受けた致命傷を、頑張れば痛みに耐えられる程度の重傷にまで回復させた。

 爆裂魔法で吹っ飛ばされながら自分への回復を続けるという前代未聞の特攻攻撃。

 

「甘いんだよ!」

 

 だが、アーネスも上級悪魔。これほどまでに奇を衒った奇襲にさえ対応してしまう。

 魔法を放つアーネスの手の平が、飛んで来るむきむきへと向けられて――

 

「狙撃!」

 

 ――カズマの狙撃をピンポイントで叩き込まれ、魔法は明後日の方向へ飛ばされる。

 

「カズマくん!」

 

「こっちは片付いたぞ! やれむきむき!」

 

 最高の幸運が、ここで連携を繋いでくれた。

 詠唱を終えたウォルバク・フリーになったゆんゆん・飛んで行ってアーネスとの距離を詰めきったむきむきが、同時に行動を起こす。

 

「『エクスプロー―――」

 

「『マジックキャンセラ』!」

 

「ぶっ飛べ!」

 

 ウォルバクが爆裂魔法を放とうとする。

 その魔法をゆんゆんが無効化する。

 そしてむきむきの拳がアーネスの腹を打ち抜き、その体を崩壊させていた。

 

「ウォルバク、様っ……!」

 

(!? 魔法無効化魔法、ここまで温存して隠していたっていうの!?)

 

 アーネスが魔界へと還っていく。

 これで三対三が三対二になった。

 崩れた均衡は戻らない。

 

「!」

 

 むきむきが再びホーストに挑みかかるが、アーネスが居なくなった以上、ゆんゆんは自由にその戦いを援護することができる。

 

「『ボトムレス・スワンプ』! 『アンクルスネア』!」

 

 沼がホーストの足を取った。

 魔法がホーストの足を固定した。

 身動きの取れない大ピンチに、ホーストはなおも不敵に笑う。

 

 むきむきは、いつも履いている宝物の靴を触った。

 ぶっころりーに貰った靴。思い入れのある、少年の戦闘にも耐えてきてくれた一品物だ。

 それに、最後の魔力を注ぐ。

 残った魔力の全てを注ぐ。

 靴を通して、今獲得したばかりのスキルを発動させる。

 

「ホーストぉッ!」

 

「来いやぁッ!」

 

 踏み込む少年。

 悪魔は足を固定されながらも、身の捻りと上半身の力だけで必殺の拳を繰り出してくる。

 少年は油断なく身を屈め、それをかわし―――光を込めた必殺の蹴りを、ホーストの胸へと叩き込んだ。

 

 

 

「ゴッド―――レクイエムッ!!」

 

 

 

 鎮魂曲(レクイエム)の名を冠したスキルが、今日一日に少年がホーストへと叩き込んできた数々のダメージを、一気に噴出させる。

 最後の最後の、トドメとなる。

 

「ホーストのこと……嫌いじゃ、なかったよ」

 

 少年は最後に本音を語った。

 

「……ああ、俺もだ。褒めてやるよ―――もうガキとは呼べねえな」

 

 悪魔は、随分と背が伸びたその子供のことを、褒めてやった。

 ホーストが消えていく。

 その肉体が消えていく。

 ホーストと仲良く話していた、こめっこやあるえのことをふと思い出して、むきむきは何故か無性に泣きたい気持ちになってしまう。

 

「そんなツラすんじゃねえよ……やっぱまだ、ガキか」

 

 ホーストは苦笑して、至近距離に居た彼の耳元で何かを呟く。

 そして、少年の髪をくしゃくしゃになるまで撫でてやる。

 

「わ、わっ」

 

「胸を張れ」

 

 撫でて、髪をくしゃくしゃにして、面白そうに笑って―――ホーストは、消えていった。

 

 アーネスが消え、ホーストが消え。

 ゆんゆんが妨害の魔法を準備している今、ウォルバクにできることは何も無い。

 

「ありがとうございました」

 

「礼を言われることなんて何もしていないわ、私はね」

 

 詠唱破棄の爆裂魔法が構えられる。

 

「私がここに今も生きていられるのは。

 こんなにも大好きになれる生き方を選べたのは。

 ……あなたの、おかげです。本当に、ありがとうございました」

 

 自らの死を前にしても、ウォルバクは恐怖や恨みの感情を何一つ見せることはなく。

 

「なら、最後にこれだけ覚えておきなさい。

 人を幸せにするのは神じゃないわ。……それは、いつだって人なのよ」

 

 ただ、微笑んだ。

 人の子の成長と未来を喜ぶ、女神様のように。

 

「―――『エクスプロージョン』ッッッ!!」

 

 コロナタイトの杖で強化された爆裂魔法は、ウォルバクのそれよりも輝かしい光景を生む。

 

 爆焔は、ウォルバクの死体の一欠片も残さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一発の爆裂魔法は、ウォルバクとの激戦を勝利へと導いた。

 何も残らなかった地平を、めぐみんは今にも泣きそうな顔で見つめる。

 けれども耐えきれなくなったのか、無言で歩み寄ってきたむきむきに、めぐみんは正面から寄りかかる。

 顔を彼の腹に押し付けて、自分の情けない顔を隠すように。

 

「めぐみん?」

 

「ごめんなさい」

 

 他人に泣いていると知られるのは嫌で、むきむきに泣いていると知られるのはいい。

 涙でぐしゃぐしゃになった情けない顔をむきむきにだけは見せたくない。

 そんな思考からの行動だった。

 

「ちょっとだけ、今だけは、寄りかからせてください……」

 

 むきむきには抱きしめるという選択肢があった。

 頭を撫でて慰めてやるという選択肢もあった。

 が、彼はめぐみんの肩を掴んで優しく離し、彼女の目元に浮かんだ涙を袖で拭う。

 

「いいよ、寄りかかかってもいい。

 僕だったらいつでも体を貸すよ。……でも、それは今じゃない」

 

「……え?」

 

 むきむきは左手でめぐみんの手を引き、右手をちょむすけに差し出した。

 ちょむすけが彼の右腕を駆け上がり、彼の右肩の上にちょこんと座る。

 

「ちょむすけの考えてること、僕には時々だけど何となく分かるんだ。

 アクシズ教徒はアクア様の声を聞けるんだって前に聞いたことがあるんだけど……

 その時は信じられなかったことが、こうして信じられるようになるなんて思わなかったよ」

 

 『知識』を貰える神様がいた。

 

「ホーストが、消える前に僕に言ったんだ。

 『ウォルバク様だけは助けてくれねえか』

 『色々教えてやった貸しを返すと思ってよ、な、頼む』

 ってさ。最後の最後まで、ホーストは自分の主のために動いてた……」

 

 元よりあった『動機』に、ホーストが動機を追加していた。

 

 ちょむすけがひと鳴きすると、ちょむすけとむきむきが触れた部分から光が漏れ、ふわふわとその場に浮かんで満ちる。

 

「おいむきむき、なんだこの光?」

「カズマ、これ神気よ。魔力より清浄で、もっと強い力」

「ほらダクネス、いいものが見られそうだよ?」

「クリス? どういうことだ? というかお前だけ驚きが少ないような気がするのだが……」

 

 悪魔を倒しきった仲間達も戻って来た。

 ちょむすけは猫が毛糸玉を転がして遊ぶ時のような仕草で、少年の首辺りから何かを抜き取り、それを宙に放り投げる。

 

「ちょむすけが言ってた。信仰者は一人でも、女神は成立するんだって」

 

「!」

 

 それが、光を吸い上げて形を成して――

 

「さっきぶりですね、『女神ウォルバク様』」

 

 ――先程爆裂魔法で倒されたはずの、ウォルバクを復活させていた。

 

「……え?」

 

 むきむきとちょむすけとクリスを除いたその場の全員が「え?」と言い。

 直後、皆の叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 こんな奇跡、二度と起こりはしないだろう。

 ウォルバクは爆裂魔法で倒され、その力はちょむすけに流れ込み、人間体のウォルバクは完全に消滅したはずだった。

 ここから復活する見込みは無いはずだったのだ。

 

「昔、ウォルバク様の『核』の欠片みたいなもの飲み込んでたみたいなんですよ、僕」

 

「え」

 

「あの時は石か何かでも飲み込んだと思ってたんですが」

 

 だが、むきむきが子供の頃邪神の封印解除の時に飲み込んでしまい、ちょむすけがむきむきから抜き取ってウォルバク復活に使ったものが、あんまりにも普通ではなかった。

 

「……ああああああっ!

 私の半身の力が増してた理由! 力のバランスが崩れてた理由!

 私がそっちの半身に取り込まれかけてた理由!

 そうか、あなたがそれを取り込んだ上で、ずっと私の半身の傍に居たから……!」

 

「その辺はなんというか、ごめんなさい」

 

 むきむきは邪神の封印解除時、二つに分かれたウォルバクの、大きな二つに分かれなかった小さな破片の一つを飲み込んでいた。

 ちょむすけはそれを使ったのだ。

 

「いや、だからって、こんなことができるわけが……」

 

「僕は『女神ウォルバク』のプリーストです。

 そこにちょむすけが『ウォルバク』という枠で力を貸してくれてたんですよ」

 

「―――」

 

「ウォルバクさんも元は女神だったんですよね?

 アクシズ教徒の邪神認定とレッテル攻撃の結果、邪神となったと聞きました」

 

 アクアが思いっきり顔を逸らした。

 

「女神ウォルバクのプリーストが居るのなら、女神ウォルバクが居ないとおかしい。

 信仰者が一人でも居れば、信仰と神性は成り立ちます。

 今はちょむすけが邪神ウォルバク。あなたが女神ウォルバクなのです」

 

「な、なんて強引な……成功率だって数%あればいい方だったでしょうに……」

 

「懸ける価値はありました。こうして成功したなら、結果オーライですよ」

 

 怠惰の女神ウォルバク。

 怠惰と暴虐を司る邪神ウォルバク(ちょむすけ)。

 今やこの二人は、別個の神として独立した存在となっている。

 そのくせ『ウォルバク』ではあるから両方共にむきむきの信仰を受け、むきむきに力を貸し与えることができるという、奇妙な関係性が構築されていた。

 

 そこまで聞いて、カズマはむきむきの胸板にびしっと手刀をツッコミ動作で打ち付ける。

 

「いやそれができるなら俺達にも最初からそう言ってくれよ!」

 

「ちょむすけも『できるわけないけどやるだけやってみたら?』くらいの言い草だったし……」

 

「ちょむすけそんなキャラだったのかよ……」

 

「お茶目な女の子って感じかな」

 

「今更だが女の子にちょむすけとか名前を付けためぐみんが大戦犯な気がしてきた」

 

「ちょむすけという名前の何が悪いって言うんですか!」

 

 全部悪い。

 

「凄えな女神。こんなとんでもないこともできるのか。見習えよ、アクア」

 

「なんで私を引き合いに出すのよ!

 あのねえカズマ、分かってないようだから教えてあげるわ。

 こんなこと他のどんな女神が真似しようと思ってもできるわけないのよ?」

 

「え、そうなのか? じゃああれか、奇跡が起こったってやつか」

 

「そゆこと」

 

 アクアはカズマに得意げにウインクして、めぐみんとむきむきの方をちらっと見て、自分の手柄でもないのに得意気に語る。

 

「信仰され、祈りを聞き、奇跡を起こす。それが神様ってものでしょう?」

 

 お前俺の祈り聞いてくれたことあったっけ、とカズマは思ったが、口には出さなかった。

 むきむきはちょむすけを肩に乗せたまま、ウォルバクと向き合う。

 

「ウォルバク様、色々と言いたいことはあると思います」

 

「……」

 

「部下が倒されたのに自分だけ生き残って良いのか。

 そう思っているとは思いますが、生きてください。

 それが僕に最後に言葉を残した……ホーストの願いでした」

 

「……ホースト」

 

「ホーストだけじゃありません。

 他の悪魔もそうでした。ウォルバク様が生き残ってくれれば、それでいいと」

 

「……」

 

「魔王軍と戦ってくれ、なんて望みません。

 もう魔王城の結界維持の任も解けたなら、僕らが敵対する理由もありません。

 だから見守っていてください。エリス様みたいに、僕らから少し離れた所から」

 

「……」

 

「どうかお願いします、ウォルバク様」

 

 むきむきはちょむすけを手に抱え、深々と頭を下げた。

 勝者であるのに、彼女の命を救った恩人であるのに、優位に立っている者であるのに、敬意をもって頭を下げて、ウォルバクに『お願い』していた。

 少年に抱えられたちょむすけが、ウォルバクのことをじっと見ている。

 ウォルバクは少しの困惑を見せ、次第に納得し、そして微笑んで、少年の頼みを聞き届けた。

 

「私は敗者で、あなたは勝者。

 私は助けられた側で、あなたは命の恩人。

 ……なら、従いましょう。それが条理というものだものね」

 

「……! ありがとうございます!」

 

 この結末を、誰が予想できたことか。

 奇跡が起きて、ウォルバクもちょむすけも残るだなんて、誰が想像しただろうか。

 めぐみんがむきむきに語った"あの日助けてくれたお姉さんに話したかったこと"も、これでちゃんと語ることができるだろう。

 少女の積年の想いは、これできっと果たされる。

 

「良かったね、めぐみん」

 

「むきむき……」

 

「僕もちょっとはめぐみんを喜ばせられたかな」

 

 ちょむすけは女神ウォルバクの復活などできないと思っていた。

 女神ウォルバクから見ても高くて数%の可能性でしかなかった。

 それを実現にまで持っていったのは、女神への信仰、すなわち想い。

 めぐみんを笑顔にしたい、後悔は少なくしたい、幸福は大きくしたい―――そんなシンプルな少年の想いから生まれた、必然の奇跡を招き入れるほどの強き想い。

 

「ありがとう、むきむき」

 

 少女は少年の手を取って、その手を己の頬に当てる。

 自らの頬の熱を伝えるように。

 口から漏れる言の葉を、少年の手を通して伝えるように。

 少年の手を己の頬に添えたまま、少女は微笑む。

 

「あなたは今日、私にとって一番大切な人になりました」

 

 今日という日に、むきむきという少年の力に変化が起こり。

 

 今日という日に、めぐみんという少女の心に、小さくない変化が起きていた。

 

 

 




>1-2-1 むきむき、五歳にして修行回
の冒頭ですね、はい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。