「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」 作:ルシエド
アクアとダクネスがポタラ合体! akuaにMが加わってAKUMAに! 「お前の胸のどこがめぐまれてんの?」と暴言を吐いたカズマさんにめぐみんの策略が前科を付与させる!
……これも短編向けだあ……
「だ……大惨事だ……」
ふにふらとどどんこのお陰で早急に里の大人達に事態が通達されたが、里の大人達が皆忙しかったのと、結局救助に行くことになった紅魔族ニート軍団が出立寸前にぐずったため、救助はちょっとだけ遅れてしまった。
ニートは足腰が弱いため、山登りという過程で更にちょっと時間がかかってしまう。
結果、むきむき達は鍋食ってまったりと進んでいたというのに、救助に出されたニート達が現場に到着したのは、鍋奉行とむきむきの戦闘開始から数分が経った後だった。
「あれ鍋奉行? うっわ、結構削れてるな……両方共」
血で真っ赤に染まった雪景色。
地面に転がされている鍋奉行。
そして鍋奉行を逆エビ固めで固めているむきむきと、むきむきが奪ったらしい鍋奉行の刀を握っているゆんゆんと、何やら草を持っているめぐみん。
どうやらニートどもは、そこそこいいタイミングで到着したようだ。
「よし、よし、魔法はもう来ないな……めぐみん、ゆんゆん、絶対近付いちゃ駄目だよ!」
「むきむき! 血が! 血が! 力むと血が吹き出してる!」
「頑張ってください! そのまま腰をへし折るんです!
って、あ、里のニートども! 来たんならさっさと援護して下さい!」
ここまでの戦闘の経緯に、特筆すべきところはない。
むきむきが鍋奉行に切られながら殴りまくり、その内奉行の刀を奪って放り投げ、そこからは魔法VS格闘合戦に移り、血を血で洗う戦いに移行したというだけの話だ。
魔力と体力をゴリゴリ(ラ)削られ、ゴリ(ラ)押しで弱らされた鍋奉行は、「これ以上余計なことさせるか!」とむきむきの固め技を食らってしまう。
この世界のスキルは、『手』を起点にするものが多い。
そのため、逆エビ固めはそこそこ効果的だ。不死王の手やドレインタッチ等、手で触れることで凶悪な効果を発揮するリッチー等にも積極的に使っていってもらいたい。
相手に魔力が残っていれば、最悪魔法を食らってしまうかもしれないが。
「え、援護行くぞ!」
「おー!」
「俺めぐみんちゃんのご近所さんだからあの子の保護に行くわ」
「サボってんじゃねえぞぶっころりー!」
かくして。
体力と魔力をゴリゴリに削られた鍋奉行は魔法で捕縛され、死ぬまで上級魔法を叩き込まれ、地形が変わるくらいの火力で消し飛ばされました。
以前邪神っぽい獣と戦った時より、格段にむきむきの実力は増している。だが、腕力があっても火力がないというのが目立ってきた。
今回は魔力防御が高く物理無効能力も持たない敵だったからいいものの、この世界は一部の存在が反則じみている。筋肉と筋肉魔法だけで勝てない相手も居るだろう。
彼の弱点を補うには優秀な魔法使いが必要であり、彼の能力は優秀な魔法使いの穴を埋めるのに最適だ。
その結論に至ったのは、日々攻めてくる魔王軍を暇潰しに消し飛ばしているニート軍団も、同様であったようだ。
「君やるなあ。
「れっどあ……え?」
「自警団だよ自警団。俺達がやってるやつだ」
「ああ自警団。まだ職が見つかっていない人達が、日々腕を磨き里を守っているという……」
「違うわよむきむき。働きたくない、家から出たくもない。
そんな人達が魔王軍を倒すって名目で里の中ブラブラしてるだけの集まりよ」
「そうですね。クソニートのお遊びクラブみたいなものです」
「ゆんゆんとめぐみんの痛烈な真実指摘が胸に痛い……!」
「違う、俺は自分にふさわしい職が見つかってないだけなんだ!」
「むしろ僕にふさわしい職がないんだ!」
「私が無職にならなければならないこの世界が悪い!」
「黙ってて下さいクソニートども。
むきむきをそっちの道に招くようなら、炒め物した後のフライパン顔に押し付けますよ」
特定条件下で人を襲いまくる上強いため、鍋奉行の懸賞金は一億エリス。
地球で言えば2016年日本人平均年収の約22.6244343891倍に相当する。
とりあえず五千万は里にかっこいい銅像を建てるために使われることが決まり、残りは戦ったむきむきと自警団の山分けということになった。
「このバカどもが! 子供だけで勝手に山に行くなどと!
今日のお前らはアクシズ教徒どもよりバカだ! 分かっているのか!」
「え……!?」
「嘘……でしょ……!?」
「アクシズ教徒……以下……!?」
当然、子供達は親や大人達からこっぴどくお叱りがあった。
親が居ないむきむきは"親の代わりに"と族長が叱り、むきむきは申し訳なさそうにしながらも、親代わりに誰かが叱ってくれることがちょっとだけ嬉しかったりした。
ふにふらの弟も無事助かり、血濡れで帰って来たむきむきと薬草を持って帰って来たゆんゆんを見て、ふにふらとどどんこも何かしら思う所があったらしい。
人間関係が、そこかしこで少しづつ変動しているようだ。
そんなこんなで結構な月日が経った、ある日のこと。
「むきむき、相談がある」
「なんでしょうか、ぶっころりーさん」
「女の子にモテるには、どうしたらいいんだ?」
「え……? あ、あの、その前に聞いていいですか?
……なんで僕に聞いて有意義な答えが返ってくると思ったんですか?」
「君が俺より、ずっと女の子と仲良くしてる子だからだ!」
「……」
身長223cmッ! 体重273kgッ! その圧倒的巨体は、頼りがいを感じさせる。
だが八歳ッ! 八歳に恋愛相談をするニート。これで何が解決するのだろうか。
彼の名はぶっころりーといい、めぐみんのご近所の靴屋のせがれである。めぐみんからすれば、近所のお兄さんといったところだろうか。
あの雪山に助けに来てくれた一人であり、その頃からむきむきと交流を持ち始めた青年だ。
皆が忙しい時もニートなため忙しさとは無縁であり、山に行った子供を助けに行ったり、めぐみんの妹で現在二歳のこめっこの面倒を見たりもしている。
そんな人物なので、むきむきも邪険にできないわけで。
"癖が強いが根が善良"という紅魔族にありがちな性格のため、こういう面倒臭い案件を斜め上な感じで持ってきたりする。
恋愛相談なんてどうすればいいんだ、とむきむきは生真面目に悩み始めた。
(めぐみんに相談?)
ダメだ、あの人が恋愛に没頭する姿が想像できない、と少年は思いつきを投げ捨てる。
(ゆんゆんに相談?)
ダメだ、あの子は恋人作りの前に友達作りが……と少年は思いつきを投げ捨てる。
(大人に相談?)
ダメだ、ぶっころりーさんが自分に相談してきたのは大人に自分の恥を見せたくなくて、子供に知られる分にはいいと思っているからだ、と少年は思いつきを投げ捨てる。
(じゃあどうし……あ)
そうして、名案を思いついた。
「ちょっと移動しましょうか。僕も今内職終わりましたし、どうせ暇ですよね?」
「……悪意がなくてもニートに"どうせ暇でしょう"は傷付くからやめてくれ……」
むきむきが助力を頼んだのは、眼帯の少女であった。
「我が名はあるえ。紅魔族随一の本好きにして、いずれは作家となる者……」
ある意味めぐみんやゆんゆんより厄介な手合いではあるが、一部分野ではかの二人より頼りになりそうな少女、あるえ。
むきむきが彼女を頼ったのには理由があった。
「あるえは、作家を目指してるくらい本好きだったよね」
「ああ。ふむ……恋愛に関する相談を何故私に持ってきたのかわからなかったが……
つまり、そういうことかな?
この前恋愛小説を試しに書いてみたと私が言ったことを、覚えていたからか」
「うん。そういうこと」
恋愛経験が無いなら恋愛小説を沢山読んでそうな人を頼ろう、という思考。
『フィクションと現実は別』という認識が根付いていない、むきむきの年相応な一面が見られた一幕だった。
「そういうことなら協力しよう。面白いことがあったら小説にできそうだ」
「ありがとう、あるえ!」
「いや小説にするのはやめてくれよ……俺が恥ずか死ぬ」
あるえは知り合いを小説のネタにすることも躊躇わない気性であった。
「恋愛に関しては、私も出所不明の古文書から学んだクチだ。
この手の定番はまず相手の事前調査さ。
そして会話で好感度を稼ぐ。イベントで関係を進め、最後には
『この樹の下で結ばれた二人は永遠に引き裂かれない』
という伝説を持つ樹の下で告白し、物語は終わる……そんな感じでいいと思うな」
「里にそんな樹あった?」
「無ければ作ればいいじゃないか。
むきむき、君の出番だ。
適当にどっかから大きい木を引っこ抜いて植えればいい。
里の皆はそういうのが好きだから、勝手に伝説を作ってくれるよ」
「なるほど。恋愛は難しいんだね」
(この二人を頼るべきだったのか……?
まだめぐみんかゆんゆんを頼った方がよかったのでは……?)
ときメモ的に言えば、異性を攻略するより爆弾で吹っ飛ばす方が基本大好きな紅魔族に、まともな恋愛アドバイスを求めてはならない。
「まずは事前調査、か……
じゃあぶっころりーさん、そけっとさんと話しに行きましょうか。
好きなもの嫌いなものくらいは把握しておきましょう」
「え、むきむきはそけっとと仲良いのか?」
「? ろくに話したこともないですよ?
だから今日話して仲良くなって。好きなものとか聞こうかと。
趣味嗜好とか話の切っ掛けを見つければ、ぶっころりーさんも次以降話しやすいと思いますし」
「……ああ、そういえば君、ゆんゆんと違って境遇に起因するぼっちだったっけ……」
攻略対象Aと仲のいい人に好きなものや趣味が何かを聞いてもらう、ではなく。
攻略対象Aとささっと仲良くなって聞きたい内容を聞く、という基本思考。
「僕に異物感覚えてる人も多いと思うんです。
なので、最初の会話でその辺も探れたらな、って。
そけっとさんがその手の人なら、以後僕の助力は期待しないでください」
「ま、妥当だね。そうなったらむきむきはそこのニートより役に立たなくなる」
「俺一人でそけっとの心を射止めろっていうのか!」
「私が思うに、恋愛とは基本そういうものだと思うのだけれど」
「……」
あるえの痛烈な一言に、ぶっころりーが顔を覆う。
「……仕方ないじゃないか……恋愛経験なんて、無いんだから……」
「それにしては高いハードルを選んだね。あのそけっとだろう?」
そけっとは紅魔の里随一の占い師である。
そも、この世界において占い師という職業はとても重要なものだ。
地球と違い、この世界の占いは未来予測のそれに近い。
程度の差はあるが、占いはほぼ事実に近いことを言い当てている。
そけっとは『全てを見通す悪魔』の力の片鱗を借りているとも言われる占い師であり、里の外から彼女目的で来る者が時折居るほどの、極めて優秀な占い師だ。
その上、魔法の腕も確かな魔法使いであり、「木刀かっこいい」という理由で我流のへなちょこ近接戦闘術を鍛えていたりもする。
そして、なにより。
能力以上に、里一番の美人ということで有名だった。
陳腐な言い回しになるが、『才色兼備』と表現するのが、一番的確だろう。
「控え目に言うけど、ゴキブリが蝶に恋するようなものじゃないかな」
「あるえさん! 俺はニートで心が弱いので! もう少し手心を加えて下さい!」
対するぶっころりーは靴屋のせがれでこれといった長所が見当たらないニート。
戦闘力だけは高いが、そもそも紅魔族はほぼ全員がでたらめに強いため、相対的に見れば特筆して強いというわけでもない。
恋愛的勝利へと続く栄光のロードがどこにも見当たらないのだ。
「言い過ぎだよ、あるえ。ぶっころりーさんは優しい人だよ」
「むきむき……! ありがとう……!」
「『優しい』って別に異性に好かれる要素ではないよ、むきむき。
優しいだけでモテない人の方が多数派だ。
里の外ではそういうのを『いい人止まり』と言うらしいね」
「「 !? 」」
「好いた理由を聞かれて、"優しいから好きになった"と言うものあるけれど。
あれは"辛い時に優しくしてもらった"という意味か……
あるいは、"それ以外に長所が思いつかない"とかだからね」
「恋愛本読んだだけの子供の台詞なのに、何故か胸に刺さる……!」
優しいだけで好かれるなら苦労はしない。
かと思えば、特に理由もなくクズに惚れてしまうこともあるわけで。
決定的なイベントで好きになったり、日々グダグダしている内に好きになったり。
友情に近い恋愛もあれば、信頼に近い恋愛もある。
恋愛とは複雑怪奇なり。
「ああ、ぶっころりーさんが悶えてる……とりあえず置いていこう」
「むきむき、もう放っておいていいんじゃないかい?
これに付き合う義理も、付き合って得るものもないだろう?」
「でも放っておいたらかわいそうだよ。知ってる人だし、困ってるなら助けてあげたい」
「……ふむ」
あるえは趣味で付けている眼帯を指でなぞり、むきむきを見て、見透かしたようなことを言う。
「ゆんゆんが他人からの押しに弱い子なら、君は自分の中の良心や善意に弱いのかもね」
ぶっころりーを置いてそけっと宅に向かうむきむきとあるえ。
目的はそけっとのことを調べ、ぶっころりーが彼女を攻略する助けとなること。
なのだが、あるえは「面白そうだから私は基本君に任せるよ」と言って小説のメモを取る態勢に入り、速攻で役立たずと化した。
なので、むきむきが一人でそけっとと話すことになったのだが……
「一人で暮らしていて何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってね?」
「こちらこそ。力仕事で困ったことがあったら任せて下さい」
そけっとは、彼の予想以上の女性だった。
むきむきに対する偏見もなく、容姿端麗で話が上手い。
聞き上手で話し上手、話していて楽しいため初対面でも会話が苦にならない。
言葉に自然と感情を乗せることや、会話の中で自然と細かな仕草を見せるのが上手く、それら一つ一つが他者から好感を持たれるものであるため、無自覚に話した相手の好感を得られるタイプのようだ。
ぶっころりーは自分やゆんゆんと比較してむきむきにコミュ力があると言っていたが、そけっとはむきむきと比較してもなお高いコミュ力がある。
流石は占い師といったところか。
強いて欠点を挙げるなら、性格が基本的に標準的な紅魔族であることくらいだ。
むきむきがそけっとのことを知るための話の流れに持って行けば、ごく自然にそこから話を広げ、むきむきがそけっとのことを一つ知るたびに、むきむきは自分のことを一つ語らされていた。
(……うーん、凄く異性にモテそうな人だ……)
どうしたものか。
そけっとと話し終えた後、あるえを連れてむきむきは帰還。
この
そして数日後、とりあえず二人をくっつける第一手が発案された。
「プレゼントから行く、というのはどうでしょうか?」
「プレゼント?」
「成程、堅実だ。私もそれに賛成しておこうかな」
シンプル・イズ・ベスト。
プレゼントでそけっとの気を引こう作戦である。
「むきむき、贈るとして何を贈るつもりか聞いてもいいかな?」
「消え物がいいんじゃないかなあ」
「ああ、形が残るのは重いからね。無駄にならない日用品辺りが無難かな?」
「食べ物か、洗剤か、お香か……れいれいさんのとこのシャンプーとか」
「いいセンスだ。あれは香りと容器のデザインが女性に人気だったはず」
「あるえだったら何を貰えたら嬉しい?」
「ん? 私だったら、そうだね……」
形が残るものは想い出の品になるが、スペースを取ってしまったり、重く受け止められてしまう場合がある。
例えばペンダントなどをプレゼントしても、使い所がないので机の引き出しにしまわれて死蔵されてしまうのがオチだ。プレゼントは、相手が喜ぶものを贈らなければならない。
付き合いがない人の好感度だけを稼ぐなら消耗品、それもあって困らない物にするのが無難。
紅魔族特有の早熟な知能でそういうことを話し合っていた二人であったが、ぶっころりーはニートらしくその斜め奥を行く。
斜め上ではない。斜め奥だ。
「いや、宝石を贈ろう」
「「は?」」
「ジャブは要らない。ストレートで行く!」
「「……」」
「他の男がやらないようなことをして、そけっとの心を掴むんだ!」
どこかの世界のどこかの匿名掲示板で、「良い子の諸君! よく頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカが『誰もやらなかった事に挑戦する』とほざくが(ry」と腕を組みながら言っていた。
紅魔の里の周辺は強力なモンスターの群生地である。
先日のむきむき達のように安全な山に行くこともできるが、あえて危険な場所に行き希少な素材を集めに行くこともできる。
例えば。宝石を好んで食べ、体の表面により純度の高い宝石を生成する巨大トカゲのモンスター『ジュエルリザード』が生息している場所……彼らが居るこの場所などが、そうである。
「ぶっころりーさん」
「ん? なんだい?」
「ジュエルリザードって紅魔族一人で十分狩れますよね? なんで僕を連れて来たんですか?」
「上級魔法ぶつけたら、宝石ごと吹っ飛ばしちゃうじゃないか」
「……あー」
「というわけで、俺が動きを止めるから、その隙に頼むよ」
むきむきが連れて来られたのはいいとして、何故かこの場にはあるえも居た。
「なんで付いて来たの? あるえ」
「気にしないで欲しい。小説のネタにしたいだけだから」
「わぁ、貪欲だぁ」
この辺りはジュエルリザードを恐れ他のモンスターが近寄らないため、ジュエルリザードにだけ気付いていれば野良モンスターに襲われることはないとはいえ、随分肝が座っている。
この子は将来、大物になるだろう。
むきむきはあるえを庇うように歩き、ぶっころりーは先頭を歩いて、目当てのジュエルリザードを発見するやいなや、捕縛の魔法をぶっ放す。
「よし、見つけた……ストーンバインド!」
放たれたのは、土の上級捕縛魔法。
魔力の量と制御力によって、全身を包む岩の檻にも、手足を捕らえる岩の枷にもなる。
土の枷にも、鉄岩の檻にもなる。そんな魔法だ。
オオトカゲは四肢だけを鉄より硬い岩に絡め取られ、その場から動けなくなってしまう。
「今だ、むきむき!」
(ぶっころりーさん、戦ってる時はこんなにかっこいいのになあ)
体長5m、尾も含めれば10m以上の大トカゲも、こうなってしまえば形無しだ。
近寄ってくるむきむきにも、大トカゲは威嚇することしかできていない。
「ごめんね。でも殺さないだけ有情と思って。……ホントにごめんね」
そう言って、むきむきはジュエルリザードの背中に手を伸ばし、その体表にくっついている宝石を掴んで、ぶちっと取った。
トカゲの悲鳴が響く。
もう一つ取る。
トカゲの悲鳴が響く。
もう一つ取る。
トカゲの咆哮が響く。
もう一つ取る。
トカゲの嗚咽が漏れる。
死なない程度に、むきむきはぶちっぶちっとトカゲの体表の宝石を引きちぎっていく。
「うわぁ」
ちょっと引きながらも、あるえは手帳にメモを取る。
『残酷な敵組織の幹部』をどう描写すればいいのかの参考資料をゲットする、あるえであった。
大きなカゴ一杯に宝石を積み込んで、むきむき達は里に帰還する。
ジュエルリザードは泣いていた。人間で言えば突然やって来た強盗が自分の髪の毛を一本残らず引き抜いていったようなものだ。そりゃ泣きたくもなるだろう。
だが、自然の世界は弱肉強食。弱者はハゲにされても文句は言えないのだ。
ジュエルリザードから身ぐるみ
「あ、ジュエルリザード狩りお疲れ様。むきむき君達」
「「「 !? 」」」
そけっとの第一声に、初っ端から出鼻を挫かれた。
「そ、そけっと、何故それを……?」
「あの場所、私のお気に入りの修行場からよく見えるのよ」
「なんと……」
どうやら立地が悪かったらしい。
嫌がる人の全身のかさぶたを片っ端から剥がしていくようなあの光景を、そけっとはばっちり見ていたようだ。
それでドン引きしていないのは、流石成人した大人の紅魔族といったところか。
(どうしようあるえ)
(プレゼント作戦は失敗だ。もうバレバレじゃないか。
そけっとはまだ引いてないけど、これを渡したらどうなると思う?
『このプレゼントは流石に正気を疑う』
とか言われるよ。素材集めならともかく、女性へのプレゼントとしてはちょっと……)
むきむきとあるえがこっそり作戦会議を開くが、この状況を打開する方法など見つかるわけもない。ぶっころりーの顔も真っ青だ。
「あ、あのだね、そけっと……」
「言う必要はないわ、ぶっころりー。
我が名はそけっと。全てを見通す里随一の占い師……
やがては世界一の占い師となる者……
我が目は大悪魔バニルより多くの事象を見通している……」
「なん……だと……!?」
全てを見通すように、そけっとの目が赤く輝く。
「この宝石でどんな魔道具を作るかの相談、でしょう?」
「……えっ」
「任せて。私、この手の知識は豊富だから!」
その目は節穴だったようだ。
(あるえ、セーフ?)
(セーフのようだよむきむき)
そけっとは未来を見る能力を持っているが、欠点もある。
自分が関わる未来ははっきりと見えないのだ。
そのため、自分に関わる事柄に対しては節穴である。
自分に向けられる好意にも鈍感だ。
つまり、能力が高く美人だがちょっとアホな一面があるのだ。
大悪魔バニルとやらに関わる女性は皆こんなんなのかもしれない。
「じゃあぶっころりー、ちょっとお話しましょうか」
「あ、ああ!」
何やら話し始めたそけっととぶっころりーを置いて、むきむきとあるえはこっそり家を抜け出していく。
「置いてってよかったのかな」
「子供に頼りきりの恋愛なんて長続きしないと、私は思うけどね」
幸か不幸か、接点は出来た。宝石が尽きるまで、あの二人の関係は続く。
ぶっころりーとそけっとの関係は、名前だけは知ってる知り合いという関係から、一歩進むことだろう。
良い形に進むか、悪い形に進むかは、まだ分からないが。
「あ」
ちょっとだけ貰ってきた宝石をポケットにしまいながら歩いていると、むきむきとあるえは文房具店でめぐみんとゆんゆんを発見する。
「ごめん、僕ちょっと話してくる」
「ああ、好きにするといい」
むきむきが二人の下に行くと、三人揃って表情が――いい意味で――変わったのが、遠目にもよく見えた。
あるえはその辺りの切り株に腰を落ち着ける。
今日取ったメモを眺めていると「はい、プレゼント。日頃のお礼」「これ……高純度のマナタイト鉱石じゃない! どうしたのこれ!?」「売っても買っても高いやつですよね、これ」と声が聞こえてくる。
あるえが顔を上げると、「ありがとう、むきむき」「これ売ったら今月のうちの生活費は安泰ですね。感謝します」「ちょっとめぐみん!?」と荒れてきた会話風景が見える。
手帳を閉じて眺めていると、「友達のプレゼント即転売って何考えてるの!?」「貰ったものをどうしようが私の勝手です」「ゆんゆん、僕は気にしないから……」「むきむき、目を覚まして!」と愉快な会話が繰り広げられている。
転売ヤーめぐみん。
プレゼント片手に転売に走り出しためぐみんをゆんゆんが追いかけ走り出したところで、あるえはこらえきれずに笑ってしまった。
本当に楽しそうに生きてるね、なんて思いながら。
「あるえ、お待たせ。ごめんね、待たせて」
「いや、おかげで面白いものが見れ……うん?」
文房具屋から出て来たむきむきは、右手に小包を持っていた。
「それは?」
「今日は手伝ってくれてありがとう。あるえは
『付き合う義理も、付き合って得るものもない』
って僕に言ってたけど、それは僕もあるえに思ってたことだったから」
小説のネタに出来る、と本人は言っていたが、こんな面倒臭いことに最後まで付き合ってくれたのは、ひとえにあるえの善意によるものだ。
「義理も得もなく付き合ってくれたあるえに、ありがとうを伝えたかったんだ」
その善意に、むきむきは贈り物で応える。
彼は、誰かの善意に贈り物で応えるということを覚えた。
―――あるえだったら何を貰えたら嬉しい?
ああ、そうか、とあるえは納得する。
あの時の質問は、同じ女性としての視点が欲しいという意図で発せられた質問ではなく。
最後の最後に、どんな礼をすればいいのか探る質問であったのだ。
―――ん? 私だったら、そうだね……新しいペンが欲しいかな
彼が彼女に渡した小包を空ければ、そこには『新しいペン』が入っていた。
「要らなかった?」
「いや」
この筋肉が無くて魔法の才能があったなら、自分達の世代の潤滑油役になれてたかもしれない、だなんて思って、あるえは苦笑する。
そして、作家志望の自分の想像力の豊かさに苦笑し、やがて苦笑を微笑みに変える。
「ありがとう。
貰って嬉しかったペンの代わりに、あるえはむきむきが貰って嬉しく思う言葉を投げかけた。
「……友人」
「ああ。少なくとも私はそう思っている」
むきむき視点であるえは『友達のクラスメイト』。
あるえはそれを察していた。
だが、むきむきはあるえと友達になりたいとも思っている。
あるえはそれも察していた。
友達になりたい気持ちはあっても、自分が紅魔族の出来損ない、皆の仲間外れであるという意識が邪魔をしてしまう。
あるえは、それさえなんとなく察していた。
「同じことで悩み。
一緒に悩みを解決するため動き。
共に一つの決着を迎える。
これが友達でなくてなんと言うのかな?」
むきむきにとって値千金のその言葉は、子供の所持金で買えるペンのお返しとしては、不相応過ぎるくらいに価値のある言葉だった。
あるえからすれば、物のお返しに優しい言葉で満足してしまう彼は、ゆんゆん以上に危なっかしい部分が垣間見える少年だった。
「我が名はあるえ。紅魔族随一の本好きにして、むきむきの友である者」
まあでも、友人にする分にはいいやつだと、あるえは思う。
「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉の持ち主にして、あるえの友である者」
今日はいい日だと、少年は思う。
優しい友達がまた、一人増えたから。
あるえにとってのむきむきは、信長を女体化させてヒロインとして出す現代の創作者にとっての信長のようなもの。実在の人物で、玩具にもしていますが、好感もあるよ的な感じです