「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」 作:ルシエド
4-1-1 英雄をいとも容易く殺す物
普通に寝ていて、起きたら目の前に女神が居るというのにも、むきむきはすっかり慣れた。
「どうも、こんばんはです」
「どうも、こんばんは」
女神は全知ではなく、少年は女神に声を伝える手段を持たない。
そのためか、二人は定期的に夢の中であって情報交換を行っていた。そのついでに、友人としてつまらない会話もしていたが。
「先日はアクア様の羽衣を直していただき、ありがとうございます。
本当にすみません、手は尽くしたんですがもうエリス様に頼るくらいしか方法がなくて……」
「先輩のことですから。私があの人の後輩だった頃から、こんなのは日常でしたよ」
むきむきがこの夢を通して先日エリスに頼み事をし、エリスが快く受けてくれたものだから、現在進行形で少年の敬意は天元突破である。
女神エリスは少女のように微笑む姿も美しい。
これで面倒見が良くてお茶目なところもあるというのだから、親しみと尊敬を一身に集める女神の理想形とさえ言えるだろう。
「最近は何かありましたか? エリス様」
「うーん、魔王軍の動きが少し怪しい、くらいですね……」
「気を付けておきます。
あ、そういえば最近アクセルの街のエリス教の教会、建て直したんですね」
「はい。私を信仰してくれる皆の好意と、今までの頑張りのおかげです」
「エリス様が尊敬されてるっていう証ですよ。
でもなんだか凄い防備でしたね。攻められても全然平気そうな感じでしたよ、新教会」
「……アクシズ教徒の人に襲われても平気なように、だそうです」
「……アクセルのアクシズ教会の人は知り合いなので、また強く言っておきます」
「……ありがとうございます」
新築のエリス教会は攻めて来た者に反撃すること、外部からの攻撃に耐えること、その両面において優秀な性能を発揮できるような造りで建築されていた。
アクセルの街のアクシズ教徒がエリス教徒への嫌がらせをやめるわけがない。
日本の某有名野球球団が下半身タイガースと下半身ジャイアンツに改名するくらいありえないことだ。下半身クライマックスシリーズの実現程度のお話である。
それに対してがっつり対策するあたり、エリス教徒にもこの世界の住人らしさが見て取れる。
ちなみに旧エリス教会は、魔王軍やモンスターのせいで孤児になった子供達の孤児院にするとのこと。こういった慈善事業もエリス教が得意とするところである。
「エリス様って下界にいらっしゃってるんですか? アクア様がそう言ってましたけど」
「! そ、そうですね。お忍びでこっそりと、時々……」
「あちらでは会えないんでしょうか?」
「そうしたら騒ぎになりかねませんし……ごめんなさい、それはできないんです」
「すみません、無茶を言ってしまったようで。
近所に美味しくお肉を焼くお店が出来たので、一緒にどうかなと思ってたんです」
「いえいえ、いいんですよ。私はその気持ちだけで嬉しいです。
私もお肉は好きですよ。美味しいからついつい食べすぎてしまって……」
「あ、それめぐみんから聞いたことがあります、脂肪フラグってやつですよね!」
「女神は太りませんっ! 太らないんですっ!」
きっと胸も太らない。
女神は基本不変である。
「ともかく、気を付けて下さい。
魔王軍の幹部は強敵です。少し気を抜けば、その瞬間に大変なことになりますからね?」
彼女の幸運は他人の幸福へと繋がる。
その忠告は、おそらくこの時の彼に最も必要なものだった。
魔王軍幹部、ハンス。
幹部の中でも特に高い懸賞金をかけられているその男は、本日魔王に呼び出され、魔王と一緒に食事を取っていた。
「この肉美味いっすね、魔王様」
「だろう? よく揉んで柔らかくし、スパイスを擦り込んでレアに焼いた。
希少なスパイスが火に当たることで食欲をそそる香りを掻き立てる。
焼きの技術と下ごしらえに時間をかける心構えが美味しさの秘訣だ」
「家庭的魔王……!」
しかも魔王製の手料理とのこと。魔王に必要なのは部下をまとめるカリスマと言うが、一児の父である魔王がこうして部下の人望を集めているのは少しシュールである。
「で、何か用ですかね。大体予想はつきますが」
「最近の幹部の動向についてだ」
「預言者は相変わらず引きこもり占い師。
魔王様の娘さんは元気に前線で日々ドンパチ。
ウィズは相変わらず音信不通。ウォルバクも相変わらず半身探し。
で、シルビアはまあ、ベルディアの後に続きそうな感じですね」
「そうか」
「ベルディアが責任感から独断専行して一人でやられちまいましたからね。
あいつはあの時の王都戦で自分だけ負けたのを少し悔やんでいました。
口にも態度にも出してはいませんでしたが、付き合いも長いんですし分かるってもんです」
仲間の死に悲しみはない。ただ、仲間への理解はあった。
「シルビアはその内一人で勝手に因縁の相手に突っかかって行くでしょうな。
ウォルバクも正直怪しいかと。展開次第じゃ、幹部は四人しか残らないかもしれんです」
「やはりそうか」
「俺が先んじてやっておきましょうか。
今幹部に注目されてる『奴ら』を先に殺しておけば、不確定要素は無くなるでしょう」
「頼めるか?」
「ええ、勿論。こいつが俺の得意分野です」
「すまないな。昔ほど幹部に言うことを聞かせられないのが現状だ」
「俺は忠実に魔王様の命令に従いますよっと。大船に乗った気でいて下さい」
幹部が単独で独断専行し、やられてしまう可能性を消すために、幹部が単独で人間を抹殺に動くという矛盾。
だが、それを矛盾にさせないだけの実力と実績が、ハンスにはあった。
魔王はハンスを信用している。
紅魔族やアクシズ教徒等、この世界における滅ぼそうとしても滅ぼせないデタラメ勢を幹部一人に処理させるのであれば、迷わずハンスを選ぶほどに。
「
「ま、そうでしょうな。
俺としては人型は別に好きじゃないんですがね。
知性が高いモンスターが大体人型に近付いていくのは、どうにも不思議ですよ」
悪魔や上位のモンスターなど、人語を解するような高度な知性を持つ生物の大半は、人に近い姿をしていることが多い。
二足歩行で両手を使い、人の五体に悪魔やモンスターのパーツを付けたようなシルエットがよく見られるのだ。
「ドラゴンのように力が高まっていっても、人型には近付かんからな。
それに関しては面白い考え方がある。『収斂進化』を知っているか?」
「いえ、初耳です」
「ここではない場所で生まれた考え方だ。
異なる場所で全く異なる生物が似た形に進化することを言う。
進化の環境が似ていたから、その生物が求めた体の形が似ていたから、などと考えるのだ」
「そら随分と遠い所の学問っぽいですね。収斂進化、か」
「あくまで個人的な考えだが……
魔法やスキルを使うのに人型という形が向いているのではないだろうか。
魔法やスキルは、『人間の手』を基点として扱われるものが多いからな」
「おお、それは何か新しい考えに思えますねぇ。魔王様学者にもなれるんじゃないですか?」
「いや、ワシは……世界が別でも、同じような形に『人間』が仕上がる理屈を探しただけだ」
「?」
この魔王は、時々この世界の住人にはよく分からないことを言う。
「そういう考え方をすればお前もそうだ、ハンス。
"人を殺すには人の形が一番だ"。そうだろう?
だからお前も今、人の姿をしている。
人を殺しながら進化してきた人間という生物と、今のお前の姿は似ていると言える」
「成程、面白い考え方ですね」
魔法を使うのに人型が向いているのかもしれない、だの。
人を殺すのに最も向いている形が人型なのかもしれない、だの。
魔王は突拍子も無い発想、言い換えるならばこの世界の人間には無い発想を持っている。それが今回の『人類滅亡』に手をかけるほどの魔王軍の快進撃の真相だ。
つまり、魔王が歴代魔王と比べても変わり者なのである。
「が、決まった形が優れてるからそこに収束する、みたいな話は同意できませんなあ」
「ほう?」
「俺は最も優れた生物は不定形生物だと信じてますよ。
何せどんな形にもなれますからな。
物理攻撃が効かず、魔法にも強い。食べる物も選ばない。生命力も強いってもんです」
「自らの種族に誇りを持つのは良いことだ、ハンス」
「でしょう? 決まった一つの形が優れてるなんて認識、俺がすぐに改めさせて見せますよ」
ハンスは変異種のデッドリーポイズンスライム。
形無きモンスター達を代表する―――
「さしあたってはその優れた形の人間とやら。俺が数減らして来るとします」
その能力の恐ろしさを真に知る者は、おそらくハンスに殺された者しか居ない。
カズマが特に仲が良い女性上位二人を挙げれば、それはアクアとダクネスになる。
むきむきの場合だと、それはめぐみんとゆんゆんになる。
幼馴染というのは、幼少期からの繋がりがある分家族のような気安さもあるのが特徴だ。
カズマと出会ってからも、むきむきは変わらずこの二人を関係の最上位に置いている。
奇妙な話だ。
むきむきの身の上の全てを知ったカズマもそう思っているだろう。
むきむきの前世の親友にして幼馴染と、今世の親友にして幼馴染が同じ冒険者パーティに揃っているのだ。奇妙な縁を感じない方が変だろう。
幼馴染が前世今世のむきむきの手を引いているのも同じ。
むきむきを一方的に庇護しているようで、その実助け合うような関係になっているのも同じ。
幼馴染がくれたものが、むきむきの柱になっているのも同じ。
カズマからすれば、喜べばいいのやら悲しめばいいのやら、複雑な心境だった。
その影響が無かったとは言えないだろう。カズマとアクアは今アクセルの街を離れていた。
とはいえ、パーティ内の空気が悪くなった・喧嘩したなどということはない。
ただ単に、カズマが『一区切り』を求めただけだ。
戻ってきたその時には、カズマもいつも通りの彼に戻っていることだろう。
しからば何故アクアとカズマだけで行ったのか。
カズマが一旦むきむきと離れてみようと考えていたのは事実だが、街を離れた理由は正確にはそれではない。アクアが勝手に一人で出て行ってしまったのだ。
話によれば、アルカンレティアで大規模な食中毒事件があったらしい。
それで信者を救おうとアクアが動き、彼女を連れ戻すべくカズマが後を追ったというわけだ。
アクアは魔王軍に目を付けられている。単独行動など以ての外だ。
比較的速やかに、かつ魔王軍に気取られないようこっそり連れ戻してくる、というのが一人で出立したカズマの言い分であった。
理屈は通っている。
が、その目的は前述の通り、気持ちを切り替えるきっかけとするためのものだった。
そんな彼らの心中を知ることもなく、むきむきは今日もアクセルの街を歩いている。
(……穏やかだなあ)
アクセルの街の賑やかさは変わらない。
変わったのは、むきむきの周りだけだ。
(カズマくんとアクア様が居ないとちょっと静かに感じる。なんだか寂しい感じ)
騒々しいあの二人が居ないだけで、むきむきは少し静かに感じてしまっていた。
彼の人生を振り返ってみれば、カズマとアクアが一緒に居なかった時間の方がずっと長かったというのに、だ。
(ああ、そういえばレインさんも言ってたなあ。
人は繋がっていって交流していって、集団や国ってのはそうやって出来るんだって。
不思議だ、カズマくん達とは何年も付き合ってるわけじゃないのに。
あの二人が居ないだけで、ちょっと寂しく感じちゃうような仲になったんだなあ)
人との繋がりは不思議なものだ。
出会って、出会った人がいなくなると、元に戻っただけのはずなのに寂しく感じてしまう。
街を歩くむきむきの心情は顔に出ていたようで、一緒に歩いていためぐみんとゆんゆんの両方がそれを察していた。
ゆんゆんが"どう話しかけよう"と迷ってる間に、めぐみんがさっと切り込んでいく。
「むきむき、どうしたんですか?」
「カズマくんとアクア様、大丈夫かなあって」
「大丈夫でしょう。
二つの街のテレポート屋が皆体調不良だったのは不運でしたが……
馬車でアルカンレティアに行って、アクアを連れ戻すだけですからね」
「こういうとこは不便だよね、テレポート。全部人力の移動手段だから」
テレポートは人の手で行われる長距離転送だ。当然テレポートができる希少な人間が病気や過労で寝込めば、それだけで使用不能になる亜種陸路である。
アルカンレティアのテレポート屋は食中毒、アクセルのテレポート屋はよく分からない体調不良で高レベルプリーストの治療待ちらしい。
カズマとアクアは、すぐ帰って来れるというわけでもなさそうだ。
今、紅魔族三人組は買い物に出ている。
それというのも、今の彼らが何気ない日常の一幕を楽しんでいるからであった。
「ゆんゆんは本を買いたいんだっけ?」
「うん、暴れん坊ロードの最新巻。むきむきは娯楽本あまり読まないんだよね?」
「そうだねー、余分な時間があったら肉体の鍛錬やってたりするから」
「私がオススメの本を貸したら読みたいと思う?」
「うーん……実はちょっと、興味があったりする。
めぐみんもゆんゆんも本読みだから、共通の話題があったら嬉しいよね」
「じゃ今日は、私がむきむきに本を買ってあげる!
同じ作品の話が出来たら嬉しいって思うのは、私も同じだもの!」
本を読む日常があり。
「あ、タバコの大安売りしてますね。
……毎度思うんですけど、タバコって何がいいんでしょう?
体に悪いだけだと皆分かってるのになんで買っちゃうんでしょうね」
「必要なものだけで生きていけるのが人間じゃないよ、めぐみん」
「うーん」
「こう考えてみたらどうかな。
喫煙家にとってのタバコは、めぐみんにとっての爆裂魔法と同じ。
なくても死なないけど、人生にとって必要なものだってことには変わりない大好きな物」
「タバコ買う人にも一理はあると思うんですよ」
「か、変わり身が早い!」
半ば冷やかすようにタバコ屋の前を通り過ぎる日常がある。
「あ、見て見てこれ。屋敷のカーテン張り替えるのにいい布じゃない? 量もあるわよ」
「ゆんゆん、カーテンって何かあったっけ?」
「あ、その話した時はむきむき居なかったんだっけ?
屋敷のカーテンが黄ばんできてたから、私達で張り替えようって話があったのよ」
「カーテン……この布の柄見てると、僕らの昔のことを思い出すなあ。
めぐみんがゆんゆんの家でカーテン掴んでくるっと回って遊んでたっけ。
カーテンにくるまって顔だけ出してるめぐみんが、変なモンスターみたいだったよね」
「そういうのはさっさと忘れましょう、むきむき。私の恥ですから」
「そう言うめぐみんは僕の恥忘れないくせに」
服飾店周りを巡る日常があれば。
「あ、鎧が並んでますね。町の外から来た行商人でしょうか」
「……むきむきの体に合いそうなサイズは無いわね。
むきむきも防具着けてもいいと思うんだけど、普通の金属より筋肉が頑丈だから……」
「僕は防具の強度に影響を与えるスキルも持ってないから、ただの重りだよねぇ」
「防具じゃないにしろその体の大きさは問題ですよ。普通の服も合うものがないでしょう?」
「あ、カズマくんが近い内に裁縫系スキル取ってくれるんだって。
僕の体格に合う服適当に作ってくれるって言ってたから、もう心配要らないよ」
「「!?」」
「カズマくん小器用というか多芸だよね」
「どの職業のスキルも取れるとはいえ、カズマはどこを目指してるんですか……?」
変なことに驚く日常もある。
「というかそんなにヘンテコなスキルばっかり取ってカズマさんポイント足りるの?
私達みたいに必要な戦闘用スキルが最初から揃ってるわけじゃないんでしょ?」
「大丈夫、僕らで一緒に修行してるから!」
「修行って……男の子ですねえ」
修行が合間に挟まれる日常もある。
「でも、修行や買い物に一日使える日々ってのはいいものね。
私もたまにはこういう日があると心が休まるし、肩の力が抜けるもの」
「毎日戦ってたらそれこそ修羅ですよ。人間のする生活じゃないです」
「毎日爆裂魔法撃たないと気が済まないめぐみんが言うと説得力無いね……」
「爆裂魔法は生き様です。私が生きる限り一分一秒の間断も無く続くものなのですよ」
こんな日があるというだけで、人生は楽しいといえるのだ。
毎日休まず戦うだけの人生は、きっと地獄と呼ばれるものだろうから。
「あ、ダクネスさんとミツルギさん発見」
「え、どこですか? むきむき目が良いから私達時々ついてけないんですが」
「そういえばむきむき、魔剣の人のこといつからか勇者様って呼ばなくなったね」
「んなこたどうでもいいんですよゆんゆん」
「ダクネスさんはあそこ。
お店で女の子向けの小さいぬいぐるみを凝視してるね。
ミツルギさんはあそこ。
ポーションと携帯食料を、仲間の二人と一緒に買ってるみたい」
「あのダクネスに声かけたら、一週間はダクネス恥ずかしがりますよ。面白そうです」
「一緒にご飯食べようとか誘ってみようか?」
めぐみんにからかわれながら引っ張られてくるダクネス。
むきむきの誘いを一も二もなく受けたミツルギ。
ミツルギの隣の席を高速で確保するクレメアとフィオ。
むきむきの横にちょこんと座るゆんゆん。
カズマとアクアが居る時ほどではないが、それでも楽しい騒々しさが戻って来て、少年の中の小さな寂しさが薄れて消えていく。
「サトウカズマとアクア様が二人だけでアルカンレティアに!? それはもしやデートでは!?」
「落ち着いてくださいよ魔剣の人」
「ミツルギだ! 覚えてくれ!」
(今日は生憎の天気だけど、平和でいい日だなあ)
めぐみんが女性らしさをどこかに捨ててきたような食べっぷりを見せ、ダクネスがゆんゆんに聞いて無難なものを頼み、ミツルギが二人の仲間の間であたふたしながら注文して、オープンカフェのようなその場所で、むきむきは笑いながら食べ物を口に運んで……
突如路上で倒れた数人の人達を見て、目を見開いた。
「……え?」
ばたり、ばたり、と人が街のいたる所で倒れ始め、むきむき達は急いで倒れた人達の下に駆け寄った。抱き起こした人達の顔色は極めて悪い。
「大丈夫ですか!?」
「呼吸が浅くて不規則だ……これは、まずい!」
「ここからならエリス教の教会が近いです! 急いで運びましょう!」
倒れた人を抱え上げ、教会のプリーストの下まで運び込む。
だがそうして教会に辿り着いた彼らが見たものは、教会に集う数え切れないほどの人々――倒れた人と同様に苦しんでいる――だった。
苦しそうにしながら教会まで歩いて来た人、息も絶え絶えでここまで運び込まれてきた人、症状の重軽はそれぞれ異なるようだ。
「こ、この人数の病人って……!?」
「明らかに普通じゃありません!」
この街においてこの手の異常事態に対応できる場所は何箇所かあった。
教会、プリーストによる私営の治療施設、冒険者ギルドなどがそれにあたる。
だが、そうして運び込まれる人間は何箇所かに分散されているはずなのに、エリス教会は過度の運び込みでパンク状態になっていた。
今、この街で倒れている人間は何人居るのか。想像するだけで恐ろしかった。
「とにかく、ギルドの方に行ってみよう。何か情報が入っているかも―――」
エリス教会を離れ、むきむきに率いられた彼らは冒険者ギルドに向かう。
「……けほっ」
だが、既に手遅れだった。
むきむき達がむせ込み、苦しみ、全身に走る激痛・倦怠感・脱力感・嘔吐感・掻痒感に死んだ方がマシなくらいの地獄の感覚の中、倒れていく。
めぐみんは嘔吐し、痙攣して倒れる。
ゆんゆんは念のため程度に取っていた耐毒スキルが働いたものの、終わりなく続く咳に呼吸困難に陥っていた。
ミツルギはずっと前に取り鍛え続けてきた状態異常耐性スキルが上手く働いたが、立っていることも出来ず膝をついてしまう。
クレメアとフィオもミツルギには及ばないものの状態異常耐性を持っていて、高レベル相応にそれを鍛えていたが、今は洗剤をかけられた虫のようになってしまっていた。
平気そうなのは、ダクネスくらいのものだ。
むきむきもまた、めぐみんと同じように耐毒効果を持つスキルを取得していなかったが、桁外れの体力と肉体性能で、なんとか膝を地に着けるに留まった。
「げほっ、げほっ、ゲホッ、ゲホッ!」
「ぐっ、ずっ、あぐ、あっ!?」
「あ……え?」
目眩がする。
吐き気がする。
徐々に力が抜けていく。
最初は死にたくなるくらいの腹痛だけだったのに、それが内臓全てに広がっていく。
上手く息ができなくて、頑張って呼吸をしても肺が酸素を取り込んでくれない。
正座を何時間も続けた後のような痺れが、手足から広がってくる。
むきむきは地獄の苦しみの中、ダクネスが無事だったこと、体の大きい自分がめぐみんよりも症状が軽かったことから、直感的に正解に辿り着く。
(―――毒ッ)
「吐いて下さい! 腹の中の物が原因です!」
むきむきはゆんゆんとめぐみんの口の中に指を突っ込んで、『先程皆で食べた食事』を全部残さず吐かせる。ミツルギもフラフラと仲間の二人に同じような行動を取っていた。
むきむきは解毒ポーションでめぐみんとゆんゆんの口の中をゆすぎ、次いでそのポーションと回復のポーションを混ぜて少しづつ飲ませていく。ミツルギもそれを真似ていった。
「くくくっ」
ダクネス以外はほぼ死にかけとなった彼らの前に、そうして『黒幕』が姿を現す。
「遅効性の毒ってのは、案外分からないもんだろ?」
無様な彼らを鼻で笑うその男は、彼らが先程食事をした店で、食事を配膳するウェイターをしていた男だった。
「お前、か……!?」
「おう」
「何を、した!?」
「お前らには直接食事に毒を盛って、街は生活用水と搬入食料に毒を混ぜ込んだだけだ」
「……!?」
この男がしたことはシンプルだ。
定期的にこの街に大量に運び込まれる食材に、時間差で作用する毒を混ぜた。
この街で使われている生活用水の大本に、時間差で作用する毒を混ぜた。
そしてむきむき達の食事に、上記二つの毒とは比べ物にならない毒性の、時間差で作用する毒を混ぜて食べさせた。
「死ぬか死なないか微妙なラインの濃度で生活用水や食料に混ぜた。
そうすりゃ倒れた奴を助けるために、残った奴の手も塞がるだろうからな」
この男は毒の使用において、二つの目標を設定していた。
一つは即死にならない程度の毒で、街を混乱に陥れ街の機能を止めること。
そしてもう一つが、むきむき達を殺すことだ。
むきむき達は高レベル冒険者の体力で即死を免れたが、おそらく桁外れの状態異常耐性を持つダクネス以外は、あと10分も生きてはいられないだろう。
「どう、やって……街のそういう急所には、ギルドが対策を……」
「食った奴と同じ顔になれる能力がありゃ怪しまれない。
自分の体から毒が出せるなら検問の持ち込み物検査にも引っかからない。
楽なもんだ、街の中で安心しきってる奴を毒殺するなんてことは」
男が変えたその顔にミツルギは見覚えがあり、"手配書で見た顔だ"と思わず息を飲んでしまう。
多様で驚異的な能力を持つ、その男の名は。
「その顔……魔王軍幹部、ハンス!」
デッドリーポイズンスライムの、ハンスといった。
「捕食した人間に擬態する能力……!
冒険者の大半を即死させる猛毒……!
街一つを余裕で手にかけられる毒の量……!
対処困難な毒殺に、対軍レベルの虐殺能力、これはっ……!」
「おお、分かるか優等生。ご褒美に念入りに殺してやるよ」
「殺されて、たまるか!」
「援護する!」
ミツルギが気合で立ち上がり、この場で唯一毒を歯牙にもかけていないダクネスと並んで、ハンスに切りかかっていく。
「ほら、復讐の時間だ。上手くやれよ、ベルディアの元部下達」
だが、ハンスはそれを相手にもしない。
ベルディアが死んだことで誰の配下でもなくなったアンデッド達を呼び寄せ、毒で動きが鈍ったミツルギ、それを守ろうとするダクネスに襲いかからせていた。
「っ!」
「ほら、避けてみな!」
更に、ハンスは手を思いっきり振って、そこに毒の雨を降らせる。
毒の雨はミツルギの肌から体内に染み込んでその命を削り、アンデッドの肌に触れても既に死んでいる彼らには影響を及ぼさない。
アンデッドに群がられ、動きを止められたミツルギとダクネスは、毒の雨を思いっきり頭からかぶってしまっていた。
毒の雨は粘性が高く色素も濃いものであり、ダクネスに対しては視界を塞ぎ、ミツルギに対しては命を削る効果があった。
それが絶妙な援護となり、アンデッド達が振るう剣が人間を襲う好機となる。
剣はミツルギの肌を浅く裂き、ダクネスの肌には弾かれ、傷口から『剣に塗られた毒』が体内に侵入していった。
「アンデッドに効かず生者には効く毒ってのは多いんだよな、当然ながら」
「くっ、あっ……」
「今使ってる毒はアンデッドには効かない毒で、そいつらの剣にもたっぷり塗ってある毒だ」
ハンスは毒使いの魔王軍幹部だ。
使う部下を選べば、こうして一方的に範囲攻撃を当て続けられる。
部下の武器が剣だろうが矢だろうが、自分の能力でその攻撃力を飛躍的に増大させられる。
一方的な虐殺に近いハンスの猛攻を食らったミツルギは、地面を這うようにして、既に絶命したクレメアとフィオの死体にすがりつく。
「くれめ……ふぃ……」
そして、ミツルギも絶命した。
ダクネスは単独でハンスと対峙せざるを得なくなる。
彼女は横目にむきむきの方を見るが、唯一動けるむきむきが解毒と回復のポーションでめぐみんとゆんゆんを延命しているだけで、五分後には三人全員死んでいてもおかしくない状態だった。
ウィズは基本中立。バニルも性格がアレ。大半の冒険者は毒で倒れている。助けは来ない。
私がやらなければ、とダクネスは覚悟を決めた。
「解毒できる女神が居なけりゃ、お前らはこんなもんだ。分かったか人間共?」
「……そういうことか。今ここにアクアが居ないのは、偶然ではないのだな」
「安心しきったやつほど気軽に毒を食む。
生物ってのは何も食わずに生きていけるもんじゃねえからな、毒は最大の牙になる。
ただの食中毒だと思ったか? 食中『毒』を演出するなんざ楽なもんだ」
「卑怯者が、恥を知れ!」
「戦争で卑怯だ汚いだ言ってどうすんだ?
護衛のお前らを片付けたら、次は女神だ。ゆっくり料理してやる!」
アルカンレティアで食中毒事件を起こす。テレポート屋を潰して日数のかかる移動手段を使わせる。そうしてアクアをアクセルから引き離してしまえば、アクセルの攻略など楽なものだ。
それが成功しなかったとしても、アクアとその仲間の分断が成功するまで手を打ち続ければいいだけの話でしかない。
分断さえできれば、この通りハンスは余裕でアクアの仲間達を皆殺しにできるのだから。
「行くぞ!」
ダクネスはハンスを組み伏せ、地面に組み伏せてから大剣で首を刎ねようとする。それなら器用度が低くても殺せるからだ。
だが踏み込んだダクネスの足に、アンデッドが組み付いてくる。
更に上半身にアンデッドが体当りして来て、ダクネスは仰向けに倒されてしまった。
「くっ」
アンデッドに手足を抑えられたダクネスの腹を、ハンスが踏んで押さえ付ける。
そして、ハンスの手がダクネスの首にかかった。
「っ!?」
「お前も面倒な手合いだった。
俺が戦闘に使う毒に耐えて戦闘を続けられるのは、お前と女神だけだからな」
弱い毒でも街の人間全てを病気にできる。無味無臭に時間差で作用するという暗殺毒も使える。戦闘毒なら高耐性の人間でも即死させられる。それがハンスの毒だ。
だがその毒にさえ、ダクネスは耐えてしまう。
ハンスは考えた。
この厄介な敵を倒すにはどうするべきか考えた。
捕食か、毒殺か。
彼は人型の姿を維持したままで倒す手段として、毒殺を選んだ。
「事前に計算しておいた。お前の耐毒耐久を抜くのに必要な時間は、17秒」
ハンスはダクネスの首に触れた手から、直接大量の毒を注入する。
ダクネスはもがいて逃げようとするが、大量のアンデッドに手足を抑え付けられて動けない。
「ぐっ……はな、せっ……!」
「動きさえ止められるんなら、十分な時間だ」
ほどなく、ダクネスの反抗は弱まり、動かなくなる。
クレメア、フィオ、ミツルギに続いて、ダクネスも絶命していた。
ハンスはアンデッド軍団を背後に従え、瀕死のめぐみんとゆんゆんを延命している瀕死のむきむきに視線をやった。
「水に毒を混ぜた。
食に毒を混ぜた。
街に毒をバラ撒いた。
武器にも毒を塗ってやった。こんだけやりゃ、十分だろ?」
そして、ダクネスの死体を脇に蹴って転がす。
それがむきむきの逆鱗に触れた。
怒りが彼のリミッターを引きちぎり、壁になっていたアンデッド達が一直線になぎ倒され、一瞬にしてむきむきの拳がハンスの片腕を吹き飛ばす。
「……! まだここまで動けるのか!」
「お前は絶対に許さない! ここで僕が、刺し違えてでも倒す!」
「だがなあ、俺に物理攻撃は効かねえんだよ!」
吹き飛んだように見えた腕が、ビデオの巻き戻し映像のように再生する。
スライムに物理攻撃は意味を成さない。それがこの世界の常識だ。
それどころかスライムの毒が触れた肌から染み込んで来ることも、触れた部分からスライムに捕食されてしまうこともある。
素手で戦う人間にとって、毒のあるスライムは最悪の天敵なのだ。
「……!」
だが、怒りに任せたむきむきはその条理さえ踏破する。
音より速い拳のラッシュは絶え間ない衝撃の壁となり、副次効果として暴風のような衝撃波を幾重にも発生させ、『擬似的な風魔法』となってハンスの上半身を微塵に吹き飛ばした。
筋肉魔法を使うむきむきからすれば、この程度のデタラメは息を吸うのと変わりない。
「はっ、化け物かよてめえ」
されどこれでも終わらない。ハンスは上半身を瞬時に再生し、至近距離に迫ったむきむきの顔面に口から毒霧を吐く。
毒霧は猛毒と強酸の両方の特性を持ち、むきむきの顔面を溶かし焼く。
眼球が焼けて視界が奪われる。
顔が溶けて見るも無残なケロイド状になる。
喉が焼けて、息をするのが更に辛くなる。
激痛が意識を半ば飛ばし、激痛の後には新しい毒の苦しみが待っていた。
「ぐあああああっ!?」
「だが、分かった。お前はここで俺が倒しておかないとヤバい奴だな」
ハンスは自分以外の幹部であれば、この少年に倒されかねないと危惧する。
無論、幹部の多くはむきむきとの戦いに勝利できるだけの力があり、それぞれが魔王軍幹部の名に恥じない力を持っている。
だが、ハンスにそう危惧させるだけのものが、この少年にはあった。
ハンスは視力を失い苦しんでいるむきむきを捕食するべく動く。
(私が、やらないと)
そんなハンスに、ゆんゆんが杖で狙いをつける。
ゆんゆんの体は毒に蝕まれ、一発魔法を撃てばその反動で死にかねないほどに弱っている。
視界はおぼろげで、体に力は入らず、呼吸をすることさえ億劫で、"このまま死んでしまった方がいいんじゃないか"と思ってしまうくらいに苦しい。
それでも友を助けるため、ゆんゆんは倒れたまま杖を構えた。
だが、魔法は放たれない。
(……! 駄目よ! 魔法耐性が高いスライムには上級魔法を使わないといけない!
でも上級魔法だと、最悪ハンスの猛毒の体が街中に飛び散っちゃう!
上級魔法が駄目なら、めぐみんの爆裂魔法も使えない! ここは街中なんだから!)
ゆんゆんは誰よりも早く気付いた。どうしようもなく手遅れなタイミングで気付いた。
全身これ猛毒であるハンスが、人の街の真ん中で戦っているという事実の危険性に。
ハンスは人の街の中で戦う限り、街を人質に取って戦っているも同義。
下手に上級魔法を撃てば、倒せないままに街を人が住めない場所にしてしまいかねない。
アクセルの街が潰されれば、魔王軍が戦略的に勝利してしまう。
ハンスは凝縮された毒の塊だ。
その毒性と濃度は、ダクネスの状態異常耐性を貫通した先の一幕でゆんゆんも思い知っている。
手が出せない。迂闊な魔法は使えない。
ゆんゆんは一秒足らずで毒に侵された頭を回して、この状況からハンスに有効な魔法を探して考察を積み重ねる。
そして、ハンスの肉片を飛び散らせない、氷の魔法を選択した。
「『カースド―――」
「お、それに気付くか。大正解、満点をやるよ」
しかれども、毒で頭と体の動きが鈍ったゆんゆんの動きでは機敏さが足りない。
ゆんゆんが魔法を撃とうとした瞬間、"地面の下からスライム状の触手が出て来て"、ゆんゆんの足に触れて毒を流し込んだ。
(!? 足元から!?)
「生存権はやらないがな」
スライムの強みは、不定形であること。
大きく育ったスライムの強みは、悪食であること。
地面の中に触手を通して、視界外の地下から奇襲することなど造作もない。
不定形である生物の強みは、定形生物である人間には想像し難かった。
「あ……ぅ」
「だから詠唱封じに、死ぬまでゲロ吐く毒と死ぬまで咳をする毒を加えたんだがな。
お前ら紅魔族ってのはちまちま細かい所で面倒臭いから手に負えねえよ、まったく」
流し込まれた毒により、ゆんゆんまでもが毒死してしまう。
心臓は止まり、息の根も止められる。
むきむきは目を潰された身でありながら、それを気配で感じ取っていた。
「お前っ……!」
「すぐに後を追わせてやるよ」
むきむきはまだギリギリで息がある――息があるだけで指一本動かせない――めぐみんの前に立ちはだかり、ハンスの攻勢を迎撃した。
ハンスが差し向けたアンデッド軍団を片っ端から殴る蹴るして破壊し尽くし、接近してきていたハンスの鼻っ面に蹴り足を出す。
ハンスは反射的に身を引き、蹴り足はハンスの鼻先をかすめていった。
目だけに頼らず肌で感じて迎撃するのは、今ハンスに殺されたゆんゆんとの特訓でむきむきが身に付けたものである。
動きの精度はかなり落ちていたが、それでもめぐみんを守るには十分だった。
「近付けば、殺す」
「おお、おっかないな」
むきむきはめぐみんを庇って立ち続ける。
そんなむきむきに、ハンスは毒を射出した。
めぐみんを庇うむきむきはかわせない。それを受けるしかない。
人間離れした体力が、耐性持ちの冒険者をも即死させるハンスの毒により、釣瓶を落とすような勢いで削られていく。
「……っ!」
「なら、じっくり死ね」
むきむきに接近して殴られるなどというリスクを、ハンスはもう侵さないだろう。
後は安全圏から死ぬまで毒を当て続けるだけで彼は勝てる。
桁外れの体力を持つむきむきも、高レベルになる過程で得た体力でここまで毒に耐えてきためぐみんも、あと十数秒で死ぬ。
これが、ハンスの賞金が特に高い理由だ。
プリースト適性を持つものが多くないこの世界において、彼が恐れられる理由だ。
擬態に猛毒という凄まじい能力を持ち、実際に戦闘することになってもとてつもなく強い。
魔王軍幹部の中でも飛び抜けて危険な男。
『毒』という名の、絶対的な『人の天敵』。
古今東西、毒はあらゆる世界で多くの人間を殺してきた、人類史有数の殺人道具だ。
それは本来、敵に使わせていいものではない。
人類史において敵にそれを使われた人間は、そのほとんどが死に絶えてきた。
「じゃあな」
ハンスがトドメとなる毒を放った。全てが終わる。ここで終わる。
「狙撃」
鬱々とした時間は、ここで終わる。
どこからともなく飛んで来た矢が、最後に放たれた毒を撃ち落としてくれていた。
「何!?」
矢が飛んできた方をハンスが見れば、そこにはカズマとアクアの姿。
そして先程殺したはずのミツルギ達の姿もあった。
むきむきとめぐみんに、高度な解毒と回復の魔法が飛んで行く。
「俺の矢は『幸運』で当たる」
「お前達は……!」
「残念でした! あんたが出した毒は全部消して、殺した人は全員蘇生しちゃったわよ!」
蘇生、解毒、浄化。全部アクアの得意分野である。
アクアが帰って来た以上、ハンスがこの街にもたらした絶望は全て消し去られるが道理だ。
だからこそハンスはアクアがすぐに帰って来れないよう徹底して工作した。
だからこそ。アクアがここに居るということは、絶対におかしい。
「いや、おかしい! お前らが間に合わないよう、俺は最大限に手を尽くした!
そしてその内にこいつら全員死体も残さず処分する予定だったんだ!
全ての交通手段は封じていた! お前達がこのタイミングで帰って来れるわけがない!」
「先月くらいにこれやられてたら、まあどうにもならなかっただろうな、俺達は」
カズマはドヤ顔で習得済み魔法欄に『テレポート』と書かれた冒険者カードをハンスに見せた。
「最近の俺、テレポート取得してもスキルポイント50くらい余ってる男だから」
「なんでだッ!」
ダン、とハンスが地面を叩く。
「おかしいだろそれは!
スキル取得に本職よりスキルポイントがかかるのが冒険者だろうが!
それだけのポイントが溜まるわけがないだろ! 他にもスキル取ってるはずなんだからよ!」
「俺に説明する義務とか無いと思うんだが」
「ぐっ……」
「ま、なんというか、奇遇だよな。
このポイント稼ぎのために毒耐性取ったってのに、真っ先に毒の幹部が来るんだから」
「何?」
カズマは"魔王軍間で情報が共有されていない"という情報を得て、それをきっかけに多少魔王軍内部のことを察するが、とりあえずそれは脇に置いておいて煽り始めた。
「アクア、笑ってやれ!」
「プークスクス! ねえどんな気持ち? 勝ったと思ったら逆転されてたのどんな気持ち?
殺したと思ったら殺せてなかったのはどんな気持ち? プークスクス!」
「アクアが居る限り、お前は毒にも薬にもなれないなんちゃって幹部なんだよ!
なーにが毒のスライムだ! お前なんざ毒じゃねえ、無毒無薬の水だ水! 水素水以下だ!」
「……ぶっ殺す!」
煽られたハンスが、本当の姿を現した。
屋敷サイズにまで巨大化し、毒の息を吐き出しながら、物理と魔法の大半を無効化する超巨大スライムが、アクセルの街のど真ん中に出現する。
「行けるなむきむき! 俺達は帰って来たぞ! さあ反撃だ!」
「……うん!」
アクセルの街が出来てから初めてと言っていいほどに大規模な、市街戦が始まった。
個人的に一番『残しちゃいけない幹部』だと思っているハンスさん
なお、アクア様が天界規定無視の複数回蘇生をまたやったのでエリス様の仕事は増える模様