「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 ルシエドが今幼稚園児くらいの年頃だったら、人が入ってる便所個室のドアを叩いて
「オルガ・イツカを覚えてますか?」
 って声をかけてから全力で逃げる亜種型ピンポンダッシュを、目につく場所全てで無差別にやっていたかもしれません。メインの戦場は公園の便所ですね


3-7-2

 彼らが城に突撃する直前まで、時間を巻き戻してみよう。

 

 満月を見上げて、少年は拳を握った。

 肩を並べる彼らの爪先は、ベルディアが待つ城に向いている。

 戦意は十分。準備も今できる範囲では十分にしてきた。

 

「じゃ、めぐみんは城の外でお留守番で。

 めぐみん、目立つようなことしないで隠れてるんだよ?

 せめて僕らが帰って来るまでは、ね。その間、めぐみんはひとりきりなんだから」

 

「分かってますよ」

 

 城に外側から爆裂するのが危険であるため、城内部では足手まといにしかならないめぐみんは城の外で待機。代わりにダンジョン攻略などで活躍する盗賊職のクリスをPTに加える。

 前衛はむきむきとダクネス。

 索敵と遊撃にクリスとカズマ

 後衛にアクアとゆんゆん、という布陣となった。

 

「よし、行こう!」

 

 前衛のむきむきが一番前に立ち、城の扉を開いた。

 が、城の中に足を踏み入れる前に、彼の服の裾をクリスが掴む。

 

「ちょっと待って、早速罠みたい」

 

「え、そうなんですか?」

 

 盗賊のスキル、『罠感知』だ。

 クリスがそこに居る限り、罠は"意識外から人を襲える"という強みを失い、その脅威を半減させてしまう。

 

「城の最初の扉を開けると、そこにはエントランスがあるみたいだね。

 ここに足を踏み入れると全ての扉が閉まって開かなくなる。

 そしてエントランスにアンデッドがなだれ込んで来る。

 侵入者は逃げ場のないエントランスで敵に囲まれる……って罠みたいだね」

 

「解除方法は?」

 

「罠に嵌った後、出て来た敵を全員倒すことだと思う」

 

 どうやらこの城の一階エントランスは、大部屋そのものが一つの罠として機能している場所のようだ。罠解除スキルの適用範囲外になっているらしい。

 ベルディアも色々と考えて罠を仕掛けてきているようだ。

 となると、この罠には一度引っかからなければならないようだ。

 

「んなのに付き合ってられるか。アクアー」

 

「何? 心癒される芸でも見たいの?」

 

「違うわ! あのな―――」

 

 まともに相手の思惑になど付き合ってられるものか。

 そう考えるカズマは、アクアをたった一人で一階エントランスに放り込む。

 全ての扉が閉まり、蟻一匹這い出る隙間も無い密閉空間が完成して、逃げ場のないそこにアンデッドの大軍がなだれ込む。

 そして。

 

「……」

 

 密閉空間に大量の清浄な水を出したアクアの手により、その全てが溺れ死んでいた。

 

「……いいのかしらこれ……」

 

 アクアは水の女神である。水の中でも、彼女だけは溺れ死ぬことがない。

 アンデッドであればアクアの出した聖なる水に耐えきれず、呼吸をしている生物であれば水の中では窒息死するしかない。

 "密閉空間を作る"という大前提がなければ成立しないこの罠は、アクアによってこう対応されるともはや為す術がなかった。

 

 敵が出てきて、溺れ死に、援軍が出て来て溺れ死ぬ。その繰り返し。

 戦わずして敵を皆殺しにすると城の入口のドアが再び開いて、城一階に溜め込まれた大量の水とアクアが一緒に城外に流れ出していく。

 海岸に打ち上げられたワカメのようになっていたアクアに手を差し伸べ、カズマが助け起こしていた。

 

「おかえり」

 

「ただいまー」

 

 ベルディア城、一階攻略完了。

 

「よし、次いってみよう! でも罠感知スキルにビンビン反応来てるから気を付けて!」

 

 クリスがそう言った通り、ベルディアは尋常でない数の罠を仕掛けていた。

 

「! 来る!」

 

 廊下を歩けば、廊下の向こうからトゲトゲの生えた鉄球が転がって来る。

 廊下を進めば、トゲ付きの天井が落ちてくる。

 トゲの鋭さが、そのまま殺意と容赦の無さの証明だった。

 

「ふんっ!」

 

 が、ダクネスが前に出ればトゲ付き鉄球はダクネスに受け止められる。

 

「あでっ」

 

 落ちて来た天井のトゲはむきむきの脳天にぶつかるも、その一言だけで済まされた。

 

「ふん。裸身でもアダマンマイマイ以上に硬い私の防御力を舐めるなよ」

 

「あたた、ちょっと血が出てる……」

 

 鋭く重いトゲ付き天井はむきむきの頭に小さな傷を付けるに留まり、ダクネスに至っては傷一つ付いていない。流石はPTの盾といったところか。

 

「はい、傷見せて? 『ヒール』!」

 

「むきむき、大丈夫?」

 

「しかしあれだな。身長2m半超えてるむきむきが居ると天井系の罠全く意味が無いな……」

 

 治すアクアに、治った頭を心配そうに撫でるゆんゆんに、全く意味の無かったトゲ付き天井を憐れみの目で見るカズマ。

 カズマは進む道を探すべく、脇道の扉を開けてみる。

 そこには細く鋭いトゲがみっしりと生えた床と、その向こうに見える次のフロアへと繋がる扉があった。

 

「トゲトゲ好きだなベルディア!」

 

「どうするのカズマ? 怪我しながらトゲの上を歩いて突っ切る?」

 

「そんなのやってられるか。水出せアクア、出した水をゆんゆんが凍らせて、その上歩くぞ」

 

 一階のアンデッドラッシュ、二階のトゲ祭りを越え、三階、四階と越えていく。

 さしたる消耗もなく、彼らは連携を活かして最上階へと辿り着く。

 

「よしアクア、脱げ」

 

「は?」

 

 そして、ベルディアが"何やってんだあいつら"と思っていたあの一幕が始まった。

 

「やー! 何するのよこのレイプ魔!」

 

 カズマは同意を得る気もないのにじっくり説明し、案の定反抗してきたアクアから羽衣をひっぺがそうとする。

 

「ちょ、皆止め……え、も、もしかして、皆根回し済み!? 嘘でしょ!?

 待って、待って! それはないわ! 絶対にない!

 だってこれ、私の一番大切な……やめてー!

 いくら普段いい子にしてるその子のためだからって、それはないわよ!?

 着替え持ってにじり寄って来ないでダクネス!

 助けてー! 助けてめぐみん! 城の外で待機してないで私を助けに来てー!」

 

 武士の情けか、途中からはカズマが脱がすのではなく、他の女性によるお着替えとなったが、アクアが一番大切にしていた羽衣を剥ぎ取られたことに変わりはない。

 地上に落ちたアクアにとって、この羽衣は自分が女神であるという唯一無二の証明である。

 それを引き剥がされたものだから、そりゃもう号泣だ。

 むきむきもアクアの尊厳のため、そして自分の尊厳のため、カズマの提案に反発していた。

 けれど結局カズマの口八丁に言いくるめられてしまうのが、むきむきの悲しいところだ。

 

 そんなアクアを結局脱がせて、そんなむきむきに結局着せたのだ。

 カズマの罪悪感は半端無いことになっていた。しかし相手はベルディア。魔王軍幹部である。

 むきむきがかつて圧倒され、ダクネスの耐久力でも敵わず、多くの強力な冒険者を屠ってきた強敵だ。

 プライドのために手を抜けば、そのまま死んでしまいかねない。

 

「……ふぅ」

 

 だが、そんなカズマの思考などベルディアからすれば考慮の範囲外だ。

 不死者の彼に見えているのは、仮面に女装の筋肉モリモリマッチョマン、号泣する女神、そして目を覆う人間の仲間達のみ。

 ベルディアの気持ちは、コンビニで表紙につられてエッチな本を買ったものの内容が期待外れだった時のエロオヤジのそれに近い。

 

「この萎え方は、なんだ……なんだろうな。俺はこれを形容する言葉を持たない」

 

「ごめんなさい」

 

 ベルディアの言葉も、むきむきの声も、どうしようもないくらいにマジトーンであった。

 

「来てしまったものは仕方ない。なら、この形で始めるか」

 

 ベルディアの剣先が硬い床を叩く。

 その音を号令として、ベルディアの背後に佇んでいた無数のアンデッド(おばけ)達が全員筋肉おばけと化して、部屋の全てを踏破するがごとく、急速前進を始めた。

 

「うおっ!?」

 

「急造の強化アンデッド軍団だが、一夜の戦力には十分だ!」

 

 ピンク製のかの薬がアンデッドにも効果があることは、イエローという実験台での臨床試験で実証済みである。

 この薬の欠点である『効果時間に制限がある』『一定以下のステータスの者しか使用できない』という欠点も雑兵の力の底上げ目的ならさほど問題はない。

 肉の有るアンデッドは腐りかけの筋肉おばけに、骨だけのアンデッドは皮膚のないむき出しの筋肉おばけに変わっている。見かけが相当にグロテスクだった。

 グロテスクなアンデッドの行進と、アンデッドが踏んで起動させた"人間に状態異常を起こす罠"のエフェクトが重なって、部屋の中の光景はまさに地獄絵図である。

 

(この陣形……!)

 

 その上陣形に明らかな作為が感じられた。

 むきむきがベルディアに向かって一人で突っ込んで行けば、容易に突破できるような陣形の薄い部分がある。露骨な誘いだ。

 誘いに乗って一人で突っ込むか、誘いに乗らず皆でこのまま戦うか。

 乗っても乗らなくても、きっとその先には大きなリスクがある。

 

 むきむきは一瞬逡巡し、"乱戦になって後衛がベルディアに接近されてしまう"リスクが無い方を選んだ。

 

「行って来い、むきむき!」

 

 迷いながらも一歩を踏み出したむきむきの背中に、カズマの拳と言葉がぶつけられる。

 

「うん!」

 

 むきむきはアンデッド軍団へと突っ込む。

 アンデッド軍団の処理を仲間に任せ、軍団が構築する陣形の薄い部分へと殴り込んだ。

 

「わあああああっ! カズマさん! カズマさーん!」

 

「アクアお前、さっきまで俺を罵倒してたくせにお前! ちょっ……すがりつくな!」

 

 薄紙を破るように陣形を突破していく少年は、背後で上がる声を耳にする。

 

「皆を守るのは私に任せろ! 振り向くな!」

 

「女神エリスもきっと見守ってるよ! エリス教徒の私が言うんだから間違い無し!」

 

 自分に向けられるクルセイダーと盗賊の声もあった。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 少年に襲いかからんとするアンデッド達をまとめて切り裂き、道を作ってくれる光の刃が飛んで行く。

 

「頑張って!」

 

 背中に幼馴染の声を受け、少年はベルディアの前に辿り着く。

 少年も、騎士も、この一対一こそを望んでいた。

 

「お前は僕が抑える」

 

「服に不満はあるがその気概に不満はない。来い!」

 

 女神の服と悪魔の仮面。二つの力の加護を受け、目を覆いたくなるような格好から豪快な拳の一撃を放つ。

 それをベルディアの大剣が受け止め、二人の対決は開始された。

 

 

 

 

 

 少年の拳は二つ。ベルディアの剣は一つ。

 速度とリーチにおいてはベルディアが幾分か上回っている。

 ゆえに両者の攻防は、戦車を一撃で粉砕する威力をマシンガンの連射のように打ち付け合う戦いとなった。

 

 剣と拳がぶつかり合い、魔剣が状態異常の効果を少年に放つが、羽衣がそれを打ち消した。

 剣と拳に込められた純粋なパワーが弾けて、音と衝撃となって散っていく。

 死の宣告も、魔剣の効果も、事ここに至っては意味もない。

 純粋な近接戦闘能力のぶつかり合いだ。

 

(速い)

 

 拳と剣が衝突する音が途切れない。

 それどころか音がところどころ重なっている。

 ベルディアは本気で剣を振り、むきむきは剣の側面を殴って剣を逸らしながら反撃も行っているのに、両者共に相手の体まで攻撃を届けることができていなかった。

 両者の攻撃は、両者の間にある空気をただひたすらに破砕する。

 

(重い)

 

 ベルディアの攻撃は速く、重い。

 

(でも、ついて行けないほどじゃない!)

 

 だが、あの王都の戦いの時とは違う。

 あの時に付けていたベルトは失われたが、今の彼にはアクアの支援魔法と、心技体のコンディションを最高に高めるバニルの仮面がある。

 

(心が熱い。血が滾る。なのに、冷静さが失われてない……これが、この仮面の力!)

 

 今この瞬間、むきむきはベルディアと十分に拮抗できるだけの力を手に入れていた。

 

 その事実が、ベルディアの心を震わせる。

 

(以前戦った時もスキル無し職業補正無しで練り上げたその力に驚いたものだが)

 

 服を見た時に萎えた気持ちが、今は萎える前と同じくらいまで高ぶってきたのを感じる。

 

(あの時よりも更に練り上げてきたか。面白い! より力強く、より巧くなっている!)

 

 王都での戦いから、一年も経っていない。

 なのに少年の拳からは、確かに『厚み』を増した『人生』が感じられる。

 あの時自分を負かした子供が更に強くなって目の前に居ることに、ベルディアが覚えた情動の大きさは如何程であろうか。

 

(これで服がまともだったなら文句はなかったが、贅沢は言うまい)

 

 剣の横薙ぎ。拳のアッパー。

 剣と拳の衝突がまたしても音と衝撃を生み、ベルディアは高らかに笑う。

 

「来い! 貴様に負けてやる気は毛頭無いが!

 貴様であればこの首、持って行っても文句は言わんぞ!」

 

 振り下ろされる剣。それを受け止める少年の白刃取り。

 白刃取りが成立した瞬間を両者が同時に『チャンス』と思考し、蹴りを放つ。

 少年の蹴りと騎士の蹴りが衝突し、両者吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ二人は床を踏みしめ制止して、再度剣と拳を構え直した。

 

「恨みを抱いて不死者となったお前が、そんなことを言うとは意外だよ!

 人間を滅ぼしたいんじゃないのか! 復讐するまで消えたくはないんじゃないのか!」

 

「そういった怨恨があることは、否定しないがな!」

 

 開いた距離は、二人の踏み込みによって瞬く間に詰められる。

 足刀と刀剣は絶殺の意志のもと互いの急所へと振るわれるが、人間離れした反射神経を持つ二人はそれを容易に回避した。

 

「デュラハンがどうして生まれるか知っているか? 紅魔族」

 

「ああ、その首だろう!」

 

「その通り! 不当な斬首、不当な死刑、そこから生まれる妥当な怨恨!

 それが人をデュラハンへと変える! 俺も俺の弟もそうだった!」

 

 空振った剣が斬撃を飛ばす。

 空振った踵落としが床を陥没させる。

 

「なら、お前は世を恨んでいるはずだ! 今でも!」

 

「人と敵対することを決めた最初の理由はそうだな! だが、今はそうでもない!」

 

 手刀がベルディアの脇腹をかする。

 魔剣がむきむきの髪を数本切り落とす。

 

「今の日々は、充実している。一種の楽しさすら感じる」

 

「……!」

 

「気安く話せる、信頼できる男の仲間も多い。

 美人が多い。しかも魔王軍幹部は巨乳美人揃いだ。

 ……男にまで巨乳美人が居るのはどうかと思うが、それはまあいい。

 それに何より……敬意を抱ける『王』が居る。

 尊敬できる王のために戦えること以上に、騎士を満足させられるものがあるか?」

 

 ベルディアの魔剣にかかる負荷が増し、魔剣が軋みを上げ始める。

 むきむきの攻勢がその圧力と威力を増したから? いや、違う。

 ベルディアだ。ベルディアの攻勢が加速度的に強くなっているのだ。

 彼の剣閃の激化に、魔剣の方が付いて行けなくなり始めているのだ。

 

 結果、拮抗していたはずの戦いが、猛攻によって徐々に押し込まれ始める。

 

(押される―――!?)

 

「俺が復讐に囚われた復讐鬼にでも見えたか?

 自分が殺された復讐をする騎士に見えたか?

 違う。それは違う。俺はそんな動機を第一として戦ってなどいない」

 

 ベルディアは憎悪と復讐心に駆られて人間を虐殺し高笑いするような、人間全体に恨みを持った復讐者がするような行動は取らない。

 同じ魔王軍幹部の同性とくだらない話を楽しむこともあれば、魔王軍幹部の美人のスカートの中を覗こうとしたりもしている。

 人間からすれば恐ろしい殺人鬼で、魔王軍からすれば頼もしい魔将。

 生前は誇り高い騎士で、死後は清濁併せ呑む俗っぽい責任感の強い騎士。

 それが、ベルディアだ。

 

「人と敵対する理由がある。魔王軍を守る理由がある。俺の戦う理由など、分かりやすいものだ」

 

 その人生と想いの『厚み』『重み』『強さ』が、むきむきさえも気圧していく。

 

「……弟の、イスカリアの仇討ちは……」

 

「思うところがないわけではない。

 だが、今更だろう。それが俺の戦う理由の一番上に上がってくることなどない。

 我らは既に死者。死者の仇討ち? 死者の殺害? 文字にすれば、この上なく滑稽よ」

 

 振り下ろされた魔剣を、むきむきが白刃取りする。

 魔剣にヒビが入り、そのあまりの剣圧に、むきむきの強靭な足腰が膝を折ってしまった。

 

「自分のため、やりたいことをする!

 仲間のため、するべきことをする!

 やりたいこととするべきことが一致するなど、なんと幸福なことか!」

 

 ベルディアはなおも押し込む。

 剣さえ万全であれば、むきむきをそのまま問答無用に両断できるであろうほどの力強さで。

 だからこそ―――魔剣はベルディアの強さについて行けずに、半ばからへし折れてしまう。

 

「俺は死後も楽しい人生を生きている! それが、死者としての俺の生き様だ!」

 

 それは、文字の意味だけを追えば矛盾していて、言葉の意味だけを追えば何も矛盾していない台詞だった。

 

(魔剣が折れた、これで―――!)

 

 折れた魔剣を見て、むきむきはホッとした。

 ホッとして気を抜いてしまうくらいに、直前までベルディアの迫力に気圧されていたのだ。

 だが、それは隙である。

 気が抜けた少年のその顔に、ベルディアは金属鎧の拳で全力のパンチを叩き込んだ。

 

「がっ……!?」

 

「騎士だった頃は安物の支給剣が折れた時は、こうして敵を殴り殺してたものだ。

 鎧の上から首を折ったり、組み伏せて鎧の隙間に木の枝を刺したり……なんとも懐かしい」

 

 のけぞったむきむきの腹に更に一発、くの字に折れたむきむきの顔面に更に一発。

 ベルディアは生前から鍛えアンデッド化で昇華されたステータス、及び金属の拳で、むきむきの体を打ち据える。

 

「剣が無ければ勝てると思ったか!」

 

「くっ、舐めるなっ! 肉弾戦なら、僕に分がある!」

 

 されど、格闘戦能力であればむきむきが圧倒的に上だ。

 気持ちを切り替えていけば、むきむきの拳もベルディアに直撃していく。

 だが、手応えが重く、硬い。

 壊せるだろうと思った一撃が、ベルディアの鎧を壊しきれない。

 

「硬い……!?」

 

「俺は様々な属性の鎧を所持し、敵に合わせてそれを交換して戦う」

 

 ベルディアは両の手を組み、ダブル・スレッジ・ハンマーでむきむきの頭部を強打した。

 

「ぐあっ!」

 

「この鎧は物理防御一辺倒!

 どうせ魔法耐性を上げても女神の一撃や爆裂魔法を喰らえば大ダメージは免れん!

 ならば魔法耐性など用意するだけ無駄と割り切ってしまえばいい!」

 

 めぐみんやゆんゆんの魔法は、人間の誰かに急接近することで『巻き込み』をチラつかせて撃たせないようにする。

 アクアの魔法は死ぬ気でかわす。

 紅魔族と女神の恐ろしさを十二分に理解した上でその決断をしたのだ。

 その勇気は、筆舌にし難いほどのものだろう。

 

 ベルディアの鎧は今、物理攻撃を防ぐために特化していた。

 そこに魔王の加護が加わり、申し訳程度の魔法耐性と極めて高い物理耐久を有している。

 この鎧はリスクを背負った上で、むきむきとその仲間を打倒するための最善を選ぶという、ベルディアの意志の表れのようなものだった。

 

(硬い。いや、壊せないわけじゃないけど、やっぱり手強い……)

 

 物理特化の全身鎧は硬く、その拳に殴られれば痛い。

 むきむきが気圧された流れで心まで弱り切ることがなかったのは、ひとえに顔に付けている仮面のおかげだろう。

 

(……いや、待て。ベルディアが新しい魔剣を出さないのは、魔剣のストックが無いからで)

 

 そして、仮面の高揚で弱気にならなかった心が、一つの事柄を思い出す。

 ミツルギが、ベルディアの魔剣を一本残して全てへし折ってくれていたという話を。

 

(……それは、つまり……ミツルギさんが……戦ってくれたからで―――)

 

 そう、繋がっているのだ。

 ミツルギの奮闘はここに繋がっている。

 この戦いに負ければ、ミツルギの奮闘は無駄になったことになる。

 勝てれば、その奮闘に意味があったことになる。

 "仇を討つ"と約束した記憶が、むきむきに()()()()()を取り戻させる。

 

 むきむきは自分の横に吹っ飛んできたアンデッドが身に着けていたボロ布を引き剥がし、アクアの服を脱いで放り投げ、そのボロ布を腰に巻き付けた。

 

「アクア様! お返しします!」

 

 アクアは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をぱあっと明るくし、キャッチした羽衣がびろんびろんになっているのを見て、再度号泣し始めた。

 後で絶対に元通りに直そう、とむきむきは心に決めた。

 カズマ達の奮闘で随分と数が減ったアンデッド軍団に一度だけ視線をやり、むきむきは欠けた仮面の位置を直す。

 

「いいのか? 見かけはともかく防具としては優秀だろう、あの羽衣は」

 

「サイズがキツい服だから、ちょっと僕も体が動かしにくいと思ってたところだ」

 

「結構。慢心ではないようだな」

 

「それに、僕もカズマくんの奴隷じゃない。

 あの服が必要なのはここまで。

 それなら、アクア様の大切な物なんだから、アクア様にすぐにでも返したかったんだ」

 

 もうむきむきの体を守るものは何も無い。

 が、それで何か不利になるわけでもない。

 既に状態異常の魔剣は折れ、状態異常の罠も大半がアンデッド軍団の戦闘により破壊か起動された後で、羽衣が果たすべき役目はもうない。

 そしてむきむきは、今日までずっと防具も付けず、肉の鎧一つで戦いを切り抜けてきたのだ。

 

「僕はお前を倒す理由の一つには、アクア様を守るためってのがある。

 お前達がアクア様を狙うから、僕はアクア様を守るためにも、お前を倒す」

 

「いい思考の切り替え方だ。"他人を想って"思考を立て直せるのは、悪くない」

 

「前の戦いはアイリスのために。今日はアクア様のために。友達のために……今日も勝つ!」

 

「なら俺は、ガラにもなく仲間のために戦うとでもほざこうか!」

 

 むきむきの右ストレートが、ベルディアの左胸を叩く。

 鎧の左胸にヒビが入り、ベルディアが呻いた。

 ベルディアの左ストレートが、むきむきの腹を叩く。

 内蔵にまでダメージが通り、むきむきの足元をふらつかせた。

 

「俺は死んでいる! 貴様は生きている!」

 

 むきむきの左ストレート、ベルディアの右ストレートがかすめるように交差し、互いの顔面へと突き刺さった。

 

「だが、こうして戦っていると……まるで両方共、生きているかのようではないか!」

 

 ベルディアは楽しそうに戦っている。

 対し、むきむきの語調は静かで、ゆっくりとしていて、それでいて力強い。

 

「生きてない。どんなに血が滾ろうと、お前は生きてはいない!」

 

 ベルディアの拳を右拳で弾き、ワンスナップで右拳のジャブを叩き込む少年。

 攻防一体の軽打にて小さくとも確かなダメージを蓄積させていく。

 

「新しい命を生むこともなく、殺すことしかできないから、アンデッドは否定されるんだ!」

 

 少年の手刀。ベルディアがかがんでかわす。

 かがんだベルディアの水面蹴り。少年は跳んでかわす。

 空中で少年が前蹴りを放つが、その足はベルディアに掴み止められてしまう。

 

「正論だな! だが、それも俺を倒せなければ負け犬の遠吠えにしかならん!」

 

 ベルディアは掴んだ足で亜種型一本背負いを行い、むきむきの体を床に叩きつけた。

 床が陥没する。

 近接格闘能力で言えばむきむきが圧倒的に勝っているはずなのに、ベルディアのこの強さは、一体どこから出て来ているというのか。

 

「づっ……!」

 

「さあどうする?

 俺は明日も人間を殺すぞ。明後日も明々後日もだ。

 お前が俺を倒せれば、その全てが救われることになる!

 だがお前が負ければ、その全てが死ぬだろう! 無論俺に負けてやる気はない!

 俺が殺すその人間は、未来に俺の仲間を殺すかもしれん人間達なのだからな!」

 

「決まってる!」

 

 腕を、足を走らせる。

 投げ上げられる騎士の頭部、体に付いたままの少年の頭部。

 その両方に何度も攻撃が当たり、騎士の兜と悪魔の仮面は次第に砕けていった。

 砕けた仮面の下から、二人の素顔が現れる。

 

「―――!」

 

 騎士の顕になった顔は、アンデッドらしく醜悪なもの。腐りかけの肉のようで、その実まともな物質でさえない。

 そんな顔で、ベルディアは楽しそうに笑っていた。

 少年の顕になった顔は、普段彼が浮かべている穏やかさを投げ捨てた真剣なもの。ただひたすらに目の前のものだけを見て、勝利を追い求めている表情だ。

 むきむきは勝利だけを追い求め、目の前のベルディアを凝視していた。

 

「ぐっ!?」

 

 拳の連打、蹴りの連打の合間を縫って、ベルディアの鋼鉄の指がむきむきの胸に突き刺さる。

 ベルディアが刺した人差し指を引き抜くと、傷からは血が吹き出した。

 

「お前に死をもたらす『指刺し』だ。ちょうどよかろう?」

 

「……上等っ!」

 

 殴る、蹴る。

 この世界らしくもない、種族特性や職業特性を一切使わない戦い。スキルさえ使用しない戦い。

 両者は鍛え上げたステータスだけを武器に、互いを全力で粉砕しにかかる。

 

「う、ら、あああああああっ!!」

 

 両者共に合金を素手で捻じ曲げる豪の者だ。

 むきむきは能力で、ベルディアは気迫で互いの力を追い越し合う。

 どちらにも、負けられない理由があった。

 血みどろになりながら殴り合うむきむきが押され、その背が壁にぶつかってしまう。

 

「負けるかぁっ!!」

 

 血に濡れた背が壁を汚す。

 血に濡れた足で踏み止まる。

 血に濡れた拳を防御に回す。

 血の味がする口で詠唱を始める。

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう!」

 

 仮面を失い高揚を失いつつ有る心を、紅魔族特有の詠唱で奮い立たせる。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 突き出された光の手刀は、王都での戦いの決着となった一撃と同じように、ベルディアの胸へと向かい―――まるで予定調和のような動きで、ベルディアにかわされた。

 

「その技は、前に見た」

 

「!?」

 

「芸が無いな、紅魔族!」

 

 魔王城でベルディアが"自分を倒した手刀の一撃"をかわすための特訓をずっとしていたなどと、誰が予想できようものか。

 むきむきの必殺の一撃、数多くの強敵を倒してきた光の筋肉魔法が完璧にかわされ、むきむきの頭がベルディアに掴まれる。

 ベルディアは掴んだ少年の頭を、壁に思い切り叩きつけた。

 

「うがぁっ!」

 

 一度、二度、三度と叩きつける。

 むきむきは腕を振り回してなんとか逃れるが、離れたベルディアは次の追撃の準備をしていた。

 腕を引く少年は、自分の内側と向き合う。

 

(これじゃダメだ。もっと先に、もっと上に、自分も砕けていいってくらいの覚悟で!)

 

 ……昔。自分の拳が砕けるくらい強い力で殴ったことがあった。

 その時のイメージを、自分の中で完成した形にまで飛躍させていく。

 連動して自分の中にある全ての力を右腕一本に集中するイメージを用いて、そのイメージを元に()()()右腕に全ての力を集約していく。

 筋肉の力も、魔力も、アクアの支援魔法の効果も。

 

 奇しくもそれは、ウィザードとして魔法を使うことができなかったむきむきが、土壇場で亜型の魔力操作を身に付けたという証明であった。

 

(もっと、もっと、もっと、強い一撃を―――!)

 

 信じる。

 ここまで来て頼るものなど、信じるもの以外にあるものか。

 新たな技を編み出すのであれば、イメージするものは『最強』以外にあるものか。

 信じる最強を、今ここに、筋肉によって再現する。

 

「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう!」

 

「! その、詠唱は……!」

 

「覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理! 無形の歪みとなりて現出せよ!」

 

 "最強が来る"、という死の予感がベルディアを襲う。

 逃げるか? 迎撃するか? ベルディアは、後者を選んだ。

 ベルディアの左腕による迎撃は体を斜め下に沈めたむきむきにかわされ、後のことも未来のことも一切考えないむきむきの()()()の一撃が、右拳に乗せられて叩き込まれた。

 

「―――『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 

 ベルディアのガードした右腕が砕け、胸から背中にかけて大穴が空く。

 

「くっ、ぐっ、がはっ……!」

 

 同時に、むきむきの強固な骨格が右肩から拳先に至るまで全て折れる。

 右腕全ての骨が砕けるほどの一撃。

 確殺であり必勝の一撃。

 『信じる最強』を真似した一撃。

 それがなければ致命打を届かせられたかどうかも分からない敵が、今トドメの一撃を受け、むきむきの前で消滅を始めていた。

 

「くっ、くくっ、ははは……まいったな……本当に、負けるとは……

 強いな、お前は。もうおそらく、お前の両親より、ずっと強い戦士になっている……」

 

「ベルディア……何故、笑ってるんだ?」

 

 死の騎士は敗北と消滅を受け入れ、この状況でなおも笑っていた。

 

「俺が笑って逝けるのは、魔王軍の勝利を信じているからだ」

 

 後のことを何も考えないことでベルディアを倒す一撃を編み出したのがむきむきなら、後のことを何も心配せず笑っているのがベルディアだった。

 

「無念もある。心残りもある。後悔もある。

 だが、何の心配もない。後を任せられる、最後の最後の勝利を信じられる仲間が居るからだ」

 

「……」

 

「デュラハンとは、不当な理由で処刑された騎士がなるものだ。

 俺は、ようやく、騎士として王のために戦い、王のために死ねる……」

 

 騎士としてのベルディアは、ようやく一つのゴールに至る。

 

「……勝ってくださいませ、魔王様……後は、任せました……」

 

 王の部下として、騎士として戦い、戦いの中で死ぬ。

 理不尽に処刑された騎士のアンデッドは、こうして世界の塵に還った。

 

 その今際の言葉を、むきむきは全否定する。

 

「勝たないよ」

 

 砕けた右腕はだらりと下がれど、その言葉に弱さは微塵も見られない。

 

「魔王は、僕らが倒すからだ」

 

 両親を殺した相手と戦い、決着を付けたというのに。

 自分が倒したデュラハンの兄と戦い、決着を付けたというのに。

 『家族の仇』としてではなく、『一人の人間と一人の魔王軍』として戦い、最後の別れの言葉までそうであったことが、本当に不思議だった。

 

 けれどもその不思議な気持ちは、悪いものではない気がすると、むきむきは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマ達の方も、むきむきに少し遅れて決着がついていた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

「ゆんゆんー!」

 

 アクアに腰に抱きつかれたゆんゆんが魔法をぶっ放し、最後のアンデッドを両断する。

 

「ターンアンデッドが効かない筋肉ムキムキアンデッド集団とか怖すぎよ……」

 

「あ、アクアさん? そろそろ離れて貰わないと、その、服に鼻水が……」

 

 ベルディアの配下は"ターンアンデッドが効かないアンデッド集団"という城内で戦うには最悪の相手。それが薬で強化されていたというのだから、もう手が付けられなかった。

 理性が薄いためダクネスのデコイスキルが有効であり、ゆんゆんが火力を絶妙に調整しつつ数を削ってくれたために、なんとか倒しきれたようなものだ。

 

「ふぃー……お疲れさん、ダクネス。盾役ご苦労さん」

 

「何、もう終わりか? 私としてはもう少し袋叩きにしてもらいた……」

 

「空気読め! ドMもいい加減にしろ!

 じゃないと"化粧したダクネスはババ臭い"とかいう風評をギルドに広めるぞ!

 明日からお前のあだ名はババティーナお嬢様だ!」

 

「やめろ! 広めていい噂とそうじゃない噂の区別もつかないのかお前は!」

 

「あ、カズマくん! ダクネスさん! こっちはやったよやったよ!」

 

 カズマも信じて送り出したむきむきがエヘ顔ダブルやったよを送って来たものだから、ちょっと気が抜けた感じに笑っていた。ダクネスも同様である。

 アクアもゆんゆんから離れ、皆の傷を一つ一つ治し始めた。

 そんなアクアに、クリスが歩み寄る。

 

「ねえアクアさん、今のむきむき君に何か見える?」

 

「クリス? 急にどうしたの?」

 

「目を凝らせば、見えると思うんだ。アクアさんが、本当に女神であるのなら」

 

「むっ、そう言われちゃ引き下がれないわね。

 目を凝らせば、ってこのくもりなきまなこで深いところまで見ればいいのかしら……」

 

 アクアの眼は、普通の人間の眼とは根本的に違うものだ。

 頭がよろしくないアクアが持っているから目立たないだけで、それは亡霊を一目見て生前の生涯全てを知ることすらできる代物である。

 クリスに誘導され、アクアはむきむきの深いところまでもを覗き込む。

 そして『見て』、『思い出した』。

 

「あ」

 

 忘れていたことを、思い出した。

 

「ああああああああああああああああああっっっ!?!?!?」

 

 それは思い出さなくてもいいことだった。明かされても現実の何かが変わる秘密ではなかった。知ることで何かがプラスになるものでもなかった。

 ただ、明かされることで心に何かを与えるものだった。

 

「嘘でしょ!? そ……そういうことだったの!?」

 

 戸惑う皆の視線を一身に集めながら、アクアはただひたすらにうろたえる。

 

 

 

 

 

 アクアが『それ』に気付いたことに、アクセルの街のバニルも気付いた。

 

「気付いたか」

 

 見通す悪魔は笑う。女神が今何を考えているかを想像し、笑う。

 

「フハハハハハハハ! 今頃女神共は悪感情を吐き出しているところか! いい気味である!」

 

 この悪魔は、全てが明らかになる前から全てを知っていて、ある約束を基に動いていた。

 

「思い知るが良い、女神共よ! それが運命というやつだ!

 貴様らよりもより貴く、より不可解で、より神秘に満ちた奇跡のような何かだ!」

 

 "その果てにこんなものを見られるとは"と、バニルはかつてした契約(やくそく)を思い出す。

 

「くらぶべりー! みっか! 貴様らの息子は、笑いの種としては最高な者になったぞ!」

 

 

 




 次回の話に救いがあると思うか思わないかは人によると思います。次回三章最終話。次の次の話から四章ですね

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