「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

45 / 63
最近更新が遅れ気味ですが私は元気です(小並感)


3-7-1 アクセル・クライマックス

「この見通す悪魔に何用かな?」

 

「ほう、ベルディアからの果たし状が来たと。相変わらず古風な男だ」

 

「あれは死ぬ前から中年エロオヤジで、同時に仲間と主君を守る騎士でもあった」

 

「うん? どうした、最近思春期に入り、幼馴染が異性に見えてきた筋肉紅魔族よ」

 

「……うむ、御馳走様である。

 貴様は感情の振り幅が大きいのはいいが、悪感情の出だけは悪いな」

 

「で、何が聞きたい? ベルディアの能力や弱点か? ……ほう」

 

「ここで両親の話を聞きに来るとは。脈絡がないわけではないが、面白い発想だ」

 

「そして悪くはない。それはベルディアに殺された紅魔族の話でもあるからな」

 

「だが、我輩は期待させておいてがっかりさせる仮面の悪魔。

 貴様の期待することは何も語らず、くだらない両親のイチャイチャばかり話すであろう」

 

「……ふむ、それもまたよしとするか。ならば、語ってやろう」

 

「とりあえず、貴様は出来ちゃった婚で出来た子供である。

 愛はあったが無計画に愛し合った結果生まれた子というわけだ!

 結婚した後に愛の証として作られたとかそういうものではないぞ!」

 

「フハハハハハ! 今日一番の悪感情、美味である! ちなみに出来婚は真実だ!」

 

 

 

 

 

 ベルディアが場所と時間を指定した果たし状を送ってきて、彼らがそれを確認した翌日のこと。

 めぐみんとゆんゆんがウィズの店を訪れた時、ウィズの店の床には力なく横たわるむきむきとウィズが転がされており、機嫌の良さそうなバニルが椅子の上で足を組んでいた。

 

「ちょっと、むきむきに何したんですか?」

 

「両親の話を聞かせてやっただけだ」

 

「ウィズは?」

 

「あまりにも店の売上が出ないので絶食……何日目だったか?」

 

「……」

 

「言っておくが、商品が売れてないわけではないぞ。

 そこの筋肉が定期的に買っていってはくれるのだ。

 その金をそこの貧乏店主が売れない商品の仕入れに右から左へと使ってしまうだけでな」

 

「尚更酷いですよ、それ」

 

 ゆんゆんがむきむきの頬をペチペチ叩いて起こし、本日まだ爆裂魔法を撃っていないめぐみんがおもむろに杖の表面を指でなぞる。

 

「あんまりうちの子いじめられると、ついうっかり手が滑って爆裂魔法を撃つかもしれませんよ」

 

「うむ、肝に銘じておこう」

 

 この女は本気で撃つ、と全てを見通す悪魔は見抜いていた。

 ゆんゆんも話に加わってくる。

 

「というか、バニルさんってむきむきの両親のことそんなに知ってたんですか?

 元魔王軍幹部だという話も聞いていましたけど……」

 

「十代半ばになる前には一流のアークウィザードとなる紅魔族(きさまら)だ。

 しからばそうなるも当然であろう。

 そこの思春期紅魔族の両親も、13か14の頃には魔王軍に戦争を吹っかけていたのだ」

 

「……あー」

 

「我輩にベルディア、シルビアあたりは何度か顔を合わせる機会もあったな」

 

 ウィズというアークウィザードに当てられたこともあるベルディア。高い魔法耐性を持つシルビア。それに気まぐれでどこに出るかも分からないバニル。

 むきむきの両親と交戦経験があるということに、ある程度得心がいく面子であった。

 

「仮面の悪魔とか言う割に、真実は語るんですね。仮面は何かを隠すものなのに」

 

「それは違うぞ、夢に胸膨らますも実の胸は膨らまない紅魔族の娘よ」

 

「誰が!」

 

「貴様らの仲間の、あの器用貧乏な冒険者の出身地の言葉を使うならば……

 素顔で語る時、(Man is least himself)人はもっとも本音から遠ざかる。(when he talks in his own person.)

 仮面を与えれば、真実を語り出す(Give him a mask, and he will tell you the truth)―――というやつだ」

 

「?」

 

「人の本音を知りたくば、仮面を与えて語らせればいい。

 さすれば誰でも、我輩でなくとも人の本質など見抜けるはずだ。

 遠い地にある匿名掲示板とやらでは、そうなっているらしいぞ」

 

「掲示板~? それで人の本音を知ることができるって、意味が分かりませんよ」

 

「フハハハハハハハ! 分からないならば分からないでいいのだ!」

 

 バニルがウィズをカウンターの向こうに放り投げ、商品を並べる。

 その頃にはむきむきもある程度復帰してきていた。ある程度、ではあるが。

 

「うう、父さん、母さん、そんな結婚は不潔ですよ……」

 

「さて、我輩も仕事をするとしよう。すなわち商品の販売である」

 

「ちょっと待っててください。むきむきを正気に戻しますので」

 

 めぐみんゆんゆんがむきむきを正気に戻した頃に、バニルが彼らに勧めた商品は、一枚の仮面だった。

 

「黒い仮面? ねえめぐみんこれ、バニルさんの仮面と少し似て……」

「か、かっこいい……」

「おい」

 

 バニルが持っているのは黒い仮面で、バニルが先程並べたのは黒くない仮面。

 めぐみんはその黒い仮面に紅魔族センスでお熱のようだ。

 

「ここに並べられているのは当店の売れ筋商品、量産型バニル仮面。

 黒いのはレア物、という設定である。

 月夜に着ければ魔力上昇、血行促進、肌もツヤツヤ、心も絶好調になるレア物だ」

 

「それがアクセルで売れ筋って時点で僕驚きなんですが」

 

「これは貧乏店主が買ってきた売れないものをふんだんに使った一品。

 すなわちバニルマスク・カスタムである。

 量産型より試作型やカスタム型の方が性能が高いのは世の常であるな」

 

「え? 普通試作型より量産型の方が改良してる分性能良いのでは……?」

 

「フハハハハハ! 世間知らずめ!」

 

「え? え?」

 

 どうやらその理屈で押し通すらしい。

 このバニルマスク・カスタム、ウィズの買ったものを無駄に詰め込んだ、"余り物をとりあえず突っ込んでみたカレー"のような代物であるようだ。

 

「ちなみにこの仮面、量産品と比較して値段は200倍。効果は1.5倍である」

 

阿漕(アコギ)ぃ!」

 

 仮に量産品仮面を一万エリスと仮定しても、200万エリスだ。

 在庫品処理にこういう事柄を最大限に利用してくるのは、まさしく悪魔の所業である。

 

「ええと、僕らには今は要らないかな、と。

 買うにしても量産品の方が値段がお手頃でいいというか……」

 

「そう思うか?」

 

「え?」

 

「この仮面で重要なのは、付けると『心が高揚する』という点だ。意味は分かるだろう?」

 

「「「 ! 」」」

 

「少しでも性能の良いものが欲しいのではないか?」

 

 魔法使いの魔法制御に精神の力を使うのと同じように、むきむきのスペックは精神の状態に大きく作用される。

 この仮面の装着者は、夜間に精神が高揚し最高の状態に至る。

 ある意味、どんな魔道具よりもむきむきのスペックを引き上げてくれるのが、この仮面だった。

 

「ベルディアが貴様らに果たし状で指定した時刻は満月の夜。

 悪魔やアンデッドの力が最も高まる時であろう。

 この仮面は、その時間を人間にとっても有利な時間へと変える」

 

 敵が夜に強くなる者(アンデッド)であるのなら、夜に強くなれる武装をもって当たるが道理。

 

「……買います!」

 

「毎度あり!」

 

 売れないものを売れる時・売れる状況・売れる相手を『見通し』て売るバニルという悪魔は、ウィズよりずっと商人に向いている悪魔のようだ。

 その商法は、本当に悪魔的ではあったが。

 購入した仮面を見つめて回して、めぐみんはカウンターにあったペンに手を伸ばす。

 

「かっこいい仮面ですが……ここをこういうデザインにしたらもっとかっこよくなりますよ」

 

「ちょっとめぐみん? むきむきが付けるんだからそんな痛いデザインには……」

 

「これは痛いではなくかっこいいと言うんです」

 

「いいからちょっと貸して!」

 

「あ、何ダサくしてるんですか何を!」

 

 そこからは、店にある文房具等を使ってめぐみんとゆんゆんが自分の感性で仮面にあれこれとする時間であった。

 めぐみんは中二病で格好いい漢字チョイス・変な人名センスを併せ持つ、紅魔族センス。

 ゆんゆんは格好いいものと聞けば、洗練された小刀などを連想する一般センス。

 二人がぶつかり合いながら仮面のデザインに手を入れていく。

 所々妥協点を見出しながら変えていく。

 これはむきむきが付ける仮面であるため、むきむきも当然その流れに加わっていく。

 

「わひゃっ」

 

「あ、ごめん、ゆんゆん」

 

「あ、ううん、いいの」

 

 仮面を弄ってる最中に、ゆんゆんとむきむきの手が触れて、ゆんゆんが思わず手を引っ込めたりもした。

 

「あ、そこ、そこの模様は自信作です! 手を入れないでくださいむきむき!」

 

「ちょっ、待ってまだペン持ってるから手に触らないで!」

 

 ペンを持つむきむきの手を、めぐみんが掴んで無理矢理動かしたりもしていた。

 

 そうこうして、紅魔族センスから見ても一般人センスから見ても合格点な、それなりに見栄えのいい仮面が出来上がる。

 

「できたー!」

「できた!」

「でっきたー!」

 

 ベルディアとの決戦を前にして、ようやく目に見えて役に立つ備えが一つできたようだ。

 

「うむ、満足したか。貴様らには期待しているぞ。

 ぼちぼち魔王軍をここらで打倒できなければ、人間が滅びて悪魔も困るからな」

 

「元魔王軍幹部の台詞とは思えない……」

 

 悪魔は人間が滅びると困る。

 かといって悪魔なので人間に無償の協力などしたくない。

 そのためこうして人間側の勢力に『微調整』を入れるのが、バニルのやり方だった。

 

「しかしこうして、やたら威圧感のある赤と黒の仮面を付けていると……」

「体格の問題もあって、むきむきがまさに魔王って感じに見えるわね……」

 

「そ、そう? なんか複雑だな……」

 

 なのだが、悪魔と紅魔の合体作とも言える仮面を付けたむきむきは、魔王軍を倒す勇者というよりは魔王そのものに見えるようだ。

 

「フハハハ! まあよいではないか! これで夜間の貴様は雑魚には負けんだろう!」

 

「ベルディアにも勝てますか?」

 

「今戦えば勝率は二割くらいであろうな」

 

「低い!」

 

「奴がただそこに突っ立っているだけの壁だとでも思ったか?

 否、否である。奴も自分を鍛え直し、十分に入念な準備をしているのだ」

 

 見通す悪魔バニルの視点では、この段階での彼らの勝率は二割。

 ベルディアに対し彼らが全力を尽くしてなお二割。

 それが現実だった。

 

「とりあえず一旦屋敷に戻ろう、めぐみん、ゆんゆん。カズマくん達が待ってる」

 

 だがこの二割は、まだ上にいくらでも積み上げられる二割だった。

 

 

 

 

 

 ベルディアが指定した時間は、彼らが旅行から帰ってきた夜の翌日の夜、つまり今夜だ。

 指定した場所はアクセル郊外の廃城。

 カズマはその果たし状を見るやいなや、まず「決闘なんかに付き合わず爆裂魔法で城ごと吹っ飛ばそうぜ」と提案し、仲間達を戦慄させていた。

 「まずは情報を集めよう」とむきむきが提案していなければ、間違いなくその作戦を実行に移していただろう。

 

 カズマは盗賊のクリスをギルドで捕まえ、勝手に付いて来たアクアと廃城の調査へ。

 むきむきはゆんゆんめぐみんとベルディア対策へ。

 ダクネスはベルディアの件を国とギルドに報告に、それぞれ朝から動いていた。

 そして昼に一度、屋敷に全員で集まったわけなのだが……そこでむきむきが見たのは、水と泥まみれになったカズマとアクアとクリスだった。

 

「……なんで全員びしょ濡れなの? カズマくん」

 

「……これはアクアの水だ、むきむき」

 

「え?」

 

「城全体に魔法反射の結界があるんだと!

 それも馬鹿みたいに手間暇と資材と金かけたっぽいのがな!」

 

「それって、まさか」

 

「危なかった……爆裂魔法撃たないでよかった……

 もしもあの結界が爆裂魔法の反射もできるものだったら、俺達一瞬で皆殺しだったぞ」

 

 つまり城にアクアが魔法を撃ってみたら跳ね返ってきた、ということらしい。

 実際のところ、反射の魔法で爆裂魔法を防げるかどうかは定かではない。

 防げない爆裂魔法も反射ならできるかもしれない。反射なんて無視して問答無用で爆裂させられるかもしれない。個人では防げない爆裂魔法でも、城の全てを反射結界の構築に使えば防げるかもしれない。

 だが、どれも『かもしれない』だ。

 爆裂魔法の反射を食らって、アクアでも蘇生できないほどに木っ端微塵になる勇気など、誰が持てようものか。

 

 分かりやすい爆裂魔法への牽制。

 ベルディアは『リスク』という盾を使って、爆裂魔法を封じることに成功していた。

 

(面倒な)

 

 例えば魔王軍幹部三人で維持している時の魔王城結界は、アクアになら壊せるが、そこそこ上等な杖を装備した状態のめぐみんが爆裂魔法を十発撃った程度では壊せない。

 幹部が四~五人で維持している状態ならばアクアでも壊すのが難しくなり、六人を超えた時点でアクアでも壊すことが不可能になるらしい。

 ベルゼルグ最前線の砦も、魔王軍の恐ろしい猛攻にビクともせず、爆裂魔法の一発や二発くらいなら平然と耐える頑強さを持っているそうだ。

 この世界の『軍事拠点』は極めて堅い。そして厄介だ。

 軽く見るのは、愚か者のすることだろう。

 

「どうするの? 沢山援軍呼んでも、城っていう密閉空間の中じゃ数の利は活かせないよ?

 それはベルディア側も同じだから、そんなに多くの手勢は連れて来てないとは思うけど」

 

 と、クリスが言う。

 

「ふむ。つまり爆裂魔法を封じ、ベルディアという個を最大限に活かす空間というわけか」

 

 と言って、ダクネスが考え込む。

 

「どちらにせよアンデッドは生かしてはおけないわ! 生きてないけど!」

 

 と、アクアが憤慨する。

 

「俺だったらアクアとむきむき対策はしておくけどな、あの城の中。

 ぶっちゃけ絶対罠だからあの中とか踏み込みたくねえよ、いやマジで」

 

 そしてカズマのマジレス。

 いつものパーティ六人にクリスを加えたこの七人の中で、おそらくカズマが最も冷静で的確な判断をしていた。

 

「第一果たし状無視してもノーリスクなんだから、応える必要なくね?」

 

「この人畜生だよ、盗賊の私より畜生だよ……」

 

「応えるメリットはあるよ、カズマくん」

 

「あるのか?」

 

「多分さ、ベルディアはこの決闘の間だけは逃げの選択肢を減らしてると思うんだ。

 呼び寄せて決着を付けようとしてるんだから、その分本気で来ると思う」

 

「!」

 

「相手が覚悟を決めてきてくれるなら、それはそれでメリットだよ。

 魔王軍の恐ろしいところは、魔王城の結界と、そこに逃げ帰るテレポートにもあるんだから」

 

 ベルディアはあれでも騎士だ。

 果たし状を出すということは、それ相応の覚悟を決めているに違いない。

 "ここまで追い詰めらたら逃げる"という判断基準が、相当に逃げない方に寄っているはずだ。

 

「逃げられない内に倒しちゃおうよ。後になってから不意打ちされるよりよっぽど安全だよ」

 

「だけどなあ……」

 

「魔王を倒せって言ってるんじゃないよ。

 どうせ目を付けられてるんだから、絡んでくる奴くらいは倒しちゃおうって話」

 

「……」

 

 アクアが居る限り、彼らは魔王軍に目をつけられたままだ。

 魔王軍と戦うか、アクアを見捨てるか。カズマの前にはたびたびその選択が迫られている。

 が、むきむきは意図してアクアの名前を出さなかった。

 カズマはアクアをなんだかんだ言って絶対に見捨てない男であったが、それに言及すると照れ隠しでアクアを放り投げかねない。

 カズマを乗せるためには、アクアの名前を出さず、アクアを直球で連想させず、かつカズマの中の"アクアを見捨てられない"という気持ちを励起させる必要があった。

 

「……しょうがねえなあ」

 

「! カズマくん!」

 

「城入って危なそうだったらすぐ逃げようぜ」

 

 むきむきがぱあっと明るく笑って、慌てるカズマを上機嫌に担ぎ上げる。

 めぐみんが苦笑して、ゆんゆんも同じように笑う。

 幼馴染の二人の少女から見ても、カズマはむきむきにとって"いい友達"であるようだ。

 

「まずは誘い出しだな! 行くぞむきむき!」

 

「どこに行くのさ、カズマくん」

 

「挑発だ挑発。鉄球と爆弾沢山持って、城に遠距離攻撃を仕掛けに行くぞ。

 出てきたら城の外で迎え撃つ。出て来なきゃ城がそれで壊せるか試そう。

 のこのこ城から出てきたら爆裂魔法で全員吹っ飛ばしてやろうぜ! ヒャッハー! ってな!」

 

「よし、やろう! 砲台は任せて!」

 

「果たし状の時間は今日の夜だったな! まだ時間はある、とことんやってやるぞ!」

 

「うわぁ」

 

 ベルディアが城に何を仕掛けているか、どんな策を仕込んでいるか探りつつ、ダイナマイトもどきと鉄球を投げ込むフェーズが開始された。

 ベルディア出てこねーなあと鉄球と爆弾を投げ込む彼らだが、ベルディアは我慢強く耐え、その挑発に乗らない。補修補強された城もその攻撃によく耐えた。

 

「壊れないし出てこないねえ」

 

「しょうがねえ、次はビニール袋に馬糞でも詰めて投げ込んでやろう」

 

「か、カズマくん……」

 

 彼らの城攻めが次の段階に移行しようとした時、一報が入り、彼らのベルディア城への嫌がらせは止まる。

 

「え?」

 

 それはミツルギが先日――彼らがアクセルに帰って来る前に――ベルディアにやられていたという知らせ。そして、その傷と呪いがアクアにしか治せそうにないため、アクセルに運び込まれたという知らせだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 ミツルギはラグクラフト鉄拳制裁事件の後、むきむき達の身内旅行の邪魔にならないようにと一人で王都へと帰っていた。

 仲間二人を放置して師父達と楽しもう、なんて考えられるような人間だったなら、ミツルギはもっと人生を楽しめている。

 

「さて、今日もクエストだ! 岩場のモンスター退治に行こう!」

 

「おー!」

「おー!」

 

 結局のところミツルギは、アクアに恋愛感情を持ってはいるが、この二人のことも人間として好きなのだ。

 この二人と過ごす時間も、かけがえのないものだと思っている。

 クエストで王都郊外に出るこうした時間も、楽しい時間に変わりはない。

 

「? 何か聞こえたような……」

 

「フィオ?」

 

 元盗賊の勘か、フィオが何かに気付く。

 ミツルギは彼女を信じていた。彼女が何かを感づいた時点で、それが気のせいであるかどうかを疑うこともなく、魔剣を抜いて構える。

 そんな信頼ゆえの行動が、ミツルギが防御行動を取れるだけの時間をくれた。

 

 奇襲に弱いミツルギが、目の前に突如現れたベルディアに対し、反応してみせたのだ。

 

「ベル―――」

 

「貴様に横槍を入れられては敵わん」

 

 ベルディアは一流の冒険者であればこの程度奇襲にもならないと思っていた。

 剣を振り下ろす。

 ミツルギは奇襲に弱い身でありながら、仲間のおかげで初撃即死を免れた。

 剣を振り上げる。

 二剣が衝突し、戦闘の舞台となった岩場の岩石が衝撃波で吹き飛んだ。

 

 ベルディアは剣を右手一本で持ち、左手で残る二人の少女を指差した。

 

「汝らに死の宣告を! お前達は一週間後に死ぬだろう!」

 

「あっ」

「うっ」

 

 死の実感、死の確信。死を運命付けられたことで二人は動揺し、ミツルギへの援護を僅かに送らせてしまう。それどころか、ミツルギの剣筋にもいくばくかの動揺が見られた。

 ベルディアであれば、その一瞬に剣を放り投げるなど造作もない。

 投げられた大剣は二人の少女の足元に着弾し、爆弾もかくやという衝撃で二人を吹き飛ばす。

 

「くあっ!?」

「きゃあっ!」

 

「クレメア! フィオ!」

 

 ベルディアは剣も持たず身軽にミツルギの剣閃をかわし、三度剣閃をかわしたところで、ベルディアの馬が投げた剣を回収してきた。

 これで、戦いは正真正銘の一騎打ちに。

 

「悪いが、貴様らは下準備だ。ここで朽ちてもらうぞ」

 

「いや、朽ちるのは貴様だ! ベルディア、覚悟!」

 

 ミツルギの魔剣とベルディアの魔剣が衝突する。

 一太刀合わせれば、明確な技量の差くらいは分かる。それが一流の剣士というものだ。

 力でこそミツルギは上回っているが、速さと技ではベルディアの足元にも及んでいない。

 

「―――!」

 

 ミツルギの肩と頬を剣がかすめ、されどミツルギの剣は一向に届く気配がない。

 外れた剣は空を切り、地を砕き、剣先は翻って幾度となく敵へと向かう。

 トラック以上の重量がある新生魔剣を、ベルディアは"重く力強いだけの剣など児戯"とばかりに流し切る。

 ベルディアの剣を相手にするなら、全身鋼鉄要塞のダクネスの方がまだ相性がいい。

 

「―――っ!」

 

 粘って、粘って、粘って、粘って。

 諦めもせず、ミツルギは食い下がり続ける。

 自分の全てをなげうって、たった一人で死に物狂いで剣を振る。

 勝ち目などとうに失われていたが、一瞬一瞬に全てを懸けて、今日までの日々に積み上げたものを全て剣に込め、叩きつけ続ける。

 

(あの人に―――アクア様に)

 

 お綺麗な剣術ではもう防げない。

 

(世界を救って欲しいと。悪者を倒して、皆を救って欲しいと望まれたんだ)

 

 ベルディアの剣はただの振り下ろしさえ必殺に見える。牽制さえ必殺に見える。ただの切り返しでさえ必殺に見える。

 地面に転がり、土まみれ泥まみれになっても剣はかわしきれない。

 増えていく切り傷の地に泥が混じって、黒々とした液体が地面に滴り落ちた。

 

(あの時見た微笑みが忘れられなくて、再会したあの人は、抜けてるところも可愛らしくて)

 

 攻めなければならない。

 重量剣での一撃必殺を主とするミツルギは、防戦に回ると極端に弱い。

 ただでさえ奇襲に弱いのだからなおさらだ。無理にでも攻め、無理にでも余裕を作る。

 ふと、その余裕に想い出がよぎる。

 

(僕が魔王を倒したら、またあの人に笑いかけて貰えると思ったけど)

 

 想い出の中では、アクアはカズマを見て笑っていて。

 女神が最後の最後に誰を選ぶのかなんて、考えるまでもなかった。

 

(それも無さそうだ)

 

 想い出を想起するミツルギの心の中に、嫉妬なんてものは無く。

 

(僕は自分で思っていたほどには……サトウカズマのことが、嫌いじゃなかったのかもしれない)

 

 剣を扱うミツルギの思考と、想い出を眺めるミツルギの思考は乖離していく。

 

(なんでこんなことを思い出してるんだろう。

 なんでこんなことを考えてるんだろう。

 ……ああ、そうか。これが―――)

 

 捨て身の攻勢、気違いじみた反抗によってミツルギの魔剣がベルディアの魔剣を折り、ベルディアが何かを叫んで新たな魔剣を握る。

 それでもミツルギは止まらない。

 想い出と現実の狭間で無念無想に剣を振り、無我の境地で剣に己の全てを捧げる。

 その姿は、まるで自分の過去と人生を全て魔剣に捧げているかのよう。

 

 ベルディアの魔剣を折って、折って、折って、百本折ったところで意識の有無さえ怪しくなって。

 

(―――これが―――走馬灯か)

 

 気付けば、酷使で握力を失った手が、グラムを手放していた。

 

「天晴」

 

 ミツルギの手からグラムが離れ、ベルディアの剣が一閃され、ミツルギの手までもが体から離れていく。

 切り飛ばされた両腕が、ミツルギの頭上で宙を舞っていた。

 

「う、が……ああああああああっ!!」

 

「恐ろしい男だ。俺は大勝負に向けて魔剣を108本用意したというのに……

 貴様一人で、たった一人で死力を尽くして食らいつき、その内107本を折るとはな」

 

 魔剣の破片が無数に地面に突き刺さる戦場に、両腕を失ったミツルギが倒れる。

 その体が自由に動かなくなっていく。状態異常・麻痺に見られる症状だ。

 

「あ、ぐ、ぅ……!?」

 

「だが、やはり残ったのはこの一本だったか。状態異常を引き起こす大業物の魔剣……」

 

 ミツルギは多少状態異常に抵抗しているようだが、指一本動かせない状態に陥ってしまう。

 

「俺が持って来た魔剣が一本だけだったなら、ここで貴様に撃退されていたかもしれんな」

 

「……僕を襲った、のは、師父を、襲うためか……?」

 

「その通り。あれと一騎打ちをするのが望ましいのだ、俺はな。

 あいつの両親は本当に強かった……俺はあの二人以上に、敬意を払った紅魔族が居ない」

 

 ミツルギの実力、むきむきの両親の実力を称えるベルディアに、ミツルギは体動かぬまま食って掛かった。

 

「なら……何故殺した! 敬意を払っていたなら、何故殺した!」

 

 ミツルギは、このデュラハンがむきむきの両親を殺したということを、伝え聞いている。

 

「全力で殺すという行為は、ある種尊敬にも似ているとは思わんか?」

 

「……なっ」

 

「全力で殺すということは、『生かしておいては危険』という最大の評価だ。

 『殺す価値もない』という言葉は、相手に対する最大の侮辱だ。

 尊敬する敵であるならば。認めた敵であるならば。全力で殺すべきだろう」

 

 生前からあった騎士としての精神性。

 アンデッドと化して変質し得た精神性。

 ウィズと同じようにこの男もまた、人間からアンデッドになった者特有の尖った精神性を持っている。

 ベルディアは弱者にではなく、強者にこそ本物の殺意を抱く。

 

「お前もここで殺す。その意味が分かるな」

 

「―――!」

 

「俺はお前の力を認めよう。お前は強い。生かしてはおけんのだ」

 

 ミツルギは魔王軍の脅威になりかねないものとして、騎士ベルディアに認められたのだ。

 

「汝は一週間後に死ぬだろう」

 

 その結果として、死が迫る。

 死の宣告を与えつつ、ベルディアは剣を振り上げた。

 

「さらば」

 

 そして、剣はミツルギの首筋に振り下ろされて。

 

 ミツルギの体に巻き付いたワイヤーが体を引き、間一髪でミツルギを魔剣の一撃から救出した。

 

「む?」

 

 ミツルギ、ミツルギの腕、二人の少女が次々と回収されてゆく。

 ベルディアがそちらを見れば、そこにはいつのまにやら現れた強そうな冒険者が何人も武器を構えていた。

 

「何奴!」

 

「俺は加藤!」

「俺は鈴木!」

「俺は大澤!」

「俺は一ノ瀬!」

「コーホー」

 

「その変な名前は……成程、貴様らが最前線で活躍しているという、あの!」

 

「迂闊だったなベルディア! お前は常に冒険者ギルドに警戒されてんだよ!」

 

 どうやらベルディア出現の報を受けた冒険者ギルドが、その時点で王都に居た最前線の冒険者を緊急クエストという形で派遣したようだ。

 名前からも分かるが、彼らも女神に選ばれた転生者であるようだ。

 ミツルギほどでなくとも、あるいはベルディアに対抗できるかもしれない。

 転生者達の仲間の冒険者も居て、ベルディアを弧状の陣形で囲んでいた。

 

「ちょっと! 全員呪いかけられてるよ! ここに居るプリーストじゃ無理!」

「ミっちゃんやべーぞ! 腕からの失血がヤバい!」

「腕はせめて繋げておいてくれ! 最悪止血だけでいい! このままじゃ失血死するぞ!」

「誰か、1パーティでミツルギ達を運んでくれ! ベルディアは残りの皆で足止めする!」

 

 実戦で磨かれた彼らの連携は本物で、普段から魔王の娘によって強化されたチート魔王軍と戦っているためか、逃げと足止めの役割分担が的確だ。

 一つのパーティがミツルギ達を抱えて撤退し、残りのパーティがベルディアに立ち向かう。

 倒す気はない。

 倒すための用意も準備もない。

 彼らは徹底して足止めだ。

 ベルディアは溜息を吐き、魔剣を地面に突き刺す。

 

「よかろう」

 

 強いから殺さなければならない、とは思わない。

 だが、生かしておく理由もない。

 

「見逃してやってもいいが……ここで全員、死ねぃ!」

 

 ベルディアの剣が翻り、空に血が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むきむき達がエルロードに行き、ミツルギだけが帰った。

 ミツルギがベルディアに敗北し、その後にむきむき達が屋敷に帰ってベルディアの果たし状を確認した。

 そしてカズマ達がベルディアの城にちょっかいをかけ始めた後に、王都から『王都では治しきれない』と判断されたミツルギ達が運ばれて来た。

 順序で並べると、こうなる。

 プリーストは高度な技量がなければ傷一つ残さず治すことも難しく、ベルディアの死の宣告は国最高のアークプリーストでも解除できない呪いである。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 が、アクアからすればそんなこと知ったこっちゃないのであった。

 

「はい、治ったわよ!」

 

「一発!」

 

「でも魔剣の人は数日は安静にしておいた方がいいわ。

 蘇生魔法をかけられた直後くらいの気持ちで、安静にね?」

 

「……ありがとうございました、アクア様」

 

 腕をぶった切られて失血で弱りに弱っていたミツルギ。

 死の宣告を受けていたクレメアとフィオ。

 その他、ベルディアとの交戦で呪いや重傷を食らった者達多数。

 その全てを、アクアはあくびをするくらいのノリで完治させていた。

 転生者の皆がアクアに懐かしそうに話しかけたりもしていたが……

 

「あ、アクア様お久しぶりです」

「アクア様? あれ、なんでここに?」

「アクア様アクア様、覚えてます? ほら、女子校で刺されて死んだ私ですよ!」

 

「……あー、うんうん、覚えてるわよ!」

 

((( 覚えてないなこれ…… )))

 

 アクアの反応は、案の定である。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

「おっ、むきむきじゃーん」

「酒飲める歳になったか?」

「悪いね、武器とか全部砕かれて手伝ってやるのも難しそうなんだ」

 

「いえ、それはいいんです。お気持ちだけ頂いておきます。

 ただひとつだけ聞きたいことが。

 皆さんに大きな被害を与えた後、ベルディアは退却したんですよね?

 追い詰めた皆さんを殺さずベルディアが撤退していったのって、何か理由があるんでしょうか」

 

 そうだ。だからこそ、ここには死体ではなく、重傷者が運ばれてきたのだ。

 むきむきがそう言うと、転生者の一人がむすっとした顔で言った。

 

「……『俺の死の宣告も解けるのか、それだけ知れればそれでいい』って言ってたよ」

 

「!」

 

 アクアがベルディアの死の宣告を解除したことで、ベルディアは死の宣告が無意味であるということに確信を持っただろう。

 これで死の宣告などという無駄なことをしてくることはない。

 ミツルギは本気で殺しに行ったくせに、それほどではない転生者達は、アクアの能力のほどを測るための道具として使っていたようだ。

 ベルディアはどうやら、今夜の決闘に本気で望んでいるらしい。

 

「……師父」

 

「! ミツルギさん!」

 

 ミツルギは調子悪そうに体を起こして、無理をしてむきむきに情報を伝える。

 信頼し尊敬するむきむきに情報を伝え、その情報を使って何かを考える役のカズマの方に何も言わないのは、彼の意地だった。

 少年の――子供らしい――意地だった。

 つまらない意地で、アクアと仲の良いカズマに向けられた、ほんの小さな意地悪だった。

 

「奴の秘策は、状態異常付与の魔剣です」

 

「!」

 

「奴も僕を生かして返すつもりはなかったはず。

 この情報が伝わるのは、完全に奴にとっても想定外の事柄のはずです。

 今から新しい有効策を用意するのもベルディアには難しいはずです、だから……」

 

「分かってます」

 

 ミツルギの同年代と比べれば大きはずの手を、むきむきの人間離れした大きな手がぐっと掴む。

 

「仇は、必ず取ります」

 

「……お願いします」

 

 決戦の夜を前にして、むきむきは強く勝利の覚悟を決めていた。

 

 一方、カズマは。

 

「状態異常の魔剣ねえ」

 

 ベルディアが本気で状態異常を戦術に組み込んで来たなら、むきむきがあっという間に無力化されかねないこと。

 城というホームグラウンドであれば、ダクネス一人を壁にしても絶対に保たないだろうということを悟り。

 

「……やるか」

 

 クズマと呼ばれても仕方ない必勝の策を一つ思いつき、それを思いついてしまったことの自己嫌悪に苛まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月の夜。

 ベルディアは廃城を改造したその城のてっぺんで、彼らを待ち受けていた。

 指定した場所、指定した時間。

 来ない可能性もベルディアは考慮していたが、来るだろうという確信もあった。

 

 思い出されるのは、あの日の王都での戦い。

 満身創痍の人間四人の連携で、自分が完膚なきまでに負けたあの戦い。

 あの時に相対した四人それぞれと、一対一で戦いたいという気持ちがベルディアにはあった。

 消耗していない彼らと戦いたかったという気持ちが、ベルディアにはあった。

 その中でも特に、むきむきという個人が彼の中で特別なものとなっていた。

 

 あの敗北が、ベルディアから慢心を拭い去り、自分を鍛えなさなければという意識を植え付けていた。

 そして、自分を鍛え直してきたベルディアは、その圧力を増して、ここに居る。

 

「来るか」

 

 城の内部がにわかに騒がしくなってきた。

 それが敵襲によるものであると、気付けないベルディアではない。

 死した体に、熱い血が流れるかのような錯覚があった。

 

「俺が殺した偉大な戦士二人の子が来る。

 復讐心さえ乗り越え、ただ一人の戦士として戦いを挑んで来る。

 なんと心躍ることか。俺の死に場所はここか、それともまだ先か……さて」

 

 城の中に用意した罠に手抜きは無い。

 ベルディアはその全てを、むきむきとその仲間を殺すつもりで設置していた。

 だが聞こえてくる音、城に伝わる微細な振動を感じる限りでは、人間達はその罠のことごとくを突破してきている様子。

 

「準備は万全。さあ……来い」

 

 配下のアンデッド軍団を背後に並べ、ベルディアは自分が居る部屋の扉の前に人間達が辿り着いたことを、音で察する。

 だが、人間達が入って来ない。

 ベルディアは首を傾げた。

 

「やー! 何するのよこのレイプ魔!」

 

 代わりに聞こえてきたのは、とんでもない声色の女神の叫び。

 

「ちょ、皆止め……え、も、もしかして、皆根回し済み!? 嘘でしょ!?

 待って、待って! それはないわ! 絶対にない!

 だってこれ、私の一番大切な……やめてー!

 いくら普段いい子にしてるその子のためだからって、それはないわよ!?

 着替え持ってにじり寄って来ないでダクネス!

 助けてー! 助けてめぐみん! 城の外で待機してないで私を助けに来てー!」

 

 何が起こっているというのか。この時点でベルディアは嫌な予感しかしなかった。

 

「待たせたな、ベルディア」

 

 そして、やたら格好いい台詞とは裏腹に、罪悪感を隠しきれない顔のカズマが部屋の中に入って来て、その背後を見たベルディアの思考が停止する。

 

「は?」

 

 カズマの背後には、バニルの仮面を付け、()()()()()()()()むきむきが立っていた。

 

「は?」

 

 ベルディアの思考は停止したまま動かない。

 むきむきの筋肉ははちきれんばかりに服を押し上げ、女神の羽衣はまるでダイバースーツのようにピッチピッチに筋肉に張り付いている。

 短いスカートの隙間からは、男物のパンツがパンモロしていた。

 あまりにもアンバランスなその姿に、トッピングとばかりにバニルの仮面が乗っている。

 仮面のせいで表情は見えない。

 

「は?」

 

 むきむきの背後では、むきむきを今まで見守ってきた女性達が顔を覆っていた。

 今の自分の顔を周りに見せないために。その涙を隠すために。むきむきの姿を少しでも見ないために。その顔を両手で覆っていた。

 アクアは普通の女性が着るようなワンピースに着替えた上で号泣していて、それをダクネスが慰めている。

 

 そう、これがカズマの奇策。

 彼でさえ罪悪感を感じて実行に移そうか正直迷っていた秘策。

 むきむきの命を守る必勝の策。

 『アクアの羽衣をむきむきに着せる』というものであった。

 

 アクアの羽衣は『全状態異常無効』『強靭無比な耐久力』『各種魔法による保護』がかかった、最高の防御性能を持つ神器だ。

 神器と転生者を地上に大量に送り出してなお、アクアが「この世界にこれを超える装備は無い」と言い切るほどの、最上級の神器である。

 ならば。

 この羽衣を他人に渡し、その性能が一部しか発揮されなかったとしても、十分過ぎるほどの効果が得られるのではないだろうか?

 

「僕は今何も考えない。うん、僕は今余計なことは何も考えない」

 

「そうだむきむき。俺を信じて、今は何も考えず戦うんだ」

 

「この手口洗脳って言うんじゃないのか?」

 

 むきむきが部屋に踏み出し、部屋に仕掛けられた"人間に状態異常を起こす"罠が作動する。

 だが、作動した罠の効果はむきむきには通じない。

 罠の効果と干渉の全てを、むきむきが身に纏った神器がかき消していた。

 それを見て、カズマがにやりと笑う。

 

「これでお前の状態異常云々の策は、むきむきには一切通用しねえぞベルディア!」

 

「お前は正気を母親の腹の中にでも置いてきたのか!?」

 

 アンデッドに人間のチームリーダーが正気を疑われつつも、両者は対峙する。

 

 両親を殺された主人公と、主人公の両親を殺した死霊の騎士の因縁と宿命の対決が、幕を上げようとしていた。

 

 

 




むきむきに状態異常祭りしようとしてたベルディアさん

アクア様の台詞を拾っていくとあの羽衣、引っ張ったら伸びてしまうこともあるみたいですね
あ、この作品のカズマさんは「神器だし伸びても元に戻るだろ」と思ってます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。